説明

エルゴステロールの分離方法

本発明は、エルゴステロールを含有する非水溶性の有機溶媒溶液よりエルゴステロールを分離する際、当該溶液に水を供給し、エルゴステロールを析出させることを特徴とするエルゴステロールの分離方法である。本発明の方法を用いることにより、エルゴステロール結晶を高収率で得ることができる。さらに、供給する水分量を制御することにより、固液分離性の良い粒状のエルゴステロール凝集体を高収率で得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、エルゴステロールの分離方法に関する。
【背景技術】
エルゴステロールは、菌類等の微生物に含有されるステロールの一種で、ビタミンD2の前駆体である有用な物質である。このエルゴステロールを非水溶性の有機溶媒中で晶析すると、固液分離性の良い粒状の凝集体が得られることが知られている(特開2002−80492号公報)。しかしながらこの場合、エルゴステロールの該有機溶媒への溶解度から期待される結晶の収率に対して実際の収率は著しく低くなり、回収されなかった分は固液分離後のろ液より綿状の微細結晶となって次第に析出してくるという問題があった。一方、エルゴステロールは水和物結晶を生成するということは知られていた(S.E.Hull et al.,Acta Cryst.B32,2370−2373(1976))が、そのことと上記のような問題との関連は明らかではなかった。
発明の要約
本発明は上記のような収率の悪化という問題に解決法を提供し、エルゴステロール結晶を高収率で得られるようにすることによって、好ましくは、固液分離性の良いエルゴステロールの凝集体を高収率で得られるようにすることによって、工業的に有利なエルゴステロールの分離方法を提供するものである。
本発明者はエルゴステロールの晶析に関して種々の実験検討を行った結果、エルゴステロールの晶析時の水分量が収率に大きく影響していることを初めて見いだし、この知見に基づいて本発明を完成するに至った。
本発明によるエルゴステロールの分離方法は、非水溶性の有機溶媒溶液に水分を供給することを特徴とするものである。本発明によれば、エルゴステロール結晶の生成が促され、高収率化を達成することができる。さらに、供給する水分量を制御することによって、固液分離性の良いエルゴステロールの凝集体の生成が促され、高収率化を達成することができる。また、水分量を制御した際に得られるエルゴステロールの凝集体は、結晶中にアモルファス成分を含む、結晶化率50〜90%程度の凝集体とすることができる。
即ち、本発明は、エルゴステロールを含有する非水溶性の有機溶媒溶液よりエルゴステロールを分離する際、当該溶液に水を供給し、エルゴステロールを析出させることを特徴とするエルゴステロールの分離方法に関する。
また、本発明は、供給する水の量が、非水溶性の有機溶媒と2液相に分離しない範囲の量である上記方法に関する。
さらに、本発明は、エルゴステロールを含有する非水溶性の有機溶媒溶液が、エルゴステロールを含有する微生物から非水溶性の有機溶媒によりエルゴステロールを抽出した溶液、又は、他の溶媒で抽出後に非水溶性の有機溶媒に交換された溶液である上記方法;
非水溶性の有機溶媒が、ヘキサン、ヘプタン、オクタン又はこれらの混合物である上記方法;
水を供給する方法が、エルゴステロールを析出させる装置の気相部を連続的あるいは間欠的に加湿する方法である上記方法;
析出し、分離されるエルゴステロールが、結晶化率50%以上90%以下の凝集体である上記方法に関する。
また、本発明は、結晶化率が50%以上90%以下であるエルゴステロール凝集体に関する。
発明の詳細な開示
以下に、本発明について詳細に説明する。
本発明のエルゴステロールの分離方法は、エルゴステロールを含有する非水溶性の有機溶媒溶液に水を供給して、エルゴステロールを析出させることを特徴とするものである。
エルゴステロールは、菌類等の微生物に含有されるステロールの一種で、ビタミンD2の前駆体である有用な物質である。代表的な菌類としては、シイタケ、マイタケ等のキノコ類;酵母;マメ科植物の根にみられる根粒菌等が挙げられる。また、その他の微生物としては、クロレラ等の単細胞藻類等が挙げられる。
本発明でいう非水溶性の有機溶媒とは、その一般的性質として例えば化学物質安全性データ等で水に不溶あるいは難溶と示されるような物質を指し、具体的には、例えば、ヘキサン、ヘプタン、オクタン等の脂肪族炭化水素;ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素;塩化メチレン、クロロホルム、四塩化炭素等のハロゲン化炭化水素等が挙げられる。これらは1種でも2種以上でも用いることができる。このうち、エルゴステロールを析出する操作を行う必要があるという観点から、エルゴステロールの溶解性が低い脂肪族炭化水素が好ましい。なかでも、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、これらの混合物等がより好ましい。
エルゴステロールを含有する非水溶性の有機溶媒溶液としては、例えば、単にエルゴステロールのみが溶解している非水溶性の有機溶媒溶液;エルゴステロールを含有する菌類等の微生物から非水溶性の有機溶媒によりエルゴステロールを抽出した抽出液;エルゴステロールを含有する菌類等の微生物から他の溶媒によりエルゴステロールを抽出後、非水溶性の有機溶媒に交換した溶液等が挙げられる。
抽出に用いる他の溶媒としては、例えば、アセトン、エタノール、2−プロパノール等の水溶性の有機溶媒;これら水溶性の有機溶媒と前述の非水溶性の有機溶媒との混合物が挙げられる。
なお、エルゴステロールを含有する菌類等の微生物から非水溶性の有機溶媒によりエルゴステロールを抽出する場合、得られた抽出液をそのまま次の析出工程で用いてもよいし、又は、エルゴステロールの溶解性がより高い非水溶性の有機溶媒(芳香族炭化水素、ハロゲン化炭化水素)で抽出した後、これをエルゴステロールの溶解性がより低い非水溶性の有機溶媒(脂肪族炭化水素)に交換した溶液を、次の析出工程で用いてもよい。
エルゴステロールを含有する非水溶性の有機溶媒溶液よりエルゴステロールを析出させる際、一般に知られているような溶液温度を下げることにより溶解度を低下させて目的物を析出させる冷却晶析法や、有機溶媒を蒸発させて濃縮することにより目的物を析出させる蒸発晶析法が適用できるが、本発明では、共沸等により水が蒸発し失われる蒸発晶析法よりも、冷却晶析法を用いる方が好ましい。
エルゴステロールを析出させる際に用いる装置としては、特に制限されないが、例えば、ジャケット付き撹拌槽を用いた回分式晶析装置、1基又は複数のジャケット付き撹拌槽より連続的に液の供給・抜き取りを行う連続式晶析装置、塔形の連続晶析装置等が挙げられる。
本発明においては、エルゴステロールを析出させる際に水を供給するものであるが、供給する水の量は、非水溶性の有機溶媒と2液相に分離しない範囲の量が好ましい。ここで、非水溶性の有機溶媒と2液相に分離しない範囲の水の量とは、非水溶性の有機溶媒に溶解できる極微量の水の量である。当該水の量は、非水溶性の有機溶媒への水の溶解度に関係し、非水溶性の有機溶媒の種類によって多少異なるものであるが、例えば、非水溶性の有機溶媒としてヘキサンを用いる場合、水の量は、ヘキサンに対して1〜100ppm程度であることが好ましい。
水の量が多すぎると、非水溶性の有機溶媒の相と水相の2液相となるので操作しにくくなるほか、エルゴステロールが針状の結晶となって固液分離性が低下する傾向がある。一方、水を全く供給しないと、結晶が析出しなくなって収率が低下する。
なお、水を液体で供給すると、その供給量が最終的に2液相に分離しない量であっても、液相が一時的に不均一な状態となり、その際に水が局在する場所で針状結晶を生成することがある。それを防ぐために、水の供給方法として、エルゴステロールを析出させる装置における気相部(気体が存在する部分)を加湿することにより水を供給し、液相を均一な状態に維持する方法をとることが好ましい。
気相部を加湿する方法としては、2液相に分離しない程度に水を供給できるものであれば特に制限されず、例えば、直接水蒸気を送り込む方法;水中を通過させた窒素ガス等を流通させておく方法;超音波加湿機等を用いて発生させた霧状の水を供給する方法;発生させた霧状の水中を通過させたガスを流通させる方法等が挙げられる。
また、水は連続的あるいは間欠的に供給するのが好ましい。より好ましくは、エルゴステロールを析出させる装置の気相部を連続的あるいは間欠的に加湿することにより、水を供給することである。
晶析温度としては、好ましくは−30〜80℃、より好ましくは−20〜60℃である。晶析時間としては、好ましくは0.5〜24時間、より好ましくは1〜6時間である。また、徐々に冷却して晶析する場合には、冷却速度としては、好ましくは0.05〜3℃/分、より好ましくは0.1〜1℃/分である。
上述のようにしてエルゴステロールを析出させた後、ろ過等により固液分離して、エルゴステロールを分離することができる。また、分離されたエルゴステロールを、常温又は加温下、常圧又は減圧下で乾燥することにより、エルゴステロールの結晶を得ることができる。
エルゴステロールの回収率は、好ましくは60%以上、より好ましくは70%以上、さらに好ましくは80%以上、特に好ましくは90%以上である。
本発明のエルゴステロールの分離方法のうち、特に、供給する水分量を制御することにより析出、分離されたエルゴステロールは、固液分離性の良い粒状の凝集体であるが、一般に知られている単なる水和物結晶ではなく、結晶中に、水和物結晶とアモルファス(非晶質)成分を含む凝集体となる。アモルファス成分は結晶水を含有しないため、全量を水和物結晶として得るために必要な水分量よりも少ない水分量で、効率よく凝集体を析出させることができ、収率を向上させることができる。そのため、アモルファス成分は多いことが好ましいが、あまりに多いと凝集体として得ることができなくなる。よって、エルゴステロール凝集体の結晶化率としては50%以上90%以下が好ましく、より好ましくは60%以上80%以下である。
上記のような特徴のある凝集体においても、やはり結晶成分を構成するために微量の水を必要とするので、エルゴステロールを析出させる際に水を供給しない場合には、系中の水分が消費されてなくなり、収率は上がらない。
上記結晶化率は、X線回折等で測定できるが、水和している水を熱重量分析により測定して求めることもできる。なお、本明細書においては、結晶化率は、熱重量分析により測定して求めた値を採用している。つまり、結晶水が失われないように自然乾燥した凝集体について熱重量分析を行い、その含水量を測定することによって、凝集体中の結晶成分の量、即ち結晶化率を求めることができる。
具体的には、以下のようにして結晶化率を求める。自然乾燥した凝集体中の結晶成分は1水和物であり、アモルファス成分は水を含まないと考えられるので、凝集体中に存在する水のモル数=結晶のモル数である。また、分析に供したサンプルの重量をW、測定される重量減少量をΔwとすると、
結晶のモル数Mc=Δw÷水の分子量
エルゴステロールの全モル数M=(W−Δw)÷エルゴステロールの分子量
で表され、結晶化率=(Mc/M)×100 として求める。
また、得られた粒状の凝集体の粒径としては、好ましくは50μm以上、より好ましくは100μm以上である。
【発明を実施するための最良の形態】
以下に実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
500mlセパラブルフラスコを用いた回分式晶析装置に、濃度4g/Lのエルゴステロール含有ヘキサン溶液500mlをろ過して仕込み、撹拌しながら液温が45℃から10℃になるまで0.2℃/分の冷却速度で冷却した。35℃からは25分おきに容器の上部を開放し、40℃の温水で加湿した空気をシリンジで100mlずつ送り込んだ。冷却晶析終了後、吸引ろ過装置により固液分離し、乾燥して凝集体を得た。得られた結晶は、粒径100〜200μmの粒状の凝集体で、固液分離性は良く、回収率(仕込み量基準、溶液濃度を測定)は78%と良好であった。また、熱重量分析装置(セイコー電子工業製TG/DTA220)を用いて、30℃から180℃まで10℃/分で昇温して重量減少を測定し、結晶化率を求めた結果、この凝集体の結晶化率は66%であった。
【実施例2】
濃度4g/Lに調整したエルゴステロールのヘキサン溶液を、内径30mm、高さ450mmの塔型連続晶析装置に連続的に供給した。晶析装置の操作は、塔頂の抜き出し口温度10℃、撹拌回転速度100rpm、液供給速度5ml/分(供給液は約50℃に保温)、平均滞留時間60分で行った。装置の上端の気相部にはノズルより水を入れたトラップ管をくぐらせて加湿した窒素ガスを流通させておいた。装置内で析出し、沈降した結晶をサンプリングしたところ、粒径200μm程度の粒状の凝集体で固液分離性は良かった。1時間運転後の回収率(仕込み量基準、装置出口の溶液濃度を測定)は77%と良好であった。また、上記と同様に熱重量分析を行ったところ、この結晶の結晶化率は60%であった。
【実施例3】
500mlセパラブルフラスコを用いた回分式晶析装置に、濃度4g/Lのエルゴステロール含有ヘキサン溶液500mlをろ過して仕込み、撹拌しながら45℃から10℃まで0.2℃/分で冷却した。冷却途中で水0.5mlを添加した。添加した水はヘキサンには溶解できず、液滴として冷却終了まで存在した。冷却終了後、固液分離し、結晶を減圧乾燥して取り出した。回収率(仕込み量基準、溶液濃度を測定)は87%と良好であったが、結晶は針状となった。また、上記と同様に熱重量分析を行ったところ、この結晶の結晶化率は95%であった。
(比較例1)
500mlセパラブルフラスコを用いた回分式晶析装置に、濃度4g/Lのエルゴステロール含有ヘキサン溶液500mlをろ過して仕込み、撹拌しながら45℃から10℃まで0.2℃/分で冷却した。装置は冷却終了まで密閉した状態とした。冷却終了後、固液分離し、結晶を減圧乾燥して取り出した。得られた結晶は約200μmの粒状の凝集体で、固液分離性は良かったが、回収率(仕込み量基準、溶液濃度を測定)は53%と悪かった。
【産業上の利用可能性】
本発明によれば、エルゴステロール結晶を高収率で得ることが可能となる。また、供給する水分量を制御することにより、固液分離性の良い粒状のエルゴステロール凝集体を高収率で得ることが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エルゴステロールを含有する非水溶性の有機溶媒溶液よりエルゴステロールを分離する際、当該溶液に水を供給し、エルゴステロールを析出させることを特徴とするエルゴステロールの分離方法。
【請求項2】
供給する水の量が、非水溶性の有機溶媒と2液相に分離しない範囲の量であることを特徴とする請求の範囲第1項記載の方法。
【請求項3】
エルゴステロールを含有する非水溶性の有機溶媒溶液が、エルゴステロールを含有する微生物から非水溶性の有機溶媒によりエルゴステロールを抽出した溶液、又は、他の溶媒で抽出後に非水溶性の有機溶媒に交換された溶液であることを特徴とする請求の範囲第1又は2項記載の方法。
【請求項4】
非水溶性の有機溶媒が、ヘキサン、ヘプタン、オクタン又はこれらの混合物であることを特徴とする請求の範囲第1〜3項のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
水を供給する方法が、エルゴステロールを析出させる装置の気相部を連続的あるいは間欠的に加湿する方法であることを特徴とする請求の範囲第1〜4項のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
析出し、分離されるエルゴステロールが、結晶化率50%以上90%以下の凝集体であることを特徴とする請求の範囲第1〜5項のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
結晶化率が50%以上90%以下であるエルゴステロール凝集体。

【国際公開番号】WO2004/046163
【国際公開日】平成16年6月3日(2004.6.3)
【発行日】平成18年3月16日(2006.3.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−553147(P2004−553147)
【国際出願番号】PCT/JP2003/014170
【国際出願日】平成15年11月7日(2003.11.7)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【Fターム(参考)】