説明

イネの感光性遺伝子Ehd3とその利用

【課題】遺伝子を利用して植物の感光性を改変し、これにより植物の開花時期を改変することのできる新規な植物の感光性遺伝子を提供する。
【解決手段】植物の中でも、特に出穂時期を改変する簡便な方法の開発が望まれているイネに着目し、その感光性に関与する遺伝子を単離すべく鋭意研究を行った。遺伝学的レベルでしか同定されていなかった出穂期関連遺伝子座Ehd3について、マップベースクローニング法によりその塩基配列を単離・同定した。さらに、イネの出穂期を容易に改変する手法を開発した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の感光性に関与する遺伝子および該遺伝子を利用した植物の感光性の改変に関する。植物の感光性の改変は、植物の品種改良などの分野において有用である。
【背景技術】
【0002】
イネの出穂期は主に日長に依存する感光性とそれ以外の要因(基本栄養成長性あるいは感温性)によって決定されている。この出穂期に関する遺伝解析は古くから行われ、これまでSe1座(第6染色体)、E1座(第7染色体)、E2座(不明)、E3座(第3染色体)、あるいはEf1 座(第10染色体)等の出穂期関連遺伝子が突然変異や品種に内在する変異によって見出されている。
【0003】
イネは一般に短日で出穂が促進され、逆に長日では出穂が遅延する。日本の栽培品種では、一般に九州や本州南部の品種は強い感光性をもち、東北や北海道の品種は感光性がないか極めて弱い。イネは感光性を失うと日長の変化によって出穂期が変化せず、一定の生育期間を経ると、出穂する特徴を示す。このようにイネは感光性の有無により、栽培地域や栽培時期などに関する適応性が大きく変化するため、イネの感光性の改変は、イネの品種改良において重要な課題となっている。
【0004】
従来、イネの品種改良における出穂期の改変は、(1)交雑による早生・晩生系統の選抜や(2)放射線や化学物質による突然変異誘起などによって行われてきた。しかしながら、これらの作業には長期間を要し、また変異の程度や方向性を予測できないなど多くの問題が存在していた。
【0005】
ところで、イネの遺伝学の分野においては、イネの感光性を強くする遺伝子を総称して「感光性遺伝子」と呼んでいる。近年、DNAマーカーがイネの遺伝解析に利用されるようになって、出穂期のような複雑な遺伝に従う形質の遺伝解析(量的形質遺伝子座(QTL)のマッピング)が進展した。この背景のもと、イネの感光性に関与する遺伝子の遺伝学的な同定が進められてきた(非特許文献1、2)。これらのうち、4種類のQTLs、Hd1、 Hd3a、 Hd6およびEhd1については分子レベルで単離・同定されている(非特許文献3−6)。しかしながらイネ品種の早晩性の決定に重要な役割を果たしているその他の遺伝子については、その分子レベルでの実体が解明されていなかった。
【0006】
イネ感光性遺伝子が単離されれば、これを形質転換法により任意の品種に導入することによって、それらの系統の感光性を改変させ、これによりイネの出穂期を調節することが可能であると考えられる。このため、該遺伝子を利用した品種改良は、簡便性や確実性の面で、従来の方法と比して極めて有利であると言える。
【0007】
なお、本出願の発明に関連する先行技術文献情報を以下に示す。
【非特許文献1】Yano et al. Plant Physiology 127:1425-1429, 2001
【非特許文献2】Izawa et al. International Review of Cytology, 2007
【非特許文献3】Yano et al., Plant Cell 12:2473-2484, 2000
【非特許文献4】Takahashi et al., PNAS 98:7922-7927, 2001
【非特許文献5】Kojima et al., Plant Cell Physiol. 43:1096-1105, 2002
【非特許文献6】Doi et al. Genes and Development 18:926-936, 2004
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、新規な植物の感光性遺伝子を提供することにある。また、本発明は、該遺伝子を利用して植物の感光性を改変し、これにより植物の開花時期を改変することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、植物の中でも、特に出穂時期を改変する簡便な方法の開発が望まれているイネに着目し、その感光性に関与する遺伝子を単離すべく鋭意研究を行った。
【0010】
Ehd3遺伝子はイネ日本型品種ササニシキにいもち病抵抗性を導入した「東北IL9号」に放射線照射を行なって得た極晩生突然変異の原因遺伝子であり、第8染色体短腕末端近くに座乗することが明らかとなっている(松原ら、育種学研究8(別1)、2006)。また、「東北IL9号」とehd3突然変異系統「R0521」を異なる日長条件下で栽培し、それらの到穂日数を調査した結果から、Ehd3遺伝子は出穂を促進する機能を有し、突然変異系統ではその機能が欠損していることが推定されていた。
【0011】
本発明者らは、このようにその存在自体は確認されたが、いまだ同定されていない感光性遺伝子Ehd3を単離するために、「R0521」とインド型品種「G4」の戻し交雑後代第1世代を用いた連鎖解析により、Ehd3遺伝子候補領域を37kbに限定した。
【0012】
さらにこの候補遺伝子領域の解析を行なった結果、他の機能同定されたPHDフィンガーファミリータンパク質のPHDフィンガードメインとは別のグループに属するPHDフィンガードメインを有する、2154kb、563アミノ酸からなるEhd3候補遺伝子の単離に成功した。この遺伝子について相補試験を行なった結果、この遺伝子が長日条件下で出穂を著しく促進させる機能を有するEhd3遺伝子であることが確認された。
【0013】
即ち、本発明者らは、遺伝学的レベルでしか同定されていなかった出穂期関連遺伝子座Ehd3について、マップベースクローニング法によりその塩基配列を単離・同定した。さらに、イネの出穂期を容易に改変する手法を開発し、これにより本発明を完成するに至った。
【0014】
本発明は、より具体的には以下の〔1〕−〔15〕を提供するものである。
〔1〕 植物の感光性を制御する機能を有する植物由来のタンパク質をコードする、下記(a)から(d)のいずれかに記載のDNA。
(a)配列番号:3に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA
(b)配列番号:1または2に記載の塩基配列のコード領域を含むDNA
(c)配列番号:3に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加したアミノ酸配列を有するタンパク質をコードするDNA
(d)配列番号:1または2に記載の塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA
〔2〕 イネ由来である〔1〕に記載のDNA。
〔3〕 下記(a)から(d)のいずれかに記載のDNA。
(a)〔1〕または〔2〕に記載のDNAの転写産物と相補的なアンチセンスRNAをコードするDNA
(b)〔1〕または〔2〕に記載のDNAの転写産物を特異的に開裂するリボザイム活性を有するRNAをコードするDNA
(c)植物細胞における発現時に、RNAi効果により、〔1〕または〔2〕に記載のDNAの発現を抑制するRNAをコードするDNA
(d)植物細胞における発現時に、共抑制効果により、〔1〕または〔2〕に記載のDNAの発現を抑制するRNAをコードするDNA
〔4〕 植物の感光性を制御するために用いる、〔1〕から〔3〕のいずれかに記載のDNA。
〔5〕 〔1〕に記載のタンパク質の変異体であって、植物の感光性を制御する機能が欠損した植物由来のタンパク質をコードする、下記(e)から(h)に記載のDNA。
(e)配列番号:6に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA
(f)配列番号:4または5に記載の塩基配列のコード領域を含むDNA
(g)配列番号:6に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加したアミノ酸配列を有するタンパク質をコードするDNA
(h)配列番号:4または5に記載の塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA
〔6〕 〔1〕から〔5〕のいずれかに記載のDNAを含むベクター。
〔7〕 〔1〕から〔5〕のいずれかに記載のDNAまたは〔6〕に記載のベクターを保持する形質転換植物細胞。
〔8〕 〔7〕に記載の形質転換植物細胞を含む形質転換植物体。
〔9〕 〔8〕に記載の形質転換植物体の子孫またはクローンである、形質転換植物体。
〔10〕 〔8〕または〔9〕に記載の形質転換植物体の繁殖材料。
〔11〕 〔8〕または〔9〕に記載の形質転換植物体の製造方法であって、〔1〕から〔5〕のいずれかに記載のDNAまたは〔6〕に記載のベクターを植物細胞に導入し、該植物細胞から植物体を再生させる工程を含む方法。
〔12〕 〔1〕または〔2〕に記載のDNAを植物体の細胞内で発現させることを特徴とする、植物の出穂を促進する方法。
〔13〕 植物体の細胞内における、内因性の〔1〕または〔2〕に記載のDNAの発現を抑制することを特徴とする、感光性を制御する方法。
〔14〕 〔3〕に記載のDNAを植物に導入することを特徴とする、〔13〕に記載の方法。
〔15〕 植物がイネである、〔12〕から〔14〕のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、単離したEhd3遺伝子の利用による出穂期の新しい改変法を確立することができた。すなわち、単離・同定した出穂促進遺伝子Ehd3は、短日条件、日本の夏期のイネの栽培期間の自然日長条件、そして特に長日条件での出穂促進に必要不可欠な因子である。
【0016】
本発明で単離した出穂促進遺伝子Ehd3を利用することにより、イネの出穂期を容易に変化させ、異なる地域に適応したイネ品種育成に貢献できると考えられる。
具体的には、Ehd3遺伝子の発現をRNAiコンストラクトの形質転換等により制御することで、イネの出穂遅延を図ることができる。形質転換に要する期間は交配による遺伝子移入に比較して極めて短期間であり、他の形質の変化を伴わないで出穂期の改変が可能となる。
【0017】
〔発明の実施の形態〕
本発明は、植物の新規な感光性遺伝子Ehd3、および該遺伝子を利用して植物の感光性を制御する手法を提供する。本発明者らにより感光性との関係が明らかにされた、イネ「東北IL9号」のEhd3遺伝子のゲノムDNAの塩基配列を配列番号:1に、cDNAの塩基配列を配列番号:2に、これら遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列を配列番号:3に示す。また、イネehd3突然変異系統である「R0521」のEhd3遺伝子のゲノムDNAの塩基配列を配列番号:4に、cDNAの塩基配列を配列番号:5に、これら遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列を配列番号:6に示す。
【0018】
配列番号:1に記載のゲノムDNAの塩基配列において、1374位〜1611位は5’非翻訳領域、1612位〜1713位、1858位〜2061位、2151位〜2471位、3382位〜3471位、3657位〜3701位および3791位〜4720位はコード領域、4721位〜4942位が3’非翻訳領域である。また、イネehd3突然変異系統である「R0521」のEhd3遺伝子は配列番号:1における3967位〜3977位、11bpの欠失によるフレームシフトでストップコドンが出現し、以降のアミノ酸全てが翻訳されない構造となっている。
【0019】
イネの量的形質遺伝子座(QTL)のEhd3は、これまでイネの感光性に関与する遺伝子座として、イネ第8染色体短腕末端付近という広大な領域のいずれかの場所に存在するものとして知られていた。本発明者らは、マップベースクローニングの手法を利用することにより、イネ第8染色体短腕末端付近におけるEhd3遺伝子の存在領域の絞り込みを行い、遂に単一の遺伝子として同定することに成功した。
【0020】
本発明は、植物の感光性を制御する機能を有する植物由来のEhd遺伝子に関する。
本発明のEhd遺伝子としては、具体的には、植物の感光性を促進する機能を有する植物由来のタンパク質をコードする、下記(a)から(d)のいずれかに記載のDNAが含まれる。
(a)配列番号:3に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA。
(b)配列番号:1または2に記載の塩基配列のコード領域を含むDNA。
(c)配列番号:3に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加したアミノ酸配列を有するタンパク質をコードするDNA。
(d)配列番号:1または2に記載の塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA。
【0021】
本発明のEhd3遺伝子がコードするタンパク質は、C末端側に3つのPHDフィンガードメインを持つ独特の構造を有する。本発明のEhd3遺伝子に存在するPHDフィンガードメインの解析の結果、これらのPHDフィンガードメインはこれまでに機能同定された他のPHDフィンガーファミリータンパク質のPHDフィンガードメインとは別のグループに属することが明らかとなった(図5)。現在までにその機能が確認されているPHDフィンガータンパク質は花粉形成に関わることが明らかとなっており、このことからも本発明のEhd3タンパク質はこれらのPHDフィンガータンパク質とは異なる機能を有するといえる。
本発明のEhd3遺伝子を利用することにより、例えば、組み換えタンパク質の調製や感光性が改変された形質転換植物体を作出することなどが可能となる。
【0022】
本発明において、本発明の遺伝子が由来する植物としては、特に制限はないが、例えばイネ、トウモロコシ、コムギ、オオムギ、エンバク、ハトムギ、イタリアンライグラス、ペレニアルライグラス、チモシー、メドーフェスク、キビ、アワ、サトウキビ、パールミレット等の単子葉植物や、ナタネ、ダイズ、ワタ、トマト、ジャガイモ等の双子葉植物が挙げられる。また例えば花卉植物としては、キク、バラ、カーネーション、シクラメン等が挙げられるが、これらに限定されない。本発明の遺伝子が由来する植物として、好ましくは単子葉植物が挙げられ、より好ましくは、イネを挙げることができる。
【0023】
本発明の「Ehd3遺伝子」は、「Ehd3タンパク質」をコードしうるものであれば、その形態に特に制限はなく、「Ehd3遺伝子」には、cDNAの他、ゲノムDNA、化学合成DNAなども含まれる。また、Ehd3遺伝子はEhd3タンパク質をコードするものであれば、遺伝暗号の縮重に基づく任意の塩基配列を有するDNAが含まれる。
【0024】
本発明の遺伝子のコード領域は、例えば、配列番号:1に記載の塩基配列における1612位〜1713位、1858位〜2061位、2151位〜2471位、3382位〜3471位、3657位〜3701位および3791位〜4720位、配列番号:2に記載の塩基配列における239位〜1930位、配列番号:4に記載の塩基配列におけるおける1612位〜1713位、1858位〜2061位、2151位〜2471位、3382位〜3471位、3657位〜3701位および3791位〜3970位、配列番号:5の塩基配列における239位〜1180位の領域を挙げることができる。
【0025】
ゲノムDNAおよびcDNAの調製は、当業者にとって常套手段を利用して行うことが可能である。ゲノムDNAは、例えば、植物からゲノムDNAを抽出し、ゲノミックライブラリー(ベクターとしては、プラスミド、ファージ、コスミド、BAC、PACなどが利用できる)を作成し、これを展開して、Ehd3遺伝子(例えば、配列番号:1または2のいずれかに記載のDNA)を基に調製したプローブを用いてコロニーハイブリダイゼーションあるいはプラークハイブリダイゼーションを行うことにより当該クローンを得、調製することが可能である。また、Ehd3遺伝子に特異的なプライマーを作成し、これを利用したPCRをおこなうことによって調製することも可能である。また、cDNAは、例えば、植物から抽出したmRNAを基にcDNAを合成し、これをλZAP等のベクターに挿入してcDNAライブラリーを作成し、これを展開して、上記と同様にコロニーハイブリダイゼーションあるいはプラークハイブリダイゼーションを行うことにより、また、PCRを行うことにより調製することが可能である。
【0026】
さらに、Ehd3遺伝子は広く植物界に存在すると考えられるため、Ehd3遺伝子には、種々の植物に存在する相同遺伝子も含まれる。ここで「相同遺伝子」とは、種々の植物において、イネにおけるEhd3遺伝子産物と機能的に同等なタンパク質をコードする遺伝子を指す。このようなタンパク質には、例えば、Ehd3タンパク質の変異体、アレル、バリアント、ホモログ、Ehd3タンパク質の部分ペプチド、または、他のタンパク質との融合タンパク質などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0027】
本発明におけるEhd3タンパク質の変異体としては、配列番号:3に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加したアミノ酸配列からなる天然由来のタンパク質であって、配列番号:3に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質と機能的に同等なタンパク質を挙げることが出来る。また、配列番号:1または2に記載の塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズする天然由来のDNAよりコードされるタンパク質であって、配列番号:1または2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質と機能的に同等なタンパク質も、Ehd3タンパク質の変異体として挙げることができる。
【0028】
本発明において、変異するアミノ酸数は特に制限されないが、通常、30アミノ酸以内であり、好ましくは15アミノ酸以内であり、さらに好ましくは5アミノ酸以内(例えば、3アミノ酸以内)であると考えられる。変異するアミノ酸残基においては、アミノ酸側鎖の性質が保存されている別のアミノ酸に変異されることが望ましい。例えばアミノ酸側鎖の性質としては、疎水性アミノ酸(A、I、L、M、F、P、W、V)、親水性アミノ酸(R、D、N、C、E、Q、G、H、K、S、T、Y)、脂肪族側鎖を有するアミノ酸(A、V、L、I、P)、水酸基含有側鎖を有するアミノ酸(S、T)、硫黄原子含有側鎖を有するアミノ酸(C、M)、カルボン酸及びアミド含有側鎖を有するアミノ酸(D、N、E、Q)、塩基含有側鎖を有するアミノ酸(R、K、H)、芳香族含有側鎖を有するアミノ酸(F、Y、W)を挙げることができる(括弧内はいずれもアミノ酸の一文字標記を表す)。あるアミノ酸配列に対する1又は複数個のアミノ酸残基の欠失、付加及び/又は他のアミノ酸による置換により修飾されたアミノ酸配列を有するポリペプチドがその生物学的活性を維持することはすでに知られている。
【0029】
本発明において「機能的に同等」とは、対象となるタンパク質が、Ehd3タンパク質と同等の生物学的機能や生化学的機能を有することを指す。本発明において、Ehd3タンパク質の生物学的機能や生化学的機能としては、例えば感光性を挙げることができる。生物学的な性質には発現する部位の特異性や、発現量等も含まれる。
【0030】
相同遺伝子を単離するための当業者によく知られた方法としては、ハイブリダイゼーション技術(Southern, E. M., Journal of Molecular Biology, Vol. 98, 503, 1975)やポリメラーゼ連鎖反応(PCR)技術(Saiki, R. K., et al. Science, vol. 230, 1350-1354, 1985, Saiki, R. K. et al. Science, vol.239, 487-491,1988)が挙げられる。即ち、当業者にとっては、Ehd3遺伝子の塩基配列(例えば、配列番号:1または2のいずれかに記載のDNA)もしくはその一部をプローブとして、またEhd3遺伝子に特異的にハイブリダイズするオリゴヌクレオチドをプライマーとして、種々の植物からEhd3遺伝子の相同遺伝子を単離することは通常行いうることである。
【0031】
このような相同遺伝子をコードするDNAを単離するためには、通常ストリンジェントな条件下でハイブリダイゼーション反応を行なう。ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件は当業者であれば、適宜選択することができる。一例を示せば、25%ホルムアミド、より厳しい条件では50%ホルムアミド、4xSSC、50mM Hepes pH7.0、10×デンハルト溶液、20μg/ml変性サケ精子DNAを含むハイブリダイゼーション溶液中、42℃で一晩プレハイブリダイゼーションを行った後、標識したプローブを添加し、42℃で一晩保温することによりハイブリダイゼーションを行う。その後の洗浄における洗浄液および温度条件は、「1xSSC、0.1% SDS、37℃」程度で、より厳しい条件としては「0.5xSSC、0.1% SDS、42℃」程度で、さらに厳しい条件としては「0.2xSSC、0.1% SDS、65℃」程度で実施することができる。このようにハイブリダイゼーションの洗浄の条件が厳しくなるほどプローブ配列と高い相同性を有するDNAの単離を期待しうる。但し、上記SSC、SDSおよび温度の条件の組み合わせは例示であり、当業者であれば、ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーを決定する上記若しくは他の要素(例えば、プローブ濃度、プローブの長さ、ハイブリダイゼーション反応時間など)を適宜組み合わせることにより、上記と同様のストリンジェンシーを実現することが可能である。
【0032】
単離されたDNAの相同性は、アミノ酸配列全体で、少なくとも50%以上、さらに好ましくは70%以上、さらに好ましくは90%以上(例えば、95%、96%、97%、98%、99%以上)の配列の同一性を有する。配列の相同性は、BLASTN(核酸レベル)やBLASTX(アミノ酸レベル)のプログラム(Altschul et al. J. Mol. Biol., 215: 403-410, 1990)を利用して決定することができる。該プログラムは、Karlin及びAltschulによるアルゴリズムBLAST (Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 87:2264-2268, 1990, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90: 5873-5877, 1993) に基づいている。BLASTNによって塩基配列を解析する場合には、パラメーターは例えばscore = 100、wordlength =12とする。また、BLASTXによってアミノ酸配列を解析する場合には、パラメーターは例えばscore = 50、wordlength = 3とする。また、Gapped BLASTプログラムを用いて、アミノ酸配列を解析する場合は、Altschulら(Nucleic Acids Res. 25: 3389-3402, 1997)に記載されているように行うことができる。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合には、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。これらの解析方法の具体的な手法は公知である。
【0033】
また、本発明は植物の感光性を制御するために用いるDNAであって下記(a)から(d)のいずれかに記載のDNAを提供する。
(a)Ehd3遺伝子の転写産物と相補的なアンチセンスRNAをコードするDNA
(b)Ehd3遺伝子の転写産物を特異的に開裂するリボザイム活性を有するRNAをコードするDNA
(c)植物細胞における発現時に、RNAi効果により、Ehd3遺伝子の発現を抑制するRNAをコードするDNA
(d)植物細胞における発現時に、共抑制効果により、Ehd3遺伝子の発現を抑制するRNAをコードするDNA
【0034】
本発明において、Ehd3遺伝子の発現を抑制する植物には特に制限はなく、植物の感光性を制御させたい所望の植物を用いることができるが、産業的な観点からは農作物が好適である。有用農作物としては、特に制限はないが、例えばイネ、トウモロコシ、コムギ、オオムギ、エンバク、ハトムギ、イタリアンライグラス、ペレニアルライグラス、チモシー、メドーフェスク、キビ、アワ、サトウキビ、パールミレット等の単子葉植物や、ナタネ、ダイズ、ワタ、トマト、ジャガイモ等の双子葉植物が挙げられる。
これらの感光性を制御するために用いるDNAは、例えば有用農作物において、感光性を制御することで出穂を遅延させるために有用である。
【0035】
本明細書における「Ehd3遺伝子の発現を抑制」には、遺伝子の転写の抑制およびタンパク質への翻訳の抑制が含まれる。また、DNAの発現の完全な停止のみならず発現の減少も含まれる。
【0036】
「Ehd3遺伝子の発現を抑制するために用いるDNA」の一つの態様は、Ehd3遺伝子と相補的なアンチセンスRNAをコードするDNAである。植物細胞におけるアンチセンス効果は、一時的遺伝子発現法を用いて、電気穿孔法で導入したアンチセンスRNAが植物においてアンチセンス効果を発揮することにより、初めて実証された(Ecker and Davis, Proc. Natl. Acad. USA, 83: 5372, 1986)。その後、タバコやペチュニアにおいても、アンチセンスRNAの発現によって標的遺伝子の発現を低下させる例が報告されており(Krol et. al., Nature 333: 866, 1988)、現在では植物における遺伝子発現を抑制させる手段として確立している。
【0037】
アンチセンス核酸が標的遺伝子の発現を抑制する作用としては、以下のような複数の要因が存在する。すなわち、三重鎖形成による転写開始阻害、RNAポリメラーゼによって局部的に開状ループ構造がつくられた部位とのハイブリッド形成による転写抑制、合成の進みつつあるRNAとのハイブリッド形成による転写阻害、イントロンとエクソンとの接合点でのハイブリッド形成によるスプライシング抑制、スプライソソーム形成部位とのハイブリッド形成によるスプライシング抑制、mRNAとのハイブリッド形成による核から細胞質への移行抑制、キャッピング部位やポリ(A)付加部位とのハイブリッド形成によるスプライシング抑制、翻訳開始因子結合部位とのハイブリッド形成による翻訳開始抑制、開始コドン近傍のリボソーム結合部位とのハイブリッド形成による翻訳抑制、mRNAの翻訳領域やポリソーム結合部位とのハイブリッド形成によるペプチド鎖の伸長阻止、および核酸とタンパク質との相互作用部位とのハイブリッド形成による遺伝子発現抑制などである。これらは、転写、スプライシング、または翻訳の過程を阻害して、標的遺伝子の発現を抑制する(平島および井上「新生化学実験講座2 核酸IV 遺伝子の複製と発現」,日本生化学会編,東京化学同人, pp.319-347, 1993)。
【0038】
本発明で用いられるアンチセンス配列は、上記のいずれの作用で標的遺伝子の発現を抑制してもよい。一つの態様としては、遺伝子のmRNAの5'端近傍の非翻訳領域に相補的なアンチセンス配列を設計すれば、遺伝子の翻訳阻害に効果的であろう。しかし、コード領域もしくは3'側の非翻訳領域に相補的な配列も使用し得る。このように、遺伝子の翻訳領域だけでなく非翻訳領域の配列のアンチセンス配列を含むDNAも、本発明で利用されるアンチセンスDNAに含まれる。使用されるアンチセンスDNAは、適当なプロモーターの下流に連結され、好ましくは3'側に転写終結シグナルを含む配列が連結される。
【0039】
アンチセンスDNAは、例えば、配列番号:1または2に記載のDNAの配列情報を基にホスホロチオネート法(Stein, Nucleic Acids Res., 16: 3209-3221, 1988)などにより調製することが可能である。調製されたDNAは、公知の方法で、所望の植物へ形質転換できる。アンチセンスDNAの配列は、形質転換する植物が持つ内因性遺伝子の転写産物と相補的な配列であることが好ましいが、遺伝子の発現を有効に阻害できる限り、完全に相補的でなくてもよい。転写されたRNAは、標的とする遺伝子の転写産物に対して好ましくは90%以上(例えば、95%、96%、97%、98%、99%以上)の相補性を有する。アンチセンス配列を用いて、効果的に標的遺伝子の発現を阻害するには、アンチセンスDNAの長さは、少なくとも15塩基以上であり、好ましくは100塩基以上であり、さらに好ましくは500塩基以上である。通常、用いられるアンチセンスDNAの長さは5kbよりも短く、好ましくは2.5kbよりも短い。
【0040】
内因性のEhd3遺伝子の発現の抑制は、リボザイムをコードするDNAを利用して行うことも可能である。リボザイムとは触媒活性を有するRNA分子のことをいう。リボザイムには種々の活性を有するものがあるが、中でもRNAを切断する酵素としてのリボザイムの研究により、RNAの部位特異的な切断を目的とするリボザイムの設計が可能となった。リボザイムには、グループIイントロン型や、RNasePに含まれるM1RNAのように400ヌクレオチド以上の大きさのものもあるが、ハンマーヘッド型やヘアピン型と呼ばれる40ヌクレオチド程度の活性ドメインを有するものもある(小泉誠および大塚栄子、蛋白質核酸酵素, 35: 2191, 1990)。
【0041】
例えば、ハンマーヘッド型リボザイムの自己切断ドメインは、G13U14C15のC15の3'側を切断するが、活性にはU14が9位のAと塩基対を形成することが重要とされ、15位の塩基はCの他にAまたはUでも切断されることが示されている(Koizumi et. al., FEBS Lett. 228: 225, 1988)。リボザイムの基質結合部を標的部位近傍のRNA配列と相補的になるように設計すれば、標的RNA中のUC、UUまたはUAという配列を認識する制限酵素的なRNA切断リボザイムを作出することが可能である(Koizumi et. al., FEBS Lett. 239: 285,1988、小泉誠および大塚栄子, 蛋白質核酸酵素,35: 2191, 1990、Koizumi et. al., Nucleic. Acids. Res. 17: 7059, 1989)。
【0042】
また、ヘアピン型リボザイムも、本発明の目的のために有用である。ヘアピン型リボザイムは、例えばタバコリングスポットウイルスのサテライトRNAのマイナス鎖に見出される(Buzayan, Nature 323: 349,1986)。このリボザイムも、標的特異的なRNA切断を起こすように設計できることが示されている(Kikuchi and Sasaki, Nucleic Acids Res. 19: 6751, 1992, 及び菊池洋,化学と生物 30: 112, 1992)。
【0043】
標的を切断できるよう設計されたリボザイムは、植物細胞中で転写されるようにカリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーターなどのプロモーターおよび転写終結配列に連結される。しかし、その際、転写されたRNAの5'末端や3'末端に余分な配列が付加されていると、リボザイムの活性が失われてしまうことがある。このようなとき、転写されたリボザイムを含むRNAからリボザイム部分だけを正確に切り出すために、リボザイム部分の5'側や3'側に、トリミングを行うためのシスに働く別のトリミングリボザイムを配置させることも可能である (Taira et. al., Protein Eng. 3: 733, 1990、Dzianott and Bujarski, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 86: 4823, 1989、Grosshans and Cech, Nucleic Acids Res. 19: 3875, 1991、Taira et. al., Nucleic Acids Res. 19: 5125, 1991)。
【0044】
また、このような構成単位をタンデムに並べ、標的遺伝子内の複数の部位を切断できるようにして、より効果を高めることもできる(Yuyama et al., Biochem. Biophys. Res. Commun. 186: 1271, 1992)。このようなリボザイムを用いて本発明で標的となる遺伝子の転写産物を特異的に切断し、該遺伝子の発現を抑制することができる。
【0045】
内在性遺伝子の発現の抑制はさらに、標的遺伝子配列と同一もしくは類似した配列を有するDNAの形質転換によってもたらされる「共抑制」によっても達成されうる。「共抑制」とは、植物に標的内在性遺伝子と同一若しくは類似した配列を有する遺伝子を形質転換により導入すると、導入する外来遺伝子および標的内在性遺伝子の両方の発現が抑制される現象のことをいう。共抑制の機構の詳細は明らかではないが、植物においてはしばしば観察される(Curr. Biol. 7: R793, 1997、Curr. Biol. 6: 810, 1996)。
【0046】
例えば、Ehd3遺伝子が共抑制された植物体を得るためには、Ehd3遺伝子若しくはこれと類似した配列を有するDNAを発現できるように作製したベクターDNAを目的の植物へ形質転換し、得られた植物体からEhd3変異体の形質を有する植物を選択すればよい。共抑制に用いる遺伝子は、標的遺伝子と完全に同一である必要はないが、少なくとも70%以上、好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上(例えば、95%、96%、97%、98%、99%以上)の配列の同一性を有する。
【0047】
さらに、本発明における内在性遺伝子の発現の抑制は、標的遺伝子のドミナントネガティブの形質を有する遺伝子を植物へ形質転換することによっても達成することができる。ドミナントネガティブの形質を有する遺伝子とは、該遺伝子を発現させることによって、植物体が本来持つ内在性の野生型遺伝子の活性を消失もしくは低下させる機能を有する遺伝子のことをいう。
【0048】
「Ehd3遺伝子の発現を抑制するために用いるDNA」の他の一つの態様は、内因性のEhd3遺伝子の転写産物と相補的なdsRNAをコードするDNAである。RNAiは、標的遺伝子配列と同一もしくは類似した配列を有する二重鎖RNA(以下dsRNA)を細胞内に導入すると、導入した外来遺伝子および標的内在性遺伝子の発現がいずれも抑制される現象である。細胞に約40〜数百塩基対のdsRNAが導入されると、ヘリカーゼドメインを持つダイサー(Dicer)と呼ばれるRNaseIII様のヌクレアーゼがATP存在下で、dsRNAを3’末端から約21〜23塩基対ずつ切り出し、siRNA(short interference RNA)を生じる。このsiRNAに特異的なタンパク質が結合して、ヌクレアーゼ複合体(RISC:RNA-induced silencing complex)が形成される。この複合体はsiRNAと同じ配列を認識して結合し、RNaseIII様の酵素活性によってsiRNAの中央部で標的遺伝子のmRNAを切断する。また、この経路とは別にsiRNAのアンチセンス鎖がmRNAに結合してRNA依存性RNAポリメラーゼ(RsRP)のプライマーとして作用し、dsRNAが合成される。このdsRNAが再びダイサーの基質となって、新たなsiRNAを生じて作用を増幅する経路も考えられている。
【0049】
本発明のRNAは、標的遺伝子mRNAのいずれかの領域に対するアンチセンスRNAをコードしたアンチセンスコードDNAと、標的遺伝子mRNAのいずれかの領域のセンスRNAをコードしたセンスコードDNAより発現させることができる。また、これらのアンチセンスRNAおよびセンスRNAよりdsRNAを作成することもできる。
【0050】
本発明のdsRNAの発現システムを、ベクター等に保持させる場合の構成としては、同一のベクターからアンチセンスRNA、センスRNAを発現させる場合と、異なるベクターからそれぞれアンチセンスRNA、センスRNAを発現させる場合がある。例えば、同一のベクターからアンチセンスRNA、センスRNAを発現させる構成としては、アンチセンスコードDNAおよびセンスコードDNAの上流にそれぞれpolIII系のような短いRNAを発現し得るプロモーターを連結させたアンチセンスRNA発現カセット、センスRNA発現カセットをそれぞれ構築し、これらカセットを同方向にあるいは逆方向にベクターに挿入することにより構成することができる。また、異なる鎖上に対向するようにアンチセンスコードDNAとセンスコードDNAと逆向きに配置した発現システムを構成することもできる。この構成では、アンチセンスRNAコード鎖とセンスRNAコード鎖とが対となった一つの二本鎖DNA(siRNAコードDNA)が備えられ、その両側にそれぞれの鎖からアンチセンスRNA、センスRNAとを発現し得るようにプロモーターを対向して備えられる。この場合には、センスRNA、アンチセンスRNAの下流に余分な配列が付加されることを避けるために、それぞれの鎖(アンチセンスRNAコード鎖、センスRNAコード鎖)の3'末端にターミネーターをそれぞれ備えることが好ましい。このターミネーターは、A(アデニン)塩基を4つ以上連続させた配列などを用いることができる。また、このパリンドロームスタイルの発現システムでは、二つのプロモーターの種類を異ならせることが好ましい。
【0051】
また、異なるベクターからアンチセンスRNA、センスRNAを発現させる構成としては、例えば、アンチセンスコードDNAおよびセンスコードDNAの上流にそれぞれ polIII系のような短いRNAを発現し得るプロモーターを連結させたアンチセンスRNA発現カセット、センスRNA発現カセットをそれぞれ構築し、これらカセットを異なるベクターに保持させることにより構成することができる。
【0052】
本発明のRNAiにおいては、dsRNAとしてsiRNAが使用されたものであってもよい。「siRNA」は、細胞内で毒性を示さない範囲の短鎖からなる二重鎖RNAを意味し、例えば、15〜49塩基対と、好適には15〜35塩基対と、さらに好適には21〜30塩基対とすることができる。あるいは、発現されるsiRNAが転写され最終的な二重鎖RNA部分の長さが、例えば、15〜49塩基対、好適には15〜35塩基対、さらに好適には21〜30塩基対とすることができる。RNAiに用いるDNAは、標的遺伝子と完全に同一である必要はないが、少なくとも70%以上、好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の配列の相同性を有する。
【0053】
dsRNAにおけるRNA同士が対合した二重鎖RNAの部分は、完全に対合しているものに限らず、ミスマッチ(対応する塩基が相補的でない)、バルジ(一方の鎖に対応する塩基がない)などにより不対合部分が含まれていてもよい。本発明においては、dsRNAにおけるRNA同士が対合する二重鎖RNA領域中に、バルジおよびミスマッチの両方が含まれていてもよい。
本発明は、植物の感光性を制御する機能が欠損したEhd3変異体を含む。
【0054】
Ehd3変異体は、Ehd3タンパク質のアミノ酸配列におけるアミノ酸残基を置換することにより変異を導入して作製される。具体的には、Ehd3タンパク質のアミノ酸配列を公知の分子モデリングプログラム、たとえば、WHAT IF(Vriend et al., J. Mol. Graphics (1990) 8, 52-56 )を用いてその二次構造を予測し、さらに置換されるアミノ酸残基の全体に及ぼす影響を評価することにより行われる。適切な置換アミノ酸残基を決定した後、Ehd3タンパク質をコードする塩基配列を含むベクターを鋳型として、通常行われるPCR法によりアミノ酸が置換されるように変異を導入することにより、Ehd3変異体をそれぞれコードする遺伝子が得られる。
【0055】
本発明のEhd3変異体としては、より具体的には、植物の感光性を制御する機能が欠損したEhd3変異体であって、植物由来のタンパク質をコードする、下記(e)〜(h)に記載のDNAを挙げることができる。
(e)配列番号:6に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA
(f)配列番号:4または5に記載の塩基配列のコード領域を含むDNA
(g)配列番号:6に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加したアミノ酸配列を有するタンパク質をコードするDNA
(h)配列番号:4または5に記載の塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA
【0056】
Ehd3変異体では、最もN末端寄りのPHDフィンガードメイン内の11bpの欠失によるフレームシフトでストップコドンが出現し、PHDフィンガードメインが含まれる領域の全てが失われており、これにより感光性を制御する機能を有さないことが判明した(図3および4)。
例えば有用農作物のEhd3遺伝子をEhd3変異体に改変することで、出穂遅延を図ることができる。
【0057】
また本発明は、Ehd3遺伝子またはEhd3遺伝子の発現を抑制するDNAを含むベクターならびに形質転換植物細胞を提供する。
【0058】
本発明のベクターには、上述のRNAiを誘導するために構築されたベクターが含まれる。本発明のベクターは、本発明のDNAが含まれるため、細胞に導入された場合には該細胞において転写によって形成される一本鎖RNAが分子内で対合してdsRNAを形成する。このようなRNAiを誘導するために構築されたベクターは、結果として内在性遺伝子の転写活性化を誘導することができる。
【0059】
本発明のベクターとしては、内在性遺伝子の転写活性化に用いられる上記ベクターの他、形質転換体作製のために細胞内で本発明のDNAを発現させるベクター、例えば形質転換植物体作製のために植物細胞内で本発明のDNAを発現させるためのベクターも含まれる。植物細胞の形質転換に用いられるベクターとしては、該細胞内で挿入遺伝子を発現させることが可能なものであれば特に制限はない。例えばプラスミド、ファージ、またはコスミドなどを例示することができる。
【0060】
また上記「植物細胞」には、種々の形態の植物細胞、例えば、懸濁培養細胞、プロトプラスト、葉の切片、カルス等が含まれる。
【0061】
本発明のベクターは、本発明のDNAを恒常的または誘導的に発現させるためのプロモーターを含有してもよい。
【0062】
当業者においては、所望のDNAを有するベクターを、一般的な遺伝子工学技術によって、適宜、作製することが可能である。通常、市販の種々のベクターを利用することができる。
【0063】
本発明のベクターは、宿主細胞内において本発明のDNAを保持したり、発現させるためにも有用である。
【0064】
本発明におけるDNAは、通常、適当なベクターへ担持(挿入)され、宿主細胞へ導入される。即ち本発明は、本発明のDNAまたはベクターを保持する宿主細胞を提供する。該ベクターとしては、挿入したDNAを安定に保持するものであれば特に制限されず、例えば宿主に大腸菌を用いるのであれば、クローニング用ベクターとしてpBluescriptベクター(Stratagene社製)などが好ましいが、市販の種々のベクターを利用することができる。本発明のDNAを内在性遺伝子を有する細胞内に導入および発現させる目的としてベクターを用いる場合には、特に発現ベクターが有用である。発現ベクターとしては、試験管内、大腸菌内、培養細胞内、生物個体内でDNAを発現するベクターであれば特に制限されないが、例えば、試験管内発現であればpBESTベクター(プロメガ社製)、大腸菌であればpETベクター(Invitrogen社製)、培養細胞であればpME18S-FL3ベクター(GenBank Accession No. AB009864)、生物個体であればpME18Sベクター(Mol Cell Biol. 8:466-472(1988))、植物個体であればpBINPLUSベクター(van Engelen, F.A. et al., (1995). pBINPLUS: an improved plant transformation vector based on pBIN19. Transgenic Res. 4, 288-290.)などを例示することができる。ベクターへの本発明のDNAの挿入は、常法(Molecular Cloning, 5.61-5.63)により、例えば、制限酵素サイトを用いたリガーゼ反応により行うことができる。
【0065】
上記宿主細胞としては特に制限はなく、目的に応じて種々の宿主細胞が用いられる。本発明のDNAを発現させるための細胞としては、例えば、細菌細胞(例:ストレプトコッカス、スタフィロコッカス、大腸菌、ストレプトミセス、枯草菌)、昆虫細胞(例:ドロソフィラS2、スポドプテラSF9)、動物細胞(例:CHO、COS、HeLa、C127、3T3、BHK、HEK293、Bowes メラノーマ細胞)および植物細胞を例示することができる。
【0066】
また、生体内で本発明のDNAを発現させる方法としては、本発明のDNAを適当なベクターに組み込み、例えば、ポリエチレングリコール法、エレクトロポレーション法、アグロバクテリウム法、リポソーム法、カチオニックリポソーム法、リン酸カルシウム沈殿法、電気パルス穿孔法(エレクトロポーレーション)(Current protocols in Molecular Biology edit. Ausubel et al. (1987) Publish. John Wiley & Sons.Section 9.1-9.9)、リポフェクション法(GIBCO-BRL社製)、マイクロインジェクション法、パーティクルガン法などの当業者に公知の方法により生体内に導入する方法などが挙げられる。
植物体内への投与は、ex vivo法であっても、in vivo法であってもよい。
【0067】
また、植物体内へ本発明のDNAを導入する場合、DNAは、マイクロインジェクション法、エレクトロポレーション法、ポリエチレングリコール法等を用いて、植物細胞に直接導入することもできるが、植物への遺伝子導入用プラスミドに組込み、これをベクターとして、植物感染能のあるウイルスあるいは細菌を介して、間接的に植物細胞に導入することもできる。かかるウイルスとしては、例えば代表的なウイルスとして、カリフラワーモザイクウイルス、タバコモザイクウイルス、ジェミニウイルス等が挙げられ、細菌としては、アグロバクテリウム等が挙げられる。アグロバクテリウム法により、植物への遺伝子導入を行う場合には、市販のプラスミドを用いることができる。このようなベクターを用いて、植物体内へ本発明のDNAを導入する場合の方法としては、好ましくは、アグロバクテリウムを介して遺伝子を導入するリーフディスク法(Jorgensen, R.A. et al., (1996). Chalcone synthase cosuppression phenotypes in petunia flowers: comparison of sense vs. antisense constructs and single-copy vs. complex T-DNA sequences. Plant Mol. Biol. 31, 957-973.)が挙げられる。
【0068】
なおこれら上述の形質転換方法は、宿主となる植物などの種類(例えば単子葉植物、双子葉植物)に応じて適宜選択することが好ましい。
【0069】
本発明において「植物」とは、特に制限されないが、例えばイネ、トウモロコシ、コムギ、オオムギ、エンバク、ハトムギ、イタリアンライグラス、ペレニアルライグラス、チモシー、メドーフェスク、キビ、アワ、サトウキビ、パールミレット等の単子葉植物や、ナタネ、ダイズ、ワタ、トマト、ジャガイモ等の双子葉植物が挙げられる。花卉植物としては、キク、バラ、カーネーション、シクラメン等を挙げることができる。
【0070】
また、本発明は、本発明のDNAまたは本発明のベクターを保持する植物細胞を提供する。さらに本発明は、本発明の植物細胞を含む形質転換植物体を提供する。本発明のDNAまたは本発明のベクターが導入される細胞には、形質転換植物体作製のための植物細胞が含まれる。植物細胞としては特に制限はない。
【0071】
本発明の植物細胞には、培養細胞の他、植物体中の細胞も含まれる。また、プロトプラスト、苗条原基、多芽体、毛状根も含まれる。
【0072】
形質転換植物細胞からの植物体の再生は、植物細胞の種類に応じて当業者に公知の方法で行うことが可能である。例えば、形質転換植物体を作出する手法については、ポリエチレングリコールによりプロトプラストへ遺伝子導入し植物体を再生させる方法、電気パルスによりプロトプラストへ遺伝子導入し植物体を再生させる方法、パーティクルガン法により細胞へ遺伝子を直接導入し、植物体を再生させる方法、およびアグロバクテリウムを介して遺伝子を導入し、植物体を再生させる方法などを挙げることができるが、特に制限されるものではない。いくつかの技術については既に確立し、本願発明の技術分野において広く用いられている。本発明においては、これらの方法を好適に用いることができる。
【0073】
本発明のDNAを含むベクターの導入により形質転換した植物細胞を効率的に選択するために、上記組み換えベクターは、適当な選抜マーカー遺伝子を含む、もしくは選抜マーカー遺伝子を含むプラスミドベクターと共に植物細胞へ導入することが好ましい。この目的に使用される選抜マーカー遺伝子は、例えば抗生物質カナマイシンまたはゲンタマイシンに耐性であるネオマイシンホスホトランスフェラーゼ遺伝子、ハイグロマイシンに耐性であるハイグロマイシンホスホトランスフェラーゼ遺伝子、および除草剤ホスフィノスリシンに耐性であるアセチルトランスフェラーゼ遺伝子等が挙げられる。
【0074】
組み換えベクターを導入した植物細胞は、導入された選抜マーカー遺伝子の種類に従って適当な選抜用薬剤を含む公知の選抜用培地に置床し培養する。これにより形質転換された植物培養細胞を得ることができる。
形質転換された植物細胞は、再分化させることにより植物体を再生させることが可能である。再分化の方法は植物細胞の種類により異なるが、例えばイネであればFujimuraら(Plant Tissue Culture Lett. 2:74 (1995))の方法が挙げられ、トウモロコシであればShillitoら(Bio/Technology 7:581 (1989))の方法やGorden-Kammら(Plant Cell 2:603(1990))が挙げられ、ジャガイモであればVisserら(Theor.Appl.Genet 78:594 (1989))の方法が挙げられ、タバコであればNagataとTakebe(Planta 99:12(1971))の方法が挙げられ、シロイヌナズナであればAkamaら(Plant Cell Reports 12:7-11 (1992))の方法が挙げられ、ユーカリであれば土肥ら(特開平8-89113号公報)の方法が挙げられる。
【0075】
なお、このように再生され、かつ栽培した形質転換植物体中の導入された外来DNAの存在は、公知のPCR法やサザンハイブリダイゼーション法によって、または植物体中のDNAの塩基配列を解析することによって確認することができる。
この場合、形質転換植物体からのDNAの抽出は、公知のJ.Sambrookらの方法(Molecular Cloning、第2版、Cold Spring Harbor Laboratory Press, 1989)に準じて実施することができる。
【0076】
再生させた植物体中に存在する本発明のDNAよりなる外来遺伝子を、PCR法を用いて解析する場合には、上記のように再生植物体から抽出したDNAを鋳型として増幅反応を行う。また、本発明のDNA、あるいは本発明により改変されたDNAの塩基配列に従って適当に選択された塩基配列をもつ合成したオリゴヌクレオチドをプライマーとして用い、これらを混合させた反応液中において増幅反応を行うこともできる。増幅反応においては、DNAの変性、アニーリング、伸張反応を数十回繰り返すと、本発明のDNA配列を含むDNA断片の増幅生成物を得ることができる。増幅生成物を含む反応液を例えばアガロース電気泳動にかけると、増幅された各種のDNA断片が分画されて、そのDNA断片が本発明のDNAに対応することを確認することが可能である。
【0077】
一旦、ゲノム内に本発明のDNAが導入された形質転換植物体が得られれば、該植物体から有性生殖または無性生殖により子孫を得ることが可能である。また、該植物体やその子孫あるいはクローンから繁殖材料(例えば、種子、果実、切穂、塊茎、塊根、株、カルス、プロトプラスト等)を得て、それらを基に該植物体を量産することも可能である。本発明には、本発明のDNAまたはベクターが導入された植物細胞、該細胞を含む植物体、該植物体の子孫およびクローン、並びに該植物体、その子孫、およびクローンの繁殖材料が含まれる。これらの植物細胞、該細胞を含む植物体、該植物体の子孫およびクローン、並びに該植物体、その子孫およびクローンの繁殖材料は、植物の感光性を制御する方法に使用することが可能である。
【0078】
本発明においては、植物のEhd3遺伝子の発現を促進することで、植物の感光性を増強することができる。本発明の方法で作製した植物は、例えば有用農作物において出穂を促進することが可能である。
【0079】
さらに、Ehd3遺伝子の配列情報を基に、植物の内因性のEhd3遺伝子の発現を抑制するために用いる、アンチセンスRNAをコードするDNA、dsRNAをコードするDNA、リボザイム活性を有するRNAをコードするDNA、さらに共抑制効果を有するRNAをコードするDNA等を作製することも可能である。作製されたDNAは、植物の出穂を遅延させるために使用できる。
【実施例】
【0080】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
【0081】
〔実施例1〕 Ehd3遺伝子について
イネ日本型品種ササニシキにいもち病抵抗性を導入した「東北IL9号」に放射線照射を行なって得た極晩生突然変異の原因遺伝子であるEhd3は、遺伝解析により、第8染色体上に位置し(図2A)、野生型の遺伝子が出穂を促進することが明らかとなっていた。小規模分離集団を用いた連鎖解析では、Ehd3遺伝子はSSR(Simple Sequence Repeats)マーカーRM6369およびRM1019とRM6356との間に位置し、RM1381とは共分離することが判明していた(松原ら、育種学研究8(別1)、2006)。しかしながらこの連鎖解析の精度では、マップベースクローニングによる遺伝子の単離・同定は困難であった。「東北IL9号」とehd3突然変異系統「R0521」を異なる日長条件下で栽培し、それらの到穂日数を調査したところ、「R0521」では短日条件および自然日長条件下において「東北IL9号」よりも22日程度出穂が遅延し、長日条件では365日調査を続けたが出穂しなかった(図1)(松原ら、育種学研究8(別1)、2006)。したがって、野生型遺伝子Ehd3が出穂を促進する機能を有し、突然変異系統ではその機能が欠損していることが推定されていた。
【0082】
〔実施例2〕 高精度連鎖解析
マップベースクローニングに不可欠な大規模分離集団によるEhd3領域の詳細な連鎖解析を行った。連鎖解析用の集団は「R0521」とインド型品種「G4(Guang Lu Ai 4 , 広陸矮4号)」の戻し交雑後代第1世代を用いた。戻し交雑後代からEhd3領域がヘテロ型となり、他のゲノム領域の大部分(約75%)が「R0521」に置換された個体を選抜した。選抜個体の自殖後代3214個体(F2集団相当)から、Ehd3を挟み込むSSRマーカーRM6369 (プライマー5'-AGCTAGCTTCACCTACCTACCTCACC-3'(配列番号:7)および5'-ATGGTCATGTCGTTGGTTTGC-3'(配列番号:8))とRM6356 (プライマー5'-GAGACTTGGCGACTCTGATCTGC-3'(配列番号:9)および5'-TGATCTCCTCCTCCTTCGTCTACC-3'(配列番号:10)) を利用して、Ehd3近傍に生じた組み換え染色体をもつ個体を選抜した。Ehd3遺伝子座の表現型の決定は、F3世代の後代検定によって行った。すなわち選抜個体(F2)の各自殖後代40個体をつくば市の実験圃場において栽培し、各系統内の到穂日数の分離状況からEhd3座の表現型を判定した。連鎖解析の結果、Ehd3はInDel(Insertion/Deletion)マーカーAP3909-1とAP3909-7の間に位置づけられ、それぞれのマーカーとEhd3座との組み換え個体は7個体および1個体であった(図2B)。AP3909-2、AP3909-5およびAP3909-6とは共分離し、最終的にEhd3遺伝子候補領域を約37kbに限定した(図2B)。
【0083】
〔実施例3〕 候補遺伝子の特定
Ehd3遺伝子候補領域約37kbおよびその上下流について、既知の日本晴ゲノム塩基配列における予測遺伝子の確認および類似性解析を行ったところ、領域内には4つの遺伝子が存在していることが明らかとなった(図2C)。「東北IL9号」および「R0521」について、Ehd3遺伝子候補領域37kbの全ゲノム塩基配列を解読し、比較を行った。両者の違いは1カ所のみ、予測遺伝子PHD(Plant Homeo Domain)フィンガーファミリータンパク遺伝子のコード領域内に存在していた。そこで、予測されたPHDフィンガーファミリータンパク遺伝子について「東北IL9号」のcDNAの全長を決定し、ゲノム塩基配列と比較したところ、この遺伝子は、6個のエクソンからなり、転写領域の全長は2154bp、563アミノ酸からなるタンパク質をコードしていた(図3)。また、C末側に3つのPHDフィンガードメインを持つ独特の構造をしており、系統解析により、Ehd3の3つのPHDフィンガードメインが、他の機能同定されたPHDフィンガーファミリータンパク遺伝子のPHDフィンガードメインとは別のグループに属していることが明らかとなった(図5)。Ehd3変異体「R0521」では最もN末寄りのPHDフィンガードメイン内の11bpの欠失によるフレームシフトでストップコドンが出現し、PHDフィンガードメインが含まれる領域の全てが失われていることが判明した(図2C、図3および図4)。これらの結果から、この遺伝子をEhd3の候補として以降の解析を行った。
【0084】
〔実施例4〕 Ehd3候補遺伝子の機能証明
形質転換には、PHDフィンガータンパク遺伝子の全長と5’上流域1.2kbおよび3’下流域0.3kbを含む約5.7kbの日本型品種「日本晴」由来のゲノム断片を使用した。「日本晴」を使用した理由は、既にゲノムライブラリーを所持していたことと、相当する5.7kbの塩基配列が「東北IL9号」と全く一致していたためである。「日本晴」のゲノムDNAから作成されたPACライブラリー(Baba et al., Bulletin of the NIAR 14: 41-49, 2000)に対して、Ehd3遺伝子候補領域内の塩基配列を増幅するプライマー対Ehd3-2U/1L(5’-CCAGCGACATCATGCCAAAA-3’ (配列番号:11)および5’-CAGTCGCAGATCCAGCCTCC-3’ (配列番号:12))およびEhd3-50U/59L(5’-GTCAACACTCACCACAAATATCA-3’ (配列番号:13)および5’-AATGGTTTGGTTGATCCTGAAGC-3’ (配列番号:14))によるスクリーニングを行い、Ehd3候補遺伝子をカバーするPACクローンを選抜した。選抜されたクローンより候補遺伝子領域を含む KpnI-DraI 5.7kb断片(図3)を切り出し、Ti-プラスミドベクターpPZP2H-lac(Fuse et al. Plant Biotechnology 18: 219-222, 2001)に組み込み、アグロバクテリウムを介してehd3突然変異系統「R0521」に導入した。再分化植物体は速やかに長日条件(14.5時間明)のグロースチャンバーに移して育成し、出穂までの所要日数を調査した。形質転換当代(T0)では、ベクターのみを導入した個体(10個体)は200日以上出穂しなかったのに対し、5.7kb断片を導入した個体(1〜8コピー導入、24個体)のすべてが移植後83日までに出穂した(図6)。これより、PHDフィンガー遺伝子を含む5.7kb断片が長日条件下で出穂を著しく遅延させるEhd3遺伝子の作用を持つことが証明された。
以上の結果から、マップベースクローニング法により同定した候補遺伝子がイネの出穂促進遺伝子Ehd3であると判断した。
【図面の簡単な説明】
【0085】
【図1】晩生突然変異ehd3が出穂に及ぼす影響を示す図および写真である。左:現品種東北IL9号およびそのehd3変異体R0521を、自然日長(圃場)、短日条件(10時間明/14時間暗、昼温28℃/夜温24℃)および長日条件(14.5時間明/9.5時間暗、昼温28℃/夜温24℃)で育成し、到穂日数を調査した。右:自然日長条件下での東北IL9号とR0521の表現型を示す。
【図2】Ehd3遺伝子のポジショナルクローニングを示す図である。 A:Ehd3遺伝子はイネ第8染色体長腕末端近傍に存在する。B:高精度連鎖解析によって遺伝子候補領域は約37kbに限定された。C:遺伝子候補領域内の全塩基配列を現品種と変異体で比較したところ、予測遺伝子のひとつ、PHD-finger family proteinのコード領域内に変異体では11bpの欠失が存在し、その他の領域には配列の違いは見られなかった。
【図3】Ehd3候補遺伝子の構造を示す図である。 PHD(Plant Homeo Domain)-fingerタンパクファミリーに属するこの遺伝子は6つのエクソンからなり、転写領域の全長は2154bpで、C末側に3つのPHD-fingerドメイン構造を持つ全長563aaのタンパクをコードしていた。変異体における11bpの欠失は、1つ目のPHD-fingerドメイン前部に存在し、フレームシフトによる直後のストップコドンの出現でPHD-fingerドメインを含む遺伝子後半の構造が全く失われていると推定された。
【図4】Ehd3アミノ酸配列の比較図である。Ehd3は現品種東北IL9号の配列、ehd3は変異体R0521の配列。ΔはR0521の11bp欠失の位置、*はストップコドンを示す。
【図5】イネおよびアラビドプシスのPHD-fingerドメインの系統樹を示す図である。これまでに機能の報告があるPHD-fingerタンパクおよびEhd3と似た構造を持つ遺伝子についてPHD-fingerドメインの系統解析を行なった。Ehd3は3つのPHD-fingerドメインを持つので、N末側から枝番1、2、3で示してある
【図6】相補性検定、形質転換当代個体(T0)の到穂日数を示す図である。ehd3突然変異系統R0521にPHD-finger遺伝子および転写開始点上流約1.5kbを含む5.7kb日本晴ゲノム断片あるいはベクターのみを導入し、再分化植物を長日条件の人工気象器内で栽培した。移植後到穂までの日数を調査したところ、 5.7kbゲノム断片が導入されたすべての個体で長日条件下における出穂促進が見られた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物の感光性を制御する機能を有する植物由来のタンパク質をコードする、下記(a)から(d)のいずれかに記載のDNA。
(a)配列番号:3に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA
(b)配列番号:1または2に記載の塩基配列のコード領域を含むDNA
(c)配列番号:3に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加したアミノ酸配列を有するタンパク質をコードするDNA
(d)配列番号:1または2に記載の塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA
【請求項2】
イネ由来である、請求項1に記載のDNA。
【請求項3】
下記(a)から(d)のいずれかに記載のDNA。
(a)請求項1または2に記載のDNAの転写産物と相補的なアンチセンスRNAをコードするDNA
(b)請求項1または2に記載のDNAの転写産物を特異的に開裂するリボザイム活性を有するRNAをコードするDNA
(c)植物細胞における発現時に、RNAi効果により、請求項1または2に記載のDNAの発現を抑制するRNAをコードするDNA
(d)植物細胞における発現時に、共抑制効果により、請求項1または2に記載のDNAの発現を抑制するRNAをコードするDNA
【請求項4】
植物の感光性を制御するために用いる、請求項1から3のいずれかに記載のDNA。
【請求項5】
請求項1に記載のタンパク質の変異体であって、植物の感光性を制御する機能が欠損した植物由来のタンパク質をコードする、下記(e)から(h)に記載のDNA。
(e)配列番号:6に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA
(f)配列番号:4または5に記載の塩基配列のコード領域を含むDNA
(g)配列番号:6に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加したアミノ酸配列を有するタンパク質をコードするDNA
(h)配列番号:4または5に記載の塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載のDNAを含むベクター。
【請求項7】
請求項1から5のいずれかに記載のDNAまたは請求項6に記載のベクターを保持する形質転換植物細胞。
【請求項8】
請求項7に記載の形質転換植物細胞を含む形質転換植物体。
【請求項9】
請求項8に記載の形質転換植物体の子孫またはクローンである、形質転換植物体。
【請求項10】
請求項8または9に記載の形質転換植物体の繁殖材料。
【請求項11】
請求項8または9に記載の形質転換植物体の製造方法であって、請求項1から5のいずれかに記載のDNAまたは請求項6に記載のベクターを植物細胞に導入し、該植物細胞から植物体を再生させる工程を含む方法。
【請求項12】
請求項1または2に記載のDNAを植物体の細胞内で発現させることを特徴とする、植物の出穂を促進する方法。
【請求項13】
植物体の細胞内における、内因性の請求項1または2に記載のDNAの発現を抑制することを特徴とする、感光性を制御する方法。
【請求項14】
請求項3に記載のDNAを植物に導入することを特徴とする、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
植物がイネである、請求項12から14のいずれかに記載の方法。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図1】
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【公開番号】特開2009−213447(P2009−213447A)
【公開日】平成21年9月24日(2009.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−63300(P2008−63300)
【出願日】平成20年3月12日(2008.3.12)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度農林水産省「アグリ・ゲノム研究の総合的な推進」委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(501167644)独立行政法人農業生物資源研究所 (200)
【出願人】(500301371)株式会社植物ゲノムセンター (16)
【Fターム(参考)】