説明

エタノール耐性遺伝子を用いる形質転換植物の選抜方法及びそのための形質転換用ベクター

【課題】
薬剤耐性遺伝子を用いて形質転換植物を選抜する場合において、形質転換植物と非形質転換植物との判別の難しさを解決し、効率的な形質転換植物の選抜方法を提供する。
【解決手段】
GEK1遺伝子を含む組換えDNAをエタノール感受性植物に導入する工程と、前記植物を栽培して種子を採取する工程と、エタノールを含む植物育成用培地に前記種子を播種して形質転換植物を発芽させる工程とを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組換えDNAを導入した形質転換植物を選抜する方法及びそのための植物の形質転換用ベクターに関し、特に、エタノール耐性を指標として形質転換植物を選抜する方法及びベクターに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、遺伝子組換え技術を用いて植物に外来遺伝子を導入し、優れた形質、例えば、環境ストレスに対する耐性等を付与する品種改良が行われている。このような形質転換植物を作製するには、目的とする遺伝子(DNA断片)がゲノム上に挿入された細胞または個体を選択する必要がある。現在では、ハイグロマイシン耐性遺伝子(非特許文献1参照)、カナマイシン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子(非特許文献2参照)などの微生物由来の抗生物質耐性遺伝子が主に利用されている。これらのマーカー遺伝子を保持した形質転換体を選抜するには、一般的には種子を抗生物質などの薬剤を含んだ寒天培地上に播種し、数週間生育させる。薬剤耐性遺伝子を持たない個体は、発芽はするものの生育が阻害され次第に枯死するようになる。一方、薬剤耐性遺伝子を持つ個体は、よりよく生育し薬剤による影響はあるものの、枯死するようなことはない。
【0003】
シロイヌナズナ(Arabidopsis)はアブラナ科の小型雑草で、ゲノムサイズも約1.3×10塩基対と高等植物で最も小さいこと、一世代に要する時間が約2ヶ月と短いことなどから植物研究のモデルとして世界的に広く使用されている。国際プロジェクトによりゲノムの全塩基配列も既に解読されている。この植物のゲノム内に存在する1つの遺伝子GEK1の塩基配列(例えば、非特許文献3参照)はすでに知られているが、その推定遺伝子産物の機能や植物における生理的な役割については未だ解明されていない。
【0004】
【非特許文献1】Gene、第25巻2−3号、179頁−188頁、1983年
【非特許文献2】Nucleic Acids Research、第11巻13号、6981頁−6998頁、1985年
【非特許文献3】GenBank Accession No. AB091252[gi:28812212]、2004年2月14日
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記従来技術において、薬剤耐性遺伝子をマーカーとして形質転換植物を選択する場合の問題点は、第1に、耐性植物(耐性遺伝子を持つ植物)と非耐性植物(耐性遺伝子を持たない植物)を区別するためには、少なくとも7日ほど植物を生育させなければならないことである。また、場合によっては、選抜には訓練された識別能力が必要となる。第2に、薬剤耐性遺伝子と共に導入した目的遺伝子により生育が遅れるような場合、または緑化が抑制されるような場合、形質転換植物とそうでないものの判別が難しくなる。第3に、薬剤耐性遺伝子は、元々他の生物種の遺伝子であり、遺伝子組換え作物を作製する上で消費者の嗜好にあわない場合がある、等が挙げられる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するために、高等植物が元々持っている1つの遺伝子GEK1が植物のエタノール耐性に関わっていること、及びこのGEK1遺伝子を用い、エタノール耐性能を指標として形質転換植物を効率よく選抜できることを見出して本発明を完成した。例えば、この遺伝子産物が働かなくなった高等植物シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana Heinth L.)は、野生型に比べ、100倍ほどエタノールに対する感受性が高まっており、0.003%という低濃度のエタノールを含んだ培地上でも発芽が阻害される。ところが、この破壊株は他には表現型がなく、通常に生育し種子を形成する。この変異植物に、アグロバクテリウムを介した方法で、GEK1遺伝子を導入すると、野性株と同様なエタノール耐性が復帰し、1%エタノール存在下でも、発芽できるようになる。本発明は、このシロイヌナズナGEK1遺伝子または他の植物のGEK1類似遺伝子に突然変異を持った植物体と、ベクターに組み込んだGEK1遺伝子を組み合わせて使用することにより、発芽時点で形質転換植物を選抜できる系を提供するものである。
【0007】
すなわち、本発明の1つの視点における形質転換植物の選抜方法は、GEK1遺伝子を含む組換えDNAをエタノール感受性植物に導入する工程と、前記植物を栽培して種子を採取する工程と、エタノールを含む植物育成用培地に前記種子を播種して形質転換植物を発芽させる工程と、を含むことを特徴とする。前記エタノール感受性植物はゲノム内在性のGEK1遺伝子に突然変異を有することが好ましい。また、前記植物は単子葉植物又は双子葉植物であって、例えば、ヒマワリ、ウマゴヤシ、ジャガイモ、ワタ、ダイズ、トマト、イネ、ニラ、トウモロコシ、オオムギ、又はコムギであることが好ましい。
【0008】
本発明の他の視点に係る植物の形質転換用ベクターは、配列番号2に示したアミノ酸配列をコードするDNA又は前記アミノ酸配列と少なくとも70%の相同性を有し、かつ植物にエタノール耐性能を付与するタンパク質をコードするDNAを含むことを特徴とする。前記ベクターは、前記植物内で発現させる目的遺伝子を更に含むことが好ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法によれば、植物由来の遺伝子を用いて、発芽の有無での選抜が可能になる。発芽の有無による選抜は、視覚的に非常に区別しやすく、画像認識装置による選抜の自動化も可能となる。また、すべての個体を生育させる必要がないので、単位面積当たりより多くの個体を選抜にかけることができる。更に、本発明の方法に用いるGEK1遺伝子は、元々宿主植物が有する遺伝子であるから、遺伝子交雑(introgression)によって形質転換植物から野生型植物へ異種生物の薬剤耐性遺伝子が浸透(移入)することがなく、遺伝子組換え作物への適用にも安全性が高いと考えられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明に係る形質転換植物の選抜方法(「本発明の選抜方法」という)及び該方法に用いられる形質転換用組換えベクターの最良の実施形態について図面を参照しながら詳細に説明する。
【0011】
<植物にエタノール耐性を付与する遺伝子>
本発明において、「GEK1遺伝子」とは、配列番号2に示したアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA又は当該アミノ酸配列と少なくとも50%、好ましくは70%、80%、85%、90%、97%、98%以上の相同性を有するタンパク質をコードし、かつ前記植物にエタノール耐性能を付与する遺伝子をいう。タンパク質の相同性(ホモロジー)の程度は、2つのタンパク質のアミノ酸配列同士を適切に整列(アライメント)したときの同一性のパーセント値で表わすことができ、当該配列間の正確な一致の出現率を意味する。同一性比較のための配列間での適切な整列は種々のアルゴリズム、例えば、BLASTアルゴリズムを用いて決定することができる(Altschul SF J Mol Biol 1990 Oct 5; 215(3):403-10)。このGEK1遺伝子は、本発明者らにより、シロイヌナズナにおいて最初に見出された遺伝子であって、GEKO1と名付けられた遺伝子座に存在する(日本語でお酒が飲めない人のことを称する「下戸」に由来する)。なお、本明細書において、「GEK1」と表記した場合は、植物にエタノール耐性を付与し得る野生型(優性)の遺伝子又はタンパク質を意味し、「gek1」と表記した場合は、前記遺伝子に突然変異、例えば、塩基配列の欠失、付加、又は置換等が起こることによって機能が抑制(減衰)され、又は損なわれた変異体(劣性)の遺伝子又はタンパク質を意味する。
【0012】
シロイヌナズナ由来のゲノムGEK1遺伝子から推定されるタンパク質は、361個のアミノ酸からなるが、このうちN末端から45番目のメチオニン残基から始まる317個のアミノ酸をコードするcDNA配列を配列番号1に示した。GEK1遺伝子は、双子葉植物、単子葉植物にかかわらず様々な植物種のゲノムに存在することが、データーベースを用いた解析により明らかになっている。現在までに、部分的にせよ配列が決定されたcDNAのうち、シロイヌナズナ由来のGEK1タンパク質(配列番号2)と類似のタンパク質(比較できるアミノ酸配列の70%以上が同一)をコードしていると思われるものが、ヒマワリ、ウマゴヤシ、ジャガイモ、ワタ、ダイズ、トマト、イネ、ニラ、トウモロコシ、オオムギ、コムギ、から見つかっている。アミノ酸配列の類似性が高いことから、これらの遺伝子産物はシロイヌナズナ由来のGEK1タンパク質と同様の機能を持っていると考えられる。よって、GEK1遺伝子の突然変異体を分離することにより、上記植物についても本発明の方法によりシロイヌナズナと同様な選抜方法を使用できると考える。例として、トマト(BE432622及びAW650002の2つのトマトEST塩基配列から推定)及びイネ(GenBank accession BAD03648)の類似遺伝子との配列相同性を示す(図1)。図1に示したように、GEK1タンパク質の45番目のメチオニン残基以降の配列は、これらの植物の間で高い相同性を示す。また、45番目のメチオニンをN末端として発現させたタンパク質は、1番目のメチオニンから始まるタンパク質と同様の活性を有することが実験的に確認されている。一方、これまで全ゲノム配列が解読された動物や微生物、例えば、ヒトやマウス、及び大腸菌や酵母にはGEK1類似遺伝子は存在しない。なお、GEK1タンパク質の構造は、これまで知られている如何なるモチーフも含んでいない。
【0013】
更に、上記各タンパク質において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ植物にエタノール耐性能を付与するタンパク質もGEK1タンパク質に含まれる。例えば、配列番号2に示したタンパク質のアミノ酸配列に当該タンパク質の生物学的機能を実質的に変化させることなく数個のアミノ酸に変更を加えて生物学的に等価なタンパク質を生成できることは当業者に良く知られている。本発明の1つの側面では、GEK1タンパク質は保存的アミノ酸置換によって野生型GEK1タンパク質と異なるタンパク質を含みうる。用語「保存的アミノ酸置換」はタンパク質の特定の位置におけるあるアミノ酸の他のアミノ酸による置換を意味する。このような置換は類似するアミノ酸による置換であり、アミノ酸の側鎖置換基の相対的類似度、例えば、大きさ、電荷、疎水性、親水性等に基づいて実行される。
【0014】
上記GEK1タンパク質の生物学的役割は未だ明らかではないが、このGEK1遺伝子が欠損した変異体の感受性はエタノール特異的であることから、エタノールの代謝産物との関連性が示唆された。培地中のエタノールはアルデヒドデヒドロゲナーゼ(ADH)によってアセトアルデヒドに変換されると考えられる。そこで、gek1表現形とADH活性について調べたところ、GEK1遺伝子の欠損によりエタノール感受性となるためには、ADH活性が必須であることが明らかとなった。即ち、ADH欠損株ではGEK1の変異によるエタノール感受性が消失することから、gek1変異株では、エタノールが代謝されて生じるアセトアルデヒドによる毒性が原因でエタノール高感受性となると考えられる。
【0015】
<組換えベクターの作製>
本発明において、植物、又は植物細胞の形質転換に用いられるベクターとしては、当該細胞内で挿入遺伝子を発現させることが可能なものであれば特に制限はない。例えば、植物細胞内で恒常的に遺伝子を発現させるためのプロモーター(例えば、カリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーターやイネアクチンプロモーター等)を有するベクターや、外的な刺激により誘導的に活性化されるプロモーターを有するベクターを用いることもできる。また、本発明のベクターには、遺伝子発現調節機構やターミネーター領域を含んでいることが好ましい。ターミネーター領域としては、ノパリンターミネーターや35Sターミネーター等を組み入れることができる。
【0016】
本発明の1つの実施形態として、バイナリーベクターを使用することができる。バイナリーベクターは、アグロバクテリウムを介する形質転換法において用いられるベクターであって、T−DNAが植物細胞の染色体DNAに組み込まれるのに必要なT−DNAの境界配列の間に目的とする外来遺伝子を挿入するように構築される。一方、T−DNAが植物細胞へ移行するのに必要なTiプラスミドのvir領域を含む別個のプラスミドを構築し、この2つのプラスミドをアグロバクテリウムに導入しこのアグロバクテリウムを植物に感染させて、目的とする外来遺伝子を植物細胞の染色体DNAに組み込むことができる。このようなバイナリーベクター の例としては、例えばpBI121〔EMBO.J.,6,3901−3907(1987)〕がある。pBI121は、T−DNAの境界配列の間にネオマイシンフォスフォトランスフェラーゼ遺伝子とGUS遺伝子とを有し、この両者の遺伝子の間に外来遺伝子挿入用のクローニングサイトを有し、大腸菌及びアグロバクテリウム中で増殖可能なバイナリーベクターである。他のバイナリーベクター としては、例えばpUCD2340〔E.Zyprian et al.,Plant Mol. Biol.,15,245−256(1990)〕がある。pUCD2340はT−DNAの境界配列の間にhph遺伝子を有し、hph遺伝子の下流側にマルチクローニングサイトを持っている。
【0017】
更に本発明の好ましい実施形態において、上記組換えベクターは、上記植物内で発現させる目的遺伝子を更に含む。目的遺伝子としては、種々の外来遺伝子を導入することができ、元の植物の特性の他に、導入した外来遺伝子が発現することによる種々の特性が発揮されうる。例えば、導入した外来遺伝子が耐冷性遺伝子の場合には、耐冷性を有する形質転換植物が提供され、農薬耐性遺伝子の場合には、特定の農薬に対する耐性を有する形質転換植物が提供され、ウイルス耐性遺伝子の場合には、特定のウイルスの感染に対して抵抗性のある形質転換植物が提供されうる。
【0018】
<植物の形質転換>
形質転換とは、細胞が保有する遺伝情報を1又は2以上の外来性核酸を当該細胞に導入することによって改変するプロセスである。例えば、本発明の組換えベクターをポリエチレングリコール法、エレクトロポレーション法、アグロバクテリウムを介する方法、パーティクルガン法等、当業者に公知の種々の方法(細胞工学別冊、新版モデル植物の実験プロトコール、2001年、秀潤社発行等参照)により植物又は植物細胞に導入し形質転換することができる。例えば、減圧浸潤(vacuum infiltration)法を用いたin planta形質転換法は、まず、健康な植物を生育させ、抽台後、摘心により側枝を誘導する。誘導した側枝についた花が咲き始めたところで、植物体の地上部を導入したい組換えDNAをもつアグロバクテリウムの懸濁液に浸して弱い減圧下におき、懸濁液の花の内部への浸透を図る(減圧浸潤)。減圧浸潤後、アグロバクテリウムの感染とT−DNAの移入が起こるが、花で起こったT−DNAの移入のみが結実を経て次世代の種子に伝えられ、種子中にある頻度で形質転換第1世代(ヘミ接合体)が含まれることになる。Clough, S.J. and Bent, A.F. (1998), Plant J. 16:735-743によれば、減圧は必ずしも必要ではない。このフローラルディップ(floral dip)法は、減圧浸潤法の場合と同様に、植物体地上部をアグロバクテリウムの懸濁液に浸けるが、3〜5秒間程度浸けて軽く揺するのみで植物をひきあげる。浸潤懸濁液の表面活性剤(Silwet L-77)の濃度を上げることで、減圧しなくても十分に高い形質転換体頻度が得られる。
【0019】
また、組織培養法は、ポリエチレングリコール法、エレクトロポレーション法、アグロバクテリウムを介する方法、パーティクルガン法を用いて胚由来のカルスに組換えDNAを導入し、この胚由来カルスを増殖、再分化させる。本発明の方法には、これら何れの形質転換法も用いることができるが、前者のin planta形質転換法が、簡便、迅速であり、実験者の熟練を特に必要としない点で好ましい。
【0020】
<エタノール耐性能を指標とした選抜方法>
GEK1遺伝子が欠損した変異体植物は、野生型植物と比べて10〜100倍もエタノールに対する感受性が増大するが、このエタノール感受性以外の形質は野生型と変わりがない。また、他の生物、例えば、動物や微生物では、このような大きなエタノール感受性を示す変異体は知られていない。酵母ではいくつかのエタノール高感受性変異体が取得され、その性質が明らかにされているが、これらの変異体は熱ショックタンパク質や細胞壁の完全性に関与することが知られている。しかしながら、本発明に係るGEK1遺伝子はこれらの何れのメカニズムにも関係ないことが分かっている。
【0021】
従って、本発明の方法によれば、1つの形態として、上記GEK1遺伝子に何らかの突然変異が生ずることによってエタノール感受性植物又は植物細胞を得ることができるが、これに限定されない。例えば、アンチセンスRNAの発現やsiRNAの導入等のGEK1遺伝子以外の要因により、結果としてゲノム内在性GEK1遺伝子の発現が抑制されていてもよい。これらのエタノール感受性植物、又は植物細胞に外来性のGEK1遺伝子を含む組換えDNAを導入し、エタノールを含む植物育成用培地を用いて形質転換された植物細胞を培養することにより、前記組換えDNAが導入された細胞を選択的に選抜することができる。本発明において、「植物細胞」とは、種々の形態の植物細胞、例えば、培養細胞、プロトプラスト、葉の切片、カルス等が含まれる。「植物」とは、これらの植物細胞から構成されるか、又はこれらの植物細胞が増殖、再分化して形成される植物の個体をいう。本発明の方法によりエタノール含有培地にて選抜される形質転換細胞としては種々の植物細胞を用いることができるが、形質転換第1世代の種子(ヘミ接合体)を用いることが好ましい。カルスなどと異なり保存が容易な状態で、一時的に保存することができるからである。しかも後述する実施例において具体的に示されるように、エタノール含有培地上で発芽した種子のみを回収することによって容易に形質転換体を選別することができる。培地中のエタノール濃度は、0.001〜1容量%の範囲において効率よく選抜することができ、好ましい濃度範囲は0.01〜0.1容量%である。
【0022】
<形質転換植物の製造方法>
本発明の1つの実施形態において、形質転換植物の製造方法が提供される。この方法は、まず、植物のゲノム内在性GEK1遺伝子又はその遺伝子産物の機能が抑制された変異体植物を用意し、前記変異体植物にGEK1遺伝子を含む組換えDNAを導入する工程と、前記植物を栽培して種子を採取する工程と、エタノールを含む植物育成用培地に前記種子を播種する工程と、を含み、前記組換えDNAが導入された形質転換植物が前記エタノール含有培地で選択的に発芽することに基づく。ここで、宿主として用いる植物のGEK1遺伝子又はGEK1遺伝子産物の機能は、野生型と比較して50%以上、好ましくは70%、80%、又は90%以上抑制されていることが好ましく、最も好ましくはGEK1遺伝子が欠損していることである。このような変異体GEK1遺伝子は種々の形態で存在することができ、例えば、コーディング領域内における塩基の付加、置換又は欠失によるGEK1タンパク質の1次構造の変化が挙げられる。タンパク質中の1つのアミノ酸が置換されることにより、前記タンパク質の機能が大きく損なわれる可能性があることはよく知られている。あるいは、GEK1遺伝子のプロモーターやイントロン/エキソン境界領域等の発現調節領域に変異が生ずることによって、生成する遺伝子産物の量や機能が大きく変化することも知られている。
【0023】
このような変異体植物の作製方法としては、当業者に公知の方法を用いることができ特に制限されないが、例えば、化学的方法、物理的方法及び生物学的方法により突然変異誘発処理を行って突然変異体を選択する。突然変異誘発処理は、通常、種子に対して行い、変異原処理された種子をM1種子、育った植物をM1世代の植物とよぶ。この植物から自家受粉によって得られた種子をM2種子、その種子から育てた植物をM2世代とよぶ。2倍体ゲノムを有する植物においては、M1種子に生じたgek1変異は、M2世代の植物を調べたときにはじめてエタノール高感受性が観察される。
【0024】
化学的突然変異誘発法としては、EMS等のアルキル化剤、核酸塩基アナログ、アジ化ナトリウム等が、物理的方法としては電離放射線や紫外線等を用いる。生物学的方法は、T−DNAやトランスポゾンによって挿入突然変異を作製する方法である。GEK1相同遺伝子の塩基配列が未知の植物においては、この方法で得られた突然変異体からトランスポゾンをプローブとして周辺のDNA断片を単離し、その断片近傍からGEK1相同遺伝子をクローン化することもできる(トランスポゾンタギング法)。このようにして作製した突然変異体は、エタノールを含有する培地上に種子を播種して発芽の有無を確認することによりgek1変異株を容易に分離することができる。
【0025】
本発明の他の1つの実施形態において、上記変異体植物を用いる代わりに野生型の植物を用いることも可能である。この場合には、宿主植物のゲノムDNAに存在する内在性GEK1遺伝子と、部分的に塩基配列の異なるGEK1遺伝子を用いて前記植物を形質転換し、その際、内在性のGEK1遺伝子の発現を特異的に抑制しておけばよい。このような抑制方法としては、例えば、siRNAやアンチセンスRNAを用いることができる。
【0026】
本発明の更に異なる実施形態において、上記形質転換方法によって得られた又は得られうる形質転換植物が提供される。「形質転換体」又は「形質転換植物」とは、外来性核酸、例えば、本発明の組換えベクターの取り込みによって遺伝子的に改変された細胞又はその集合体若しくは子孫である。これらの用語は、他の突然変異又は改変の有無に関わらず、目的の遺伝子的改変が後の細胞の数世代に亘って保持されている形質転換細胞の子孫にも適用される。
【実施例】
【0027】
以下に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0028】
[実施例1]エタノール高感受性を示すシロイズナズナ変異株の作製
シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)コロンビア型(Col:Columbia)又はランズバーグ型(Ler:Landsberg erecta)は、MS培地(ムラシゲ・スクーグ培地用混合塩類、2%(w/v)スクロース、0.5mMのMES(pH5.8)、及び0.8%(w/v)寒天を含む)、又は土壌にて、22〜23℃、昼16時間/夜8時間のサイクルで生育させた。播種した種子は、発芽を促すため生育器でインキュベートする前に3日又は4日間、4℃に保った。
【0029】
速中性子変異誘発M種子は、LEHLE Seeds(米国テキサス州)から購入した。エチルメタンスルホネート(EMS:Ethylmethanesulfonate)処理は以下のように行った。種子を室温にて0.3%(v/v)EMSで16時間処理し、水で完全に洗浄した後、土壌に播種し、M世代の種子を収穫した。変異誘発したM種子を、0.04%(v/v)エタノールとアブサイシン酸等の種々の化学薬品を含むMS培地に播種した。5〜7日間インキュベーションした後、発芽しなかった種子を集め、MS培地に移して発芽させた。このような方法で得られた変異体候補、即ち、EMS処理したコロンビア型のM集団、速中性子変異誘発コロンビア型のM集団、及びEMS処理したランズバーグ型のM集団から、gek1−1、gek1−2、及びgek1−3の3つの独立したエタノール高感受性変異株を同定した。単離された変異株は3回戻し交配を行った。
【0030】
このようにして得られたエタノール高感受性株(gek1)と野生型株との間で検定交配(test-cross)を行った子孫を解析した結果、この突然変異(gek1)は劣性変異であり、染色体遺伝子にコードされていることが分かった(耐性:感受性=307:105、χ=0.02、P=0.89)。図2(A)に示したように、上記3つのgek1変異株は何れもエタノール存在下では発芽できなかったが、エタノール非存在下では正常に発芽した。3種類の対立遺伝子の間でエタノール高感受性の程度は異なり、gek1−3が最も感受性が高く、gek1−1が最も感受性が低かった。gek1−2、及びgek1−3変異株の発芽率は、0.003%(v/v、約0.5mM)のエタノール存在下で顕著に低下したが、野生株は少なくとも0.3%(v/v)エタノール存在下で正常に発芽した(図2(B)参照)。
【0031】
[実施例2]エタノール高感受性(gek1)変異株の性質
gek1の表現型は発芽段階に限定されない。gek1突然変異を有する実生(seedlings)を通常の培地で生育させた後0.03〜0.1%(v/v)のエタノールを含む培地に移すと、それらの生育は著しく阻害され、gek1−2及びgek1−3変異株は0.1%(v/v)のエタノール存在下において最終的に死滅した。このgek1表現型は、エタノール及びその代謝産物に特異的であり、メタノール、ブタノール、イソプロパノール、ジメチルスルフォキシド、パラコート、過酸化水素、アブサイシン酸、1−アミノシクロプロパン−1−カルボン酸(ACC、エチレンの前駆物質)又はジベレリンは、当該変異株の発芽や生育に影響を与えなかった。gek1変異株の高エタノール感受性は、日照条件や培地中のスクロース利用能によって影響を受けなかった。エタノール非存在下においてはその他の表現型を見出すことができなかった。
【0032】
gek1突然変異が極めてエタノール特異的であることから、エタノールの代謝経路に与える影響について調べた。培地中のエタノールは細胞内でADHによって毒性のアセトアルデヒドに変換されると考えられる。タバコのADH欠損変異株ではエタノール耐性能が亢進していることが報告されており、このことはエタノールからADHによって変換されたアセトアルデヒドが植物におけるエタノールストレスの原因であることが示唆される。そこで、gek1表現型とADH活性との間に関連性があるかどうかを確認した。
【0033】
まず最初に、gek1変異が起こった染色体上の位置を、PCRに基づく遺伝的マーカーを用いて調べ、第2染色体の上部(top)に存在することを見出した。この位置には、これまでエタノール代謝に関与する遺伝子は見つかっていない。そこで、gek1と、adhとの間の遺伝的関連性について調べた。これら2つの劣性変異株の間で検定交配を行って得られたF2世代を、発芽におけるエタノール感受性について調べたところ、エタノール耐性株と感受性株との割合で表わした分離割合が13:3となり、adh変異がgek1を抑制することが示された。この結果は、gek1のエタノール高感受性表現型はADH活性を必要とすることを示す。
【0034】
[実施例3]gek1遺伝子の同定
シロイヌナズナgek1遺伝子は、遺伝子地図に基づく染色体歩行により同定した。コロンビア型由来のgek1−1及びgek1−2をLerと交雑させ、複数のFの子孫を取得した。エタノール高感受性株を0.1%(v/v)エタノールを含む培地で選択し、通常のMS培地で発芽及び生育させた。これらのF子孫からゲノムDNAを抽出し、PCR法に基づくマーカー、例えば、単純塩基配列長多型(Bell, C. and Ecker, J.R. (1994) Arabidpsis. Genomics 19:137-144)を用いてマッピングを行った。その結果を図3に示した。図3(A)はgek1遺伝子の染色体上の位置と構造を模式的に示す。黒抜きの三角で示した数字は、遺伝子マーカーとGEK1遺伝子との間で起きた組換え比率を表わす。例えば、5/1152という表記は、調べた1152本の第2染色体のうち5本で、このマーカーとgek1遺伝子との間で組換えが起きたことを表わす。組換えの数が少なくなればなるほど、マーカーが目的遺伝子に近いことを示す。gek1対立遺伝子の変異部位は一番下の棒線上に示した。「atg」はArabidopsis Genome Initiative(2000)によって推定された翻訳開始コドンを示し、小さな白抜きの三角形は、図3(B)で示すRT−PCR実験に用いたオリゴヌクレオチドプライマーに対応する塩基配列の位置を示す。図3(B)は各種変異株におけるGEK1遺伝子の発現を示す。GEK1コーディング領域の5’側の半分を増幅するためにF19-25.1(配列番号3)とF19-25.11(配列番号4)の2つのプライマーを用い、一方、GEK1コーディング領域の全体を増幅するためにはF19-25.1(配列番号3)とF19-25.R(配列番号5)の2つのプライマーを用いてそれぞれRT−PCRを行った。独立して行った上記2つのPCR産物を図2(B)の各レーンに示した。β−チューブリンはコントロールとして用いた。
【0035】
F19-25.1: 5'-TTACGTTGGGAAGAAGCTACCG-3'(配列番号3)
F19-25.11: 5'-CTGCCTCCTAGCCCAAGACC-3'(配列番号4)
F19-25.R: 5'-ATGTTTTTAAGGGGGTCTCTCTAGA-3'(配列番号5)
βTUB-F:5'-ATCCCACCGGACGTTACAACG-3'(配列番号6)
βTUB-R:5'-TTCGTTGTCGAGGACCATGC-3'(配列番号7)
【0036】
図3に示したように、GEK1遺伝子は第2番染色体のBACクローンF19B11上に局在していた(Arabidopsis Genome Initiative 2000)。実施例1で作製した3種類の変異株から、独立したgek1対立遺伝子gek1−1、gek1−2、及びgek1−3を単離した。さらに別の変異株より異なる対立遺伝子gek1−4も単離された。gek1−2遺伝子は、推定翻訳開始コドンのAから数えて1977位のAt2g03800からAt2g03810までの欠失があり、欠失部位に隣接してインフレームで終止コドンが生じていた。同一遺伝子上において、gek1−1ではG135からAへの一塩基置換が、gek1−3ではG1685からAへの一塩基置換が、さらにgek1−4ではG1389からAへの一塩基置換が見出された。gek1−1における一塩基置換はMet45からIleへのアミノ酸置換を引き起こし、gek1−3における一塩基置換は第7イントロンのスプライシングアクセプター部位を破壊し、さらにgek1−4における一塩基置換はTrp229のコドンが終止コドン(TGA)に変化し、ここで翻訳が終結していた。
【0037】
[実施例4]GEK1cDNAクローン及びゲノムクローンの単離
GEK1cDNAクローンは、ラムダZapベクターに構築されたcDNAライブラリーから、GEK1ゲノムのPCR増幅DNA断片をプローブとして単離した。得られたcDNAクローンの塩基配列を、アプライドバイオケミカルズ社のシーケンサー3100により決定したところ、推定される最初のATGコドン(Met)を含んでいなかったので、当該cDNAクローンの5’末端からMscI切断部位までの領域をゲノムDNAの対応する領域、即ち、推定翻訳開始コドンの上流83bpからMscI切断部位までの領域と置換した。一方、GEK1遺伝子を含む3.5kbのゲノムクローンは、下記の2種類のオリゴヌクレオチドGEK1gEco(配列番号8)とGEK1gBam(配列番号9)をプライマーとして、高精度Taqポリメラーゼ(KOD-Plus;東洋紡株式会社製)を用いたPCRにより取得した。PCR増幅反応によって得られたDNA断片の塩基配列を決定したところ塩基配列の変化は認められなかった。
【0038】
GEK1gEco: 5'-GAGACGAATTCAATAGGTGGGTG-3'(配列番号8)
GEK1gBam: 5'-ATATGGATCCGTGGACTTACTTGGTC-3'(配列番号9)
【0039】
[実施例5]GEK1遺伝子の発現とエタノール耐性の付与
シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)のGEK1遺伝子を含む約3500bpの染色体DNA断片を、アグロバクテリウムーバイナリーベクターpBI101のHIndIII-BamHI制限酵素認識部位に挿入した。この組換え体プラスミド(pNH677)により、アグロバクテリウム(Agrobacterium tumefacience, GV3101)を形質転換した。形質転換は、エレクトロポレーション法を用い、処理後菌液を25mg/lのカナマイシンを含むLBアガープレートに広げ、カナマイシンに耐性を示す菌を選抜した。形質転換したアグロバクテリウムをLB液体培地で振盪培養した。培養液を遠心分離(5000g、10分、4度)し、菌を沈殿させた。沈殿した菌を、5%スクロース、44nMの6benzylaminopurine、0.5mMのMESを含むムラシゲ・スクーク培地(pH5.8)に懸濁した。菌懸濁液に0.05%silwet L-77を添加し、感染用菌液とした。花芽を複数持ったシロイヌナズナgek1−2植物体を感染用菌液に数分間浸すことで、感染を行った。感染させたシロイヌナズナを生育させ、第1世代の種子を得た。得られた種子を、0.1%エタノールを含む植物育成用培地に播種し、発芽を促した。その結果、図4に示したように、発芽する個体が認められた。図4(A)は、茶色の小さな種子を上記培地に播種して発芽を誘導後、1週間後の写真である。図4(B)はその拡大図であり、緑色の形質転換植物(葉が展開した幼植物体)が生長し、形質転換体でない種子は発芽がほぼ完全に抑制されていることが分かる。発芽した個体を生育させ、ゲノムDNAを抽出し導入された遺伝子の確認を行った。その結果、予想通り発芽した植物体のゲノムにはGEK1遺伝子が挿入されていることを示唆する結果が得られた。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】シロイヌナズナ、トマト、及びイネのGEK1類似タンパク質のアミノ酸配列を比較、整列化した図である。アミノ酸残基を示す一文字略号の下に示した記号は、*が3種類すべての植物で保存されているアミノ酸残基を、:は類似したアミノ酸残基で保存されている残基を、.は3つの配列のうち2つで保存されているアミノ酸残基をそれぞれ示す。
【図2】シロイヌナズナの各種変異体の種子をエタノール含有培地で発芽させた写真(A)及び発芽効率を示すグラフ(B)である。●:gek1-1、■:gek1-2、▲:gek1-3、○:野生型、エラーバーはn=4の標準偏差を示す。
【図3】GEK1遺伝子のマッピング及び構造を示した模式図(A)及び各種変異体植物におけるGEK1遺伝子の発現をRT−PCRにより検出した結果を示す図(B)である。
【図4】エタノール含有培地で発芽させることによりGEK1遺伝子が導入されたシロイヌナズナを選抜した結果(A)及びその拡大図(B)である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
GEK1遺伝子を含む組換えDNAをエタノール感受性植物に導入する工程と、前記植物を栽培して種子を採取する工程と、エタノールを含む植物育成用培地に前記種子を播種して形質転換植物を発芽させる工程とを含むことを特徴とする形質転換植物の選抜方法。
【請求項2】
前記エタノール感受性植物が、ゲノム内在性GEK1遺伝子に突然変異を有する請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記植物が単子葉植物又は双子葉植物である請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記植物がヒマワリ、ウマゴヤシ、ジャガイモ、ワタ、ダイズ、トマト、イネ、ニラ、トウモロコシ、オオムギ、又はコムギである請求項1〜3の何れか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記GEK1遺伝子が、配列番号2に示したアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA、又は前記アミノ酸配列と少なくとも70%の相同性を有し、かつ前記植物にエタノール耐性能を付与するタンパク質をコードするDNAを含む請求項1〜4の何れか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記植物育成用培地が、0.001〜1容量%のエタノールを含む請求項1〜5の何れか一項に記載の方法。
【請求項7】
配列番号2に示したアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA、又は前記アミノ酸配列と少なくとも70%の相同性を有し、かつ植物にエタノール耐性能を付与するタンパク質をコードするDNAを含むことを特徴とする植物の形質転換用ベクター。
【請求項8】
前記植物内で発現させる目的遺伝子を更に含む請求項7に記載の形質転換用ベクター。
【請求項9】
植物のゲノム内在性GEK1遺伝子又はその遺伝子産物の機能が抑制された変異体植物を用意し、
前記変異体植物にGEK1遺伝子を含む組換えDNAを導入する工程と、
前記植物を栽培して種子を採取する工程と、
エタノールを含む植物育成用培地に前記種子を播種する工程と、
前記エタノール含有培地で発芽した植物を選抜する工程と、を含むことを特徴とする植物の形質転換方法。
【請求項10】
前記組換えDNAが、前記植物内で発現させる目的遺伝子を更に含む請求項9に記載の方法。
【請求項11】
請求項9又は10に記載の方法により形質転換したことを特徴とする形質転換植物。

【図1】
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【図3】
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【図2】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−6122(P2006−6122A)
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−183854(P2004−183854)
【出願日】平成16年6月22日(2004.6.22)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】