説明

オーニソガラム・シルソイデスの球根生産方法

【課題】
ユリ科の秋植え球根類であるオーニソガラム・シルソイデスの球根生産に関して、特別な施設機材・技術を用いることなく、省スペース・低コストで、増殖効率の高い生産方法を提供すること。
【解決手段】
本発明は、以下の2過程によってオーニソガラム・シルソイデスの球根を生産する。まず、母株から葉を採取し、これを葉挿しすることで、1年球を作出する(過程1)。さらに、1年球をセルトレーに植え付けて栽培することにより、2年球(通常の球根)を得る(過程2)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ユリ科オーニソガラム属シルソイデス種の球根生産方法に関する。球根生産の方法としては、葉挿しによって小球根を育成し、この小球根を養成することによって、特別な施設機材・技術を用いることなく省スペース・低コストで、増殖効率の高い生産を行う方法に関する。
【背景技術】
【0002】
オーニソガラム・シルソイデスはユリ科に属する花きである。現在のところ、本種には、同じユリ科であるユリやチューリップほどの需要はない。しかし、白くて小さな花を多数つけるという本種の特徴が清楚なイメージを持たせるため、今後、ブライダル花等として需要が高まることが期待されている。今後の需要の増大に対応して生産を増やしていくためには、球根を効率良く増殖して農家に供給していくことが必要となるが、本種に関してはそのような球根生産技術は開発されていない。具体的に述べると、球根類の繁殖の仕方としては、種子繁殖と分球があげられるが、本種の場合、種子を形成しないため種子繁殖は不可能である。また分球についても、本種の場合、1個の母球根から分球によって得られる子球根の数は1〜4個程度であり、増殖効率が低い。
【0003】
本種と同じユリ科であるユリ類では、効率的な増殖方法として組織培養による球根生産方法が開発されている(特開平8−172954、特開平10−33078)。また、特開平8−89117においては、ユリ類を始めとする球根類を組織培養によって工業的に生産する方法が開示されている。これらの方法に示されているように、組織培養による球根生産方法は短期間に非常に高い増殖率が得られるという利点がある。しかし、その一方で、(1)専用の施設機材を必要とするため専用のスペースとコストを要する、(2)専門技術を習得した者でなければ実施できない、(3)したがって一般の栽培現場で実施できない、という欠点を持っている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、組織培養によらない方法によって、本種の球根を簡便かつ効率良く生産することを目的としている。ここでいう簡便とは以下の条件を満たすことである。第1に、特別な施設機材を必要としないことから省スペースであり、なおかつ低コストであること、第2に、特別な技術を必要としないことから一般の栽培現場でも実施できることである。また、ここでいう効率良いとは、分球よりも格段に高い増殖率を有することが条件となる。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、葉挿しによって小球根を作出し、これを養成することによって球根を生産するという、従来行われてきた植物の球根生産方法とは全く異なる方法を用いている。葉挿しは植物の簡便な繁殖方法として広く行われているが、通常の葉挿しは、挿した葉から発根や発芽を誘導して新しい植物体を作る方法である。一方、本発明のように挿した葉から球根を作出・養成するという方法は他に例がない。
【0006】
本発明の概要を述べると、以下の過程によって本種の球根を生産する。まず、1年目に球根を植え付けて母株を栽培する。次に、2年目に母株から葉を採取し、これを葉挿しすることで、1年球を作出する。さらに、1年球を植え付けて栽培(養成)することにより、3年目に2年球(通常の球根)を得る。以上の方法によって、「発明が解決しようとする課題」で示した条件を満たした本種の球根生産が可能である。
【発明の効果】
【0007】
本発明の球根生産方法は、通常の温室設備で実施可能であり、組織培養のように専用の施設機材は不要であることから低コストでの球根生産が実現する。スペース面では、通常の温室設備内で1坪程度の面積があれば球根を1000球以上生産することができるので、省スペースである。また、本発明に用いられる技術は葉挿しを始めとして容易なものばかりであり、組織培養のように専門技術は不要である。本発明が、低コスト、省スペース、容易な技術で実施可能であるということは、農家が球根を自給することも可能ということであり、農家にとっては種苗を購入する必要がなく、経営上の低コスト化が望める。
【0008】
本発明の増殖効率については、1枚の葉から約50球の球根を得ることができる。これは、一般に組織培養を利用した方法に比べれば、増殖効率は低いと考えられるが、分球に比べれば増殖効率は遙かに高い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下に本発明の実施の形態を説明する。図1は、本発明による球根生産方法の実施の過程を説明する図である。本方法は、母株から葉を採取し、これを葉挿しすることで1年球を作出すること(過程1)、1年球をセルトレーに植えて栽培することにより、2年球(通常の球根)を得ること(過程2)、の2過程からなる。
【0010】
母株の育成について説明する。オーニソガラム・シルソイデスの球根を秋(この年を1年目とする)にプランターまたは鉢に植え付ける。植え付けの時期は、9月中旬以降(実施場所である秋田県では平均気温が20℃以下)なら可能だが、最適期は10月中下旬(平均気温10〜15℃)である。植え付け後の温度については、下限は凍らない温度(日平均気温が0℃以上)、上限は20℃であり、この範囲内であれば加温栽培でも無加温栽培でもかまわない。温度が高すぎると、葉が異常に伸長してしまうことがあり、また、温度が低すぎると、凍害を受けるので注意する。
【0011】
葉挿しについて説明する。冬〜春に母株から葉を採取する。葉の採取時期については、オーニソガラム・シルソイデスは冬期間も葉をつけているので冬〜春の期間のいつでも可能である。しかし、時期が遅すぎると、葉挿し後の1年球形成時期が夏の高温期にあたるため、1年球の形成が不良となる(「0022」参照)。一方、時期が早すぎると、小さい葉しか得られないため葉1枚から得られる1年球の個数が少なくなる。したがって、ある程度大きな葉(葉長20cm以上が好ましい)が得られ、なおかつ1年球形成時期が夏にあたらない2年目の1〜3月(この時期の平均気温は0〜5℃)が葉挿しの適期となる。
【0012】
葉の採取に続いて葉挿しを行う。葉をハサミ等で横に切断して、5〜6等分し、葉片を調製する。この時、葉片をさらに縦に切って小さな葉片を多数作ったとしても、葉片1枚あたりの1年球形成数も減ってしまうので、増殖効率を高めることにはつながらない(「0023」参照)。葉片は、バーミキュライト等のような保水性と通気性のある園芸用土に挿す。
【0013】
葉挿し後の管理の仕方および1年球の形成について説明する。冬〜春期間の温度については、下限は凍らない温度(日平均気温が0℃以上)、上限は30℃でも可能である。しかし、温度が高すぎると、1年球の形成数が少なくなること(「0022」参照)と、暖房のコストもかかることから、実際には10〜15℃とするのが望ましい。水やりについては、用土が常時湿っているようにする。10〜15℃で管理した場合、葉挿しから約1か月後に葉片の下辺(用土の中に埋まっている部分)に直径約1〜2mmの小球(1年球)が形成される。さらに、葉挿しから2か月後には1年球から葉と根が生ずるので、このころから適時液体肥料を施用する。葉と根はその後も生育を続け、1年球も肥大するが、2年目の6月になると温度上昇(平均気温20℃以上)に伴って、葉は黄化し出すので、このころから水やりを中止する。
【0014】
1年球の採取について説明する。水やり中止から1ヶ月ほどで葉は枯れるので、用土の中から1年球を採取する。1年球の大きさは、直径7〜8mmくらいの大きなものから直径1mm程度のものまで様々得られるが、小さな球根は、取り扱いが困難な上に、一般に植え付け後の生育が好ましくない場合も多いので、直径3mm以上の1年球を採取することが望ましい。採取した1年球は風通しの良い日陰で保管する。
【0015】
1年球の栽培(養成)について説明する。まず、1年球の植え付け時期についてだが、2年目の10月下旬になると温度低下(平均気温15℃以下)に伴って保管していた1年球は植え付けなくとも自然に発芽を開始するので、この時が1年球の植え付け適期になる。もし、この時期より早い時期に1年球を植え付けたとしても、1年球の休眠が十分に打破されていないため、発芽率は低くなる(「0024」参照)。
【0016】
1年球の植え付け方法について説明する。市販の園芸用培養土をセルトレーにつめて、そこに1年球を植え付ける。未発芽の1年球は、休眠が十分に打破されていない可能性があるので、使用しないことが望ましい。セルトレーのサイズとしては、98穴〜50穴が適当である。
【0017】
植え付け後の管理の仕方と1年球の生長について説明する。冬〜春期間の温度については、下限は凍らない温度(日平均気温が0℃以上)、上限は20℃であり、この範囲であれば加温栽培でも無加温栽培でもかまわない。水やりについては、用土が乾燥しないようにする。10〜15℃で栽培した場合、植え付け直後から葉と根が生ずるので、適時液体肥料を施用する。葉と根はその後も生育を続け、1年球も肥大するが、3年目6月になると温度上昇(平均気温20℃以上)に伴って、葉は黄化し出すので、このころから水やりを中止する。
【0018】
2年球の採取について説明する。水やり中止から1ヶ月ほどで葉は枯れるので、セルトレーの中から2年球を採取する。直径約2cmの均一な2年球が得られる。この2年球が通常の球根であり、母株の育成開始からは21か月、葉挿しからは18か月で球根が得られることになる。
【0019】
以上、本発明による球根生産方法の実施の過程を説明した。以下に、本発明によって生産された球根からの栽培について説明する。「0018」において生産された2年球は、風通しの良い日陰で保管する。3年目の10月中下旬になると、温度低下(平均気温15℃以下)に伴って保管していた2年球は植え付けなくとも自然に発芽を開始するので、この時が2年球の植え付け適期になる。植え付け方法および植え付け後の管理の仕方については、母株の育成(「0010」)と同様である。上記条件で栽培した場合、4年目の5月中下旬に品質的に優良かつ均一な開花株が得られる。
【実施例1】
【0020】
2002年を1年目として、2005年5月に開花株を得た例を説明する(図2)。母株の育成については、2002年10月に球根をプランターに植え付けて無加温ガラス温室で栽培した。葉挿しによる1年球の作出については、2003年1月に母株から長さ25cmの葉40枚を採取し、葉1枚を5等分して、長さ約5cmの葉片を200枚調製した。葉片は、バーミキュライトを入れた播種箱(50cm×35cm)に50片ずつ、すなわち、播種箱4個(面積約0.7m2)に挿した。同年7月までガラス温室(冬期は10〜15℃に加温)で栽培した結果、葉片に直径3mm以上の1年球が約2000球形成されたので、採取して、室温で保管した。1年球の栽培(養成)については、2003年10月に1年球1296球を72穴トレー18枚(面積約3m2)に植え付けて、ガラス温室(冬期は10〜15℃に加温)で栽培した。2004年7月に2年球を採取したところ、直径約2cmの均一な2年球が1296球得られた。この2年球のうち任意に選んだ約500球を2004年10月に5号鉢に植え付け栽培した結果、2005年5月に480株以上(植え付けた球根の95%以上)の品質的に優良かつ均一な開花株が得られた。以上の結果から、本発明によって、母株の葉片1枚から平均10球(母株の葉1枚からは平均50球)の球根が得られることが示された。
【実施例2】
【0021】
2003年を1年目として、2006年5月に開花株を得た例を説明する(図3)。2003年10月に「実施例1」と同様に母株を育成した。葉挿しによる1年球の作出についても「実施例1」と同様に行った結果、2004年7月に直径3mm以上の1年球が2000球以上形成された。1年球の栽培(養成)については、2004年10月に1年球2016球を72穴トレー28枚(面積約5m2)に植え付けて、「実施例1」と同様に栽培した結果、2005年7月に直径約2cmの均一な2年球2016球が得られた。この2年球のうち任意に選んだ約500球を2005年10月に植え付け栽培した結果、2006年5月に480株以上(植え付けた球根の95%以上)が開花した。以上の結果から、本発明は十分な再現性を有することが示された。
【実施例3】
【0022】
1年球の形成に及ぼす温度の影響を調べるため、葉挿し後、人工気象室内において15、20、25、30℃で管理した。その結果、25℃と30℃では、葉ざしから約6週間後に1年球が形成されたが、8週間後には葉が黄化してやがて枯れた。一方、15℃と20℃では、8週間後においても黄化することはなく生長はすすんでいた。そのため、最終的な葉片1枚あたりの1年球形成数は、15℃では平均7.1個、20℃では平均6.1個、25℃では平均4.4個、30℃では平均3.7個となった。以上の結果から、葉挿し後の温度管理は高温を避けることが好ましいことがわかった。なお、本実施例では、葉片1枚あたりの1年球形成数が他実施例に比べて少ないが、これは人工気象室内での実施であったため、光が弱かったことが理由と思われる。
【実施例4】
【0023】
1年球の形成に及ぼす葉片の大きさの影響を調べるため、葉挿し時の葉片の大きさを「大(「実施例1」で説明した大きさ:長さ5cm×幅約5cm)」と「小(大を縦に切って半分の大きさとした:長さ5cm×幅約2.5cm)」の2種類にして比較した。その結果、「大」の葉片1枚あたりの1年球形成数は平均10.6個、「小」は5.5個だった。この結果から、葉片を小さくしても、1年球形成数の増加にはつながらないことがわかった。
【実施例5】
【0024】
1年球の休眠打破時期を調べるため、1年球の植え付けを9月18日(平均気温約20℃)、10月2日(平均気温約16℃)、10月23日(平均気温約12℃)に行い、その後、人工気象室内において20℃で管理した。その結果、11月6日における1年球の発芽率は、9/18植え付け(植え付け7週後)では36%、10/2植え付け(植え付け5週後)では48%、10/23植え付け(植え付け2週後)では92%だった。この結果から、1年球の植え付け時期が早すぎると、休眠が十分に打破されていないため、発芽率が下がることがわかった。
【0025】
オーニソガラム・シルソイデスの分球による増殖率と本発明による増殖率を比較した。まず分球を説明する。直径2cmの球根を1年目10月に植え付けた場合、2年目7月には分球せず直径約4cmの球根が1個得られた。この球根を2年目10月に植え付けると、3年目7月には平均4個に分球した。一方、本発明では、「0020」で説明した通り、直径2cmの球根を1年目10月に植え付けて母株を育成した場合、3年目7月には50球の球根が得られることから、本発明は従来法である分球に比べて約10倍の増殖率を持つことがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明による球根生産の過程
【図2】2002年を1年目として、2005年5月に開花株を得た例(実施例1)
【図3】2003年を1年目として、2006年5月に開花株を得た例(実施例2)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
葉挿しを利用したことを特徴とするオーニソガラム・シルソイデスの球根生産方法
【請求項2】
オーニソガラム・シルソイデスの球根生産方法において、母株から葉を採取し、これを葉挿しすることで1年球を作出する(過程1)、1年球をセルトレーに植えて栽培することにより、2年球(通常の球根)を得る(過程2)、上記の過程1、2からなることを特徴とする、請求項1のオーニソガラム・シルソイデスの葉挿しを利用した球根生産方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−48655(P2008−48655A)
【公開日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−227303(P2006−227303)
【出願日】平成18年8月24日(2006.8.24)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 研究集会名:平成18年度園芸学会春季大会 主催者名 :園芸学会 開催日 :平成18年3月30日
【出願人】(306024148)公立大学法人秋田県立大学 (74)
【Fターム(参考)】