説明

インフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤

【課題】 本発明は、新規なインフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤を提供するものである。
【解決手段】 本発明は、従来、胃炎・胃潰瘍治療剤として使用されていたセトラキサートまたはその塩が、強力な抗インフルエンザウイルス作用を有することを見出したことによるものである。本発明のセトラキサートまたはその塩を含有するインフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤は、インフルエンザウイルスに感染した患者やインフルエンザウイルスに感染する怖れのある患者に投与することにより、優れた効果を発揮するので、有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
毎年世界中で繰り返すインフルエンザウイルス感染症の流行に対しては、ワクチンによる制圧が古くから試みられているが、インフルエンザウイルスの抗原性は変異しやすく、ワクチンのみによってその流行を完全に制圧することは困難である。そこで近年、塩酸アマンダジンの他、リン酸オセルタミビル、ザナミビル水和物が抗インフルエンザウイルス剤として開発され、これらは我が国でも使用されている。
【0003】
一方、セトラキサートまたはその塩、特に塩酸セトラキサートは、胃粘膜の微小循環改善作用、胃粘膜内のプロスタグランジンE2、I2生合成増加作用、胃粘膜粘液保持・合成促進作用、抗カリクレイン作用による胃液分泌抑制作用等が知られており、その効能効果は、急性胃炎および慢性胃炎の急性増悪期の胃粘膜病変(びらん、出血、発赤、浮腫)の改善、および胃潰瘍である(例えば、非特許文献1参照)。
【0004】
【非特許文献1】財団法人日本医薬情報センター編 JAPIC 医療用医薬品集 2006 1149〜1150頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、前記に挙げた抗インフルエンザウイルス剤のうち、塩酸アマンタジンは、薬剤耐性ウイルスが高頻度に出現することが指摘され、またリン酸オセルタミビルについても薬剤耐性ウイルスの出現が指摘されている他、腹痛、下痢、嘔吐等の消化器症状の副作用に加えて、因果関係は必ずしも明らかではないが、重篤な精神・神経症状等の副作用が問題視されている。さらに、ザナミビル水和物に関しても、頭痛、下痢等のほか、気管支れん縮や呼吸困難等の重篤な副作用も知られていて、インフルエンザウイルス感染症に対する医療満足度は未だ不十分である。かかる事情から、有効性および安全性の高い新しい抗インフルエンザウイルス剤の開発が望まれている。本発明は、上記事情を鑑み、新しいインフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意研究の結果、従来、胃炎・胃潰瘍治療剤として使用されていたセトラキサートまたはその塩が、驚くべきことに、強力な抗インフルエンザウイルス作用を有することを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
すなわち、本発明は、以下の発明に関する。
(1)セトラキサートまたはその塩を含有するインフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤。
(2)セトラキサートまたはその塩が、塩酸セトラキサートである上記(1)に記載のインフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤。
(3)剤形が、点鼻剤、吸入剤または注射剤である上記(1)または(2)に記載のインフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤。
(4)剤形が、点鼻剤である上記(1)または(2)に記載のインフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤。
【発明の効果】
【0008】
後記実施例から明らかなように、本発明において、セトラキサートまたはその塩は、強力な抗インフルエンザウイルス作用があり、インフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤として有用であることを見出した。従って、本発明は、インフルエンザウイルスに感染した患者への治療、および/またはインフルエンザウイルス感染症の予防に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明にかかるセトラキサートまたはその塩は、公知の化合物であり、その入手方法としては、市販品を用いてもよく、また公知の方法に基づき製造することも可能である。セトラキサートの塩としては、塩酸塩、硝酸塩、硫酸塩等の鉱酸塩、フマル酸塩、メタンスルホン酸塩等の有機酸塩、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩等のアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩等を挙げることができる。本発明において、セトラキサートの塩としては、塩酸塩が好ましい。本発明にかかるセトラキサートまたはその塩としては、塩酸セトラキサートが好ましい。
【0010】
本発明のインフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤は、セトラキサートまたはその塩を含有し、インフルエンザウイルスに感染した患者、または感染する(した)怖れのある者に投与するものである。一般に、感染患者は、くしゃみ、鼻水、鼻づまり、咳、痰、悪寒、発熱、頭痛、咽頭痛等の症状を示すので、本発明のインフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤は、セトラキサートまたはその塩以外の薬効成分を配合したり、また投与の形態に併せて製薬上許容される担体を配合してもよい。
【0011】
配合可能な薬効成分としては、アスピリン、アスピリンアルミニウム、サザピリン、エテンザミド、サリチルアミド、イブプロフェン、アセトアミノフェン、イソプロピルアンチピリン等の解熱鎮痛薬;カフェイン、無水カフェイン、安息香酸ナトリウムカフェイン等の中枢神経興奮薬;ブロムワレリル尿素、アリルイソプロピルアセチル尿素等の鎮静剤、マレイン酸クロルフェニラミン、ジフェンヒドラミン、サリチル酸ジフェンヒドラミン、フマル酸クレマスチン、マレイン酸カルビノキサミン、メキタジン、酒石酸アリメマジン、塩酸ジフェニルピラリン、塩酸トリプロリジン等の抗ヒスタミン薬;塩化リゾチーム、ブロメライン、セラペプターゼ、セミアルカリプロティナーゼ、グリチルリチン酸、グリチルリチン酸ジカリウム、グリチルリチン酸アンモニウム、グリチルレチン酸、アズレンスルホン酸ナトリウム等の抗炎症薬;グアヤコールスルホン酸カリウム、クレゾールスルホン酸カリウム、グアイフェネシン、塩酸ブロムヘキシン等の去痰薬;リン酸ジヒドロコデイン、リン酸コデイン、塩酸ノスカピン、ノスカピン、臭化水素酸デキストロメトルファン、デキストロメトルファンフェノールフタリン塩、リン酸ジメモルファン、ヒベンズ酸チペピジン、クエン酸チペピジン、塩酸エプラジノン、メチルエフェドリン、塩酸メチルエフェドリン、塩酸メトキシフェナミン、塩酸トリメトキノール、塩酸フェニルプロパノールアミン等の鎮咳薬;テオフィリン、アミノフィリン、ジプロフィリン等の気管支拡張薬;ベラドンナ(総)アルカロイド、ベラドンナエキス、ヨウ化イソプロパミド、臭化水素スコポラミン、臭化メチルベナクチジウム、臭化チメピジウム、ピレンゼピン等の抗アセチルコリン剤;セチルピリジニウム、塩化セチルピリジニウム、ポピドンヨード、グルコン酸クロルヘキシジン、塩化ベンザルコニウム、塩化デカリニウム、チモール、ヨウ素・ヨウ化カリウム、フェノール、塩酸クロルヘキシジン、クレオソート、塩化ベンゼトニウム等の殺菌消毒剤;塩酸アマンダジン、リン酸オセルタミビル、ザナミビル水和物等の抗インフルエンザウイルス剤;塩酸ジブカイン、アミノ安息香酸エチル、リドカイン、塩酸リドカイン、オキセサゼイン等の局所麻酔剤;ビタミンA、肝油、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6、ビタミンB12、ビタミンC、アスコルビン酸カルシウム、ビタミンD、ビタミンE、コハク酸トコフェノールカルシウム等のビタミン剤;パントテン酸、パンテノール、パントテン酸ナトリウム、パントテン酸カルシウム、パンテチン、ニコチン酸、ニコチン酸アミド、グルクロン酸、グルクロノラクトン、アミノエチルスルホン酸、ビオチン、γ−オリザノール等の代謝性成分;地黄、ケイヒ、ゴオウ、ショウキョウ、マオウ、カンゾウ、キョウニン、ハンゲ、シャゼンソウ、サイコ、ブクリョウ、シンイ等の生薬およびこれらの抽出物(エキス、チンキ等)等を挙げることができるが、上記のもののみに限定されるべきではない。またかかる薬効成分は、本発明のインフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤と同時または順次に投与してもよいし、同一の製剤内に配合してもよい。また、単一成分を配合してもよく、2種以上のものを組み合わせて配合してもよい。
【0012】
また、本発明のインフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤は、投与の形態(製剤)として経口的または非経口的に投与することができるが、非経口的であることが好ましい。非経口的に投与する製剤としては、注射剤、酒精剤、エキス剤、懸濁剤、チンキ剤、点鼻剤、吸入剤、エアゾール剤等を挙げることができる。また、本発明のインフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤をうがい薬、のどスプレーや洗口液に配合してもよい。本発明のインフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤の剤形としては、吸入剤、点鼻剤または注射剤が好ましく、点鼻剤が特に好ましい。
【0013】
これらの製剤は、当業者に公知慣用の製造方法により製造でき、またこのような種々の剤形の医薬製剤を調製するために、所望により医薬品添加物等、製薬上許容される担体を配合することができる。該医薬品添加物としては、例えば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、流動化剤、乳化剤、安定化剤、分散剤、可溶化剤、溶解剤、溶解補助剤、懸濁化剤、pH調節剤、抗酸化剤、甘味剤、矯味剤、清涼化剤等を挙げることができる。これら医薬品添加物は、1種を用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0014】
本発明のインフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤は、患者の性別、年齢、症状、投与方法、投与回数、投与時期等により、患者へのセトラキサート酸またはその塩の投与量について適宜検討を行ない、適当な投与量を決めればよい。例えば、セトラキサートまたはその塩の投与量は、セトラキサートまたはその塩が塩酸セトラキサートの場合、1日当たり1〜250mgを投与するのが好ましく、1日当たり50〜100mgを投与するのがより好ましく、1日当たり100mgを投与するのが特に好ましい。
【0015】
また、本発明のインフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤を点鼻剤として投与する際には、セトラキサートまたはその塩が塩酸セトラキサートの場合、製剤中の塩酸セトラキサートの濃度を0.1〜2.5W/W%、好ましくは0.5〜1W/W%として製したものを、1日1〜10回程度、より好ましくは1日2〜3回、点鼻する。また、本発明のインフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤を吸入剤として投与する際には、セトラキサートまたはその塩が塩酸セトラキサートの場合、製剤中の塩酸セトラキサートの濃度を0.1〜2.5W/W%、好ましくは0.5〜1W/W%として製したものを、1日1〜10回程度、より好ましくは1日2〜3回、吸入する。
【実施例】
【0016】
以下に、実施例を示して本発明を説明するが、本発明はこれらにのみ限定されるべきものではない。
(1)試験方法
11週齢の雄性マーシャルフェレット(日本チャールスリバー社製)を用いた(1群4匹)。薬剤として、滅菌生理食塩水に溶解した塩酸セトラキサート(10mg/mL、第一製薬社製)を用いた。
【0017】
発育鶏卵で培養したインフルエンザウイルスA/PR/8/34(H1N1)株(2.2×10PFU/mL)を、PBS(−)を用いて希釈し、4×10PFU/mLに調製した。マーシャルフェレットをケタミン(25mg/kg)およびキシラジン(2mg/kg)により麻酔した後、フェレット(腹臥位)の鼻腔内に、ウイルス希釈液0.25mLを接種し、ウイルスに感染させた。塩酸セトラキサートを投与する群(セトラキサート群)には、感染日に感染3時間後から3時間毎に2回、感染翌日および翌々日に1日3回、3時間毎に薬剤を1mL/kg(体重)を麻酔下フェレットの鼻腔内に投与した。また、無処置群には、同量の生理食塩水を投与した。
【0018】
感染後6、24、30、48、72時間後に鼻腔内を10mLのPBS(−)にて洗浄した洗浄液を回収し、この鼻腔洗浄液中のウイルス量を、プラークアッセイ法を用いて測定した。
【0019】
(2)試験結果
ウイルス感染後の鼻腔洗浄液ウイルス量の経時的推移を表1に示す。
表1 (PFU/mL)

【0020】
表1の結果のとおり、セトラキサート群は感染30時間後まで、強い抗インフルエンザウイルス作用を示し、感染後48時間以降においても、無処置群のウイルス量に達することはなかった。上記の結果から、セトラキサートまたはその塩は、強力な抗インフルエンザウイルス作用を有することがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0021】
本発明にかかるセトラキサートまたはその塩は、優れた抗インフルエンザウイルス作用を示した。従って、セトラキサートまたはその塩は、インフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療用として有用なものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セトラキサートまたはその塩を含有するインフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤。
【請求項2】
セトラキサートまたはその塩が、塩酸セトラキサートである請求項1に記載のインフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤。
【請求項3】
剤形が、点鼻剤、吸入剤または注射剤である請求項1または2に記載のインフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤。
【請求項4】
剤形が、点鼻剤である請求項1または2に記載のインフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤。

【公開番号】特開2008−100950(P2008−100950A)
【公開日】平成20年5月1日(2008.5.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−285446(P2006−285446)
【出願日】平成18年10月19日(2006.10.19)
【出願人】(000002831)第一製薬株式会社 (129)
【Fターム(参考)】