説明

ウイルス吸着用材

【課題】 本発明は、簡便に製造でき、固定化赤血球とその表面に存在するウイルスレセプターが脱落しないことによって、長期間安定してウイルス吸着能を維持するウイルス吸着用材を提供することを目的とする。
【解決手段】 本発明は、ウイルス吸着能を有するホルマリン固定化赤血球と繊維格子材とを含み、前記固定化赤血球が、乾燥状態で、前記繊維格子材に封入されてなることを特徴とするウイルス吸着用材である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウイルス吸着用材に関する。
【背景技術】
【0002】
呼吸の際に、インフルエンザウイルスなどの病原性ウイルスを体内に吸入しないようにすることは、感染の予防や感染拡大を阻止する上で、極めて重要である。
【0003】
しかしながら、病原性ウイルスを吸入しないように防御することは難しく、たとえば、もっとも身近な通常のマスクでは装用が正しくてもウイルスの吸い込み防止効果は十分得られず、まして装用が正しくないと、頬側からの吸い込みなどによって、ウイルスの吸い込み防止効果は殆ど得られないという問題がある。またN95規格マスクのようなウイルス捕集率の高いマスクは正しく装着すれば、かなりの程度(約95%程度)、ウイルスの吸入を防ぐことはできるが、息苦しいという問題があった。
【0004】
A型、B型およびC型のインフルエンザウイルス表面に存在するヘマグルチニンは赤血球に吸着することは知られており、この知見に基づいて、インフルエンザウイルスのヘマグルチニン部位に吸着する吸着材をシートに担持させたインフルエンザウイルス捕捉フィルターやヘマグルチニン部位に吸着する吸着材を多孔物質に吸着させ、該多孔物質をシートに担持させたインフルエンザウイルス捕捉フィルターが提案されている(特許文献1)。
【0005】
一方、インフルエンザウイルスについては、インフルエンザウイルスの感染防止や予防のための研究がなされており、例えば、インフルエンザウイルスと結合能を有するニワトリ赤血球の細胞膜から得られる分子量10万以上の糖蛋白質と分子量3万5千以下の糖蛋白質からなる抗インフルエンザウイルス剤(特許文献2)や、インフルエンザウイルスのPB2遺伝子又はPA遺伝子の翻訳開始コドンAUGを含有する標的領域の塩基配列に対して相補的な塩基配列を含むオリゴヌクレオチドと血中で安定なリポソームとを含むことを特徴とする、抗インフルエンザウイルス剤(特許文献3)が知られている。
【0006】
また、本発明者は、血液凝固剤として使用したアルスバー(ALSVER)液を存在させたままホルマリンで赤血球を固定化した場合にはウイルスレセプターの機能低下が全く生じなかったことを見出し、その理由が、アルスバー液中のブドウ糖にあること、さらに固定化赤血球の凍結乾燥品はブドウ糖添加により室温でも数年以上インフルエンザウイルス結合能を高く保持すること、ブドウ糖を含む二糖類でもほぼ同様の効果が得られること、高いウイルス捕捉能を有する固定化赤血球は、ニワトリ以外のモルモットやヒトO型赤血球でもニワトリ赤血球と同様の処理により表面にウイルスレセプターを安定的に保持した固定化赤血球が得られること、等を見出し、ホルマリン固定化赤血球を使用したインフルエンザウイルス捕捉フィルターを提案している(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002−58730号公報
【特許文献2】特開平10−316583号公報
【特許文献3】特開平10−313872号公報
【特許文献4】特開2008−19247号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、特許文献1は、インフルエンザウイルスのヘマグルチニン部位に吸着される物質としてリソガングリオシド/ポリ−L−グルタミン酸結合体、ニワトリ赤血球抽出糖蛋白、スルファチドなどを用いるものであり、インフルエンザウイルスとの結合能が長期にわたり安定しているとはいえない。
【0009】
また、特許文献2はインフルエンザウイルスを捕捉するが、結合能を低下させずに糖蛋白を精製するための処理操作が複雑であるという問題があり、特許文献3はインフルエンザウイルスの増殖を抑制するためのものであり、インフルエンザウイルスの捕捉には使用できないという問題があった。
【0010】
さらに、特許文献4の場合にはインフルエンザウイルス捕捉フィルターは、インフルエンザウイルスを捕捉するものの、外界環境下において、ホルマリン固定化赤血球が安定的に捕捉能力を、長期にわたって、維持できないという問題があった。
【0011】
また、ホルマリン固定化赤血球がウイルスを吸着したまま、フィルターから脱落して、体内に入り込み、ウイルス自体が有する受容体破壊酵素でレセプターから遊離し、ウイルス感受性細胞表面の受容体に吸着して、感染を成立させるという懸念もあった。
【0012】
本発明は、簡便に製造でき、かつ長期間安定してウイルス吸着能を維持でき、かつ赤血球の全表面にウイルス粒子を吸着するとともにレセプターに吸着したウイルス粒子がレセプターとともに脱落することのないウイルス吸着用材を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、ウイルス吸着能を有するホルマリン固定化赤血球と繊維格子材とを含み、前記固定化赤血球が、乾燥状態で、前記繊維格子材に封入されてなることを特徴とするウイルス吸着用材である。
【0014】
また本発明は繊維格子材が、絹または木綿繊維からなる繊維格子材であることを特徴とする。
【0015】
また本発明は、ウイルスがインフルエンザウイルスまたはニューカッスル病ウイルスのいずれかであり、ウイルス吸着能を有するホルマリン固定化赤血球が、ホルマリンで固定化されたニワトリ赤血球であり、繊維格子材が絹または木綿のガーゼまたは布であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、効率よくウイルスを吸着するホルマリン固定化赤血球が、長期間、安定に保持されているため、長期にわたりウイルス捕捉効果を継続することができる上、固定化赤血球が繊維格子材に封入されているので、吸着されたウイルスが固定化赤血球と共に体内に取り込まれる虞がない。また、市販されている繊維製品は、いずれも繊維格子を有するので、これにウイルス吸着能を有する固定化赤血球を散布したのち、繊維格子材で被覆するという、簡便な方法で、容易にウイルス吸着能に優れたガーゼ、シーツ、カーテン、枕カバー、パジャマ、白衣、診察着、マスクなどの医療用、日常用の繊維製品とすることができるという利点も有する。
【0017】
また本発明によれば、繊維格子材が絹または木綿繊維であるため、ウイルス吸着用に繊維製品を製造することなく、日常もっとも広範囲に使用される繊維製品に、ホルマリン固定化赤血球を保持させ、これを繊維格子材で覆うことによって種々のウイルス吸着用材とすることができるという利点を有する。
【0018】
また本発明によれば、強いインフルエンザウイルスまたはニューカッスル病ウイルス吸着能を有するホルマリン固定化ニワトリ赤血球を絹または木綿のガーゼまたは布に封入することによって、インフルエンザウイルス吸着能に優れたガーゼ製品、たとえばマスクを得ることができ、該マスクは、呼吸を阻害することなく、効率的にインフルエンザを捕捉することができるという利点を有する。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明は、ウイルス吸着能を有するホルマリン固定化赤血球が、繊維格子材に封入されてなることを特徴とするウイルス吸着用材である。
【0020】
本発明において、ホルマリン固定化赤血球が、繊維格子材に封入されてなるとは、ウイルス吸着能を有する固定化赤血球が、担体に乾燥状態で保持され、当該担体が繊維格子材で被覆されたものである。
【0021】
本発明において、吸着対象となるウイルスとしては、赤血球に吸着するウイルスであればよく、たとえばヒト、哺乳動物または鳥類を宿主とするインフルエンザウイルス、センダイウイルス、ムンプスウイルス、ニューカッスルウイルス(NDV)、ハシカウイルス、アデノウイルス、風疹ウイルス、エンテロウイルス、レオウイルスのほか、日本脳炎ウイルス、デングウイルス、黄熱ウイルス、コンゴ出血熱ウイルスなどを含む昆虫媒介性ウイルス群があげられる。
【0022】
本発明において、ホルマリン固定される赤血球としては、上記のウイルスにより凝集を起こすものであればどの動物のものでも使用することができる。
【0023】
かかる赤血球としては、たとえばヒト、サル、ヒツジ、ウマ、モルモットなどの哺乳動物、ニワトリ、ガチョウ、アヒル、ウズラなど家禽類の赤血球があげられる。
【0024】
これらのうち、ニワトリ、モルモット、ヒトなどの赤血球が好ましく、ニワトリの赤血球としては、レグホン、ミノルカ、東京烏骨鶏、軍鶏、名古屋コーチン、南部地鶏、比内地鶏、土佐ジロー、プリマスロック、チャボ、東天紅など、採卵用、肉用、鑑賞用等のニワトリの用途を問わず、本発明に使用することが出来る。
【0025】
また、モルモットとしては、イングリッシュ、アビシニアン、シェルティ、クレストとなど、種々の品種のものを好適に使用することが出来る。
さらに、ヒトとしては、人種を問わないが、O型の血液が好ましい。
【0026】
これら赤血球の固定化方法としては、公知の方法を使用することができ、たとえば、前記特許文献4記載の方法により効率よく赤血球を固定化することが出来る。
【0027】
具体的には、例えば赤血球を単糖類または二糖類の存在下、ホルマリン溶液と接触させることによって固定化することが出来る。
【0028】
固定化処理におけるホルマリンの濃度は、通常3〜20v/v%(すなわち1.11w/v%〜7.4w/v%ホルムアルデヒド水溶液)であればよく、好ましくは5〜15v/v%である。また単糖類または二糖類の濃度は通常0.1〜15w/v%、好ましくは0.5〜10w/v%、特に好ましくは、1〜7w/v%である。この固定化処理は、10〜25℃の室温で1〜15日間、好ましくは3〜10日間、時々液を撹拌しながら放置することにより行われる。ホルマリン溶液により固定化処理した赤血球は、たとえば蒸留水、生理的食塩水、−PBS等を用いて遠心、洗浄すればよい。
【0029】
また、ホルマリンによる固定化に先立ち、赤血球を、単糖類または二糖類の存在下、一酸化炭素ガスを吹き込んでバブリングさせることによって、ヘモグロビン(赤色)からメトヘモグロビン(鮮紅色)へと変化させてもよい。このバブリングの際の液のpHは6.0〜7.5、好ましくは7.1〜7.4付近であり、使用する好適な液としては、アルスバー液(pH6.1)、−PBS,ハンクス液などがあげられる。
【0030】
バブリングは、適当な容器中、赤血球懸濁液20〜200mLを入れ、一酸化炭素ガスをボンベから1分間40〜100気泡の割合で約3〜10分程度吹き込んで、赤色のヘモグロビンが深紅ないし鮮紅色のメトヘモグロビンに変化するまで行うことにより実施することができる。バブリング中の液温は10〜25℃が適当である。一酸化炭素ガスによるバブリングをグルコースなどの単糖類、スクロース等の二糖類の存在下に行うことにより、操作中の溶血現象や、赤血球のウイルスレセプターの変性、破壊、結合力の低下を防止できる。単糖類または二糖類の濃度は通常0.1〜15w/v%、好ましくは0.5〜10w/v%、特に好ましくは、1〜7w/v%である。この鮮紅色の赤血球はホルマリン固定化後、ウイルス感染に対する抗体価測定試験に有利に用いることができる。一酸化炭素ガスにより処理した赤血球は、アルスバー液、−PBS,生理的食塩水などで遠心、洗浄して不純物を除去した後、ホルマリンによる固定化処理に付すことが出来る。
【0031】
また、本発明において、前記固定化赤血球が乾燥状態で保持されるとは、固定化赤血球がウイルス吸着能を失わない程度に、それ自体のみで存在することを意味する。
【0032】
本発明の繊維格子材は、繊維状物質を比較的薄くかつ広い板状に加工したもので、かつ繊維からなる格子を有するものであればよく、材質、素材、製法を問わない。また格子は、縦横の繊維が互いに直交する格子はもちろん、繊維が種々の角度で交差するものであってもよく、またそれら格子が互いに重畳的に存在するものであってもよい。
【0033】
繊維格子を構成する繊維としては、例えば、木綿、麻、絹、リンネル、モへヤ、ウール、カシミヤ、ガラスウールなどの植物、動物または鉱物由来の天然繊維、キュプラ、レーヨン、ポリノジック、リヨセル、アセテート、フリースなどの再生繊維、ナイロン、ビニロン、ポリエステル、アクリル、ポリウレタンなどの合成繊維から製造される繊維、コウゾ、みつまた、雁皮などの植物繊維があげられる。
【0034】
これらの繊維はいずれも好適に使用できるが、絹は、生糸のまま用いた場合、生糸に含まれるセリシンなどの膠質成分や繊維の凹凸や突起によって、固定化赤血球と繊維がより強く固着するので、より好ましい。この場合には、本発明の繊維格子による封入に加え、当該生糸の付着力によって固定化赤血球が生糸自体に付着・保持されるため、より強固に固定化赤血球が保持され、結果として、ウイルスの補足力がより強化されることになる。
さらに、絹以外の天然繊維においても、繊維として精製するまえの状態では繊維の凹凸や突起が存在し、蛋白質、蝋物質、樹脂様物質、脂肪などが含有されているが、固定化赤血球を変性させず、当該繊維と固定化赤血球の付着が強化される場合には、未精製の天然繊維を好適に使用することができる。
【0035】
また繊維格子材は、前記のとおり、多数の繊維状物質を比較的薄くかつ広い板状に加工したものであればよく、材質、素材、製法を問わないが、用途に応じて、繊維状物質がひとまとまりになった、いわゆる綿のようなものであってもよい。
【0036】
たとえば、製法としては織物、編み物、レース、フェルト、不織布などに区別できるが、これらをいずれも好適に使用することができる。
【0037】
これらの具体的なものとしては、ガーゼ、タオル、タオルケット、綿、和紙、西洋紙などが上げられる。
【0038】
また、本発明の繊維格子材は、繊維格子として、固定化赤血球を保持し、固定化赤血球が通過しない程度の大きさであり、通気性を著しく損なわない大きさを有するものであればどのようなものであっても、好適に使用することが出来る。また、繊維格子の大きさは、一様なものである必要はなく、一つの繊維格子材中にさまざまな大きさの繊維格子が存在するものであってもよい。
【0039】
たとえば繊維格子の大きさとしては、200〜5000nmであればよく、好ましくは450〜1000nmである。
【0040】
しかし、これらは単なる一例であり、たとえば、上記よりも大きい繊維格子を有するものであっても、複数の繊維格子を重ねることによって、上記格子の範囲とすることができるか、または固定化赤血球を封入できるような繊維格子となるものであれば好適に本発明に使用することができる。
【0041】
さらに、繊維格子に封入される固定化赤血球の数は、1平方センチメートル当たり1×10〜1×10個であればよく、好ましくは1×10〜1×10個、とりわけ好ましくは2×10〜1×10個、もっとも好ましくは2×10〜5×10個となるよう封入すればよい。
【0042】
封入は、担体に固定化赤血球を保持させて、当該担体の外側を繊維格子材で覆うことにより容易に実施することができる。
【0043】
固定化赤血球の担体としては、赤血球のウイルス吸着能を損なわず、かつ空気中の浮遊ウイルスなどを吸着しうる程度に通気性のあるものであれば、好適に使用することができ、たとえば、前記繊維格子材そのもの、あるいは繊維格子材を構成する素材を板状、球状など適当な形状としたもの、スポンジ、海綿、多孔質セラミックなどの多孔質なども使用することができる。
【0044】
具体的には、たとえば、固定化赤血球の懸濁液を、担体に、均一に散布、噴霧などの手段によって付着させるか、または担体を固定化赤血球の懸濁液に浸漬させ、ついで乾燥したのち、固定化赤血球の散布面を内側に折り曲げるか、または担体をこれと同じまたは異なる格子の繊維格子材で覆い、所望の形状となるよう縫製または成型すればよい。
固定化赤血球を懸濁する媒体としては、ウイルス吸着能を損なわないものであればよく、たとえば蒸留水、等張食塩水、生理的食塩水、アルスバー液、グルコースなどの単糖類溶液、ダルベッコーリン酸緩衝液などが好ましい。また、乾燥は、固定化赤血球が変性しない温度であればよく、特に制限されないが、例えば4℃〜37℃で実施することが出来る。
【0045】
本発明のウイルス吸着材の成型物としては、外衣、中衣、内衣などの衣料品のほか、手術着など医療用製品、ベッドカバー、枕カバー、シーツ、マットなど寝装品、マスク、タオルなどがあげられる。
【0046】
これらのうち、とりわけマスクが好ましく、固定化赤血球を封入した担体をガーゼまたは固定化赤血球を封入したガーゼで被覆したマスク、あるいは通常のマスクを固定化赤血球を封入した真綿(この場合の真綿とは、本来の意味である絹の繊維が絡まりあって、ひとまとまりになったものを意味する)で被覆したものなどが簡便に使用でき、感染防御に有効である。
【0047】
また、このようなマスクと前記外衣においてフード付きのものを併用することにより、感染の危険が非常に高い場合においても、ウイルスを完全に捕捉し、感染防御に有効である。
【0048】
さらに、本発明で使用する固定化赤血球は、ホルマリンで固定化されたものであるから、ホルマリン薫蒸や短時間の紫外線照射によって、吸着ウイルスを不活化した後でもウイルス吸着能を失うことはなく、本発明のウイルス吸着材は前記不活化処理後の再使用が可能であるという特徴を有する。
【0049】
また、本発明において、ウイルス赤血球凝集価(HA価)の測定は次のようにして実施した。
【0050】
ニワトリ新鮮赤血球を用いるウイルス赤血球凝集価(HA価)の測定方法は、3.8%クエン酸ナトリウムを採血予定量の1/5量を入れた注射器で採血して得た名古屋コーチン種のオス(孵化後、約12ヶ月)の血液と−PBSで3回遠心洗浄し、得られた沈降赤血球に−PBSを加えて10容量%赤血球浮遊液とし、4℃の氷室内に保存し、保存期間内の3日以内に使用した。HA試験に際しては、さらに0.25容量%となるように−PBSで希釈した。
【0051】
検体の希釈は、56℃、30分間、加熱して非働化したウマ血清を0.2容量%加えた−PBSで連続2倍希釈し、その0.5mLに上記0.25容量%を赤血球懸濁液を等量加え、よく振とう、混和したのち、室温で1時間静置してから赤血球凝集の有無を判定し、明らかな凝集を示した材料の赤血球添加前の最高希釈倍数の逆数を赤血球凝集価(HA価)とした。
【0052】
また、凍結乾燥赤血球を用いるウイルス赤血球を用いるウイルス赤血球凝集価の測定は、凍結乾燥赤血球を、まず−PBSに10容量%となるよう懸濁させ、この状態で4℃氷室にて1年間にわたって保存すると共に、HA試験やHI試験(血中抗体価測定のための赤血球凝集抑制試験)に際しては、新鮮赤血球使用の場合と同様にした。
【実施例】
【0053】
以下、実施例を示して本発明をさらに詳しく説明するが、本発明は、かかる実施例によってなんら限定されるものではない。
【0054】
実施例1
(1)ホルマリン固定化赤血球の製造
予め採血量と等量のアルスバー液(註1)を入れた注射器で、孵化後約12ヶ月の白色レグホン種と名古屋コーチン種の各三羽ずつの翼下静脈からそれぞれ5mL、計30mLの血液を採取し、プール血液とした。
(註1)アルスバー液の組成
ブドウ糖2.05重量%、食塩0.42重量%、クエン酸ナトリウム0.80重量%、クエン酸0.55重量%、蒸留水96.18重量%
【0055】
上記で得られた血液とアルスバー液の等量混合物60mLをダルベッコの−PBSで3回、遠心分離(1500rpm、5分間)、洗浄を繰り返し、約10mLの沈降赤血球を収容した。
【0056】
次いで、−PBS+2重量%グルコースを沈降赤血球10容量%となるように注いだ。
得られた新鮮赤血球懸濁液を1L容の透明な共栓付きガラス瓶に入れ、一酸化炭素ガスをボンベから1分間に60気泡の割合で約5分間吹き込んで赤色のヘモグロビンが深紅のメトヘモグロビンに変化したのを確認した。
【0057】
得られた深紅のメトヘモグロビン化赤血球を10容量%になるようグルコース2容量%。市販のホルマリン10容量%を含むダルベッコの−PBSに加えて懸濁させ、4℃で7日間放置した。その間、一日、一回、容器を手で振って、沈下赤血球を浮遊させた。7日間のホルマリン固定の後、2重量%のグルコースを含む蒸留水による遠心洗浄(1500rpm、5分間)を3回繰り返し、沈降した固定化赤血球を再びもとの溶液(グルコース2重量%加蒸留水)に10容量%となるよう懸濁させ、マグネティックスターラーで攪拌しながら、容量20mLの凍結乾燥用小瓶に2mL宛、無菌的に分注した。この懸濁液をドライアイスアセトンで急速凍結させた後、そのまま凍結乾燥し、窒素ガスを充填、ゴム栓とアルミキャップを施し、巻き締めをして、固定赤血球の凍結乾燥品として室温で保存した。
【0058】
PBS組成:食塩0.8重量%、塩化カリウム0.02重量%、第二リン酸ナトリウム0.115重量%、第一リン酸カリウム0.02重量%、塩化カルシウム0.01重量%、塩化マグネシウム・6水和物 0.01重量%をリン酸緩衝食塩水に溶解したもの。
【0059】
−PBSの組成:上記のPBS組成から、塩化カルシウムおよび塩化マグネシウムを除いたもの。
【0060】
(2)ガーゼを用いたウイルス吸着用材の製造
繊維格子が0.8〜1.2mmのガーゼを5cm×5cmの大きさとして、2枚を重ねた表面に、上記(1)で得られたホルマリン固定化赤血球を、蒸留水に、8×10個/mLとなるよう懸濁し、その2mLを均等に散布した。ついで、ガーゼを25℃で24時間、送風乾燥した。得られたホルマリン固定化赤血球を担持したガーゼに、さらに繊維格子が0.8〜1.2mmのガーゼを重ね、一辺が0.5cmの四角を形成するように縫製して、本発明のウイルス吸着用材を得た。
【0061】
また、PVA2容量%を含む蒸留水溶液に、8×10個/mLとなるよう懸濁した懸濁液を用いるほかは、前記実施例と同様にして比較例1のウイルス吸着用材を得た。
【0062】
さらに、後記参考例1で製したインフルエンザウイルスのレセプターを破壊した固定化赤血球を用いて前記実施例と同様に実施して、比較例2のウイルス吸着用材を得た。
【0063】
得られた3種類のガーゼを個別のシャーレに入れ、これに後記参考例2で得たインフルエンザウイルス128単位を含む組織培養液の遠心上清(3000rpm、5分間)5mLと−PBS35mLを分注し、ピンセットを用いて、数秒間掻き回し、これらのシャーレを4℃で1時間放置してから、シャーレ内容物をガーゼとともに遠心管に移し、3000rpmで10分間、遠心分離した上清についてHA価を測定することによって、インフルエンザウイルスHAinに対する吸着度合を調べた。
【0064】
実験結果は、表1に示すとおりである。
【表1】

【0065】
<結果>
ホルマリン固定化ニワトリ赤血球を、そのまま、ガーゼに封入した本発明の吸着用材では、128単位のインフルエンザウイルスHAinすべてが吸着された。しかし、PVAでガーゼにホルマリン固定化赤血球を付着させた比較例1では25%のインフルエンザウイルスHAinが吸着されることなく液中に残存した。さらに、インフルエンザウイルスのレセプターを破壊した固定化赤血球を用いた比較例2では、インフルエンザウイルスHAinは全く吸着されていなかった。
【0066】
実施例2
5cm×5cmの大きさの絹布に、厚さ0.8〜1.2mmの真綿層を重ねた。次いで、上記(1)で得られたホルマリン固定化赤血球を、蒸留水に、8×10個/mLとなるよう懸濁し、その2mLを真綿層に均等に散布した。ついで、この真綿層と絹布を25℃で24時間、送風乾燥した。得られたホルマリン固定化赤血球を担持した真綿層の上に、同じ厚さの真綿層を重ね、さらに同じ絹布を重ねて、4層構造とした。ついで、一辺が0.4cmの四角を形成するように縫製して、本発明のウイルス吸着用材を得た。
【0067】
得られたウイルス吸着用材と、後記参考例2で得たインフルエンザウイルス128単位を含む組織培養液の遠心上清を用い、実施例1と同様に実施して、インフルエンザウイルスHAinに対する吸着度合を調べた。その結果、本発明の吸着用材では、128単位のインフルエンザウイルスHAinすべてが吸着された。
【0068】
実施例3
実施例2において、真綿に代えて木綿綿を用い、絹布に代えて綿布を用いる以外は実施例2と同様にして、本発明のウイルス吸着用材を得た。
【0069】
このウイルス吸着用材を用いて、参考例3で得たニューカッスル病ウイルスを256単位を含む培養液の遠心上清を用い、実施例1と同様にしてニューカッスル病の吸着度合を調べた。
【0070】
また、実施例1の比較例1および同2と同様のウイルス吸着用材を製し、これに参考例3で得たニューカッスル病ウイルスを256単位を含む培養液の遠心上清を用いてニューカッスル病の吸着度合を調べた。
【0071】
結果は、表2に示すとおりである。
【表2】

【0072】
<結果>
本発明の吸着用材では、256単位のニューカッスル病ウイルスHAinすべてが吸着された。しかし、PVAでホルマリン固定化赤血球を付着させた比較例1では25%のニューカッスル病ウイルスHAinが吸着されることなく液中に残存した。さらに、ニューカッスル病ウイルスのレセプターを破壊した固定化赤血球を用いた比較例2では、ニューカッスル病ウイルスHAinは全く吸着されていなかった。
【0073】
参考例1
<レセプター破壊ホルマリン固定化ニワトリ赤血球の調製>
ホルマリン固定化赤血球表面のレセプター破壊には、インフルエンザウイルスの血清学的診断の障害となる血清中の非特異的血球凝集素抑制物質を除去するために使用する、コレラ菌の培養ろ液を凍結乾燥したRDEの市販品を使用した。先ず、使用説明書に従って、RDE粉末を20mLの生理的食塩水に溶解した。次いで、実施例1(1)で得られた1年室温保存のホルマリン固定化凍結乾燥ニワトリ赤血球を含む小瓶の赤血球懸濁液の容量が2.0mLになるようにPBSを添加した。(固定化赤血球が6.5×1010個/2.0mLに相当)。
【0074】
該赤血球の破壊には、上記RDE溶解液の4mLに、上記凍結乾燥から再懸濁下固定化赤血球を2×10個/mLとなるようにPBSで希釈して懸濁させ、37℃に12時間放置し、RDEを作用させることによってレセプターを破壊した。
【0075】
次いで、該レセプター(−)固定化赤血球を−PBSで3回遠心洗浄(3000rpm、5分間)を繰り返した後、その沈下赤血球を128単位のインフルエンザウイルスを含む組織培養液の遠心上清(3000rpm、5分間)の4mLに懸濁させ、これを4℃に1時間放置してから、遠心上清(3000rpm 5分間)についてHA価を測定し、該(−)レセプター赤血球によるインフルエンザウイルス粒子対する吸着の有無とその程度を調べた。
【0076】
他方、レセプター(+)の固定化赤血球の場合は、一連の実験段階において、RDE不含のPBSを使用した以外は、レセプター(−)固定化赤血球の場合と同様に処理、操作して、HA価を測定した。これら両者、レセプター(−)および(+)のHAin吸着能に対する比較結果を下記の表3に示した。
【0077】
【表3】

【0078】
ホルマリン固定化ニワトリ赤血球によるインフルエンザウイルス吸着試験では、レセプター(−)固定化赤血球群において、もとのHA価の128単位がそのまま残存しており、ウイルス粒子に対する吸着能を完全に欠如している。これに反し、レセプター(+)固定化赤血球では、レセプターによって128単位のインフルエンザウイルスが完全に吸着されていた。
【0079】
参考例2<インフルエンザウイルスの組織培養>
(a)使用インフルエンザウイルス株
使用インフルエンザウイルス株として、元国立予防衛生研究所から分与されたA型PR8株を使用した。このPR8株はインフルエンザウイルスの基準種で、1934年にT。フランシス・Jrがプエルトリコでの流行時に患者から分離したA/PR8/34/(H1N1)型である。
【0080】
A型PR8株の種ウイルスは、孵化10日目のニワトリ胚漿尿腔液接種とニワトリ漿尿膜の細切片による培養(メイトランド法、山口医学第9巻、第5号、1490〜1510頁(昭和35年9月))にて累代継代培養して保持するとともに、小試験管に分注して、−40℃以下の超低温下に、凍結保存したものを用いた。
【0081】
(b)インフルエンザウイルスの組織培養
培養液は、ハンクス(Hanks)液に、56℃、30分間加温して非働性にした健康馬血清を3%の割合で加え、これにペニシリンとストレプトマイシンをそれぞれ1mL当たり100単位及び100μgになるように加えたものを使用した。インフルエンザウイルスの培養組織としては、孵化11日のニワトリ胚漿尿膜(CAM)の細切組織を使用した。CAMを取り出し、ハンクス液で3回洗浄した後、鋏で約1mmの大きさに細切した。この組織片にハンクス液を加えて5分間静置し、上清液を捨てた。この操作を3回繰り返して混在する血球及び組織の極微細片を除去した後スピッツグラスに入れ、1000rpmで1分間遠心分離して沈降物を得た。この沈降物に等量のハンクス液を加えた懸濁液を培養瓶(内容積20mLの丸形ワクチン瓶)に1滴ずつ滴下して培養組織とし、これに培養液を2mLずつ分注して、組織培養系を成立させた。
【0082】
(c)インフルエンザウイルス液の感染価測定法
インフルエンザウイルス感染価の測定は、上記(b)のニワトリ胚漿尿膜(CAM)の細切片の懸濁培養法(メイトランド法)を用いた。すなわち、培養瓶に培養液を1.8mLずつ分注し、これに細切漿尿膜を1滴ずつ滴下した組織培養システムに、ハンクス液を用いて10進法で階段希釈したウイルスの各希釈液を0.2mLずつおのおの2本の培養瓶に接種し、37℃で培養した。培養開始3日後に培養液の遠心上清について赤血球凝集反応を行い、HA陽性を示す最高希釈度(log)を求め、2本の培養瓶内上清がHA陽性を示す価をTCLD100とした。
【0083】
参考例3<ニューカッスル病ウイルス(NDVウイルスの組織培養)>
(a)使用ニューカッスル病ウイルス株
ニューカッスル病ウイルスとして、元国立予防衛生研究所から分与された「東京株」を用いた。この第二次世界大戦直後に東京で分離されたlentogenic型である。
(財団法人、京都パスツゥール研究所報告(2);1988年3月 41頁)
【0084】
東京株の種ウイルスは、孵化10日目のニワトリ胚漿尿腔液接種とニワトリ漿尿膜の細切片による培養(メイトランド法、山口医学第9巻、第5号、1490〜1510頁(昭和35年9月))にて累代継代培養して保持するとともに、小試験管に分注して、−40℃以下の超低温下に、凍結保存したものを用いた。
【0085】
また、ニューカッスル病ウイルスの培養および感染価測定は、インフルエンザにおける方法と同様の方法によって実施した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウイルス吸着能を有するホルマリン固定化赤血球と繊維格子材とを含み、前記固定化赤血球が、乾燥状態で、前記繊維格子材に封入されてなることを特徴とするウイルス吸着用材。
【請求項2】
繊維格子材が、絹または木綿繊維からなる繊維格子材であることを特徴とする請求項1記載のウイルス吸着用材。
【請求項3】
ウイルスがインフルエンザウイルスまたはニューカッスル病ウイルスのいずれかであり、ウイルス吸着能を有するホルマリン固定化赤血球が、ホルマリンで固定化されたニワトリ赤血球であり、繊維格子材が絹または木綿のガーゼまたは布であることを特徴とする請求項1または2に記載のウイルス吸着用材。

【公開番号】特開2011−193789(P2011−193789A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−63714(P2010−63714)
【出願日】平成22年3月19日(2010.3.19)
【出願人】(506200212)
【出願人】(510078023)
【Fターム(参考)】