説明

イオンビーム軌道制御装置

【課題】電磁界を発生させずにイオンビームの軌道を制御するイオンビーム軌道制御装置を提供する。
【解決手段】イオンビームLが入射する反射部11を備えたイオンビーム軌道制御装置10であって、反射部11がイオンビームLを反射する反射面110を有し、その反射面110が、イオンビームLのイオンより原子番号の大きい原子により最表面が構成されている誘電体表面である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオンビームの軌道を制御するイオンビーム軌道制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
イオンビームを偏向、集束、又は発散させるために、電磁界を印加してイオンビームの軌道を制御する方法が採用されている。例えば、平行平板電極に印加した静電界によりイオンビームを偏向する方法(特許文献1参照。)、局所的に印加した静電界によりイオンビームを集束する方法(特許文献2参照。)、平行平板電極に印加した静電界によりイオンビームを平行化する方法(特許文献3参照。)等が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特表2009−538501号公報
【特許文献2】特表2008−541396号公報
【特許文献3】特開平10−40852号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、イオンビームの軌道を制御するために電磁界を印加する方法では、高速イオンの軌道を曲げるために、大きな電界又は磁界を発生させる必要がある。このため、装置が大型化する、運転コストが増大する、等の問題点があった。これはイオン加速器が巨大化する主な原因の一つである。一方、電磁界を使わずにイオンビームの方向を制御できれば、高電圧印加装置や重い電磁石が不要になる。これにより、装置を大幅に小型化・簡略化することができる。
【0005】
上記問題点に鑑み、本発明は、電磁界を発生させずにイオンビームの軌道を制御するイオンビーム軌道制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様によれば、イオンビームが入射する反射部を備えたイオンビーム軌道制御装置であって、反射部がイオンビームを反射する反射面を有し、その反射面が、イオンビームのイオンより原子番号の大きい原子により最表面が構成されている誘電体表面であるイオンビーム軌道制御装置が提供される。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、電磁界を発生させずにイオンビームの軌道を制御するイオンビーム軌道制御装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明の実施形態に係るイオンビーム軌道制御装置の構成を示す模式図である。
【図2】本発明の実施形態に係るイオンビーム軌道制御装置の原理を説明するための模式図である。
【図3】有極性化合物結晶の結晶構造を示す模式図である。
【図4】本発明の実施形態に係るイオンビーム軌道制御装置の反射面の例を示す模式図である。
【図5】本発明の実施形態に係るイオンビーム軌道制御装置の反射面の例を示す模式図である。
【図6】本発明の実施形態に係るイオンビーム軌道制御装置の反射部の例を示す模式図である。
【図7】本発明の実施形態に係るイオンビーム軌道制御装置の反射部の例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
次に、図面を参照して、本発明の実施形態を説明する。以下の図面の記載において、同一又は類似の部分には同一又は類似の符号を付している。ただし、図面は模式的なものであり、厚みと平面寸法との関係、各層の厚みの比率等は現実のものとは異なることに留意すべきである。したがって、具体的な厚みや寸法は以下の説明を参酌して判断すべきものである。又、図面相互間においても互いの寸法の関係や比率が異なる部分が含まれていることはもちろんである。
【0010】
又、以下に示す実施形態は、この発明の技術的思想を具体化するための装置や方法を例示するものであって、この発明の実施形態は、構成部品の材質、形状、構造、配置等を下記のものに特定するものでない。この発明の実施形態は、特許請求の範囲において、種々の変更を加えることができる。
【0011】
本発明の実施形態に係るイオンビーム軌道制御装置10は、図1に示すように、イオンビームLが入射する反射部11を備える。反射部11はイオンビームLを反射する反射面110を有し、その反射面110は、イオンビームLのイオンより原子番号の大きい原子により最表面が構成されている誘電体表面である。図1に示す反射面110は、互いに対向した一対の曲面からなる。
【0012】
イオン源20から出射され、イオンビーム軌道制御装置10に入射したイオンビームLは、イオンビーム軌道制御装置10により軌道が制御される。その結果、偏向や集束されたイオンビームLがイオンビーム軌道制御装置10の外部に出射される。
【0013】
先ず、イオンビーム軌道制御装置10によるイオンビームLの軌道制御方法の原理を説明する。図2に示すように、強度I0のイオン201が反射面110に入射する場合を考える。
【0014】
ここで、反射面110の最表面に含まれる原子よりも軽いイオン201が、表面に対して比較的浅い角度で反射面110に入射したとする。具体的には、イオン201の入射方向と反射面110の面法線とのなす角φが、45°以上であるとする。このとき、入射方向に対して図2の散乱角θをなす方向に反射されるイオン201のイオン強度Iは、以下の式(1)に示すように、近似的にラザフォード散乱公式に従う:

I/I0∝(Z2/E2)×1/sin4(θ/2) ・・・(1)

式(1)において、Zは反射面110を構成する原子の原子番号、Eはイオン201の運動エネルギーである。
【0015】
式(1)から、以下の条件を満足することにより、イオン201を効率的に反射面110で反射させることができる:
(条件1)反射面110を構成する原子の原子番号を大きくする。
【0016】
(条件2)イオン201の運動エネルギーを小さくする。
【0017】
(条件3)散乱角θを小さくする。
【0018】
本発明の実施形態に係るイオンビーム軌道制御装置10は、以下のようにして、上記条件を満たす。即ち、
(A)式(1)が成立し、条件1を満たすように、原子番号の大きい、即ち重い原子が最表面を構成する反射面110を用いる。
【0019】
(B)反射面110におけるチャージアップを利用して、イオン201の運動エネルギーを小さくする。
【0020】
チャージアップとは、行き場を失った電荷が表面に蓄積する現象であり、導電性の悪い表面、即ち低導電率の表面で起こりやすい。導電性の悪い表面では、入射イオンの電荷が表面に蓄積するため、後続の入射イオンに対する斥力が表面に生じる。この斥力が、入射イオンの運動エネルギーを小さくする効果として働く。特に多価イオンの反射に関して、運動エネルギーを小さくするのに大きな効果がある。これは、多価イオンが反射面110に入射すると、一つの入射イオンに対し複数の電子が反射面110から奪われるため、反射面110が帯電しやすいからである。
【0021】
反射面110を導電性の悪い表面にすることは、誘電体の表面を反射面110として用いることにより実現できる。例えば、絶縁体や半導体の表面を反射面110に使用する。
【0022】
なお、上記の(条件3)は、イオンビームLの入射してくる方向に対して、反射面110の向きを適宜修正することにより、満足することができる。
【0023】
上記の(A)、(B)を効果的に実現するためには、例えば、重い原子が最表面を構成する有極性化合物結晶表面を、反射面110として使用する。「有極性化合物結晶表面」とは、二種類の原子からなる化合物の表面で、最表面が1種類の原子で構成された固体結晶の表面である。
【0024】
有極性化合物結晶には、窒化ガリウム(GaN)や酸化亜鉛(ZnO)等がある。GaNやZnOの結晶の構造は、図3に示すように六方晶系で近似でき、これらの結晶を構成する原子のうち重い原子であるガリウム(Ga)原子や亜鉛(Zn)原子が最表面を構成する有極性化合物表面は、下記のように、(0001)面である。
【0025】
図3に示す六方晶構造の結晶では、六方晶のc軸は六角柱の軸方向に向かい、このc軸を面法線とする面(六方柱の頂面)が(0001)面(c面)である。図3に示したように、(0001)面と平行に、Ga原子やZn原子が並んだ結晶面と、窒素(N)原子や酸素(O)原子が並んだ結晶面とが形成される。このため、有極性化合物結晶はc軸に沿って分極し、重い原子が最表面を構成する有極性化合物結晶表面である(0001)面を有する。
【0026】
GaNやZnOの(0001)面を反射面110として使用した場合、Ga原子やZn原子より軽い入射イオンが反射面110に入射すると、上記の(A)を満たすことになり、入射イオンは反射面110で効率的に反射される。例えば、GaNやZnOの(0001)面を反射面110にした場合、ネオン(Ne)原子やアルゴン(Ar)原子が反射面110で効率的に反射される。
【0027】
更に、導電性が悪い有極性化合物結晶を反射面110に使用することにより、上記の(B)も満たすことになり、入射イオンの反射面110での反射効率が更に向上する。
【0028】
反射面110を有極性化合物結晶表面にするためには、例えば図4に示すように、フレキシブルフィルム111の表面に多数の有極性化合物結晶120を貼り合わせた反射部11を用いる。(0001)面を外側に向けて有極性化合物結晶120をフレキシブルフィルム111に貼り合わせることにより、入射イオンより原子番号の大きい原子が最表面を構成する反射面110を実現できる。
【0029】
或いは、反射部11にフレキシブルフィルムを用いて、図5に示すように、フレキシブルフィルム111の表面に有極性化合物結晶を堆積させて、有極性化合物結晶の薄膜121を形成してもよい。フレキシブルな有極性化合物結晶フィルムを反射部11に使用することにより、反射面110として任意の曲率の曲面を形成することができる。この曲面上で入射イオンを反射させることによって、容易にイオンビームLの軌道を変化させることができる。
【0030】
フレキシブルフィルム表面に有極性化合物結晶を堆積させるためには、パルス励起堆積(PXD)法等を採用可能である。例えば、PXD法によって、高いc軸配向性を有するGaN膜をグラファイト上に成長させることができる。
【0031】
図1では、反射面110が互いに対向した一対の曲面である例を示したが、内側の曲面を反射面110とする中空円筒形状のフィルム11aを用いて反射部11を構成してもよい。図6に示したように、各円筒の中心軸方向を徐々に変化させた複数の中空円筒形状のフィルム11aを直列に配置することによって、イオンビームLを偏向することができる。
【0032】
また、図7に示すように、内側の曲面が反射面110であり、イオンビームLの進行方向に沿って徐々に狭くなる中空切頭円錐形状のフィルム11bを反射部11に使用してもよい。図7に示した構成により、イオンビームLを集束することができる。
【0033】
なお、図2に示したイオン201の入射方向と反射面110の面法線とのなす角φが小さい場合は、イオン201が反射面110で効率的に反射されずに、反射部11の内部に進入する可能性が高くなる。したがって、角φを45°以上、好ましくは80°以上になるように、反射面110に入射するイオンビームLの角度を調整する。
【0034】
以上に説明したように、本発明の実施形態に係るイオンビーム軌道制御装置10によれば、反射面110での反射(ラザフォード散乱)を利用することにより、電磁界を発生させずにイオンビームLの方向を変えることができる。即ち、イオンビーム軌道制御装置10に入射したイオンビームLを、イオンビームLのイオンより原子番号の大きい原子により最表面が構成され、且つ低導電率の反射面110に衝突させる。その結果、散乱現象を利用して、高速の軽イオンについても低速の多価イオンについても、イオンビームの方向を変えることができる。したがって、図1に示したイオンビーム軌道制御装置10では高電圧印加装置や磁石が不要であり、イオンビームの軌道を制御する装置をコンパクト・省スペース化できる。このため、例えばイオン加速器等の建設・運転コストを低減できる。
【0035】
上記のように、本発明は実施形態によって記載したが、この開示の一部をなす論述及び図面はこの発明を限定するものであると理解すべきではない。この開示から当業者には様々な代替実施形態、実施例及び運用技術が明らかとなろう。即ち、本発明はここでは記載していない様々な実施形態等を含むことは勿論である。本発明の技術的範囲は上記の説明から妥当な特許請求の範囲に係る発明特定事項によってのみ定められるものである。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明のイオンビーム軌道制御装置は、放射線、加速器、プラズマ、核融合、微細加工、表面分析、重粒子線治療等の、イオンビームを使用する分野の用途に利用可能である。
【符号の説明】
【0037】
L…イオンビーム
10…イオンビーム軌道制御装置
11…反射部
11a、11b…フィルム
20…イオン源
110…反射面
111…フレキシブルフィルム
120…有極性化合物結晶
121…薄膜
201…イオン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンビームが入射する反射部を備えたイオンビーム軌道制御装置であって、
前記反射部が前記イオンビームを反射する反射面を有し、該反射面が、前記イオンビームのイオンより原子番号の大きい原子により最表面が構成されている誘電体表面であることを特徴とするイオンビーム軌道制御装置。
【請求項2】
前記反射面が、有極性化合物結晶表面であり、該有極性化合物結晶を構成する原子のうち原子番号の大きい原子により構成されていることを特徴とする請求項1に記載のイオンビーム軌道制御装置。
【請求項3】
前記反射面が、窒化ガリウム及び酸化亜鉛のいずれかの(0001)面であることを特徴とする請求項2に記載のイオンビーム軌道制御装置。
【請求項4】
前記反射面が、前記反射部に前記有極性化合物結晶を張り合わせて形成されていることを特徴とする請求項2又は3に記載のイオンビーム軌道制御装置。
【請求項5】
前記反射面が、前記反射部に前記有極性化合物結晶を堆積して形成されていることを特徴とする請求項2又は3に記載のイオンビーム軌道制御装置。
【請求項6】
前記反射面が、互いに対向した一対の曲面からなることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載のイオンビーム軌道制御装置。
【請求項7】
前記反射面が、中空円筒の内側の曲面であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載のイオンビーム軌道制御装置。
【請求項8】
前記反射部が、それぞれの中心軸方向を徐々に変化させた複数の前記中空円筒を直列に配置した構成であることを特徴とする請求項7に記載のイオンビーム軌道制御装置。
【請求項9】
前記反射面が、中空切頭円錐の内側の曲面であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載のイオンビーム軌道制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−165561(P2011−165561A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−29015(P2010−29015)
【出願日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【出願人】(501061319)学校法人 東洋大学 (68)