説明

オーディオ装置

【課題】音質劣化を生じない良質なクロストークキャンセル処理を実現することができるオーディオ装置を得る。
【解決手段】右メインスピーカの駆動信号として出力する第1の信号出力手段と、左メインスピーカの駆動信号として出力する第2の信号出力手段と、右信号と左信号の逆相成分信号を抽出する逆相成分抽出手段と、逆相成分信号に対して、クロストーク成分キャンセル用の伝達特性を付与する信号加工手段と、位相反転後の逆相成分信号を一方のキャンセル用スピーカの駆動信号として出力する第3の信号出力手段と、伝達特性が付与された逆相成分信号を他方のキャンセル用スピーカの駆動信号として出力する第4の信号出力手段とを備えた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、スピーカの再生音によって、任意の位置に仮想的な音像定位を実現するオーディオ装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、2つのスピーカのみを用いて、空間の任意の位置に音源が存在するようにリスナーに知覚させるオーディオ再生技術(以下、仮想音像定位技術と称する)が知られている。
仮想音像定位技術の実現方法は、例えば、以下の非特許文献1に開示されている。図9は、その構成を示す図である。
非特許文献1によると、仮想音像定位技術では、ある空間における任意の位置から、同じ空間内の任意の位置にいる人間の両耳までの伝達特性を測定(あるいは、推定)しておき、この伝達特性を入力音源に畳み込むことにより、両耳に到達すると思われる信号を生成するとしている。
このようにして生成された信号は「バイノーラル信号」と呼ばれ、ヘッドホンなどの再生機器を用いて、バイノーラル信号を両耳に提示することにより、任意の位置に音源があるかのようにリスナーに錯覚させることができる。
【0003】
ただし、再生機器がスピーカである場合、バイノーラル信号を正しく両耳に届けるためには、以下に述べるクロストークキャンセル処理が必要となる。
即ち、スピーカ再生において、片方の耳(例えば、右耳)に提示する信号を片方のスピーカ(例えば、右スピーカ)で、そのまま再生すると、右スピーカから出た音は空間伝達関数G11を経て右耳に到達すると同時に、空間伝達関数G12を経て左耳にも到達してしまう「クロストーク」が発生するため、バイノーラル信号を正しく両耳に提示することができない。
このように、正しくバイノーラル信号を両耳に提示することができない場合、狙った位置に音像が定位しなくなるという問題が起こる。
この問題を解決するため、スピーカ再生による仮想音像定位技術では、一般に、このクロストークを抑圧するクロストークキャンセル処理を実施する。
【0004】
図9に示した例では、フィルタH11,H12,H21,H22を用いてクロストークキャンセル処理を行い、リスナーの耳元での受音信号z1およびz2をダミーヘッド出力x1およびx2と一致させている。これにより、左右のバイノーラル信号を正確に提示させることが可能となる。
【0005】
しかしながら、上記のクロストークキャンセル処理を施すと、中央に定位する成分である中央定位成分(例えば、セリフやボーカル成分)が奥に引き込んだようになって、はっきり聞こえなくなったり、エコーがかかっているような音質の劣化を生じる事態がしばしば発生する。
また、低音成分がやせてしまって、迫力のある低音感を損なってしまうという事態も発生する。
【0006】
ここで、中央定位成分と低音成分は、共に同相成分が支配的である。以下、同相成分が支配的である理由を説明する。
ある音源を中央に定位させるバイノーラル信号を生成する場合、当然のことながらリスナーの正面に音源があることを想定してバイノーラル信号を生成する。
リスナーの正面に音源がある場合、リスナーの左耳と右耳にはほとんど同時に同じ音が到達する。これは、人間の顔形状がほぼ左右対称であるため、正面の音源位置から右耳までに到達する伝達特性と、正面の音源位置から左耳に到達する伝達特性がほぼ等しくなることからも理解できる。
バイノーラル信号だけでなく、通常のステレオ音源でも、中央定位成分は、ほぼ左右同相で収録されている。
したがって、バイノーラル信号も通常のステレオ信号も、中央定位成分は、同相成分が支配的である。完全な同相信号となっている場合も多い。
【0007】
次に、ある音源をリスナーの90度右側に定位させるバイノーラル信号を生成する場合、リスナーの右側90度に音源があることを想定してバイノーラル信号を生成する。
リスナーの右側90度に音源がある場合、まず右耳に音が到達し、その後、顔の幅分(左右耳の距離差の分)だけ遅れて左耳に音が到達する。
低音成分は、中高音成分と比較して回折しやすいことが知られている。このため、右耳に到達する音と比較して、振幅強度があまり減衰していない音が左耳にも回り込んで到達する。
即ち、バイノーラル信号は、右耳用の信号が先に出力され、一定の時間をおいてから左耳用の信号が出力されるような信号となる。また、低音成分に関しては、左右の振幅強度差がわずかとなる。
【0008】
ここでの一定の時間は、顔の幅分程度の音波の遅れ時間であり、例えば、48000HzでサンプリングしたDVDのオーディオ信号では、20〜30サンプル程度の遅延時間に相当する。
低音信号として、100Hz以下を考えた場合、その波長は1周期で480サンプル以上になる。
したがって、100Hzの低音信号を、顔の幅分の遅れ時間に相当する30サンプル分だけ遅延させたとしても、その位相は1/16λ(λは波長である)以下の遅れがあるだけであり、ほとんど同相信号とみなしても問題はない。
【0009】
右側90度以外の角度では、当然のことながら、左右での位相遅れは、これより小さくなる。
即ち、バイノーラル信号に関しては、低音成分は、ほぼ同相成分とみなせる。通常のステレオソースでも、低音成分は左右で振幅差をつけて収録される場合もあるが、ほぼ同相成分で収録されている。
【0010】
以上の理由より、中央定位成分と低音成分は、共に同相成分が支配的である。
ここで、上記のクロストークキャンセル処理に同相成分の信号が入力された場合について説明する。
図10はクロストークキャンセル処理に同相成分信号が入力されたときに、オーディオ装置から出力される信号の時間応答を示す説明図である。
ただし、伝達特性Hdをインパルスで近似し、伝達特性Hxを遅延と減衰が伴っているインパルスで近似した場合の模式図である。このような近似を行わなくても、時間応答の大まかな傾向は変わらない。
【0011】
同相成分が入力された場合、図10に示すように、オーディオ装置の出力信号は、左右とも同じ時間応答になり、一定間隔をおいて正負が反転し、減衰しながら応答が持続する。
図10において、ゼロ時刻の正側のインパルス部分((a)を参照)は、スピーカに近い側の耳に到達する成分であり、(a)以降の持続する応答部分((b)を参照)は、全てキャンセル用の信号として作用する。
クロストークキャンセル処理の設計時に想定した位置(以下、標準位置と称する)にいるリスナーの耳元では、応答部分(b)はお互いに打ち消し合い、クロストークが完全にキャンセルされる。
【0012】
ただし、リスナーが標準位置から多少でもずれると、応答部分(b)が互いに打ち消し合わず、エコーを伴う音質の劣化が知覚されることになる。
実際の試聴環境では、リスナーがちょうど標準位置にいることの方が稀であり、多くの場合、中央定位成分信号にエコーがかかることによって、その音像が奥に引き込み、音質も劣化する。
【0013】
また、図11は図10を周波数分析した結果を示す説明図である。
同相成分が入力されたクロストークキャンセル処理の出力信号の周波数特性は、図11に示すように、1000Hz〜3000Hz程度の中音成分にピークがあり、このピーク部分と比較して、低音成分が大幅に減衰されていることがわかる。
図11では、100Hzの低音信号は、2000Hzの中高音信号と比較して、約18dBも減衰されていることがわかる。
以上より、従来のクロストークキャンセル処理では、原理的に、中央定位成分が奥に引き込み、エコーがかかっているような音質劣化が生じ、また、低音がやせてしまう音質劣化が生じる。
【0014】
非特許文献1に開示されているクロストークキャンセル処理の他に、例えば、以下の特許文献1,2にもクロストークキャンセル処理が開示されている。
しかしながら、このクロストークキャンセル処理でも、同相信号が入力されたときには全く同じ傾向の動作をするため、原理的に、中央定位成分が奥に引き込み、エコーがかかっているような音質劣化が生じ、また、低音がやせてしまう音質劣化が生じる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【非特許文献1】「音響システムとディジタル処理」コロナ社、平成7年3月出版 P.233−P.237
【0016】
【特許文献1】特表2000−506691号公報
【特許文献2】特開平7−46700号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
従来のオーディオ装置は以上のように構成されているので、再生機器がスピーカである場合、クロストークキャンセル処理を施せば、バイノーラル信号を正しく両耳に届けることができる。しかし、中央定位成分や低音成分の音質劣化が生じてしまうなどの課題があった。
この発明は上記のような課題を解決するためになされたもので、中央定位成分や低音成分の音質劣化を生じない良質なクロストークキャンセル処理を実現することができるオーディオ装置を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
この発明に係るオーディオ装置は、オーディオ信号の右信号を入力し、上記右信号を右メインスピーカの駆動信号として出力する第1の信号出力手段と、上記オーディオ信号の左信号を入力し、上記左信号を左メインスピーカの駆動信号として出力する第2の信号出力手段と、上記オーディオ信号の右信号及び左信号を入力して、上記右信号と上記左信号の逆相成分信号を抽出する逆相成分抽出手段と、上記逆相成分抽出手段により抽出された逆相成分信号に対して、クロストーク成分キャンセル用の伝達特性を付与する信号加工手段と、上記信号加工手段により伝達特性が付与された逆相成分信号の位相を反転し、位相反転後の逆相成分信号を一方のキャンセル用スピーカの駆動信号として出力する第3の信号出力手段と、上記信号加工手段により伝達特性が付与された逆相成分信号を他方のキャンセル用スピーカの駆動信号として出力する第4の信号出力手段とを備えたものである。
【発明の効果】
【0019】
この発明によれば、スピーカ装置により何も処理されない右信号及び左信号がメインスピーカで再生されるため、逆相成分が無い同相信号の音質劣化は原理的に発生しない。
よって、リスナーが標準位置からずれても、中央定位成分にエコーがかかることもなく、良質な中央定位成分を提供することができる。
また、同相成分の周波数特性は常にフラットとなり、低音成分が減衰されることは原理的にないことがわかる。
したがって、低音成分がやせることがなく、迫力のある低音感を提供することができる効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】この発明の実施の形態1によるオーディオ装置を示す構成図である。
【図2】スピーカ及びリスナーの位置と伝達特性の関係を示す説明図である。
【図3】この実施の形態1によるオーディオ装置から出力される駆動信号Rout,Loutの時間応答を示す説明図である。
【図4】この発明の実施の形態2によるオーディオ装置を示す構成図である。
【図5】この発明の実施の形態3によるオーディオ装置を示す構成図である。
【図6】この発明の実施の形態4によるオーディオ装置を示す構成図である。
【図7】左右2つのメインスピーカ、左右2つのキャンセル用スピーカ及びリスナーの位置と伝達特性の関係を示す説明図である。
【図8】この発明の実施の形態5によるオーディオ装置を示す構成図である。
【図9】非特許文献1に開示されているシステムの構成図である。
【図10】クロストークキャンセル処理に同相成分信号が入力されたときに、オーディオ装置から出力される信号の時間応答を示す説明図である。
【図11】図10を周波数分析した結果を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、この発明をより詳細に説明するために、この発明を実施するための形態について、添付の図面に従って説明する。
実施の形態1.
図1はこの発明の実施の形態1によるオーディオ装置を示す構成図であり、図において、同相成分抽出部1はオーディオ信号の右信号R及び左信号Lを入力して、右信号Rと左信号Lの同相成分信号Mを抽出する処理を実施する。なお、同相成分抽出部1は同相成分抽出手段を構成している。
逆相成分抽出部2はオーディオ信号の右信号R及び左信号Lを入力して、右信号Rと左信号Lの逆相成分信号Sを抽出する処理を実施する。なお、逆相成分抽出部2は逆相成分抽出手段を構成している。
同相成分抽出部1及び逆相成分抽出部2により入力されるオーディオ信号の右信号R及び左信号Lは、バイノーラル信号が望ましいが、これに限るものではなく、例えば、CDプレーヤやDVDプレーヤから出力される信号、DTVレシーバにより受信された放送音声信号、アナログオーディオ信号がA/D変換された信号など、あらゆるオーディオ信号が対象となる。
【0022】
信号加工処理部3は逆相成分抽出部2により抽出された逆相成分信号Sに対して、クロストーク成分キャンセル用の伝達特性を付与する処理を実施する。即ち、ステレオスピーカにおける片側のスピーカ(例えば、右スピーカ)により再生された音が片側のスピーカと同じ側のリスナーの耳(例えば、右耳)に到達するまでの伝達特性がHd、片側のスピーカにより再生された音が片側のスピーカと反対側のリスナーの耳(例えば、左耳)に到達するまでの伝達特性がHxで表されるとき、逆相成分抽出部2により抽出された逆相成分信号Sに対して、(Hd+Hx)/(Hd−Hx)の伝達特性を付与する処理を実施する。なお、信号加工処理部3は信号加工手段を構成している。
【0023】
加算器4は信号加工処理部3により(Hd+Hx)/(Hd−Hx)の伝達特性が付与された逆相成分信号Sの位相反転信号と同相成分抽出部1により抽出された同相成分信号Mを加算し、その逆相成分信号Sの位相反転信号と同相成分信号Mの加算信号を右スピーカの駆動信号Routとして出力する処理を実施する。なお、加算器4は第1の加算手段を構成している。
加算器5は信号加工処理部3により(Hd+Hx)/(Hd−Hx)の伝達特性が付与された逆相成分信号Sと同相成分抽出部1により抽出された同相成分信号Mを加算し、その逆相成分信号Sと同相成分信号Mの加算信号を左スピーカの駆動信号Loutとして出力する処理を実施する。なお、加算器5は第2の加算手段を構成している。
【0024】
図2はスピーカ及びリスナーの位置と伝達特性の関係を示す説明図である。
図2において、ERは左右のスピーカからリスナーの右耳に到達する音を示し、ELは左右のスピーカからリスナーの左耳に到達する音を示している。
【0025】
次に動作について説明する。
オーディオ信号の右信号Rと左信号Lはオーディオ装置に入力されると分岐され、オーディオ信号の右信号Rと左信号Lが同相成分抽出部1と逆相成分抽出部2にそれぞれ入力される。
同相成分抽出部1は、オーディオ信号の右信号R及び左信号Lを入力すると、右信号Rと左信号Lの同相成分信号Mを抽出する。
ここで、同相成分抽出部1が右信号Rと左信号Lの同相成分信号Mを抽出する方法としては、例えば、右信号Rと左信号Lを加算し、その加算結果を同相成分信号Mとして抽出する方法が考えられる。この方法は、演算コストが少ない特徴がある。
【0026】
この実施の形態1では、右信号Rと左信号Lを加算して同相成分信号Mを抽出する方法を使用するものとするが、この方法に限るものではなく、例えば、適応デジタルフィルタを用いて同相成分信号Mを抽出するようにしてもよい。
即ち、適応デジタルフィルタの入力信号を右信号R、適応デジタルフィルタの目標信号を左信号Lとして(入力信号と目標信号を入れ替えてもよい)、適応的にフィルタ係数を学習させ、適応デジタルフィルタからの出力信号を同相成分信号Mとするようにする。
その他、いかなる同相成分信号の抽出方法を採用するようにしてもよい。
【0027】
逆相成分抽出部2は、オーディオ信号の右信号R及び左信号Lを入力すると、右信号Rと左信号Lの逆相成分信号Sを抽出する。
ここで、逆相成分抽出部2が右信号Rと左信号Lの逆相成分信号Sを抽出する方法としては、例えば、左信号Lから右信号Rを減算し(左信号Lと右信号Rを入れ替えてもよい)、その減算結果を逆相成分信号Sとして抽出する方法が考えられる。この方法は、演算コストが少ない特徴がある。
【0028】
この実施の形態1では、左信号Lから右信号Rを減算して逆相成分信号Sを抽出する方法を使用するものとするが、この方法に限るものではなく、例えば、適応デジタルフィルタを用いて逆相成分信号Sを抽出するようにしてもよい。
即ち、適応デジタルフィルタの入力信号を右信号R、適応デジタルフィルタの目標信号を左信号Lとして(入力信号と目標信号を入れ替えてもよい)、適応的にフィルタ係数を学習させ、適応デジタルフィルタからの出力信号と目標信号との誤差信号を逆相成分信号Sとするようにする。
その他、いかなる逆相成分信号の抽出方法を採用するようにしてもよい。
【0029】
信号加工処理部3は、逆相成分抽出部2から右信号Rと左信号Lの逆相成分信号Sを受けると、その逆相成分信号Sに対するデジタルフィルタ処理を実施することにより、その逆相成分信号Sに対して、クロストーク成分キャンセル用の伝達特性である(Hd+Hx)/(Hd−Hx)の伝達特性を付与する処理を実施する。
【0030】
加算器4は、同相成分抽出部1から右信号Rと左信号Lの同相成分信号Mを受け、かつ、信号加工処理部3から(Hd+Hx)/(Hd−Hx)の伝達特性が付与された逆相成分信号Sを受けると、その逆相成分信号Sの位相反転信号と同相成分信号Mを加算し、その逆相成分信号Sの位相反転信号と同相成分信号Mの加算信号を右スピーカの駆動信号Routとして出力する。
即ち、加算器4は、信号加工処理部3から出力された逆相成分信号Sを逆相で、同相成分抽出部1から出力された同相成分信号Mを同相で加算することにより、右スピーカの駆動信号Routを生成して出力する。
【0031】
加算器5は、同相成分抽出部1から右信号Rと左信号Lの同相成分信号Mを受け、かつ、信号加工処理部3から(Hd+Hx)/(Hd−Hx)の伝達特性が付与された逆相成分信号Sを受けると、その逆相成分信号Sと同相成分信号Mを加算し、その逆相成分信号Sと同相成分信号Mの加算信号を左スピーカの駆動信号Loutとして出力する。
即ち、加算器5は、信号加工処理部3から出力された逆相成分信号Sを同相で、同相成分抽出部1から出力された同相成分信号Mを同相で加算することにより、左スピーカの駆動信号Loutを生成して出力する。
【0032】
ここでの加算器4,5の動作は、逆相成分抽出部2が左信号Lから右信号Rを減算して逆相成分信号Sを抽出する場合に適用するものであり、逆相成分抽出部2が右信号Rから左信号Lを減算して逆相成分信号Sを抽出する場合には、次のように動作する。
即ち、加算器4は、信号加工処理部3から出力された逆相成分信号Sを同相で、同相成分抽出部1から出力された同相成分信号Mを同相で加算することにより、右スピーカの駆動信号Routを生成して出力する。
また、加算器5は、信号加工処理部3から出力された逆相成分信号Sを逆相で、同相成分抽出部1から出力された同相成分信号Mを同相で加算することにより、左スピーカの駆動信号Loutを生成して出力する。
【0033】
オーディオ装置の加算器4から出力される右スピーカの駆動信号Routと、加算器5から出力される左スピーカの駆動信号Loutは、以下の式(1)で表すことができる。
【数1】

【0034】
加算器4から出力された右スピーカの駆動信号Routが右スピーカに出力され、加算器5から出力された左スピーカの駆動信号Loutが左スピーカに出力されると、右スピーカと左スピーカで再生されてリスナーの耳元に届く音ER,ELは、以下の式(2)で表すことができる。
【数2】

【0035】
リスナーの左右の耳に届く音EL,ERは、式(2)から明らかなように、クロストーク成分が完全に消去されていることがわかる。ただし、(Hd+Hx)という特性が付与されることもわかる。
しかし、(Hd+Hx)という特性は、通常のステレオスピーカから音が再生されたときに自然に付与される特性と等価であるため、これによって音質劣化が生じることはない。
【0036】
この実施の形態1では、図1からも明らかなように、同相成分抽出部1から出力される同相成分信号Mについては、特に何も処理せずに、そのまま同相で左右のスピーカに出力されるため、同相成分の音質劣化は原理的に発生しない。
よって、リスナーが標準位置からずれても、中央定位成分にエコーがかかることもなく、良質な中央定位成分を提供することができる。
ここで、図3はこの実施の形態1によるオーディオ装置から出力される駆動信号Rout,Loutの時間応答を示す説明図である。
図3からも明らかなように、同相成分は何も加工されず、そのまま出力されることがわかる。即ち、同相成分の周波数特性は常にフラットになり、低音成分が減衰されることは原理的に起こり得ないことがわかる。
したがって、低音成分がやせることがなく、迫力のある低音感を提供することができる。
【0037】
以上で明らかなように、この実施の形態1によれば、片側のスピーカ(例えば、右スピーカ)により再生された音が片側のスピーカと同じ側のリスナーの耳(例えば、右耳)に到達するまでの伝達特性がHd、片側のスピーカにより再生された音が片側のスピーカと反対側のリスナーの耳(例えば、左耳)に到達するまでの伝達特性がHxで表されるとき、逆相成分抽出部2により抽出された逆相成分信号Sに対して、(Hd+Hx)/(Hd−Hx)の伝達特性を付与する信号加工処理部3を設け、加算器4が信号加工処理部3により伝達特性が付与された逆相成分信号Sの位相反転信号と同相成分抽出部1により抽出された同相成分信号Mを加算し、加算器5が信号加工処理部3により伝達特性が付与された逆相成分信号Sと同相成分抽出部1により抽出された同相成分信号Mを加算するように構成したので、中央定位成分や低音成分の音質劣化を生じない良質なクロストークキャンセル処理を実現することができる効果を奏する。
【0038】
この実施の形態1では、空間のクロストークをキャンセルする処理について説明したが、これに限るものではなく、例えば、複数のスピーカが同じ筐体内に搭載されている場合に発生する筐体内の音響結合についても適用することができる。
この場合、伝達特性Hdとして、アンプ部・スピーカ部・筐体等によって受ける伝達特性を用い、伝達特性Hxとして、反対側のスピーカに結合する音響結合特性を用いればよい。
【0039】
実施の形態2.
図4はこの発明の実施の形態2によるオーディオ装置を示す構成図であり、図において、図1と同一符号は同一または相当部分を示すので説明を省略する。
信号加工処理部10は図1の信号加工処理部3と同様に、逆相成分抽出部2により抽出された逆相成分信号Sに対して、クロストーク成分キャンセル用の伝達特性である(Hd+Hx)/(Hd−Hx)の伝達特性を付与する処理を実施する。なお、信号加工処理部10は信号加工手段を構成している。
【0040】
信号加工処理部10の加算器11は逆相成分抽出部2により抽出された逆相成分信号Sと乗算器13から出力された帰還信号を加算して、その逆相成分信号Sと帰還信号の加算信号S1を出力する第1の加算器である。
遅延処理部12は加算器11から出力された加算信号S1をnサンプル分だけ遅延させる処理を実施する。
【0041】
乗算器13は遅延処理部12により遅延された加算信号S1に定数α(α<1)を乗算し、その加算信号S1と定数αの乗算結果を帰還信号として出力する処理を実施する。
加算器14は加算器11から出力された加算信号S1と乗算器13から出力された帰還信号を加算し、その加算信号S1と帰還信号の加算結果を逆相成分信号S(Hd+Hx)/(Hd−Hx)として加算器4,5に出力する第2の加算器である。
【0042】
次に動作について説明する。
信号加工処理部10以外は、上記実施の形態1と同様であるため、ここでは、信号加工処理部10の動作のみを説明する。
信号加工処理部10は、図1の信号加工処理部3と同様に、逆相成分抽出部2から右信号Rと左信号Lの逆相成分信号Sを受けると、その逆相成分信号Sに対して、(Hd+Hx)/(Hd−Hx)の伝達特性を付与する処理を実施する。
【0043】
即ち、信号加工処理部10の加算器11は、逆相成分抽出部2から右信号Rと左信号Lの逆相成分信号Sを受けると、その逆相成分信号Sと乗算器13から出力された帰還信号を加算して、その逆相成分信号Sと帰還信号の加算信号S1を遅延処理部12及び加算器14に出力する。
遅延処理部12は、加算器11から加算信号S1を受けると、予め設定されているnサンプル分だけ、その加算信号S1を遅延させて、遅延後の加算信号S1を乗算器13に出力する。
【0044】
乗算器13は、遅延処理部12から遅延後の加算信号S1を受けると、信号強度を減衰させるため、予め設定されている数α(α<1)を遅延後の加算信号S1に乗算し、その加算信号S1と定数αの乗算結果を帰還信号として加算器11,14に出力する。
加算器14は、加算器11から加算信号S1を受け、乗算器13から帰還信号を受けると、その加算信号S1と帰還信号を加算し、その加算信号S1と帰還信号の加算結果を逆相成分信号S(Hd+Hx)/(Hd−Hx)として加算器4,5に出力する。
【0045】
この実施の形態2では、下記の式(3)に示すように、伝達特性Hd,Hxを単純な関数に近似することで、信号加工処理部10に要する演算コストを削減している。
【数3】

ただし、Δは、片側のスピーカから当該スピーカに近い側の耳までの距離と、片側のスピーカから当該スピーカの反対側の耳までの距離との差であり、Fsはオーディオ信号のサンプリング周波数、cは音速を表している。
【0046】
式(3)が示す近似は、再生環境(部屋の壁や床や家具等)とリスナーの顔形状の回折・反射を無視したときの音波のふるまいとなっている。
即ち、伝達特性Hd,Hxとして、振幅強度の距離減衰と遅延のみを仮定したものである。
オーディオ装置の再生環境においては、一般的に部屋やリスナーの顔形状(面長/丸顔、小顔/大顔、等)を特定することができないため、式(3)が示す近似は、再生時における部屋やリスナーの顔形状に依存しないロバストな近似であるとも言える。
【0047】
ここで、信号加工処理部10の出力信号S2は、下記の式(4)のように表すことができる。
【数4】

ただし、z-nはnサンプル分の遅延を表している。
【0048】
式(4)から明らかなように、この実施の形態2における信号加工処理部10でも、上記実施の形態1と同様に、逆相成分信号Sに対して、(Hd+Hx)/(Hd−Hx)の伝達特性を付与することができることがわかる。
この実施の形態2によれば、2つの加算器11,14、1つの遅延処理部12、1つの乗算器13、1つのフィードバックパスだけで信号加工処理部10を構成しているので、極めて演算コストが少なくなる効果が得られる。
【0049】
実施の形態3.
図5はこの発明の実施の形態3によるオーディオ装置を示す構成図であり、図において、図4と同一符号は同一または相当部分を示すので説明を省略する。
高域減衰処理部20は加算器11から出力された加算信号S1に含まれている高域成分を減衰させる処理を実施する。
図4では、高域減衰処理部20を遅延処理部12の前段に設けている例を示しているが、高域減衰処理部20を遅延処理部12の後段に設けるようにしてもよい。
【0050】
乗算器21は加算器11から出力された加算信号S1に所定の定数b0を乗算する処理を実施する。
遅延処理部22は加算器11から出力された加算信号S1を1サンプル分だけ遅延させる処理を実施する。
乗算器23は遅延処理部22により遅延された加算信号S1に所定の定数b1を乗算する処理を実施する。
加算器24は乗算器21の乗算結果と乗算器23の乗算結果とを加算する処理を実施する。
【0051】
次に動作について説明する。
この実施の形態3では、高域減衰処理部20が実装されている点で上記実施の形態2と相違している。
高域減衰処理部20は、加算器11から加算信号S1を受けると、その加算信号S1に対する移動平均処理を実施することにより、その加算信号S1に含まれている高域成分を減衰させる処理を実施する。
以下、高域減衰処理部20の処理内容を具体的に説明する。
【0052】
高域減衰処理部20の乗算器21は、加算器11から加算信号S1を受けると、その加算信号S1に所定の定数b0を乗算する。
また、遅延処理部22は、加算器11から加算信号S1を受けると、その加算信号S1を1サンプル分だけ遅延させる。
乗算器23は、遅延処理部22が加算信号S1を1サンプル分だけ遅延させると、遅延後の加算信号S1に所定の定数b1を乗算する。
加算器24は、乗算器21の乗算結果と乗算器23の乗算結果とを加算し、その加算結果を遅延処理部12に出力する。
【0053】
ここでは、高域減衰処理部20が加算信号S1に対する2次の移動平均処理を実施することにより、その加算信号S1に含まれている高域成分を減衰させるものについて示したが、これに限るものではなく、更に高次の移動平均処理を実施して、高域成分を減衰させるようにしてもよい。また、移動平均処理でなく、例えば、IIRフィルタや低域成分抽出フィルタなどを用いて、高域成分を減衰させるようにしてもよい。
【0054】
この実施の形態2では、下記の式(5)に示すように、伝達特性Hd,Hxを簡単な関数に近似することで、信号加工処理部10に要する演算コストの削減と、より精巧な伝達特性の適用とを実現している。
【数5】

ただし、Lは2次の移動平均処理を実施したときの特性であるが、更に高次の移動平均処理の特性としてよい。また、IIRフィルタや低域成分抽出フィルタの周波数特性としてもよい。
【0055】
式(5)が示す近似は、上記実施の形態2における式(3)が示す近似に対して、顔形状の回折特性も反映させた近似となっている。
即ち、顔形状の回折によって伝達特性Hxは高域が減衰されるが、この高域減衰特性をLで近似している。
したがって、上記実施の形態2よりも、精巧な近似となっている。
【0056】
ここで、信号加工処理部10の出力信号S2は、下記の式(6)のように表すことができる。
【数6】

【0057】
式(6)から明らかなように、この実施の形態3における信号加工処理部10でも、上記実施の形態1,2と同様に、逆相成分信号Sに対して、(Hd+Hx)/(Hd−Hx)の伝達特性を付与することができることがわかる。
この実施の形態3によれば、上記実施の形態2と同程度の少ない演算コストで、顔形状による回折特性も考慮した高品質なクロストークキャンセル処理を実現することができる効果を奏する。
【0058】
実施の形態4.
図6はこの発明の実施の形態4によるオーディオ装置を示す構成図であり、図において、信号出力部31はオーディオ信号の右信号Rを入力して分岐し、一方の右信号Rを右メインスピーカの駆動信号Rout1として出力するとともに、他方の右信号Rを逆相成分抽出部33に出力する。なお、信号出力部31は第1の信号出力手段を構成している。
信号出力部32はオーディオ信号の左信号Lを入力して分岐し、一方の左信号Lを左メインスピーカの駆動信号Lout1として出力するとともに、他方の左信号Lを逆相成分抽出部33に出力する。なお、信号出力部32は第2の信号出力手段を構成している。
信号出力部31,32により入力されるオーディオ信号の右信号R及び左信号Lは、バイノーラル信号が望ましいが、これに限るものではなく、例えば、CDプレーヤやDVDプレーヤから出力される信号、DTVレシーバにより受信された放送音声信号、アナログオーディオ信号がA/D変換された信号など、あらゆるオーディオ信号が対象となる。
【0059】
逆相成分抽出部33は信号出力部31,32から出力されたオーディオ信号の右信号R及び左信号Lを入力して、右信号Rと左信号Lの逆相成分信号Sを抽出する処理を実施する。なお、逆相成分抽出部33は逆相成分抽出手段を構成している。
信号加工処理部34は逆相成分抽出部34により抽出された逆相成分信号Sに対して、クロストーク成分キャンセル用の伝達特性を付与する処理を実施する。即ち、片側のメインスピーカ(例えば、右メインスピーカ)により再生された音が片側のメインスピーカと反対側のリスナーの耳(例えば、左耳)に到達するまでの伝達特性がHDX、片側のキャンセル用スピーカ(例えば、右キャンセル用スピーカ)により再生された音が片側のキャンセル用スピーカと同じ側のリスナーの耳(例えば、右耳)に到達するまでの伝達特性がHSD、片側のキャンセル用スピーカにより再生された音が片側のキャンセル用スピーカと反対側のリスナーの耳(例えば、左耳)に到達するまでの伝達特性がHSXで表されるとき、逆相成分抽出部34により抽出された逆相成分信号Sに対して、HDX/(HSD−HSX)の伝達特性を付与する処理を実施する。なお、信号加工処理部34は信号加工手段を構成している。
【0060】
位相反転処理部35は信号加工処理部34により伝達特性が付与された逆相成分信号Sの位相を反転し、位相反転後の逆相成分信号を右キャンセル用スピーカの駆動信号Rout2として出力する処理を実施する。なお、位相反転処理部35は第3の信号出力手段を構成している。
信号出力部36は信号加工処理部34により伝達特性が付与された逆相成分信号Sを左キャンセル用スピーカの駆動信号Lout2として出力する処理を実施する。なお、信号出力部36は第4の信号出力手段を構成している。
【0061】
図7は左右2つのメインスピーカ、左右2つのキャンセル用スピーカ及びリスナーの位置と伝達特性の関係を示す説明図である。
図7において、ERは左右のスピーカからリスナーの右耳に到達する音を示し、ELは左右のスピーカからリスナーの左耳に到達する音を示している。
なお、HDDは片側のメインスピーカ(例えば、右メインスピーカ)により再生された音が片側のメインスピーカと同じ側のリスナーの耳(例えば、右耳)に到達するまでの伝達特性を表している。
【0062】
次に動作について説明する。
信号出力部31は、オーディオ信号の右信号Rを入力すると、その右信号Rを分岐して、一方の右信号Rを右メインスピーカの駆動信号Rout1として出力する。また、他方の右信号Rを逆相成分抽出部33に出力する。
信号出力部32は、オーディオ信号の左信号Lを入力すると、その左信号Lを分岐して、一方の左信号Lを左メインスピーカの駆動信号Lout1として出力する。また、他方の左信号Lを逆相成分抽出部33に出力する。
【0063】
逆相成分抽出部33は、信号出力部31,32からオーディオ信号の右信号R及び左信号Lを受けると、図1の逆相成分抽出部2と同様にして、その右信号Rと左信号Lの逆相成分信号Sを抽出する。
信号加工処理部34は、逆相成分抽出部33から右信号Rと左信号Lの逆相成分信号Sを受けると、その逆相成分信号Sに対するデジタルフィルタ処理を実施することにより、その逆相成分信号Sに対して、クロストーク成分キャンセル用の伝達特性であるHDX/(HSD−HSX)の伝達特性を付与する処理を実施する。
【0064】
位相反転処理部35は、信号加工処理部34から伝達特性が付与された逆相成分信号Sを受けると、その逆相成分信号Sの位相を反転し、位相反転後の逆相成分信号Sを右キャンセル用スピーカの駆動信号Rout2として出力する。
信号出力部36は、信号加工処理部34から伝達特性が付与された逆相成分信号Sを受けると、その逆相成分信号Sを左キャンセル用スピーカの駆動信号Lout2として出力する。
【0065】
ここでは、位相反転処理部35が位相反転後の逆相成分信号Sを右キャンセル用スピーカの駆動信号Rout2として出力し、信号出力部36が逆相成分信号Sを左キャンセル用スピーカの駆動信号Lout2として出力するものとして説明したが、この動作は、逆相成分抽出部33が左信号Lから右信号Rを減算して逆相成分信号Sを抽出する場合に適用するものである。
逆相成分抽出部33が右信号Rから左信号Lを減算して逆相成分信号Sを抽出する場合には、位相反転処理部35が位相反転後の逆相成分信号Sを左キャンセル用スピーカの駆動信号Lout2として出力し、信号出力部36が逆相成分信号Sを右キャンセル用スピーカの駆動信号Rout2として出力する。
【0066】
オーディオ装置から出力される右メインスピーカの駆動信号Rout1、左メインスピーカの駆動信号Lout1、右キャンセル用スピーカの駆動信号Rout2、左キャンセル用スピーカの駆動信号Lout2は、以下の式(7)で表すことができる。
【数7】

【0067】
オーディオ装置から出力された右メインスピーカの駆動信号Rout1が右メインスピーカに出力され、左メインスピーカの駆動信号Lout1が左メインスピーカに出力され、右キャンセル用スピーカの駆動信号Rout2が右キャンセル用スピーカに出力され、左キャンセル用スピーカの駆動信号Lout2が左キャンセル用スピーカに出力されると、左右のメインスピーカと左右のキャンセル用スピーカで再生されてリスナーの耳元に届く音ER,ELは、以下の式(8)で表すことができる。
【数8】

【0068】
リスナーの左右の耳に届く音EL,ERは、式(8)から明らかなように、クロストーク成分が完全に消去されていることがわかる。ただし、(HDD+HDX)という特性が付与されることもわかる。
しかし、(HDD+HDX)という特性は、メインスピーカから音が再生されたときに自然に付与される特性と等価であるため、これによって音質劣化が生じることはない。
【0069】
この実施の形態4では、図6からも明らかなように、スピーカ装置により何も処理されない右信号R及び左信号がメインスピーカで再生されるため、逆相成分が無い同相信号の音質劣化は原理的に発生しない。
よって、リスナーが標準位置からずれても、中央定位成分にエコーがかかることもなく、良質な中央定位成分を提供することができる。
また、同相成分の周波数特性は常にフラットとなり、低音成分が減衰されることは原理的にないことがわかる。
したがって、低音成分がやせることがなく、迫力のある低音感を提供することができる効果が得られる。
【0070】
実施の形態5.
図8はこの発明の実施の形態5によるオーディオ装置を示す構成図であり、図において、図6と同一符号は同一または相当部分を示すので説明を省略する。
信号加工処理部40は図6の信号加工処理部34と同様に、逆相成分抽出部33により抽出された逆相成分信号Sに対して、HDX/(HSD−HSX)の伝達特性を付与する処理を実施する。なお、信号加工処理部40は信号加工手段を構成している。
【0071】
信号加工処理部40の遅延処理部41(第1の遅延処理部)は逆相成分抽出部33により抽出された逆相成分信号Sをnサンプル分だけ遅延させる処理を実施する。
乗算器42(第1の乗算器)は遅延処理部41により遅延された逆相成分信号Sに定数α(α<1)を乗算する処理を実施する。
加算器43は乗算器42により定数αが乗算された逆相成分信号Sと乗算器45から出力された帰還信号を加算し、その逆相成分信号Sと帰還信号の加算信号を遅延処理部44に出力するとともに、その加算信号を逆相成分信号S・HDX/(HSD−HSX)として位相反転処理部35及び信号出力部36に出力する処理を実施する。
【0072】
遅延処理部44(第2の遅延処理部)は加算器43から出力された加算信号をmサンプル分だけ遅延させる処理を実施する。
乗算器45(第2の乗算器)は遅延処理部44により遅延された加算信号に定数β(β<1)を乗算し、その加算信号と定数βの乗算結果を帰還信号として加算器43に出力する処理を実施する。
【0073】
次に動作について説明する。
信号加工処理部40以外は、上記実施の形態4と同様であるため、ここでは、信号加工処理部40の動作のみを説明する。
信号加工処理部40は、図6の信号加工処理部34と同様に、逆相成分抽出部33から右信号Rと左信号Lの逆相成分信号Sを受けると、その逆相成分信号Sに対して、HDX/(HSD−HSX)の伝達特性を付与する処理を実施する。
【0074】
即ち、信号加工処理部40の遅延処理部41は、逆相成分抽出部33から逆相成分信号Sを受けると、予め設定されているnサンプル分だけ、その逆相成分信号Sを遅延させて、遅延後の逆相成分信号Sを乗算器42に出力する。
乗算器42は、遅延処理部41から遅延後の逆相成分信号Sを受けると、信号強度を減衰させるため、予め設定されている定数α(α<1)を遅延後の逆相成分信号Sに乗算し、遅延後の逆相成分信号Sと定数αの乗算信号S1を加算器43に出力する。
【0075】
加算器43は、乗算器42から乗算信号S1を受け、乗算器45から帰還信号を受けると、その乗算信号S1と帰還信号を加算し、その乗算信号S1と帰還信号の加算信号S2を遅延処理部44に出力するとともに、その加算信号S2を逆相成分信号S・HDX/(HSD−HSX)として位相反転処理部35及び信号出力部36に出力する。
【0076】
遅延処理部44は、加算器43から加算信号S2を受けると、予め設定されているmサンプル分だけ、その加算信号S2を遅延させて、遅延後の加算信号S2を乗算器45に出力する。
乗算器45は、遅延処理部44から遅延後の加算信号S2を受けると、信号強度を減衰させるため、予め設定されている定数β(β<1)を遅延後の加算信号S2に乗算し、その加算信号S2と定数βの乗算結果を帰還信号として加算器43に出力する。
【0077】
この実施の形態5では、下記の式(9)に示すように、伝達特性HDX,HSD,HSXを単純な関数に近似することで、信号加工処理部40に要する演算コストを削減している。
【数9】

ただし、Δ1はキャンセル用スピーカ(例えば、右キャンセル用スピーカ)から当該キャンセル用スピーカに近い側の耳(例えば、右耳)までの距離と、メインスピーカ(例えば、右メインスピーカ)から当該メインスピーカの反対側の耳(例えば、左耳)までの距離との差、Δ2はキャンセル用スピーカ(例えば、右キャンセル用スピーカ)から当該キャンセル用スピーカに近い側の耳(例えば、右耳)までの距離と、キャンセル用スピーカから当該キャンセル用スピーカの反対側の耳(例えば、左耳)までの距離との差である。
また、Fsはオーディオ信号のサンプリング周波数、cは音速を表している。
【0078】
式(9)が示す近似は、式(3)が示す近似と同様に、再生環境(部屋の壁や床や家具等)とリスナーの顔形状の回折・反射を無視したときの音波のふるまいとなっている。
ここで、信号加工処理部40の出力信号S2は、下記の式(10)のように表すことができる。
【数10】

ただし、z-nはnサンプル分の遅延を表し、z-mはmサンプル分の遅延を表している。
【0079】
式(10)から明らかなように、この実施の形態5における信号加工処理部40でも、上記実施の形態4と同様に、逆相成分信号Sに対して、HDX/(HSD−HSX)の伝達特性を付与することができることがわかる。
この実施の形態5によれば、1つの加算器43、2つの遅延処理部41,44、2つの乗算器42,45、1つのフィードバックパスだけで信号加工処理部40を構成しているので、極めて演算コストが少なくなる効果が得られる。
【符号の説明】
【0080】
1 同相成分抽出部、2 逆相成分抽出部、3 信号加工処理部、4,5 加算部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーディオ信号の右信号を入力し、上記右信号を右メインスピーカの駆動信号として出力する第1の信号出力手段と、上記オーディオ信号の左信号を入力し、上記左信号を左メインスピーカの駆動信号として出力する第2の信号出力手段と、上記オーディオ信号の右信号及び左信号を入力して、上記右信号と上記左信号の逆相成分信号を抽出する逆相成分抽出手段と、上記逆相成分抽出手段により抽出された逆相成分信号に対して、クロストーク成分キャンセル用の伝達特性を付与する信号加工手段と、上記信号加工手段により伝達特性が付与された逆相成分信号の位相を反転し、位相反転後の逆相成分信号を一方のキャンセル用スピーカの駆動信号として出力する第3の信号出力手段と、上記信号加工手段により伝達特性が付与された逆相成分信号を他方のキャンセル用スピーカの駆動信号として出力する第4の信号出力手段とを備えたオーディオ装置。
【請求項2】
信号加工手段は、ステレオスピーカにおける片側のメインスピーカにより再生された音が上記メインスピーカと反対側のリスナーの耳に到達するまでの伝達特性がHDX、片側のキャンセル用スピーカにより再生された音が上記キャンセル用スピーカと同じ側のリスナーの耳に到達するまでの伝達特性がHSD、片側のキャンセル用スピーカにより再生された音が上記キャンセル用スピーカと反対側のリスナーの耳に到達するまでの伝達特性がHSXで表されるとき、逆相成分抽出手段により抽出された逆相成分信号に対して、伝達特性HDXを伝達特性HSDと伝達特性HSXの差で除算した伝達特性を、クロストーク成分キャンセル用の伝達特性として付与することを特徴とする請求項1記載のオーディオ装置。
【請求項3】
信号加工手段は、逆相成分抽出手段により抽出された逆相成分信号を所定のサンプル分だけ遅延させる第1の遅延処理部と、上記第1の遅延処理部により遅延された逆相成分信号に定数を乗算する第1の乗算器と、上記第1の乗算器により定数が乗算された逆相成分信号と帰還信号を加算し、上記逆相成分信号と上記帰還信号の加算信号を第3及び第4の信号出力手段に出力する加算器と、上記加算器から出力された加算信号を所定のサンプル分だけ遅延させる第2の遅延処理部と、上記第2の遅延処理部により遅延された加算信号に定数を乗算し、上記加算信号と上記定数の乗算結果を上記帰還信号として上記加算器に出力する第2の乗算器とから構成されていることを特徴とする請求項2記載のオーディオ装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate


【公開番号】特開2012−55006(P2012−55006A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−247625(P2011−247625)
【出願日】平成23年11月11日(2011.11.11)
【分割の表示】特願2009−528029(P2009−528029)の分割
【原出願日】平成20年8月11日(2008.8.11)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】