説明

エンジンベンチシステムの制御装置

【課題】エンジントルクオブザーバとエンジン慣性モデルを用いたエンジンベンチシステムで、エンジン単体、又は実車相当の実機を試験する場合、エンジン始動ができない場合がある。
【解決手段】エンジントルクオブザーバとエンジン慣性モデル部に、それぞれエンジン始動時のエンジン側回転損失を補償するためのエンジン損失の設定手段を設ける。エンジントルクオブザーバでは設定されたエンジン損失分を補償してエンジントルク推定値とする。エンジン慣性モデル部では、エンジントルク推定値からエンジン損失分を減算した値をダイナモメータの速度指令として出力するよう構成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンベンチシステムの制御装置に係わり、特にエンジントルクオブザーバを用いてのエンジントルク推定方式のエンジン始動制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
図4は特許文献1により公知となっているエンジンベンチシステムの構成図で、ダイナモメータ1とエンジン2は回転軸3により連結される。エンジン2は、スロットルアクチュエータ4を介して制御される。ダイナモメータ1とエンジン2の連結体からは、図示省略された速度検出器、軸トルク検出器を介して速度と軸トルクが検出され、ダイナモメータの制御部5に設けられたエンジントルクオブザーバ6に入力される。エンジントルクオブザーバ6では入力された信号に基づき演算を実行してエンジントルクを推定し、さらに、負荷モデル7で推定値に基づいてダイナモメータに対するトルク指令値を生成し、インバータ8を介してダイナモメータ1を制御する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002−98617
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
図4で示すエンジンベンチシステムによって排ガス評価を行うとき、図示省略されたスタータを起動させることでエンジン2を始動させ、始動確認後にエンジン単体などの試験が行われるが、その際、エンジンの単体試験の他に、エンジンベンチシステムによる実車相当の試験を可能とすることが要望されている。
【0005】
図5はエンジンスタータ始動波形を示したもので、線Aはエンジンとダイナモを直結し、トルクを0(Nm)として制御をした場合、線Bはエンジン単体時の場合である。線Bと比較して線Aは、追従遅れが発生しているため、○イの部分では回転数が低く、且つ○ロの部分では回転数が高くなっている。また、軸トルク検出も上下に大きく振れている。これは、エンジンに対するダイナモメータの慣性(負荷トルク)が大きく、更にクラッチが低剛性のためダイナモメータのトルク制御応答を高応答にすることもできない(エンジン速度の変化に追従することができない)。エンジンとダイナモが直結した状態でスタータによるエンジン単体の始動の再現ができなくなっている。
【0006】
本発明が目的とするとこは、エンジンとダイナモが直結状態でもエンジン単体相当の試験を可能とするエンジンベンチシステムの制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、エンジンとダイナモメータを連結し、軸トルクメータ及び速度検出器によって検出された信号をエンジントルクオブザーバに入力してエンジントルクの推定値を算出し、算出された推定値をエンジン慣性モデル部、及び速度制御部を介してダイナモメータのトルク電流指令値を生成し、インバータを通してダイナモメータを制御するエンジンベンチシステムにおいて、
前記エンジントルクオブザーバとエンジン慣性モデル部に、それぞれエンジン始動時のエンジン側回転損失を補償するためのエンジン損失の設定手段を設け、前記エンジン慣性モデル部の出力信号と前記速度検出器によって検出された信号の差信号を前記速度制御部に入力してトルク電流指令値を生成するよう構成したことを特徴としたものである。
【0008】
本発明は、請求項1のエンジントルクオブザーバは、設定されたエンジン損失分を減算した値をエンジントルク推定値として出力し、前記エンジン慣性モデル部はエンジントルク推定値からエンジン損失分を減算した値を出力するよう構成したことを特徴としたものである。
【0009】
また、本発明は、請求項1又は2のエンジントルクオブザーバは、前記軸トルク検出を入力して軸トルク検出分推定トルクを演算する軸トルク差推定部と、前記ダイナモメータの速度検出を入力しエンジン慣性を乗算してエンジンの推定加速度信号を演算するエンジン加速度推定部と、前記ダイナモメータの速度検出を入力し推定エンジン速度に粘性摩擦係数を乗算してエンジン損失を演算するエンジン損失推定部を設けると共に、
前記エンジン慣性モデル部に、エンジンの慣性値を演算する慣性部と、演算された慣性値の積分量を入力してエンジンのトルク損失分を設定するトルク損失設定部を設けたことを特徴としたものである。
【発明の効果】
【0010】
以上のとおり、本発明は、エンジントルクオブザーバとエンジン慣性モデル部にエンジンの回転損失項を追加したことで、エンジン始動直後の急激な回転数の変動が抑制され、エンジン単体、及び実車相当の実機試験時のエンジン始動の失敗は生じないものである。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の実施形態を示す本発明の構成図。
【図2】本発明によるエンジン単体と実機の検証比較図。
【図3】従来の制御方式によるエンジン単体と実機の検証比較図。
【図4】従来のエンジンベンチシステムの構成図。
【図5】エンジンスタータ始動波形図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
図1は、本発明の実施例を示すダイナモメータ制御部の構成図である。
10はエンジントルクオブザーバで、軸トルク差推定部11、エンジン加速度推定部12、及びエンジン損失推定部13を有している。軸トルク差推定部11は、軸トルク検出器により検出されたダイナモメータとエンジンの差からなる軸トルクを入力し、(1)式に基づいて軸トルク検出分推定トルクGted(s)を算出する。
Gted(s)=1/(2πfc)-1*s+1 ……(1)
エンジン加速度推定部12は、ダイナモメータの速度検出を入力微分してエンジンの推定加速度信号とし、予め設定されたエンジン慣性ゲインを乗算することでエンジンの加速度に使用されるトルクを算出する。エンジン損失推定部13は、ダイナモメータの速度検出を入力して速度検出に対応したエンジン速度を算出し、予め設定されたエンジン損失を乗算することでエンジン損失トルクとする。
【0013】
エンジン加速度推定部12とエンジン損失推定部13の出力は(2)式により差が求められてダイナモメータの速度検出分推定トルクGωe(s)となり、減算部14から(3)式に基づいてエンジントルク推定値Teo(s)が算出されてエンジントルクオブザーバ10の出力となる。
【0014】
Gωe(s)= (ENG.J*s)/((2πfc)-1*s+1)−ENG.C/
(2πfc)-1*s+1
=ENG.J*s−ENG.C/(2πfc)-1*s+1…… (2)
Teo(s)=Gted(s)*Ted(s)+Gωe(s)*ωe(s) …… (3)
ただし、Tedは軸トルク、ωeはエンジンの回転速度
20はエンジン慣性モデル部(負荷モデル)で慣性部21、積分要素22、及びトルク損失設定部23を備えている。慣性部21では、エンジン慣性制御の慣性量をENG.Jと設定してその値を積分要素22に入力する。エンジンのトルク損失設定部23は、積分要素22を経て得られたエンジン慣性制御値に0.2〜1の範囲から任意の係数を乗算することでトルク損失値を設定する。トルク損失分は減算部24でエンジントルク推定値から減算され、慣性部21で慣性量が算出されて積分要素22を通りダイナモメータの速度信号として減算部31に入力される。
【0015】
減算部31では、エンジン慣性モデル部20の出力信号とダイナモメータの速度検出との偏差が算出され、その速度偏差はダイナモメータの速度制御部30に入力されてトルク電流指令が生成されてインバータの制御部に入力され、インバータを介してダイナモメータが制御される。
【0016】
図2と図3は本発明によるエンジン単体と実車相当の実機による検証比較図である。図3はエンジンの回転損失を考慮してない従来方式の場合、図2は本発明による結果を示したもので、各図において線Aはエンジン単体、線Bは実機である。
【0017】
図3で示す速度制御にエンジン損失を補償してない従来方式では、実機の回転数(線B)とエンジン単体(線A)の回転数では、エンジン始動初期での低回転数域での特性が大幅に異なり、そのために実機では軸電流指令(DYトルク指令)も負方向に偏り大きく振れてエンジンの始動失敗が生じる。低回転数域での実機回転数が大きく立ち上がる理由は、エンジン側での回転損失に基づく影響によるものである。
【0018】
これに対して、図2で示す本発明では、エンジン損失推定部13とトルク損失設定部23でエンジン損失ENG.C分を補償したことで、図2で示すようにエンジン単体の回転数と実機での回転数差は小さくなり、トルク電流指令の振れも小さくなっている。なお、図2はエンジン損失係数を0.9とした例である。
【0019】
したがって、本発明によれば、エンジントルクオブザーバとエンジン慣性モデル部にエンジンの回転損失項を追加したことで、ダイナモメータとエンジン直結状態でエンジン単体相当のエンジンスタータによる始動が可能となるものである。
【符号の説明】
【0020】
1… ダイナモメータ
2… エンジン
3… 回転軸
10… エンジントルクオブザーバ
11… 軸トルク差推定部
12… エンジン加速度推定部
13… エンジン損失推定部13
20… エンジン慣性モデル部
21… 慣性部
22… 積分要素
23… トルク損失設定部
30… 速度制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンとダイナモメータを連結し、軸トルクメータ及び速度検出器によって検出された信号をエンジントルクオブザーバに入力してエンジントルクの推定値を算出し、算出された推定値をエンジン慣性モデル部、及び速度制御部を介してダイナモメータのトルク電流指令値を生成し、インバータを通してダイナモメータを制御するエンジンベンチシステムにおいて、
前記エンジントルクオブザーバとエンジン慣性モデル部に、それぞれエンジン始動時のエンジン側回転損失を補償するためのエンジン損失の設定手段を設け、前記エンジン慣性モデル部の出力信号と前記速度検出器によって検出された信号の差信号を前記速度制御部に入力してトルク電流指令値を生成するよう構成したことを特徴としたエンジンベンチシステムの制御装置。
【請求項2】
前記エンジントルクオブザーバは、設定されたエンジン損失分を減算した値をエンジントルク推定値として出力し、前記エンジン慣性モデル部はエンジントルク推定値からエンジン損失分を減算した値を出力するよう構成したことを特徴とした請求項1記載のエンジンベンチシステムの制御装置。
【請求項3】
前記エンジントルクオブザーバは、前記軸トルク検出を入力して軸トルク検出分推定トルクを演算する軸トルク差推定部と、前記ダイナモメータの速度検出を入力しエンジン慣性を乗算してエンジンの推定加速度信号を演算するエンジン加速度推定部と、前記ダイナモメータの速度検出を入力し推定エンジン速度に粘性摩擦係数を乗算してエンジン損失を演算するエンジン損失推定部を設けると共に、
前記エンジン慣性モデル部に、エンジンの慣性値を演算する慣性部と、演算された慣性値の積分量を入力してエンジンのトルク損失分を設定するトルク損失設定部を設けたことを特徴とした請求項1又は2記載のエンジンベンチシステムの制御装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−53978(P2013−53978A)
【公開日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−193490(P2011−193490)
【出願日】平成23年9月6日(2011.9.6)
【出願人】(000006105)株式会社明電舎 (1,739)
【Fターム(参考)】