説明

オーステナイト系高純度鉄合金

【課題】SUS316Lよりも、耐酸化性、耐衝撃性および耐応力腐食割れ性に優れる材料(オーステナイト系高純度鉄合金)を提供する。
【解決手段】C:0.0020mass%以下、N:0.0030mass%以下、S:0.0010mass%以下、O:0.0050mass%以下およびC,N,SおよびOの合計量:0.0080mass%以下、Ni:10〜30mass%、Cr:15〜50mass%を含有し、好ましくは、さらにW:10mass%以下、Mo:10mass%以下、あるいはさらに、P:0.1mass%以下、Ti:0.2mass%以下、Al:2mass%以下およびB:0.0050mass%以下のうちから選ばれる1種または2種以上を含有するオーステナイト系高純度鉄合金。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、安定なオーステナイト組織を有し、耐酸化性、耐衝撃性および耐応力腐食割れ性に優れ、原子炉の炉心や核燃料の再処理プラント、化学プラント、ごみ発電プラントなどの構造部材あるいは配管等の構成部材の材料に用いて好適なオーステナイト系高純度鉄合金に関するものである。
【背景技術】
【0002】
地球温暖化および化石燃料である原油の枯渇や価格高騰に伴って、原子力を利用した発電が再び脚光を浴びている。わが国の原子力発電プラントは、沸騰水型あるいは加圧水型の軽水炉が主流であるが、新型転換炉や高速増殖炉の開発も行なわれている。これらの原子力発電プラントに用いられる材料には、大別して燃料被覆管、炉内構造材、伝熱管等があるが、例えば、燃料被覆管にはジルカロイ系合金が、炉内構造材にはSUS304系やSUS316系のオーステナイト系ステンレス鋼(例えば、特許文献1〜3等参照)が、伝熱管には9Cr鋼や炭素鋼等が主に用いられている。
【0003】
しかし、ジルカロイ系合金は、燃焼度100GWd/tを超えることが想定される次世代軽水炉に適用するには、耐酸化性、耐水素脆性が不十分であり、さらに、耐中性子照射性や高温強度特性も十分なものではない他、希少金属を用いているため非常に高価で、入手が困難である。また、SUS304系やSUS316系のオーステナイト系ステンレス鋼は、応力腐食割れを起こし易く、高温強度やクリープ特性等の高温強度特性、耐照射損傷性もやはり十分なレベルではない。また、9Cr鋼や炭素鋼は、熱伝導度や熱膨張などの熱的物性に優れる反面、靭性や高温での引張特性、クリープ特性等の機械的特性および溶接性に劣る他、耐照射損傷性も十分なレベルではない。
【特許文献1】WO2005/068674号公報
【特許文献2】特開2005−290488号公報
【特許文献3】特開2004−339576号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで、上記問題点に対応するため、各種の材料開発がなされてきた。例えば、オーステナイト系ステンレス鋼であるSUU316については、炭素量を低くして粒界への炭素量の析出・粗大化を抑制する一方、炭素量低減による強度低下を窒素(N)およびリン(P)を最適化し補償することによりSUS304やSUS316を上回るクリープ強度を有する鋼(SUS316FR)が開発されている。しかし、このSUS316FRは、クリープ特性については改善されたものの、その他の特性、例えば、耐酸化性や耐衝撃性および耐応力腐食割れ性については、従来のSUS316Lレベルのままであり、さらなる改善が望まれている。
【0005】
そこで、本発明の目的は、従来のオーステナイト系ステンレス鋼であるSUS316Lよりも、耐酸化性、耐衝撃性および耐応力腐食割れ性に優れる材料(オーステナイト系高純度鉄合金)を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明者らは、上記課題の解決に向けて、Niを10mass%以上およびCrを10mass%以上含有するオーステナイト系鉄合金を対象に鋭意研究を重ねた。その結果、上記オーステナイト系鉄合金中に不可避的に混入してくる不純物であるC,N,SおよびOを極微量まで低減し、それらの合計量を0.0080mass%以下の極微量に低減することにより、耐酸化性、耐衝撃性および耐応力腐食割れ性が大きく改善されることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
すなわち、本発明は、C:0.0020mass%以下、N:0.0030mass%以下、S:0.0010mass%以下、O:0.0050mass%以下およびC,N,SおよびOの合計量:0.0080mass%以下、Ni:10〜30mass%、
Cr:15〜50mass%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる耐衝撃性、耐酸化性および耐応力腐食割れ性に優れるオーステナイト系高純度鉄合金。
である。
【0008】
本発明のオーステナイト系高純度鉄合金は、上記成分組成に加えてさらに、W:10mass%以下、Mo:10mass%以下を含有することを特徴とする。
【0009】
また、本発明のオーステナイト系高純度鉄合金は、上記成分組成に加えてさらに、P:0.1mass%以下、Ti:1mass%以下、Al:3mass%以下およびB:0.0050mass%以下のうちから選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、安定なオーステナイト組織を有し、耐酸化性、耐衝撃性および耐応力腐食割れ性に優れる高純度鉄合金を得ることができる。したがって、上記合金は、原子炉の炉心や核燃料の再処理プラント、化学プラント、ごみ発電プラントなどの構造部材あるいは配管等の構成部材の材料に好適に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明に係るオーステナイト系高純度鉄合金が有すべき成分組成について説明する。
C:0.0020mass%以下、N:0.0030mass%以下、S:0.0010mass%以下、O:0.0050mass%以下およびC,N,SおよびOの合計量:0.0080mass%以下
C,N,SおよびOは、鋼中に不可避的に混入してくる不純物元素である。これらの元素は、他の元素と炭化物や窒化物、硫化物、酸化物等を形成し、粒界や粒内に析出して、耐酸化性、耐衝撃性、耐応力腐食割れ性を害するだけでなく、加工性や溶接性、高温での引張特性やクリープ特性、耐食性、耐水素脆化特性、耐照射損傷性等の様々な特性の低下を引き起こすため、低いほど好ましい。よって、本発明では、C:0.0020mass%以下、N:0.0030mass%以下、S:0.0010mass%以下、O:0.0050mass%以下およびC,N,SおよびOの合計量:0.0080mass%以下とする。好ましくは、C:0.0020mass%以下、N:0.0025mass%以下、S:0.0005mass%以下、O:0.0030mass%以下およびC,N,SおよびOの合計量:0.0060mass%以下、さらに好ましくは、C:0.0010mass%以下、N:0.0010mass%以下、S:0.0002mass%以下、O:0.0010mass%以下およびC,N,SおよびOの合計量:0.0030mass%以下である。
【0012】
Ni:10〜30mass%
Niは、オーステナイト安定化元素であると共に、耐酸化性や靭性の向上に有効な元素である。斯かる効果を発現させるためには、10mass%以上の添加が必要である。一方、Niは、高価な元素であるため、上限を30mass%とする。好ましくは、15〜25mass%の範囲である。
【0013】
Cr:15〜50mass%
Crは、本発明のオーステナイト系高純度鉄合金の強度を高め、耐酸化性を向上する元素であり、また、耐食性を高める元素でもある。斯かる効果を発現させるためには、15mass%以上添加する必要がある。一方、Crの含有量が50mass%を超えると、上記効果が飽和すると共に、靭性も低下するようになる。よって、本発明では、Crは15〜50mass%の範囲とする。好ましくは、15〜25mass%の範囲である。
【0014】
本発明の高純度鉄合金は、上記必須成分に加えてさらに、下記の成分を含有することができる。
Mo:10mass%以下、W:10mass%以下
MoおよびWは、鋼を固溶硬化して強度を高めるのとともに、耐食性を向上するのに有効な元素である。これらの効果は、それぞれ2mass%以上の添加で発現する。しかし、それぞれ10mass%を超えて添加した場合には、靭性が低下するようになる。よって、MoおよびWは、それぞれ10mass%以下の範囲で添加するのが好ましい。より好ましくは、それぞれ2〜5mass%の範囲である。
【0015】
本発明の高純度鉄合金は、上記成分に加えてさらに、必要に応じて下記の成分を含有することができる。
P:0.1mass%以下、Ti:1mass%以下
PおよびTiは、鋼中で(Fe,Ti)Pを形成して析出し、高温度域での強度を高めるほか、放射線照射で生じる点欠陥の消滅源として働き、照射脆化を抑制する効果を有する。これらの効果を得るためには、P:0.02mass%以上、Ti:0.1mass%以上添加するのが好ましい。しかし、Pは0.1mass%を超えて添加すると、Tiは1mass%を超えて添加すると、粒界の脆化を促進する。よって、PおよびTiはそれぞれ、P:0.1mass%以下、Ti:1mass%以下の範囲で添加する。好ましくは、P:0.07mass%以下、Ti:0.2mass%以下の範囲である。
【0016】
Al:3mass%以下
Alは、脱酸剤として添加される。また、鋼の表面に酸化皮膜を形成して耐酸化性を向上させると共に、固溶して高温強度を高める元素である。この効果を得るには、0.05mass%以上添加するのが好ましい。しかし、3mass%を超えて添加した場合には、溶接性や靭性の低下を招く。よって、Alは、3mass%以下の範囲で添加するのが好ましい。より好ましくは、0.5〜2mass%、さらに好ましくは0.5〜1mass%の範囲である。
【0017】
B:0.0050mass%以下
Bは、粒界に偏析して粒界強度を高め、高温でのクリープ特性を改善する効果を有する元素であり、この効果を得るには、0.0005mass%以上添加するのが好ましい。しかし、0.0050mass%を超えて添加すると、その効果が飽和するとともに、却って、熱間加工性が悪くなる。よって、Bを添加する場合は、0.0050mass%以下とするのが好ましい。より好ましくは0.0010〜0.0020mass%の範囲である。
【0018】
本発明のオーステナイト系高純度鉄合金は、上記成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。しかし、上記以外の成分であっても、本発明の効果を害さない範囲であれば、含有することを拒むものではない。例えば、Si:0.015mass%以下、Mn:0.01mass%以下の範囲で含有してもよい。ただし、その他の不可避的不純物元素は、合計で0.01mass%以下に制限することが好ましい。
【0019】
なお、本発明のオーステナイト系高純度鉄合金は、高純度であること、即ち、C,N,SおよびOの含有量が極めて低いことに起因して、従来のオーステナイト系ステンレス鋼と比較して、耐酸化性、耐衝撃性および耐応力腐食割れ性に優れるだけでなく、耐食性や高温強度特性(引張特性および耐クリープ特性)、耐水素脆化特性、耐照射損傷性等にも優れる。さらに、本発明の鉄合金は、高純度であることに起因して、加工性(成形性)や溶接性に優れ、しかも、溶接部の組織変化、強度や靭性の劣化もほとんどない。したがって、本発明のオーステナイト系高純度鉄合金は、原子炉の構造用部材や配管素材として好適に用いることができる。
【実施例1】
【0020】
表1に示したNo.1〜5のオーステナイト系高純度鉄合金(C+N+S+O≦0.0060mass%)を溶製し、75kgの鋼塊としたのち1250℃で鍛造して、60mm角程度の角材とし、さらに、この角材を加工した直径38mmφの丸棒を冷間で溝ロール圧延し、直径18mmφの丸棒とした。次いで、この丸棒に、950℃で30min加熱後、水冷する溶体化処理を施した溶体化材と、さらにその後、750℃で1hr加熱後、水冷する時効処理を施した時効材を作製した。
これらの溶体化材および時効材からシャルピー衝撃試験片を採取し、室温から−196℃の温度範囲で、シャルピー衝撃試験を行い、衝撃値を求めた。また、比較例として、市販のSUS316L(表1のNo.6)についても、上記と同様の溶体化処理および時効処理を施したのち、シャルピー衝撃試験に供した。
【0021】
【表1】

【0022】
上記シャルピー衝撃試験の結果を、容体化材については図1に,時効材については図2に示した。これらの結果から、本発明に係るNo.1〜4のオーステナイト系高純度鉄合金の衝撃値は、全ての温度範囲において市販のSUS316Lに比較して100〜300J/cm上回る値を示しており、耐衝撃特性に極めて優れていることがわかる。なお、本発明に係るNo.5のオーステナイト系高純度鉄合金の衝撃値は、全ての温度範囲において市販のSUS316Lより低いが、必要とされる衝撃値である30J/cmを大きく上回っており、実用的には十分な耐衝撃性を有している。
【0023】
【表2】

【実施例2】
【0024】
実施例1において得たNo.1〜4の合金の棒材(直径18mmφ)に対して、950℃で1hr加熱後、水冷する溶体化処理後、700℃で24hr加熱する鋭敏化熱処理を施した。
次いで、それらの棒材から、平行部の直径6mmφ×30mm長さの試験片を採取し、塩素100ppm添加した300℃の高温水中(脱気なし)でかつ10MPaの圧力を付与した試験環境下で、歪速度:1.6×10−5/sの低速で引張試験を行うSSRT(Slow Strain Rate Corrosion)試験を行い、耐応力腐食割れ性を調査した。また、比較例として、市販のSUS316L(表1のNo.6)についても、上記と同様の溶体化処理および鋭敏化処理を施したのち、SSRT試験に供した。
【0025】
上記SSRT試験で得られた応力−歪線図を図3に示した。図3から、本発明に係るオーステナイト系高純度鉄合金は、いずれも40%以上の全伸びを示しており、上記試験環境下では応力腐食割れを起こし難いことがわかる。また、上記図3から読み取った最大応力(MPa)と破断までの伸び(%)およびそれらの積(最大応力×伸び(MPa・%))を表2に示したが、市販のSUS316Lでは(最大応力×伸び)が8000MPa・%程度でしかないのに対し、本発明のオーステナイト系高純度鉄合金は、15000MPa・%以上の値を示しており、耐応力腐食割れ性に優れていることがわかる。
【実施例3】
【0026】
実施例1において得たNo.1〜4の合金の棒材(直径18mmφ)に対して、950℃で1hr加熱後、水冷する溶体化処理を施した後、この棒材から、14mm×14mm×3mm厚の試験片を採取し、この試験片を用いて、1000℃に保持された大気雰囲気中で500hrの酸化試験を行い、試験前後の質量増加量を測定し、耐酸化性を評価した。また、比較例として、市販のSUS316L(表1のNo.6)についても、上記と同様の溶体化処理および鋭敏化処理を施したのち、酸化試験に供した。
【0027】
上記の試験の結果を表2および図4に示した。これらの結果から、本発明に係るオーステナイト系高純度鉄合金は、市販のSUS316Lと比較して約1/2以下の酸化増量であり、特に、MoとWを複合添加したNo.2〜4の鉄合金は、市販のSUS316Lの約1/100の酸化増量でしかない。また、図5に、酸化試験後における本発明の鉄合金と市販のSUS316Lの試験片の外観写真と表面近傍の断面組織写真を示したが、本発明の鉄合金の表面はスムーズであり、耐酸化性に優れていることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明の高純度鉄合金は、耐酸化性、耐衝撃性および耐応力腐食割れ性に優れるだけでなく、耐食性や加工性、溶接性、耐水素脆性にも優れているので、火力発電機器の部材や輸送機器の部材としても好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】溶体化処理した本発明の鉄合金と市販のSUS316Lのシャルピー衝撃試験結果を比較したグラフである。
【図2】溶体化処理後、時効処理した本発明の鉄合金と市販のSUS316Lのシャルピー衝撃試験結果を比較したグラフである。本発明の鋼とSUS316Lの引張強度の温度依存性を示すグラフである。
【図3】溶体化処理後、鋭敏化処理した本発明の鉄合金と市販のSUS316LのSSRT試験における応力−歪線図を比較したグラフである。本発明の鋼のクリープ特性を示すグラフである。
【図4】本発明の鉄合金と市販のSUS316Lの大気中での酸化試験における酸化増量を比較したグラフである。
【図5】本発明の鉄合金と市販のSUS316Lの大気中での酸化試験後における試験片の外観写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.0020mass%以下、
N:0.0030mass%以下、
S:0.0010mass%以下、
O:0.0050mass%以下および
C,N,SおよびOの合計量:0.0080mass%以下、
Ni:10〜30mass%、
Cr:15〜50mass%を含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなる耐衝撃性、耐酸化性および耐応力腐食割れ性に優れるオーステナイト系高純度鉄合金。
【請求項2】
上記成分組成に加えてさらに、W:10mass%以下、Mo:10mass%以下を含有することを特徴とする請求項1に記載のオーステナイト系高純度鉄合金。
【請求項3】
上記成分組成に加えてさらに、P:0.1mass%以下、Ti:1mass%以下、Al:3mass%以下およびB:0.0050mass%以下のうちから選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1または2に記載のオーステナイト系高純度鉄合金。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−111909(P2010−111909A)
【公開日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−284947(P2008−284947)
【出願日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【出願人】(594208536)