説明

インジケータデバイス

【課題】酵素反応の阻害が起こり難く、所望のタイミングで温度履歴のモニタリングを行えるインジケータデバイスを提供する。
【解決手段】対象物を収容する収容容器の外面或いは内部に備えてあり、酸化酵素と、酸化酵素の基質と、酸化酵素および基質を内部に収容し、酸素透過性を有する酸素透過手段を設けた酵素反応部と、を備え、酸素の存在下によって酸化酵素と基質との酵素反応を進行させて生成した反応生成物の程度によって、対象物の正常な保管温度からの逸脱を検出できるインジケータデバイス。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、収容容器に収容した対象物の正常な保管温度からの逸脱を検出できるインジケータデバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、例えば食品を収容容器にパックするまでに加熱などの加工処理をしないで冷蔵するチルド食品が流通している。チルド食品や腐敗しやすい食品(対象物)において、対象物の劣化や腐敗の原因となる微生物の増殖を抑制するのに重要な要因の一つは、低温条件である。流通過程および保存過程で当該対象物が存在する環境温度が上昇した状態が維持されると、同じ期間低温保存された場合よりも、対象物の特性の劣化や腐敗の速度が速くなる。このように対象物の品質は、温度履歴に依存している。
食品等の対象物では、流通過程および保存過程で、所望の温度から逸脱したことを検出することが望まれている。当該対象物の温度履歴を視覚的に監視するため、例えば、酵素反応に基づくインジケータデバイスが公知である(特許文献1)。
【0003】
特許文献1には、固定化酵素とこの酵素の基質を含み、温度の経時変化を表示するインジケータデバイスが記載してある。当該インジケータデバイスにおける酵素反応によって、時間及び温度依存的に基質とは異なる色の反応生成物が生成する。即ち、対象物が高温に暴露された時に当該反応生成物が生成してインジケータデバイスが変色することで、対象物の時間・温度履歴を視覚的に監視することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2008−516190号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載のインジケータデバイスでは、固定化酵素として、例えばアミダーゼ・リパーゼ・グリコシラーゼ・エーテルヒドロラーゼ等の加水分解酵素を使用している。
当該加水分解酵素は、酵素反応に水が必要となる。即ち、酵素反応の開始は水がトリガーとなる。従って、インジケータデバイスの周囲の雰囲気が乾燥する等によってインジケータデバイスに対して水分の供給が無い場合あるいは不足する場合は、酵素反応に適する温度に暴露されたとしても酵素反応が阻害される虞がある。そのため、温度履歴のモニタリングに際しては、インジケータデバイスにおける酵素反応の阻害を起こり難くすることが望まれる。
【0006】
また、特許文献1に記載のインジケータデバイスでは、固定化酵素は、共有結合・複合体形成・接着により包材料又はラベルに固定化されており、基質は、当該包材料又はラベルに直接印刷されるインク配合物として提供される。
特に腐敗しやすい材料の包装であるインジケータデバイスの着色は、例えば基質の印刷直後に起るように構成されている(特許文献1、段落0124〜0126)。
例えば、対象物の温度履歴のモニタリングを、対象物を低温保管した直後から開始したい場合がある。この場合、基質の印刷直後から対象物の低温保管に至るまでにはある程度の時間が経過する。仮に、固定化酵素を固定化し基質を印刷した包材料又はラベルが、低温保管に至るまでに酵素反応に適する温度に暴露されれば、酵素反応が進行してしまうため、正確な温度履歴のモニタリングができない虞がある。
【0007】
従って、本発明の目的は、酵素反応の阻害が起こり難く、所望のタイミングで温度履歴のモニタリングを行えるインジケータデバイスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するための本発明に係るインジケータデバイスの第一特徴構成は、対象物を収容する収容容器の外面或いは内部に備えてあり、酸化酵素と、前記酸化酵素の基質と、前記酸化酵素および前記基質を内部に収容し、酸素透過性を有する酸素透過手段を設けた酵素反応部と、を備え、酸素の存在下によって前記酸化酵素と前記基質との酵素反応を進行させて生成した反応生成物の程度によって、前記対象物の正常な保管温度からの逸脱を検出できる点にある。
【0009】
本構成のインジケータデバイスでは、酵素として酸化酵素を使用している。酸化酵素は酵素反応に際して酸素が必要であるため、酵素反応の開始には酸素がトリガーとなる。
通常、チルド食品や腐敗しやすい食品等は、低温の空気存在下で保管する。仮にインジケータの周囲の雰囲気が乾燥している場合であっても、本構成であれば、酵素反応に必要な酸素を酸素透過手段から常に酵素反応部に取り入れることができる。そのため、当該インジケータデバイスが酵素反応に適する温度に暴露されれば、酵素反応は阻害され難くなる。よって、本構成では、インジケータデバイスにおける酵素反応を確実に進行させることができ、正確に温度履歴のモニタリングを行なうことができる。
【0010】
本発明に係るインジケータデバイスの第二特徴構成は、前記酸素透過手段が、使用前において前記酸化酵素と雰囲気中の酸素とを接触させない酸素透過防止手段を備える点にある。
【0011】
本構成では、インジケータデバイスの使用前において、酸化酵素および基質を包含した状態で酸素透過防止手段を備えると、インジケータデバイスを気密に維持することができるため、当該酸素透過防止手段を装着した状態では、酵素反応部に酸素を取り入れることができないため、酵素反応は開始しない。
一方、例えば対象物を低温保管した直後から開始したい場合には、低温保管した直後に酸素透過防止手段を除去すると、その時点から酵素反応部に酵素を供することができる。従って、本構成では、所望のタイミングで温度履歴のモニタリングを開始することができるため、正確な温度履歴のモニタリングができる。
【0012】
本発明に係るインジケータデバイスの第三特徴構成は、過酸化水素を収容した過酸化水素収容部を備えた点にある。
【0013】
過酸化水素は分解することによって酸素が発生する。本構成であれば、過酸化水素収容部で発生した酸素を使用して酸化酵素の酵素反応を開始させることができる。
過酸化水素の分解によって発生する酸素量は、温度に依存する。よって、温度に応じた酸素量の下で酵素反応が進行するため、当該酵素反応で生成する反応生成物の量も温度依存的となり、正確に温度履歴のモニタリングを行なうことができる。
【0014】
本発明に係るインジケータデバイスの第四特徴構成は、前記酸化酵素をチロシナーゼ、前記基質をチロシンとした点にある。
【0015】
チロシナーゼは酸化酵素の一種であり、基質であるチロシンを酸化してメラニンを生成する酵素である。メラニンは黒褐色を呈することから、本構成のように酸化酵素をチロシナーゼ、基質をチロシンとして酵素反応が行なわれると、反応生成物として黒褐色のメラニンが生成される。従って、本構成のインジケータデバイスは、酵素反応の結果、酵素反応部が黒褐色に変色するため、視覚的なモニタリングを容易に行なうことができる。
【0016】
本発明に係るインジケータデバイスの第五特徴構成は、前記酸素透過手段をオレフィン系ポリマーのフィルムで構成した点にある。
【0017】
オレフィン系ポリマーのフィルムは、温度変化によってそれ自体が伸縮する。そのため、酸素の透過性を相対的に評価した場合、高温で高く低温では抑制することができる。従って、本構成のインジケータデバイスは、透過する酸素量を温度依存的に制御できる。
【0018】
本発明に係るインジケータデバイスの第六特徴構成は、前記チロシナーゼを0.01〜0.02mg/mL、前記チロシンを0.1〜1mMの濃度範囲とした点にある。
【0019】
本構成のように固定化酵素および基質の濃度範囲を設定すれば、確実に酵素反応を進行させることができる。
【0020】
本発明に係るインジケータデバイスの第七特徴構成は、前記酸素透過手段の酸素透過率を30〜3500cc/m2/day/atmとした点にある。
【0021】
本構成のように酸素透過手段の酸素透過性を設定すれば、使用する酸化酵素が酵素反応に適した温度範囲に達すると、十分な量の酸素を酵素反応部に供給することができるため、正確な温度履歴のモニタリングができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】温度と酵素反応との関係を調べた結果を示した図である。
【図2】温度・酸素濃度と酵素反応速度との関係を調べた結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施例を図面に基づいて説明する。
本発明のインジケータデバイスは、例えば2〜10℃程度の間の温度で貯蔵される食料・食品添加物・化学薬品・生体物質・医薬品・化粧品等、熱に敏感な対象物の温度履歴をモニターするために使用される。当該対象物としては、上述したものに限定されるものではなく、低温条件での保管が必要であり、低温保管しなかった場合には対象物の特性の劣化や腐敗を招くものであればよい。
【0024】
本発明のインジケータデバイスは、対象物を収容する収容容器の外面或いは内部に備えてあり、酸化酵素と、酸化酵素の基質と、酸化酵素および基質を内部に収容し、酸素透過性を有する酸素透過手段を設けた酵素反応部と、を備える。
そして、酸素の存在下によって酸化酵素と基質との酵素反応を進行させて生成した反応生成物の程度によって、対象物の正常な保管温度からの逸脱を検出できる。
【0025】
(酸化酵素および基質)
酸化酵素として、例えばチロシンを酸化してメラニンを生成するチロシナーゼが好適である。チロシナーゼは小麦、リンゴ、ジャガイモ、マッシュルームなど、各種の植物に含まれる。基質は、使用する酸化酵素によって化学反応を触媒される物質であれば、どのような物質であっても使用できる。酸化酵素としてチロシナーゼを使用した場合は、当該基質はチロシンを使用する。
チロシナーゼのような銅を含むカテコールオキシダーゼ(EC1.10.3.1)は、モノフェノールモノオキシゲナーゼ(EC1.14.18.1)としての活性も持っている。また、入手が容易なチロシナーゼおよびチロシンを使用すると、容易に実施することができる。
【0026】
酵素反応を進行させると反応生成物が生成する。本発明では、酸化酵素および基質の組み合わせは、基質自体の色とは異なる色を有する反応生成物が得られるようにする。
酸化酵素をチロシナーゼ、基質をチロシンとして酵素反応が進行すると、反応生成物として黒褐色のメラニンが生成される。従って、本実施形態のインジケータデバイスは、酵素反応の結果、酵素反応部が黒褐色に変色するため、視覚的なモニタリングを容易に行なうことができる。着色は不可逆的であるため、一旦反応生成物が生成されると、インジケータデバイスが呈する色は、そのまま維持される。よって、一旦、対象物が高温に暴露されたことで、インジケータデバイスの酵素反応部が変色すれば、その後、仮に対象物が低温に暴露されたとしても、変色した状態が維持される。即ち、インジケータデバイスに温度履歴を表示し続けることができるため、対象物が高温に暴露された後は、常に使用者によって対象物の正常な保管温度からの逸脱を検出することができる。
【0027】
酸化酵素はチロシナーゼに限定されない。本発明では、酵素反応により、基質自体の色とは異なる色を有する反応生成物が得られるようにすればよいため、例えば、所謂褐変酵素を使用することができる。褐変酵素とは、酵素反応の結果、褐変をもたらす作用を有する酵素を広く意味し、チロシナーゼをも含む。褐変酵素として、例えばポリフェノールオキシダーゼ等の酸化酵素が挙げられる。ポリフェノールオキシダーゼとしては、o−ジフェノールオキシダーゼ、ラッカーゼ等が例示される。
【0028】
その他、基質自体の色とは異なる色を有する反応生成物が得られる酸化酵素として、例えば、ペルオキシダーゼ(EC1.11.1.7)、カテコールオキシダーゼ(EC1.10.3.1)、カテコール2,3−ジオキシゲナーゼ(EC1.13.11.2)、2,3−ジヒドロオキシベンゾエート3,4−ジオキシゲナーゼ(EC1.13.11.14)、3,4−ジヒドロオキシフェニルアセテート3,4−ジオキシゲナーゼ(EC1.13.11.15)、フェロオキシダーゼ(EC1.16.3.1)、等の酵素が例示される。
【0029】
これら酵素に対する基質は、公知の基質が利用できる。例えば、ペルオキシダーゼの場合、ペルオキシダーゼ用発色基質としてTMB(3,3',5,5'-tetramethylbenzidine )、OPD(o-phenylenediamine)、ABTS(3-ethylbenzothiazoline-6-sulfonic acid)等が使用できる。例えばABTSを基質として用いると、酵素反応後は青緑色を呈する。
【0030】
(酵素反応部)
酵素反応部は、酸化酵素および基質をその内部に収容する。
酸化酵素および基質は、適切な溶媒に溶解した後、吸水性紙等の適当な固相担体に滲み込ませて当該固相担体に担持或いは吸着させることができる。酸化酵素および基質の一方を固相担体に担持させた場合、例えば酸化酵素および基質の他方を酵素反応部の内壁に担持させるとよい。
酸化酵素および基質を、それぞれ異なる固相担体に担持させてもよい。この場合、酵素反応部の内部にて酵素反応が適切に進行するように、両固相担体を、密着させる或いは適切な溶媒に浸すなどの態様にしておく。
【0031】
本発明では、酵素反応が進展するに従い、酵素反応部が反応生成物の呈する色に変色する。そのため、酵素反応部は、内部が明瞭に視認できるように、透明または半透明の材料で形成するとよい。
【0032】
酵素反応部は、少なくともその一部が酸素透過性を有するように構成する。
例えば、酸素透過手段をフィルム状のシートである酸素透過性包材とすれば袋状に製袋して、或いは、酸素透過手段を板状の酸素透過性包材とすれば容器状に成形して、酸化酵素および基質を収容する酵素反応部とする。本明細書では、酵素反応部の全面が酸素透過性を有する場合を例示する。
【0033】
酸素透過手段は、例えばフィルム状・板状のポリエチレン、ポリプロピレン等のオレフィン系ポリマーのフィルムによって構成できる。
オレフィン系ポリマーのフィルムは、温度変化によってそれ自体が伸縮することから、透過する酸素量を温度依存的に制御できる。例えば、酸素透過手段の材質を選択するに際して、使用する酸化酵素の反応に適した温度範囲で酸素透過性が大きくなるようにすればよい。このとき、使用する酸化酵素が酵素反応に適した温度範囲に達すると、十分な量の酸素を酵素反応部に供給することができるため、正確な温度履歴のモニタリングができる。
【0034】
酸素透過手段の酸素透過率は、例えば30〜3500cc/m2/day/atm程度であれば、使用する酸化酵素が酵素反応に適した温度範囲に達すると、十分な量の酸素を酵素反応部に供給することができる。
酸素透過手段の酸素透過率は、酸素透過手段に設けられる微小孔の孔径で規定される。即ち、孔径を変更することによって酸素の透過量は変化する。そのため、当該酸素透過率の異なる酸素透過手段を使用することで、酵素反応の反応速度を制御することができる。
酸素の透過性を大きくしたい場合は、インジケータデバイスの使用直後あるいは使用中に、酸素透過手段に対して有孔処理を施すとよい。
【0035】
使用前においては、酵素反応部には、低酸素状態或いは無酸素状態で酸化酵素および基質を収容する。さらに、微生物による酵素反応の阻害を未然に防止するため、酵素反応部の内部は無菌となるように適切な滅菌処理を行うとよい。
このように構成されたインジケータデバイスは、食品等の対象物を収容する収容容器の外面に塗着、或いは、当該収容容器の内部に収容する。
尚、本明細書において、「低酸素状態或いは無酸素状態」とは、酸化酵素および基質が混在した状態でも、酵素反応が進行しない状態をいうものとする。
【0036】
本発明のインジケータデバイスでは、上述したように、酵素として酵素反応の開始には酸素が必要な酸化酵素を備える。このように構成すれば、酵素反応に必要な酸素を酸素透過手段から常に酵素反応部に取り入れることができる。そのため、当該インジケータデバイスが酵素反応に適する温度に暴露されれば、酵素反応は阻害され難くい。よって、本発明では、インジケータデバイスにおける酵素反応を確実に進行させることができ、正確に温度履歴のモニタリングを行なうことができる。
【0037】
酸素透過手段は、使用前において酸化酵素と雰囲気中の酸素とを接触させない酸素透過防止手段を備える。当該酸素透過防止手段は、例えば酸素(気体)不透過材とする。当該酸素透過防止手段は、例えば、フィルム状に成形した酸素透過防止手段に粘着テープ等の接着手段を設け、酸素透過手段の外面に貼着する。或いは、袋状に製袋した酸素透過防止手段の内部に酵素反応部を収容するように構成してもよい。
何れも態様であっても、酸素透過防止手段を備えた酸素透過手段は、使用前において酸化酵素と雰囲気中の酸素とを接触させない状態とすることができ、使用に際しては、所望のタイミングで容易に酸素透過性包材から離脱させることができる。
【0038】
当該酸素透過防止手段は、例えば低密度ポリエチレンフィルム・ブチルゴム等のゴム状材料製とする。当該酸素透過防止手段の厚さは、例えば0.02mm程度とする。
【0039】
このように酸素透過防止手段を備えることでインジケータデバイスを気密に維持することができ、当該酸素透過防止手段を装着した状態では、酵素反応部に酸素を取り入れることができないため、酵素反応は開始しない。
一方、例えば対象物を低温保管した直後から開始したい場合には、低温保管した直後に酸素透過防止手段を除去すると、その時点から酵素反応部に酵素を供することができる。従って、本構成では、所望のタイミングで温度履歴のモニタリングを開始することができる。
【0040】
〔別実施の形態〕
(1)上述したインジケータデバイスの実施形態では、酸素透過防止手段を備える場合について説明した。この構成では、使用前において酸化酵素と雰囲気中の酸素との接触を防止するものである。しかし、このような態様に限定されるものではない。
例えば、過酸化水素を収容した過酸化水素収容部を備える。過酸化水素は分解することによって酸素が発生する(2H→2HO+O)。発生した酸素は、酸素透過性を有する酵素反応部の内部に進入して酸化酵素の酵素反応を開始させることができる。当該過酸化水素収容部は、酵素反応部の外側或いは内側に設けてもよい。
【0041】
過酸化水素収容部を酵素反応部の外側に設ける場合は、例えば袋状に製袋した過酸化水素収容部の内部に酵素反応部を収容するように構成する。この場合、当該過酸化水素収容部は、例えば透明または半透明の材料で形成するとよい。この場合、過酸化水素収容部は、発生した酸素を散逸しないようにするため、酸素透過性に乏しい、或いは、酸素透過性の無い材質で構成する。
【0042】
一方、過酸化水素収容部を、酵素反応部の内側に設ける場合は、過酸化水素収容部は、発生した酸素を迅速に酵素反応部に供するため、酸素透過性の大きい材質で構成する。
【0043】
過酸化水素の分解を促進するため、触媒として二酸化マンガン、或いは、カタラーゼを過酸化水素収容部に添加してもよい。
【0044】
過酸化水素の分解によって発生する酸素量は、温度に依存して増加する。よって、温度に応じた酸素量の下で酵素反応が進行するため、当該酵素反応で生成する反応生成物の量も温度依存的となり、正確に温度履歴のモニタリングを行なうことができる。
【0045】
(2)上述したインジケータデバイスの実施形態では、一つの酵素反応部に酸化酵素および基質を収容する場合について説明した。しかし、このような態様に限られるものではない。
例えば使用前において、インジケータデバイスに二つの酵素反応部を設け、酸化酵素および基質を各別に隔離して収容できるように構成してもよい。この場合、酸化酵素および基質のそれぞれは適切な溶媒に溶解した状態とするのが好ましい。この場合、所望のタイミングで酸化酵素および基質が隔離した状態を解除して、それぞれの酵素反応部を連通できるように構成すれば、各別に収容してあった酸化酵素溶液と基質溶液とが混ざり合い、酵素反応を開始させることが可能となる。
【0046】
(3)本発明のインジケータデバイスは、酵素反応部の内部に、酸化酵素および基質と共に防腐剤や酵素安定化剤を共存させてもよい。防腐剤や酵素安定化剤を添加することで、対象物の長期保存中においても酸化酵素の長期安定性が向上する。例えば、防腐剤としては、安息香酸、パラオキシ安息香酸エチル、ソルビン酸などの公知の防腐剤、酵素安定化剤としては、ゼラチン、グリセロールなどの公知の酵素安定化剤を使用することができる。
【0047】
(4)上述した実施形態では、それぞれ一つの酸化酵素および基質を使用したインジケータデバイスについて説明した。しかし、このような態様に限られるものではなく、酵素及び基質の組み合わせを数種類設定し、これらを混在させた態様とすることが可能である。このとき、各組み合わせにおいて、酵素反応後における反応生成物の呈する色はそれぞれ異なるものとする。
例えば、酵素反応における最適温度の異なる酵素および基質の組み合わせを二種類混在させたとする。このとき、対象物が第1所定温度に暴露されたために酵素反応によって生成した反応生成物が呈する色と、対象物が第2所定温度に暴露されたために酵素反応によって生成した反応生成物が呈する色と、を異ならせることができる。
このように、対象物が暴露された温度に応じた色をインジケータデバイスによって提示させることが可能となり、より詳細に対象物の温度履歴をモニタリングすることができる。
【実施例1】
【0048】
(温度と酵素反応との関係)
本発明のインジケータデバイスにおいて、温度を種々変更したときに酵素反応速度がどのように変化するかを調べた。酵素・基質・酸素透過性包材などの条件は、実施例1と同様とした。
【0049】
5〜65℃の範囲で温度を変更し、各サンプルのOD280に対する吸光度を分光光度計UV−2000(島津製作所製)によって測定し、反応速度を調べた結果を図1に示した。
【0050】
その結果、約20〜50℃においてある程度の酵素活性を維持しており、45℃で最大の酵素活性を有するものと認められた。一方、約55℃以上では、酵素活性は急激に低下し、55℃以上では不可逆的に失活しているものと認められた。45℃における反応速度を100とした場合、20℃:33.8、50℃:90.7、55℃:10.7となる。
これより、酸化酵素としてチロシナーゼを使用した場合の最適温度は、20〜50℃とすることができる。
【実施例2】
【0051】
(温度・酸素濃度と酵素反応速度との関係1)
酸素濃度は0〜100%の範囲とし、5,10,25℃の場合に、酵素反応の飽和最大速度(Vmax)、平衡定数(Km)がどのように変化するかを調べた。サンプルのOD280に対する吸光度を測定して反応速度を求めた。結果を図2に示した。
【0052】
この結果、25℃ではVmax=0.186/min,Km=1.81%、10℃ではVmax=0.039/min,Km=2.53%、5℃ではVmax=0.016/min,Km=1.86%となった。図2より明らかなように、各温度において、酸素濃度21%程度で反応速度はほぼ飽和状態となっている。従って、酸素濃度を21%以下にして、以下の実験を行なった。
【実施例3】
【0053】
(温度・酸素濃度と酵素反応速度との関係2)
温度と酸素濃度を種々変更したときに酵素反応速度がどのように変化するかを調べた。温度は5,10,25℃、酸素濃度は0〜21%の範囲とした。
【0054】
【表1】

【0055】
表1の各温度における上段は、サンプルのOD280に対する吸光度を測定した単位時間(1分間)あたりの吸光度の増大値(ΔOD280/分)を示し、下段は、条件A(25℃,酸素濃度21%)における反応速度を100とした場合の割合を示した。
例えば、条件Aの反応速度に比べて、25℃,酸素濃度0.10%の条件では反応速度は5.8%となり、酵素反応が条件Aと同程度の反応量になるのに要する所要時間は条件Aの反応時間の17倍の時間を要する。
酸素濃度0.05〜21%においては、低温域である5℃で反応速度は0.25〜8.74%、同様に低温域である10℃で反応速度は0.44〜20.3%であった。
尚、酸素濃度0%では、反応速度がゼロであることから、酵素反応は全く進行していないものと認められた。
【0056】
このように、低温域の5〜10℃程度であってもチロシナーゼ活性は認められた。
これらの結果より、低温・低酸素濃度にすることで、酵素反応の進行度の遅延程度を推定することができた。従って、低温域であっても、酸化酵素(チロシナーゼ)を使用した酵素反応を利用することで、本発明のインジケータデバイスにより正確な温度履歴のモニタリングができるものと認められた。
【実施例4】
【0057】
袋状に製袋した過酸化水素収容部の内部に酵素反応部を収容するように構成した本発明のインジケータデバイスについて、酵素反応部がどのように変色するかを調べる実験を行った。
【0058】
過酸化水素収容部は、酸素透過性の小さい蒸着フィルム(東洋製罐社製)を使用した。このフィルムは、酸素透過率が0.1cc/m2/day/atmである。
一方、酵素反応部は、酸素透過性の大きいポリプロピレン/ポリエチレン積層フィルム(東洋製罐社製)を使用した。このフィルムは、酸素透過率が3500cc/m2/day/atmである。
【0059】
過酸化水素収容部には、0.03%の過酸化水素水を充填し、酵素反応部には、50mMリン酸緩衝液(pH7.0)に0.01mg/mLのチロシナーゼ(マッシュルームチロシナーゼ(EC1.14.18.1)、シグマ社製)、および、0.9mMのチロシン(和光純薬社製)を含有させた溶液を充填した。
【0060】
このインジケータデバイスでは、酵素反応開始のトリガーとなる酸素は、過酸化水素収容部で発生した酸素となる。以下に、インジケータデバイスの保管温度を種々変更して発生した酸素の濃度および色変化を調べた結果について説明する。
過酸化水素収容部に過酸化水素水を充填し、二日放置した後、過酸化水素収容部を開封して溶存酸素濃度を測定した。溶存酸素濃度は溶存酸素計OM−14(堀場製作所製)によって測定した。結果を表2に示した。
【0061】
【表2】

【0062】
この結果、過酸化水素の分解によって発生する酸素量(ppm)は、保管温度が上昇するにしたがって増加しているため、温度に依存して増加するものと認められた。
【0063】
過酸化水素収容部に過酸化水素水を充填し、酵素反応部にチロシナーゼおよびチロシンを充填し、0〜6日放置した後、それぞれ色彩色差計CR−200(ミノルタ社製)によって色変化(色差)を測定した。測定した色変化を数値化した結果を表3に示した。
【0064】
【表3】

【0065】
この結果、色変化は、保管温度が上昇するにしたがって増加しているため、温度に依存するものと認められた。よって、本発明のインジケータデバイスは、正確に温度履歴のモニタリングを行なうことができる。
尚、結果は示さないが、酸素透過率が30〜40cc/m2/day/atmのナイロン/ポリプロピレンフィルム(東洋製罐社製)を使用した場合も同様の結果が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明は、収容容器に収容した対象物の正常な保管温度からの逸脱を検出できるインジケータデバイスに利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象物を収容する収容容器の外面或いは内部に備えてあり、
酸化酵素と、前記酸化酵素の基質と、
前記酸化酵素および前記基質を内部に収容し、酸素透過性を有する酸素透過手段を設けた酵素反応部と、を備え、
酸素の存在下によって前記酸化酵素と前記基質との酵素反応を進行させて生成した反応生成物の程度によって、前記対象物の正常な保管温度からの逸脱を検出できるインジケータデバイス。
【請求項2】
前記酸素透過手段が、使用前において前記酸化酵素と雰囲気中の酸素とを接触させない酸素透過防止手段を備える請求項1に記載のインジケータデバイス。
【請求項3】
過酸化水素を収容した過酸化水素収容部を備えた請求項1に記載のインジケータデバイス。
【請求項4】
前記酸化酵素がチロシナーゼ、前記基質がチロシンである請求項1〜3の何れか一項に記載のインジケータデバイス。
【請求項5】
前記酸素透過手段がオレフィン系ポリマーのフィルムで構成してある請求項1〜4の何れか一項に記載のインジケータデバイス。
【請求項6】
前記チロシナーゼが0.01〜0.02mg/mL、前記チロシンが0.1〜1mMの濃度範囲としてある請求項4に記載のインジケータデバイス。
【請求項7】
前記酸素透過手段の酸素透過率が30〜3500cc/m2/day/atmである請求項5に記載のインジケータデバイス。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−204009(P2010−204009A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−52012(P2009−52012)
【出願日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者名 日本食品科学工学会第55回大会事務局 刊行物名 日本食品科学工学会第55回大会講演集 発行年月日 平成20年9月5日
【出願人】(507152970)財団法人東洋食品研究所 (14)
【Fターム(参考)】