説明

カイコマキュラ様ウイルスの除去方法

【課題】カイコ由来細胞を利用して有用タンパク質を培地中やカイコ体内に蓄積させることが行われているが、多くのカイコ由来細胞にカイコマキュラ様ウイルスが存在することが報告された。カイコ由来細胞を利用して有用タンパク質を製造する際に、ウイルス安全性保証を高めるために、カイコマキュラ様ウイルスを除去または不活化する方法を提供する。
【解決手段】カイコ由来細胞を使用して有用タンパク質を製造する際に、製造工程中間製品をクロマトグラフィーで処理することで、含まれるカイコマキュラ様ウイルスを除去することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カイコ由来細胞を利用して有用タンパク質を製造する際に、カイコ由来細胞に存在しているカイコマキュラ様ウイルスを除去する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カイコ由来細胞を用いて遺伝子組換えカイコ核多角体病ウイルスを作製し、その遺伝子組換えカイコ核多角体病ウイルスをカイコ由来細胞やカイコ虫体に接種して、有用タンパク質を培地中やカイコ体内に蓄積させることが行われている(特許文献1)。しかしながら、多くのカイコ由来細胞にカイコマキュラ様ウイルス(以下BmMLVと略称する)が存在することが報告された(非特許文献1)。そのため、有用タンパク質の製造工程にカイコ由来細胞を使用する際には、BmMLVに関する安全性保証のために、BmMLVを不活化または/かつ除去することが課題となる。
【特許文献1】特許第2621656号公報
【非特許文献1】Katsumaら著、J. Virology、79巻、5577−5584ページ(2005年)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
そこで、カイコマキュラ様ウイルスの不活化または除去が可能となれば、カイコ由来細胞を利用した有用タンパク質の生産法のウイルス安全性保証のレベルは向上し、カイコ由来細胞を利用した生産法による有用タンパク質の量産の道は更に広がると期待される。
本発明の目的は、カイコ由来細胞を利用して有用タンパク質を製造する際に、BmMLVを除去する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、カイコマキュラ様ウイルスを含んだ有用タンパク質をクロマトグラフィー操作することにより、カイコマキュラ様ウイルスを効率的に除去することに成功し、カイコ由来細胞を用いて有用タンパク質を生産する方法を確立し、本発明を完成した。すなわち、本発明は、カイコ由来細胞を使用して有用タンパク質を製造する際に、カイコ由来細胞に混入したカイコマキュラ様ウイルスが含まれる製造工程中間製品をクロマトグラフィーで処理することを特徴とするカイコマキュラ様ウイルスの除去方法。を提供するものである。
【発明の効果】
【0005】
本発明によれば、以下に説明するとおり、カイコ由来細胞を使用して有用タンパク質を製造する際に効率よくBmMLVを除去することができ、生産された有用タンパク質のウイルス安全性保証レベルを高めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
以下、本発明の最良の実施形態の例を説明する。
【0007】
本発明の有用タンパク質としては特に限定されないが、クロマトグラフィー操作に対して安定なタンパク質が好ましい。そのようなタンパク質としては種々報告され、今後も多くのものが報告されるであろうが、それらへの応用が可能である。例えば、イヌインターフェロン−γ、ヒトインターフェロン−β、ネコインターフェロン−ω、マウスインターフェロン−βなどのインターフェロン類が挙げられる。
【0008】
使用するクロマトグラフィーはどのようなクロマトグラフィーでも用いることができる。例をあげるならば、イオン交換クロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、などがあげられるが、好ましくはブルーセファロースクロマトグラフィー、銅キレートクロマトグラフィーである。
【0009】

本発明は、製造のいずれかの工程でカイコ由来細胞を使用する有用タンパク質の製造方法であれば適用できる。例えるならば、有用タンパク質をコードする遺伝子を単離し、それを市販の核多角体病ウイルスのゲノム中に挿入し、BM−N細胞などのカイコ培養細胞に感染させることで、遺伝子組換えウイルスを作製し、それをBM−N細胞、カイコ幼虫やカイコ蛹などのカイコ虫体に接種して有用タンパク質を製造する方法に適用できる。核多病体病ウイルスは昆虫に感染し、多角体と呼ばれる構造体を昆虫細胞内に蓄積させるウイルスであり、そのタンパク質合成能力の高さから、遺伝子組み換えタンパク質の製造に用いられている。またその他の例として、遺伝子組換えカイコ細胞、遺伝子組換えカイコ虫体を用いた有用タンパク質の製造法にも適用できる。
【0010】
クロマトグラフィー操作を行う工程は、カイコ由来細胞が有用蛋白質を産生した後の製造工程中のどの段階でも可能である。細胞培養で有用タンパク質を製造する場合であれば、培養終了後の培養液でも、精製工程の中間工程製品でも可能であるし、また、カイコ虫体で有用タンパク質を製造する場合であれば、カイコの抽出液でも、精製工程の中間工程製品でもクロマトグラフィー処理することが可能である。またクロマトグラフィーに用いる溶離液はどのような溶媒をもとに調製することも可能であるが、好的には水溶液が用いられる。また溶離液の溶質についても特に限定はなく、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウムの塩化物、リン酸塩、酢酸塩、硫酸塩などの塩類、EDTAなどのキレート剤、ポリオキシエチレン硬化ひまし油、Tween20などの界面活性剤といった溶離液に溶解する化合物であればいかなるものでも含むことができる。またそのpHについても特に限定はない。
【0011】
クロマトグラフィーを行う温度については、特に限定はないが、作業環境を考慮して0℃〜40℃が望ましい。目的タンパク質の安定性が低い場合には、低温であることが好ましく、その場合、4℃〜16℃の環境で行われる。
【実施例】
【0012】
実施例1
(1)BmMLV液の調製
マキュラ様ウイルスは、感染が確認されているカイコBmN細胞(ATCC CRL−8910)より調製した。10%牛胎児血清を含むTC−100培地で培養したBmN細胞20×10個に20mLの燐酸緩衝生理食塩水(PBS)を加え、超音波処理により細胞を破砕後、6000G、15分、4℃で遠心し、その上清を0.22μmのフィルターで濾過してマキュラ様ウイルス液を得た。
【0013】
(2)マキュラ様ウイルスの検出
各クロマトともアプライ画分、素通り画分、溶出各分について、マキュラ様ウイルスの検出試験に供した。PCRチューブに27μLずつ蒸留水を入れ、サンプルを3μL注入し、ピペッティングにより十分攪拌した。このチューブからさらに3μLを別のチューブに加えることで繰り返し希釈を行い、各サンプルとも10〜10倍に段階希釈した。
【0014】
各希釈サンプルをCell-to-Signalキット(Ambion)を用いて逆転写し、Premix Ex-Taq(タカラバイオ)、配列番号1および配列番号2のプライマーを用いてPCRを行った。1.5%アガロースゲル電気泳動を行い、360bp付近にバンドが見られたものをマキュラ様ウイルス陽性とし、3回の測定のうち2回以上得られた結果をそのサンプルの測定結果とした。なお、測定は1サンプルにつき3回行った。
【0015】
電気泳動の結果、段階希釈により陽性となる希釈段階数をウイルスのタイターとし、ウイルスクリアランスの判定を行った。
【0016】
(3)ブルークロマトグラフィーによるカイコマキュラ様ウイルス除去
ブルーセファロース(GEヘルスサイエンス)をカラムに5mL容量となるように詰め、連続2回のBmMLV添加サンプルの精製を行った。BmMLV添加サンプルは特許第2513909号公報の実施例2と同様の方法で得られたネコインターフェロンを1×10U/mL含むカイコ体液85mLに5mLの(1)で調製したBmMLV液を加えて調製した。
【0017】
BmMLV添加サンプル85mLをカラムに通液し、通過した液(BT画分)を採取した。通液に供したBmMLV添加サンプルは一部保管しBA画分とした。カラム通液後、洗浄液(20mMリン酸緩衝液(pH8))50mLをカラムに通液し、続いて溶出液1(20mMリン酸緩衝液(pH8)−0.5M塩化ナトリウム)50mL、溶出液2(20mMリン酸緩衝液(pH8)−1M塩化ナトリウム)50mLを通液し、カラムから出てくる画分を分取した。通液はすべて5〜12.5mL/hourの流速で行った。
【0018】
各画分をタンパク質定量(BCA法)およびSDS電気泳動したところ、溶出液2で溶出された画分に、約25kDのネコインターフェロンのバンドが検出されたので溶出画分(BR画分)とした。
【0019】
BA、BT、BR画分中のウイルス量をRT−PCR法で測定した結果を表1に示す。その結果、ウイルスの大部分はクロマトグラフィーに吸着せず通過しており、吸着後溶出されるネコインターフェロンを含むBR画分中にはカイコマキュラ様ウイルスが2桁除去されていることがわかった。
【0020】
【表1】

【0021】
(4)銅キレートクロマトグラフィーによるカイコマキュラ様ウイルス除去
キレートセファロース(GEヘルスサイエンス)をカラムに2mL容量となるように詰め、連続2回の銅イオンキレート化、BmMLV添加サンプルの精製を行った。
BmMLV添加サンプルは(3)に記載の方法でカイコ体液より精製し得られたネコインターフェロン溶出画分175mLに5mLの(1)で調製したBmMLV液を加えて調製した。
【0022】
BmMLV添加サンプル170mLを銅イオンキレート後のカラムに通液し、通過した液(CT画分)を採取した。通液に供したBmMLV添加サンプルは一部保管しCA画分とした。その後、洗浄液(50mM酢酸緩衝液(pH4.2)−0.5M塩化ナトリウム)40mLをカラムに通液し、続いて溶出液1(50mM酢酸緩衝液(pH3.9)−0.5M塩化ナトリウム)40mL、溶出液2(50mM酢酸緩衝液(pH3.6)−0.5M塩化ナトリウム)mLを通液し、カラムから出てくる画分を分取した。通液はすべて 8〜12mL/hourの流速で行った。
【0023】
各画分をタンパク質定量(BCA法)およびSDS電気泳動したところ、溶出液2で溶出された画分に、約25kDのネコインターフェロンのバンドが検出されたので溶出画分(CR画分)とした。
【0024】
CA、CT、CR画分中のウイルス量をRT−PCR法で測定した結果を表2に示す。その結果、ウイルスはクロマトグラフィーに吸着するものの、吸着後溶出されるネコインターフェロンを含むCR画分中にも溶出しなかった。その結果、CR画分中では、当初のCA画分に比べて、カイコマキュラ様ウイルスが2桁〜3桁除去されていることがわかった。
【0025】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明は、遺伝子組換えカイコ核多角体病ウイルスを用いた有用タンパク質の製造に限らず、形質転換カイコ細胞や形質転換カイコを用いた有用タンパク質の製造に応用することができるが、その応用範囲が、これらに限られるものではない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カイコ由来細胞を使用して有用タンパク質を製造する際に、カイコ由来細胞に混入したカイコマキュラ様ウイルスが含まれる製造工程中間製品をクロマトグラフィーで処理することを特徴とするカイコマキュラ様ウイルスの除去方法。
【請求項2】
クロマトグラフィーがブルーセファロースまたは銅キレートセファロースであることを特徴とするカイコマキュラ様ウイルスの除去方法。
【請求項3】
有用タンパク質の製造が、有用タンパク質をコードする遺伝子により組換えられた遺伝子組換えカイコ核多角体病ウイルスをカイコ由来細胞に接種することを特徴とする請求項1または2記載のカイコマキュラ様ウイルスの除去方法。
【請求項4】
有用タンパク質の製造が、有用タンパク質をコードする遺伝子により組換えられた遺伝子組換えカイコ核多角体病ウイルスをカイコ虫体に接種することを特徴とする請求項1または2記載のカイコマキュラ様ウイルスの除去方法。
【請求項5】
カイコ虫体がカイコ幼虫またはカイコ蛹であることを特徴とする請求項4記載のカイコマキュラ様ウイルスの除去方法。

【公開番号】特開2009−201490(P2009−201490A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−50224(P2008−50224)
【出願日】平成20年2月29日(2008.2.29)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】