説明

インナー磁気シールド素材

【課題】プレス加工が容易で、加工後には黒化処理に匹敵する十分な耐食性を示し、耐食性に優れ、かつ陰極線管の封着と脱気を阻害しない、低コストで製造できるカラー陰極線管用インナー磁気シールド素材。
【解決手段】表面粗さが0.2〜3μmRaの冷延鋼板からなり、該鋼板の少なくとも片面において、EDX分析装置において入射電子エネルギー20eVで電子線を照射した際の電子線の侵入深さとして定義される鋼板表面の「表層」が、(1)Si:2〜40質量%、O:2〜45質量%を含むか、または(2)Si:2〜40質量%、O:2〜45質量%、Na:50質量%以下を含み、残部が鉄および不可避不純物からなる組成である。表層は、本質的にC、H;C、H、O;またはC、H、O、Nからなる有機樹脂をさらに含有していてもよく、その場合のSi、O、Naの合計量に対する有機樹脂の質量比は0.001〜0.1の範囲内である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はカラーTVブラウン管などのカラー陰極線管内に設置されるインナー磁気シールドの製造に使用されるインナー磁気シールド素材に関する。
【背景技術】
【0002】
カラーTVやパソコンその他のカラー表示装置に使用されるカラー陰極線管(CRT)の基本構成は、電子銃と電子ビームを映像に変える蛍光面とからなりたち、これらが、パネル部材とファンネル部材とを接合して形成されたガラス管内に収容されている。
【0003】
この陰極線管の内部側面には、電子ビームが地磁気により偏向されることを防ぐために、磁気シールド部品(インナー磁気シールド)が配置されている。
従来のインナー磁気シール素材は、インナー磁気シールドの製造過程およびその陰極線管への組み込み過程において下記の工程を経る:
素材のプレス加工⇒洗浄⇒黒化処理⇒陰極線管封着⇒陰極線管脱気。
【0004】
上記工程のうち、黒化処理工程では、インナー磁気シールドを弱酸化性の高温雰囲気で熱処理して、鋼表面にマグネタイト(Fe34)主体の緻密な黒色の酸化鉄皮膜(黒化皮膜)を生成させる。黒化処理の主な目的は、プレス加工により作製されたインナー磁気シールドを、これが陰極線管に組み込まれるまでの間の錆発生を防止するように保護する一次防錆性の付与に加えて、封着工程(大気雰囲気の熱処理)における異常酸化(赤錆の発生)を防止するように耐高温酸化性を付与することである。
【0005】
黒化処理は、プレス加工後に行われるため、素材のユーザー(通常はカラー陰極線管の製造業者)が専用の熱処理設備を設けて実施することになり、コスト高にならざるを得なかった。ユーザーによる黒化処理を不要にするため、プレス加工前のインナー磁気シールド素材そのものに、耐食性を付与することがこれまでも試みられてきた。
【0006】
例えば、特開平2−228466号公報には、冷延鋼板の連続焼鈍ラインでの熱処理により、FeO主体の黒化皮膜を形成するための熱処理技術が公開されている。しかし、この黒化皮膜は皮膜の密着性や安定性が十分ではなく、プレス加工時に剥離することがある。また、FeO主体の皮膜は冷延鋼板に比べて硬いので、剥離した皮膜はプレス金型を傷つけ、プレス成形品の品質や金型の耐久性に悪影響を及ぼす。
【0007】
特開平6−36702号公報には、冷延鋼板の表面にNiを電気めっきする技術が公開されているが、電気めっき設備のための大きな初期投資が必要であり、生産時には莫大な電気エネルギーを消費する。さらに、廃液による環境面への影響も大きい。また、Niは、人体への影響も近年問題視されている。一方、使用上の性能面では、ニッケルめっきでは一次防錆面で不足であった。
【特許文献1】特開平2−228466号公報
【特許文献2】特開平6−36702号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ユーザーでの黒化処理を省略するために予め耐食性を付与したインナー磁気シールド素材においては、製造しやすく、プレス加工が支障なく実施でき、かつ加工後には黒化処理に匹敵する十分な耐食性を示し、インナーシールド素材の保管中や陰極線管の封着工程で大気雰囲気の高温に曝されても赤錆(ヘマタイト)の生成を防止できる素材が今なお求められている。本発明は、このようなインナー磁気シールド素材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記課題を解決することができる、カラー陰極線管内に設置されるインナー磁気シールドの製造に使用するインナー磁気シールド素材を提供する。
本発明のインナー磁気シールド素材は、表面粗さが0.2〜3μmRaの冷延鋼板からなり、該鋼板の少なくとも片面において、「表層」が、(1)Si:2〜40質量%、O:2〜45質量%を含むか、または(2)Si:2〜40質量%、O:2〜45質量%、Na:50質量%以下を含み、残部が鉄および不可避不純物からなる組成であることを特徴とする。
【0010】
本発明において「表層」とは、EDX(エネルギー分散型X線)分析装置において入射電子エネルギー20eVで電子線を照射した際の電子線の侵入深さとして定義される鋼板表面部分である。この侵入深さは、概略1μm程度に相当する。
【0011】
好適態様にあっては、少なくとも片面の鋼板の「表層」が、本質的にC、Hからなる有機樹脂、本質的にC、H、Oからなる有機樹脂、および本質的にC、H、O、Nからなる有機樹脂よりなる群から選ばれた有機樹脂をさらに含有し、「表層」のSi、O、Naの合計量に対する有機樹脂の質量比[有機樹脂/(Si+O+Na)]が0.001〜0.1の範囲内である。すなわち、表層が有機樹脂を含む場合でも、有機樹脂の割合は表層全体の最高でも10質量%と少なく、表層の残りは、不可避不純物を除いて本質的にSiとOとFeまたはSiとOとNaとFeとからなる無機質の材料から構成される。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、低コストの処理によって、黒化処理に匹敵する耐食性を鋼板に付与することができ、かつ加工性、溶接性が良好で、プレス成形によりインナー磁気シールドを容易に製造できるインナー磁気シールド素材が提供される。このインナー磁気シールド素材は高温耐酸化性が良好で、封着時の赤錆発生を生じないだけでなく、表層が有機物を含有する場合でも、封着および脱気中に陰極線管の蛍光面への悪影響を生じない。
【0013】
本発明のインナー磁気シールド素材は、前述したインナー磁気シールドの製造および組立て工程の各工程において、次に説明するように、上記特許文献1、2に記載の素材(以下、従来材)より優れた特性を示す。
【0014】
(1)プレス加工工程
素材のプレス加工は、ブランクの打ち抜き加工後、曲げ加工あるいは絞り加工によって、所定のインナー磁気シールドの形状に形作る工程である。従来材はいずれも、通常の冷延鋼板(以下、冷延材)に比べて、表層が非常に硬いため、特にブランクの打ち抜き加工の際に金型の磨耗が激しく、金型寿命が短くなり、加工の能率を損ない、加工費用を高める等の難点があった。特に、特許文献1に記載のFeO主体の黒化皮膜材は加工性が非常に悪い。本発明のインナー磁気シールド素材(以下、本発明材)は、冷延材とほぼ同様、またはそれより良好な加工性示す。
【0015】
(2)洗浄工程
プレス加工後の洗浄は、防錆目的で塗布された防錆油や一連のゴミを除去するために行われる。従来材は、冷延材より脱脂しにくく、脱脂後も防錆油が残存することが多い。これは、従来材に形成されている皮膜の表面が多孔質であり、微細な空孔に入り込んだ防錆油が、冷延材と同じ脱脂条件では、脱脂しきれないためである。本発明材は、少なくとも冷延材と同等の良好な脱脂性を示す。
【0016】
(3)黒化処理工程
冷延材では、プレス加工した後で熱処理により黒化処理を行うが、この工程はコストが高いという難点があった。本発明材は、プレス加工後に洗浄して防錆油を除去した後でも、陰極線管へ組み込まれるまでの間に錆が発生することはない。従来材ではこの時の耐食性も不十分である。
【0017】
(4)陰極線管の封着
陰極線管の封着工程では、インナー磁気シールドや他の製品を陰極線管内部に組み込んだ後、分割されていたガラス管(パネル部材とファンネル部材)を高温に熱して封着する。封着工程は、上記部材を大気雰囲気中(又はそれに近い雰囲気中)で450℃前後のガラス材の融点に近い高温に加熱し、この温度に15分から60分程度保持することにより行われる。
【0018】
本発明材では、この封着工程における加熱中でも表面の酸化を抑制し、鉄のスケールが生成しない。従来材では、洗浄工程において完全に脱脂出来ないことがあり、洗浄後に残存する防錆油が、本工程での加熱中に燃焼して、腐食性ガスが発生し、インナー磁気シールド以外の部品の性能を損なう恐れがある。
【0019】
また、上記いずれの従来材では、封着工程において大気中で加熱されると、素材表面が高い酸素濃度の高温雰囲気にさらされることになり、ヘマタイトが生成しやすく、所謂赤錆が発生する恐れがある。この赤錆は、次の工程で説明するように、陰極線管の品質を不安定にする。本発明材は、高温化での耐酸化性に優れているので、鉄のスケールは精製せず、赤錆は、発生しない。
【0020】
(5)陰極線管の脱気工程
陰極線管の脱気工程は、陰極線管の内部を真空にする工程である。この工程は、350℃程度の温度に保ちながら、陰極線管の内部をほぼ10-5torrの真空度まで脱気する。この真空度は、雰囲気中のガスで電子線が散乱されないようにするため不可欠であり、陰極線管の性能を直接的に左右する。
【0021】
従来材では、前述したように封着工程で赤錆が発生する恐れがある。赤錆が発生した場合、赤錆は、雰囲気のガスを吸着する性質があり、吸着されたガスは脱気工程で容易に除去することができない。そのため、脱気工程で必要な真空度を得ることができなかったり、或いは製品となった後で、吸着ガスが徐々に陰極線管に放出され、電子線を散乱するために、陰極線管の品質を不安定にする。
【0022】
本発明材では、前述したように、封着工程でも酸化を抑制し、鉄のスケールが生成せず、赤錆も発生しないので、冷延材を黒化処理したインナー磁気シールドと何ら遜色の無い性能が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下に本発明をより詳しく説明する。以下の説明において、%は特に指定しない限り質量%である。
本発明に係るインナー磁気シールド素材は、表面粗さ0.2〜3μmRaの冷延鋼板を母材とする。母材の冷延鋼板は、磁気特性に優れたものがよい。そのような鋼板の例としては、従来よりインナー磁気シールド用途に利用されている、アルミキルド鋼、アルミトレース鋼、およびシリコントレース鋼の鋼帯が挙げられる。鋼板の厚みは、必要な強度と加工性の観点から、0.05〜3.0mmの範囲内とすることが好ましい。
【0024】
冷延鋼板の表面粗さRaが3μmを超えると、摩擦係数が高くなるため滑りにくくなり、プレス加工が困難となるので実用的ではない。一方、表面粗さが0.2μmより小さいと、プレス加工工程で素材の滑りすぎや、素材同士が密着しすぎて引き剥がしにくいといった問題が発生する傾向がある。これらの理由から、冷延鋼板の表面粗さは0.2〜3μmRaとすることが適当である。この表面粗さは、より好ましくは0.4〜2μmRaであり、特に0.5〜1.5μmRaの範囲が最も好ましい。
【0025】
本発明のインナー磁気シールド素材は、母材鋼板の該鋼板の少なくとも片面において、EDX分析装置において入射電子エネルギー20eVで電子線を照射した際の電子線の侵入深さとして定義される鋼板表面の「表層」が、下記のいずれかの組成である:
(1)Si:2〜40%、O:2〜45%を含み、残部が鉄および不可避不純物からなる組成;
(2)Si:2〜40%、O:2〜45%、Na:50%以下を含み、残部が鉄および不可避不純物からなる組成;
(3)本質的にC、Hからなる有機樹脂、本質的にC、H、Oからなる有機樹脂、および本質的にC、H、O、Nからなる有機樹脂よりなる群から選ばれた有機樹脂をさらに含有し、「表層」のSi、O、Naの合計量に対する有機樹脂の質量比[有機樹脂/(Si+O+Na)]が0.001〜0.1の範囲内である、上記(1)または(2)の組成。
【0026】
「表層」の組成において、Siが2%未満であるか、もしくはOが2%未満であると、耐食性が不足して、錆が発生しやすくなるばかりでなく、大気雰囲気中の高温下でも酸化しやすくなるため、封着工程における赤錆(ヘマタイト)の発生を抑制できない。一方、Siが40%を超えるか、もしくはOが45%を超えると、耐食性や大気雰囲気中の高温下での耐酸化性は十分な性能であるが、プレス加工におけるブランク打ち抜き金型の損耗が著しく、溶接できないという弊害が起こるため、実用的でない。SiとOは、例えば、シリカのようなケイ素酸化物の形態で表層中に存在させることができる。
【0027】
Si、O以外にNaがさらに存在すると、耐食性や高温耐酸化性が向上する。この理由は不明であるが、「表層」の結晶構造が変化し、Oイオンの透過速度を抑制するためと思われる。しかし、40%を超えるNaを「表層」に添加することは、工業的に不可能である。このNaは、例えば、ケイ酸ナトリウム塩として表層中に存在させることができる。
【0028】
少なくとも片面の「表層」に、本質的にC、H、OまたはC、H、O、Nからなる有機樹脂が、「表層」のSi、O、Naに対する質量比、すなわち、有機樹脂/(Si+O+Na)の質量比が0.001〜0.5となるように含有されていると、プレス加工のブランク打ち抜きにおいて、有機樹脂が潤滑の役割をするため、打ち抜き金型の磨耗を抑制し、金型寿命の低下を防止することができる。また、摩擦係数が下がり、特に絞り加工の加工性が向上する。
【0029】
この有機樹脂の効果は「表層」のSi、O、Naの合計量に対する質量比〔有機樹脂/(Si+O+Na)〕が0.001以上で得られる。一方、この質量比が0.1を超えると、封着工程において、有機樹脂が燃焼する際に陰極線管内の酸素を消費し、蛍光面の蛍光塗料やフリットグラスペースト中の有機分が不完全燃焼となり、十分に燃焼除去できなくなる。その結果、蛍光面の蛍光塗料やフリットガラスの接着強度低下を招き、陰極線管の製造に重大な悪影響を及ぼすことがある。従って、上記の有機樹脂の質量比を0.1以下とする。有機樹脂を表層に含有させる場合、上記有機樹脂の質量比は好ましくは0.005以上、0.05以下である。このように、表層に有機樹脂を含有させる場合でも、その含有量は表層全体の数%以下という少量であるので、表層の主体は無機質である。
【0030】
本発明において、上記表層の形成方法は特に制限されない。例えば、熱処理により鋼板表面にSiとOを濃化させて、上記(1)を満たす組成を得ることも、母材鋼板の組成によっては可能であるかもしれない。
【0031】
しかし、簡便な方法は、SiとO(上記(1)の場合)、またはSiとOとNa(上記(2)の場合)、またはさらに有機樹脂(上記(3)の場合)を鋼板表面に付着させることである。具体的には、例えば、SiとOまたはSiとOとNaを含有する無機系の塗布液を鋼板表面に塗布し、乾燥して、表層皮膜を形成することである。この皮膜には、母材鋼板から溶出してきたFeを含有しうる。
【0032】
塗布液にさらに有機樹脂を含有させてもよい。有機樹脂は別に塗布することもできるが、上記のように有機樹脂の割合が少ないので、少なくともSiとOを含有する無機系塗布液に有機樹脂を含有させる方が好ましい。塗布に代わる付着方法として、蒸着を利用することもできる。
【0033】
塗布液は、例えば、上記(1)の場合はシリカゾル(ケイ酸ゾル)でよい。或いは、アルキルシリケート(テトラアルコキシシラン)またはその部分加水分解物の溶液を使用することもできる。アルキルシリケートは、加水分解によりアルコールが脱離し、その後の加水分解物の縮合によりシリカに転化する。
【0034】
上記(2)の場合は、ケイ酸ナトリウム類の水溶液を塗布液として使用することができる。ケイ酸ナトリウム類は多くの組成のものがあり、そのいずれも一般に使用できる。例えば、水ガラスを希釈して塗布液とすることができる。塗布液中のNa量は、必要であれば、シリカまたはNaOHを添加することによって調整することができる。
【0035】
上記(3)の組成の表層を形成する場合には、塗布液にさらに有機樹脂を添加する。有機樹脂は、本質的にC、Hからなる有機樹脂、本質的にC、H、Oからなる有機樹脂、および本質的にC、H、O、Nからなる有機樹脂よりなる群から選ぶ。このような有機樹脂は、燃焼分解した時に腐食性ガスを発生しない。使用する有機樹脂は、封着工程において大気中で450℃前後に加熱された時に比較的短時間で燃焼分解するものがよい。適当な有機樹脂の例としては、ウレタン系樹脂、アクリル系樹脂、ポリエステル樹脂、ポリオレフィン系樹脂、ポリスチレン系樹脂、ポリアミド樹脂などが挙げられる。有機樹脂の添加量は、表層における有機樹脂の上記質量比が0.001以上、0.1以下となるようにする。
【0036】
塗布液の塗布方法は、特に制限されず、ロール塗布、浸漬塗布、噴霧塗布などが可能であるが、塗布量を確実かつ容易に調整できる点ではロール塗布が好ましい。塗布量は、上記「表層」の組成が本発明で規定する範囲になる量であればよい。塗布量は塗布液の濃度によっても調整できる。塗布量の一般的な目安としては、少なすぎると均一に塗布するのが非常に難しくなるため、乾燥前の液体状態でおよそ5g/m2以上が実用的である。塗布前に、水系の塗布液がはじかないように、鋼板表面を常法に従って脱脂などにより清浄化しておくことが好ましい。
【0037】
「表層」の組成は厚み方向で均一である必要はない。例えば、「表層」の最上部はFeが実質的に存在せず、「表層」の最下部は実質的にFe(あるいは母材鋼板)であってもよい。つまり、上記皮膜が「表層」より薄い場合である。その場合でも、EDXにより測定された表層の組成が本発明の範囲内であれば、本発明の効果を十分に達成することができる。例えば、上記塗布により形成された皮膜が0.1〜0.5μmというごく薄いものでも、本発明による表層が形成されうる。
【0038】
塗布後の乾燥は、十分に水分を除去する必要があるため、100℃を超える温度で乾燥させることが好ましい。
こうして形成された皮膜の「表層」が本発明で規定する量のSi,O、またはSi,O,Na,またはさらに有機樹脂を含有すると、プレス加工が支障なく実施できる良好な加工性を示し、かつ加工後には黒化処理に匹敵する十分な耐食性を示し、インナーシールド素材の保管中や陰極線管の封着工程で大気雰囲気の高温に曝されても赤錆(ヘマタイト)の生成を防止できるインナー磁気シールド素材となる。この素材は、前述した工程を経てインナー磁気シールドに加工され、かつ陰極線管に組み込まれる。その時の各工程における本発明のインナー磁気シールドの効果については前述した通りである。
【実施例】
【0039】
実施例では、本発明で規定する「表層」の組成を簡便に形成する方法として、塗布液をロール塗装する方法を採用した。
塗布液としては、市販のNaシリケート水溶液(水ガラス、Naを含む場合)またはシリカゾル(Na=0%の場合)を用い、有機分(有機樹脂)としてはアクリル系エマルジョン樹脂(C,H,Oからなる)とポリエチレン(C,Hからなる)との混合物を用いた。塗布液の調製は、固形分20%のNaシリケート水溶液またはシリカゾルに、場合により有機分を添加することにより行った。
【0040】
表面粗さ0.5μmRaの極低炭アルミキルド鋼の冷延鋼板に各塗布液をロール塗装した後、200℃の温度で乾燥および焼付けを行った。ロール塗装による塗布量を変えて試験片を製作した後、EDXによって「表層」(加速電子の侵入深さ約1μm)の成分組成を測定した。表1における有機分質量比は〔有機樹脂/(Si+O+Na)〕の質量比を意味する。
【0041】
試験サンプルの下記特性の評価データを表1に示す。表中の下線部は、本発明の条件からはずれる比較例である。
耐食性:湿潤試験(湿度100%、温度80℃、試験期間2週間)
発錆有り=×、発錆無し=○。
【0042】
摩擦係数:バウデン試験(荷重500g);
摺動回数10回時の平均摩擦力F(g)より、摩擦係数=F/500を算出。
加工性:ブランク打ち抜き、
プレス加工の作業性、金型磨耗を総合して判断して、
問題有り=×、問題なし=○。
【0043】
溶接性:スポット溶接において、
通電しない=×、溶接できる=○。
高温耐酸化性:大気雰囲気450℃で1時間保持する熱処理時の赤錆発生状況;
赤錆発生=×、赤錆が発生しない=○。
【0044】
蛍光面、フリットガラスヘの影響:
陰極線管内に組み込んで封着を行った際、蛍光面上の有機分残留あるいはフリットガラス強度低下が、ある場合=×、無い場合=○。
【0045】
【表1】

【0046】
表1からわかるように、本発明に係るインナー磁気シールド素材は、すべての試験項目において良好な性能を示し、低コストで製造できるにもかかわらず、インナー磁気シールドの製造および陰極線管への組み込みに支障なく使用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カラー陰極線管内に設置されるインナー磁気シールドの製造に使用するインナー磁気シールド素材であって、表面粗さが0.2〜3μmRaの冷延鋼板からなり、該鋼板の少なくとも片面において、EDX分析装置において入射電子エネルギー20eVで電子線を照射した際の電子線の侵入深さとして定義される鋼板表面の「表層」が、Si:2〜40質量%、O:2〜45質量%を含み、残部が鉄および不可避不純物からなる組成であることを特徴とするインナー磁気シールド素材。
【請求項2】
カラー陰極線管内に設置されるインナー磁気シールドの製造に使用するインナー磁気シールド素材であって、表面粗さが0.2〜3μmRaの冷延鋼板からなり、該鋼板の少なくとも片面において、EDX分析装置において入射電子エネルギー20eVで電子線を照射した際の電子線の侵入深さとして定義される鋼板表面の「表層」が、Si:2〜40質量%、O:2〜45質量%、Na:50質量%以下を含み、残部が鉄および不可避不純物からなる組成であることを特徴とするインナー磁気シールド素材。
【請求項3】
少なくとも片面の「表層」が、本質的にC、Hからなる有機樹脂、本質的にC、H、Oからなる有機樹脂、および本質的にC、H、O、Nからなる有機樹脂よりなる群から選ばれた有機樹脂をさらに含有し、「表層」のSi、O、Naの合計量に対する有機樹脂の質量比[=有機樹脂/(Si+O+Na)]が0.001〜0.1の範囲内である、請求項1または請求項2に記載のインナー磁気シールド素材。

【公開番号】特開2010−43291(P2010−43291A)
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−331197(P2006−331197)
【出願日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【出願人】(000207436)日鉄住金鋼板株式会社 (178)
【Fターム(参考)】