説明

オーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船体構造および船舶

【課題】 平水中抵抗を増加させることなく、波浪中の抵抗の増加を低減できる船体構造および船舶を提供すること。
【解決手段】 船体2の静的水位上昇位置Cより上方に設けたオーバーフロー入口3と、船体2の喫水線D以下に設けたオーバーフロー出口4と、オーバーフロー入口3とオーバーフロー出口4との間に設けたオーバーフロー経路5を備え、波浪6をオーバーフロー入口3から取り込みオーバーフロー経路5を経てオーバーフロー出口4より排出することにより、波浪6による船体2への影響を抑制することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、平水中抵抗を増加させることなく波浪中抵抗の増加を低減することができる船体構造および船舶に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、波浪による影響の低減や粘性摩擦抵抗の低減を目的として、船体に種々の構成を用いることが提案されている(例えば、特許文献1および特許文献2)。
特許文献1には、波浪中における船体のピッチング運動低減を目的として、船側外板のリセスに揚力板を設け、その上端または下端を外方に突出可能とした構成が開示されている。また、特許文献2には、船体表面に作用する粘性摩擦抵抗を低減するマイクロバブル推進法の微小気泡として、船が航行するときに船首部前面に発生する首砕波を利用することを目的として、船首部水面下に首砕波導通路を形成した構成が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平8−11781号公報
【特許文献2】特開平9−156575号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載の揚力板は、航走中および停泊中に船のピッチングを減少することを目的として、喫水線よりも下方に設けられるものである。また、特許文献2に記載の首砕波導通路も、首砕波中の微小気泡を利用する事を目的として、喫水線よりも下方に設けられるものである。このように、波浪による影響の低減や粘性摩擦抵抗の低減を目的とした構成は、従来、船体の海面下となる位置に設けられている。しかし、波浪による影響抑制を目的とした構成を船体の海面下となる位置に設けた場合、平水中(波の無い状態)において、当該構成が抵抗を増大させる原因となる。
そこで本発明は、平水中抵抗を増加させることなく、波浪中の抵抗増加を低減できる船体構造および船舶を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
請求項1に記載の本発明のオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船体構造は、船体の静的水位上昇位置より上方に設けたオーバーフロー入口と、前記船体の喫水以下に設けたオーバーフロー出口と、前記オーバーフロー入口と前記オーバーフロー出口との間に設けたオーバーフロー経路を備え、波浪を前記オーバーフロー入口から取り込み前記オーバーフロー経路を経て前記オーバーフロー出口より排出したことを特徴とする。
この構成により、船体の静的水位上昇位置より上方に達した波浪をオーバーフロー入口から取り込んで、オーバーフロー出口から排出することができる。
請求項2に記載の本発明は、請求項1に記載のオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船体構造において、前記オーバーフロー入口からの水の流入抵抗を前記オーバーフロー出口からの水の逆流抵抗よりも小さく設定したことを特徴とする。
この構成により、オーバーフロー入口から取り込んだ水の排出が、オーバーフロー出口からの水の逆流によって妨げられることを抑制できる。
請求項3に記載の本発明は、請求項2に記載のオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船体構造において、前記オーバーフロー経路に水の逆流防止手段を設けたことを特徴とする。
この構成により、オーバーフロー経路における水の逆流を防止できる。
請求項4に記載の本発明は、請求項1から請求項3のうちの1項に記載のオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船体構造において、前記オーバーフロー出口を前記オーバーフロー入口よりも細長い形状に形成し、その長手方向を前記船体の前後方向に設置したことを特徴とする。
この構成により、オーバーフロー出口から排出される水が船底の水の流れから受ける影響を抑制することができる。
請求項5に記載の本発明は、請求項1から請求項4のうちの1項に記載のオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船体構造において、前記オーバーフロー入口の近傍に前記波浪の上昇波を前記オーバーフロー入口内に取り込む上昇波取込手段をさらに備えたことを特徴とする。
この構成により、上昇波が上昇波取込手段の上方の船体にまで達することによる抵抗の増加を低減できる。また、上昇波が衝突する力を上昇波取込手段により船舶の推力として利用することもできる。ここで、「近傍」とは、想定される波浪の上昇波の少なくとも一部を上昇波取込手段によりオーバーフロー入口内に取り込むことができる位置をいう。
請求項6に記載の本発明は、請求項1から請求項5のうちの1項に記載のオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船体構造において、前記オーバーフロー入口を前記船体の船首部に設けたことを特徴とする
波浪の影響を最も受けやすいのは船首部であるため、オーバーフロー入口を船首部に設けることにより、波浪による抵抗増加の低減を効果的に実現することができる。
請求項7に記載の本発明は、請求項6に記載のオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船体構造において、前記静的水位上昇の頂点以前に少なくとも前記オーバーフロー入口の一部を臨ませ、前記オーバーフロー入口の船体の前後方向における中心である入口中心が、前記オーバーフロー出口の船体の前後方向における中心である出口中心よりも前側に位置するように設けられていることを特徴とする。
波浪中において最も水位上昇が生じやすいのは静的水位上昇の頂点付近であるため、上記構成により、オーバーフロー入口から波浪を取り込んで、その影響を抑制することができる。また、入口中心を出口中心よりも前側に位置させる構成により、波浪として取り込んだ水をスムーズに排出することができる。
請求項8に記載の本発明は、請求項1から請求項7のうちの1項に記載のオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船体構造において、前記オーバーフロー経路に気体の供給または気体の供給および制御をする給気手段をさらに備えたことを特徴とする。
この構成により、給気手段から供給された気体をオーバーフロー出口から排出して船底に供給することができる。
請求項9に記載の本発明は、請求項1から請求項8のうちの1項に記載のオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船体構造において、前記オーバーフロー経路を通過する水のエネルギーを回収するエネルギー回収手段をさらに備えたことを特徴とする。
この構成により、オーバーフロー経路を通過する水のエネルギーを回収することができる。
請求項10に記載の本発明は、請求項1から請求項9のうちの1項に記載のオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船体構造において、前記オーバーフロー経路を通過する水に高分子ポリマーを供給する高分子供給手段をさらに備えたことを特徴とする。
この構成により、高分子ポリマーを含む水を供給することができるから、オーバーフロー経路の抵抗を低減して水の流れをスムーズにすることができる。
【0006】
請求項11に記載の本発明のオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船舶は、請求項1から請求項10のうちの1項に記載のオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船体構造を船体付加物として実現し船体に付加したことを特徴とする。
本発明の波浪中抵抗増加低減を図った船体構造を、既存の船舶に付加することにより、既存の船舶の波浪中抵抗の増加を低減することができる。
請求項12に記載の本発明は、請求項11に記載のオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船舶において、前記船体の向波に対するブラントネス係数Bが0.12〜0.32の範囲内あるいは前記船体付加物を付加した状態での向波に対するブラントネス係数Bが0.12〜0.32の範囲内であることを特徴とする。
本発明の船体付加物は、船体の船首部形状を肥大させることなく既存の船舶に取り付けること、および取り付けにより船体の船首部形状を肥大させることができる。このため、ブラントネス係数Bが0.12〜0.32の範囲内である船体には、船首部形状がこの範囲内となるように船体付加物を取り付けることができる。また、ブラントネス係数Bが0.12未満である船体には、船首部形状を肥大させて、0.12〜0.32の範囲内となるように船体付加物を取り付けることができる。
また、例えば、既存の船舶のブラントネス係数Bが0.12〜0.17程度の形状の場合、船体付加物を付加して、船体の船首部形状を肥大させてブラントネス係数を少し大きくすれば、最適な0.18〜0.20程度とすることができる。これにより、既存の船舶のブラントネス係数に起因する抵抗および、波浪中抵抗の増加を低減することができる。また、既存の船舶のブラントネス係数Bが0.18以上である場合、船首部形状が肥大化しないように、船体付加物を付加することにより、既存の船舶の波浪中抵抗の増加を低減することができる。
【0007】
請求項13に記載の本発明のオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船舶は、請求項1から請求項10のうちの1項に記載のオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船体構造を備えており、向波に対するブラントネス係数Bが0.12〜0.32の範囲内の船体を備えていることを特徴とする。
向波に対するブラントネス係数Bを上記の範囲とすることにより、抵抗増加を伴うことなく船舶の輸送能力を向上させることができる。
【発明の効果】
【0008】
本発明の船体構造によれば、船体の静的水位上昇位置より上方に達した波浪をオーバーフロー入口から取り込んで、オーバーフロー出口から排出することができる。したがって、波浪中において、波面が船体の上方に到達することを抑制できる。これにより、波浪中船体運動の例えば振幅や位相差を抑制して、波浪中抵抗の増加を低減することが可能となる。また、様々な波向きの場合でも同様の効果が期待できる。
本発明は、オーバーフロー入口からの水の流入抵抗をオーバーフロー出口からの水の逆流抵抗よりも小さく設定してもよい。また、前記オーバーフロー経路に水の逆流防止手段を設けた構成としてもよい。この構成により、オーバーフロー入口からの波浪の取り込みを円滑に行い、また船体が沈み込むような運動時におけるオーバーフロー出口からの水の逆流を抑制し、波浪の影響による抵抗増加を低減することが可能となる。
本発明は、オーバーフロー出口をオーバーフロー入口よりも細長い形状に形成し、その長手方向を前記船体の前後方向に設置してもよい。この構成により、オーバーフロー出口による抵抗増加を抑制し、またオーバーフロー出口からの排水量変化を抑制し、波浪による抵抗増加低減効果を安定化することが可能となる。
本発明は、上昇波取込手段をさらに備えた構成としてもよい。この構成により、波浪中における抵抗の増加を低減すると共に、上昇波が衝突する力を上昇波取込手段により船舶の推力として利用することも可能となる。
本発明は、オーバーフロー入口を船首部に設けてもよい。この構成により、波浪による抵抗増加の低減を効果的に実現すること、および取り込んだ水の排出をスムーズに行うことや船体表面の流れを整流することが可能となる。
本発明は、静的水位上昇の頂点以前にオーバーフロー入口の一部を臨ませ、オーバーフロー入口の入口中心が、オーバーフロー出口の出口中心よりも前側に位置するように設けてもよい。この構成により、波浪の有効な取り込み、および波浪として取り込んだ水の排出をスムーズに行い、波浪による抵抗増加の低減を効果的に実現することが可能となる。
本発明は、給気手段を備えていてもよい。この構成により、オーバーフロー経路を用いてオーバーフロー経路自身や船体あるいは双方の、空気潤滑による抵抗低減をも実現することが可能となる。
本発明は、エネルギー回収手段を備えていてもよい。この構成により、例えば、回収したエネルギーにより発電した電気を用いて、オーバーフロー出口の逆流防止手段を制御することが可能となる。
本発明は、高分子供給手段を備えていてもよい。この構成により、オーバーフロー経路や船体あるいは双方の抵抗を低減し、オーバーフロー入口からの波浪の取り込みをスムーズに行い、高分子ポリマーによる抵抗低減をも実現することが可能となる。
【0009】
本発明の船舶によれば、船体付加物により、既存の船舶の波浪中における抵抗低減を実現することが可能となる。また、船体付加物により、既存の船舶のブラントネス係数を調整して、既存の船舶のブラントネス係数に起因する抵抗をも低減することが可能となる。
【0010】
本発明の船舶によれば、平水中の抵抗は増加することなく、波浪による速力低下を低減し船舶の輸送能力を向上させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の第1の実施形態による船体構造(例その1)を示す(a)要部概念側面図、(b)B−B’矢視部分断面図
【図2】船体を上方から見た状態を示す平面図
【図3】本発明の第1の実施形態による船体構造(例その2)を示す(a)要部概念側面図、(b)B−B’矢視部分断面図
【図4】本発明の第1の実施形態による船体構造(例その3)を示す(a)要部概念側面図、(b)船底側から見た要部概念平面図
【図5】向波に対するブラントネス係数Bと反射波に基づく抵抗増加係数KAWとの関係を示すグラフ
【図6】本発明の第1の実施形態による船体構造(例その4)を示す要部概念側面図
【図7】本発明の第2の実施形態による船体構造(例その1)を示す(a)要部概念側面図、(b)要部概念正面図
【図8】本発明の第2の実施形態による船体構造(例その2)を示す(a)要部概念側面図、(b)要部概念正面図
【図9】本発明の第3の実施形態による船体構造を示す要部概念側面図
【図10】本発明の第4の実施形態による船体構造を示す要部概念側面図
【0012】
(第1の実施形態)
本発明の第1の実施形態によるオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船体構造について、以下に説明する。
図1は本実施形態による船体構造(例その1)の要部を概念的に示したものであり、(a)は要部概念側面図であり、(b)は中心線Aの左側が(a)のB−B’矢視部分断面図であり、右側が要部正面図である。
本実施形態による船体構造1は、船体2の静的水位上昇位置Cより上方に設けたオーバーフロー入口3と、船体2の喫水線D以下の喫水に設けたオーバーフロー出口4と、オーバーフロー入口3とオーバーフロー出口4との間に設けたオーバーフロー経路5を備え、波浪6としてオーバーフロー入口3から取り込んだ水を、オーバーフロー経路5を介してオーバーフロー出口4より排出する。
【0013】
オーバーフロー入口3は、静的水位上昇位置Cの頂点CP以前の部分が船体2の前後方向におけるオーバーフロー入口3の範囲内に位置するように設けられている。また、オーバーフロー入口3の船体2の前後方向における中心である入口中心3Cが、オーバーフロー出口4の船体の前後方向における中心である出口中心4Cよりも前側すなわち船首7側に位置するように設けられている。これにより、オーバーフロー入口3から取り込んだ波浪の水をオーバーフロー出口4からスムーズに排出することができる。
【0014】
オーバーフロー入口3は、静的水位上昇位置Cよりも上方に達した波浪6を取り込むものである。このように、オーバーフロー入口3は、静的水位上昇位置Cよりも上に波浪6が到達する状況における抵抗低減を目的としているから、静的水位上昇位置Cよりも上に設けられている。静的水位上昇位置Cよりも上方に到達する波浪6を取り込むことにより、波浪中における船体2の運動を抑制し、抵抗を低減することができる。
オーバーフロー入口3を静的水位上昇位置Cよりも下方に設けると、平水中においても、常時水が取り込まれることとなる。このため、オーバーフロー経路5内が常に満水となり、抵抗が増加する原因となる。
したがって、オーバーフロー入口3を静的水位上昇位置Cよりも上方に設けることにより、平水中での抵抗を増加させることなく、波浪中における抵抗を低減させることが可能となる。また、本実施形態の船体構造1は、向波中のみでなく斜波中においても、抵抗を低減させる効果がある。
【0015】
静的水位上昇位置Cとは、平水中での船舶の走行時に生じる水面の盛り上がり位置のことである。船舶には設計時に代表的な船舶速度として航海速力が設定されている。静的水位上昇位置Cは、船舶毎に設定されている航海速力で平水中を走行した時に生じる水面の盛り上がり位置のことをいう。
静的水位上昇位置Cは、特に船首部10において喫水線Dよりも上方に盛り上がり、滑らかに下降して喫水線Dに近づくような状態となる。より正確には、静的水位上昇位置Cは、船首部10において上昇し、その後、喫水線Dよりも下となり、また喫水線Dに近づく。この変化の程度の大小は、船舶の船型により異なる。図1は、静的水位上昇位置Cが喫水線D付近に近づき、喫水線Dと略整合するまでの途中の段階を示している。
【0016】
静的水位上昇位置Cは、船舶の種類により異なるものの、大部分の船舶において、船首部10の喫水線Dから甲板までの高さの1/4以上3/4以下の範囲内である。また、上述したとおり、静的水位上昇位置Cは、船首部10において徐々に高くなって頂点に達した後に低くなり、喫水線Dと一致した後に一旦喫水線Dよりも下に位置し、その後また高くなり喫水線Dと略整合するという、船首7(前方)から船尾8(後方)への変化を示す。ここで、静的水位上昇位置Cが、喫水線Dと略整合する前、船首部10において徐々に高くなった後に最初に喫水線Dと一致する位置を終端とすると、静的水位上昇位置Aの終端は船長の1/6以上1/4以内の範囲内であることが多い。
【0017】
図2は船体2を上方から見た状態を示す平面図である。同図では、右側に船首7が位置し、左側に船尾8が位置している。船体2は、その船幅Wが等しい船側9、船首7側にいくにしたがって船幅Wが狭くなる船首部10、および船尾8側にいくにしたがって船幅Wが狭くなる船尾部11に分けることができる。
本実施形態のオーバーフロー入口3およびオーバーフロー出口4はいずれも、船首部10に設けられている。しかし、これらを設ける位置は船首部10に限られるものではなく、船側9、船尾部11、船首7、あるいは船尾8に設けることもできる。
また、例えば、オーバーフロー入口3を船首部10に設け、オーバーフロー出口4を船側あるいは船首部10から船側9にかけて設けることとしてもよい。このように、オーバーフロー入口3および/またはオーバーフロー出口4を、船体2の複数の部位に関連して設けた構成としてもよい。
【0018】
オーバーフロー出口4は、オーバーフロー入口3から取り込まれた波浪の水を排出するものである。船体2の運動により、オーバーフロー経路5内の水がオーバーフロー出口4から排出される。図1(b)に示すように、オーバーフロー経路5のオーバーフロー出口4付近には、逆流防止手段として逆流防止弁12が設けられている。本実施形態の船体構造1では、この構成により、オーバーフロー入口3からの水の流入抵抗をオーバーフロー出口4からの水の逆流抵抗よりも小さくしている。
【0019】
図1(b)の両矢印は、船体2が波浪6中を航行する際の船体2の上下方向の運動を示しており、Eが平均位置を示している。逆流防止弁12は、船体2が平均位置Eより上方への運動をするときに開放される。このため、水の位置エネルギーにより、オーバーフロー経路5内の水をオーバーフロー出口4から排出することができる。また、逆流防止弁12は、船体2が平均位置Eよりも下方に運動するときには閉塞される。このため、オーバーフロー経路5からオーバーフロー出口4内に水が入ることを防止できる。このように逆流防止弁12を制御することにより、水に力を加えることなく、オーバーフロー経路5内の水を自動的に排出することが可能となる。
【0020】
オーバーフロー入口3からの水の流入抵抗をオーバーフロー出口4からの水の逆流抵抗よりも小さくするための他の構成について、図3を参酌して以下に説明する。
図3は本実施形態による船体構造(例その2)の要部を概念的に示したものであり、(a)は要部概念側面図であり、(b)は中心線Aの左側が(a)のB−B’矢視部分断面図であり、右側が要部正面図である。
同図に示すように、逆流防止手段として、オーバーフロー経路5中に位相変更板17を設けることとしてもよい。この構成により、オーバーフロー経路5内における水の流れを、オーバーフロー入口3からオーバーフロー出口4方向には流れやすく、オーバーフロー出口4からオーバーフロー入口3方向には流れにくくすることができる。位相変更板17は、固定式あるいは可動式の何れの構成としてもよい。
【0021】
オーバーフロー経路5における逆流を防止する逆流防止手段としては、上述した逆止弁構造(逆流防止弁12)、羽根(ベーン)構造(位相変更板17)の他に、単純バルブ構造と制御方式との組み合わせ等が挙げられる。また、これらの手段を組み合わせて用いることもできる。
【0022】
つづいて、図4を参照して、より好ましい船体構造の構成について説明する。図4は船体構造(例その3)の要部を概念的に示したものであり、(a)が要部概念側面図であり、(b)が船底側から見た要部概念平面図である。
同図(a)では、Cが静的水位上昇位置を示し、Fが波浪中における水位上昇位置を示し、F’がオーバーフロー入口を設けない場合の水位上昇位置を示している。そして、一点鎖線CPは、静的水位上昇位置Cの頂点の船体2の前後方向における位置を示している。同図に示すように、波浪中における水位上昇位置F’のピークは、静的水位上昇位置Cの頂点CPと略同様の位置に位置する。
【0023】
図4の船体2においては、オーバーフロー入口13が、静的水位上昇位置Cの頂点CPよりも前方(船首7側)に設けられ、オーバーフロー出口14が、頂点CPよりも後方(船尾8側、図2参照)に設けられている。
オーバーフロー入口13を頂点CPよりも前方に設けることにより、水位上昇位置F’が頂点に達する前にオーバーフロー入口13から波浪を取り込むことができる。この結果として、同図(a)に模式的に示すように、破線で示した水位上昇位置F’が低下して実線で示した水位上昇位置Fとなる。すなわち、オーバーフロー経路15内のオーバーフロー入口13からオーバーフロー出口14への水の流れ(下方流)により、波浪中における船体2周囲の水位上昇量を低下させることができる。これにより、波浪中において船体2が受ける圧力を減少させて、抵抗低下を実現することが可能となる。
【0024】
図4(b)は、船底側から見た要部概念平面図を示しており、一点鎖線G、Hは、同図(a)の一点鎖線G、Hの高さの船体2の外形を表している。同図(b)に示すように、オーバーフロー入口13は、水面よりも上方(喫水線Dより上方)に設けられているから、船体2の外側への広がりが大きい。対して、オーバーフロー出口14は水面より下方(喫水線Dの下)に設けられているから、船体2の外側への広がりが小さい。このため、オーバーフロー入口13は、オーバーフロー出口14よりも厚く大きく形成されている。また、オーバーフロー出口14はオーバーフロー入口13よりも細長い形状に形成されており、その長手方向が船体2の前後方向となるように設置されている。これにより、オーバーフロー出口14から排出される排水量の分布が船体2の前後方向で変化して、オーバーフロー出口14近傍における抵抗の変化が生じることを抑制できる。
【0025】
オーバーフロー出口14は、その断面積(水平面で切った場合の断面積)が、オーバーフロー入口13の断面積よりも大きくなるように形成されている。これにより、オーバーフロー入口13から取り込まれた水を、オーバーフロー出口14からスムーズに排出することができる。したがって、オーバーフロー経路5内に水が溜まることなくスムーズに流れ、オーバーフロー入口13からスムーズに波浪6を取り込むことが可能となる。
また、オーバーフロー出口13が、その長手方向が船体2の前後方向となるように設置されていることにより、横方向に設置される場合と比較して、オーバーフロー出口13自身による抵抗増加を抑制できる。
【0026】
図5は、向波に対するブラントネス係数Bと反射波に基づく抵抗増加係数KAWとの関係を示すグラフである。同図に示すように、ブラントネス係数Bが0.187以下の範囲では、ブラントネス係数0.12で抵抗増加係数がいったんピークに達した後、0.187まで低下する。そして、ブラントネス係数が0.187以上となると、抵抗増加係数はブラントネス係数に比例して増大する。この比例する範囲においては、ブラントネス係数が0.32のときに0.12のときの抵抗増加係数と略同じ値となる。このため、船体2のブラントネス係数を0.12〜0.32の範囲内とすることにより、抵抗増加を伴うことなく船舶の輸送能力を向上させることができる。船体2のブラントネス係数が0.12〜0.17程度の形状の場合、船体2の船首部10形状を肥大させてブラントネス係数を少し大きくして、0.18〜0.20程度とすることが好ましい。この構成により、抵抗増加係数の低下と輸送能力の向上とを同時に実現することができる。
【0027】
ブラントネス係数Bとは、反射波に基づく抵抗増加係数KAWに影響する係数であり、船体2における水面上の肥大度を表す係数である。抵抗増加係数KAWとブラントネス係数Bとの関係は、α:喫水影響項および速度影響項(1+α)と共に以下の式(1)で示される。
AW=B・α・(1+α) ……(1)
:ブラントネス係数
α :喫水影響項
(1+α):速度影響項
【0028】
図6は、本実施形態による船体構造(例その4)を示す要部概念側面図である。同図に示すように、オーバーフロー経路15を通過する水のエネルギーを回収するエネルギー回収手段16を備えた構成としてもよい。これにより、オーバーフロー経路15における水の流れのエネルギーを回収して発電することができる。エネルギー回収手段16としては、例えば、羽根車やプロペラなどのように、水流を回転運動に変換するものが挙げられる。エネルギー回収手段16より得られた電気は、例えば、オーバーフロー出口14に設けられている逆流防止弁12操作のエネルギーを補うために用いることができる。
【0029】
(第2の実施形態)
本発明の第2の実施形態について、図7および図8を参酌して、以下に説明する。本実施形態の船体構造は、オーバーフロー入口がステム部に設けられている点において、上述した実施形態と異なっている。上述した実施形態において説明した部材と機能が同じ部材には同じ符号を付し、説明を省略する。
【0030】
図7は本実施形態による船体構造(例その1)の要部を概念的に示したものであり、(a)は要部概念側面図であり、(b)は要部正面図である。同図に示すように、オーバーフロー入口23は、船体22の船首7の稜線部分であるステム部に設けられている。このため、波浪中において、船首7付近の波浪6をオーバーフロー入口23に取り込むことができるから、水位上昇を抑制して、船体22の受ける抵抗を抑制することが可能である。
【0031】
図8は、本実施形態による船体構造(例その2)の要部を概念的に示したものであり、(a)は要部概念側面図であり、(b)は要部正面図である。同図には、オーバーフロー入口23の近傍に波浪6の上昇波をオーバーフロー入口23に取り込む上昇波取込手段24を備えている構成を示している。
上昇波取込手段24を設けることにより、上昇波が上昇波取込手段の上方の船体にまで達することによる抵抗の増加を低減できる。これに加えて、上昇波がぶつかるときに上昇波取込手段24に加えられる力を、推力として用いることもできる。
【0032】
上昇波取込手段24は、前(船首7)側が後(船尾8)側よりも下方となるよう構成されている、オーバーフロー入口23への対向面を備えている。このため、波浪6により上昇波取込手段24に加えられた力を、図8(a)に太線で囲んだ白抜き矢印で示すように、船体22の推進力として利用することができる。
【0033】
本実施形態では、船体22と一体として、オーバーフロー入口23に覆い被さる上昇波取込手段24を設けた構成について説明した。しかし、上昇波取込手段24はこれに限られるものではなく、船体と一体でない庇状の付加物やステップとして構成してもよい。また、ステム部以外に取り付けられたオーバーフロー入り口に取り付けることとしてもよい。
【0034】
(第3の実施形態)
本発明の第3の実施形態について、図9を参酌して、以下に説明する。本実施形態の船体構造は、オーバーフロー経路に気体の供給または気体の供給および制御をする給気手段が設けられている点において、上述した実施形態と異なっている。上述した実施形態において説明した部材と機能が同じ部材には同じ符号を付し、説明を省略する。
【0035】
図9は本実施形態による船体構造を示す要部概念側面図であり、(a)が気泡流吹出口33を備えた船体構造31を示し、(b)が気泡流吹出口33の代わりに複数の気泡発生装置34を備えた船体構造32を示している。
オーバーフロー経路5に気泡流吹出口33および/または気泡発生装置34を設けることにより、水の流れを用いて船底のオーバーフロー出口4まで気泡を到達させることができる。このように、オーバーフロー経路5の下方流を用いることにより、気泡流を船底まで送る動力を節約して、気体潤滑による抵抗低減を実現することができる。
【0036】
このように気泡を船底に流すことにより、オーバーフロー経路5の抵抗低減のみならず船体の抵抗低減を実現できる。また、気泡流吹出口33および/または気泡発生装置34をオーバーフロー出口4近傍に設けた場合は、船体の抵抗低減を主に図ることができる。
【0037】
気泡流吹出口33や気泡発生装置34により、オーバーフロー経路5への供給または気体の供給および制御を行う手段としては、例えば、ブロアーやポンプによって空気を取り込むものや、過給機の圧縮空気を利用するもの、気液せん断法により気泡を発生させるものが挙げられる。ここで、気液せん断法とは、渦流をつくって、この中に気体を巻き込み、インペラーやベーンにより気体を切断・粉砕することにより気泡を発生させる方法をいう。
【0038】
(第4の実施形態)
本発明の第4の実施形態について、図10を参酌して、以下に説明する。本実施形態の船体構造は、オーバーフロー経路を通過する水に高分子ポリマーを供給する高分子供給手段が設けられている点において、上述した実施形態と異なっている。上述した実施形態において説明した部材と機能が同じ部材には同じ符号を付し、説明を省略する。
【0039】
図10は本実施形態による船体構造41を示す要部概念側面図である。同図に示すように、船体構造41には、オーバーフロー経路5のオーバーフロー入口3付近に高分子供給手段42が設けられている。この高分子供給手段42により、オーバーフロー入口3から取り込まれた水に高分子ポリマーを供給することにより、オーバーフロー経路5内を流れる水の摩擦抵抗を減少させることができる(トムズ効果)。
トムズ効果により、最大70%もの摩擦抵抗を減少させることができる。このため、オーバーフロー入口3からオーバーフロー出口4への水の流れをスムーズにして、オーバーフロー入口3から波浪6(図1参照)を取り込む効率が向上する。
【0040】
高分子供給手段42としては、例えば、微量の高分子ポリマーを放出する高分子放出孔を設ける構成や、高分子溶出塗料によりオーバーフロー経路5内の一部または前部を塗装して、高分子溶出塗料から高分子ポリマーを溶出させる構成などが考えられる。
【0041】
高分子供給手段42から高分子ポリマーを供給することにより、オーバーフロー経路5の抵抗低減のみならず船体の抵抗低減を実現できる。また、高分子供給手段42をオーバーフロー出口4近傍に設けた場合は、船体の抵抗低減を主に図ることができる。
【0042】
上述した各実施形態の船体構造は、船体付加物として既存の船舶の船体に付加することもできる。これにより、波浪中における既存の船舶の抵抗低減を実現することが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明は、コンテナ船をはじめ、油タンカー、LNG船、又はLPG船などの船舶に広く適用できるものである。また、本発明の船体構造を船舶の建造時に設けることも、既存の船舶に後付で設けることも可能である。
【符号の説明】
【0044】
1、21、31、32、41 船体構造
2、22、42 船体
3、13、23 オーバーフロー入口
3C 入口中心
4、14 オーバーフロー出口
4C 出口中心
5、15 オーバーフロー経路
6 波浪
10 船首部
12 逆流防止弁(逆流防止手段)
16 エネルギー回収手段
17 位相変更板(逆流防止手段)
24 上昇波取込手段
33 気泡流吹出口(給気手段)
34 気泡発生装置(給気手段)
43 高分子供給手段
C 静的水位上昇位置
CP 頂点(静的水位上昇位置の頂点)
D 喫水線
W 船幅

【特許請求の範囲】
【請求項1】
船体の静的水位上昇位置より上方に設けたオーバーフロー入口と、
前記船体の喫水以下に設けたオーバーフロー出口と、
前記オーバーフロー入口と前記オーバーフロー出口との間に設けたオーバーフロー経路を備え、
波浪を前記オーバーフロー入口から取り込み前記オーバーフロー経路を経て前記オーバーフロー出口より排出したことを特徴とするオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船体構造。
【請求項2】
前記オーバーフロー入口からの水の流入抵抗を前記オーバーフロー出口からの水の逆流抵抗よりも小さく設定したことを特徴とする請求項1に記載のオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船体構造。
【請求項3】
前記オーバーフロー経路に水の逆流防止手段を設けたことを特徴とする請求項2に記載のオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船体構造。
【請求項4】
前記オーバーフロー出口を前記オーバーフロー入口よりも細長い形状に形成し、その長手方向を前記船体の前後方向に設置したことを特徴とする請求項1から請求項3のうちの1項に記載のオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船体構造。
【請求項5】
前記オーバーフロー入口の近傍に前記波浪の上昇波を前記オーバーフロー入口内に取り込む上昇波取込手段をさらに備えたことを特徴とする請求項1から請求項4のうちの1項に記載のオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船体構造。
【請求項6】
前記オーバーフロー入口を前記船体の船首部に設けたことを特徴とする請求項1から請求項5のうちの1項に記載のオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船体構造。
【請求項7】
前記静的水位上昇の頂点以前に少なくとも前記オーバーフロー入口の一部を臨ませ、
前記オーバーフロー入口の船体の前後方向における中心である入口中心が、前記オーバーフロー出口の船体の前後方向における中心である出口中心よりも前側に位置するように設けられていることを特徴とする請求項6に記載のオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船体構造。
【請求項8】
前記オーバーフロー経路に気体の供給または気体の供給および制御をする給気手段をさらに備えたことを特徴とする請求項1から請求項7のうちの1項に記載のオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船体構造。
【請求項9】
前記オーバーフロー経路を通過する水のエネルギーを回収するエネルギー回収手段をさらに備えたことを特徴とする請求項1から請求項8のうちの1項に記載のオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船体構造。
【請求項10】
前記オーバーフロー経路を通過する水に高分子ポリマーを供給する高分子供給手段をさらに備えたことを特徴とする請求項1から請求項9のうちの1項に記載のオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船体構造。
【請求項11】
請求項1から請求項10のうちの1項に記載のオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船体構造を船体付加物として実現し船体に付加したことを特徴とするオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船舶。
【請求項12】
前記船体の向波に対するブラントネス係数Bが0.12〜0.32の範囲内あるいは前記船体付加物を付加した状態での向波に対するブラントネス係数Bが0.12〜0.32の範囲内であることを特徴とする請求項11に記載のオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船舶。
【請求項13】
請求項1から請求項10のうちの1項に記載のオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船体構造を備えており、
向波に対するブラントネス係数Bが0.12〜0.32の範囲内の船体を備えていることを特徴とするオーバーフロー方式による波浪中抵抗増加低減を図った船舶。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−214075(P2012−214075A)
【公開日】平成24年11月8日(2012.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−79382(P2011−79382)
【出願日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【出願人】(501204525)独立行政法人海上技術安全研究所 (185)