説明

カチオン化ヒアルロン酸の製造方法

【課題】ヒアルロン酸などとポリイオンコンプレックスを形成し得る人体成分により近いカチオン性ポリマーを提供する。
【解決手段】ヒアルロン酸に、4級アンモニウムカチオン基と水酸基に対する反応性基とを有するカチオン化剤を反応させて、ヒアルロン酸の水酸基の水素原子の少なくとも一部が、4級アンモニウムカチオン基を有する基で置換されたカチオン化ヒアルロン酸を得る。カチオン化剤としてグリシジルトリアルキルアンモニウムハライドなどを用いることができる。得られたカチオン化ヒアルロン酸は、静電的相互作用により、ヒアルロン酸などのアニオン性素材とポリイオンコンプレックスゲルを形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒアルロン酸にカチオン性基が導入されたカチオン化ヒアルロン酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒアルロン酸は、下記一般式(I)で示されるように、N−アセチル−D−グルコサミンとD−グルクロン酸とが結合した構造を1ユニットとし、これが繰り返し結合した高分子化合物である。
【化1】

【0003】
ヒアルロン酸は、グルクロン酸に由来するカルボキシル基の存在により、ポリアニオンとしての性質を有する。このようなポリアニオン性を利用して、水中でポリカチオン性物質と混合することにより、水不溶性のポリイオンコンプレックスゲルを形成できることが知られている。
例えば、特許文献1には、ヒアルロン酸ゲル表面にカチオン性物質によるポリイオンコンプレックス膜を形成した薬剤内包ヒアルロン酸ゲルカプセルが記載されている。
また、特許文献2には、ヒアルロン酸とカチオン性ポリアクリル酸誘導体とのポリイオンコンプレックスを製剤用担体として用いた徐放性製剤が記載されている。
また、医療用接着材や固定材、癒着防止材など医療用材料への適用も報告されている(特許文献3〜5)。
【0004】
ヒアルロン酸はヒトを初めとする生体の結合組織に広く分布するので生体安全性、生体適合性に優れるが、ポリイオンコンプレックスの形成におけるヒアルロン酸の相手となるカチオン性物質についても生体安全性、生体適合性に優れるものが望まれている。
生体素材由来のカチオン性ポリマーとしては、キチンの脱アセチル化物であるキトサンやアミノ化セルロースなどが知られているが、より人体成分に近いものが求められていた。
【特許文献1】特開平6−254381号公報
【特許文献2】特開平7−33682号公報
【特許文献3】特開2000−5296号公報
【特許文献4】特開2000−116765号公報
【特許文献5】特開2002−638号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、前記従来技術の課題に鑑みなされたものであり、その目的は、ヒアルロン酸などのアニオン性生体適合性素材とポリイオンコンプレックスを形成し得る、人体成分により近いカチオン性ポリマーを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題を解決するために、本発明者らはヒアルロン酸への4級アンモニウムカチオン基の導入を試み、カチオン化されたヒアルロン酸を得ることに成功した。そして、このカチオン化ヒアルロン酸が、ヒアルロン酸と水存在下でポリイオンコンプレックスゲルを形成することを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明にかかるカチオン化ヒアルロン酸の製造方法は、ヒアルロン酸に、4級アンモニウムカチオン基と水酸基に対する反応性基とを有するカチオン化剤を反応させて、ヒアルロン酸の水酸基の水素原子の少なくとも一部が、4級アンモニウムカチオン基を有する基で置換されたカチオン化ヒアルロン酸を得ることを特徴とする。
水酸基に対する反応性基の好適な例としてグリシジル基が挙げられる。
また、ヒアルロン酸1ユニット当たり0.1倍以上(モル比)のカチオン化剤を用いることが好適である。
また、ヒアルロン酸とカチオン化剤との反応を20〜50℃で行うことが好適である。
本発明のカチオン化ヒアルロン酸は、下記一般式(1)で示されることが好適である。
【0007】
【化2】

(式中、Aは水素原子あるいは下記一般式(2)で示される置換基であり、前記置換基の平均置換度がヒアルロン酸1ユニット当たり0.1以上である。)
【0008】
【化3】

(Rは水酸基を有していてもよい炭素数3〜5のアルキレン基、R、R及びRはそれぞれ炭素数1〜3のアルキル基を示す。)
【0009】
また、好適なカチオン化剤として、下記一般式(3)で示される化合物が挙げられる。
【化4】

(式中、R、R及びRはそれぞれ炭素数1〜3のアルキル基を示し、Xはハロゲン原子を示す。)
【0010】
また、本発明にかかるポリイオンコンプレックスの製造方法は、前記何れかに記載の方法でカチオン化ヒアルロン酸を製造し、得られたカチオン化ヒアルロン酸とアニオン性生体適合性素材との静電的相互作用によりポリイオンコンプレックスを形成させることを特徴とする。好適なアニオン性生体適合性素材としてヒアルロン酸が挙げられる。
【発明の効果】
【0011】
本発明のカチオン化ヒアルロン酸は、水存在下でヒアルロン酸などのアニオン性素材とポリイオンコンプレックスを形成することができ、従来ヒドロゲルが用いられている各種用途に応用が期待できる。例えば、ヒアルロン酸とのポリイオンコンプレックスは水不溶性のヒドロゲルであり、その主体は人体に存在するヒアルロン酸であるため、生体安全性、生体適合性が高く、医薬・医療・衛生・食品・化粧料分野等において好適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明のカチオン化ヒアルロン酸は、ヒアルロン酸の水酸基の水素原子の少なくとも一部が、4級アンモニウムカチオン基を有する基で置換されたものである。
本発明のカチオン化ヒアルロン酸の好適な例として、前記一般式(1)で示される構造を有するものが挙げられる。
【0013】
一般式(1)において、Aは水素原子あるいは前記一般式(2)で示される置換基である。一般式(2)で示される置換基の平均置換度は、ヒアルロン酸1ユニット当たり0.1以上であることが好ましく、さらには1以上であることが好ましい。
一般式(2)において、Rは炭素数3〜5のアルキレン基であるが、水酸基を有していてもよく、好適な例としては−CHCH(OH)CH−が挙げられる。
、R及びRはそれぞれ炭素数1〜3のアルキル基を示す。
nは重合度を示す正の整数である。ヒアルロン酸の分子量は特に制限されないが、通常は10〜300万程度のものが使用される。
【0014】
本発明のカチオン化ヒアルロン酸は、ヒアルロン酸にカチオン化剤を反応させることにより合成することができる。
原料となるヒアルロン酸の製造方法は特に制限されない。ヒアルロン酸は、例えば、鶏冠のトサカなどの生体組織からの抽出、あるいは微生物を用いた培養などにより工業的に生産されており、その塩(ナトリウム塩など)も市販されている。本発明においては、ヒアルロン酸あるいはその塩を用いることができる。
【0015】
カチオン化剤としては、4級アンモニウムカチオン基と、ヒアルロン酸の水酸基に対する反応基とを有する化合物であれば特に制限されない。また、カチオン化剤の量は、所望の置換度に応じて適宜設定することができる。通常ヒアルロン酸1ユニット当たり0.1倍以上(モル比)、さらには1倍以上(モル比)用いることが好ましい。
【0016】
好適なカチオン剤としては、前記一般式(3)で示されるグリシジルトリアルキルアンモニウムハライドが挙げられる。
一般式(3)において、R、R及びRは、それぞれ炭素数1〜3のアルキル基である。Xはハロゲン原子であり、Cl、Br、Iなどが挙げられるが、好ましくはClである。具体例としては、グリシジルトリメチルアンモニウムクロライド、グリシジルトリエチルアンモニウムクロライド、グリシジルトリプロピルアンモニウムクロライドなどが挙げられる。
【0017】
グリシジルトリアルキルアンモニウムハライドをカチオン化剤として用いる場合、反応はアルカリ存在下に行うことが好ましい。アルカリとしては、水酸化ナトリウムや水酸化カリウム等のアルカリ金属水酸化物、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム等のアルカリ土類金属、エチレンジアミン、トリアチルアミントリメチルアミン等の有機アミンが挙げられるが、好ましくは水酸化ナトリウムである。
【0018】
溶媒としては、通常水が好適に用いられるが、特に反応に支障がない限り、その他の溶媒を用いてもよい。
反応温度は、原料や目的とする置換度に応じて適宜設定されるが、通常20〜50℃、好ましくは25〜40℃である。高温ではヒアルロン酸の加水分解が進行して低分子化することがあるので、低分子化を望まない場合には注意を要する。
【0019】
反応終了後は、反応液にアルコールやアセトンなどカチオン化ヒアルロン酸の貧溶媒を添加し、カチオン化ヒアルロン酸を沈殿させる。さらに、必要に応じて洗浄、乾燥を行って、本発明のカチオン化ヒアルロン酸を得ることができる。
【0020】
カチオン化ヒアルロン酸はポリカチオン、通常のヒアルロン酸はポリアニオンとしての性質を有する。よって、両者を水中で共存させると両者の静電的相互作用によってポリイオンコンプレックスを形成し、水不溶性のゲルが沈殿する。このゲルは、目的に応じて粒状、薄膜状、塊状など種々の形状に成形可能であり、また、ヒドロゲルのままで、あるいは乾燥して使用してもよい。
カチオン化ヒアルロン酸とヒアルロン酸の混合比は、ポリイオンコンプレックスを形成する範囲であれば特に制限されず、目的に応じて適宜決定することができる。
【0021】
また、両者を水中で共存させた際に、水中に薬剤を溶解あるいは分散しておくことにより、ゲル内に薬剤を内包させることができる。あるいは、特許文献1に記載の方法に準じて、水溶性薬剤を溶解したヒアルロン酸水溶液をカチオン化ヒアルロン酸水溶液中に滴下する方法、油溶性薬剤を含む油相がヒアルロン酸水溶液中に乳化分散されたエマルジョンをカチオン化ヒアルロン酸水溶液に滴下する方法により、薬剤を内包させることもできる。
【0022】
本発明のポリイオンコンプレックスはその主体がヒアルロン酸であるため、生体安全性や生体適合性が高く、例えば、製剤担体などとして利用できる。また、その他医療用、衛生用、食品用、化粧料用材料などとしての利用も可能である。
また、目的や用途によっては、本発明のカチオン化ヒアルロン酸を他のアニオン性物質とのポリイオンコンプレックス形成に用いることも可能である。他のアニオン性物質としては分子内に複数のアニオン性基(例えば、カルボキシル基、硫酸基など)を有し、カチオン化ヒアルロン酸と水存在下でポリイオンコンプレックスを形成するものであれば制限されない。
【0023】
例えば、アルギン酸、コンドロイチン硫酸、デキストラン硫酸、ペクチンなどのアニオン性天然多糖類;カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルデキストラン、カルボキシメチルデンプン、カルボキシメチルキトサン、硫酸化セルロース、硫酸化デキストランなどのアニオン性合成多糖類;ポリグルタミン酸、ポリアスパラギン酸、グルタミン酸アスパラギン酸共重合体などの酸性アミノ酸重合体;ポリヌクレオチド;血清アルブミン、ペプシン、ウレアーゼ、フェチュインなどの酸性タンパク質;ポリアクリル酸、カルボキシビニルポリマーなどのアニオン性ポリマー;これらの誘導体や塩などが挙げられる。また、その他ホスホリルコリン基を含有するアニオン性生体適合性ポリマーも挙げられる。
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0024】
製造例1 カチオン化ヒアルロン酸の製造
グリシジルトリメチルアンモニウムクロライド10.4mL(0.078mol)を水11.25mLと混合し、ヒアルロン酸(商品名:バイオヒアロ9、(株)資生堂製)5g(二糖ユニットとして0.013mol)、及び2M水酸化ナトリウム水溶液1.25mLを加えて溶解した。
この混合液を、室温で3日間反応させた。反応後、メタノールを加えて反応物を沈殿させ、アセトンで十分に洗浄し、白色粉末4.2gを得た。
得られた粉末について、GPCで低分子化合物(未反応試薬)が除去されていることを確認した。
また、H−NMR(図1参照)で構造確認したところ、トリメチルアンモニウムのプロトンに由来するシグナルが検出され、2−ヒドロキシ−3−トリメチルアンモニウムプロピル基が導入されていることを確認した。
また、平均置換度は、H−NMRの積分値から、ヒアルロン酸1ユニット当たり約1.4であった。
【0025】
試験例1 ポリイオンコンプレックスの形成
製造例1で得られたカチオン化ヒアルロン酸の1%(w/w)水溶液を調製した。別に、ヒアルロン酸(商品名:バイオヒアロ12、(株)資生堂製)の1%(w/w)水溶液を調製した。
両水溶液は何れも透明の液体であったが、これらを等量混合したところ、ゲル状の沈殿を生じた。このゲルは、カチオン化ヒアルロン酸のカチオン基と、ヒアルロン酸のアニオン基とがイオン対を形成したポリイオンコンプレックスであると考えられる。
【0026】
試験例2 ポリイオンコンプレックスの形成
製造例1で得られたカチオン化ヒアルロン酸の1%(w/w)水溶液を調製した。別に、カルボキシビニルポリマーの0.1%(w/w)水溶液を調製した。
両水溶液は何れも透明の液体であったが、これらを等量混合したところ、ゲル状の沈殿を生じた。このゲルは、カチオン化ヒアルロン酸のカチオン基と、カルボキシビニルポリマーのアニオン基とがイオン対を形成したポリイオンコンプレックスであると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】図1は、本発明にかかるカチオン化ヒアルロン酸(製造例1)のH−NMRスペクトルである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒアルロン酸に、4級アンモニウムカチオン基と水酸基に対する反応性基とを有するカチオン化剤を反応させて、ヒアルロン酸の水酸基の水素原子の少なくとも一部が、4級アンモニウムカチオン基を有する基で置換されたカチオン化ヒアルロン酸を得ることを特徴とするカチオン化ヒアルロン酸の製造方法。
【請求項2】
請求項1記載の方法において、水酸基に対する反応性基がグリシジル基であることを特徴とするカチオン化ヒアルロン酸の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載の方法において、ヒアルロン酸1ユニット当たり0.1倍以上(モル比)のカチオン化剤を用いることを特徴とするカチオン化ヒアルロン酸の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3の何れかに記載の方法において、ヒアルロン酸とカチオン化剤との反応を20〜50℃で行うことを特徴とするカチオン化ヒアルロン酸の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4の何れかに記載の方法において、得られたカチオン化ヒアルロン酸が、下記一般式(1)で示されることを特徴とするカチオン化ヒアルロン酸の製造方法。
【化1】

(式中、Aは水素原子あるいは下記一般式(2)で示される置換基であり、前記置換基の平均置換度がヒアルロン酸1ユニット当たり0.1以上である。)
【化2】

(Rは水酸基を有していてもよい炭素数3〜5のアルキレン基、R、R及びRはそれぞれ炭素数1〜3のアルキル基を示す。)
【請求項6】
請求項1〜5の何れかに記載の方法において、カチオン化剤が、下記一般式(3)で示される化合物であることを特徴とするカチオン化ヒアルロン酸の製造方法。
【化3】

(式中、R、R及びRはそれぞれ炭素数1〜3のアルキル基を示し、Xはハロゲン原子を示す。)
【請求項7】
請求項1〜6の何れかに記載の方法でカチオン化ヒアルロン酸を製造し、得られたカチオン化ヒアルロン酸とアニオン性生体適合性素材との静電的相互作用によりポリイオンコンプレックスを形成させることを特徴とするポリイオンコンプレックスの製造方法。
【請求項8】
請求項7記載の方法において、アニオン性生体適合性素材がヒアルロン酸であることを特徴とするポリイオンコンプレックスの製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2008−195957(P2008−195957A)
【公開日】平成20年8月28日(2008.8.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−110044(P2008−110044)
【出願日】平成20年4月21日(2008.4.21)
【分割の表示】特願2005−347501(P2005−347501)の分割
【原出願日】平成17年12月1日(2005.12.1)
【出願人】(000001959)株式会社資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】