説明

イオン化装置

【課題】熱電子を生成するフィラメントの変形を抑制することでイオン化効率の低下を防止するとともにフィラメントの長寿命化を図る。
【解決手段】強磁場中に置かれるフィラメント2のコイル部21を折返し部21bで折り返された2重螺旋構造とする。或る一方向に加熱電流Ifが流れるとき、磁場の作用でコイル部21の前半部21aと後半部21cとにそれぞれ掛かる力のうち、y方向の成分は打ち消す合うために同方向への変形は抑えられる。一方、x方向の力の成分はコイル部21の伸縮方向であるために、ばね性によって強い抵抗が働き変形が抑えられる。それによって、フィラメント2が変形せず、熱電子の生成位置が空間的にずれないためにイオン化に十分な量の熱電子がイオン化室内に供給され、高いイオン化効率を維持できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は試料分子や原子をイオン化するためのイオン化装置に関し、さらに詳しくは、電子イオン化法(電子衝撃イオン化法ともいう)や化学イオン化法など、熱電子を利用するイオン化装置に関する。なお、本発明に係るイオン化装置は質量分析装置のイオン源として利用できるほか、イオン注入装置などイオンを利用した各種装置に用いることができる。
【背景技術】
【0002】
気体試料を分析対象とする質量分析装置では、電子イオン化法(EI)や化学イオン化法(CI)などのイオン化法によるイオン源が用いられる。図4は、特許文献1、2などに開示されている従来の一般的な電子イオン化法によるイオン化装置の概略構成図である。
【0003】
真空雰囲気中に配置されたイオン化室1には試料導入管10が接続され、試料導入管10を通してイオン化室1内に分析対象の試料分子を含む試料ガスが導入される。この試料ガスの導入方向と略直交する方向(図では上下方向)にイオン化室1の壁面に電子導入口11と電子出射口12とが穿設され、電子導入口11と電子出射口12とを結ぶ電子流軸Lと直交するイオン光軸C上にイオン出射口13が形成されている。電子導入口11の外側にはフィラメント20が配置され、電子出射口12の外側にはターゲット(トラップ電極、電子コレクタとも呼ばれる)3が配置され、そのフィラメント20及びターゲット3の外側には一対の収束用磁石4a、4bが配置されている。
【0004】
図示しない電流源からフィラメント20に加熱電流Ifが供給されると、フィラメント20の温度は上昇し熱電子が放出される。この熱電子は、フィラメント20とイオン化室1又はターゲット3との間に形成された電位差によって加速され、電子導入口11を通してイオン化室1内に入る。このとき、フィラメント20とターゲット3との間の空間には収束用磁石4a、4bにより磁場が形成され、この磁場の作用により、熱電子の飛行方向は電子流軸Lに沿うように収束され、且つ螺旋状に旋回する。このため、熱電子流は絞られつつも、比較的長い時間イオン化室1内に滞留する。これにより、試料分子との接触の機会を増やすことができる。
【0005】
イオン化室1内で試料分子(M)に熱電子(e-)が接触すると、M + e- → M+ + 2e- のようにして分子イオンM+が生成される。熱電子やイオン化に伴って分子から放出された電子は電子出射口12を通ってターゲット3に到達する。これによってターゲット3にはトラップ電流Itが流れる。イオン化室1内で発生した正イオンは、図示しない引き出し電極又はリペラー電極により形成される電場によってイオン化室1からイオン出射口13を経て外部へと引き出される。ターゲット3に捕捉される電子数はフィラメント20から放出された電子数に依存するから、トラップ電流Itが一定になるように加熱電流Ifを制御することにより、フィラメント20での熱電子の発生量を略一定に維持し、イオン化室1内でのイオン化を安定化するようにしている。
【0006】
一般的に、熱電子を生成するためのフィラメント20としてはタングステン、レニウム等の金属線材を1重螺旋構造としたもの(つまりコイル状に成形したもの)が用いられている(特許文献3など参照)。こうした形状により、発熱の中心部とフィラメントを保持する支柱との距離を確保して、熱の散逸を軽減することができる。また、フィラメント中心部の極端な熱集中を防止し、金属材の蒸発による破断を起こりにくくすることができる。
【0007】
しかしながら、図4に示した構成のイオン化装置においては、フィラメント20は収束用磁石4aに近接して配置されているため、その近傍には強い直流磁場が存在し、フィラメント20に直流の加熱電流Ifが流れると、該フィラメント20には電磁力(ローレンツ力)が作用し変形が生じ易い。加熱時にフィラメント20が変形すると、熱電子の発生位置が空間的にずれてしまい、電子導入口11を熱電子が通過する効率が悪化してイオン化効率が下がるという問題があった。
【0008】
また、上述したように熱電子の生成量が一定に保たれるようにフィラメント20に供給する電流が制御されている場合、フィラメント20が変形して結果的にターゲット3に到達する電子の数が減少すると、フィードバック制御によりフィラメント20への電流供給が増加される。そのため、フィラメント20が必要以上に加熱され、金属線材の負荷が増して寿命が短くなるという問題もあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2000−208094号公報
【特許文献2】特開2002−373616号公報
【特許文献3】特開2008−128994号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、電磁力によるフィラメントの変形を軽減することで高いイオン化効率を確保するとともに、過剰な加熱電流の供給を防止してフィラメントの長寿命化を図ることができるイオン化装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために成された第1発明は、加熱により熱電子を発生するフィラメントと、その熱電子を運動させるための磁場を形成する磁場形成手段と、を具備し、前記熱電子を利用して試料分子又は原子をイオン化するイオン化装置において、
前記フィラメントは1本の螺旋状線材が途中で折り返された2重螺旋構造であることを特徴としている。
【0012】
また上記課題を解決するために成された第2発明は、加熱により熱電子を発生するフィラメントと、その熱電子を運動させるための磁場を形成する磁場形成手段と、を具備し、前記熱電子を利用して試料分子又は原子をイオン化するイオン化装置において、
前記フィラメントに加熱電流として交流電流を供給することを特徴としている。
【0013】
第1及び第2発明に係るイオン化装置は、イオン化室内での試料分子と熱電子との直接的な接触又は接近によってイオン化を行う電子イオン化法、又は、イオン化室内に導入された試薬ガス(バッファガス)分子を熱電子との接触によりイオン化し、その試薬ガスイオンと試料分子とを化学反応させて試料分子をイオン化する化学イオン化法、のいずれかによるイオン化装置である。
【0014】
第1発明に係るイオン化装置では、熱電子生成用のフィラメントが単なる螺旋状ではなく、1本の螺旋状線材が途中で折り返された2重螺旋構造であるため、加熱電流が一方向に供給された状態において、折返し部を挟んだ前半部と後半部とにそれぞれ作用する力のうち、螺旋の中心軸に直交する方向の成分が打ち消し合う。それによって、磁場によりフィラメントが螺旋の中心軸に直交する方向に変形することを抑制できる。一方、折返し部を挟んだ前半部と後半部とにそれぞれ作用する力のうち、螺旋の中心軸に平行な方向の成分は打ち消されずに残るが、その成分は螺旋状線材を引き伸ばす方向であり、強い抵抗を受けるため変形は生じにくい。
【0015】
特に、フィラメントを2重螺旋構造とすることにより、巻線数が元の1重螺旋構造の場合の1/2(ただし、前半部と後半部の巻線数が同一の場合)になっているものとみなせ、ばね定数は2倍となる。そのため、上述したようにフィラメントに作用する力に抗する反発力は一層大きくなり、フィラメントの変形を効果的に抑制することができる。
【0016】
一方、第2発明に係るイオン化装置では、フィラメントに作用する力の方向が時間的に反転するので、フィラメントが1本の螺旋状線材であっても特定の方向への変形を抑えることができる。なお、検出部などの回路系に飛び込む高周波ノイズの影響をできるだけ抑えるために、交流電流の周波数を低く(例えば数十Hz〜数百Hz以下)にしておくとよい。
【0017】
また、第1発明に係るイオン化装置に第2発明に特徴的な要素を組み合わせた構成としてもよい。これにより、2重螺旋構造のフィラメントにおいて折返し部を挟んだ前半部と後半部とにそれぞれ作用する力のうち、螺旋の中心軸に直交する方向の成分が完全に打ち消し合わない場合であっても、変形を抑えることができる。
【発明の効果】
【0018】
第1及び第2発明に係るイオン化装置によれば、加熱電流供給時にフィラメントの変形が抑制されるので、熱電子の生成位置が移動しない。そのため、イオン化室内に熱電子が良好に供給されるので、高いイオン化効率を維持することができる。また、イオン化効率を維持するためにフィラメントに過剰な電流を供給する必要もなくなるので、フィラメントの線材に負荷を掛けず寿命を伸ばすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の一実施例である電子イオン化法によるイオン化装置の概略構成図。
【図2】本実施例のイオン化装置に用いられるフィラメントの平面図。
【図3】本実施例のイオン化装置に用いられるフィラメントの斜視図。
【図4】従来の電子イオン化法によるイオン化装置の詳細構成図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明に係るイオン化装置の一実施例を、添付図面を参照して説明する。図1は本実施例の電子イオン化法によるイオン化装置の概略構成図である。図4に示した従来のイオン化装置と同一の構成要素には同一の符号を付している。
【0021】
本実施例のイオン化装置では、加熱電流供給部7からフィラメント2に交流の加熱電流Ifを供給する。交流加熱電流の周波数は例えば数Hz〜数百Hz程度とすればよい。この加熱電流により、フィラメント2の温度が上昇し熱電子が放出される。この熱電子はフィラメント2とイオン化室1又はターゲット3との間の電位差により加速され、収束用磁石4a、4bにより形成される磁場の作用により電子流軸L付近に収束されてターゲット3に向かって進む。この熱電子は、試料導入管10を通してイオン化室1内に導入された試料分子に接触し、該分子をイオン化する。熱電子やイオン化に伴って分子から放出された電子は電子出射口12を通りターゲット3に到達する。電流検出部5はターゲット3に到達した電子により流れるトラップ電流Itを検出し、制御部6は検出された電流値が所定値になるように加熱電流を変化させるべく加熱電流供給部7を制御する。これによって、フィラメント2での熱電子の発生量がほぼ一定になり、イオン化室1内で安定したイオン化が達成される。
【0022】
本実施例のイオン化装置は、フィラメント2の構造にその大きな特徴がある。図2はフィラメント2の平面図、図3はフィラメント2の斜視図である。
フィラメント2は、レニウム等の1本の金属線材からなるコイル部21とそのコイル部21の両端をそれぞれ保持する保持部22とから成る。コイル部21は、4ターンの螺旋状体の2ターン目と3ターン目の間で略180°折り返された2重螺旋構造であり、その折返し部21bを挟んで前半部21aと後半部21cとに分けることができる。ただし、フィラメント2に供給される電流は交流であって方向性はないため、「前半」、「後半」は便宜的な名称である。
【0023】
いま図2に矢印で示す方向にフィラメント2に加熱電流Ifが流れている状態を想定する。フィラメント2は図中に示す方向の磁束を有する磁場中に置かれているため、この磁場によって、フィラメント2の前半部21a及び後半部21cにはそれぞれ図中に示す方向の力が作用する。この力を、コイル部21の螺旋の中心軸Sの延伸方向、つまりy方向とこれに直交するx方向とに分けて考えると、x方向の成分は互いに打ち消し合うために殆どゼロとなる。
【0024】
一方、y方向の成分は打ち消されないものの、これはコイル部21を中心軸Sに沿って引き延ばす方向の力であるためにコイル部21自体のばね性による強い抵抗を受ける。特に、コイル部21は2重螺旋構造であり、ばね性としては元の4ターンの半分の2ターンの螺旋構造体であるとみなせる。即ち、ばね定数は4ターンの1重螺旋構造体の約2倍となり、上記のようなy方向の力に対しては大きな抵抗を持つ。そのため、フィラメント2に加熱電流Ifが供給され磁場からの強い力を受けても、コイル部21の変形は抑えられ、熱電子は殆ど同じ空間で発生する。その結果、フィラメント2の熱電子生成位置と電子導入口11との位置関係は一定であり、熱電子は常に効率良くイオン化室1内に導入されてイオン化に寄与する。
【0025】
それにより、常に高いイオン化効率を達成することが可能となる。また、フィラメント2の変形に起因するターゲット3に到達する電子量の減少が起こらないため、必要以上に大きな加熱電流を流すこともない。それにより、フィラメント2に無理な負荷が掛からず長寿命化を図ることができる。
【0026】
また、フィラメント2に流す加熱電流を交流としているため、フィラメント2の前半部21aと後半部21cとにそれぞれ作用する力のうち、x方向の成分が完全に打ち消し合わない場合であっても、x方向の変形を抑えることができる。
【0027】
なお、上記実施例は一例であって、本発明の趣旨の範囲で適宜修正や変更を行なえることは明らかである。例えば上記実施例は本発明を電子イオン化法によるイオン化装置に適用した例であるが、同様にフィラメントで生成した熱電子を利用してイオン化を行う化学イオン化法によるイオン化装置に本発明を適用できることは当然である。また本発明に係るイオン化装置は質量分析計のイオン源のみならず、他の用途にも利用できることも当然である。
【符号の説明】
【0028】
1…イオン化室
10…試料導入管
11…電子導入口
12…電子出射口
13…イオン出射口
2…フィラメント
21…コイル部
21a…前半部
21b…折返し部
21c…後半部
22…保持部
3…ターゲット
4a、4b…収束用磁石
5…電流検出部
6…制御部
7…加熱電流供給部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
加熱により熱電子を発生するフィラメントと、その熱電子を運動させるための磁場を形成する磁場形成手段と、を具備し、前記熱電子を利用して試料分子又は原子をイオン化するイオン化装置において、
前記フィラメントは1本の螺旋状線材が途中で折り返された2重螺旋構造であることを特徴とするイオン化装置。
【請求項2】
請求項1に記載のイオン化装置であって、前記フィラメントに加熱電流として交流電流を供給することを特徴とするイオン化装置。
【請求項3】
加熱により熱電子を発生するフィラメントと、その熱電子を運動させるための磁場を形成する磁場形成手段と、を具備し、前記熱電子を利用して試料分子又は原子をイオン化するイオン化装置において、
前記フィラメントに加熱電流として交流電流を供給することを特徴とするイオン化装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−238441(P2011−238441A)
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−108246(P2010−108246)
【出願日】平成22年5月10日(2010.5.10)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】