説明

アンフィレギュリン濃度に基づく絨毛膜羊膜炎の診断ならびに予防方法

【課題】従来行われている母体炎症血清マーカーであるCRP測定などによる診断に比較して、より正確に絨毛膜羊膜炎を診断できる診断方法を提供すること。
【解決手段】この発明に係る絨毛膜羊膜炎の診断方法は、羊水中のアンフィレギュリン濃度を測定し、そのアンフィレギュリン値が高値を示した場合は、絨毛膜羊膜炎の可能性が高いと診断することができる。また、この発明によれば、羊水中のアンフィレギュリン濃度を測定するとともに、羊水中のIL−8濃度および/または羊水中のIL−6濃度および/または羊水中のグルコース濃度を測定することにより、絨毛膜羊膜炎の診断精度をさらに向上させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、羊水中アンフィレギュリン濃度を測定することによる絨毛膜羊膜炎の診断方法ならびに予防方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
絨毛膜羊膜炎は、早産の前段階である切迫早産あるいは前期破水に先行して起きる事象であり、前期破水、早産の原因の重要な原因とされているが、またその存在は出生後の児の後遺症、とりわけ中枢神経系障害、慢性呼吸器障害と密接に関わっていることが報告されている(非特許文献1)。また前期破水をきたすことによって絨毛膜羊膜炎がさらに進行すると考えられる。
【0003】
絨毛膜羊膜炎の存在の診断する意義には、ひとつには早産の予知、いまひとつには絨毛膜羊膜炎に合併して起きる児の後遺症を回避することである。絨毛膜羊膜炎の正確な診断によって、早産あるいは児に対する後遺症を引き起こす可能性を有する前に何らかの医学的介入ができる。したがって、絨毛膜羊膜炎の正確な診断は、前期破水、早産の予知、予防ばかりでなく、出生後の児の諸種の後遺症を減少させることが期待される。
【0004】
絨毛膜羊膜炎は、本来組織学的診断方法によって診断されているため、その診断は児が娩出された後に行われる。絨毛膜羊膜炎が生じた場合、母体血中の炎症マーカーである白血球数またはC反応性蛋白(CRP)が上昇し、それを利用した診断方法が一般的である。
一方、絨毛膜羊膜に直接接する羊水を用いた診断方法も近年開発されてきた。羊水は未破水の場合、母体経腹的に穿刺針を用いて採取するが、前期破水の場合は腟内に流出するので、そこから採取することも可能である。得られた羊水を用いて、白血球数、グルコース濃度、IL-8濃度、IL-6濃度の測定が報告されている。これまでの研究から、これら羊水を用いて行う絨毛膜羊膜炎の診断精度は母体血を用いた診断精度より優れていることが報告されている(非特許文献2,3)。
【0005】
アンフィレギュリンは、諸種の重要な生理活性を有し、広く細胞の増殖および分化に関与する蛋白質である。特に組織損傷の修復時に重要な役割を担うEGFR(epidermal growth
factor receptor)のリガンドのひとつであり
【非特許文献4】、子宮内において卵膜に炎症、即ち組織障害を認める場合に、これらEGFRリガンドの羊水中濃度に変動を来たすと考えられるが、現在までその相関関係は不明である。
【非特許文献1】Wu YW, Colford JM Jr. Chorioamnionitisas a risk factor for cerebral palsy. A meta-analysis. JAMA 2000;284:1417-1424.
【非特許文献2】Yoon BH, Jun JK, Park KH, Syn HC, GomezR, Romero R. Serum C-reactive protein, white blood cell count, and amnioticfluid white blood cell count in women with preterm premature rupture ofmembranes. Obstet Gynecol 1996:88;1034-1040.
【非特許文献3】Romero R, Yoon BH, Mazor M, Gomez R,Diamond MP, Kennedy JS, Ramirez M, Fidel PL, SorokinY, Cotton D, Sehgal P. The diagnostic and prognosticvalue of amniotic fluid white blood cell count, glucose, interleukin-6, andGram stain in patients with preterm labor and intact membranes. Am J ObstetGynecol 1993;169:805-816.
【非特許文献4】http://www.sigma-aldrich.co.jp/sigma/Tyrosine_Kinase/pdf/06-26.pdf
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明者らは、絨毛膜羊膜炎を正確に診断することができる方法を鋭意研究した結果、羊水中のアンフィレギュリン濃度を測定することによって、絨毛膜羊膜炎を正確に診断することができることを見出して、この発明を完成するに至った。
したがって、この発明は、絨毛膜羊膜炎を正確に診断することができる方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、この発明は、羊水中のアンフィレギュリン濃度を測定することによって絨毛膜羊膜炎を診断する方法を提供する。
【発明の効果】
【0008】
この発明に係る診断方法は、羊水中のアンフィレギュリン濃度を測定することによって絨毛膜羊膜炎を診断することができることから、絨毛膜羊膜炎を正確に、簡便にかつ迅速に診断することができるという大きな効果を有している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
この発明に係る絨毛膜羊膜炎診断方法は、羊水中のアンフィレギュリン濃度を測定することからなっている。この発明における羊水中のアンフィレギュリン濃度測定は、当該技術分野で慣用されている酵素免疫測定法(ELISAなど)などによって行うことができる。また、羊水中のアンフィレギュリン濃度測定には、例えば、市販の測定用キットを使用することもできる。
【0010】
この発明によれば、羊水中のアンフィレギュリン濃度は、約150pg/ml以上、より好ましくは約200pg/ml以上であれば絨毛膜羊膜炎の可能性が高いといえる。なお、アンフィレギュリン単独ではなく、羊水中IL-8濃度、ならびに/もしくは羊水中IL-6濃度、ならびに/もしくは羊水中グルコース濃度を同時に測定することによって、絨毛膜羊膜炎の診断精度をさらに向上させることができる。
【0011】
この発明によれば、羊水中IL-8濃度、ならびに/もしくは羊水中IL-6濃度、ならびに/もしくは羊水中グルコース濃度は、当該技術分野出慣用されている測定方法によって測定することができる。羊水中IL-8濃度が約8ng/ml以上であれば絨毛膜羊膜炎の可能性が高いといえる。同様に、羊水中IL-6濃度が約12ng/ml以上であれば絨毛膜羊膜炎の可能性が高いといえる。同様に、羊水中グルコース濃度が約15mg/ml以下であれば絨毛膜羊膜炎の可能性が高いといえる。
【0012】
したがって、この発明において、羊水中のアンフィレギュリン濃度が上記範囲であるのに加えて、羊水中IL-8濃度が約8ng/ml以上である場合、ならびに/もしくは羊水中IL-6濃度が約12ng/ml以上である場合、ならびに/もしくは羊水中グルコース濃度が約15mg/ml以下である場合には、絨毛膜羊膜炎の可能性が極めて高いと診断することができる。
【実施例1】
【0013】
羊水中のアンフィレギュリン濃度の測定
羊水を児出生前7日以内に採取し、採取した羊水サンプルをヒトアンフィレギュリン測定キット(DuoSet ELISA Development System:R&DSystems社、アメリカ)を用いてヒトアンフィレギュリンの測定を行った。
96ウエルマイクロプレートの各ウエルをマウス抗ヒトアンフィレギュリン抗体を塗布した。次に、羊水サンプル100μLを希釈液(1% BSA生理食塩水液、pH7.2)に各ウエル当たり添加し、室温で2時間インキュベートした。その後、各ウエル中の液を吸引し、洗浄液(0.05 % ツイーン(登録商標)20生理食塩水液、pH7.2)で洗浄した。この操作を計3回繰り返した。
続いて、上記希釈液で希釈した検出用抗体(ビオチン化ヤギ抗ヒトアンフィレギュリン抗体)100μLを各ウエルに添加し、室温で2時間インキュベートした。インキュベーション後、上記と同様に、吸引・洗浄を3回繰り返した。次に、西洋ワサビパーオキシダーゼ結合ストレプアビジン100μLを各ウエルに添加し、室温で20分間インキュベートした後、上記吸引・洗浄を3回繰り返した。
さらに、各ウエルに基質溶液(過酸化水素/テトラメチルベンジジン1:1混合液)100μLを添加し、室温で20分間インキュベートした後、2N硫酸50μLを添加して反応を停止させた。
【0014】
上記のように処理した96ウエルマイクロプレートを波長450nmで吸光度を測定した。その結果を図1に示す。
図1に示すように、前期破水と診断された24例に対し、出生後病理学的にCAM(+)と診断された11例のアンフィレギュリン濃度は、223.8±28.0 (Mean+SEM)
pg/mlであり、CAM(-)と診断された14例では、125.0±12.3 pg/mlであり、両群間に有意差を認めた(p<0.01)。
【0015】
羊水中のIL−8濃度の測定
羊水を児出生前7日以内に採取し、採取した羊水サンプルをIL−8測定キット(DuoSet ELISA Development System:R&DSystems社、アメリカ)を用いてヒトIL−8の測定を行った。
96ウエルマイクロプレートの各ウエルをマウス抗ヒトIL−8抗体を塗布した。次に、羊水サンプル100μLを希釈液(1% BSA生理食塩水液、pH7.2)に各ウエル当たり添加し、室温で2時間インキュベートした。その後、各ウエル中の液を吸引し、洗浄液(0.05 % ツイーン(登録商標)20生理食塩水液、pH7.2)で洗浄した。この操作を計3回繰り返した。
続いて、上記希釈液で希釈した検出用抗体(ビオチン化ヤギ抗ヒトIL−8抗体)100μLを各ウエルに添加し、室温で2時間インキュベートした。インキュベーション後、上記と同様に、吸引・洗浄を3回繰り返した。次に、西洋ワサビパーオキシダーゼ結合ストレプアビジン100μLを各ウエルに添加し、室温で20分間インキュベートした後、上記吸引・洗浄を3回繰り返した。
さらに、各ウエルに基質溶液(過酸化水素/テトラメチルベンジジン1:1混合液)100μLを添加し、室温で20分間インキュベートした後、2N硫酸50μLを添加して反応を停止させた。
【0016】
羊水中のIL−6濃度の測定
羊水を児出生前7日以内に採取し、採取した羊水サンプルをIL−6測定キット(DuoSet ELISA Development System:R&DSystems社、アメリカ)を用いてヒトIL−6の測定を行った。
96ウエルマイクロプレートの各ウエルをマウス抗ヒトIL−6抗体を塗布した。次に、羊水サンプル100μLを希釈液(1% BSA生理食塩水液、pH7.2)に各ウエル当たり添加し、室温で2時間インキュベートした。その後、各ウエル中の液を吸引し、洗浄液(0.05 % ツイーン(登録商標)20生理食塩水液、pH7.2)で洗浄した。この操作を計3回繰り返した。
続いて、上記希釈液で希釈した検出用抗体(ビオチン化ヤギ抗ヒトIL−6抗体)100μLを各ウエルに添加し、室温で2時間インキュベートした。インキュベーション後、上記と同様に、吸引・洗浄を3回繰り返した。次に、西洋ワサビパーオキシダーゼ結合ストレプアビジン100μLを各ウエルに添加し、室温で20分間インキュベートした後、上記吸引・洗浄を3回繰り返した。
さらに、各ウエルに基質溶液(過酸化水素/テトラメチルベンジジン1:1混合液)100μLを添加し、室温で20分間インキュベートした後、2N硫酸50μLを添加して反応を停止させた。
【0017】
羊水中のグルコース濃度の測定
羊水を児出生前7日以内に採取し、採取した羊水サンプル4μLを、試薬(3.3U/mlグルコースー6−リン酸脱水素酵素、アデノシン3リン酸2ナトリウム、酢酸マグネシウム、50mmol/Lグッド緩衝液(pH8.0))260μLに混入し、37℃、5分間インキュベートした。さらに試薬(5.7U/mLヘキソキナーゼ、11 mmol/Lニコチンアミドアデニンヌクレオチド(酸化型)、25mmol/Lクエン酸緩衝液(pH6.5))130μLを混入し、96−252秒間インキュベートした。以上の処理を加えた溶液に対して、波長340nmで吸光度を測定した。
【0018】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0019】
この発明に係る絨毛膜羊膜炎の診断方法は、絨毛膜羊膜炎の可能性を従来法よりも的確に判定できる方法を提供する。絨毛膜羊膜炎の可能性が的確に診断できれば、そのための予防措置を採ることが可能で早産を減少させることができる。また、出生後の児の後遺症の減少にも寄与することができる。従って、この発明に係る絨毛膜羊膜炎の診断方法は周産期医療の向上に大いに寄与することが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】前期破水と診断された24例における羊水中アンフィレギュリン濃度を示すグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
羊水中のアンフィレギュリン濃度を測定することによって絨毛膜羊膜炎を診断することを特徴とする絨毛膜羊膜炎の診断方法。
【請求項2】
請求項1に記載の絨毛膜羊膜炎の診断方法において、前記アンフィレギュリン濃度が150pg/ml以上の範囲であることを特徴とする絨毛膜羊膜炎の診断方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の絨毛膜羊膜炎の診断方法において、前記アンフィレギュリン濃度に加えて、羊水中IL-8濃度ならびに/もしくは羊水中IL-6濃度、ならびに/もしくは羊水中グルコース濃度をさらに測定することを特徴とする絨毛膜羊膜炎の診断方法。
【請求項4】
請求項3に記載の絨毛膜羊膜炎の診断方法において、前記羊水中IL-8濃度が8ng/ml以上であること、および/または前記羊水中IL-6濃度が12.0ng/ml以上であること、および/または前記羊水中グルコース濃度が15mg/ml以下であることを特徴とする絨毛膜羊膜炎の診断方法。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれか1項に記載の絨毛膜羊膜炎の診断方法において、出生前に測定することを特徴とする絨毛膜羊膜炎の診断方法。
【請求項6】
羊水中のアンフィレギュリン濃度測定により絨毛膜羊膜炎を診断することによって絨毛膜羊膜炎を予防することを特徴とする絨毛膜羊膜炎の予防方法。
【請求項7】
請求項6に記載の絨毛膜羊膜炎の予防方法において、前記アンフィレギュリン濃度が150pg/ml以上の範囲であることを特徴とする絨毛膜羊膜炎の予防方法。
【請求項8】
請求項6または7に記載の絨毛膜羊膜炎の予防方法において、前記アンフィレギュリン濃度に加えて、羊水中IL-8濃度、ならびに/もしくは羊水中IL-6濃度、ならびに/もしくは羊水中グルコース濃度をさらに測定することを特徴とする絨毛膜羊膜炎の予防方法。
【請求項9】
請求項8に記載の絨毛膜羊膜炎の予防方法において、前記羊水中IL-8濃度が8ng/ml以上であること、および/または前記羊水中IL-6濃度が12ng/ml以上であること、および/または前記羊水中グルコース濃度が15mg/ml以下であることを特徴とする絨毛膜羊膜炎の予防方法。

【図1】
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