説明

カーボンナノチューブ及びその製造方法

【課題】金属の表面修飾により、カーボンナノチューブ自体を半導体性から金属性に転移させる。
【解決手段】このカーボンナノチューブは、カーボンナノチューブ本体1と、このカーボンナノチューブ本体1の表面に錯形成により結合した金属クラスター2とを備えている。金属クラスター2の平均粒径は1nm以上である。このカーボンナノチューブは、金属クラスター2からカーボンナノチューブ本体1への電荷移動により、カーボンナノチューブ本体1が半導体性から金属性に転移している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はカーボンナノチューブ及びその製造方法に関する。本発明に係るカーボンナノチューブは、特に電気配線や導電性樹脂等に好適に利用することができる。
【背景技術】
【0002】
カーボンナノチューブは、理論上優れた電気伝導特性を有し、導電性材料として非常に期待されている。しかし、実際に製造できるカーボンナノチューブは、アームシェア型の構造をもつ金属的特性を有するものと、ジグザグ型やキラル型の構造をもつ半導体的(又は絶縁的)特性を有するものとからなる、半導体性リッチの混合物である。この混合物を半導体性のものと金属性のものとに分離することは、現状の技術では困難である。また、金属性のカーボンナノチューブのみを製造することも困難である。
【0003】
このような半導体性リッチの混合物よりなるカーボンナノチューブでは、カーボンナノチューブ自体の電気抵抗が高くなる。また、このカーボンナノチューブに電気を流そうとすると、半導体性のカーボンナノチューブと金属電極との間に生じるショットキーバリヤー(ショットキー障壁)により、両者間の接触抵抗が高くなる。このため、混合物よりなるカーボンナノチューブには電気が流れにくい。
【0004】
そこで、金属元素を主成分とする柱状の金属又は合金を内包してなるカーボンナノチューブを電気配線に利用する技術が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
しかし、このカーボンナノチューブでは、カーボンナノチューブに内包させた金属又は合金部が電気伝導を担っている。すなわち、カーボンナノチューブ自体に、金属的特性を付与して電気的特性を付与するものではない。
【0006】
一方、ナノサイズの金属触媒粒子をカーボンナノチューブの内外壁に分散、担持してなるカーボンナノチューブも知られている(例えば、特許文献2参照)。この技術では、予め炭素基板上に金属粒子を分散させておき、その炭素基板に炭素ソース気体を大気圧下で供給して400〜900℃に加熱することで、基板上にカーボンナノチューブを成長させるとともに、その表面に金属粒子を担持させている。
【0007】
さらに、無電解めっきにより金属コーティングを施したカーボンナノチューブも知られている(例えば、特許文献3参照)。
【0008】
しかし、これらの金属粒子やコーティングされた金属は、分子の電子状態のままでカーボンナノチューブの表面に結合している。すなわち、カーボンナノチューブの表面に結合した金属粒子等は、HOMO(最高占有分子軌道)まで電子が詰まった分子の電子状態となっている。このため、カーボンナノチューブと金属粒子等との間で電荷移動は生じない。すなわち、カーボンナノチューブ自体が半導体性から金属性(導体)に転移したわけではない。
【0009】
したがって、上記従来技術では、カーボンナノチューブの導電性を大きく向上させることができなかった。
【特許文献1】特開2004−335259号公報
【特許文献2】特開2004−59428号公報
【特許文献3】特表2005−532915号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は上記実情に鑑みてなされたものであり、カーボンナノチューブの表面に金属を化学修飾することにより、カーボンナノチューブの導電性のさらなる向上を図ることを目的とするものである。
【0011】
また本発明は、金属の表面修飾により、カーボンナノチューブ自体を半導体性から金属性に転移させることを他の目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決する本発明のカーボンナノチューブは、カーボンナノチューブ本体と、該カーボンナノチューブ本体の表面に錯形成により結合した金属クラスターとを備えていることを特徴とするものである。
【0013】
本発明のカーボンナノチューブでは、カーボンナノチューブ本体の表面に金属クラスターが錯形成により結合している。すなわち、このカーボンナノチューブ本体の表面に化学修飾された金属クラスターは、カーボンナノチューブと異なるケミカルポテンシャルをもった状態となっている。このようにカーボンナノチューブ本体と金属クラスターとの間に錯形成が起こると、電荷の移動が可能になる。
【0014】
このため、本発明のカーボンナノチューブにおいては、電子エネルギーの高い金属クラスターから電子エネルギーの低いカーボンナノチューブ本体へ電子が流れ込み、これによりカーボンナノチューブのバンドギャップがなくなって、フェルミ面まで自由に動ける電子が詰まった状態となっている。すなわち、本発明のカーボンナノチューブでは、金属クラスターからカーボンナノチューブ本体への電荷移動により、カーボンナノチューブ本体が半導体性から金属性(伝導性)に転移している。
【0015】
ここに、カーボンナノチューブ本体の表面に金属クラスターが錯形成により結合していることは、後述する実施例で示すように、カーボンナノチューブ本体の表面に化学修飾された金属クラスターを、XPS(X線光電子分光)測定によりXPSスペクトルを解析することで確認可能である。
【0016】
また、前述のとおり金属クラスターからカーボンナノチューブ本体へ電子が流れ込んでいるため、本発明のカーボンナノチューブにおける金属クラスターは、通常の金属よりもプラスの電荷を帯びた状態になっており、プラスに帯電している。
【0017】
本発明のカーボンナノチューブにおいて、前記金属クラスターの粒径は1nm以上であることが好ましい。金属クラスターの粒径が1nm以上であれば、後述するように金属クラスターからカーボンナノチューブ本体への電子の移動が確実に行われるようになり、カーボンナノチューブ本体の金属転移を確実に行わせることができる。
【0018】
本発明のカーボンナノチューブにおいて、前記金属クラスターは白金よりなることが好ましい。
【0019】
後述する実施例で示すように、前記金属クラスターが白金である場合は、X線源:AlのKα線(1486.6eV)、運転条件:15kV,300W、測定時間:0.5時間の条件で行ったX線光電子分光分析によるXPSスペクトルにおいて、Pt 4fのピーク位置が、71.2eVを超え、かつ72.8eV未満でれば、カーボンナノチューブ本体の表面に白金よりなる金属クラスターが錯形成により結合している。
【0020】
本発明のカーボンナノチューブは、電気配線用として好適に用いることができる。
【0021】
本発明のカーボンナノチューブの製造方法は、カーボンナノチューブ本体と、該カーボンナノチューブ本体の表面に錯形成により結合した金属クラスターとを備えたカーボンナノチューブを製造するカーボンナノチューブの製造方法であって、コハク酸をアシル化してから加熱してカルボキシルエチルラジカルとし、該カルボキシルエチルラジカルをカーボンナノチューブ本体と反応させて、該カーボンナノチューブ本体の表面にカルボキシルエチル基を導入してカルボキシル化カーボンナノチューブを得る第1前処理工程と、前記カルボキシル化カーボンナノチューブの前記カルボキシルエチル基をハロゲン化してからチオール化し、チオール基を前記カーボンナノチューブ本体の表面に導入してチオール化カーボンナノチューブを得る第2前処理工程と、前記チオール化カーボンナノチューブの前記チオール基の末端に金属を結合させ、金属担持カーボンナノチューブを得る金属担持工程と、前記金属担持カーボンナノチューブを加熱して前記チオール基を除去し、前記カーボンナノチューブ本体の表面に金属クラスターを錯形成により結合させる熱処理工程と、を備えていることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0022】
本発明のカーボンナノチューブは、金属クラスターからカーボンナノチューブ本体への電荷移動により、カーボンナノチューブ本体が半導体性から金属性(伝導性)に転移している。このため、本発明のカーボンナノチューブでは、カーボンナノチューブ本体そのものが金属的特性を示して導体となる。
【0023】
したがって、本発明のカーボンナノチューブを電気配線に適用すれば、低抵抗かつ軽量の電気配線の実現が可能となる。
【0024】
また、本発明のカーボンナノチューブは、圧縮加工することにより、導電性樹脂にも好適に利用することができる。
【0025】
しかも、本発明では、カーボンナノチューブ本体に微小な金属クラスターを表面修飾することで、カーボンナノチューブ本体を金属に転移させている。このため、カーボンナノチューブに金属を内包させる場合と比較して、金属使用量を少なくできるとともに、金属によるカーボンナノチューブ本体の物性への影響を小さくすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明するが、本発明はかかる実施形態のみに限定されるものではない。
【0027】
本発明のカーボンナノチューブは、図1に模式的に示されるように、カーボンナノチューブ本体1と、このカーボンナノチューブ本体1の表面に錯形成により結合した金属クラスター2とを備えている。
【0028】
カーボンナノチューブ本体1の形態としては特に限定されず、多層カーボンナノチューブ(MWNT)でも、単層カーボンナノチューブ(MWNT)でもよい。
【0029】
金属クラスター2の種類も特に限定されないが、電子が移動しやすい遷移金属が好ましい。例えば、鉄、クロムやモリブデン等の遷移金属とすることができるが、これらの中では、空気中において安定で酸やアルカリにも侵されにくい金、白金やルテニウム等の貴金属が好ましく、特に白金に代表される白金族元素が好ましい。
【0030】
ここに、金属クラスター2からカーボンナノチューブ本体1への電荷移動量と、金属クラスター2の粒径との関係が図2に示されるように、金属クラスター2からカーボンナノチューブ本体1への電荷移動量に対しては、金属クラスター2の粒径が大きく関与する。なお、図2において、金属クラスター2の粒径が1nm以上の領域における電荷移動量の値は実験値であり、金属クラスター2の粒径が1nm未満の領域における電荷移動量の値は計算値である。
【0031】
図2に示されるように、金属クラスター2の粒径が1nm以上の領域では、原子1個あたりの電荷移動量の変化は金属クラスター2のサイズ変化に対して鈍感であり、クラスターサイズが変化しても電荷移動量は大きく変化しない。すなわち、金属クラスター2の粒径が微小化しても、電荷移動量の値はほぼ一定である。これに対し、金属クラスター2の粒径が1nm未満になると、原子1個あたりの電荷移動量の変化は金属クラスター2のサイズ変化に対して敏感となり、クラスターサイズが微小化することに伴い電荷移動量が大きく増加し、電荷移動量自体も非常に多くなる。このように金属クラスター2の粒径が1nmである点を境にして電荷移動量の特性が変化することがわかる。すなわち、金属クラスター2の粒径が1nmである点の近辺で、カーボンナノチューブ本体1が半導体性から金属性に転位すると考えられる。
【0032】
このように金属クラスター2の粒径が1nm未満の場合、電子の数やクラスターサイズによって電子状態のエネルギーは非常に大きく変動する。したがって、この場合、電子は金属クラスター2及びカーボンナノチューブ本体1間を自由に行き来できない。これに対し、金属クラスター2の粒径が1nm以上の場合、電子の数の変動に対して電子状態のエネルギーは安定になり、金属クラスター2及びカーボンナノチューブ本体1間で電子の行き来が自由となって、カーボンナノチューブ本体1の金属転位が起こる。
【0033】
したがって、金属クラスター2によってその表面が化学修飾されたカーボンナノチューブ本体1の金属転移を確実に起こさせるべく、金属クラスター2の粒径は1nm以上であることが好ましい。なお、金属クラスター2の粒径が大きくなりすぎると、金属量一定の下では、金属クラスター2とカーボンナノチューブ本体1との界面での接触面積が減少し、電子が移動するパス(経路)の減少に繋がる。このため、金属クラスター2の粒径の上限は3nm程度とすることが好ましく、1nm程度とすることがより好ましい。
【0034】
金属クラスター2の粒径は、後述する製造方法において、カーボンナノチューブ本体1に対して導入するカルボキシル基の疎密性や、錯体から金属クラスター2に変化させる際の熱処理条件等を調整することによって制御することができる。例えば、カーボンナノチューブ本体1に対してカルボキシル基2を密状態で導入しておき、錯体から金属クラスター2に変化させる際に一気に加熱したりあるいは加熱温度を高くしたりすることにより、金属クラスター2の粒径を大きくすることができる。
【0035】
カーボンナノチューブ本体1に対する金属クラスター2の付着量は特に限定されないが、通常、カーボンナノチューブ本体1に対して5〜50質量%程度であることが好ましい。
【0036】
金属クラスター2の付着量は、後述する製造方法において、カーボンナノチューブ本体1に対して導入するカルボキシル基の導入量を調整することによって制御することができる。
【0037】
本発明のカーボンナノチューブの製造方法については特に限定されず、従来の触媒金属担持方法等を用いることができるが、望ましくはカーボンナノチューブ本体1に前処理として有機基を化学修飾により導入してから、金属前駆体を液状還元法で還元させる方法を採用することができる。
【0038】
すなわち、本発明のカーボンナノチューブは、以下に示す本発明のカーボンナノチューブの製造方法により好適に製造することができる。
【0039】
本発明のカーボンナノチューブの製造方法は、第1前処理工程と、第2前処理工程と、金属担持工程と、熱処理工程とを備えている。以下、本発明のカーボンナノチューブの製造方法について、図3に示す好ましい実施形態を一例として説明する。
【0040】
第1前処理工程では、コハク酸をアシル化してから加熱してカルボキシルエチルラジカルとし、このカルボキシルエチルラジカルをカーボンナノチューブ本体1と反応させる。これにより、カーボンナノチューブ本体1の表面にカルボキシルエチル基を導入して、カルボキシル化カーボンナノチューブを得る。このとき、カーボンナノチューブ本体1に対するカルボキシルエチル基の疎密度合や導入量を調整することで、金属クラスター2の粒径や付着量を制御する。
【0041】
この第1前処理工程では、カーボンナノチューブ本体1に有機基としてのカルボキシルエチル基を導入する。そのために本発明では、まずコハク酸をアシル化してから加熱することで、末端にラジカルをもつカルボキシルエチルラジカルとする。そして、このカルボキシルエチルラジカルをカーボンナノチューブ本体と反応させることにより、カーボンナノチューブ本体1の表面にカルボキシルエチル基を導入する。
【0042】
このようにカーボンナノチューブ本体1にカルボキシル基を導入するためにコハク酸を利用するのは、以下の理由による。すなわち、半径の小さいカーボンナノチューブは、π電子に歪みがかかっており、反応性が高くなっている。このため、カルボキシル基を導入するために予めカーボンナノチューブを酸処理する際に、強酸を用いると、カーボンナノチューブの表面が破壊されるおそれがある。この点、非常に弱い酸であるコハク酸を用いた反応を利用すれば、カーボンナノチューブの表面を破壊することなく、カルボキシル基の導入が可能となる。
【0043】
ここに、コハク酸を過酸化水素水の水溶液に入れて撹拌し、コハク酸アシル過酸化物を得ることで、コハク酸をアシル化することができる。また、30〜50℃程度に加熱したジクロロベンゼンにコハク酸アシル過酸化物を20〜30時間程度入れておくことで、カルボキシルエチルラジカルを得ることができる。そして、50〜80℃程度に加熱したジクロロベンゼン中で、200〜300時間程度、カルボキシルエチルラジカルとカーボンナノチューブ本体1とを反応させることで、カーボンナノチューブ本体1の表面にカルボキシルエチル基を導入して、カルボキシル化カーボンナノチューブを得ることができる。
【0044】
第2前処理工程では、前記カルボキシル化カーボンナノチューブの前記カルボキシルエチル基をハロゲン化してからチオール化する。これにより、末端にメルカプト基(−SH基)を有するチオール基をカーボンナノチューブ本体1の表面に導入して、チオール化カーボンナノチューブを得る。
【0045】
カルボキシル化カーボンナノチューブのカルボキシルエチル基のハロゲン化は、50〜100℃程度の温度で、12時間程度、塩化チオニル、塩化アルミニウムや塩化水銀等のハロゲン化剤と反応させることで行うことができる。これにより、カルボキシル基の末端の−OH基を−Cl基に置換する。
【0046】
その後のチオール化は、50〜100℃程度の温度で、24時間程度チオール化剤と反応させることにより行うことができる。チオール化剤としては、例えば、アミノメタンチオール、アミノエタンチオール、アミノドデカンチオールなどの炭素数1〜12のアミノアルカンチオール、メルカプトメタノール、メルカプトエタノール、メルカプトドデカノールなどの炭素数1〜12のメルカプトアルコール、アミノチオフェノール、メルカプトフェノールなどのベンゼン誘導体を用いることができる。
【0047】
金属担持工程では、前記チオール化カーボンナノチューブの前記チオール基の末端に金属を結合させ、金属担持カーボンナノチューブを得る。
【0048】
金属の担持は、例えば、金属前駆体を液状還元法で還元させる方法を採用することができる。例えば、金属として白金を用いる場合、白金前駆体として塩化白金酸を用い、超音波攪拌などにより、チオール化カーボンナノチューブと塩化白金酸とを十分に接触させた後、還元剤で還元させることにより、チオール基の末端のメルカプト基(−SH基)のHを金属と置換して、金属を結合させる。還元剤としては、例えば、水素化ホウ素ナトリウム、水素化アルミニウムリチウム、水素などを用いることができる。
【0049】
熱処理工程では、前記金属担持カーボンナノチューブを加熱して前記チオール基を除去して、カーボンナノチューブ本体1の表面に金属クラスター2を錯形成により結合させる。この熱処理は、水素雰囲気等の還元雰囲気で行うことができる。このときの熱処理条件としては、加熱温度250〜600℃程度、加熱時間50〜120分程度とすることができる。このときの加熱条件を調整することで、隣接する金属微粒子が一体化して形成される金属クラスター2の粒径を制御することができる。
【0050】
こうして、カーボンナノチューブ本体1の表面に金属クラスター2が錯形成により結合したカーボンナノチューブを得ることができる。
【0051】
本発明に係るカーボンナノチューブは、電気配線や導電性樹脂等の電子放出素材など、金属との接触抵抗を嫌う際の素材として、好適に利用することができる。
【実施例】
【0052】
以下、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明する。
【0053】
(実施例1)
<第1前処理工程>
カーボンナノチューブ本体として、CVD法で作製されたMWNT(High Purity Multi−Wall Carbon nanotubues、Helix Material Solutions)を準備した。
【0054】
まず、コハク酸10gを20mlの8%H水溶液中で1時間撹拌した。これを、1μm径のPTFE膜でろ過し、少量の水で洗浄して、コハク酸アシル過酸化物を得た。
【0055】
得られたコハク酸アシル過酸化物を室温で24時間真空乾燥した。この乾燥後のコハク酸アシル過酸化物500mgと、50mgのMWNTとを50mlのo−ジクロロベンゼン溶媒中にて80℃で10日間反応させた。この10日の間、一日おきに500mgのコハク酸アシル過酸化物を加え、合計で2.5gのコハク酸アシル過酸化物をMWNTと反応させることで、カルボキシルエチルラジカルとMWNTとを反応させて、MWNTの表面にカルボキシル基を導入した。こうしてカルボキシル化MWNTを得た。
【0056】
<第2前処理工程>
次に、カルボキシル化MWNTに塩化チオニルを加え、70℃で12時間還流した(塩素化)。反応に用いられなかった塩化チオニルを蒸発させトラップし、脱水トルエン中で2−アミノエタンチオールを加えて70℃で24時間反応させた後、メタノールで洗浄、ろ過した(チオール化)。こうして、チオール基をMWNTの表面に導入してチオール化MWNTを得た。
【0057】
<金属担持工程>
次に、蒸留水40mlにチオール化MWNTを加え、超音波ホモジナイザー(Sonics&Material社製、出力130W、周波数20kHz)により、5分間超音波撹拌した。その後、カーボン0.2gとの質量比20%と同等な量のPt前駆体(10mM塩化白金酸)3.125mlを加えて、超音波スタラー(日本精機製作所製、出力35W、周波数40kHz)により、1時間撹拌した。その後、20mlの純水に水素化ホウ素ナトリウム0.25gを溶かした水溶液を加えることで、チオール化MWNTのチオール基の末端にPtを担持させた。そして、蒸留水で洗浄、ろ過した。こうして金属担持MWNT(Pt−S−MWNT)を得た。
【0058】
<熱処理工程>
最後に、赤外線加熱炉(アルバック理工社製、MIRA3000)を用いて、100sccm(100cm/minの流量)水素雰囲気中にて、873K×60分の条件で、金属担持MWNT(Pt−S−MWNT)を熱処理した。こうして、チオール基を除去して、MWNTの表面にPtクラスターを錯形成により結合させたカーボンナノチューブを得た。
【0059】
なお、得られたカーボンナノチューブの試料No.1をPth−q/MWNT(Th=873K)とする。
【0060】
(実施例2)
実施例1における熱処理工程で処理温度を773Kと変更すること以外は、実施例1と同様にして、試料No.2のPth−q/MWNT(Th=773K)を得た。
【0061】
(実施例3)
実施例1における熱処理工程で処理温度を673Kと変更すること以外は、実施例1と同様にして、試料No.3のPth−q/MWNT(Th=673K)を得た。
【0062】
(実施例4)
実施例1における熱処理工程で処理温度を573Kと変更すること以外は、実施例1と同様にして、試料No.4のPth−q/MWNT(Th=573K)を得た。
【0063】
(実施例5)
実施例1における熱処理工程で処理温度を523Kと変更すること以外は、実施例1と同様にして、試料No.5のPth−q/MWNT(Th=523K)を得た。
【0064】
(比較例1)
白金片よりなるPt Foil(Pt箔)を比較試料No.1とした。
【0065】
(比較例2)
実施例1における熱処理工程を行わないこと以外は、実施例1と同様にして得た金属担持MWNT(Pt−S−MWNT)を比較試料No.2とした。
【0066】
(比較例3)
実施例1で準備した単なるMWNTを比較試料No.3とした。
【0067】
(TEM観察)
実施例4で得られた試料No.4(Pth−q/MWNT(Th=573K))を透過型電子顕微鏡(TEM、日立製作所社製、H9000NAR 100KV)で観察した。そのTEM写真を図4に示す。
【0068】
図4において、小さな黒点が金属クラスターである。図4より、カーボンナノチューブ本体の表面に複数の金属クラスターが分散、保持されていることがわかる。
【0069】
(XPS分析)
実施例1〜5で得られた試料No.1〜5について、X線光電子分光(XPS:X−ray Photoelectron Spectroscopy)分析により、Ptクラスターの電子状態を調べるとともに元素分析を行った。
【0070】
これは、X線光電子分光分析装置(アルバックファイ社製、PHI5600)を用いて、X線源:AlのKα線(1486.6eV)、運転条件:15kV,300W、測定時間:0.5時間の条件で行った。
【0071】
比較のため、比較例1、2の比較試料No.1、2についても、同様にXPS分析を行った。
【0072】
結果を図5に示す。なお、結合エネルギーは、カーボン担体のC 1s(284.5eV)を基準とした。また、図5のXPSスペクトルは、Pt 4f電子のピークを示したものである。図5の縦軸は光電子強度(任意単位)であり、図5の横軸は結合エネルギー(電子ボルト)である。
【0073】
図5において、通常の金属と表示したものが比較試料No.1(Pt Foil)のXPSスペクトルである。この比較試料No.1(Pt Foil)のXPSスペクトルでは、最も低エネルギー側の71.2eV近傍にPt 4fのピーク位置がある。
【0074】
また、図5において、錯体と表示した比較試料No.2(Pt−S−MWNT)のXPSスペクトルである。この比較試料No.2(Pt−S−MWNT)のXPSスペクトルでは、最も高エネルギー側の72.8eV近傍にPt 4fのピーク位置がある。
【0075】
そして、金属転移と表示したものが、図5の左から順に、実施例1〜5の試料No.1〜5のXPSスペクトルである。これらのうち、金属転移と表示したXPSスペクトルのうち、比較試料No.1のPt Foilに最も近い左側のものが最高の処理温度(Th=873K)の試料No.1のものであり、比較試料No.2のPt−S−MWNTに最も近い右側のものが最低の処理温度(Th=523K)の試料No.5のものである。つまり、処理温度が高くなるにつれて、XPSスペクトルにおけるPt 4fのピーク位置が低エネルギー側にずれ、Ptの元素状態は錯体から通常の金属に近付く。
【0076】
すなわち、図5で、錯体と表示された比較試料No.2のPt−S−MWNTのXPSスペクトルにおいては、Pt原子の価数が+2価に近い。この比較試料No.2のPt−S−MWNTを水素雰囲気中にて、250℃程度以上の温度で熱処理することにより、Ptは、錯体状態からMWNtに錯形成により結合した金属クラスターとなる。これにより、Ptの金属クラスターからMWNTへの電子移動が起こる。その結果Ptの価数が小さくなって、通常のPt金属(0価)に近付く。
【0077】
ここに、XPSスペクトルにおけるPt 4fのピーク位置は、実施例1の試料No.1のPth−q/MWNT(Th=873K)で71.4eV近傍にあり、実施例2の試料No.2のPth−q/MWNT(Th=773K)で71.5eV近傍にあり、実施例3の試料No.3のPth−q/MWNT(Th=673K)で71.6eV近傍にあり、実施例4の試料No.4のPth−q/MWNT(Th=573K)で71.8eV近傍にあり、実施例5の試料No.5のPth−q/MWNT(Th=523K)で72.3eV近傍にある。すなわち、XPSスペクトルにおけるPt 4fのピーク位置が71.4〜72.3eVの範囲内にある実施例1〜5の試料No.1〜5のPth−q/MWNTでは、カーボンナノチューブ本体の表面にPtクラスターが錯形成により結合していた。
【0078】
また、上述のとおり、比較試料No.1(Pt Foil)のXPSスペクトルにおけるPt 4fのピーク位置は71.2eV近傍にあり、比較試料No.2(Pt−S−MWNT)のXPSスペクトルにおけるPt 4fのピーク位置は72.8eV近傍にある。このことから、XPSスペクトルにおけるPt 4fのピーク位置が、71.2eVを超え、かつ72.8eV未満であれば、カーボンナノチューブ本体に対してPtが錯形成により結合しうることがわかる。
【0079】
(電流―電圧応答の測定)
実施例4で得られた試料No.4(Pth−q/MWNT(Th=573K))について、電流―電圧応答を測定した。これは、粉末試料を加圧成形し、その成形体にAu電極を蒸着して調べた。
【0080】
比較のため、比較試料No.3のPtクラスターを修飾していないMWNTについても同様に電流―電圧応答を測定した。
【0081】
結果を図6に示す。なお、図6中、実施例4で得られた試料No.4(Pth−q/MWNT(Th=573K))の測定結果をPt−MWNTで示し、比較試料No.3の測定結果をMWNTで示す。
【0082】
図6より、実施例4で得られた試料No.4(Pth−q/MWNT(Th=573K))は、オーミックコンタクトが形成され、明らかに金属的なカーボンナノチューブになっていることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】本実施形態のカーボンナノチューブの構成を模式的に示す説明図である。
【図2】クラスターサイズと、クラスターからカーボンナノチューブへの電荷移動量との関係を示す図である。
【図3】本実施形態のカーボンナノチューブの製造方法を模式的に示す説明図である。
【図4】実施例4で得られた試料No.4(Pth−q/MWNT(Th=573K))の透過型電子顕微鏡(TEM)写真(5×10倍)である。
【図5】実施例1〜5の試料No.1〜5と、比較例1、2の比較試料No.1、2とについて、X線光電子分光(XPS)分析を行った結果を示す図である。
【図6】実施例4の試料No.4(Pth−q/MWNT(Th=573K))と、比較例3の比較試料No.3とについて、電流―電圧応答を測定した結果を示す図である。
【符号の説明】
【0084】
1…カーボンナノチューブ本体 2…金属クラスター

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カーボンナノチューブ本体と、該カーボンナノチューブ本体の表面に錯形成により結合した金属クラスターとを備えていることを特徴とするカーボンナノチューブ。
【請求項2】
前記金属クラスターの平均粒径が1nm以上であることを特徴とする請求項1に記載のカーボンナノチューブ。
【請求項3】
前記金属クラスターは白金よりなることを特徴とする請求項1又は2に記載のカーボンナノチューブ。
【請求項4】
X線源:AlのKα線(1486.6eV)、運転条件:15kV,300W、測定時間:0.5時間の条件で行ったX線光電子分光分析によるXPSスペクトルにおいて、Pt 4fのピーク位置が、71.2eVを超え、かつ72.8eV未満であることを特徴とする請求項3に記載のカーボンナノチューブ。
【請求項5】
電気配線用であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一つに記載のカーボンナノチューブ。
【請求項6】
カーボンナノチューブ本体と、該カーボンナノチューブ本体の表面に錯形成により結合した金属クラスターとを備えたカーボンナノチューブを製造するカーボンナノチューブの製造方法であって、
コハク酸をアシル化してから加熱してカルボキシルエチルラジカルとし、該カルボキシルエチルラジカルをカーボンナノチューブ本体と反応させて、該カーボンナノチューブ本体の表面にカルボキシルエチル基を導入してカルボキシル化カーボンナノチューブを得る第1前処理工程と、
前記カルボキシル化カーボンナノチューブの前記カルボキシルエチル基をハロゲン化してからチオール化し、チオール基を前記カーボンナノチューブ本体の表面に導入してチオール化カーボンナノチューブを得る第2前処理工程と、
前記チオール化カーボンナノチューブの前記チオール基の末端に金属を結合させ、金属担持カーボンナノチューブを得る金属担持工程と、
前記金属担持カーボンナノチューブを加熱して前記チオール基を除去し、前記カーボンナノチューブ本体の表面に金属クラスターを錯形成により結合させる熱処理工程と、を備えていることを特徴とするカーボンナノチューブの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−73692(P2009−73692A)
【公開日】平成21年4月9日(2009.4.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−243940(P2007−243940)
【出願日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(304024430)国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学 (169)
【Fターム(参考)】