説明

エステルの製造方法

【課題】ファインケミカル中間体及び半導体レジストポリマーの中間体等として使用できるエステル類の工業的製造方法の提供。
【解決手段】原料エステルと原料アルコールとのエステル交換反応によりエステル類を製造する方法において、触媒として鉄のβ−ジケトン錯体を用いることを特徴とする。該鉄のβ−ジケトン錯体は、下記一般式(1)で表される化合物が使用できる。


(式(1)中、R1、R3は、同一又は異なって、置換基を有していてもよい炭化水素基を示し、R2は水素原子又は置換基を有していてもよい炭化水素基を示す。R1、R2、R3は、それぞれ互いに結合して環を形成していてもよく、高分子鎖に結合していてもよい。Lはm価のアニオン又は配位子を示す。m、nは、それぞれ0以上の整数、pは1以上の整数、qは0以上の整数を示す)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医薬、農薬、高分子材料、機能材料、電子材料などのファインケミカル中間体及び半導体レジストポリマーの中間体等として有用なエステル類、とりわけ(メタ)アクリル酸エステル類の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、カルボン酸やその誘導体からのエステルの製造方法としては、カルボン酸とアルコールとを脱水縮合させる方法、酸ハライドまたは酸無水物とアルコールとを反応させる方法が知られている。しかし、脱水縮合法は、触媒として酸を用いる場合には、系が酸性となるため、酸に敏感な化合物には適用できない。一方、カルルボジイミド等の縮合剤を用いる場合には、系は中性となるが、縮合剤が高価なため、工業的な実施の場合には不利となる。また、酸ハライドまたは酸無水物法においては、ハロゲン酸、カルボン酸やその塩が副生する。従って、酸や塩基に敏感な化合物に対してはやはり適用が困難である。
【0003】
これらの課題を解決するため、系が比較的中性に近いエステル交換法は有効である。エステル交換反応においては、硫酸、パラトルエンスルホン酸等の酸や、アルカリ金属アルコキシドのような塩基を使用する場合もあるが、この場合には先の方法と同様、酸または塩基に敏感な化合物には適用できない。代表的な中性に近い触媒は、チタンテトラアルコキシド、例えばチタンテトライソプロポキシドである。しかし、この触媒は、水分の影響を受けて失活し易いため、未だ改善の余地がある。
【0004】
この欠点を克服するために、いくつかの技術が提案されている。例えば、エステル交換反応触媒として、ジルコニウムのβ−ジケトンキレート化合物、カルシウムのβ−ジケトンキレート化合物、ハフニウムのβ−ジケトンキレート化合物が有効であることが報告されている(特許文献1〜3参照)。しかし、ジルコニウムやハフニウムは、比較的高価な金属種であり、工業スケールでの実施に有利な方法とは言い難い。また、カルシウムは塩基性であるため、塩基に敏感な化合物には適用できない。
【0005】
一方、特許文献4、特許文献5には、スズまたはチタンを含む化合物を触媒として用いて、また、特許文献6には、生体触媒を用いて、エステル交換法により(メタ)アクリル酸エステルを製造する方法が開示されている。これらの方法により、例えば、(メタ)アクリル酸エステルと4−ヒドロキシ−ジヒドロフラン−2−オンから5−オキソオキソラン−3−イル=(メタ)アクリレートを製造することができる。しかしながら、スズまたはチタンを含む化合物は水に敏感であることの課題が解決されていない。生体触媒は、水に対して安定だが、入手が必ずしも容易とはいえず、工業的な実施に対して有利とはいえない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特公昭59−38935号公報
【特許文献2】特公昭60−3293号公報
【特許文献3】特開平4−217641号公報
【特許文献4】特開2001−247513号公報
【特許文献5】特許3989265号公報
【特許文献6】国際公開第03/025194号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、医薬、農薬、高分子材料、機能材料、電子材料などのファインケミカル中間体及び半導体レジストポリマーの中間体等として有用なエステル類、とりわけ(メタ)アクリル酸エステル類を工業的に効率よく製造できる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成するため鋭意検討した結果、鉄のβ−ジケトン錯体がエステル交換反応、とりわけ(メタ)アクリル酸エステルを原料とするエステル交換反応の触媒として極めて優れていることを見出した。本発明はこれらの知見に基づき、さらに研究を重ねて完成したものである。
【0009】
すなわち、本発明は、原料エステルと原料アルコールとのエステル交換反応によりエステルを製造する方法において、触媒として鉄のβ−ジケトン錯体を用いることを特徴とするエステルの製造方法を提供する。
【0010】
前記鉄のβ−ジケトン錯体として、下記式(1)
【化1】

(式中、R1、R3は、同一又は異なって、置換基を有していてもよい炭化水素基を示し、R2は水素原子又は置換基を有していてもよい炭化水素基を示す。R1、R2、R3は、それぞれ互いに結合して環を形成していてもよく、高分子鎖に結合していてもよい。Lはm価のアニオン又は配位子を示す。m、nは、それぞれ0以上の整数、pは1以上の整数、qは0以上の整数を示す。p、qがそれぞれ2以上の場合、複数個の括弧内の化合物又はイオンは、それぞれ同一であっても異なっていてもよい)
で表される化合物を使用できる。鉄のβ−ジケトン錯体としては、鉄の2,4−ペンタンジオン錯体が好ましい。
【0011】
前記製造方法において、原料エステルとして(メタ)アクリル酸エステルを用いて、原料アルコールに対応する(メタ)アクリル酸エステルを製造してもよい。また、原料アルコールとして環式骨格を有するアルコールを用いて、環式骨格を有するエステルを製造してもよい。
【0012】
また、(メタ)アクリル酸エステルと4−ヒドロキシ−ジヒドロフラン−2−オンとを反応させて、5−オキソオキソラン−3−イル=(メタ)アクリレートを製造してもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、触媒として鉄のβ−ジケトン錯体を用いるため、酸または塩基に敏感な化合物に対しても適用できるとともに、水により失活しにくいため、広範なエステルを簡便な装置を用いて効率よく製造することができる。また、触媒が安価で入手容易であるため、エステルを工業スケールで製造するのに極めて有利である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、原料エステルと原料アルコールとのエステル交換反応により目的のエステルを製造する方法において、触媒として鉄のβ−ジケトン錯体を用いることを特徴とする。
エステル交換反応は下記式(2)で示される。
aCOORb+RcOH→RaCOORc+RbOH (2)
上記式(2)において、RaCOORbは原料エステル、RcOHは原料アルコール、RaCOORcは目的エステル、RbOHは副生アルコールを示す。Raは水素原子又は有機基(炭化水素基、複素環式基、これらが2以上結合した基等)を示す。Rb、Rcは、隣接する酸素原子との結合部位に炭素原子を有する有機基(炭化水素基、複素環式基、これらが2以上結合した基等)を示す。
【0015】
[原料エステル]
本発明において、原料として用いられるエステルとして、カルボン酸部位[上記式(2)におけるRaCOに相当]が目的化合物であるエステルのカルボン酸部位と同一であるカルボン酸エステルを使用する。
【0016】
カルボン酸エステルのカルボン酸部位の炭素数は、例えば、1〜30、好ましくは1〜20、さらに好ましくは3〜20(例えば3〜10)程度である。カルボン酸エステルのアルコール部位の炭素数としては、当該カルボン酸エステルの入手容易性、エステル交換反応後の副生アルコールの分離容易性等の点から、1〜8(特に1〜4)程度であるのが好ましい。また、エステル交換により副生するアルコール(原料エステルのアルコール部位に相当するアルコール)は、分離容易性の観点から、原料アルコールよりも低沸点又は低分子量であるのが望ましい。カルボン酸エステル全体の炭素数は、例えば、2〜40、好ましくは2〜25、さらに好ましくは4〜20(例えば4〜15)程度である。
【0017】
カルボン酸エステルには、脂肪族カルボン酸エステル、脂環式カルボン酸エステル、芳香族カルボン酸エステル、複素環カルボン酸エステル等が含まれる。カルボン酸エステルはモノカルボン酸エステルであってもよく、ジカルボン酸エステル等の多価カルボン酸エステルであってもよい。
【0018】
脂肪族カルボン酸エステルとしては、例えば、ギ酸エステル、酢酸エステル、プロピオン酸エステル、酪酸エステル、イソ酪酸エステル、ペンタン酸エステル、ヘキサン酸エステル、ヘプタン酸エステル、オクタン酸エステル、デカン酸エステル、ドデカン酸エステル、テトラデカン酸エステル、ヘキサデカン酸エステル、オクタデカン酸エステル、シュウ酸ジエステル、マロン酸ジエステル、コハク酸ジエステル、グルタル酸ジエステル、アジピン酸ジエステル、スベリン酸ジエステル、セバシン酸ジエステル等の炭素数1〜40程度の飽和脂肪族カルボン酸のエステル;アクリル酸エステル、メタクリル酸エステル、クロトン酸エステル、オレイン酸エステル、マレイン酸ジエステル、フマル酸ジエステル等の炭素数3〜40程度の不飽和脂肪族カルボン酸のエステルなどが挙げられる。
【0019】
脂環式カルボン酸エステルとしては、例えば、シクロペンタンカルボン酸エステル、シクロヘキサンカルボン酸エステル、アダマンタンカルボン酸エステル等の炭素数4〜40程度の脂環式カルボン酸のエステルなどが挙げられる。
【0020】
芳香族カルボン酸エステルとしては、例えば、安息香酸エステル、トルイル酸エステル、p−クロロ安息香酸エステル、p−メトキシ安息香酸エステル、フタル酸ジエステル、イソフタル酸ジエステル、テレフタル酸ジエステル、桂皮酸エステルなどの炭素数7〜40程度の芳香族カルボン酸のエステルなどが挙げられる。
【0021】
複素環カルボン酸エステルとしては、ニコチン酸エステル、イソニコチン酸エステル、フランカルボン酸エステル、チオフェンカルボン酸エステルなどの窒素原子、酸素原子及び硫黄原子から選択された少なくとも1種の複素原子を含む複素環を有する炭素数4〜40程度の複素環カルボン酸エステルなどが挙げられる。
【0022】
本発明は、原料エステルとして、カルボン酸部位にエチレン性二重結合を有する不飽和カルボン酸エステル、とりわけ(メタ)アクリル酸エステルを用いる場合に特に有用である。
【0023】
原料として用いるカルボン酸エステルのアルコール部位[上記式(2)におけるORbに相当]は特に限定されない。例えば、カルボン酸エステルとして、メチルエステル、エチルエステル、プロピルエステル、イソプロピルエステル、ブチルエステル、イソブチルエステル、s−ブチルエステル、t−ブチルエステル、アミルエステル、イソアミルエステル、t−アミルエステル、ヘキシルエステル、オクチルエステル等アルキルエステル;ビニルエステル、アリルエステル、イソプロペニルエステル等のアルケニルエステル;シクロペンチルエステル、シクロヘキシルエステル等のシクロアルキルエステル;フェニルエステル等のアリールエステル;ベンジルエステル等のアラルキルエステルなどが挙げられる。
【0024】
カルボン酸エステルとしては、炭素数1〜8(特に1〜4)の直鎖状又は分岐鎖状のアルキルエステル、及び炭素数2〜8(特に2〜4)の直鎖状又は分岐鎖状のアルケニルエステルが好ましい。
【0025】
本発明において、原料エステルとして、特に、不飽和カルボン酸C1-8アルキルエステル又はC2-8アルケニルエステルが好ましく、なかでも、(メタ)アクリル酸C1-8アルキルエステル又はC2-8アルケニルエステルが好ましい。
【0026】
[原料アルコール]
本発明において、原料として用いられるアルコールとしては、特に限定されず、広範なアルコールを使用でき、第1級アルコール、第2級アルコール、第3級アルコールのいずれであってもよい。また、原料アルコールは1価アルコール、2価アルコール、3価以上の多価アルコールのいずれであってもよい。原料アルコールとして、嵩高い基を有するアルコール、例えば環式骨格を有するアルコールや第3級アルコールを用いても、反応は円滑に進行する。原料アルコールの炭素数は、例えば、2〜30、好ましくは3〜25、さらに好ましくは4〜20程度である。
【0027】
原料アルコールは、炭素骨格に、水酸基以外の置換基(官能基)を有していてもよい。該置換基としては、反応を損なわないものであればよく、例えば、ハロゲン原子(臭素、塩素、フッ素原子など)、アルコキシ基(メトキシ、エトキシ、プロポキシ基等のC1-10アルコキシ基など)、保護基で保護されたヒドロキシル基、メルカプト基、アルキルチオ基(メチルチオ、エチルチオ、プロピルチオ基等のC1-10アルキルチオ基など)、アルコキシカルボニル基(メトキシカルボニル、エトキシカルボニル、プロポキシカルボニル基等のC1-10アルコキシ−カルボニル基など)、アシル基(アセチル、プロピオニル基等のC1-10アシル基など)、置換又は無置換アミノ基(アミノ基;メチルアミノ、ジメチルアミノ、エチルアミノ、ジエチルアミノ、プロピルアミノ、ジプロピルアミノ基等のモノ又はジC1-6アルキル置換アミノ基;1−ピロリジニル、ピペリジノ、モルホリノ基等の環状アミノ基など)、保護基で保護されたアミノ基、カルボキシル基、シアノ基、ニトロ基、スルホン酸基、スルホン酸エステル基などが挙げられる。前記保護基で保護されたヒドロキシル基における保護基としては、有機合成の分野で慣用の保護基、例えば、アラルキル基(例えば、ベンジル基など)、置換メチル基(例えば、メトキシメチル、メトキシチオメチル、ベンジルオキシメチル、t−ブトキシメチル、2−メトキシエトキシメチル基など)、置換エチル基(例えば、1−エトキシエチル、1−メチル−1−メトキシエチルなど)、アシル基(例えば、ホルミル、アセチル、プロピオニル、ブチリル、イソブチリル、バレリル、ピバロイル基などのC1-6脂肪族アシル基;アセトアセチル基;ベンゾイル、ナフトイル基などの芳香族アシル基など)、アルコキシカルボニル基(例えば、メトキシカルボニル、エトキシカルボニル、t−ブトキシカルボニル基などのC1-4アルコキシカルボニル基など)、アラルキルオキシカルボニル基(例えば、ベンジルオキシカルボニル基、p−メトキシベンジルオキシカルボニル基など)などが例示できる。保護基で保護されたアミノ基における保護基としては、前記ヒドロキシル基の保護基として例示した、アラルキル基、アシル基、アルコキシカルボニル基、アラルキルオキシカルボニル基などが挙げられる。
【0028】
また、原料アルコールは分子内に1又は2以上の環式骨格を有していてもよい。該環式骨格を構成する「環」には、単環又は多環の非芳香族性又は芳香族性環が含まれる。単環の非芳香族性環としては、例えば、シクロペンタン環、シクロヘキサン環、シクロオクタン環、シクロデカン環などの3〜15員程度のシクロアルカン環;シクロペンテン環、シクロヘキセン環等の3〜15員程度のシクロアルケン環;オキシラン環、オキセタン環、オキソラン環(テトラヒドロフラン環)、オキサン環、オキセパン環、ピロリジン環、ピペリジン環、モルホリン環、チオラン環などの3〜15員程度の非芳香族性複素環(例えば、酸素原子、窒素原子、硫黄原子から選択された少なくとも1種のヘテロ原子を有する非芳香族性複素環等)などが挙げられる。多環の非芳香族性環としては、例えば、アダマンタン環;ノルボルナン環、ノルボルネン環、ボルナン環、イソボルナン環、トリシクロ[5.2.1.02,6]デカン環、テトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]ドデカン環等のノルボルナン環又はノルボルネン環を含む環;パーヒドロインデン環、デカリン環(パーヒドロナフタレン環)、パーヒドロフルオレン環(トリシクロ[7.4.0.03,8]トリデカン環)、パーヒドロアントラセン環などの多環の芳香族縮合環が水素添加された環(好ましくは完全水素添加された環);トリシクロ[4.2.2.12,5]ウンデカン環などの2環系、3環系、4環系などの橋架け炭素環(例えば、炭素数6〜20程度の橋架け炭素環)などが挙げられる。単環又は多環の芳香族環としては、ベンゼン環、ナフタレン環、ピリジン環、キノリン環等の芳香族性炭素環、芳香族性複素環(例えば、酸素原子、窒素原子、硫黄原子から選択された少なくとも1種のヘテロ原子を有する芳香族性複素環等)が挙げられる。
【0029】
前記環式骨格を構成する環は、オキソ基(=O)、メチル基等のアルキル基(例えば、C1-4アルキル基など)、トリフルオロメチル基などのハロアルキル基(例えば、C1-4ハロアルキル基など)、前記炭素骨格に結合していてもよい置換基として例示した基などの置換基を有していてもよい。
【0030】
原料アルコールが環式骨格を有する場合、水酸基は環式骨格を構成する環に直接結合していてもよく、連結基を介して結合していてもよい。このような連結基としては、例えば、メチレン、メチルメチレン、ジメチルメチレン、エチレン、プロピレン、トリメチレン基などの直鎖状又は分岐鎖状のアルキレン基;カルボニル基;酸素原子(エーテル結合;−O−);オキシカルボニル基(エステル結合;−COO−);アミノカルボニル基(アミド結合;−CONH−);及びこれらが複数個結合した基などが挙げられる。好ましい連結基には、直鎖状又は分岐鎖状のC1-6アルキレン基(特に、C1-3アルキレン基)等が含まれる。連結基には、例えば、前記環式骨格を構成する環が有していてもよい置換基として例示した置換基などが結合していてもよい。また、原料アルコールが複数の環式骨格を有する場合、環式骨格は単結合で結合していてもよく、上記の連結基を介して結合していてもよい。
【0031】
原料アルコールの代表的な例として、例えば、1−ブタノール、2−ブタノール、t−ブタノール、アミルアルコール、t−アミルアルコール、1−ヘキサノール、2−ヘキサノール、1−オクタノール、2−エチル−1−ヘキサノール、イソデシルアルコール、ラウリルアルコール、セチルアルコール、ステアリルアルコール、エチレングリコール、1,3−ブタンジオール、トリメチロールプロパン、ジメチルアミノエタノール、ジエチルアミノエタノール、ジプロピルアミノエタノール等の脂肪族アルコール(置換基を有するものを含む);シクロペンチルアルコール、シクロヘキシルアルコール、メチルシクロヘキシルアルコール、ジメチルシクロヘキシルアルコール、シクロヘキセニルアルコール、シクロペンチルメチルアルコール、シクロヘキシルメチルアルコール、ジシクロデシルアルコール、トリシクロデシルアルコール、1−アダマンタノール、アダマンタンメタノール、1−アダマンチル−1−メチルエチルアルコール、1−アダマンチル−1−メチルプロピルアルコール、2−メチル−2−アダマンタノール、2−エチル−2−アダマンタノール、ボルニルアルコール、イソボルニルアルコールなどの脂環を有するアルコール(脂環式アルコール);ベンジルアルコール、メチルベンジルアルコール、1−フェニルエタノール、2−フェニルエタノール等の芳香族アルコール(置換基を有するものを含む);フルフリルアルコール、テトラヒドロフルフリルアルコール、4−ヒドロキシ−ジヒドロフラン−2−オン(=β−ヒドロキシ−γ−ブチロラクトン)、4−ヒドロキシ−4−メチル−ジヒドロフラン−2−オン(=β−ヒドロキシ−β−メチル−γ−ブチロラクトン)、3−ヒドロキシ−ジヒドロフラン−2−オン(=α−ヒドロキシ−γ−ブチロラクトン)、メバロラクトン等のラクトンアルコール(ラクトン環含有アルコール)や、グリシジルアルコール等のオキシラン環含有アルコールなどの含酸素複素環アルコール;オキサゾリジニルエチルアルコール等の含窒素複素環アルコール;テニルメチルアルコールなどの含硫黄複素環アルコールなどが挙げられる。
【0032】
本発明は、上記の中でも、原料アルコールとして、従来のエステル交換法では高い収率が得られないことが多い、脂環式アルコール、含酸素複素環アルコール、含窒素複素環アルコール、含硫黄複素環アルコールなどの環式骨格を有するアルコール(特に、非芳香族性環式骨格を有するアルコール)を用いる場合に特に有用である。
【0033】
[鉄のβ−ジケトン錯体]
本発明では、触媒として、鉄のβ−ジケトン錯体を用いる。鉄のβ−ジケトン錯体として、前記式(1)で表される化合物が挙げられる。この化合物においては、鉄の原子又はイオンに対して、β−ジケトン又はそのイオンが配位又は結合している。前記式(1)中、R1、R3は、同一又は異なって、置換基を有していてもよい炭化水素基を示し、R2は水素原子又は置換基を有していてもよい炭化水素基を示す。R1、R2、R3は、それぞれ互いに結合して環を形成していてもよく、高分子鎖に結合していてもよい。Lはm価のアニオン又は配位子を示す。m、nは、それぞれ0以上の整数、pは1以上の整数、qは0以上の整数を示す。p、qがそれぞれ2以上の場合、複数個の括弧内の化合物又はイオンは、それぞれ同一であっても異なっていてもよい。
【0034】
1、R2、R3の置換基を有していてもよい炭化水素基における「炭化水素基」としては、例えば、脂肪族炭化水素基、脂環式炭化水素基、芳香族炭化水素基、これらが複数個結合した基などが挙げられる。脂肪族炭化水素基としては、例えば、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、s−ブチル、t−ブチル、ヘキシル基などのアルキル基(C1-6アルキル基等);アリル基などのアルケニル基(C2-6アルケニル基等)などが挙げられる。脂環式炭化水素基としては、例えば、シクロペンチル、シクロヘキシル基などのシクロアルキル基(3〜15員のシクロアルキル基等);シクロヘキセニル基などのシクロアルケニル基(3〜15員のシクロアルケニル基等);アダマンチル基などの橋かけ炭素環式基(炭素数6〜20程度の橋かけ炭素環式基等)などが挙げられる。芳香族炭化水素基としては、例えば、フェニル、トリル、ナフチル基等の炭素数6〜20程度の芳香族炭化水素基(アリール基)などが挙げられる。
【0035】
前記炭化水素基が有していてもよい置換基としては、例えば、フッ素、塩素、臭素原子などのハロゲン原子;メトキシ、エトキシ、プロポキシ、イソプロピルオキシ、ブトキシ、イソブチルオキシ、t−ブチルオキシ基などのアルコキシ基(C1-4アルコキシ基等);ヒドロキシ基;メトキシカルボニル、エトキシカルボニル基などのアルコキシカルボニル基(C1-4アルコキシ−カルボニル基等);アセチル、プロピオニル、ベンゾイル基などのアシル基(C1-10アシル基等);シアノ基;ニトロ基などが挙げられる。
【0036】
1、R2、R3が、それぞれ互いに結合して形成する環としては、例えば、シクロペンタン環、シクロペンテン環、シクロヘキサン環、シクロヘキセン環などの5〜15員のシクロアルカン環又はシクロアルケン環などが挙げられる。
【0037】
1、R2、R3が結合してもよい高分子鎖としては、アクリル系ポリマー鎖、オレフィン系ポリマー鎖、スチレン系ポリマー鎖、ポリエステル系ポリマー鎖、ポリアミド系ポリマー鎖、ポリカーボネート系ポリマー鎖、ポリイミド系ポリマー鎖などが挙げられる。
【0038】
1、R3としては、アルキル基(C1-6アルキル基等)、アルケニル基(C2-6アルケニル基等)、シクロアルキル基(3〜15員のシクロアルキル基等)、シクロアルケニル基(3〜15員のシクロアルケニル基等)、アリール基(C6-15アリール基等)、置換基を有するアリール基(p−メチルフェニル基、p−ヒドロキシフェニル基などの置換基を有するC6-15アリール基等)などが好ましい。R2としては、水素原子、アルキル基(C1-6アルキル基等)、アルケニル基(C2-6アルケニル基等)、シクロアルキル基(3〜15員のシクロアルキル基等)、シクロアルケニル基(3〜15員のシクロアルケニル基等)、アリール基(C6-15アリール基等)、置換基を有するアリール基(p−メチルフェニル基、p−ヒドロキシフェニル基などの置換基を有するC6-15アリール基等)などが好ましい。
【0039】
前記式(1)で表される化合物において、鉄の価数nは、0価、1価、2価、3価等のいずれであってもよいが、通常2価または3価である。鉄が2価又は3価の場合には、β−ジケトンは、対応するアニオンとして配位する。配位数は鉄の価数をnとした場合、1からnまで任意の数をとり得る。Lは任意のアニオン又は配位子であり、それ自身の価数m、及びp、nの値により配位数が変化する。
【0040】
前記Lとしては、例えば、水酸基イオン、アルコキシイオン(C1-6アルコキシイオン等)、塩素イオン、臭素イオン、ヨウ素イオン、カルボン酸イオン(酢酸イオン、プロピオン酸イオンなどのC1-15カルボン酸イオン等)などが挙げられる。これらアニオンのほか、水、溶媒、アセチルアセトン、アンモニア等が水和、溶媒和、配位する場合があり得る。
【0041】
鉄が3価の場合、β−ジケトンは1、2または3個結合できる。1個または2個の場合には、その他にLが配位する。
【0042】
鉄のβ−ジケトン錯体の代表的な例として、Fe(II)(acac)2、Fe(III)(acac)3、Fe(III)(acac)2(OH-1、Fe(III)(acac)1(OH-2などを例示できる。ここで「acac」はアセチルアセトナートを示す。
【0043】
鉄のβ−ジケトン錯体は、市販のものをそのまま、または精製して使用してもよいし、調製して使用してもよい。また、反応系中で発生させて使用することもできる。反応系中で発生させる場合には、例えば、鉄の塩化物、水酸化物とアセチルアセトン等のβ−ジケトンを添加すればよい。この際、必要に応じてアンモニア、アミン類、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の水酸化物や炭酸塩、カルボン酸塩などの塩基を添加することができる。
【0044】
触媒としての鉄のβ−ジケトン錯体の使用量は、反応成分の種類等により適宜調整することができ、例えば、原料エステル若しくは原料アルコール1モルに対して(特に、原料アルコール1モルに対して)、通常0.0001〜10モル、好ましくは0.001〜1モル、特に好ましくは0.001〜0.2モル程度である。
【0045】
[エステルの製造]
原料エステルと原料アルコールとのエステル交換反応は、溶媒の存在下又は非存在下で行うことができる。溶媒を用いない場合には、原料エステル、原料アルコール又は触媒の配位子として使用するβ−ジケトン類を溶媒量使用する場合も含む。溶媒を用いる場合、該溶媒としては、例えば、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ジブチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン、1,2−ジメトキシエタン、シクロペンチルメチルエーテル(CPME)などのエーテル系溶媒;、アセトニトリル、ベンゾニトリルなどのニトリル類;ジメチルスルホキシドなどのスルホキシド系溶媒;スルホランなどのスルホラン類;ジメチルホルムアミドなどのアミド系溶媒;ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、石油エーテルなどの飽和または不飽和脂肪族炭化水素系溶媒;ベンゼン、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素系溶媒;塩化メチレン、クロロホルム、1,2−ジクロロエタン、クロロベンゼン、ブロモベンゼンなどのハロゲン化炭化水素系溶媒;ポリエチレングリコール、シリコーンオイルなどの高沸点溶媒(沸点160℃以上の溶媒)を使用できる。これらの中で、テトラヒドロフラン、シクロペンチルメチルエーテル(CPME)などのエーテル系溶媒や、トルエンなどの芳香族炭化水素系溶媒を特に好ましく使用できる。溶媒は単独でまたは2種以上混合して使用することができる。
【0046】
溶媒の使用量は、反応成分を溶解または分散可能であり、かつ経済性などを損なわない程度の量であれば特に制限されない。例えば、反応系に供給する原料エステル若しくは原料アルコール100重量部に対して(特に、原料アルコール100重量部に対して)、通常1〜100000重量部、好ましくは1〜10000重量部程度の範囲から選択することができる。
【0047】
原料エステルの使用量は、特に制限はなく、反応性、操作性、経済的合理性等を考慮して適宜選択できる。一般に、原料エステルの使用量は、原料アルコール1モルに対して、例えば0.1〜100モル、好ましくは1〜20モル、さらに好ましくは1.5〜10モル程度である。反応成分又は生成物が(メタ)アクリロイル基等の重合性基を有する場合には、反応系内に、必要に応じてフェノチアジン等の慣用の重合禁止剤を存在させてもよい。
【0048】
反応は、常圧下又は減圧下(例えば、0.0001〜0.1MPa程度、好ましくは、0.001〜0.1MPa程度)で行うことが多い。また、操作上の理由により加圧下で反応してもよい。反応温度は、通常40〜150℃、好ましくは60〜120℃の範囲である。
【0049】
反応は、バッチ式、セミバッチ式、及び連続式のいずれの方法で行ってもよい。反応中に、原料アルコールに対して原料エステルを加える場合、又はその逆の場合において、添加する成分は逐次的に添加してもよく、間欠的に添加してもよい。本反応は平衡反応なので、副生するアルコール(原料エステルに由来する)、あるいは生成した目的エステルを、反応系から連続的に分離しつつ、反応を実施することは、反応成績の向上に有効である。該分離の手段としては、慣用の方法、例えば抽出、蒸留(共沸蒸留等)、精留、分子蒸留、吸着、晶析などを用いることができる。例えば、副生するアルコール及び/又は生成エステルと共沸する溶媒を反応系内に存在させておき、共沸により前記副生アルコール及び/又は生成エステルを系外に留去しつつ反応を行うことができる。また、原料エステルと副生アルコールが共沸する場合は、原料エステルを大過剰量用いて、該共沸混合物を留出させながら反応させてもよい。分離は、連続的であっても、非連続的(回分式)であってもよい。
【0050】
本発明においては、反応後、得られたエステルを、そのまま次の使用に供してもよいし、精製して用いてもよい。精製の方法としては、慣用の方法、例えば抽出、蒸留、精留、分子蒸留、吸着、晶析などを用いることができる。精製は、連続的であっても、非連続的(回分式)であってもよい。
【実施例】
【0051】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。なお、反応成績はガスクロマトグラフを用いて測定した。
【0052】
実施例1
容量50mLの反応器に、トリス2,4−ペンタンジオン鉄(III)(関東化学株式会社製)0.18g、メタクリル酸メチル5.0gおよび重合禁止剤としてフェノチアジンをメタクリル酸メチルに対して5000重量ppmになるように添加し、窒素で置換した。ここへ4−ヒドロキシ−ジヒドロフラン−2−オン(=β−ヒドロキシ−γ−ブチロラクトン)を0.5g添加し、95℃で6時間、加熱還流した。反応終了後、反応液を冷却し、ガスクロマトグラフで分析した結果、目的エステルである5−オキソオキソラン−3−イル=メタクリレート(=β−メタクリロイルオキシ−γ−ブチロラクトン)が、原料アルコール(4−ヒドロキシ−ジヒドロフラン−2−オン)基準で38%生成していた。
【0053】
実施例2
容量50mLの反応器に、トリス2,4−ペンタンジオン鉄(III)(関東化学株式会社製)0.18g、メタクリル酸メチル5.0gを添加し、窒素で置換した。ここへ4−ヒドロキシ−ジヒドロフラン−2−オンを1.0g添加し、95℃で6時間、加熱還流した。反応粗液の水分濃度は430重量ppmであった。反応終了後、反応液を冷却し、ガスクロマトグラフで分析した結果、目的エステルである5−オキソオキソラン−3−イル=メタクリレートが、原料アルコール(4−ヒドロキシ−ジヒドロフラン−2−オン)基準で23%生成していた。
【0054】
実施例3
トリス2,4−ペンタンジオン鉄(III)に代えて、塩化鉄(III)0.074g、2,4-ペンタンジオン0.15g、炭酸ナトリウム0.16gを用い、実施例1と同様にして反応を行った。目的エステルである5−オキソオキソラン−3−イル=メタクリレートの収率は原料アルコール基準で15%であった。
【0055】
実施例4
ジャーナル オブ ケミカル ソサエティー,ダルトン トランザクション,839頁(1989)の方法に従い、トリス2,4−ペンタンジオン鉄(III)を調製した。
このトリス2,4−ペンタンジオン鉄(III)を用い、実施例1と同様にして反応を行った。目的エステルである5−オキソオキソラン−3−イル=メタクリレートの収率は原料アルコール基準で22%であった。
【0056】
実施例5
容量500mLの反応器に、滴下ろうとおよび冷却管を取り付けて、反応器からの液の留出と、反応器への液の補充を同時に実施できる装置を設置した。この反応器へトリス2,4−ペンタンジオン鉄(III)(関東化学株式会社製)5.3g、メタクリル酸メチル150g、4−ヒドロキシ−ジヒドロフラン−2−オン(=β−ヒドロキシ−γ−ブチロラクトン)を30.6gを仕込み、867hPaまで減圧した。この混合物を95℃まで加熱し、低沸点成分を留出させると同時に、一時間毎に留出液と等量のメタクリル酸メチルを、滴下ろうとを介して反応器へ添加した。この操作を22時間継続した後、反応液を冷却し、ガスクロマトグラフで分析した結果、目的エステルである5−オキソオキソラン−3−イル=メタクリレート(=β−メタクリロイルオキシ−γ−ブチロラクトン)が、原料アルコール(4−ヒドロキシ−ジヒドロフラン−2−オン)基準で47%生成していた。
【0057】
比較例1
トリス2,4−ペンタンジオン鉄(III)に代えて、一般的なエステル交換触媒であるチタンテトライソプロポキシド0.20gを用い、実施例1と同様にして反応を行った。しかし、目的エステルである5−オキソオキソラン−3−イル=メタクリレートは得られず、収率0%であった。
【0058】
比較例2
トリス2,4−ペンタンジオン鉄(III)に代えて、特開2001−247513号公報の実施例で用いられているエステル交換触媒であるジn−オクチルスズオキサイド0.18gを用い、実施例1と同様にして反応を行った。目的エステルである5−オキソオキソラン−3−イル=メタクリレートの収率は原料アルコール基準で15%であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料エステルと原料アルコールとのエステル交換反応によりエステルを製造する方法において、触媒として鉄のβ−ジケトン錯体を用いることを特徴とするエステルの製造方法。
【請求項2】
鉄のβ−ジケトン錯体が、下記式(1)
【化1】

(式中、R1、R3は、同一又は異なって、置換基を有していてもよい炭化水素基を示し、R2は水素原子又は置換基を有していてもよい炭化水素基を示す。R1、R2、R3は、それぞれ互いに結合して環を形成していてもよく、高分子鎖に結合していてもよい。Lはm価のアニオン又は配位子を示す。m、nは、それぞれ0以上の整数、pは1以上の整数、qは0以上の整数を示す。p、qがそれぞれ2以上の場合、複数個の括弧内の化合物又はイオンは、それぞれ同一であっても異なっていてもよい)
で表される化合物である請求項1記載のエステルの製造方法。
【請求項3】
鉄のβ−ジケトン錯体が、鉄の2,4−ペンタンジオン錯体である請求項1又は2記載のエステルの製造方法。
【請求項4】
原料エステルとして(メタ)アクリル酸エステルを用いて、原料アルコールに対応する(メタ)アクリル酸エステルを製造する請求項1〜3の何れかの項に記載のエステルの製造方法。
【請求項5】
原料アルコールとして環式骨格を有するアルコールを用いて、環式骨格を有するエステルを製造する請求項1〜4の何れかの項に記載のエステルの製造方法。
【請求項6】
(メタ)アクリル酸エステルと4−ヒドロキシ−ジヒドロフラン−2−オンとを反応させて、5−オキソオキソラン−3−イル=(メタ)アクリレートを製造する請求項1〜5の何れかの項に記載のエステルの製造方法。