説明

イチモンジカメムシの誘引剤

【課題】安価でかつイチモンジカメムシに対して実用的に充分な誘引効果を有する誘引剤を提供する。
【解決手段】(E)−2−ヘキセニル=(E)−2−ヘキセノアートと、メチル=(Z)−8−ヘキサデセノアートまたは(R)−15−ヘキサデカノリドとを含むことを特徴とする、イチモンジカメムシの誘引剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はイチモンジカメムシの誘引剤に関する。
【背景技術】
【0002】
カメムシ目カメムシ科に属するイチモンジカメムシ(学名:Piezodorus hybneri)は、日本をはじめ、東アジア、オーストラリアおよびアフリカに生息し、ダイズやアズキなどマメ類の害虫である。
【0003】
イチモンジカメムシの被害を予防あるいは防除するためには、総合的害虫管理の観点から発生予察が重要な役割を担っている。
発生予察を行う一般的な手段としては、捕虫網を使ったすくい取り、光に集まる習性を利用したライトトラップ、誘引物質を利用したトラップなどがある。
誘引物質の中でも特にフェロモンを使ったトラップは、発生予察の対象害虫のみを選択的に捕獲できるため、発生予察をより効果的に行うことが可能である。
【0004】
イチモンジカメムシのフェロモンは、β−セスキフェランドレン、メチル=(Z)−8−ヘキサデセノアート、(R)−15−ヘキサデカノリドの3成分で構成され、3成分を混合することで誘引効果を有することが明らかとなっている(特許文献1)。
イチモンジカメムシのフェロモンである3成分の中の1成分あるいは2成分を用いた場合、わずかに誘引効果はあるが、実用的な誘引効果はないことも明らかとなっている(特許文献1、非特許文献1)。
【0005】
また、ホソヘリカメムシのフェロモンの1成分である(E)−2−ヘキセニル=(E)−2−ヘキセノアートに、イチモンジカメムシを誘引する効果があることが知られている(非特許文献2、非特許文献3、非特許文献4)。
【特許文献1】特開平11−49607号公報
【非特許文献1】Journal of Chemical Ecology,第24巻,第11号,1817−1829頁,1998年
【非特許文献2】九州病害虫研究会報,第49巻,88−91頁,2003年
【非特許文献3】Journal of Chemical Ecology,第32巻,第3号,681−691頁,2006年
【非特許文献4】Journal of Chemical Ecology,第32巻,第7号,1605−1612頁,2006年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の3成分によるイチモンジカメムシの誘引剤は、3種類の物質を各々合成し、合成した3つの物質で目的物の製品を製造する必要があるので、製造に手間がかかり、製品の価格が高価になってしまうという問題点を有する。
特に、3成分中の2成分であるβ−セスキフェランドレン及び(R)−15−ヘキサデカノリドは、光学活性体であるため、特定の光学異性体のみを得るのが容易でなく、コスト増大の大きな要因になっている。
即ち、特許文献1に係る既知のイチモンジカメムシの誘引剤は、3成分中2成分が製造困難な光学活性体であるので、目的物の誘引剤が高価であるという問題点を有する。
【0007】
また、非特許文献2〜4に記載の(E)−2−ヘキセニル=(E)−2−ヘキセノアーによるイチモンジカメムシに対する誘引効果も、実用的に充分でないという問題点を有する。
【0008】
従って、本発明の課題は、安価でかつイチモンジカメムシに対して実用的に充分な誘引効果を有する誘引剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、イチモンジカメムシに対して誘引効果を持つ物質について鋭意検討した。
その結果、以下に示す誘引剤を見出した。
【0010】
第1に、(E)−2−ヘキセニル=(E)−2−ヘキセノアートとメチル=(Z)−8−ヘキサデセノアートとを含むことを特徴とするイチモンジカメムシの誘引剤(以下、誘引剤1ということがある)。
第2に、(E)−2−ヘキセニル=(E)−2−ヘキセノアートと(R)−15−ヘキサデカノリドとを含むことを特徴とするイチモンジカメムシの誘引剤(以下、誘引剤2ということがある)。
【0011】
以下、各誘引剤を詳細に説明する。
【0012】
誘引剤1は、(E)−2−ヘキセニル=(E)−2−ヘキセノアート(以下、EEということがある)と、メチル=(Z)−8−ヘキサデセノアート(以下、Z8ということがある)の2成分で構成される。
この2成分は、任意の比率で混合することができるが、通常、EE:Z8=1:10〜10:1の範囲であり、好ましくは、EE:Z8=1:3〜3:1の範囲である。
(E)−2−ヘキセニル=(E)−2−ヘキセノアート及びメチル=(Z)−8−ヘキサデセノアートは、共に光学活性でないため、容易に製造できる。
【0013】
誘引剤2は、(E)−2−ヘキセニル=(E)−2−ヘキセノアートと(R)−15−ヘキサデカノリド(以下、R15ということがある)の2成分で構成される。
この2成分は、任意の比率で混合することができるが、通常、EE:R15=1:10〜10:1の範囲であり、好ましくは、EE:R15=1:3〜3:1の範囲である。
(E)−2−ヘキセニル=(E)−2−ヘキセノアートは、光学活性でないため、容易に製造できる。
【0014】
本発明に係る誘引剤1及び誘引剤2は、それぞれ2成分で構成されており、3成分で構成された特許文献1に記載のイチモンジカメムシの誘引剤より成分数が少ない。
その上、誘引剤1及び誘引剤2は、光学活性体を全く含まないか、又は含んでも1成分だけなので、2成分の光学活性体を必ず含む特許文献1に記載の誘引剤より、安価に製造できる。
【0015】
本発明に係る誘引剤の調製は、これらの物質を用いて、通常、誘引剤の調製に際して適用されている製剤化技術を用いて行うことができる。
例えば、2成分を混合した化合物を、そのまま、あるいはエーテル、アセトン、アルコール、ヘキサン、ペンタン、ジクロロメタン、トリグリセライド等の適当な溶媒で希釈した後、適当な担体、例えば、各種合成高分子体、ゴム等に吸着させたり、綿や不織布、紙、繊維等に含浸させたり、さらに適当な高分子材料の成型物に封入することで製剤化することができる。
【0016】
有効成分の含有量は、使用環境に応じて適宜定めることができるが、通常製剤あたりの有効成分量が1mg〜10g、好ましくは10mg〜500mgの範囲になるように添加する。
【0017】
本発明の誘引剤は、水盤式、滑落式、粘着式等の任意の形態の捕虫器の誘引源として利用することができる。
また、接触毒作用を有するダイアジノン等の殺虫剤を塗布した木片、樹脂片等に含浸させ、誘引捕殺に利用することも可能である。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、安価でかつイチモンジカメムシに対して実用的に充分な誘引効果を有する誘引剤を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下に実施例を用いて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0020】
誘引剤1は、15mgの(E)−2−ヘキセニル=(E)−2−ヘキセノアート[EE]と、15mgのメチル=(Z)−8−ヘキサデセノアート[Z8]とを混合し、合成高分子体(ポリエチレンと酢酸ビニルの共重合)に吸着させることで製剤化したものである。
【0021】
誘引剤2は、15mgの(E)−2−ヘキセニル=(E)−2−ヘキセノアート[EE]と、15mgの(R)−15−ヘキサデカノリド[R15]とを混合し、合成高分子体(ポリエチレンと酢酸ビニルの共重合)に吸着させることで製剤化したものである。
【0022】
対照として、(E)−2−ヘキセニル=(E)−2−ヘキセノアート[EE]、メチル=(Z)−8−ヘキサデセノアート[Z8]、(R)−15−ヘキサデカノリド[R15]、β−セスキフェランドレン[Sesq]を、次に示す組成で用い、誘引剤3〜8を調製した。
【0023】
誘引剤3は、15mgの[EE]、15mgの[Sesq]を、誘引剤1及び誘引剤2と同様に、合成高分子体(ポリエチレンと酢酸ビニルの共重合)に吸着させることで製剤化したものである。
【0024】
誘引剤4は、15mgの[EE]を、誘引剤1及び誘引剤2と同様に、合成高分子体(ポリエチレンと酢酸ビニルの共重合)に吸着させることで製剤化したものである。
この誘引剤4は、非特許文献2〜4に記載のものである。
【0025】
誘引剤5は、10mgの[Z8]、15mgの[R15]、15mgの[Sesq]を、誘引剤1及び誘引剤2と同様に、合成高分子体(ポリエチレンと酢酸ビニルの共重合)に吸着させることで製剤化したものである。
この誘引剤5は、特許文献1に記載のものである。
【0026】
誘引剤6は、30mgの[Sesq]を、誘引剤1及び誘引剤2と同様に、合成高分子体(ポリエチレンと酢酸ビニルの共重合)に吸着させることで製剤化したものである。
【0027】
誘引剤7は、30mgの[Z8]を、誘引剤1及び誘引剤2と同様に、合成高分子体(ポリエチレンと酢酸ビニルの共重合)に吸着させることで製剤化したものである。
【0028】
誘引剤8は、30mgの[R15]を、誘引剤1及び誘引剤2と同様に、合成高分子体(ポリエチレンと酢酸ビニルの共重合)に吸着させることで製剤化したものである。
【0029】
なお、誘引剤9は、何の物質も吸着させていない合成高分子体(ポリエチレンと酢酸ビニルの共重合)を、対照のために準備したものである。
【0030】
次に、上記で得た誘引剤1〜誘引剤9について、各誘引剤の誘引効果を確認するために行った試験について説明する。
【0031】
各試験は、上記で得た誘引剤1〜誘引剤9を水盤トラップに装着したものを4個ずつ用意し、同一条件になるように、各トラップを熊本県合志市の大豆畑に設置し、5日〜10日間隔で捕虫数を調査することで行った。
その結果を、表1に示す。
ここで、捕虫結果は、誘引剤5の捕虫数を100として、他の誘引剤の捕虫数を、誘引剤5に対する捕虫比として表した。
また、表1中の有効成分は、次を示す。
EE:(E)−2−ヘキセニル=(E)−2−ヘキセノアート
Sesq:β−セスキフェランドレン
Z8:メチル=(Z)−8−ヘキサデセノアート
R15:(R)−15−ヘキサデカノリド
【0032】
【表1】

【0033】
表1に示すように、本発明の誘引剤1(EEとZ8の2成分で構成される誘引剤)と誘引剤2(EEとR15の2成分で構成される誘引剤)は、EEの単独成分による対照の誘引剤4及び公知のイチモンジカメムシフェロモンによる対照の誘引剤5より強い捕虫効果を有し、実用的に充分な誘引効果を有することが確認できる。
【0034】
本発明に係る誘引剤1及び誘引剤2、対照の誘引剤3は、いずれもEEという共通成分を含んでいる点、及び、対照の誘引剤5に示すイチモンジカメムシの誘引成分として知られている3成分中の1成分を含んでいる点で共通する。
しかしながら、対照の誘引剤3は、誘引剤1及び誘引剤2よりも捕虫効果が著しく劣っている。
ここで、Sesq、Z8、R15の単独成分による誘引剤6〜誘引剤8について比較すると、対照の誘引剤3と共通のSesqに係る誘引剤6は、本発明の誘引剤2と共通のR15に係る誘引剤8よりも優れた捕虫効果を示している。
上記の結果を総合して考察すると、EEと、イチモンジカメムシの誘引成分として知られている3成分中の1成分の組み合わせについては、Z8とR15という特定成分の組み合わせが、著しい効果を発揮することが確認できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(E)−2−ヘキセニル=(E)−2−ヘキセノアートとメチル=(Z)−8−ヘキサデセノアートとを含むことを特徴とする、イチモンジカメムシの誘引剤。
【請求項2】
(E)−2−ヘキセニル=(E)−2−ヘキセノアートと(R)−15−ヘキサデカノリドとを含むことを特徴とする、イチモンジカメムシの誘引剤。

【公開番号】特開2009−51763(P2009−51763A)
【公開日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−219241(P2007−219241)
【出願日】平成19年8月27日(2007.8.27)
【出願人】(391020584)富士フレーバー株式会社 (16)
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【Fターム(参考)】