説明

ウコンノメイガの性フェロモン物質及びこれを含む誘引剤

【課題】ウコンノメイガの発生状況を把握するのに有効な性フェロモン物質及びこれを有効成分とする誘引剤を提供する。
【解決手段】(E)−10−ヘキサデセナールと(Z)−10−ヘキサデセナールとを95:5から75:25(質量比)の割合で含むウコンノメイガの性フェロモン物質、及びこの性フェロモン物質を含むウコンノメイガの誘引剤を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大豆の重要害虫であるウコンノメイガ(学名:Pleuroptya ruralis)の性フェロモン物質及びこれを利用して各種昆虫捕獲トラップに誘引することにより、その産卵時期を予測して適期防除を行うことのできるウコンノメイガの誘引剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ウコンノメイガは、日本列島を含む極東地域及び東南アジアからインド、ヨーロッパにかけて分布し、日本では大豆の葉を加害する重要害虫である。本種は年2回発生し、秋から翌年6月までは山麓のアカソやカラムシ群落に生息するが、夏世代は平地の大豆畑へ移動しこれを加害する。そのため、大豆における本種の被害低減には、大豆圃場への侵入時期や侵入量の予測等のいわゆる発生予察が非常に重要となってくる。侵入した時期を見誤り防除が遅れると、全葉が食い尽くされるほどの被害を受けるケースも稀ではない。
【0003】
ウコンノメイガの防除適期を予測する方法としては、飛来した成虫を捕虫網で捕獲しその捕獲数の変動を調査する方法(非特許文献1)や、発生初期の被害葉率を調べる方法(非特許文献2)が考案されている。
しかし、どちらも膨大な労力がかかるため、公的なサービスとして一部実施されてはいるが、一般にはほとんど行われていない。
【0004】
蛾類の発生予察には、フェロモントラップが広く利用されている。しかし、ウコンノメイガの性フェロモン物質及び性誘引物質に関する知見は全く無く、本害虫の発生予察にフェロモントラップを用いることが出来なかった。従って、一般的な大豆栽培においては、発生の多寡にかかわり無く予防的に殺虫剤が散布され、農薬が過剰に使用されているという問題点があった。
【非特許文献1】富山県農業試験場研究報告 第16号:27〜33
【非特許文献2】平成16年度 関東東海北陸農業研究成果情報 北陸・生産環境部会 「ダイス葉に対するウコンメイガの化学と収量の関係」
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記事情に鑑みなされたものであり、ウコンノメイガの発生状況を把握するのに有効な性フェロモン物質及びこれを有効成分とする誘引剤を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題の解決のため、最初に本種の性フェロモン物質を生きたメスより抽出し、GC−EAD(ガスクロマトグラフィック−エレクトロアンテノグラフィック・デテクション)やGC−MSの機器分析により、(E)−10−ヘキサデセナール(以下、「E10−HDAL」とも略す。)と(Z)−10−ヘキサデセナール(以下、「Z10−HDAL」とも略す。)の2成分を同定した。次に、その結果に基づき誘引源を作成しフェロモントラップに装着させ野外での誘引数を調査したところ、上記2成分の混合物でその混合割合が95:5から75:25(質量比)である場合に、本種の雄成虫を特異的に誘引し、ウコンノメイガの発生予察が可能となることを見出し、本発明を完成するに至ったものである。
すなわち、E10−HDALとZ10−HDALとを95:5から75:25(質量比)の割合で含むウコンノメイガの性フェロモン物質を提供し、このウコンノメイガの性フェロモン物質を含むウコンノメイガの誘引剤を提供する。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、ウコンノメイガの雄成虫を特異的に誘引し、発生状況を知るのに有効な誘引剤を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
ウコンノメイガの性フェロモン物質である(E)−10−ヘキサデセナールと(Z)−10−ヘキサデセナールは、公知の方法により製造することができる。また、(E)−10−ヘキサデセナールと(Z)−10−ヘキサデセナールとの混合割合は、95:5から75:25(質量比)、特に90:10から80:20(質量比)である。この範囲を外れると、ウコンノメイガの誘引ができなくなる。
【0009】
本発明のウコンノメイガの性フェロモン物質を含む誘引剤には、ブチルヒドロキシトルエン、ブチルヒドロキシアニソール、ハイドロキノン、ビタミンE等の抗酸化剤や2−ヒドロキシー4−オクトキシベンゾフェノン等の紫外線吸収剤を添加しても良い。例えばE10−HDALとZ10−HDALとの合計量に対して、抗酸化剤は1〜5質量%であり、紫外線吸収剤は1〜5質量%である。
【0010】
本発明の誘引剤は、有効成分の一定量の放出を長期間にわたり持続させるために、ゴム、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン−酢酸ビニル共重合体、ポリ塩化ビニル等の放出量制御機能を有する物資からなるキャップ、細管、ラミネート製の袋、カプセル等の容器に充填して用いられる。
容器内に担持される性フェロモン物質量は、0.001mg〜10mgの範囲が好ましい。
【実施例】
【0011】
以下に実施例及び比較例を示して、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
<活性成分の同定>
富山農業試験場において採集したウコンノメイガを実験室で成虫まで育て、その雌成虫から性フェロモン腺を顕微鏡下で摘出し、n−ヘキサンに浸漬した。そして、抽出液から虫体組織をろ過により取り除いたものを粗抽出液とした。
粗抽出液のGC−EADチャートを図1に示す。
粗抽出液中には、雄触角が明瞭に応答する成分が見出された。この活性成分はGC−MSの保持時間とマススペクトラムから炭素数16のモノエン−アルデヒドと推測された。
次に、粗抽出液をシリカゲルクロマトでさらに精製し、これらを合成性フェロモンのGC−EAD及びGC−MSの反応パターンと比較した。その結果、雌性フェロモン腺に存在し、EAG反応を引き起こす成分は、E10−HDALとZ10−HDALの混合物であり、その混合比は84:16であることが分かった。
【0012】
<粘着型トラップ>
粘着型トラップは、図2に示すように、屋根と底板からなり、虫の侵入口が狭く作られている。そして、底板上面に粘着物質が貼付され、粘着面に誘引剤を直に載せて使用する。つまり、誘引剤に近づいて来た虫のみを捕獲する構造となっており、対象外の虫の飛び込みをできるだけ排除する構造となっている。また、大豆の背丈とほぼ同じ1.5mの位置に取り付けた。
【0013】
実施例1〜5、比較例1〜2
E10−HDALとZ10−HDALの2種類の合成化合物を所定の割合で混合し、これらの合計質量に対して2.0質量%となるブチルヒドロキシトルエンを添加した。そして、これらの混合物は、E10−HDALとZ10−HDALの合計質量が1mgになるように、それぞれイソプレンより成るゴムキャップに担持したものを実施例1〜5の誘引剤とした。また、E10−HDALに対して同様にブチルヒドロキシトルエンを添加してゴムキャップに担持したものを比較例1とし、E10−HDAL、Z10−HDAL、及びブチルヒドロキシトルエンも含まないイソプレン製ゴムキャップを比較例2の誘引剤とした。誘引剤は一晩放置後、白色粘着型トラップに取り付けた。
各誘引剤がセットされた粘着型トラップを、大豆圃場に10m間隔、地上1.5の高さに設置した。それぞれのトラップに捕獲されたウコンノメイガ雄成虫数を毎日数え、調査は2ヶ月間継続した。その結果を表1に示す。
【0014】
【表1】

【0015】
表1に示した圃場は、当時、ウコンノメイガの発生が非常に少なかったにもかかわらず、実施例1〜5には誘引が認められ、特にメスが放出している84:16に最も多く誘引された。一方、比較例1〜2の誘引剤には一頭も誘引されなかった。
実験に使用した粘着型トラップは、ウコンノメイガが侵入しづらく、誘引剤に近づいて来た虫のみを捕獲して対象外の虫の飛び込みをできるだけ排除する構造となっている。また、ウコンノメイガは必ず大豆の葉の裏側にとまる性質があることから(非特許文献1)、大豆の背丈とほぼ同じ1.5mの位置に取り付けられて上側(大豆の葉の表側)を向いた粘着面に静止する可能性は非常に低くいと考えられる。以上の事柄を考慮すると、実施例1〜5の誘引数は、最大で4頭、最小が1頭と少ないが、これらは偶然に捕獲されたものではなく、本発明の効果によることは明らかである
【0016】
実施例6、比較例3
E10−HDALとZ10−HDALを84:16の比率に混合した液に、これらの合計質量に対して2.0質量%となるブチルヒドロキシトルエンを添加した後、E10−HDALとZ10−HDALの合計質量で1mgとなるように、前述のゴムキャップに担持したものを実施例6の誘引剤とした。この誘引剤は、表1において最も誘引活性の高かったものでもある。また、E10−HDAL、Z10−HDAL及びブチルヒドロキシトルエンも含まないイソプレン製ゴムキャップを比較例3の誘引剤とした。これら2種類の誘引剤は、それぞれ別々の粘着型トラップに装着し、比較的発生の多い大豆圃場に約10m離して設置した。その結果を表2に示す。
【0017】
【表2】

【0018】
発生密度が高くても比較例3のトラップには一頭も誘引されなかったが、実施例6に示した誘引剤は、僅か5日間で39頭ものウコンノメイガを誘引し、非常に高い誘引効果を有することがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】ウコンノメイガの雌成虫から抽出された性フェロモン粗抽出液のGC−EADチャートを示す。
【図2】粘着型トラップを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(E)−10−ヘキサデセナールと(Z)−10−ヘキサデセナールとを95:5から75:25(質量比)の割合で含むウコンノメイガの性フェロモン物質。
【請求項2】
請求項1に記載のウコンノメイガの性フェロモン物質を含むウコンノメイガの誘引剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−18994(P2009−18994A)
【公開日】平成21年1月29日(2009.1.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−180894(P2007−180894)
【出願日】平成19年7月10日(2007.7.10)
【出願人】(000002060)信越化学工業株式会社 (3,361)
【Fターム(参考)】