説明

カーボン材料の表面酸化方法

【課題】 有毒な薬剤や、プラズマ処理などの真空大型装置を使用することなく、また、加熱処理や、煩雑な操作を施すことなく、安全、かつ簡便にカーボン材料表面上に含酸素官能基を導入する方法を提供し、また、得られた酸素官能基化カーボン材料から、水酸基のみで化学修飾したカーボン材料を得る方法を提供する。
【解決手段】 過酸化水素水存在下において、カーボン材料に、好ましくは波長が170〜300nmの紫外光を照射することにより、カーボン材料の表面に含酸素官能基を化学結合させる。また、得られた含酸素官能基化カーボン材料に、水素化剤を作用させることにより、表面が水酸基のみで化学修飾されたカーボン材料が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カーボン材料の表面酸化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンド、ダイヤモンド様薄膜(DLC膜)、或いはカーボンナノチューブなどのカーボン材料は、工具や各種デバイスをはじめとし、種々な分野で用いられているが、これらのカーボン材料の表面は不活性であるために、その表面に酸化処理を施すことにより改質して、親水性を付与することが知られている。
カーボン材料表面の酸化処理方法としては、気相中での処理法と液相中での処理方法があるが、前者の気相中での表面処理としては、プラズマへの暴露、あるいはイオンビームを用いる等の高エネルギー粒子を用いる処理や、酸素雰囲気下における500℃以上での加熱処理、また真空下における1000℃以上での加熱処理があるが、ダイヤモンド結晶への欠陥生成や結晶表面への凹凸発生する欠点があった。
【0003】
この欠点を回避すべく、紫外線などの高エネルギー光線を照射する方法が提案されており、例えば、特許文献1では、オゾン又は活性酸素などの酸素元素含有雰囲気中若しくは真空中、若しくはヘリウム、アルゴンなどの不活性元素含有雰囲気中に配置したダイヤモンドの表面に、波長が278nm以下の高エネルギー光線を照射することにより、ダイヤモンドの表面を酸化して改質することが記載されている。
一方、液相中でのダイヤモンド表面処理として、例えば特許文献2にあるように、クロム酸と濃硫酸の飽和溶液中で200℃まで加熱して酸化処理を施す方法がある。
【0004】
また、DLC膜は、硬く緻密で且つ不活性な表面を有しているため、金属やセラミックス等の無機系材料及び樹脂等の有機系材料等からなる基材の表面に形成することにより基材の表面に耐摩耗性、耐蝕性及び表面平滑性等の性質を付与することができるものである。しかしながら、平滑で不活性な表面であるため、医療用材料として用いる場合などには、DLC膜の表面に水酸基などの官能基を付加して化学修飾し、付加した官能基を利用してDNAを固定化することも試みられている。
例えば、特許文献3では、形成されたDLC膜の表面にプラズマを照射することにより反応性の部位を前記DLC薄膜の表面に生起させるプラズマ照射工程と、前記反応性の部位と酸素を含む分子とを反応させることにより、前記DLC薄膜の表面に水酸基を導入する表面修飾工程とを備えている医療用材料の製造方法が記載されている。
【0005】
さらに、カーボンナノチューブ(CNT)においては、CNTを光透過性支持体の表面に固着させ、光透過性支持体に直接結合した導電材を形成することが提案されているが、支持体の表面との親和性を高める必要があり、例えば、特許文献4には、カーボンナノチューブの親水性を向上させる処理として、過酸化水素水、硝酸、濃硫酸およびこれらを複数組み合わせた酸溶液を用いて加熱処理することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−23855号公報
【特許文献2】特開平5−24990号公報
【特許文献3】特開2010−5428号公報
【特許文献4】特開2009−295378号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このように、カーボン材料の表面酸化方法として、従来種々の方法が知れているが、特許文献3等に記載されたプラズマを用いる方法は、真空大型装置を必要とするばかりでなく、表面に凹凸が発生するという問題がある。
また、特許文献2、4に記載された酸を用いる方法は、結晶への欠陥生成はないものの、加熱する必要があり、特に、混酸を用いた場合には、水分や酸などの不純物を表面へ付着させ、有害性により反応操作に煩雑さが伴うという欠点があることが知られている。
さらに、特許文献1に記載された紫外線を照射する方法は、プラズマ処理における凹凸の生成という欠点が回避されているものの、真空中で行う場合には、真空大型装置を必要とするものである。
【0008】
さらにまた、従来の酸化処理により、カーボン材料の表面には、水酸基をはじめ、カルボニル基、エポキシ基、及びカルボシキル基等の種々の含酸素官能基で修飾されることが知られているが、各種官能基の混合体では電子特性等の物理的性質がどの官能基に由来するのかがこれまで不明であった。また、酸化処理されたカーボン材料の表面にさらに他の物質や分子を固着させる場合には、各種官能基は反応性が異なるためにその混合体では固着率が低くなる可能性があるため、水酸基のみを化学的に結合させることが望ましい。
【0009】
本発明はこのような現状を鑑みてなされたものであって、従来この種の方法に用いられてきた有毒な薬剤や、プラズマ処理などの真空大型装置を使用することなく、また、加熱処理や、煩雑な操作を施すことなく、安全、かつ簡便にカーボン材料表面上に含酸素官能基を導入する方法を提供することを目的とするものである。また、得られた酸素官能基化カーボン材料をさらに処理して、水酸基のみで化学修飾したカーボン材料を提供することをもう1つの目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、カーボン材料に、過酸化水素水の存在下に紫外光を照射すると、カーボン材料表面上に、含酸素官能基である、水酸基、カルボニル基、エポキシ基、及びカルボシキル基を化学的に結合させることができることを見いだし、本発明を完成させた。
【0011】
すなわち、本発明は、以下の技術を提供するものである。
[1]過酸化水素水の存在下において、カーボン材料に紫外光を照射することにより、カーボン材料の表面に含酸素官能基を化学結合させることを特徴とするカーボン材料の表面酸化方法。
[2]波長170〜300nmの紫外光を照射することを特徴とする上記[1]のカーボン材料の表面酸化方法。
[3]照射する紫外光の光量が、0.1〜100mW/cmの範囲であることを特徴とする上記[1]又は[2]のカーボン材料の表面酸化方法。
[4]上記[1]〜[3]のいずれかの表面酸化方法により、表面に含酸素官能基を化学結合させたカーボン材料に、水素化試薬を作用させることにより、カーボン材料の表面を水酸基のみで化学修飾することを特徴とするカーボン材料の表面処理方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、過酸化水素水に紫外光照射をするだけの簡便な反応操作により、カーボン材料表面上に含酸素官能基を導入することができるという優れた効果を有する。また、従来用いられてきた有毒ガスおよび混酸を使用することがないので、安全に、煩雑さを伴うことなく、カーボン材料の表面に、含酸素官能基である、水酸基、カルボニル基、エポキシ基、及びカルボシキル基を結合させることができるという著しい効果がある。また、水素化試薬との組合せにより、表面酸素官能基の化学構造制御が可能となり、水酸基のみで化学修飾されたカーボン材料の作製が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】(a)は、未処理のDLC膜のXPSスペクトルであり、(b)は、本発明の表面処理を施されたDLC膜のXPSスペクトルである。
【図2】本発明の表面処理を施されたDLC膜のC1s XPSスペクトルである。
【図3】(a)は、未処理のカーボンナノチューブのXPSスペクトルであり、(b)は、本発明の表面処理を施されたカーボンナノチューブのXPSスペクトルである。
【図4】本発明の表面処理を施されたカーボンナノチューブのC1s XPSスペクトルである。
【図5】本発明の含酸素官能基化DLC膜に水素化ホウ素リチウムを作用させて得られたDLC膜のC1s XPSスペクトルである。
【図6】本発明の含酸素官能基化DLC膜に水素化アルミニウムリチウムを作用させて得られたDLC膜のC1s XPSスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明のカーボン材料の表面酸化方法は、過酸化水素水存在下において、カーボン材料に紫外光を照射することにより、カーボン材料の表面に含酸素官能基を化学結合させることを特徴とするものである。
本発明において、カーボン材料に、過酸化水素水の存在下で紫外光を照射する方法としては、特に限定されないが、例えば、カーボン材料を過酸化水素水に浸漬した状態で、カーボン材料に紫外光を照射する方法、或いは、カーボン材料の表面に過酸化水素水を全面又は所定の範囲のみに塗布した状態で、カーボン材料に紫外光を照射する方法等がある。
用いる過酸化水素水の濃度は、特に限定されないが、通常市販されている濃度が約30%程度のものを用いるのが簡便な方法である。
【0015】
本発明の表面酸化方法に用いるカーボン材料としては、ダイヤモンド粉末、ダイヤモンド膜、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜、カーボンナノチューブ、活性炭等を使用することができるが、他の形態のカーボン材料でも良く、特にカーボン材料の炭素化学結合様式には制限はない。
【0016】
カーボン材料に照射する紫外光の光源としては、公知のものが用いることができる。その例を挙げると、低圧水銀灯、高圧水銀灯、ArFまたはXeClエキシマレーザー、エキシマランプ等である。このように、本発明は、広範囲の波長の光を利用できる。
また、用いる紫外線の波長は170nm〜300nmとするのが好適であるが、反応の高効率化のためには、260nm以下の波長を有する紫外光照射下に反応を行うことが好ましい。
【0017】
照射される光量の好ましい範囲は、0.1〜100mW/cmの範囲である。また、照射時間は、10分〜7時間程度とするのが望ましい。これらの条件は、前記範囲外の条件を使用することも可能である。前記は好ましい範囲であり、必ずしもこれに特に制限されるものではない。
【0018】
本発明の反応は、室温下で容易に進行する。これは、本発明の大きな特徴の一つでもある。
このようにして得られる含酸素官能基化カーボン材料を、分析機器により表面に含酸素官能基が化学結合しているかどうかを確認する。この確認には、各種の分析機器を用いることができるが、XPSなどにより含酸素官能基の存在を確認することができ、また炭素−酸素結合様式について確認することができる。さらに、水に対する接触角測定によっても親水性を確認することができる。
【0019】
本発明では、カーボン材料に、含酸素官能基を化学結合させることができる結果、酸素原子を含んだ官能基をその表面に結合させることができるので、親水性、生体適合性、絶縁層を付与することができる。
【0020】
また、本発明では、上記の表面酸化方法で得られた含酸素官能基化カーボン材料に、水素化試薬を作用させることにより、種々の含酸素官能基を水酸基へ化学変換させることができる。
本発明において、水素化試薬としては、水素化ホウ素リチウム、水素化アルミニウムリチウムなどを用いることができる。
本発明において、水素化試薬をカーボン材料に作用させる方法は、特に限定されないが、例えば、カーボン材料を水素化試薬の溶液に浸漬した状態で撹拌するか、或いは、カーボン材料の表面に水素化試薬の溶液を全面又は所定の範囲のみに塗布した状態で所定時間放置する方法等がある。
本発明においては、水素化試薬を作用させることによる反応も室温下で容易に進行し、また、用いる水素化試薬の濃度は、特に限定されないが、通常、約1〜3mol/L程度のものを用いるのが好ましい。
【0021】
このようにして変換されたカーボン材料を、分析機器により表面の炭素−酸素結合様式について確認する。この確認には、各種の分析機器を用いることができるが、XPSなどにより炭素−酸素結合様式について確認することが好ましい。
【実施例】
【0022】
以下、本発明を実施例に基づいて説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
(使用したカーボン材料)
DLC膜は、シリコン基板上に、トルエンを原料として、熱電子励起プラズマCVD法を用いて平均膜厚1μmに製膜されたものを用いた。
また、カーボンナノチューブには、アルドリッチ製単層カーボンナノチューブ(直径0.9〜1.2nm、長さ10〜50μm)を用いた。
(分析方法)
表面の炭素−酸素結合様式について確認するために、XPS測定装置(PHI製 ESCA model5800 Al Kα線照射)を用いた。
また、表面の水に対する接触角の測定には、Elma製 G−1−1000を用いた。
【0023】
(実施例1)
合成石英製の反応容器に、DLC膜および30%過酸化水素水を入れ、紫外線照射装置として、英光社製EL−A20 20W低圧水銀灯を用いて、室温で6時間照射した。照射された光量は20mW/cmとした。その後、DLC膜を蒸留水で洗浄し、減圧下で乾燥を行った。
反応前後のDLC膜のXPS測定を行ったところ、反応前のDLC膜のXPSスペクトル(図1a)と比較して、酸素に由来するピークが観測され、表面上に含酸素官能基が導入されたことが確認された(図1b)。
炭素ピークを、PHI製MultiPakデータ解析用ソフトウェアを用いて、詳細にピーク分離したところ、含酸素官能基は水酸基、カルボニル基、エポキシ基、カルボシキル基の混合体であることが確認された(図2)。
また、表面の水に対する接触角を測定したところ、接触角6°を示し、反応前の接触角83°と比較して、高い親水性が付与されていることが確認された。
【0024】
(実施例2)
合成石英製の反応容器に、カーボンナノチューブ及び30%過酸化水素水を入れ、前記紫外線照射装置を用いて、室温で7時間照射した。照射された光量は20mW/cmとした。その後、カーボンナノチューブを蒸留水で洗浄し、減圧下で乾燥を行った。
反応後のカーボンナノチューブのXPS測定を行ったところ、反応前のカーボンナノチューブ(図3a)と比較して、酸素に由来するピークが観測され、表面上に含酸素官能基が導入されたことが確認された(図3b)。
炭素ピークをPHI製MultiPakデータ解析用ソフトウェアを用いて、詳細にピーク分離したところ、含酸素官能基は水酸基、カルボニル基、エポキシ基、カルボシキル基の混合体であることが確認された(図4)。
【0025】
(実施例3)
実施例1で作製された含酸素官能基化DLC膜に、水素化ホウ素リチウムのテトラヒドロフラン溶液(2mol/L)に浸漬し、室温で3時間撹拌した。その後、DLC膜を、テトラヒドロフラン、蒸留水で洗浄し、減圧下で乾燥を行った。
反応後のDLC膜の炭素XPS測定を行ったところ、図2bに示した含酸素官能基のカルボニル基、エポキシ基が水酸基に還元されたことが確認された(図5)。
また、反応後の表面の水に対する接触角を測定したところ、接触角21°を示した。
【0026】
(実施例4)
実施例1で作製された含酸素官能基化DLC膜を、水素化アルミニウムリチウムのテトラヒドロフラン溶液(2mol/L)に浸漬し、室温で6時間撹拌した。その後、DLC膜を、テトラヒドロフラン、蒸留水で洗浄し、減圧下で乾燥を行った。
反応後のDLC膜の炭素XPS測定を行ったところ、含酸素官能基のカルボニル基、エポキシ基、カルボシキル基が水酸基に還元され、水酸基のみで化学修飾されたDLC膜が作製されたことが確認された(図6)。
また、反応後の表面の水に対する接触角を測定したところ、接触角44°を示した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
過酸化水素水の存在下において、カーボン材料に紫外光を照射することにより、カーボン材料の表面に含酸素官能基を化学結合させることを特徴とするカーボン材料の表面酸化方法。
【請求項2】
波長170〜300nmの紫外光を照射することを特徴とする請求項1に記載のカーボン材料の表面酸化方法。
【請求項3】
照射する紫外光の光量が、0.1〜100mW/cmの範囲であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のカーボン材料の表面酸化方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の表面酸化方法により、表面に含酸素官能基を化学結合させたカーボン材料に、水素化試薬を作用させることにより、カーボン材料の表面を水酸基のみで化学修飾することを特徴とするカーボン材料の表面処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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