説明

カーボンナノチューブ分散剤、カーボンナノチューブ分散液およびその製造方法

【課題】分散性および安定性に優れたカーボンナノチューブ分散液を低コストで容易に製造することができるカーボンナノチューブ分散液の製造方法を提供すること。
【解決手段】アルキルエステル基、ビニリデン基およびアニオン性置換基を有する界面活性剤(例えば、ドデシルイタコン酸塩)を分散剤として用いる。この分散剤の水溶液にカーボンナノチューブを加え、超音波処理またはビーズミル処理を行うことで、分散性および安定性に優れたカーボンナノチューブ分散液を製造することができる。このようにして得られたカーボンナノチューブ分散液は、湿式摩擦材やCNT膜、CNTを充填材として利用した高分子複合材料、環境保全修復材料、CNT細胞培養基材、電磁波遮蔽材料などの多様な用途に適用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カーボンナノチューブ分散剤、カーボンナノチューブ分散液およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カーボンナノチューブ(以下「CNT」と略記する)は、炭素原子が六角形に配置されたグラファイトシートを筒状に巻いた形状の、直径0.7〜70nm、長さ数十μm程度の炭素の結晶である。CNTは優れた物理特性(力学特性や電気特性、熱特性、軸弾性率など)を有しており、新素材として注目されている。しかし、CNTはファンデルワールス力による凝集が生じやすく、複数本のCNTから成る強いバンドル構造が形成されてしまうことが知られている。この高い凝集性は、CNTの産業利用への最大の障害となっており、分散したCNTを得るための様々な分散方法が提案されている。
【0003】
溶液中でCNTを分散させる方法としては、まず、王水などで処理してCNTの表面に官能基(カルボキシル基)を導入し、CNTの親水性を高める方法が提案されている(例えば、非特許文献1参照)。しかし、この方法には、CNTが細かく切断されてしまい、CNTの優れた物理特性が失われてしまうという問題がある。
【0004】
また、界面活性剤を用いて親溶媒性を高め、CNTを分散させる方法も提案されている。例えば、非イオン性界面活性剤のテルギトールNP7(Tergitol NP7)を溶媒に加えて超音波処理をする方法が提案されている(例えば、非特許文献2参照)。また、陰イオン性界面活性剤のドデシル硫酸ナトリウム(以下「SDS」と略記する)を溶媒に加えて超音波処理をする方法も提案されている(例えば、非特許文献3参照)。しかし、これらの方法には、CNTの配合量を増加させると、CNTを均一に分散させることができないという問題がある。例えば、SDSを用いる方法は、低濃度(0.5重量%以下)のCNT分散液の調製にしか適用できない。
【0005】
上記問題点を解決しうる方法として、両性イオン界面活性剤を用いてCNTを分散させる方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。この方法では、CNTに付着した両性イオンが他のCNTに付着した両性イオンと互いに電気的に引き合うことを利用して、CNTを分散させる。また、この方法では、同じ極性を有するイオン間の斥力を利用して、分散したCNTが再び凝集することを防ぐことができる。
【特許文献1】特開2007−39623号公報
【非特許文献1】M. J. O'Connell, P. Boul, L. M. Ericson, C. Huffman, Y. Wang, E. Haroz, C. Kuper, J. Tour, K. D. Ausman and R. E. Smalley, "Reversible water-solubilization of single-walled carbon nanotubes by polymer wrapping", Chem. Phys. Lett. (2001), vol.342, p.265-271.
【非特許文献2】S. Cuia, R. Caneta, A. Derrea, M. Couzib and P. Delhaes, "Characterization of multiwall carbon nanotubes and influence of surfactant in the nanocomposite processing", Carbon (2003), vol. 41, p. 797-809.
【非特許文献3】M. J. O'Connell, S. M. Bachilo, C. B. Huffman, V. C. Moore, M. S. Strano, E. H. Haroz, K. L. Rialon, P. J. Boul, W. H. Noon, C. Kittrell, J. Ma, R. H. Hauge, R. B. Weisman, Richard E. Smalley, "Band Gap Fluorescence from Individual Single-Walled Carbon Nanotubes", Science (2002), vol. 297, p. 593-596.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、両性イオン界面活性剤は、一般的に製造コストが高いという問題がある。また、両性イオン界面活性剤を含むCNT分散液は、CNTの分散のpH安定性が低いという問題もある。例えば、CNT複合材料を製造する場合、CNTを定着させるときにpHを調整してしまうと、CNTが再び凝集してしまうという問題がある。
【0007】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、CNTを溶液中で高度に分散させ、かつその分散状態を安定に維持できるCNT分散剤を、低コストかつ容易に製造する技術を提供することを目的とする。
【0008】
また、本発明は、分散性および分散の安定性に優れたCNT分散液およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、アルキルエステル基、ビニリデン基およびアニオン性基を有する界面活性剤を分散剤として用いることで上記課題を解決できることを見出し、さらに検討を加えて本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明の第一は、以下のCNT分散液に関する。
[1]アルキルエステル基、ビニリデン基およびアニオン性基を有する界面活性剤、CNT、ならびに水性溶媒を含むCNT分散液。
[2]前記アニオン性基はカルボキシル基である、[1]に記載のCNT分散液。
[3]前記界面活性剤はドデシルイタコン酸塩である、[1]に記載のCNT分散液。
[4]前記界面活性剤の含量は、CNTに対して1〜20質量%である、[1]〜[3]のいずれかに記載のCNT分散液。
[5]前記CNTの含量は、0.001〜20質量%である、[1]〜[4]のいずれかに記載のCNT分散液。
[6]前記分散液におけるCNT分散体の体積平均粒径、個数平均粒径または面積平均粒径は20μm以下である、[1]〜[5]のいずれかに記載のCNT分散液。
[7]前記CNT分散体の体積平均粒径、個数平均粒径または面積平均粒径は10μm以下である、[6]に記載のCNT分散液。
[8]pHが4以下または10以上のとき、前記CNT分散体の体積平均粒径、個数平均粒径または面積平均粒径は20μm以下である、[1]〜[7]のいずれかに記載のCNT分散液。
[9]前記CNT分散体の体積平均粒径、個数平均粒径または面積平均粒径は10μm以下である、[8]に記載のCNT分散液。
【0011】
本発明の第二は、以下のCNT分散剤に関する。
[10]アルキルエステル基、ビニリデン基およびアニオン性基を有する界面活性剤を含む、CNT分散剤。
【0012】
本発明の第三は、以下のCNT分散液の製造方法に関する。
[11]アルキルエステル基、ビニリデン基およびアニオン性基を有する界面活性剤を含む水性溶液を準備するステップと、CNTを前記水性溶液に加えるステップと、を含む、CNT分散液の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、分散性および分散の安定性に優れたCNT分散液を低コストで容易に製造することができる。したがって、本発明によれば、均一に分散したCNTを用いて、CNTコンポジットを低コストで容易に製造することもできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
1.本発明のCNT分散剤
本発明のCNT分散剤は、アルキルエステル基、ビニリデン基およびアニオン性基を有する界面活性剤を含むことを特徴とする。界面活性剤には、一定以上の水溶性が求められる。
【0015】
本発明における界面活性剤は、アニオン性界面活性剤と称される剤であり、アニオン性基を有することを特徴とする。つまり本発明における界面活性剤は、カチオン性基を有さず、両性界面活性剤と区別される。アニオン性基の例には、カルボキシル基(−COOH)、スルホ基(−SOH)、ホスホン基(−P(O)(OH))などが含まれ、特に限定されないが、好ましくはカルボキシル基である。アニオン性基は塩とされていてもよく、例えば、ナトリウム塩やアミン塩などとして存在しうる。
【0016】
本発明における界面活性剤は、炭素二重結合を有する。界面活性剤の分子構造が有する炭素二重結合は、分散するべきCNTとの相互作用をすることにより、CNTの分散を促進すると考えられるので、そのような機能が発現されるような基であれば特に限定されない。炭素二重結合の例には、ビニル基(CH=CH−)や、ビニリデン基(CH=C<)、エチリデン基(CHCH=C<)などが含まれるが、好ましくはビニリデン基である。
【0017】
本発明における界面活性剤は、アルキルエステル基を有する。アルキルエステル基により、前述の炭素二重結合が活性化されているとも考えられるが、その機能は特に限定されない。アルキルエステル基のアルキルの例には、炭素数8〜20のアルキルが含まれる。
【0018】
本発明の界面活性剤は、例えば、環状酸無水物をアルキルアルコール(好ましくは炭素数8〜20のアルキルアルコール)で開環反応させることにより製造することができる。ジカルボン酸無水物からは、アニオン性基としてカルボキシル基を有する界面活性剤を得ることができ;カルボン酸とスルホン酸との環状酸無水物からは、アニオン性基としてスルホン基を有する界面活性剤を得ることができる場合があり;カルボン酸とリン酸との環状酸無水物からはアニオン性基としてホスホン基を有する界面活性剤を得ることができる場合がある。
【0019】
好ましい界面活性剤の具体例には、モノアルキルイタコン酸またはその塩が含まれる。モノアルキルイタコン酸は、原料が安くかつ容易に合成できるため、モノアルキルイタコン酸塩を含むCNT分散剤を用いることで、CNT分散液を低コストで製造することができる。実施例に示すように、モノアルキルイタコン酸は、アルキルアルコールおよびイタコン酸無水物から合成されうる(実施例ではn−ドデシルイタコン酸を製造した)。
【0020】
前記の通り、本発明の分散剤に含まれる界面活性剤は、炭素二重結合(好ましくはビニリデン基)を有することを一つの特徴としており、炭素二重結合が、CNTの分散を促進していると考えられる。本発明者は、ドデシルイタコン酸塩の代わりに、ドデシルメチルコハク酸塩を用いて、CNT分散液を調製することを試みた。ドデシルメチルコハク酸は、ビニリデン基の代わりにメチル基を有することを除いてはドデシルイタコン酸と同一構造を有する。その結果、ドデシルメチルコハク酸塩を分散剤としてCNT分散液を調製しても、CNTはほとんど分散しなかった。このことからも、分散剤の炭素二重結合がCNTの分散に何らかの役割を果たしていると考えられる。
【0021】
本発明のCNT分散剤は、上記の界面活性剤のみから構成されていてもよいし、他の物質を含んでいてもよい。
【0022】
後述するように、本発明のCNT分散剤を用いることで、分散性および安定性に優れたCNT分散液を低コストで容易に製造することができる。
【0023】
2.本発明のCNT分散液
本発明のCNT分散液は、CNT、界面活性剤および水性溶媒を含む分散液であって、界面活性剤がアルキルエステル基、ビニリデン基およびアニオン性基を有することを特徴とする。例えば、本発明のCNT分散液は、前記CNT分散剤を水性溶媒に溶解させた溶液に、CNTを分散させて得ることできる。
【0024】
CNTは特に限定されず、単層CNT(以下「SWCNT」と略記する)であってもよいし、多層CNT(以下「MWCNT」と略記する)であってもよい。CNTの直径(太さ)および長さは特に限定されない。
【0025】
CNTの濃度は特に限定されないので、分散液の使用目的に応じてCNTの濃度を適宜調製することが好ましい。CNTの濃度は、例えば0.001〜20重量%の範囲内である。CNTの濃度が高すぎると分散液の粘度が高まり、場合によってはゲル状となる。本発明のCNT分散液は、従来のCNT分散液(例えば、SDSを分散剤とした分散液)に比べて高濃度(0.5重量%以上)のCNTを含有しながら、充分な分散性を有しうる。
【0026】
本発明のCNT分散液に含まれる界面活性剤は、本発明のCNT分散剤に含まれる界面活性剤と同様のものである。例えば、本発明のCNT分散液に含まれる界面活性剤は、ドデシルイタコン酸塩である。
【0027】
界面活性剤の濃度は、CNTの量に応じて適宜設定することができる。例えば、界面活性剤の濃度は、CNTに対して1〜20重量%の範囲内であり、好ましくは5〜15重量%の範囲内である。
【0028】
水性溶媒は水を含んでいればよく、CNTの分散を阻害しない限り、他の溶媒を含んでいてもよい。
【0029】
本発明のCNT分散液はCNTの分散性に優れている。本発明のCNT分散液のCNT分散状態は、走査型電子顕微鏡で観察したり、粒径分布を測定したりすることによって確認することができる。走査型電子顕微鏡で観察することで、CNTが1本ずつ単分散状態で存在しているかどうかを確認することができる。また、粒径分布を測定することで、CNTが分散液中で均一に存在しているかどうかを確認することができる。レーザー回折・散乱法で粒径分布を測定した場合、本発明のCNT分散液のCNT分散体の体積平均粒径、個数平均粒径および面積平均粒径は、いずれも20μm以下、好ましくは10μm以下となりうる(実施例参照)。
【0030】
さらに、本発明のCNT分散液は、CNTの分散状態を長期間(例えば、室温で10ヶ月以上)維持することも可能であることがある。また、本発明のCNT分散液は優れた熱安定性を有している。すなわち、本発明のCNT分散液では、高温条件化においてもCNTが凝集することなく分散した状態を維持することができる。
【0031】
さらに、本発明のCNT分散液は優れたpH安定性を有している。両性イオン界面活性剤を用いて調製された従来のCNT分散液では、酸性条件化(pH4以下)およびアルカリ性条件化(pH10以上)においてはCNTが凝集してしまう。一方、本発明のCNT分散液では、酸性条件化(pH4以下)およびアルカリ性条件化(pH10以上)においてもCNTは凝集することなく分散した状態を維持することができる。レーザー回折・散乱法で粒径分布を測定した場合、pHが4以下または10以上のときの本発明のCNT分散液のCNT分散体の体積平均粒径、個数平均粒径および面積平均粒径は、いずれも20μm以下、好ましくは10μm以下となりうる(実施例参照)。
【0032】
本発明のCNT分散液は、例えば、次に説明する本発明の製造方法により製造することができる。
【0033】
3.本発明のCNT分散液の製造方法
本発明のCNT分散液は、本発明の効果を損なわない限り任意の方法で製造され得るが、(1)界面活性剤を水性溶媒に添加する第1ステップと、(2)CNTを前記水性溶媒に添加する第2ステップと、を含むプロセスで製造されうる。このとき界面活性剤がアルキルエステル基、ビニリデン基およびアニオン性置換基を有することを特徴とする。
【0034】
第1ステップでは、アルキルエステル基、ビニリデン基およびアニオン性置換基を有する界面活性剤を水性溶媒に添加して分散剤を調製する。界面活性剤は、前述の通りであり、例えばドデシルイタコン酸塩である。
【0035】
界面活性剤の濃度は、第2のステップにおいて加えるCNTの量に応じて適宜設定することができる。例えば、添加する界面活性剤の量は、第2のステップで加えるCNTに対して1〜20重量%の範囲内である。
【0036】
水性溶媒は特に限定されず、例えば水である。界面活性剤を含む溶液の調製条件は特に限定されず、温度や撹拌速度なども任意であり、界面活性剤を水性溶媒に完全に溶解させることが好ましい。
【0037】
第2ステップでは、第1ステップで調製した水性溶液にCNTを添加して、溶液中にCNTを分散させる。CNTを添加するときの条件は特に限定されず、例えば溶液の温度は常温としておけばよい。CNTを添加するときに、さらに水を加えて、CNT濃度を低減させてもよい。また、第1ステップと第2ステップは同時に行ってもよい。すなわち、界面活性剤およびCNTを水性溶媒に同時に加えてもよい。添加するCNTは特に限定されず、SWCNTであってもよいし、MWCNTであってもよい。CNTの直径(太さ)および長さは特に限定されない。
【0038】
前記のとおり、分散液に含まれるCNTの濃度は特に限定されないが、例えば0.001〜20重量%の範囲内である。本発明の製造方法では、SDSを用いた従来の製造方法に比べて高濃度(0.5重量%以上)のCNTを含有させることができる。
【0039】
CNTを添加したのち、分散性を高めるための処理を行ってもよい。当該処理は、例えば分散液の超音波処理やビーズミル処理であるが特に限定されず、公知の方法から適宜選択することができる。
【0040】
以上のステップにより、本発明の製造方法は、分散性および安定性に優れた本発明のCNT分散液を容易に製造することができる。
【0041】
本発明の製造方法は、コストの観点からも非常に有用である。例えば、ドデシルイタコン酸塩は、安価な出発原料を用いて簡単な合成ルートで合成することが可能であり、特殊な精製工程を経ずに精製することができるため、低コストで製造することができる(例えば、約20円/グラム)。一方、従来の最も優れた分散剤である両性イオン界面活性剤(例えば、3−(N,N−ジメチルミリスチルアンモニオ)プロパンスルホネート)は、高濃度でCNTを分散させることができるが、ドデシルイタコン酸塩に比べて製造コストが非常に高い(例えば、約120円/グラム)。したがって、本発明の製造方法は、分散性および安定性に優れたCNT分散液を製造できるという観点だけではなく、コストの観点からも非常に有用である。
【0042】
4.本発明のCNT分散液の用途
本発明のCNT分散液は様々な物質への塗布、混合が可能である。本発明のCNT分散液を用いることで、CNTが均一に分散された材料を製造することができる。CNTを均一に分散させた材料は、機能性材料(例えばコンポジット材料)となりうる。
【0043】
CNTが均一に分散された材料とは、例えばCNT含有紙、CNT含有発泡体、CNT含有樹脂組成物、CNT含有ゴムなどである。このようにCNTを含有させることで、絶縁体に導電性を付与したり、熱伝導性および機械的強度を向上させたりすることができ、機能性材料として用いることができる。このような機能性材料は、例えば、空気浄化フィルタ、抗菌材料、消臭材料、湿式摩擦材、水素燃料電池のセパレータ、電子部品の保護材など、様々な分野に応用することができる。
【0044】
例えば、本発明のCNT分散液をパルプと混合することで、紙にCNTを含有させることができる。このようにして製造された紙は、優れた導電性および熱伝導性(放熱性)を有するだけでなく、CNTとセルロースとの結合により分解されにくく、機械的強度も高い。本発明のCNT分散液を用いて製造された導電性紙では、CNTの分散性が高い。したがって、本発明のCNT分散液を用いることで、導電性(熱伝導性)および機械的強度に優れた紙を少量のCNTで(低コストで)製造することができる。このような導電性紙は、例えばクラッチ板やブレーキ板などの湿式摩擦材に適用されうる。
【0045】
また、本発明のCNT分散液を基板上に塗布することで、CNT膜を製造することができる。本発明のCNT分散液を用いた場合、従来の分散液に比べて分散したCNTが再凝集しにくいため、従来の分散液よりもより多くのCNTを膜に含有させることができる。また、このようにして得られたCNT膜は、従来の分散液を用いて製造した膜と比較して、一本一本のCNT同士の絡み合いが密となる。結果として極めて高強度のCNT膜になる。このような高強度CNT膜は、例えば細胞培養用の基材などに適用することができる。
【実施例】
【0046】
[実施例1]
実施例1では、ビーズミル処理を用いてCNT水分散液を調製した例を示す。
【0047】
1.ドデシルイタコン酸塩の調製
40℃のオイルバスを用いて融解させた1−ドデカノール4.0gにイタコン酸無水物を添加した。40℃で攪拌しながら窒素ガスを15分間流した後、110℃で攪拌しながら2時間反応させた。反応後も反応物を攪拌し続け、反応物の温度を徐々に低下させた。反応物の温度が70℃まで低下した後、反応物にヘキサンを添加し、1時間静置して白色の沈殿物を回収した。メタノールを用いた再結晶により沈殿物を2回精製した。精製した沈殿物を60℃で真空乾燥させて溶媒を除去し、白色のドデシルイタコン酸粉末6.5gを得た。収率は85〜90%(1−ドデカノールベース)であった。生成物がドデシルイタコン酸であることを、NMRおよびFT−IRを用いて確認した。
【0048】
ドデシルイタコン酸粉末6.5gをメタノール10mLに溶解させ、さらに等モルの水酸化ナトリウムおよびジメチルベンジルアミンを添加して中和し、ドデシルイタコン酸塩を得た。
【化1】

【0049】
2.CNT水分散液の調製
ドデシルイタコン酸塩(分散剤)1.5gを水10mLに完全に溶解させて、15%ドデシルイタコン酸塩水溶液を調製した。この水溶液にMWCNT(純度95%以上、長さ10〜30nm、シンセンナノテクポート社製)15.0gおよび水490.0mLを添加し、循環水冷式ビーズミル(DYNO−Mill)を用いて室温で2時間分散処理(循環速度:20ml/分)をして、3.0重量%CNT水分散液を得た。
【0050】
図1は、ドデシルイタコン酸塩の分散効果を示す写真である。図1(A)は水に分散させたCNTのSEM像であり、図1(B)はドデシルイタコン酸塩水溶液に分散させたCNTのSEM像である。図1(A)の写真から、ドデシルイタコン酸塩を含まない水の中では、CNTは凝集していることがわかる。一方、図1(B)の写真から、ドデシルイタコン酸塩水溶液の中では、CNTは完全に分散していることがわかる。以上の結果から、ドデシルイタコン酸塩はCNTの分散剤として優れた効果を有することがわかる。
【0051】
[実施例2]
実施例2では、超音波処理を用いてCNT水分散液を調製した別の例を示す。
【0052】
1.ドデシルイタコン酸塩の調製
実施例1と同様の手順でドデシルイタコン酸塩を調製した。
【0053】
2.CNT水分散液の調製
ドデシルイタコン酸塩(分散剤)0.01gを水10mLに完全に溶解させて、0.1%ドデシルイタコン酸塩水溶液を調製した。この水溶液にMWCNT(純度99%以上、長さ20〜40nm、三井物産株式会社製)0.1gおよび水9.0mLを添加し、超音波洗浄器(出力100W、発振周波数38kHz、株式会社エスエヌディ製)を用いて室温で5時間分散処理をして、1.0重量%CNT水分散液を得た。
【0054】
以上のように、超音波処理を用いてもCNT水分散液を調製することができた。
【0055】
[実施例3]
実施例3では、CNT水分散液の分散性および熱安定性を調べた結果を示す。
【0056】
1.CNT水分散液の調製
ドデシルイタコン酸塩(分散剤)0.2gを水10mLに完全に溶解させて、2%ドデシルイタコン酸塩水溶液を調製した。この水溶液にMWCNT(シンセンナノテクポート社製)2.0gおよび水490.0mLを添加し、循環水冷式ビーズミルを用いて室温で2時間分散処理(循環速度:20ml/分)をして、0.4重量%CNT水分散液(ドデシルイタコン酸塩含有)を得た。
【0057】
また、比較例として、汎用されているSDSを用いてCNT水分散液を調製した。SDS(分散剤)0.2gを水10mLに完全に溶解させて、2%SDS水溶液を調製した。この水溶液にMWCNT2.0gおよび水490.0mLを添加し、循環水冷式ビーズミルを用いて室温で2時間分散処理(循環速度:20ml/分)をして、0.4重量%CNT水分散液(SDS含有)を得た。
【0058】
2.CNTの粒径分布の測定
実施例のCNT水分散液(ドデシルイタコン酸塩含有)を50℃で200時間加熱した後、水分散液に含まれるCNTの粒径分布をレーザー回折・散乱法で測定した。同様に、比較例のCNT水分散液(SDS含有)を50℃で200時間加熱した後、水分散液に含まれるCNTの粒径分布を測定した。粒径分布の測定は、以下の手順で2回行った。
【0059】
粒度分布測定装置は、マイクロトラックHRA 9320−X100(日機装株式会社製)を使用した。また、標準サンプルとして、粒径55〜59.5μmのガラスビーズを使用した。ガラスビーズの実測値は、55.5μmであった。測定前に、循環器、チューブおよびサンプルセルを超純水で洗浄した。各CNT水分散液の濃度を純水を用いて調整した(0.01重量%まで希釈した)。
【0060】
まず、光学台本体およびPCの電源を入れ、15分間暖気運転を行った。測定回数を設定し(2回)、サンプルおよび溶媒の物性値を入力した(サンプルの屈折率 1.51;非球形粒子;溶媒の屈折率 1.33)。次いで、循環系に溶媒を投入し、測定前の校正を実施した(バックグラウンドの測定およびゼロ補正)。次いで、循環器にサンプルを2mL投入し、測定を開始した。測定終了後、循環系中の溶媒およびサンプルをすべて排出させ、バックグラウンドを測定しながら3回洗浄した。
【0061】
図2は、それぞれの水分散液の粒径分布(ヒストグラム、累積曲線)を示すグラフである。図2(A)は比較例のCNT水分散液(0.4重量%)の粒径分布を示すグラフであり、図2(B)は実施例のCNT水分散液(0.4重量%)の粒径分布を示すグラフである。また、表1は、比較例のCNT水分散液(0.4重量%)および実施例のCNT水分散液(0.4重量%)のCNTの体積平均粒径(Mv)、個数平均粒径(Mn)および面積平均粒径(Ma)を示す表である。
【0062】
図2(A)のグラフおよび表1から、比較例のCNT水分散液(SDS含有)におけるCNTの平均粒径は10μmより大きいこと、すなわちCNTが凝集していることがわかる。一方、図2(B)のグラフおよび表1から、実施例のCNT水分散液(ドデシルイタコン酸塩含有)におけるCNTの平均粒径は、長時間の加熱後も10μmより小さいこと、すなわちCNTが分散していることがわかる。以上の結果から、実施例のCNT水分散液(ドデシルイタコン酸塩含有)は、分散性に優れているだけでなく、熱安定性にも優れていることがわかる。
【表1】

【0063】
[実施例4]
実施例4では、CNT水分散液の分散性およびpH安定性を調べた結果を示す。
【0064】
1.CNT水分散液の調製
ドデシルイタコン酸塩(分散剤)0.2gを水10mLに完全に溶解させて、2%ドデシルイタコン酸塩水溶液を調製した。この水溶液にMWCNT(シンセンナノテクポート社製)2.0gおよび水490.0mLを添加し、循環水冷式ビーズミルを用いて室温で2時間分散処理(循環速度:20ml/分)をして、0.4重量%CNT水分散液(ドデシルイタコン酸塩含有)を得た。
【0065】
また、比較例として、高濃度のCNTを分散しうる従来の最も優れた分散剤である両性イオン界面活性剤(3−(N,N−ジメチルミリスチルアンモニオ)プロパンスルホネート;C1941NOS)を用いてCNT水分散液を調製した(特許文献1参照)。両性イオン界面活性剤(分散剤)0.2gを水10mLに完全に溶解させて、2%両性イオン界面活性剤水溶液を調製した。この水溶液にMWCNT(シンセンナノテクポート社製)2.0gおよび水490.0mLを添加し、循環水冷式ビーズミルを用いて室温で2時間分散処理(循環速度:20ml/分)をして、0.4重量%CNT水分散液(両性イオン界面活性剤含有)を得た。
【0066】
2.CNTの平均粒径の測定
実施例のCNT水分散液(ドデシルイタコン酸塩含有)のpH安定性を測定した。具体的には、実施例のCNT水分散液(pH7.08)のpHを3.19、6.74または11.1に変化させて、pH調整後の各水分散液における平均粒径を測定した。同様に、比較例のCNT水分散液(両性イオン界面活性剤含有)のpH安定性を測定した。具体的には、比較例のCNT水分散液(pH7.12)のpHを3.42または10.8に変化させて、pH調整後の各水分散液における平均粒径を測定した。
【0067】
表2は、2種類のCNT水分散液のpH安定性の測定結果を示す表である。表2に示されるように、実施例のCNT水分散液(ドデシルイタコン酸塩含有)では、CNTの体積平均粒径(Mv)、個数平均粒径(Mn)および面積平均粒径(Ma)はpHに関わらずいずれも10μm以下であった。すなわち、実施例のCNT水分散液では、pHに関わらずCNTが分散していた。
【0068】
一方、比較例のCNT水分散液(両性イオン界面活性剤含有)では、CNTの体積平均粒径(Mv)、個数平均粒径(Mn)および面積平均粒径(Ma)は、pHが中性のときはいずれも10μm以下であったが、pHが酸性またはアルカリ性のときはいずれも100μmを超えてしまった。すなわち、比較例のCNT水分散液では、pHが中性のときはCNTが分散していたが、pHが酸性またはアルカリ性になるとCNTが凝集してしまった。
【表2】

【0069】
以上の結果から、実施例のCNT水分散液(ドデシルイタコン酸塩含有)は、分散性に優れているだけでなく、pH安定性にも優れていることがわかる。
【0070】
[実施例5]
実施例5では、本発明のCNT水分散液を用いて導電性紙を作製した例を示す。
【0071】
1.CNT水分散液の調製
ドデシルイタコン酸塩(分散剤)1.5gを水10mLに完全に溶解させて、15%ドデシルイタコン酸塩水溶液を調製した。この水溶液にMWCNT(三井物産株式会社製)15.0gおよび水490.0mLを添加し、循環水冷式ビーズミルを用いて室温で2時間分散処理(循環速度:20ml/分)をして、3.0重量%CNT水分散液(ドデシルイタコン酸塩含有)を得た。
【0072】
また、比較例として、両性イオン界面活性剤(3−(N,N−ジメチルミリスチルアンモニオ)プロパンスルホネート)を用いてCNT水分散液を調製した。両性イオン界面活性剤(分散剤)1.5gを水10mLに完全に溶解させて、15%両性イオン界面活性剤水溶液を調製した。この水溶液にMWCNT(三井物産株式会社製)15.0gおよび水490.0mLを添加し、循環水冷式ビーズミルを用いて室温で2時間分散処理(循環速度:20ml/分)をして、3.0重量%CNT水分散液(両性イオン界面活性剤含有)を得た。
【0073】
2.導電性紙の作製
パルプ5.09g、実施例のCNT水分散液(ドデシルイタコン酸塩含有)0.87gおよび脱イオン水100mLを混合し、ミキサーを用いてスラリー状になるまで攪拌した。1.0重量%NH・HO(1ml)をスラリーに添加した後、さらに抄紙試薬として1.0重量%ポリ塩化アルミニウム(0.8ml)、1.0重量%ポリストロン117(2ml)、1.0重量%ポリストロン705(2ml)を添加した。スラリーを金網上に展開して乾燥させ、CNTを含む導電性紙(ドデシルイタコン酸塩含有)を作製した。
【0074】
同様の手順で、実施例のCNT水分散液の代わりに比較例のCNT水分散液を用いてCNTを含む導電性紙(両性イオン界面活性剤含有)を作製した。
【0075】
3.体積抵抗率の測定
実施例の導電性紙(ドデシルイタコン酸塩含有)の体積抵抗率を測定したところ、10Ω・cmであった。同様に、比較例の導電性紙(両性イオン界面活性剤含有)の体積抵抗率を測定したところ、10Ω・cmであった。
【0076】
以上の結果から、ドデシルイタコン酸塩を分散剤として用いることで、高価な両性イオン界面活性を用いて作製した導電性紙と同様に優れた導電性を有する導電性紙を低コストで作製できることがわかる。
【0077】
4.熱重量測定
作製した導電性紙(ドデシルイタコン酸塩含有)の空気雰囲気中における熱分解の挙動を示差操作熱量計(EXSTAR6200;エスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社製)を用いて測定した。ここでは、CNTの含有量が0重量%(セルロースのみ、比較例)、1.0重量%、3.0重量%、5.0重量%、10.0重量%、15.0重量%の導電性紙の熱分解の挙動を測定した。
【0078】
図3は、熱重量測定の結果を示すグラフである。このグラフからわかるように、本実施例で作製した紙では、CNTの含有量に関係なく2段階の重量減少(グラフ上部の「1」と「2」参照)が観察された。ここで、2段階目の熱分解(グラフ上部の「2」参照)について見てみると、比較例の紙(CNT非含有)では、約450℃(グラフ下部の「白抜きの三角」参照)で完全に分解されているのに対し、実施例の導電性紙(CNT含有)では、約490〜510℃(グラフ下部の「黒塗りの三角」参照)で完全に分解された。すなわち、CNTを含有させることで熱分解温度が上昇していた。
【0079】
以上の結果から、実施例の導電性紙は、優れた導電性および熱伝導性(放熱性)を有するだけでなく、CNTとセルロースとの結合により熱分解されにくいことがわかる。
【0080】
[実施例6]
実施例6では、本発明のCNT水分散液を用いて導電性樹脂組成物を作製した例を示す。
【0081】
1.CNT水分散液の調製
実施例5と同様の手順で、3.0重量%CNT水分散液(ドデシルイタコン酸塩含有)を調製した。
【0082】
2.導電性樹脂組成物の作製
基板の表面にCNT水分散液(ドデシルイタコン酸塩含有)を塗布し、乾燥させ、CNT膜を作製した。ビスフェノール樹脂10gおよびDBU(硬化剤)1mLの混合物をこのCNT膜上に塗布し、150℃で2時間架橋反応をさせ、CNT膜でコーティングされたエポキシ樹脂フィルムを作製した。このフィルムの体積抵抗率を測定したところ、10Ω・cmであった。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明は、湿式摩擦材やCNT膜、CNTを充填材として利用した高分子複合材料、環境保全修復材料、CNT細胞培養基材、電磁波遮蔽材料などの多様な用途に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】(A)は水に分散させたCNTの写真、(B)はドデシルイタコン酸塩水溶液に分散させたCNTの写真である。
【図2】(A)はSDSを用いて調製したCNT水分散液の粒径分布、(B)はドデシルイタコン酸塩を用いて調製したCNT水分散液の粒径分布である。
【図3】CNT含有導電性紙の熱重量測定の結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルキルエステル基、ビニリデン基およびアニオン性基を有する界面活性剤、カーボンナノチューブ、ならびに水性溶媒を含むカーボンナノチューブ分散液。
【請求項2】
前記アニオン性基はカルボキシル基である、請求項1に記載のカーボンナノチューブ分散液。
【請求項3】
前記界面活性剤はドデシルイタコン酸塩である、請求項1に記載のカーボンナノチューブ分散液。
【請求項4】
前記界面活性剤の含量は、カーボンナノチューブに対して1〜20質量%である、請求項1に記載のカーボンナノチューブ分散液。
【請求項5】
前記カーボンナノチューブの含量は、0.001〜20質量%である、請求項1に記載のカーボンナノチューブ分散液。
【請求項6】
前記分散液におけるカーボンナノチューブ分散体の体積平均粒径、個数平均粒径または面積平均粒径は20μm以下である、請求項1に記載のカーボンナノチューブ分散液。
【請求項7】
前記カーボンナノチューブ分散体の体積平均粒径、個数平均粒径または面積平均粒径は10μm以下である、請求項6に記載のカーボンナノチューブ分散液。
【請求項8】
pHが4以下または10以上のとき、前記カーボンナノチューブ分散体の体積平均粒径、個数平均粒径または面積平均粒径は20μm以下である、請求項1に記載のカーボンナノチューブ分散液。
【請求項9】
前記カーボンナノチューブ分散体の体積平均粒径、個数平均粒径または面積平均粒径は10μm以下である、請求項8に記載のカーボンナノチューブ分散液。
【請求項10】
アルキルエステル基、ビニリデン基およびアニオン性基を有する界面活性剤を含む、カーボンナノチューブ分散剤。
【請求項11】
アルキルエステル基、ビニリデン基およびアニオン性基を有する界面活性剤を含む水性溶液を準備するステップと、
カーボンナノチューブを前記水性溶液に加えるステップと、
を含む、カーボンナノチューブ分散液の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−13312(P2010−13312A)
【公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−174524(P2008−174524)
【出願日】平成20年7月3日(2008.7.3)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】