説明

インクジェット装置

【課題】インクジェット装置を印刷機に調整ピンとの加圧接触により位置調整可能に印刷機に位置決め固定するためのヘッド取り付け部材について、靭性を損なうことなく調整ピンとの加圧接触による圧痕、摩耗を減らし、初期位置の再現性を可能とする。
【解決手段】マルテンサイト系ステンレス材のヘッド取り付け部材30は、一端部30Aの端面30aに形成した窪み部33と他端部30Bの一側面34の硬度を高周波焼入れにより高くし、第1の調整ピン41と第2の調整ピン42のテーパ軸部と、窪み部33と一側面34を接触させ、第1の調整ピン41および第2の調整ピン42の回転に伴う螺進により、X軸方向とZ軸回りの位置調整を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、インクジェット装置をインクジェット記録装置等の印刷機に取り付ける取り付け構造に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、インクジェット記録装置等の印刷機には、インクジェットヘッドを有するインクジェット装置が位置調整可能に取り付けられている。
【0003】
また、インクジェット記録装置等の印刷機において、例えば主走査方向には、同色のインクジェット装置が千鳥状に複数配置され、フルカラー印字のためには副走査方向に複数色分のインクジェット装置列が配置されている。
【0004】
インクジェット装置は、インクジェットヘッドと、前記インクジェットヘッドを取り付けるヘッド取り付け部材と、前記インクジェットヘッドの周囲を取り囲む外装部材とを有し、前記外装部材から外方に突出した前記ヘッド取り付け部材の一部が印刷機側のホルダー部に位置調整可能に取り付けられる。
【0005】
インクジェットヘッドは、ノズルプレートに複数のノズルが一定間隔で一列に配置され、前記各ノズルに対応して連通する圧力室からのインクが印字用紙に向けて吐出する。
【0006】
インクジェット装置を印刷機に固定するには、6つの自由度を無くすことが必要である。インクジェット装置が印字用紙と相対的に移動する移動方向を副走査方向、前記副走査方向と直交する方向を主走査方向とすると、互いに直交する主走査方向の軸線(X軸)と副走査方向の軸線(Y軸)と、主走査方向及び副走査方向と互いに直交するインク吐出方向の軸線(Z軸)とすると、前記6つの自由度は、前記X軸方向、前記Y軸方向、前記Z軸方向、前記X軸回り(θx)、前記Y軸回り(θy)、前記Z軸回り(θz)である。
【0007】
このような6つの自由度の中で、例えばZ軸方向、Y軸方向、前記Y軸回り(θy)と前記X軸回り(θx)とはインクジェットヘッドを前記ヘッド取り付け部材に取り付ける際に調整され、インクジェット装置の主走査方向における位置調整であるX軸方向の位置調整と、ノズル列を主走査方向と平行に調整するZ軸回り(θz)はインクジェット装置を印刷機のホルダー部に位置調整可能に取り付けられる(特許文献1)。
【0008】
このような位置調整機構としては、印刷機側の雌ねじ部にねじ込んだ調整ピンを回すことにより、調整ピンのピン端が直接ヘッド取り付け部材の側端面に当接する構造、あるいはくさび作用を利用して調整ピンの軸部をヘッド取り付け部材に接触させる構造等が提案されている。そして、これらの位置調整構造において、位置調整方向と反対方向に付勢力が作用するように、ヘッド取り付け部材にヘッド保持ばねが当接し、ヘッド取り付け部材が調整位置に固定される。
【0009】
また、位置調整を繰り返し行うと、例えば同列に配置されている同色の他のインクジェットヘッド同士の位置関係が不明確となり、同列の全てのインクジェットヘッドを一旦初期位置に戻す調整を可能とするために、例えば調整ピンに設けたマークをインクジェット記録装置等の印刷機側に設けた初期値指標に合わせるようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2004−090493号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
前記位置調整機構により前記ヘッド取り付け部材を移動させる際、前記調整ピンは前記ヘッド保持ばねのばね力に抗してヘッド取り付け部材と当接および接触するため、ヘッド取り付け部材側に調整ピンの先端との当接により圧痕が生じ、また調整ピンの軸部との摩擦接触により摩耗等が生じることがある。
【0012】
このような圧痕や摩耗が繰り返しの調整で生じると、調整ピンの繰り出し量とヘッド取り付け部材の位置、すなわちインクジェットヘッドの位置が初期位置に対してずれることになる。
【0013】
このため、千鳥状に配置した同色のインクジェット装置の初期位置にずれが生じ、その後の位置調整において、個々のインクジェット装置自体の位置調整が行えても同列に配置した同色の複数のインクジェット装置相互の位置調整ができない場合が生じる。
【0014】
このため、ヘッド取り付け部材の材質を金属とし、熱処理(焼入れ)を行うことで取り付け部の硬度を上げ、圧痕や摩耗性の改善を図ることが考えられる。しかし、精度を確保した加工済みのヘッド取り付け部材を熱処理すると、変形が発生して製品不良を招くことが考えられる。そこで、ヘッド取り付け部材用の金属材を熱処理した後に、切削や孔開け等の所定の加工を施すことで高精度のヘッド取り付け部材を提供可能であるが、難加工材となっているため、加工が難しく、高コスト化を招く。また、高硬度化の熱処理によって、取り付け部材の靭性が低下しているので、衝撃に弱いという欠点も含んでしまうため、取り付け時の圧痕、摩耗の発生防止のためにはこのような熱処理は現実的ではないので、実際には行われていないのが現状である。
【0015】
本発明の目的は、このような観点に鑑みなされたもので、ヘッド取り付け部材の靭性を損なうことなく調整ピンとの加圧接触、当接による圧痕、摩耗を減らし、初期位置の再現性を可能とするインクジェット装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するインクジェット装置は、図3の実施形態によれば、マルテンサイト系ステンレス材のヘッド取り付け部材30は、一端部30Aの端面30aに形成した窪み部33と他端部30Bの一側面34の硬度を高周波焼入れにより高くし、第1の調整ピン41と第2の調整ピン42のテーパ軸部と、窪み部33と一側面34を接触させ、第1の調整ピン41および第2の調整ピン42の回転に伴う螺進により、X軸方向とZ軸回りの位置調整を行う。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明によるインクジェット装置の第1実施形態を示す分解斜視図。
【図2】図1に示すインクジェット装置の6自由度を示す斜視図。
【図3】図1に示すインクジェット装置の位置調整方向を示す上面図、及び正面図。
【図4】図1のインクジェット装置に設けたヘッド取り付け部材の斜視図。
【図5】本発明によるインクジェット装置の第2実施形態を示す分解斜視図。
【図6】(a)は図5のインクジェット装置に設けたヘッド取り付け部材の斜視図、(b)は(a)のヘッド取り付け部材を下面側から見た分解斜視図である。
【図7】図5に示すインクジェット装置の位置調整方向を示す上面図。
【図8】図5に示すインクジェット装置の他の位置調整方向を示す上面図。
【図9】図5に示す第2実施形態の変形例を示すヘッド取り付け部材の斜視図。
【図10】図9に示すヘッド取り付け部材を千鳥状に合計5台配置した状態を示す斜視図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
第1実施形態
図1から図4は本発明の第1実施形態を示す。
【0019】
インクジェット装置1は、インクジェットヘッド10と、インクジェットヘッド10を位置調整可能に取り付けるヘッド取り付け部材30と、ヘッド取り付け部材30にビス等で取り付けられる外装部材をなす対向する一対のサイドカバー50A,50Bを有する。
【0020】
ヘッド取り付け部材30に一対のサイドカバー50A,50Bを取り付けた状態で、一対のサイドカバー50A,50Bの上部には上部開口50Cが形成され、下部には下部開口50Dが形成される。インクジェット装置1は、図2に示すように、主走査方向をX軸方向、副走査方向をY軸方向、上下方向をZ軸方向とすると、インクジェットヘッド10はヘッド取り付け部材30に対し、Y軸方向、Z軸方向、X軸回り(θx)、Y軸回り(θy)を位置決めして固定される。
【0021】
ヘッド取り付け部材30は不図示のインクジェット記録装置のホルダー部(不図示)に対しX軸方向およびZ軸回り(θz)について位置調整機構により位置調整可能に取り付けられている。
【0022】
インクジェット装置1は、さらに、上部開口50Cを塞ぐ外装部材をなし、一対のサイドカバー50A,50Bの上端面にビス等で取り付けられるトップカバー51を有する。
【0023】
インクジェット装置1は、さらに、下部開口50Dに対向して、インクジェットヘッド10のインク吐出面側を覆う略直方体状のマスクプレート52を有しており、マスクプレート52の開口端面と一対のサイドカバー50A,50Bの下端開口端面との間に、シール部材53を設けている。
【0024】
本実施形態のインクジェットヘッド10は、インク循環方式とし、図3に示すように、基板11の下面には、紙面の表裏方向を長手方向とする圧電部材からなる2列のアクチュエータ列(不図示)を並設し、前記各アクチュエータ列の長手方向と直交する短手方向には、長手方向に沿って一定間隔で複数の溝部(不図示)を形成し、前記各溝部を圧力室としている。前記各溝部の内周面には電極(不図示)が形成され、これらの電極は基板11の表面に形成した配線パターン(不図示)を介して、基板11の短手方向両側(図1では片側のみ図示)に配置したフレキシブル回路基板13に接続している。これらのフレキシブル回路基板は上方に向けて配置されている。
【0025】
基板11の下面側の周囲には枠部材(不図示)が配置され、前記枠部材にノズルプレート(不図示)を接着剤により固定している。前記ノズルプレートには、前記各圧力室に対応してノズル(不図示)が形成されている。
【0026】
また、インクジェットヘッド10は、基板11の上面側にインク供給管20とインク排出管21とが上方に向けて立設している。平板状に形成したヘッド取り付け部材30には、インク供給管20とインク排出管21が挿通される第1挿通孔31と第2挿通孔32が形成されている。
【0027】
第1挿通孔31に挿通されるインク供給管20と、第2挿通孔32に挿通されるインク排出管21は、前記Y軸方向、Z軸方向、X軸回り(θx)、Y軸回り(θy)を位置決めして例えば接着剤により第1挿通孔31と第2挿通孔32に固定される。その際、前記ノズルプレートとヘッド取り付け部材30とのY軸方向における距離L2が位置決めされる。Z軸方向の位置調整によりインクジェット10の前記ノズルプレートとヘッド取り付け部材との距離L2を調整することにより、ヘッド取り付け部30を印刷機の前記ホルダー部に取り付けると、前記ホルダー部と印刷用紙を搬送する用紙搬送面Pとの距離L1が決まっているので、前記ノズルプレートと前記用紙搬送面Pとの距離が所定の距離に位置決めされる。
【0028】
なお、インク供給管20の上端部およびインク排出管21の上端部はそれぞれ連結管22,23に連結され、これら連結管22,23を介して、不図示のインク供給部とインクジェットヘッド10との間でインクを循環させる。
【0029】
ヘッド取り付け部材30は、X軸方向に延びる細長い平板形状に形成されている。ヘッド取り付け部材30の一端部30Aにおいて、X軸方向の端面30aには、X軸方向位置調整用の弧状の窪み部33を形成している。また、ヘッド取り付け部材30の他端部30Bにおいて、Y軸方向の一側面30bには、X軸方向に平行な側端面に形成したガイド部34を形成している。なお、ヘッド取り付け部材30の一端部30Aおよび他端部30Bは、サイドカバー50A,50Bの外側に位置している。
【0030】
インクジェット装置1は、ヘッド取り付け部材30の一端部30Aと他端部30Bを印刷機の不図示のホルダーに載置した状態で、位置調整機構をなす第1の調整ピン41と第2の調整ピン42と加圧部材43の加圧力Fにより位置決め保持される。第1の調整ピン41と第2の調整ピン42は、テーパ軸に形成された軸部44aの下部におねじ部44bが形成され、印刷機側に設けたナット部45におねじ部44bがねじ込まれている。加圧部材43としては、板ばね、コイルスプリング等のばね部材、あるいはゴム等の弾性部材を直接ヘッド取り付け部材30に当接させる構成、さらにはこれらばね部材あるいは弾性部材の加圧力を当接部材を介してヘッド取り付け部材30に当接する構成等が例示できる。
【0031】
図3に示すように、第1の調整ピン41は、窪み部33に軸部44aが当接するように設けたナット部45にねじ込まれ、第2の調整ピン42はガイド部34に軸部44aが当接するように設けたナット部45にねじ込まれる。また、加圧部材43はヘッド取り付け部材30の他端部30Bにおいて、Y軸方向の他側面30c側で、Y軸に対して角度θ1(<0°θ1<90°)の端面に加圧力Fが加わえている。このため、加圧力FのX軸方向の分力Fxによりヘッド取り付け部材30を第1の調整ピン41に向けて加圧保持する。また、加圧力FのY軸方向の分力Fyにより、ヘッド取り付け部材30を第2の調整ピン42に向けて加圧保持する。
【0032】
本実施形態のヘッド取り付け部材30は、プレス成形により形成されており、窪み部33およびガイド部34の端面はX−Y軸平面に対して垂直となっているが、プレス成形後に窪み部33およびガイド部34の端面を軸部44aのテーパに合わせた面に形成してもよい。
【0033】
なお、第1の調整ピン41の軸心を中心として、軸44aの外周面と窪み部33の円弧部の内周面が同心に形成され、窪み部33が第1の調整ピン41の軸部44aに当接した状態で、第1の調整ピン41の軸心を中心としてヘッド取り付け部材30は回転可能である。
【0034】
第1の調整ピン41を右回りに回転させると、窪み部33に当接しているテーパ軸の軸部44aが下方に移動するので、第1の調整ピン41の軸部44aが窪み部33の内周面(厳密には窪み部33の上縁)に摩擦接触しながらヘッド取り付け部材30を前記分力Fxに抗してX軸方向の他端部側に向けて移動し、X軸方向の位置調整が行われる。その際、第2の調整ピン42の軸部44aがヘッド取り付け部材30のガイド部34に当接しているので、ヘッド取り付け部材30は、X軸方向にガイドされて移動する。また、第1の調整ピン41を左回りに回転させると、逆に窪み部33に当接しているテーパ軸の軸部44aが上方に移動するので、窪み部33の内周面が前記分力Fxにより第1の調整ピン41の軸部44aに押し付けられて摩擦接触しながらX軸方向一端部側に向けて移動する。
【0035】
一方、第2の調整ピン42を右回りに回転させると、ガイド部34に当接しているテーパ軸の軸部44aが下方に移動するので、ヘッド取り付け部材30は、軸部44aとガイド部34が摩擦接触しながら第1の調整ピン41を中心として、前記分力Fyに抗して反時計回り方向に回転し、Z軸回りの位置調整が行われる。第2の調整ピン42を左回りに回転させると、ガイド部34に当接しているテーパ軸の軸部44aが上方に移動するので、ヘッド取り付け部材30は、軸部44aとガイド部34が摩擦接触しながら第1の調整ピン41を中心として、前記分力Fyにより時計回り方向に回転し、Z軸回りの位置調整が行われる。
【0036】
ここで、印刷機の組み立て調整の際に、インクジェット装置1の初期位置を示すマークを例えば第1の調整ピン41の頭部44cと、印刷機側にそれぞれ設け、両マークが一致する点が初期位置とすることができる。
【0037】
なお、本実施形態では、第1の調整ピン41と第2の調整ピン42は、Z軸方向の移動により、軸部44aのテーパ面と、窪み部33の内周面とガイド部34の端面とを摩擦接触させながらヘッド移動部材30を移動させているが、これに限定されるものではない。例えば、第1の調整ピン41、第2の調整ピン42をねじ軸とし、それぞれX軸方向、Y軸方向に螺進可能とする。そして、第1の調整ピン41、第2の調整ピン42の先端面をヘッド取り付け部材30の一端部30Aの端面、ガイド部34の側端面に当接させるようにしてもよい。この場合にも、ヘッド取り付け部材30のこれら当接面に圧痕が形成され、これが初期位置の再現不良を生じさせる。
【0038】
上述のように、インクジェット装置1を印刷機に対して位置調整のために第1の調整ピン41および第2の調整ピン42を回転させると、軸部44aがヘッド取り付け部材30の窪み部33およびガイド部34と摩擦接触する。そして、摩擦接触が繰り返し行われると、摩擦接触部分が摩耗するため、前記初期位置マークを一致させても、インクジェット装置1は初期位置に位置決めされないことになる。
【0039】
そこで、本実施形態ではヘッド取り付け部材30の一端部30Aおよび他端部30Bに対し、以下の処理を施している。
【0040】
本実施形態において、ヘッド取り付け部材30は、熱処理性と耐食性を考慮して、マルテンサイト系ステンレス(SUS410、SUS420,SUS440等)を使用、例えばSUS420を使用している。また、第1の調整ピン41および第2の調整ピン42もヘッド取り付け部材30と同様の金属を使用している。
【0041】
ここで、第1の調整ピン41および第2の調整ピン42を回転させるには、摩擦力に打ち勝つ力を第1の調整ピン41および第2の調整ピン42に作用させなければならない。そして、位置調整のために第1の調整ピン41および第2の調整ピン42に付与されている力により、接触部には接触応力による変形が生じる。この変形により事実上の摩擦係数が更に大きくなり、耐摩耗性に優れた接触面が必要となる。
【0042】
そこで、本実施形態では、ヘッド取り付け部材30の窪み部33とガイド部34に高周波焼入れを施し、金属表層のみの硬度を高くしている。なお、第1の調整ピン41および第2の調整ピン42はそのままとしている。したがって、ヘッド取り付け部材30は、靭性を損なうことなく窪み部33およびガイド部34の圧痕、摩耗を減らしている。なお、本実施形態では窪み部33とガイド部34に高周波焼入れを施しているが、例えばヘッド取り付け部30全体あるいは窪み部33とガイド部34以外の他の部分に高周波焼入れを施してもよい。
【0043】
ここで、上述の接触応力は以下のヘルツの式にて表わされる。
【0044】
a:接触半径、P:集中荷重、ν:ポアソン比、E:ヤング率、R:曲率半径
【0045】
【数1】

【0046】
τmax(最大せん断応力)=0.31(3P/2πa
ステンレス鋼は耐蝕性に優れており、加工後に耐蝕性を付与するための表面処理は行われず、なかでもマルテンサイト系ステンレス鋼は焼入れ可能であることから、最適な鋼種の一つである。なお、熱処理過程で粒界腐食と呼ばれる耐蝕性の低下が見られる場合があるが、ニオブ(Nb)、チタン(Ti)が少量添加された鋼種を用いることで、耐蝕性を安定化できる。
【0047】
耐摩耗性、耐蝕性を得るために、他の材料に表面処理を施す処理方法として、DLCコーティングが知られているが、通常200℃以上の雰囲気で曝されることになり、応力緩和による変形が生じる。また、このDLCコーティング処理にあっては、コーティングされる膜自体の硬度が基材よりも高いため、該膜の剥離が起こりやすく、種々の複合表面改質方法を用いることが必要であったりする。このDLCコーティング処理は、金型、工具等への使用ではその数量、寿命の関係で用いることにメリットを生じるが、ヘッド取り付け部材30のような部品に対しては、数量、コスト等の点において採用するメリットは少ない。
【0048】
高周波焼入れは、その周波数により硬化層の深さを制御することが可能であり、焼入れを施すヘッド取り付け部材の形状に対応したコイルの配置、周波数、時間当たりの加熱出力(加熱出力/時間)、冷却条件の設定にて、インクジェット装置1の位置調整のための手段に対応するべく所望の硬化層深さ、硬さを得ることが可能となる。
【0049】
高周波焼入れによるワークへの電流深度(δ)は、表面からの電流密度が約37%となる距離として、次式に示す浸透深さが定義される。
【0050】
δ=5.03・{ρ/(f・μ)}1/2
なお、ρ:比抵抗、μ:透磁率、f:周波数
比抵抗ρおよび透磁率μは材料により固定値であり、電流深度(δ)は周波数fで決定される。したがって、高周波誘導加熱により表面だけを選択的に加熱することが可能となる。
【0051】
第2実施形態
図5〜図7は本発明の第2実施形態を示す。
【0052】
本実施形態のインクジェット装置2は、鋳鋼性のヘッド取り付け部材60を備えており、このヘッド取り付け部材60にインクジェットヘッド14を取り付けている。なお、インクジェットヘッド14の上部にはフレキシブル回路基板13等を覆う外装カバー15が取り付けられている。
【0053】
ヘッド取り付け部材60は、下向き凹形状の本体部61のX軸方向両側に、フランジ部62、63をX軸方向に延出した構造としている。また、フランジ部62、63は、Y軸方向において対向する両側面62a,62b、63a,63bはX軸方向と平行に形成され、X軸方向の端面62c、63cはY軸と平行に形成されている。ヘッド取り付け部材60の両フランジ部62,63は、第1実施形態と同様に、印刷機のホルダー部に位置調整可能に取り付けられる。なお、本体部61には、X軸方向に沿って長孔のインク供給孔61aが平行に3列形成され、インクジェットヘッド14の3列のノズル列の各列に対応してインク供給孔61aが形成され、Z軸方向に沿ってインクがこれらインク供給孔61aを通して吐出する。69は本体部61の下面に設けられたノズルカバーである。
【0054】
本実施形態のヘッド取り付け部材60には、図7、図8に示すように、一方のフランジ部62の一側面62aとX方向端面62cとの交点部に加圧部材43のばね力が作用している。また、他方のフランジ部63のX方向端面63cには、第1の調整ピン64の先端面を当接させてX軸方向の位置調整を行う。
【0055】
一方のフランジ部62の他側面62bには、第2の調整ピン65の先端面を当接させてヘッド取り付け部材60をY軸方向に移動可能とし、さらに他方のフランジ部63の他側面63bに第3の調整ピン66の先端面を当接させてヘッド取り付け部材60をY軸方向に移動可能としている。
【0056】
第1の調整ピン64、第2の調整ピン65、第3の調整ピン66は同じ構造に形成され、印刷機側に固定された雌ねじ孔67に螺合するねじ軸部68aの先端部に球形状の先端面を有する当接端部68bが形成され、頭部68cを回すことにより、当接部68bを軸方向に沿って移動させる。
【0057】
第1の調整ピン64をX軸方向に移動させることにより、加圧部材43のX方向分力Fxに抗して、あるいはX方向分力Fxによりヘッド取り付け部材をX軸方向に移動させてX軸方向の位置調整を行う。その際、第2の調整ピン65と第3の調整ピン66とがフランジ部62,63の他側面62b,63bに当接することでヘッド取り付け部材60のX軸方向移動のガイドとして作用する。
【0058】
図7に示すように、第2の調整ピン65と第3の調整ピン66とを同一方向に加圧部材43のY方向分力Fyに抗して、あるいはY方向分力Fyによりヘッド取り付け部材60を同量移動させてY軸方向の位置調整を行う。
【0059】
図8に示すように、第3の調整ピン66をそのままとし、第2の調整ピン65をY軸方向に移動させると、第1の調整ピン64の当接部68bの先端を支点としてヘッド取り付け部材60をZ軸回り(θz)に回転させ、Z軸回り(θz)の位置調整を可能とする。その際、X方向端面63cと当接する第1の調整ピン64の当接部68bは先端面が球形状に形成されているので、ヘッド取り付け部材60は当該当接位置を支点としてスムーズに回転する。
【0060】
本実施形態において、第1の調整ピン64、第2の調整ピン65および第3の調整ピン66の各当接部68bが当接するX方向端面63c、フランジ部62,63の他側面62b,63bを第1実施形態と同様に高周波焼入れ処理を施している。
【0061】
本実施形態では、ヘッド取り付け部材60と当接する第1の調整ピン64、第2の調整ピン65および第3の調整ピン66の各当接部68bの先端面を球面としている。当接部68bの先端面が球面である場合と平坦面である場合とでは、同じ力を加えた場合、当接相手部材に生じる最大せん断応力は球面の場合の方が大きい。
【実施例】
【0062】
上記した第2実施形態において、ヘッド取り付け部材60と、第1の調整ピン64、第2の調整ピン65、第3の調整ピン66はマルテンサイト系ステンレスのなかでSUS420を使用している。
【0063】
これらの調整ピン64〜66の当接部68bの球面は、R=3mmとしている。このR半径が大きいほどヘッド取り付け部材60の被当接部分の変形に対して有利に働くが、インクジェット装置2を印刷機に組み込むには上限があり、この数値が限度である。
【0064】
調整に付与される力は、取り付け面(当接面)に垂直な方向にて3N以上の力が必要であった。摩擦に打ち勝って、よりスムーズな調整位置決めを行うためには、5N以上の力が好ましい。SUS420の物性は、E(ヤング率):204GPa、ν(ポアソン比):0.3、耐力:約200MPa、硬度(HRC):22である。
【0065】
上記したヘルツの式に、半径3mm、荷重5Nを代入すると、最大せん断応力τmaxは343MPaとなり、耐力をはるかに超えてしまう。すなわち、圧痕が残ることになり、調整が困難になると共に、容易に摩耗が生じる。
【0066】
また、耐摩耗性を付与するコーティング処理においても、厚みが数μmでは基材のヤング率の影響を受けることとなり、圧痕の発生を防ぐのは困難である。
【0067】
そこで、本実施形態では、第1の調整ピン64、第2の調整ピン65および第3の調整ピン66の各当接部68bが当接するX方向端面63c、フランジ部62,63の他側面62b,63bに対し、表層から数十μm、約900℃以上となるように高周波焼入れを行っている。この場合、発信周波数を高くし(100kHz以上、高周波電源の上限)、加熱時間を短くすることで達成される。
【0068】
例えば、400kHzでの電流深度は前述の式より0.67mmとなり、必要とする深さに対して十分な値となる(低効率:57μΩcm、透磁率0.8H/m)。このような状態では、硬度(HRC):40以上、耐力:550MPa以上を得ることができ、耐摩耗性に優れ、圧痕の残らないヘッド取り付け部材を提供することができる。
【0069】
調整ピンについては、ヘッドより調整される頻度が高く、更なる耐摩耗性を得るために炭素工具鋼(SK材)を硬度(HRC):60以上に焼入れし、硬質クロムメッキを施してもよい。
【0070】
第3実施形態
図9および図10は本発明の第3実施形態を示す。
【0071】
本実施形態は、上記した第2実施形態におけるヘッド取り付け部材60の変形例を示す。上記した第2実施形態のヘッド取り付け部材60の位置調整用の第2の調整ピン65と第3の調整ピン66は水平姿勢でY軸方向に配置される。このため、インクジェット装置2を例えば所定の間隔を有して千鳥状に複数配置した場合、Y軸方向の前後に配置されるヘッド取り付け部材60のフランジ部同士が重なるので、第2の調整ピン65と第3の調整ピン66の配置スペースを確保するには、インクジェット装置2のY軸方向の間隔を拡げるか、第2の調整ピン65と第3の調整ピン66を短くしなければならない。
【0072】
本実施形態において、ヘッド取り付け部材70の基本的な構造を第2実施形態のヘッド取り付け部材60と同様とし、本体部71のX軸方向の両側に形成したフランジ部72,73に他側面側から切欠部74をそれぞれ形成し、フランジ部72,73のY軸方向の幅を本体部71のY軸方向の幅よりも短くしている。そして、本体部71の他側面からフランジ部72,73の一側面側に向けて内側に入り込んだ他側面72b,73bに対して高周波焼入れを施し、これらの他側面72b、73bに第2の調整ピン65と第3の調整ピン66の先端面を当接させる。
【0073】
したがって、一列に3基のインクジェット装置2を交互に二列配置する千鳥状の配列構成では、図10に示すように、ヘッド取り付け部材70のフランジ部72,73インクジェット装置2とがX軸方向に重なり合っても、第2の調整ピン65と第3の調整ピン66とは切欠部74内に収めることができ、二列に配列されるインクジェット装置2のY軸方向の間隔を拡げなくても済む。
【0074】
勿論、フランジ部72,73のX軸方向の両端面72c、73cに対して高周波焼入れを施し、第2実施形態と同様に、第1の調整ピン64の先端面をフランジ部73のX軸方向端面73cに当接させる。
【0075】
なお、上記した各実施形態において、ヘッド取り付け部材の2自由度または3自由度をなくすように位置調整部材である位置調整ピンにより位置調整しているが、1自由度をなくすように位置調整した構成であってもよい。
【符号の説明】
【0076】
1,2 インクジェット装置
10、14 インクジェットヘッド 11 基板 13 フレキシブル回路基板 15 外装カバー
20 インク供給管 21 インク排出管
30、60、70 ヘッド取り付け部材
30A 一端部 30B 他端部
30a 端面 30b 一側面 30c 他側面
31 第1挿通孔 32 第2挿通孔
33 窪み部
34 ガイド部
41 第1の調整ピン 42 第2の調整ピン 43 加圧ばね
44a 軸部 44b おねじ部 45 ナット部
50A、50B サイドカバー
50C 上部開口 50D 下部開口
51 トップカバー 52 マスクプレート 53 シール部材
61 本体部 62、63 フランジ部
62a、63a 一側面
62b、63b 他側面
62c、63c 端面
64 第1の調整ピン 65 第2の調整ピン 66 第3の調整ピン
67 雌ねじ孔
68a ねじ軸部 68b 当接端部
68c 頭部
71 本体部
72、73 フランジ部
72b,73b 他側面
72c、73c 端面 74 切欠部


【特許請求の範囲】
【請求項1】
インクジェットヘッドと、前記インクジェットヘッドが固定される金属製のヘッド取り付け部材とを有し、前記ヘッド取り付け部材に対して加圧接触する位置調整部材により、前記ヘッド取り付け部材が印刷機に対して1又は複数の自由度を無くして位置調整可能に取り付けられるインクジェット装置であって、
前記ヘッド取り付け部材は、少なくとも前記位置調整部材が加圧接触する部分の硬度を高周波焼入れ処理により部分的に高くしたインクジェット装置。
【請求項2】
前記ヘッド取り付け部材の材質をマルテンサイト系ステンレスとした請求項1のインクジェット装置。
【請求項3】
前記ヘッド取り付け部材は、ノズル列方向に細長い平板形状に形成した請求項1または2に記載のインクジェット装置。
【請求項4】
前記ヘッド取り付け部材は、インクジェットヘッドを取り付ける凹形状の本体部と、前記本体部のノズル列方向の両端部に前記本体部と一体に形成したフランジ部とを有し、前記フランジ部に前記位置調整部材が加圧接触する請求項1または2に記載のインクジェット装置。
【請求項5】
前記ヘッド取り付け部材のフランジ部は、前記位置調整部材が入り込む切欠部が形成されている請求項4に記載のインクジェット装置。






【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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