説明

エパルレスタット製造法

【課題】 本発明の目的は、高品質のエパルレスタットを安定的に製造する方法を提供することにある。
【解決手段】 エパルレスタットを、波長200〜570nmの光を遮光した雰囲気にて扱うことにより、高品質の下式Iで表されるエパルレスタット(化学名:5−[(1Z,2E)−2−Methyl−3−phenylpropenylidene]−4−oxo−2−thioxo−3−thiazolidineaetic acid)を安定的に製造することができる。
【化1】

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルドース還元酵素阻害作用によって特徴づけられる、治療学的に有用な下式Iで示される一般名:エパルレスタット(化学名:5−[1Z,2E]−2−Methyl−3−phenylpropenylidene]−4−oxo−2−thioxo−3−thiazolidineacetic acid)の工業的に有益な製造法に関するものである。
【化1】

【背景技術】
【0002】
エパルレスタットは、糖尿病性抹消神経障害を改善する作用があり、長期に渡り投与される内服薬であることから、不純物の極めて少ない原薬を製造する必要がある。本発明者らは、不純物が極めて少ない高品質のエパルレスタットを安定的に製造する方法を提供することを課題とした。
【0003】
エパルレスタットに光を照射すると、環化反応によって式IVで示される二量体が生成することが知られている。特許文献1では、光照射に対し二量体が生成し難い新規結晶型のエパルレスタットが開示されている。しかし、光が照射されると二量体が生成することに変わりはなく、二量体の生成を防ぐ対策として決定的とはいえない。また、特許文献2に開示されたエパルレスタットの製造法には、光照射に関する二量体の増加やその対策に関する記述は存在しない。
【特許文献1】特許第3557009号
【特許文献2】特公昭63−024974号
【0004】
【化2】

【0005】
エパルレスタット原薬製造における精製工程以降および、エパルレスタット製剤の工業的製造においては、エパルレスタットに対し光が照射されない環境で取り扱うことが望ましい。本発明者らが作業面10ルクス以下の暗室下で製造を実施した結果、二量体のきわめて少ないエパルレスタットを得ることができた。しかしながら、労働安全衛生法にて推奨される作業面の照度は、300ルクス以上(精密な作業の場合)であることから、作業員による暗室下での製造作業は許容し得るものではない。一方、設備を自動化することによって暗室下での製造作業が可能となるが、設備導入によるコストの大幅な増加は不可避であり、より安価で簡便な対策が望まれていた。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、高品質のエパルレスタットを安定的に製造する方法を提供することにある。
【0007】
本発明者らは高品質のエパルレスタットを安定的に製造する方法について鋭意検討した結果、波長200〜570nmの光を遮光することにより、労働安全衛生法にて推奨される照度を維持しながら高品質で安定的にエパルレスタットを製造できることを見出し、本発明に至った。すなわち、本発明は以下の手段により達成される。
(1)
波長200〜570nmの光を遮光した雰囲気にて扱うことを特徴とする式Iで表わされるエパルレスタット及び、エパルレスタット塩の製造法。
【化1】

(2)
波長200〜570nmの光を遮光した雰囲気にて扱うことを特徴とする式Iで表わされるエパルレスタットを含む製剤の製造法。
(3)
フィルターを使って波長200〜570nmの光を遮光した雰囲気に調整することを特徴とする(1)または(2)に記載の製造法。
(4)
建物内の採光箇所からの光を遮蔽し、照明器具をフィルターで覆うことによって、波長200〜570nmの光を遮光した雰囲気に調整することを特徴とする(1)または(2)に記載の製造法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、工業的生産規模において、高品質のエパルレスタットを製造できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明者らは、光の波長領域と二量体の生成量の関係に着目し、分光劣化試験機を用いて以下の実験を行った。暗室にて、エパルレスタット結晶と臭化カリウムをメノウ乳鉢で混合粉砕し、錠剤成型器で加圧し成型した。これらを分光劣化試験機に挿入し、230〜700nmの範囲から選んだ10種の波長(230、280、330、390、440、490、540、590、650、700nm)の光を1日間錠剤に照射した。照射後錠剤を試験機から取り出し、暗室にて移動相に溶解し、液体クロマトグラフ法により測定した。その結果、図1に示すとおり、230nmから波長が長くなるにつれて二量体の生成量が増加し、490nmで最大となり、540nm以上の波長で二量体の生成量は減少し、590nm以上では生成量が極めて少ないことを見出した。
分光劣化試験機の試験結果を図1に示した。
【0010】
上記結果を元に鋭意検討を重ねた結果、波長200〜570nmの光を遮光することにより、安全に作業できる照度を確保した環境下で、二量体の生成を伴わない高品質のエパルレスタットを製造する方法を確立した。
【0011】
本発明の対象となるエパルレスタット、及びエパルレスタット塩の形態は、結晶性の固体であり、合成反応により溶媒中で生成した固体、再結晶精製による結晶析出時の懸濁液中の固体、あるいは医薬品に適用するために加工された内服用固形剤に含まれる固体についても本発明の対象である。
【0012】
上記内服用固形剤の種類については、錠剤、カプセル剤、顆粒剤等が含まれる。内服用固形剤は、適当な担体(セルロース、マンニトール、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム、ステアリン酸マグネシウム、グルタミン酸等)とエパルレスタットを混合し、一般的な手法によって製剤化することにより得られる。
【0013】
エパルレスタットは、粉末X線回折等で区別できる2種の結晶型が知られている(特許文献1)。光に対する反応性の差はあるものの、いずれの結晶型でも光照射による二量体が生成することから、2種の結晶型の両方とも本発明の対象である。
【0014】
エパルレスタットは式IIで表わされるα−メチルシンナムアルデヒドと式IIIで表わされる3−カルボキシメチルロダニンを縮合させて得ることができる。
【化3】

【化4】

【0015】
エパルレスタットを、波長200〜570nmの光を遮光した雰囲気にある屋内で取り扱うことが本発明の要件である。遮光する手段として、通常の照明にフィルターを取り付ける方法や、特定の波長を遮光する機能を備えた照明装置を用いる方法などが考えられる。既存の設備が利用可能であることから、波長200〜570nmの光を遮光するフィルターを取り付ける方法が好適に採用される。
【0016】
波長200〜570nmの光を遮光するフィルターは、化学的、物理的に安定な物質から成るものを用いることが好ましい。例えば、ガラス製や樹脂製のフィルターが好適に用いられる。フィルターは、蛍光灯等の発光体に直に貼り付けてもよいし、離して取り付けてもよい。フィルターに要求される性能は、波長200〜570nmの光の透過率0.5%以下が好ましく、さらに好ましくは0.2%以下である。
【0017】
波長200〜570nmの光を遮光するフィルターを透過した光が結晶に照射される場所の照度は、300ルクス以上を確保することが可能である。照度を調節する方法は特に限定されず、波長200〜570nmの光を遮光するフィルターとそれ以外の遮光用具を合わせて使用することができる。労働安全衛生上において精密な作業に適合する照度とされる300ルクスを達成され、安全に作業することが可能である。
【0018】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。また、特別の記載がない限り、操作は暗室にて行った。
【0019】
実施例における液体クロマトグラフ測定は、下記条件にて実施した。
装置:島津製作所製 LC−10A(移動相送液用ポンプ)、SPD−M6A(検出器)
カラム:オクタデシル基を有するシリカゲル担体を充填した 4.6×150mmのステンレス製カラム
移動相:アセトニトリル/リン酸塩緩衝液(pH6.8)=35/65
流速:1.0mL/分
検出波長:280nm
温度:40℃付近の一定温度
【0020】
照度は、(株)トプコンテクノハウス社製 照度計(IM−2D)を用い測定した。
【0021】
実施例に用いた遮光用フィルター(山本光学株式会社製レーザー光用遮光カーテン、製品名YL−600アルゴン)の透過率を測定し、図2に測定結果を、図3に500〜580nm部分を拡大した図を示した。図3より、波長570nmの透過率は0.2%以下であることから、波長200〜570nmの光を遮光するフィルターとして適している。
【0022】
参考例
エパルレスタットの製造
外部の光を遮光し、照明装置に遮光用フィルターを貼りつけた実験用フード付実験台(照明の光源から台上までの距離120cm、台上の照度120ルクス)で、10L反応容器に3−カルボキシメチルロダニン655g、α−メチルシンナムアルデヒド590g、トリエチルアミン345g、メタノール2460gを加え、4時間還留した。水を添加後室温まで冷却させた。析出した結晶をろ過しケーキを水で洗浄して、エパルレスタットのトリエチルアミン塩湿結晶1412gを得た。含水率1.8重量%。得られた湿結晶を液体クロマトグラフ測定した結果、エパルレスタットのピーク面積に対する二量体の面積比は100:0.02(エパルレスタット:二量体)であった。
【0023】
1L反応容器にエタノール300g、35%塩酸68.6gを加え攪拌した中に、エパルレスタットのトリエチルアミン塩湿結晶91.5gを6分割して15分間隔で投入した。添加には、最初の投入から70分を要した。添加終了後室温で10分攪拌を続けた。結晶を濾過しケーキをエタノールで洗浄してエパルレスタット湿結晶66.5gを得た。湿結晶を50℃で送風乾燥し、乾燥したエパルレスタット64.2gを得た。得られたエパルレスタットを液体クロマトグラフ測定した結果、エパルレスタットのピーク面積に対する二量体の面積比は 100:0.01未満(エパルレスタット:二量体)であった。二量体は検出されたが、極めて微量であった。
【0024】
実施例1
300ml反応容器に参考例1で得られたエパルレスタット6gとエタノール180mlを加え、80℃のオイル浴で加温しながら攪拌し、溶解を確認後室温まで冷却しエパルレスタット結晶を析出させた。このエパルレスタット結晶の懸濁液にフラスコの試料投入口(直径3cm)を開けて、ここから液面に遮光用赤色フィルター(山本光学株式会社製レーザー光用遮光カーテン、製品名YL−600アルゴン)を通した蛍光灯の光を、光源からの距離を液面で照度500ルクスになるように調節して1時間照射した。結晶を濾過し、エパルレスタット結晶を得た。得られたエパルレスタットを液体クロマトグラフ測定した結果、二量体は検出されなかった。この結果から、エパルレスタットをエタノールから再結晶法により精製する際、波長200〜570nmの光を遮光すれば、二量体が増加しないことがわかった。
【0025】
比較例1
照度230ルクスの実験台上で、以下の操作を行った。300ml反応容器に参考例1で得られたエパルレスタット6gとエタノール180mlを加え、80℃のオイル浴で加温しながら攪拌し、溶解を確認後室温まで冷却しエパルレスタット結晶を析出させた。反応容器を暗室に移して結晶を濾過し、エパルレスタット結晶4.6gを得た。得られたエパルレスタットを液体クロマトグラフ測定した結果、エパルレスタットのピーク面積に対する二量体の面積比は 100:0.08(エパルレスタット:二量体)であった。200〜570nmの光を遮光しない場合には、再結晶精製による二量体減少量よりもエパルレスタットの二量化反応による二量体の増加量が多いことが示された。
【0026】
実施例2
実施例1で得られたエパルレスタット3gをシャーレ上に広げ、遮光用赤色フィルター(山本光学株式会社製レーザー光用遮光カーテン(YL−600アルゴン)を通した蛍光灯の光を、結晶までの距離を調節して照度500ルクスとした状態で16時間照射した。照射後のエパルレスタットを液体クロマトグラフ測定した結果、エパルレスタットのピーク面積に対する二量体の面積比は 100:0.01未満(エパルレスタット:二量体)であった。この結果から、200〜570nmの光を遮光した照度500ルクスの環境においては、二量体は増加しないことが示された。
【0027】
比較例2
実施例1で得られたエパルレスタット3gをシャーレ上に広げ、蛍光灯の光を結晶までの距離を調節して照度500ルクスとした状態で5時間照射した。照射後のエパルレスタットを液体クロマトグラフ測定した結果、エパルレスタットのピーク面積に対する二量体の面積比は 100:0.86(エパルレスタット:二量体)であった。実施例2と比較して、同一照度であっても波長200〜570nmの光を遮光しないと二量体が多く生成することが示された。
【0028】
実施例3
参考例で得られたエパルレスタットのトリエチルアミン塩湿結晶を乾燥し、3gをシャーレ上に広げ、遮光用赤色フィルター(山本光学株式会社製レーザー光用遮光カーテン(YL−600アルゴン)を通した蛍光灯の光を、結晶までの距離を調節して照度500ルクスとした状態で16時間照射した。照射後のエパルレスタットを液体クロマトグラフ測定した結果、エパルレスタットのピーク面積に対する二量体の面積比は 100:0.02未満(エパルレスタット:二量体)であった。この結果から、200〜570nmの光を遮光した照度500ルクスの環境においては、二量体は増加しないことが示された。
【0029】
比較例3
参考例で得られたエパルレスタットのトリエチルアミン塩湿結晶を乾燥し、3gをシャーレ上に広げ、蛍光灯の光を結晶までの距離を調節して照度500ルクスとした状態で5時間照射した。照射後のエパルレスタットを液体クロマトグラフ測定した結果、エパルレスタットのピーク面積に対する二量体の面積比は 100:1.09(エパルレスタット:二量体)であった。エパルレスタットのトリエチルアミン塩は波長200〜570nmの光を遮光しないと二量体が多く生成することが示された。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】分光劣化試験機による試験結果を示す図である。
【図2】遮光用フィルター(山本光学株式会社製レーザー光用遮光カーテン、製品名YL−600アルゴン)の透過率測定結果を示す図である。
【図3】図2の500〜580nm部分を拡大した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
波長200〜570nmの光を遮光した雰囲気にて扱うことを特徴とする式Iで表わされるエパルレスタット及びエパルレスタット塩の製造法。
【化1】

【請求項2】
波長200〜570nmの光を遮光した雰囲気にて扱うことを特徴とする式Iで表わされるエパルレスタットを含む製剤の製造法。
【請求項3】
フィルターを使って波長200〜570nmの光を遮光した雰囲気を調整することを特徴とする請求項1または2に記載の製造法。
【請求項4】
建物内の採光箇所からの光を遮蔽し、照明器具をフィルターで覆うことによって、波長200〜570nmの光を遮光した雰囲気を調整することを特徴とする請求項1または2に記載の製造法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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