説明

インフルエンザウイルスのヘマグルチニンに対する抗体酵素

【課題】 インフルエンザウイルスの連続変異や不連続変異に関わらず、表面糖蛋白ヘマグルチニンを認識するとともに、該ヘマグルチニンを切断および/または分解することができる抗体酵素を提供する。
【解決手段】 ヘマグルチニンHA1の高度保存領域に存在するアミノ酸配列、および/またはヘマグルチニンHA2の高度保存領域に存在するアミノ酸配列を含む抗原ペプチドを抗原として作製された抗体またはその断片は、表面糖蛋白ヘマグルチニンを認識するとともに、該ヘマグルチニンを切断および/または分解することができる抗体酵素である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インフルエンザウイルスのヘマグルチニンに対する抗体酵素に関するものである。
【背景技術】
【0002】
インフルエンザウイルスはコア蛋白質(核蛋白(NP蛋白)および膜蛋白(M1蛋白))の抗原性に基づき分類される。1940年にインフルエンザウイルスではあるが、それまでのウイルスとは抗原的に全く異なったウイルスが分離され、それまでのウイルスをA型とし、新しいウイルスをB型とした。以後さらに新しいウイルスが分類された場合には、C、D、E・・・型とすることになった。1949年にTaylorによってC型インフルエンザウイルスが発見され、現在では、インフルエンザA、BおよびCの3つの型があることが明らかになっている。
【0003】
A型インフルエンザウイルスは、さらに、ウイルス粒子の2種類の表面糖蛋白であるヘマグルチニン(Hemagglutinin(HA)、以下、適宜HAと略記する。)とノイラミニダーゼ(Neuraminidase(NA)、以下、適宜NAと略記する。)との抗原性に基づいて、HAでH1〜H15、NAでN1〜N9の亜型に分類される。HAは、ヒト等の細胞に吸着・侵入する際に細胞表面にあるシアル酸と結合して、インフルエンザウイルス粒子が細胞内に取り込まれるときの重要な役割を果たしている。一方、NAは、ウイルス粒子が感染後期に細胞表面から離れる際にシアル酸を切断する働きを有し、感染性を獲得するのに役だっている。HAについては、1993年以降ヒトで3種類、ブタで2種類、ウマで2種類、水禽で15種類の亜型が同定されてきた。B型インフルエンザウイルスはA型インフルエンザウイルスと同様の表面糖蛋白を持つが1つの亜型しかない。また、C型インフルエンザウイルスはヘマグルチニンエステラーゼ(HE)のみを持っている。B型インフルエンザウイルスはヒトのみに、C型インフルエンザウイルスはヒトとブタのみに流行してきた。
【0004】
A型インフルエンザおよびB型インフルエンザのウイルスは、規模に大小はあるが、ほとんど毎年流行をくり返している。その抗原構造は多少とも異なっており、この抗原構造のずれが流行の原因になっている。抗原変異は、ウイルス粒子の表面蛋白質であるヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)でみられ、不連続変異(antigenic shift)と連続変異(antigenic drift)の2種類がある。不連続変異とは、2種類の異なった系統によって感染した細胞が、RNAゲノム成分の各種組換えによって新しい血清型を突如出現する機構のことをいい、A型インフルエンザウイルスのみでみられる。不連続変異はしばしば大流行の原因となっている。これまでにヒトでは1918年にスペイン風邪(H1N1)、1957年にアジア風邪(H2N2)、1968年にホンコン風邪(H3N2)、1977年にロシア風邪(H1N1)と世界的に大流行を繰り返している。連続変異とは、A、B、C型インフルエンザウイルスに観測されているもので、ゲノムRNA分節の交換ではなく、同じゲノムを維持しているが、HA、NA遺伝子の突然変異の結果起こる機構である。A型ウイルスの起源は単一であり、そこから不連続変異、連続変異により新型ウイルスが発生・流行し、他の株にとって代わるという単一系統様式を示す。ところがC型ウイルスはいろいろなウイルス株が同時に流行すると言う多系統様式を示す。B型はA型とC型の中間の様式を示す。
【0005】
このような、ヘマグルチニン(HA)やノイラミニダーゼ(NA)の変異のため、現在使われているHAワクチンでは、抗原型に適合したワクチンの生産が難しく、予防効果が問題となっている。
【0006】
かかる問題を解決する技術として、HA分子のサブタイプに共通で、抗原変異の生じ難い抗原部位を認識する抗体についての報告がなされている(例えば、特許文献1等参照。)。特許文献1では、インフルエンザウイルスH1N1やH2N2を抗原として作製された抗体であって、ヘマグルチニン分子中のポリペプチド配列TGLRNとGITNKVNSVIEKとを認識する抗体が開示されている。
【特許文献1】特開平6−100594号公報(平成6年4月12日公開)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、抗原変異がみられるヘマグルチニン(HA)に変異することなく高度に保存されている領域(高度保存領域)を認識しウイルスの中和活性を有する抗体としての機能だけでなく、HAを切断および/または分解することができる酵素としての機能もあわせ持つ抗体酵素を得ることができれば、毎年起こる抗原変異にもかかわらず、該抗体酵素によってHAを認識するとともに、認識したHAを切断および/または分解することができる。すなわち、1分子で1つ(あるいは2つ)のHA分子に結合する抗体に比べ、抗体酵素は1分子で次から次にHA分子を破壊することができる。それゆえ、かかる抗体酵素を得ることができればインフルエンザウイルスの感染能力を破壊することができ、インフルエンザの予防・治療に寄与することが期待できる。
【0008】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、インフルエンザウイルスの連続変異や不連続変異にもかかわらず、表面糖蛋白ヘマグルチニンを認識するとともに、該ヘマグルチニンを切断および/または分解することができる抗体酵素を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願発明者等は、上記課題を解決するために、インフルエンザウイルスのH1型とH2型間で保存されているヘマグルチニンのHA1セグメント(以下、適宜HA1と略記する。)の高度保存領域TGLRN(318〜322)、および、同様に保存されているヘマグルチニンのHA2セグメント(以下、適宜HA2と略記する。)の高度保存領域GITNKVNSVIEK(47〜58)に着目し抗体酵素を得るために鋭意検討した。その結果、これらの高度保存領域TGLRNとGITNKVNSVIEKとを含む抗原ペプチドを免疫抗原に用いて得られた抗体の中に、表面糖蛋白ヘマグルチニンを認識し、且つ、当該ヘマグルチニンを切断および/または分解することができる抗体酵素としての機能を発揮するものが存在することを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
本発明にかかる抗体酵素は、上記課題を解決するために、ヘマグルチニンを有するインフルエンザウイルスに対する抗体であって、ヘマグルチニンを認識し、且つ、当該ヘマグルチニンを分解する活性を有することを特徴としている。
【0011】
上記抗体酵素は、ヘマグルチニンHA1の高度保存領域に存在する配列番号1に示すアミノ酸配列、および/またはヘマグルチニンHA2の高度保存領域に存在する配列番号2に示すアミノ酸配列を認識する抗体酵素であることが好ましい。
【0012】
また、上記抗体酵素は、ヘマグルチニンHA1の高度保存領域に存在する配列番号1に示すアミノ酸配列、および/またはヘマグルチニンHA2の高度保存領域に存在する配列番号2に示すアミノ酸配列を含む抗原ペプチドを抗原として作製された抗体酵素であることが好ましい。ここで、上記抗原として用いられる上記抗原ペプチドは、配列番号3に示すアミノ酸配列からなるペプチドをタンパク質と共有結合させてなるものであってもよい。
【0013】
また、上記抗体酵素は、例えば、重鎖可変領域が、配列番号4に示すアミノ酸配列、又は、配列番号4に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなり、軽鎖可変領域が、配列番号5に示すアミノ酸配列、又は、配列番号5に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなっている。
【0014】
また、上記抗体酵素は、重鎖可変領域が、配列番号6に示すアミノ酸配列、又は、配列番号6に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなり、軽鎖可変領域が、配列番号7に示すアミノ酸配列、又は、配列番号7に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなっていてもよい。
【0015】
また、本発明には上記抗体酵素の可変領域を含む抗体酵素の断片も含まれる。
【発明の効果】
【0016】
本発明にかかる抗体酵素は、以上のように、ヘマグルチニンを有するインフルエンザウイルスに対する抗体であって、ヘマグルチニンを認識し、且つ、当該ヘマグルチニンを分解する活性を有するという構成を備えているので、インフルエンザウイルスの連続変異や不連続変異にもかかわらず、表面糖蛋白ヘマグルチニンを認識するとともに、該ヘマグルチニンを切断および/または分解することができる。それゆえ、本発明にかかる抗体酵素は、ヘマグルチニンを有するインフルエンザウイルスの感染の予防・治療に寄与することが期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明について以下により具体的に説明するが、本発明はこの記載に限定されるものではない。
【0018】
(I)本発明にかかる抗体酵素
本発明にかかる抗体酵素は、ヘマグルチニンを有するインフルエンザウイルスに対する抗体であって、ヘマグルチニンを認識し、且つ、当該ヘマグルチニンを分解する活性を有する抗体酵素であればよい。
【0019】
ここで、ヘマグルチニンを有するインフルエンザウイルスに対する抗体は、これらのインフルエンザウイルスに対するポリクロナール抗体であってもよいが、これらのインフルエンザウイルスに対するモノクロナール抗体であることがより好ましい。これにより、特異性に優れた抗体を選択することが可能となる。また、上記抗体は、ヘマグルチニンを認識する。したがって、上記抗体は、インフルエンザウイルスのヘマグルチニンに対する抗体であるということもできる。
【0020】
また、ここで、本発明の抗体酵素が認識するインフルエンザウイルスは、表面糖蛋白として、ヘマグルチニンを有するものであれば特に限定されるものではないが、例えば、インフルエンザウイルスH1型、H2型、H3型等を挙げることができる。この中でも、インフルエンザウイルスH1型、H2型であることがより好ましい。かかるインフルエンザウイルスH1型としては、例えば(H1N1)等を挙げることができ、インフルエンザウイルスH2型としては、例えば(H2N2)等を挙げることができる。また、本発明の抗体酵素は、抗原変異がみられるヘマグルチニン(HA)に変異することなく高度に保存されている領域(高度保存領域)を認識することができるため、現在存在する(H1N1)、(H2N2)等のA型インフルエンザウイルスに限らず、今後連続変異や不連続変異により、変異したH1型やH2型インフルエンザウイルスも認識することができる。
【0021】
本発明にかかる抗体酵素は、ヘマグルチニンを認識し、且つ、当該ヘマグルチニンを分解する活性を有する。すなわち、本発明にかかる抗体酵素はヘマグルチニンを特異的に認識する抗体としての性質と、認識したヘマグルチニンを切断および/または分解する酵素としての性質を併せ持つ。ここで、上記「抗体酵素」とは、抗体でありながら酵素作用を有するものであり、その抗原タンパク質を標的として分解活性を示すものをいう。それゆえ、本発明の抗体酵素は、毎年起こる抗原変異にもかかわらず、該抗体酵素によってHAを認識するとともに、認識したHAを切断および/または分解することができる。すなわち、1分子で1つ(あるいは2つ)のHA分子に結合する抗体に比べ、抗体酵素は1分子で次から次にHA分子を破壊することができる。したがって、その効果は通常の抗体の数百倍あるいは数千倍に達する。それゆえ、かかる抗体酵素を得ることができればインフルエンザウイルスの感染能力を破壊することができ、インフルエンザの予防・治療に寄与することが期待できる。また、酵素であるため、酵素センサの構築が可能であり、抗体よりも応用範囲が広い。なお、本発明にかかる抗体酵素の酵素活性は、認識するヘマグルチニン以外に加えて、他のタイプのHAタンパク質をも切断および/または分解するものであってもよい。
【0022】
本発明の抗体酵素は、ヘマグルチニンを認識するものであればよいが、ヘマグルチニンHA1の高度保存領域に存在するアミノ酸配列および/またはヘマグルチニンHA2の高度保存領域に存在するアミノ酸配列を認識するものであることが好ましい。ここで、ヘマグルチニンHA1の高度保存領域に存在するアミノ酸配列とは、HA1中で連続変異や不連続変異により変異することなく高度に保存されている領域であれば特に限定されるものではないが、例えば配列番号1に示すアミノ酸配列を挙げることができる。配列番号1に示すアミノ酸配列は、ヘマグルチニンHA1の高度保存領域TGLRN(318〜322)のアミノ酸配列である。また、ヘマグルチニンHA2の高度保存領域に存在するアミノ酸配列も、HA2中で連続変異や不連続変異により変異することなく高度に保存されている領域であれば特に限定されるものではないが、例えば配列番号2に示すアミノ酸配列を挙げることができる。配列番号2に示すアミノ酸配列は、ヘマグルチニンHA2の高度保存領域GITNKVNSVIEK(47〜58)のアミノ酸配列である。
【0023】
また、本発明の抗体酵素は、ヘマグルチニンHA1の高度保存領域に存在するアミノ酸配列および/またはヘマグルチニンHA2の高度保存領域に存在するアミノ酸配列を含む抗原ペプチドを抗原として作製されたものであることが好ましい。
【0024】
すなわち、ヘマグルチニンHA1またはその高度保存領域を認識し、且つ、当該ヘマグルチニンHA1を含むヘマグルチニンを分解する活性を有する抗体酵素は、HA1の高度保存領域に存在するアミノ酸配列を含む抗原ペプチドを抗原として作製されたものであることが好ましい。かかる抗原ペプチドは、HA1の高度保存領域に存在するアミノ酸配列からなるペプチドであってもよいし、HA1の高度保存領域に存在するアミノ酸配列に他のアミノ酸配列を結合したペプチドであってもよいし、HA1の高度保存領域に存在するアミノ酸配列に他のタンパク質を結合したものであってもよい。
【0025】
また、ヘマグルチニンHA2またはその高度保存領域を認識し、且つ、当該ヘマグルチニンHA2を含むヘマグルチニンを分解する活性を有する抗体酵素は、HA2の高度保存領域に存在するアミノ酸配列を含む抗原ペプチドを抗原として作製されたものであることが好ましい。かかる抗原ペプチドは、HA2の高度保存領域に存在するアミノ酸配列からなるペプチドであってもよいし、HA2の高度保存領域に存在するアミノ酸配列に他のアミノ酸配列を結合したペプチドであってもよいし、HA2の高度保存領域に存在するアミノ酸配列に他のタンパク質を結合したものであってもよい。
【0026】
また、ヘマグルチニンHA1およびHA2またはそれらの高度保存領域を認識し、且つ、当該ヘマグルチニンHA1およびHA2を含むヘマグルチニンを分解する活性を有する抗体酵素は、HA1の高度保存領域に存在するアミノ酸配列およびHA2の高度保存領域に存在するアミノ酸配列を含む抗原ペプチドを抗原として作製されたものであることが好ましい。かかる抗原ペプチドは、ヘマグルチニンHA1の高度保存領域に存在するアミノ酸配列とHA2の高度保存領域に存在するアミノ酸配列とを結合した融合ペプチドであってもよいし、かかる融合ペプチドに他のアミノ酸配列を結合したペプチドであってもよいし、かかる融合ペプチドに他のタンパク質を結合したものであってもよい。また、ここで、ヘマグルチニンHA1の高度保存領域に存在するアミノ酸配列とHA2の高度保存領域に存在するアミノ酸配列とを結合する順は特に限定されるものではなく、どちらがC末端側であってもよい。
【0027】
ここで、ヘマグルチニンHA1の高度保存領域に存在するアミノ酸配列とは、連続変異や不連続変異により変異することなく高度に保存されている領域であれば特に限定されるものではないが、例えば配列番号1に示すアミノ酸配列を挙げることができる。また、ヘマグルチニンHA2の高度保存領域に存在するアミノ酸配列も、連続変異や不連続変異により変異することなく高度に保存されている領域であれば特に限定されるものではないが、例えば配列番号2に示すアミノ酸配列を挙げることができる。また、上記「他のアミノ酸配列」としても特に限定されるものではないが、例えば、アラニン2分子(AA)等を挙げることができる。AAを、C末端に付加することにより、自然のヘマグルチニンのヘリックス構造に近い構造をとらせることが可能となる。また、上記「他のアミノ酸配列」は免疫応答を向上させるための例えば2ないし3のアミノ酸からなるアミノ酸配列であってもよい。これらの「他のアミノ酸配列」を付加する位置は、特に限定されるものではなく、ヘマグルチニンHA1の高度保存領域に存在するアミノ酸配列および/またはヘマグルチニンHA2の高度保存領域に存在するアミノ酸配列のN末端に付加してもよいし、C末端に付加してもよい。
【0028】
また、上記「他のタンパク質」としても、通常低分子に結合させて抗原とするために用いることができるタンパク質であれば特に限定されるものではないが、例えば、Human IgG、BSA(ウシ血清アルブミン)、HSA(ヒト血清アルブミン)、KLH(キーホールリンペットヘモシニアン)等を挙げることができる。上記抗原ペプチドとしては、上述した種々の抗原ペプチドを用いることができるが、例えば、好ましい一例としては、配列番号3に示すアミノ酸配列からなるペプチドを上記他のタンパク質と共有結合させた抗原ペプチドを挙げることができる。配列番号3に示すアミノ酸配列からなるペプチドは、インフルエンザウイルスのヘマグルチニンHA1の高度保存領域TGLRN(318〜322)に、インフルエンザウイルスのヘマグルチニンHA2の高度保存領域GITNKVNSVIEK(47〜58)をつなぎ、さらにAAをつないだ19merのペプチド(TGLRNGITNKVNSVIEKAA)である。
【0029】
本発明の抗体酵素は、ヘマグルチニンを有するインフルエンザウイルスに対する抗体である。
【0030】
ここで、上記抗体としては、その構造や由来は特に限定されるものではない。したがって、上記抗体は、細胞融合によって得られたマウス等のモノクロナール抗体であってもよいし、遺伝子組換え技術を用いて大腸菌、動物細胞等で生産される抗体であってもよいし、ヘマグルチニンを有するインフルエンザウイルスに対する抗体の可変領域を、ヒトその他の動物の抗体に移植したヒト化抗体等のキメラ抗体であってもよい。
【0031】
本発明の抗体酵素は、上述した抗体酵素であれば特に限定されるものではないが、具体的な一例としては、例えば、重鎖可変領域が、配列番号4に示すアミノ酸配列からなり、軽鎖可変領域が、配列番号5に示すアミノ酸配列からなる抗体酵素を挙げることができる。なお、配列番号4に示すアミノ酸配列は、後述する実施例において製造した抗体酵素HA1−1の重鎖可変領域のアミノ酸配列であり、配列番号5に示すアミノ酸配列は、同抗体酵素HA1−1の軽鎖可変領域のアミノ酸配列である。図26(a)にHA1−1の重鎖可変領域のアミノ酸配列(配列番号4)を、図26(b)にHA1−1の軽鎖可変領域のアミノ酸配列(配列番号5)を示す。図26(a)に示すように、HA1−1の重鎖可変領域は、下線を付して示す、相補性決定領域CDR1、CDR2、CDR3を有している。すなわちHA1−1の重鎖可変領域は、配列番号4に示すアミノ酸配列の31番目から35番目のアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号4に示すアミノ酸配列の50番目から66番目のアミノ酸配列からなるCDR2、配列番号4に示すアミノ酸配列の99番目から102番目のアミノ酸配列からなるCDR3を有する。また、図26(b)に示すように、HA1−1の軽鎖可変領域は、下線を付して示すCDR1、CDR2、CDR3を有している。すなわちHA1−1の重鎖可変領域は、配列番号5に示すアミノ酸配列の24番目から40番目のアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号5に示すアミノ酸配列の56番目から62番目のアミノ酸配列からなるCDR2、配列番号5に示すアミノ酸配列の95番目から103番目のアミノ酸配列からなるCDR3を有する。
【0032】
また、本発明にかかる抗体酵素は、重鎖可変領域が、配列番号4に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなるもの、および/または、軽鎖可変領域が、配列番号5に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなるもので、ヘマグルチニンを認識し、且つ、当該ヘマグルチニンを分解する活性を有するものであってもよい。かかる抗体酵素は、HA1−1の変異体であって、ヘマグルチニンを認識し、且つ、当該ヘマグルチニンを分解する活性を有するものである。なお、上記の「配列番号4(5)に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列」における「1または数個」の範囲は特に限定されないが、例えば、1から20個、好ましくは1から10個、より好ましくは1から7個、さらに好ましくは1個から5個、特に好ましくは1個から3個を意味する。
【0033】
また、他の一例として、例えば重鎖可変領域が、配列番号6に示すアミノ酸配列からなり、軽鎖可変領域が、配列番号7に示すアミノ酸配列からなる抗体酵素を挙げることができる。なお、配列番号6に示すアミノ酸配列は、後述する実施例において製造した抗体酵素HA1−2の重鎖可変領域のアミノ酸配列であり、配列番号7に示すアミノ酸配列は、後述する実施例において製造した抗体酵素HA1−2の軽鎖可変領域のアミノ酸配列である。図27(a)にHA1−2の重鎖可変領域のアミノ酸配列(配列番号6)を、図27(b)にHA1−2の軽鎖可変領域のアミノ酸配列(配列番号7)を示す。図27(a)に示すように、HA1−2の重鎖可変領域は、下線を付して示すCDR1、CDR2、CDR3を有している。すなわちHA1−2の重鎖可変領域は、配列番号6に示すアミノ酸配列の31番目から35番目のアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号6に示すアミノ酸配列の50番目から66番目のアミノ酸配列からなるCDR2、配列番号6に示すアミノ酸配列の99番目から102番目のアミノ酸配列からなるCDR3を有する。また、図27(b)に示すように、HA1−2の軽鎖可変領域は、下線を付して示すCDR1、CDR2、CDR3を有している。すなわちHA1−1の重鎖可変領域は、配列番号7に示すアミノ酸配列の24番目から40番目のアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号7に示すアミノ酸配列の56番目から62番目のアミノ酸配列からなるCDR2、配列番号7に示すアミノ酸配列の95番目から103番目のアミノ酸配列からなるCDR3を有する。
【0034】
また、本発明にかかる抗体酵素は、重鎖可変領域が、配列番号6に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなるもの、および/または、軽鎖可変領域が、配列番号7に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなるもので、ヘマグルチニンを認識し、且つ、当該ヘマグルチニンを分解する活性を有するものであってもよい。かかる抗体酵素は、HA1−2の変異体であって、ヘマグルチニンを認識し、且つ、当該ヘマグルチニンを分解する活性を有するものである。
【0035】
また、本発明には、本発明の抗体酵素の断片であって、上記抗体酵素の可変領域を含む抗体断片も含まれる。かかる抗体断片としては、上記抗体酵素の可変領域含む抗体断片であって、ヘマグルチニンを認識し、且つ、当該ヘマグルチニンを分解する活性を有する抗体断片であれば特に限定されるものではない。かかる抗体断片としては、上記抗体酵素の可変領域を含んでいればよい。したがって、上記抗体酵素の重鎖(H鎖)であってもよく、上記抗体酵素の軽鎖(L鎖)であってもよく、上記抗体酵素の重鎖の可変領域であってもよく、上記抗体酵素の軽鎖の可変領域であってもよく、これらを含むいかなる抗体断片であってもよい。中でも、上記抗体酵素の重鎖または軽鎖の可変領域は、かかる可変領域をヒトその他の動物の抗体に移植してキメラ抗体を作製するために好適に用いることができる。
【0036】
かかる抗体断片としては、例えば、配列番号4、5、6または7に示すアミノ酸配列からなる抗体断片やこれらのアミノ酸配列を含む抗体断片を挙げることができる。なお、配列番号4に示すアミノ酸配列は、後述する実施例において製造した抗体酵素HA1−1の重鎖可変領域のアミノ酸配列であり、配列番号5に示すアミノ酸配列は、後述する実施例において製造した抗体酵素HA1−1の軽鎖可変領域のアミノ酸配列であり、配列番号6に示すアミノ酸配列は、後述する実施例において製造した抗体酵素HA1−2の重鎖可変領域のアミノ酸配列であり、配列番号7に示すアミノ酸配列は、後述する実施例において製造した抗体酵素HA1−2の軽鎖可変領域のアミノ酸配列である。
【0037】
また、上記抗体断片は、配列番号4、5、6または7に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなる抗体断片やかかるアミノ酸配列を含む抗体断片であって、ヘマグルチニンを認識し、且つ、当該ヘマグルチニンを分解する活性を有するものであってもよい。かかる抗体断片は、それぞれ、抗体酵素HA1−1の重鎖(HA1−1−H)、抗体酵素HA1−1の軽鎖(HA1−1−L)、抗体酵素HA1−2の重鎖(HA1−2−H)、または抗体酵素HA1−2の軽鎖(HA1−2−L)の可変領域の変異体またはかかる変異体を含む抗体断片であって、ヘマグルチニンを認識し、且つ、当該ヘマグルチニンを分解する活性を有するものである。
【0038】
また、本発明には、上記抗体酵素をコードする遺伝子、または、上記抗体酵素の断片であって上記抗体酵素の可変領域を含む抗体酵素の断片をコードする遺伝子も含まれる。かかる遺伝子を適当な宿主に発現可能に導入することにより、本発明の抗体酵素またはその断片を宿主内で発現させることができる。また、本発明の抗体酵素の可変領域、またはそのCDRを組み込んだ可変領域は、そのまま発現させてもよいが、定常領域をコードする遺伝子と連結してキメラ抗体酵素として発現させることもできる。
【0039】
なお、上記「遺伝子」とは、2本鎖DNAのみならず、それを構成するセンス鎖およびアンチセンス鎖といった一本鎖DNAやRNAを包含する。さらに、上記「遺伝子」は、本発明の抗体酵素、またはその断片をコードする配列以外に、非翻訳領域(UTR)の配列やベクター配列(発現ベクター配列を含む。)等の配列を含むものであってもよい。
【0040】
本発明の遺伝子としては、具体的には、例えば、配列番号12、13、14または15に示す塩基配列からなる遺伝子、またはこれらを含む遺伝子を挙げることができる。配列番号12に示す塩基配列からなる遺伝子は、後述する実施例において製造した抗体酵素HA1−1の重鎖可変領域をコードする遺伝子の一例であり、配列番号13に示すアミノ酸配列は、後述する実施例において製造した抗体酵素HA1−1の軽鎖可変領域をコードする遺伝子の一例であり、配列番号14に示すアミノ酸配列は、後述する実施例において製造した抗体酵素HA1−2の重鎖可変領域をコードする遺伝子の一例であり、配列番号15に示すアミノ酸配列は、後述する実施例において製造した抗体酵素HA1−2の軽鎖可変領域をコードする遺伝子の一例である。
【0041】
また、上記遺伝子は、配列番号12、13、14または15に示される塩基配列と必ずしも同一である必要はなく、ヘマグルチニンを認識し、且つ、当該ヘマグルチニンを分解する活性を有する抗体酵素またはその断片をコードする遺伝子であれば、その変異体も含まれる。このような変異体としては、上記抗体酵素またはその断片をコードする遺伝子の塩基配列において1又は複数個の塩基が欠失、置換、又は付加した変異体が挙げられる。
【0042】
(2)本発明にかかる抗体酵素の製造方法
本発明にかかる抗体酵素は、例えば、ヘマグルチニンHA1の高度保存領域に存在するアミノ酸配列および/またはヘマグルチニンHA2の高度保存領域に存在するアミノ酸配列を含む抗原ペプチドで免疫したマウス等の免疫動物の脾臓細胞と、マウスのミエローマ細胞等の融合パートナーとを融合させてなるハイブリドーマにより、モノクロナール抗体を産生することにより製造することができる。重鎖、軽鎖を得る場合には、得られたモノクロナール抗体を重鎖と軽鎖に分離すればよい。また、本発明の抗体断片を得る場合には、まず該当するモノクロナール抗体を取得し、その後、上記モノクロナール抗体を適当なプロテアーゼを用いて目的とする抗体断片が得られるように切断すればよい。
【0043】
モノクロナール抗体の取得は通常のハイブリドーマ法(Kohler, G. and Milstein, C., Nature 256, 495-497(1975))、トリオーマ法、ヒトB−細胞ハイブリドーマ法(Kozbor, Immunology Today 4, 72(1983))、EBV−ハイブリドーマ法(Monoclonal Antibodies and Cancer Therapy, Alan R Liss, Inc.,77-96(1985))等により行なわれる。
【0044】
上記抗原ペプチドとしては、HA1の高度保存領域に存在するアミノ酸配列からなるペプチド、HA1の高度保存領域に存在するアミノ酸配列に他のアミノ酸配列を結合したペプチド、HA1の高度保存領域に存在するアミノ酸配列に他のタンパク質を結合したもの、HA2の高度保存領域に存在するアミノ酸配列からなるペプチド、HA2の高度保存領域に存在するアミノ酸配列に他のアミノ酸配列を結合したペプチド、HA2の高度保存領域に存在するアミノ酸配列に他のタンパク質を結合したもの、ヘマグルチニンHA1の高度保存領域に存在するアミノ酸配列とHA2の高度保存領域に存在するアミノ酸配列とを結合した融合ペプチド、かかる融合ペプチドに他のアミノ酸配列を結合したペプチド、かかる融合ペプチドに他のタンパク質を結合したもの等を挙げることができる。また、ここで、ヘマグルチニンHA1の高度保存領域に存在するアミノ酸配列とHA2の高度保存領域に存在するアミノ酸配列とを結合する順は特に限定されるものではなく、どちらがC末端側であってもよい。
【0045】
ここで、ヘマグルチニンHA1の高度保存領域に存在するアミノ酸配列とは、連続変異や不連続変異により変異することなく高度に保存されている領域であれば特に限定されるものではないが、例えば配列番号1に示すアミノ酸配列を挙げることができる。また、ヘマグルチニンHA2の高度保存領域に存在するアミノ酸配列も、連続変異や不連続変異により変異することなく高度に保存されている領域であれば特に限定されるものではないが、例えば配列番号2に示すアミノ酸配列を挙げることができる。また、上記「他のアミノ酸配列」としても特に限定されるものではないが、例えば、アラニン2分子(AA)等を挙げることができる。AAを、C末端に付加することにより、自然のヘマグルチニンのヘリックス構造に近い構造をとらせることが可能となる。また、免疫応答を向上させるために2〜3のアミノ酸を付加してもよい。また、上記「他のタンパク質」としても、通常低分子に結合させて抗原とするために用いることができるタンパク質であれば特に限定されるものではないが、例えば、Human IgG、BSA、HSA、KLH等を挙げることができる。上記抗原ペプチドとしては、上述した種々の抗原ペプチドを用いることができるが、例えば、好ましい一例としては、配列番号3に示すアミノ酸配列からなるペプチドを上記他のタンパク質と共有結合させた抗原ペプチドを挙げることができる。配列番号3に示すアミノ酸配列からなるペプチドは、インフルエンザウイルスのヘマグルチニンHA1の高度保存領域TGLRN(318〜322)に、インフルエンザウイルスのヘマグルチニンHA2の高度保存領域GITNKVNSVIEK(47〜58)をつなぎ、さらにAAをつないだ19merのペプチド(TGLRNGITNKVNSVIEKAA)である。
【0046】
また、アミノ酸配列が明らかになっている抗体酵素については、従来公知の遺伝子組み換え技術等を用いて本発明の抗体酵素を製造することができる。この場合、上記抗体酵素のアミノ酸配列をコードする遺伝子をベクター等に組み込んだ後、発現可能に適当な宿主細胞に導入し、細胞内で翻訳されたペプチドを精製する等の方法を用いることができる。なお、大量発現させることができる適当なプロモーターとともに上記抗体酵素をコードする遺伝子を組み込めば、目的とする抗体酵素を効率よく製造することができる。
【実施例】
【0047】
〔実施例1:インフルエンザウイルスヘマグルチニンに対するモノクローナル抗体の作製〕
インフルエンザウイルスの表面蛋白質ヘマグルチニンHA1の高度保存領域であるTGLRNに、HA2の高度保存領域であるGITNKVNSVIEKを結合したペプチドのC末端にさらに2個のアラニン分子を結合して、19mer(TGLRNGITNKVNSVIEKAA)のペプチド(以下、適宜IAH(Influenza A型 Hemagglutinin)ペプチドと略記する。)を合成した。なお、アラニン分子を2個付加したのは、ヘリックス構造をとらせ、天然のヘマグルチニンの構造に近付けるためである。得られたIAHペプチドにHuman IgGを結合し抗原ペプチドとした。この抗原ペプチドをBlb/Cマウス(メス)に免疫し、ポリエチレングリコールによる通常の細胞融合法により、インフルエンザウイルスヘマグルチニンに対するモノクローナル抗体を作製した。
【0048】
<マウスへの免疫>
クリーンベンチ内にガラス製シリンジを2本用意し、1本のガラス製シリンジに19Gの注射針を取り付け、滅菌PBS(phosphate buffered saline、リン酸緩衝食塩水)で1mg/mLに希釈した抗原ペプチドを採取した。そして注射針をはずし、三方活栓を取り付けた。もう1本のガラス製シリンジを用意し、19Gの注射針で抗原ペプチドの1mg/mL PBS溶液と同量の完全フロイントアジュバンドを採取し、両方のガラス製シリンジを三方活栓に取り付けた。三方活栓でつないだガラス製シリンジを交互に押して抗原ペプチドとアジュバンドを白い乳液となるまでよく混合しW/O(ウオーターインオイル)の状態にした。
【0049】
マウスの腹部をアルコール綿で拭き消毒し、マウスの皮下2ケ所にそれぞれ100μL(一匹当たり)ずつ投与した。マウス1匹当たり100μg投与したことになる。
【0050】
2、3回目免疫も完全フロイントアジュバンドを用いて免疫を行った。そして、4回目の免疫で不完全フロイントアジュバンドを用いた。
【0051】
最終免疫はアジュバンドなしでマウスの尾静脈に抗原ペプチドの1mg/mL PBS溶液を各マウス一匹当たり100μL投与した。細胞融合は最終免疫の3日後に行った。
【0052】
各免疫注射から7ないし10日後のマウスの抗血清を採取し、力価測定を通常のELIZA法で行った。なお、初回免疫を0日目とすると、2回目免疫は20日目に、3回目免疫は36日目に、4回目免疫は50日目に、最終免疫は、65日目に行った。
【0053】
IAHペプチドおよびhuman-IgGをPBSを用いて4μg/mLになるように調製した。これらIAHペプチドとhuman-IgGとを96穴イムノプレートにそれぞれ別系列で50μLずつ注入した。4℃、オーバーナイトでコーティングした後、イムノウォッシャーを用いて0.05%のTween 20を含むPBS(PBS−T)でプレートを3回洗浄し、すべてのウェルに2%ゼラチンPBSを150μLずつ加えた。室温で1時間インキュベーションし、ブロッキングを完了した。
【0054】
採取した抗血清をまず1/100希釈し、1/100から4倍連続希釈を7回繰り返し、1サンプルにつき抗血清希釈液を8種類用意した。また未処理マウスの血清も抗血清と同様に希釈を行いコントロールとして用いた。ブロッキングが終了した各ウエルに、連続希釈した抗血清を50μLずつ加え、室温で1時間インキュベーションした(一次反応)。洗浄後、PBS−Tで1/1000希釈したアルカリフォスファターゼ(ALP)ウサギ製標識抗マウス抗体を各ウェルに50μLずつ加えた。室温で1時間インキュベーションした(二次反応)。プレートを洗浄後、ALP基質(p-nitrophenyl phosphate)を各ウェルに100μLずつ加え(基質反応)、30分後にイムノリーダー(波長405nm)で吸光度を測定した。
【0055】
図1に初回免疫後(初回免疫より14日後)の力価測定の結果を示す。図1に示すように、human-IgGに対しては十分に力価が上がっているが、IAHペプチドに対しては力価が全く上がっていなかった。
【0056】
図2に2回目免疫後の力価測定の結果を示す。図2に示すように、2回目免疫後は、IAHペプチドに対する力価が上昇してきたことが判る。
【0057】
3回目免疫(図3)、4回目免疫(図4)と進むにつれ、IAHペプチドに対する力価はさらに上昇した。最終免疫後の力価は数百倍まで上昇していた(図5)。
【0058】
<細胞融合>
最終免疫の3日後に細胞融合を行った。ジエチルエーテルでマウスに麻酔を行い、半鋭バサミの先端をマウスの首の8割付近まであて、頚動脈を切断した。血液を採血管にとり、実験終了まで室温で静置させ、その後4℃で一晩静置し、翌日遠心(3000rpm、10分)後、抗血清を回収して力価測定を行った。図5に最終免疫後の力価測定の結果を示す。また、表1に最終免疫後の各マウスにおけるIAHペプチドに対する力価を示す。なお、力価はO.D.1/2をとり、そのときの希釈倍率を力価とした。
【0059】
【表1】

【0060】
マウスに消毒用エタノールを十分に吹き付けて消毒した。消毒したマウスをクリーンベンチ内に置き、他の臓器を傷つけないように脾臓を取り出した。取り出した脾臓は洗浄用MEM培地が5mL入ったシャーレに移し、脂肪等を除去しよく洗い、洗浄用MEM培地10mL入ったシャーレに移した。摺りガラス板2枚で、脾臓を3等分した。3等分した脾臓をひとつずつ順に摺りガラス板をのせ、もうひとつの摺りガラス板で擦りながらつぶし中の脾細胞を取り出した。50mL遠心管の上にスクリーンメッシュをのせ、そこにシャーレに取り出した脾細胞を注ぎ、遠心した(1400rpm、6分)。遠心操作の間にあらかじめT−フラスコで培養していたミエローマ細胞(NS−1)を回収し50mL遠心管に入れ遠心した。1回目の洗浄を終えた遠心管の上清をパスツールピペットでアスピレートし、再度10mLMEM培地をピペッティングしながら加えた。遠心の終了したミエローマ細胞の上清をアスピレートした。再度MEM培地で懸濁し、ミエローマ細胞と一緒に再度遠心した。遠心後それぞれの上清をアスピレートし、再度MEM培地10mLで懸濁して遠心した後、上清をアスピレートし、MEM培地を10mL加え均一に懸濁した。ミエローマ細胞:脾細胞=1:5になるように脾細胞とミエローマ細胞とをそろえた。これら両細胞を混合し、PEG1mLを1分かけて1滴ずつゆっくり加えることにより細胞融合を行った。MEMで洗浄後、HAT選択培地を加え、37℃のインキュベーターで培養を開始した。3日後HAT培地をさらに添加し、7日後に培地交換を行った。表2に用いたそれぞれのマウスの細胞融合における、ミエローマ細胞および脾臓細胞の各細胞数、ミエローマ細胞と脾臓細胞と細胞数の比、蒔いたウェル数を示す。
【0061】
【表2】

【0062】
<クローニングとスクリーニング>
細胞融合後7日目の培地交換コロニーが確認できたウェルのスクリーニングを行った。スクリーニングは上述した力価測定のELISA法と同様に行い、コロニーが確認できたウェルの上清を96穴U底プレートに入れ、PBS−Tで1/2希釈をし、これを一次反応に用いた。一次反応の陽性コントロールとして細胞融合時の抗血清を、陰性コントロールとして未処理マウスの血清を1/100希釈したものを用いた。一次スクリーニングで陽性だった株はクローニングを行った。二次スクリーニング以降は各プレートでIAHペプチドに対して一番強く反応したものを限界希釈法によりクローニングした。スクリーニングは、コロニーが確認できたウェルがすべて陽性になるまで繰り返した。100%が2回連続して現われ、かつ、HAに特異的に反応する株をインフルエンザウイルスA型ヘマグルチニンに対するモノクローナル抗体として確立した。表3に各マウスにおける細胞融合効率と陽性出現率を示す。
【0063】
【表3】

【0064】
表3に示すように、細胞融合による融合効率はmouseIで32%と低かったが、mouseII、mouseIIIではそれぞれ96%、94%と高い値が出ている。その反面、出現した陽性クローンの数はmouseIIで4株、mouseI、mouseIIIでは1株と非常に少なかった。表4に最終的に確立されたモノクロナール抗体(HA1−1およびHA1−2)を示す。
【0065】
【表4】

【0066】
<クラス・サブクラスの決定>
確立したモノクロナール抗体(HA1−1およびHA1−2)のクラス・サブクラスの決定をIso StripTMマウスモノクローナル抗体アイソタイピングキットを用いて行った。
【0067】
PBSで10倍希釈した培養上清150μLをdevelopment tubeに入れ、室温に30秒置いた。ボルテックスにかけ、着色ラテックスビーズを溶かした。stripの黒い部分を下にしてdevelopment tubeに入れ、陽性コントロールのバンドが検出されるまで1〜5分静置した。結果、表4に示すように、HA1−1とHA1−2とはともにIgG(κ)であった。
【0068】
〔実施例2:インフルエンザウイルスA型ヘマグルチニンに対するモノクローナル抗体HA1−1およびHA1−2の交差反応性試験〕
<ペプチドとの交差反応性試験>
得られた2クローンの培養上清を用いて、いくつかのペプチドとの交差反応性をELISA法により調べた。ペプチドとしては、TP41−1、ECL2A、HIV V3 loop、およびRT−1を用いた。TP−41はHIVの表面タンパク質gp41の高度保存領域ペプチドであり、ECL2AはHIVのコレセプターであるケモカインレセプターCCR5Δ32の第2細胞外領域の欠損部位のペプチドであり、HIV V3 loopはHIVがCCR5のコレセプターと結合する部位の保存領域を元に合成したペプチドであり、RT−1はHIV逆転写酵素の部分ペプチドである。TP41−1は配列番号8に示すアミノ酸配列からなり、ECL2Aは配列番号9に示すアミノ酸配列からなり、HIV V3 loopは配列番号10に示すアミノ酸配列からなり、RT−1は配列番号11に示すアミノ酸配列からなる。また、それぞれのアミノ酸配列を以下の表5に示す。
【0069】
【表5】

【0070】
TP41−1、ECL2A、HIV V3 loop、およびRT−1はそれぞれPBSで5μg/mLに調製し、96穴のイムノのプレートに200μLずつ入れコーティングに用いた。また、今回ターゲットにしているIAHペプチドとの比較も行うため、IAHペプチドも他のペプチドと同様にPBSで5μg/mLに調製し、コーティングを行った。培養上清はPBS−Tで1/2希釈し、一次反応に用いた。その他の操作は上述した力価測定と同様に行った。
【0071】
図6に交差反応性試験の結果を示す。図6に示すように、HA1−1、HA1−2共にIAHペプチド以外のペプチドとは反応が見られなかった。
【0072】
<インフルエンザA型ウイルスおよび他のタンパク質との交差反応性試験>
得られた2クローンの培養上清を用いて、インフルエンザA型ウイルス(H1N1、H2N2、H3N2)および他のタンパク質との交差反応性をELISA法により調べた。他のタンパク質としては、Human IgG、BSA、HSA、KLH、Human-hemoglobinを用いた。
【0073】
A型インフルエンザウイルスH1N1、A型インフルエンザウイルスH2N2、A型インフルエンザウイルスH3N2、Human IgG、BSA、HSA、KLH、およびHuman-hemoglobinはそれぞれPBSで5μg/mLに調製し、96穴のイムノのプレートに200μLずつ入れコーティングを行った。IAHペプチドとの比較も行うため、IAHペプチドも他のタンパク質と同様にPBSで5μg/mLに調製し、コーティングを行った。培養上清はPBS−Tで1/2希釈し、一次反応に用いた。その他の操作は上述した力価測定と同様に行った。
【0074】
交差反応性試験の結果、HA1−1、HA1−2抗体は共にHuman IgG、BSA、HSA、KLH、およびHuman-hemoglobinとは反応しなかった。図7に、A型インフルエンザウイルスH1N1、A型インフルエンザウイルスH2N2、A型インフルエンザウイルスH3N2との交差反応試験の結果を示す。図7に示すように、HA1−1、HA1−2共にIAHペプチドとは当然強く反応しているが、H1N1に対して高い反応を示した。H2N2に対しても反応していることが判る。一方、H3N2に対しては、ネガティブコントロール(Negative control)でも弱く出ていることから、これには反応していないと考えられる。このことより、HA1−1、HA−2は今回ターゲットとしているヘマグルチニンの保存領域を認識する抗体であることが判る。
【0075】
〔実施例3:インフルエンザウイルスのヘマグルチニンに対するモノクローナル抗体HA1−1およびHA1−2の精製と分離>
<HA1−1およびHA1−2の大量取得と精製>
純度の高いHA1−1およびHA1−2を得るため、精製前に50%硫安による塩析を2回行ってアルブミンを除去し、引き続いて、アフィゲルプロテインA MAPS-IIキット(BIO-RAD)を使用し精製した。
【0076】
IAHペプチドにHuman IgGを結合した抗原ペプチドを免疫原とし、細胞融合法によって得られたハイブリドーマ(マウス1匹当たり1×10個)をマウスに腹腔投与して、HA1−1(またはHA1−2)の腹水を得た。この腹水約8mLを濾紙で濾過し、腹水中の浮遊物を除去した。その後、濾過した液量と等量のPBSで希釈した。次に腹水を2本の遠心チューブ(ガラス製)に均等に分け、各々等量の飽和硫安溶液をボルテックスで攪拌しながらドロップワイズで加えた。これを氷中で30分静置し、4℃、5000rpmで10分遠心した。上清をデカンテーションして、ペレットをそれぞれ1mLずつのPBSで溶解した。もう一度、等量の飽和硫安溶液をボルテックスで攪拌しながらドロップワイズで加え、同様に塩析を行った。塩析が終わったら、2本のチューブを1本に合わせて、2LのPBSに対して2回透析した。
【0077】
透析終了後、HA1−1(またはHA1−2)の精製を行った。操作はアフィゲルプロテインA MAPS-IIキットの説明書に従い低温室中、4℃で行った。カラムにゲルをパスツールピペットで泡立てないように充填し、UVモニター、記録計などを低温室にセッティングした。UV280nmでモニターし、ベースラインがおちつくまでBinding bufferを自然滴下、ゲルを平衡化させた。流速を0.2〜0.4mL/minに調整し、Binding bufferがゲル表面に来たところでサンプルをアプライした。サンプルがゲル表面まで到達したらBinding bufferをアプライし、ピークが落ち着くまで自然滴下で洗浄を行った。次にElution bufferをアプライし、サンプルを分取した。この時Elution buffer(酸性)には抗体が含まれているため、直ちに2M Tris−HCl pH8.0で中和した。回収したサンプルの各画分は3LのPBSに対し2回透析した。そして、DCプロテインスタンダードアッセイ(BIO-RAD)でタンパクの濃度を決定した。
【0078】
<重鎖・軽鎖の分離・精製>
アフィゲルプロテインA MAPS-IIキットで精製した抗体HA1−1(またはHA1−2)(5mg分)溶液をセントリプレップ-10(MILLIPORE)で抗体液が約1mLになるまで限外濾過濃縮を行った。さらに5mLの50mM Tris−HCl、0.15M NaCl buffer (pH8.0)を加え、約1mLになるまで再び遠心濃縮した。この操作を再度行い、限外濾過後、50mM Tris−HCl、0.15M NaCl buffer (pH8.0)で溶液を2.7mLに調整し、褐色瓶に保存した。
【0079】
抗体液2.7mLに0.3mLの2M 2-メルカプトエタノールを加えて軽く撹拌した。1M Tris solutionでpH8.0に調整後、Nを封入し、15℃で3時間撹拌しながら還元反応を行った。この間に0.6Mヨードアセトアミドを作製し、50mM Tris−HCl、0.15M NaCl buffer (pH8.0)で調整後、アスピレーターで脱気しておいた。還元反応終了後、0.6M ヨードアセトアミド3mLを反応液に加え、軽く撹拌した。1M Tris solutionでpH8.0に調整後、Nを封入し、15℃で15分撹拌しながらアルキル化反応を行った。ディスクフィルター(MILLIPOREサンプレップLCR13-LH、φ0.5μm)を使用し、反応液の除粒子を行った。セントリプレップ-10(MILLIPORE)を使用し、反応液を、高速冷却遠心機を使用し、4℃、2800rpmで10分遠心し、約0.5mLまで限外濾過濃縮を行った。次に濃縮したサンプルをウルトラフリーC3(0.2μm)で濾過した。
【0080】
重鎖、軽鎖の精製は移動相に6Mグアニジン塩酸塩を用いたサイズ排除クロマトグラフィー(カラム:Protein-Pak 300、7.8×300mm、Nippon Waters製)で行った。6Mグアニジン塩酸塩はHClでpH6.5に調製した。分離した抗体液を3回にわけて(1回のインジェクト量0.2mL以下)HPLCにインジェクトし、重鎖、軽鎖を分取した。つづいて透析をPBSに対して計8回行い、さらに15nM PB pH6.5に対し2回行った。SDS−PAGE(12%分離ゲル、3%濃縮ゲル、銀染色)で純度を確認した。最後にDCプロテインアッセイ(BIO-RAD)で重鎖、軽鎖の濃度を決定し、4℃で保存した。以降無菌的に取り扱った。
【0081】
〔実施例4:HA1−1、HA1−2の重鎖および軽鎖の配列決定〕
HA1−1、HA−1−2をコードするmRNAを、QuickPrep mRNA Purification Kit (Amersham Bioscience製)を用いてハイブリドーマから抽出した。その後、AMV RT cDNA Synthesis Kit (Life Science Inc. 製)を用いて、得られたmRNAからcDNAを合成した。目的のHA1−1、HA−1−2をコードする遺伝子は、Ig-Prime Kits (Novagen製)を用いて、合成されたcDNAを鋳型に増幅し、TOPO TA Cloning Kits for Sequencing (Invitrogen製) にサブクローニング後、M13 forward (-20)およびreverse プライミング部位より配列決定を行った。配列決定には、全自動DNAシークエンサーを使用した。HA1−1、HA−1−2の重鎖および軽鎖のアミノ酸配列を、決定された各DNA配列をもとに推定した。
【0082】
HA1−1の重鎖可変領域のアミノ酸配列を配列番号4に、HA1−1の重鎖可変領域をコードする遺伝子の塩基配列を配列番号12に、HA1−1の軽鎖可変領域のアミノ酸配列を配列番号5に、HA1−1の軽鎖可変領域をコードする遺伝子の塩基配列を配列番号13に、HA1−2の重鎖可変領域のアミノ酸配列を配列番号6に、HA1−2の重鎖可変領域をコードする遺伝子の塩基配列を配列番号14に、HA1−2の軽鎖可変領域のアミノ酸配列を配列番号7に、HA1−2の軽鎖可変領域をコードする遺伝子の塩基配列を配列番号15に示す。
【0083】
〔実施例5:HA1−1、HA1−2の重鎖および軽鎖によるペプチダーゼ活性試験〕
<TP41−1ペプチドを用いたペプチダーゼ活性試験>
本実験では全てのガラス器、プラスチック用品、緩衝液は乾熱滅菌あるいはオートクレーブ滅菌して用いた。また、オートクレーブできないものは0.2μmのフィルターで濾過滅菌した。実験操作はすべてクリーンベンチ内で行った。
【0084】
TP41−1(TPRGPDRPEGIEEEGGERDRD)溶液(終濃度:120μM in 15mM PB)と終濃度0.2μMあるいは0.4μMに調製したHA1−1−H(またはHA1−1−LまたはHA1−2−HまたはHA1−2−L)とを混合した。反応は25℃で行い、HPLCでTP41−1ペプチドの消失を追跡した。表6に反応液の組成を示す。
【0085】
【表6】

【0086】
図8にHA1−1−H、HA1−1−Lを用いたときのTP41−1ペプチド濃度の経時変化を、図9にHA1−2−H、HA1−2−Lを用いたときのTP41−1ペプチド濃度の経時変化を示す。また、図10にHA1−1−Hを用いてTP41−1ペプチドを分解したときのクロマトグラムを、図11にHA1−2−Hを用いてTP41−1ペプチドを分解したときのクロマトグラムを、図12にHA1−2−Lを用いてTP41−1ペプチドを分解したときのクロマトグラムを示す。図8および図10に示すように、HA1−1では、重鎖は約25時間の誘導期をへて、約95時間で分解が完了した。しかし、HA1−1−Lでは250時間以上追跡したが、分解は見られなかった。また、図9および図11に示すように、HA1−2では、約50時間でペプチドの分解が終了した。また、図9および図12に示すように、HA1−2軽鎖では、約30時間の誘導期をへて、約120時間で完全に分解が終了した。
【0087】
<IAHペプチドを用いたペプチダーゼ活性試験>
IAHペプチド溶液(終濃度:140μM)と終濃度0.2μMあるいは0.4μMに調製したHA1−1−H(またはHA1−1−LまたはHA1−2−HまたはHA1−2−L)とを混合した。
【0088】
TP41−1ペプチドを用いたときと同様に25℃で反応を行い、HPLCでIAHペプチドの消失を追跡した。表7に反応液の組成を示す。
【0089】
【表7】

【0090】
図13にHA1−1−H、HA1−1−Lを用いたときのIAHペプチド濃度の経時変化を、図14にHA1−2−H、HA1−2−Lを用いたときのIAHペプチド濃度の経時変化を示す。また、図15にHA1−1−Hを用いてIAHペプチドを分解したときのクロマトグラムを、図16にHA1−1−Lを用いてIAHペプチドを分解したときのクロマトグラムを、図17にHA1−2−Hを用いてIAHペプチドを分解したときのクロマトグラムを、図18にHA1−2−Lを用いてIAHペプチドを分解したときのクロマトグラムを示す。図13および図15に示すように、HA1−1では、重鎖は、約55時間で完全にIAHペプチドを分解した。また、図13および図16に示すように、TP41−1ペプチドの時には分解反応が見られなかった軽鎖でも約60時間の誘導期をへて、約110時間でIAHペプチドの分解が終了した。また、図14および図17に示すように、HA1−2では、重鎖は、約65時間でIAHペプチドの分解を終了している。また、図14および図18に示すように、軽鎖では約30時間の誘導期をへて、約75時間でIAHペプチドの分解が終了している。HA1−1、HA1−2両抗体の重鎖、軽鎖共に、TP41−1ペプチドよりもIAHペプチドの方が、分解反応が早い。これは、IAHペプチドが抗原そのものであるからだと考えられる。また、HA1−2−HによるIAHペプチドの分解断片を質量分析計で調べた。図19にその結果を示す。図19に示すように、IAHペプチドは、K−V間(配列番号3に示すアミノ酸配列の10番目と11番目のアミノ酸の間)、N−S間(配列番号3に示すアミノ酸配列の12番目と13番目のアミノ酸の間)、E−K間(配列番号3に示すアミノ酸配列の16番目と17番目のアミノ酸の間)、K−A間(配列番号3に示すアミノ酸配列の17番目と18番目のアミノ酸の間)、A−A間(配列番号3に示すアミノ酸配列の18番目と19番目のアミノ酸の間)で切断されていた。
【0091】
<動力学的解析>
抗原分解活性を示す抗体サブユニットは2相性(誘導期および活性期)の曲線を描きながらペプチドを分解するため、この曲線から分解の初速度を求めるのは困難である。そこで一度、完全にペプチドを分解した反応液に再びペプチドを添加することで誘導期をなくしこの問題を解決した。酵素による基質の変化量が1割未満を初速度として定義した。HA1−2−Lを0.64mMと一定濃度にし、基質(TP41−1ペプチド)濃度を変化させた。得られたHanes-WoolfプロットからMichaelis-Menten式に従い動力学的パラメータを算出した。
【0092】
図20(a)に基質(TP41−1ペプチド)濃度と分解速度との関係を、図20(b)にHanes-Woolfプロットの結果を示す。
【0093】
〔実施例6:HA1−1、HA1−2の重鎖および軽鎖によるインフルエンザA型ヘマグルチニン分解試験〕
<HA1−1の重鎖によるインフルエンザA型ヘマグルチニン分解試験>
まず、HA1−1抗体重鎖(HA1−1−H)でTP41−1ペプチドを完全に分解させた(HA1−1−Hの活性化)。その後、インフルエンザA型ウイルスと1:1の割合で混合し、反応させた(インフルエンザA型ウイルス 500μL + 活性化HA1−1−H500μL)。コントロールとしてインフルエンザA型ウイルスと15mM PBを1:1の割合で混合し、反応させた(インフルエンザA型ウイルス 300μL + 15mM PB 300μL)。これをSDS−PAGEで経時変化を追跡した。
【0094】
また、図21にインフルエンザA型ウイルスのSDS−PAGE結果を、図22にHA1−1抗体を用いたインフルエンザA型ウイルスに対するウエスタンブロット分析の結果を、図23にHA1−1抗体重鎖によるインフルエンザA型ウイルスのヘマグルチニンの分解試験結果を示す。
【0095】
図21、22および23から、HA1−1抗体重鎖により特異的にHA2のバンドの消失が見られたことが判る。特に図23からは、インフルエンザA型ウイルスのHA2分子がHA1−1抗体重鎖により、反応時間8時間で約40%、12時間で70%、24時間で90%、48時間ではほとんど完全に分解されていることが判る。HA1−1抗体重鎖を加えない系ではHA2分子は全く分解されなかった。また、HA1−1抗体重鎖はHA2分子以外のA型インフルエンザウイルス構成タンパク質を分解せず、高い特異性でもってHA2分子を分解していることが判る。このことから、HA1−1抗体重鎖はインフルエンザA型ヘマグルチニンを特異的に認識し、分解する抗体酵素であるといえる。
【0096】
<HA1−1の軽鎖によるインフルエンザA型ヘマグルチニン分解試験>
HA1−1抗体軽鎖(HA1−1−L)を用いた以外は前記と同様にして、HA1−1抗体軽鎖(HA1−1−L)によるインフルエンザウイルス構成タンパク質の分解を試みた。図24にHA1−1抗体軽鎖によるインフルエンザA型ウイルスのヘマグルチニンの分解試験結果を示す。図24に示すように、HA2分子のみが4時間で20%、8時間で40%分解していた。
【0097】
<HA1−2の重鎖によるインフルエンザA型ヘマグルチニン分解試験>
HA1−2抗体重鎖(HA1−2−H)を用いた以外は前記と同様にして、HA1−1抗体重鎖(HA1−2−H)によるインフルエンザウイルス構成タンパク質の分解を試みた。図25にHA1−2抗体重鎖によるインフルエンザA型ウイルスのヘマグルチニンの分解試験結果を示す。図25に示すように、HA1−2−Hは反応開始から約4時間で、HA2分子をほとんど分解した。一方、コントロールとして用いたヒト血清アルブミン(HSA)はほとんど分解されなかった。
【産業上の利用可能性】
【0098】
ヘマグルチニンHA1および/またはHA2の高度保存領域を構成するペプチドを認識し、且つ、HAを切断および/または分解することができる抗体酵素を得ることができれば、毎年起こる抗原変異によって妨害されることなく、該抗体酵素によってHAを認識するとともに、認識したHAを切断および/または分解することが可能となり、インフルエンザの予防・治療に寄与することが期待できる。また、かかる抗体酵素は、大気中のウイルスのセンシングや除去に利用することが期待される。このため、本発明の抗体酵素は、医療業、製薬産業、試薬産業、医療機器産業、食品産業等に利用することができ、非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0099】
【図1】モノクロナール抗体を製造する実施例1において、初回免疫後の力価測定の結果を示す図である。
【図2】モノクロナール抗体を製造する実施例1において、2回目免疫後の力価測定の結果を示す図である。
【図3】モノクロナール抗体を製造する実施例1において、3回目免疫後の力価測定の結果を示す図である。
【図4】モノクロナール抗体を製造する実施例1において、4回目免疫後の力価測定の結果を示す図である。
【図5】モノクロナール抗体を製造する実施例1において、最終免疫後の力価測定の結果を示す図である。
【図6】実施例2において、TP41−1、ECL2A、HIV V3 loop、およびRT−1との交差反応性試験の結果を示す図である。
【図7】実施例2において、H1N1、H2N2、H3N2との交差反応性試験の結果を示す図である。
【図8】TP41−1ペプチドを用いたHA1−1−H、HA1−1−Lのペプチダーゼ活性試験の結果を示す図である。
【図9】TP41−1ペプチドを用いたHA1−2−H、HA1−2−Lのペプチダーゼ活性試験の結果を示す図である。
【図10】HA1−1−Hを用いてTP41−1ペプチドを分解したときのクロマトグラムを示す図である。
【図11】HA1−2−Hを用いてTP41−1ペプチドを分解したときのクロマトグラムを示す図である。
【図12】HA1−2−Lを用いてTP41−1ペプチドを分解したときのクロマトグラムを示す図である。
【図13】IAHペプチドを用いたHA1−1−H、HA1−1−Lのペプチダーゼ活性試験の結果を示す図である。
【図14】IAHペプチドを用いたHA1−2−H、HA1−2−Lのペプチダーゼ活性試験の結果を示す図である。
【図15】HA1−1−Hを用いてIAHペプチドを分解したときのクロマトグラムを示す図である。
【図16】HA1−1−Lを用いてIAHペプチドを分解したときのクロマトグラムを示す図である。
【図17】HA1−2−Hを用いてIAHペプチドを分解したときのクロマトグラムを示す図である。
【図18】HA1−2−Lを用いてIAHペプチドを分解したときのクロマトグラムを示す図である。
【図19】HA1−2−HによるIAHペプチドの分解断片を質量分析計で調べた結果を示す図である。
【図20】ペプチダーゼ活性試験における動力学的解析の結果を示す図であり、(a)は、基質(TP41−1ペプチド)濃度と分解速度との関係を示す図であり、(b)は、Hanes-Woolfプロットの結果を示す図である。
【図21】インフルエンザA型ウイルスのSDS−PAGE結果を示す図である。
【図22】HA1−1抗体を用いたインフルエンザA型ウイルスに対するウエスタンブロット解析の結果を示す図である。
【図23】HA1−1抗体重鎖によるインフルエンザA型ウイルスのヘマグルチニンの分解試験結果を示す図である。
【図24】HA1−1抗体軽鎖によるインフルエンザA型ウイルスのヘマグルチニンの分解試験結果を示す図である。
【図25】HA1−2抗体重鎖によるインフルエンザA型ウイルスのヘマグルチニンの分解試験結果を示す図である。
【図26】HA1−1の可変領域のアミノ酸配列を示す図であり、(a)はHA1−1の重鎖可変領域のアミノ酸配列(配列番号4)を示す図であり、(b)はHA1−1の軽鎖可変領域のアミノ酸配列(配列番号5)を示す図である。
【図27】HA1−2の可変領域のアミノ酸配列を示す図であり、(a)はHA1−2の重鎖可変領域のアミノ酸配列(配列番号6)を示す図であり、(b)はHA1−2の軽鎖可変領域のアミノ酸配列(配列番号7)を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘマグルチニンを有するインフルエンザウイルスに対する抗体であって、ヘマグルチニンを認識し、且つ、当該ヘマグルチニンを分解する活性を有することを特徴とする抗体酵素、またはその可変領域を含む抗体酵素の断片。
【請求項2】
ヘマグルチニンHA1の高度保存領域に存在する配列番号1に示すアミノ酸配列、および/またはヘマグルチニンHA2の高度保存領域に存在する配列番号2に示すアミノ酸配列を認識することを特徴とする請求項1に記載の抗体酵素、またはその可変領域を含む抗体酵素の断片。
【請求項3】
ヘマグルチニンHA1の高度保存領域に存在する配列番号1に示すアミノ酸配列、および/またはヘマグルチニンHA2の高度保存領域に存在する配列番号2に示すアミノ酸配列を含む抗原ペプチドを抗原として作製されたことを特徴とする請求項1または2に記載の抗体酵素、またはその可変領域を含む抗体酵素の断片。
【請求項4】
抗原として用いられる上記抗原ペプチドは、配列番号3に示すアミノ酸配列からなるペプチドをタンパク質と共有結合させてなることを特徴とする請求項3に記載の抗体酵素、またはその可変領域を含む抗体酵素の断片。
【請求項5】
重鎖可変領域が、配列番号4に示すアミノ酸配列、又は、配列番号4に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなり、
軽鎖可変領域が、配列番号5に示すアミノ酸配列、又は、配列番号5に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなることを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1項に記載の抗体酵素、またはその可変領域を含む抗体酵素の断片。
【請求項6】
重鎖可変領域が、配列番号6に示すアミノ酸配列、又は、配列番号6に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなり、
軽鎖可変領域が、配列番号7に示すアミノ酸配列、又は、配列番号7に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなることを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1項に記載の抗体酵素、またはその可変領域を含む抗体酵素の断片。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図26】
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【図27】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【公開番号】特開2006−347922(P2006−347922A)
【公開日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−174161(P2005−174161)
【出願日】平成17年6月14日(2005.6.14)
【出願人】(591079487)広島県 (101)
【Fターム(参考)】