説明

ウメの不定胚誘導法

【課題】迅速かつ簡単に、突然変異体を生じることなく、増殖能力を備えた不定胚を形成する、ウメの不定胚誘導法を提供する。
【解決手段】この発明にかかるウメ不定胚の誘導方法は、未熟子葉切片を作成し、この未熟子葉切片をオーキシンと、サイトカイニンと、ソルビトールとを含むWP寒天培地に置床して培養するものである。なお、オーキシンとサイトカイニンの濃度は実質的に同じであるのが好ましく、オーキシンとしては2,4−ジクロロフェノキシ酢酸(2,4−D)、サイトカイニンとしてはベンジルアデニン(BA)を使用するのが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ウメの不定胚誘導法に関し、特にカルス形成を経由することなく、外植片上に直接不定胚を誘導するウメの不定胚誘導法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ウメなどのサクラ属果樹類の繁殖は、品種の形質(特長)を安定させ、収穫までの期間を短縮するため、結実した種子から行う(種子繁殖)のではなく、接ぎ木(栄養繁殖)によって行うのが一般的である。なお、接ぎ木とは、有用形質を持った親の枝(穂木)を近縁種の台木に接着・再生させて新たな個体を得る繁殖方法である。
【0003】
ところで、接ぎ木においては、使用する台木により耐干性・耐水性・耐凍性等の各種形質が左右されることが一般的に知られており、サクラ属果樹類においても、台木の選択によって果実の生産性やその品質が大きく変化することが知られている。なお、現在使用されている台木の多くは実生台木であり、遺伝的な性質が不揃いなため、優れた台木を見分けるのは難しかった。
【0004】
そのため、以前から優れた性質を備えた台木を開発することが試みられてはいる。しかし、サクラ属果樹類には、台木として利用できる大きさまで成長するのに長い時間がかり、上記のように、種子繁殖では品種の形質が安定しにくいため、一般的な交雑育種を利用することは困難である。そこで、従来から、育種を効率化することを目的として、組織培養や遺伝子導入などのバイオテクノロジー技術を利用した研究がなされている。
【0005】
ところで、サクラ属果樹類は、果樹の中ではゲノムサイズが小さく、また幼木期が短いため、遺伝解析が比較的容易である。しかし、サクラ属果樹類の組織培養からの再分化は困難であり、これが形質転換を行う上での障壁となっている。
【0006】
このことはウメに関しても当てはまり、ウメについてはこれまで充分効率的な再分化系は確立されておらず、形質転換の成功例も報告されていない。なお、現在までに報告されているウメの再分化系としては、ウメ「紅サシ」の未熟子葉からの再分化系が挙げられるが、この再分化系では未熟子葉上にいったんカルスを誘導させ、そのカルスを組成の異なる培地に植え替えることにより、不定芽を誘導させたものである(非特許文献1を参照。)。
【0007】
しかし、上記の再分化系は、組成の異なる培地に植え替えるため、不定芽を形成させるまでに時間と手間がかかり、カルス形成を経由しているため突然変異体が生じやすいという問題点があった。また、不定芽は不定胚とは異なり増殖能力を備えておらず、台木の生産には利用できないとの問題点もあった。
【非特許文献1】中川文雄ら 「ウメ未熟子葉由来カルスからの不定芽形成」 園芸学会雑誌 第63巻 別冊1 1994年 p88−89
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、この発明は、迅速かつ簡単に、突然変異体を生じることなく、増殖能力を備えた不定胚を形成する、ウメの不定胚誘導法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この発明にかかるウメ不定胚の誘導法は、未熟子葉切片を作成し、この未熟子葉切片をオーキシンと、サイトカイニンと、ソルビトールとを含むWP寒天培地に置床して培養するものである。なお、オーキシンとサイトカイニンの濃度実質的に同じであるのが好ましく、オーキシンとしては2,4−ジクロロフェノキシ酢酸(2,4−D)、サイトカイニンとしてはベンジルアデニン(BA)を使用するのが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
この発明により、ウメでは初めて不定胚を誘導させることができた。また、この不定胚は、前記の不定芽とは異なって増殖が可能である。そのため、今後の研究によって、この不定胚を効率よく増殖させることができるようになれば、この不定胚を用いてウメの形質転換も行えるようになり、将来的には、形質転換により優良な形質をもったウメのクローン台木を大量に得ることができるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
この発明のウメの不定胚誘導法は、ウメの未熟果実をエタノールで滅菌し、滅菌したメス、ピンセット等で果実中の種子から胚を摘出し、この胚の子葉をWP寒天培地に置床して培養することにより、カルスを経由させずに直接子葉表面に不定胚を誘導するものである。そこで、以下にこの発明の内容について詳説する。
【0012】
(使用する未熟子葉)
未熟子葉を採取する果実としては未熟果実であり、具体的には、開花後85日以内に採取された未熟果実であり、好ましくは70日以内、さらに好ましくは60日以内であるほうがよい。なお、ウメの品種としては、市場において取引されている品種、例えば、「紅サシ」、「古城」など通常栽培されている品種であれば特にこだわることなく使用できるが、穂木との親和性や果実の商品力を考えると、「南高」が好ましい。
【0013】
(培地の組成)
使用する培地は有機、無機の栄養分を含んだWP寒天培地に糖分としてソルビトール1〜10重量%、好ましくは2〜4%を添加し、さらに植物ホルモンとしてオーキシン及びサイトカイニンをそれぞれ0.2〜4μMずつ添加したものである。また、植物ホルモンの濃度は実質的に同じであることが好ましい。これは、サイトカイニンの濃度に比べてオーキシンの濃度が高い場合にはカルス形成する傾向が強く、細胞核中の染色体数がカルスを経由すると遺伝的な安定性に欠け、不定胚の培養によって得られる再生植物体に奇形が生じる不具合があり、反対に、オーキシンの濃度に比べてサイトカイニンの濃度が高い場合は、褐変する傾向が強くなるという不具合があるためである。
【0014】
また、オーキシンとしては、インドール−3−酪酸、インドール酢酸、2,4−D、ナフタレン酪酸などの市販のものであれば特に制限なく使用することができるが、なかでも2,4−Dが好ましい。さらに、サイトカイニンとしては、BA、フォルクロルフェニュロンなどの市販のものであれば特に制限なく使用することができるが、なかでもBAが好ましい。
【0015】
(培養方法)
以上の方法で調整した培地に子葉を置床して、温度は25℃前後、飽和水蒸気量に対する湿度が70%、暗黒に調製した環境で静置培養すると、約40日後に子葉の表面に突起状の隆起が見られるようになり、2ヶ月後には1子葉当り約5〜10個の不定胚が誘導された。
【0016】
(不定胚からの誘導)
このようにして作られた不定胚からは、他の植物の不定胚と同様の方法により、再生植物体を得ることが予測できるし、増殖用培地に移して培養すれば、大量の二次不定胚を誘導することも予測できる。
【実施例1】
【0017】
(未熟子葉からの不定胚形成)
2004年5月6日(開花後約80日)、13日、24日に採取(開花日:2月15日)した「南高」(以下N1、N2、N3)の未熟果実を70%エタノールに15分間浸漬し、滅菌水で3回洗浄した。この果実中の種子から無菌的に胚を摘出し、子葉を縦4つに切断して培養材料(未熟子葉切片)とした。
【0018】
この培養材料を、ショ糖3重量%又はソルビトール3重量%を含み、2,4−D 1μM及びBA 1μMを加えたMS又はWP基本培地(成分は表1を参照。)からなる4種類の0.7%寒天培地(A〜D、表2を参照。) に置床して、暗所25℃で培養した。なお、培養容器にはプラスチックシャーレ(90×20mm)を使用し、各区100果実ずつとなるよう、1シャーレに1種子由来の4つの子葉切片を置床した。
【0019】
【表1】

【0020】
【表2】

【0021】
置床60日後に不定胚形成率を調査した。その結果を表2に示す。その結果、不定胚(図1を参照。)の形成率はN1のD区で高かった(27.8%)が、それ以外ではほとんど認められなかった(0〜2.6%)。また、全ての実験区でカルス形成が認められ、特にB区でカルス形成率が高かった(データは省略する。)。
【0022】
このように、ウメ未熟子葉を同じ濃度のオーキシン、サイトカイニンを含有するとともに、糖分としてソルビトールを含有するWP培地を使用することにより、30%近くの確率で不定胚を形成することが確認できた。また、培養条件が同じならば、開花してから未熟子葉をWP培地に置床するまでの時間が短いほど、不定胚の形成率が高いことが確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】子葉上に形成された不定胚を示す写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウメの未熟果実から胚を摘出して未熟子葉切片を作成し、この未熟子葉切片をオーキシンと、サイトカイニンと、ソルビトールとを含むWP寒天培地に置床して培養するウメの不定胚誘導法。
【請求項2】
オーキシンの濃度とサイトカイニンの濃度が実質的に同じである請求項1に記載のウメの不定胚誘導法。
【請求項3】
オーキシンが2,4−ジクロロフェノキシ酢酸であり、サイトカイニンがベンジルアデニンである請求項1又は2に記載のウメの不定胚誘導法。

【図1】
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