説明

ガスクロマトグラフ装置及びガスクロマトグラフ分析方法

【課題】カラムの一部切除やカラム交換に伴う保持指標のずれを補償し、基準保持指標を用いた定性分析の精度を向上させる。
【解決手段】同一カラムの下でキャリアガスの平均線速度の変化と基準保持指標に対する保持指標の変化の比率とが直線的な関係になることを利用し、特定の成分についてその関係の直線の傾きを実験的に求めて記憶しておく(S1、S2)。カラム一部切除等が行われたあと、特定の成分に対して基準線速度の下での保持指標を実測し(S3)、保持指標がずれていた場合には、記憶しておいた傾きの値を用いた関係式に、基準保持指標、実測保持指標、基準線速度を適用して、基準保持指標を得るための線速度を算出する(S4、S5)。未知試料のGC分析の際には、算出した線速度を制御目標値として線速度一定制御を行うことにより、保持指標のずれを補償する(S6〜S9)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はガスクロマトグラフ装置及びガスクロマトグラフ分析方法に関し、さらに詳しくは、定性分析などを行うために保持指標を利用するガスクロマトグラフ装置及びガスクロマトグラフ分析方法に関する。なお、本発明におけるガスクロマトグラフ装置は検出器の種類を問わないから、検出器が質量分析計であるガスクロマトグラフ質量分析装置も含む。
【背景技術】
【0002】
一般にガスクロマトグラフ(以下「GC」と略す)分析では、クロマトグラムに出現しているピークを同定するために保持時間(リテンションタイム)が用いられる。しかしながら、保持時間は成分に固有の値ではなく、キャリアガス流量、カラム温度、カラムのサイズ、カラム液相厚など様々な分析条件によって大きく変わる。そのため、こうした様々な分析条件を同一にした状態でないと、保持時間を利用したピークの同定を正確に行うことはできない。そこで、例えば特許文献1、2などに記載のGC装置では、保持時間に代わるパラメータとして、分析条件や装置間器差などに依存しにくい保持指標(リテンションインデックス)が利用されている。
【0003】
GC分析における保持指標について図3により簡単に説明する。ここでは、最も一般的なn−アルカンの同族体系列が基準物質である場合について考える。
図2に示すクロマトグラムにおいて、炭素数がn及びn+iであるn−アルカンのピークCn及びCn+iの保持時間がそれぞれtR(n)、tR(n+i)であり、CnとCn+iとの間にピークが存在する未知成分Xの保持時間がtR(x)であるとする。カラム温度を一定レートで上昇させる昇温分析の場合、未知成分Xの保持指標RIxは次の(1)式で定義される。
RIx=[(tR(x)−tR(n))/(tR(n+i)−tR(n))]・100・i+100・n …(1)
【0004】
保持指標はカラムの種類やカラム温度条件などにより変化するため、基準となる保持指標(基準保持指標)は、或る一定条件の下で標準試料をGC分析して得られたデータに基づいて算出される。未知試料を定性分析する際には、基準保持指標の決定時と同一の条件の下で未知試料のGC分析が実行されてデータが採取され、得られたクロマトグラムに現れるピーク成分について計算される保持指標と基準保持指標とを比較することで化合物の同定が行われる。このような定性分析の精度を高めるには、保持指標が常に一定であることが望ましい。
【0005】
保持指標は保持時間に比べると、キャリアガスの種類やガス流量などの条件の影響を遙かに受けにくいものの、そうした条件が変化したときに全く変化しないというわけではない。例えば非特許文献1などにおいては、カラムが同一でカラムオーブンの温度プログラムも同一である条件の下でも、カラムを流れるキャリアガスの平均線速度の相違によって保持指標は変化するとの報告がなされている。一般的に、キャピラリカラムを流れるキャリアガスの線速度が大きくなると保持指標は減少する傾向にあることが知られている。そのため、基準保持指標を利用して正確な定性分析を行うためには、キャリアガスの平均線速度を一定に保つようなキャリアガス制御を行うことが好ましい。近年では、キャリアガスの線速度一定制御が可能なGC装置が容易に入手できるようになり、異なるGC装置であっても、互いに利用可能な安定した保持指標を容易に得ることができるようになっている。その結果、基準保持指標を利用した定性分析は広く普及している(例えば非特許文献2参照)。
【0006】
ところで、多成分一斉分析等でよく利用されるキャピラリカラムは、試料中の難揮発性成分により汚染され、使用に伴って性能が劣化してくることが多い。通常、そうした場合には、特に汚染がひどいカラムの入口部分を切除するメンテナンス作業が行われる。上述したようにキャリアガスの平均線速度を一定に維持することが可能なGC装置では、カラム長さを計算して平均線速度が自動的に一定に保たれるようなキャリアガス制御が行われるが、分析対象の化合物によっては、同じ線速度であってもカラム長が短くなった場合に、保持指標が基準保持指標から多少ずれてしまうことがある。そのため、カラム一部切除作業後に、基準保持指標を利用した定性分析の精度が低下してしまうという問題があった。
【0007】
また、カラムを同種類のものに交換する場合でも、カラム長や内径が完全に同一で、液相厚も同一であるようなカラムは存在しない。そのため、カラム交換後にキャリアガスの線速度をカラム交換前と同一にしても、得られる保持指標が基準保持指標から若干ずれてしまい、定性分析の精度に影響を及ぼすことがあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平11−201960号公報
【特許文献2】特開2006−292446号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】マリイッタ・コッコ(Mariitta Kokko)、「エフェクト・オブ・バリエイションズ・イン・ガス・クロマトグラフィック・コンディションズ・オン・ザ・リニア・リテンション・インディシーズ・オブ・セレクテッド・ケミカル・ワーフェア(Effect of variations in gas chromatographic conditions on the linear reaction indices of selected chemical warfare)」、ジャーナル・オブ・クロマトグラフィ(Journal of Chromatography)、630(1993)、p.231-249
【非特許文献2】「GC/MS用農薬ライブラリ」、[online]、株式会社島津製作所、[平成23年3月7日検索]、インターネット<URL: http://www.an.shimadzu.co.jp/gcms/agri.htm>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は上記課題に鑑みて成されたものであり、その目的とするところは、カラムの交換作業やカラムの一部切除作業などがなされた場合でも、そうした作業前に得られる保持指標からのずれが小さい、再現性の高い保持指標を得ることができるGC装置及びGC分析方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前述したように、キャピラリカラムを用いたGC装置では、カラム長及びカラム温度条件が同一であっても、キャリアガスの平均線速度を上げると保持指標が下がる傾向にあることが知られているものの、そのメカニズムが理論的に解明されているわけではなく、定量的な解析もなされていない。これに対し本願発明者は、実験の積み重ねによって、キャリアガスの平均線速度の変化と基準保持指標に対する保持指標の変化の比率とがほぼ直線的な関係にあることを見い出した。そして、その関係を利用して平均線速度を適切に調整することにより、カラムの長さや内径、液相厚などの変化に伴って生じる保持指標のずれを補償することができることに着目し、本発明を想到するに至った。
【0012】
上記課題を解決するために成された第1発明は、キャピラリカラムに流すキャリアガスの平均線速度を制御目標値に保つように線速度一定のキャリアガス制御を行うことが可能なガスクロマトグラフ装置を用いたガスクロマトグラフ分析方法であって、
a)平均線速度を基準値から変化させたときの基準保持指標からの保持指標の変化の比率とその平均線速度の変化量との直線的な関係を示すパラメータを、ずれ補償情報として、少なくとも1つの化合物について取得するずれ補償情報取得ステップと、
b)平均線速度を基準値に設定して前記化合物についてガスクロマトグラフ分析を実行して得られる保持指標が基準保持指標からずれている場合に、その基準保持指標に対する保持指標のずれの比率を求め、該比率と前記ずれ補償情報とを用い、基準保持指標を得るための平均線速度を算出する線速度演算ステップと、
c)前記線速度演算ステップで算出された平均線速度を制御目標値に設定して線速度一定のキャリアガス制御を行いつつガスクロマトグラフ分析を実行する分析実行ステップと、
を有することを特徴としている。
【0013】
また上記課題を解決するために成された第2発明に係るガスクロマトグラフ分析装置は、キャピラリカラムに流すキャリアガスの平均線速度を制御目標値に保つように線速度一定のキャリアガス制御を行うことが可能なガスクロマトグラフ装置であって、
a)平均線速度を基準値から変化させたときの基準保持指標からの保持指標の変化の比率とその平均線速度の変化量との直線的な関係を示すパラメータを、ずれ補償情報として、少なくとも1つの化合物について記憶しておくずれ補償情報記憶手段と、
b)平均線速度を基準値に設定して前記化合物についてガスクロマトグラフ分析を実行して得られる保持指標が基準保持指標からずれている場合に、その基準保持指標に対する保持指標のずれの比率を求め、該比率と前記ずれ補償情報記憶手段に記憶されている情報とを用い、基準保持指標を得るための平均線速度を算出する線速度演算手段と、
c)ガスクロマトグラフ分析を実行する際に、前記線速度演算手段で算出された平均線速度を制御目標値に設定して線速度一定のキャリアガス制御を行う制御手段と、
を備えることを特徴としている。
【0014】
基準保持指標は例えば、キャリアガスの平均線速度が基準平均線速度一定であって、且つカラム温度(カラムが内装されたカラムオーブンの温度)が所定の昇温プログラムに従うという条件の下で、標準試料を測定した結果に基づいて決定されるものである。
【0015】
上述したように本願発明者の検討によれば、カラムやカラム温度条件が同一である場合に、キャリアガスの平均線速度δvと、基準保持指標に対する保持指標の変化の比率δRIとはほぼ直線的な関係で、且つ、δvの増加に対して比率δRIは減少する関係となる。したがって、この両者の関係は次の(2)式で近似できる。
δRI=−A・δv …(2)
ここでAは、δRIとδvとの直線的な関係の傾きを示す、化合物によって異なる定数であり、実験的に求めることができるものである。キャリアガスの平均線速度が基準値(基準平均線速度)VsからVxに変化したときに、保持指標が基準保持指標RIsからRIxに変化したとすると、(2)式は次の(3)式に書き換えることができる。
(RIs−RIx)/RIs=−A・(Vx−Vs) …(3)
【0016】
例えばカラムが同一種類の他のカラムに交換された場合やカラムの一部が切除されてカラム長が変化した場合、化合物によっては、基準平均線速度の下で得られる保持指標が基準保持指標からずれる。(2)式及び(3)式の関係によれば、基準保持指標RIsからの保持指標のずれは平均線速度を基準平均線速度Vsから意図的にずらすことにより補償できることが分かる。そこで、本発明に係るガスクロマトグラフ装置では例えば、或る化合物について得られる定数Aを、ずれ補償情報としてずれ補償情報記憶手段に記憶させておく。ここで用いる化合物は、保持指標を利用した定性分析を行う化合物であれば特に問わないが、定数Aの正確性を高めるために、平均線速度の変化に対する保持指標の変化の度合いが大きいものであることが好ましい。
【0017】
カラム交換やカラム一部切除などの作業が行われて、基準平均線速度において基準保持指標が得られない状態になったとき、線速度演算手段は、上記ずれ補償情報である定数Aを含む(3)式に、その化合物の基準保持指標RIs、実測による保持指標RIx、及び基準平均線速度Vsを代入することにより、平均線速度Vxを導出する。これが保持指標のずれを補償して基準保持指標を得るための平均線速度であるから、制御手段は、算出された平均線速度Vxを制御目標値に設定して線速度一定のキャリアガス制御を行いつつ、GC分析を実行する。それにより、カラム交換やカラム一部切除などに伴う保持指標のずれが補償され、基準保持指標が再現性よく得られることになる。
【0018】
なお、定数Aの値は化合物によって異なるものの、化合物が相違しても(2)式のような直線的な関係は維持される。そのため、平均線速度Vxを算出する際に用いた化合物以外の化合物に対しても、同じ平均線速度Vxを用いることで保持指標のずれは補償される。それ故に、例えば農薬分析や薬物分析等の多成分一斉分析に際し本発明を適用すれば、多成分のそれぞれの保持指標のずれを一斉に補償し、基準保持指標を用いた定性が精度よく行える。
【0019】
第2発明に係るガスクロマトグラフ装置においては、当該装置の製造メーカやユーザ以外の第3者(例えば定性用データベースの提供メーカなど)が、標準試料などに対するGC分析を予め行い、これにより取得したデータに基づいて算出されたずれ補償情報をずれ補償情報記憶手段に格納しておくものとすることができる。即ち、GC分析により取得されたデータに基づいてずれ補償情報を求める機能は、ずれ補償情報記憶手段自体が必ずしも有している必要はない。もちろん、ずれ補償情報記憶手段にこうした機能を内蔵させ、所定条件の下でGC分析により取得されたデータに基づいてずれ補償情報を自動的に生成し、これを記憶部に格納できるようにしてもよい。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係るガスクロマトグラフ分析方法及びガスクロマトグラフ装置によれば、キャピラリカラムの一部切除やカラムの交換など、保持指標に影響を及ぼす何らかの変更が加えられた場合でも、線速度一定制御のための制御目標値を適宜調整することによって、基準保持指標からの保持指標のずれを実質的になくす又は小さくすることができる。それにより、基準保持指標を利用して未知成分の定性を行う際の信頼性を高めることができる。また特に本発明によれば、GCやGC/MSにおける多成分一斉分析の際に分析対象成分の保持指標のずれを一斉に補償することができるので、ユーザにとっては、保持指標ずれ補償のために余計な手間を掛けることなく、高い信頼性を有する結果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の一実施例によるガスクロマトグラフ装置の要部の構成図。
【図2】本発明における保持指標ずれ補償のための手順を示すフローチャート。
【図3】一般的な保持指標の説明図。
【図4】キャリアガスの平均線速度と基準保持指標に対する保持指標の変化率との関係の実測結果を示す図。
【図5】平均線速度47cm/sにおける各カラム長での保持指標の実測値。
【図6】カラム長が30mと26mとの場合における各平均線速度での保持指標の実測値。
【発明を実施するための形態】
【0022】
まず、実測例に基づいて、本発明に係るガスクロマトグラフ分析方法における保持指標ずれ補償の原理と手順とを説明する。
【0023】
非特許文献2のライブラリに収録されている各種農薬成分に対するガスクロマトグラフ質量分析を以下の分析条件の下で実行し、その結果から各成分の保持指標をそれぞれ求めた。
・分析装置:島津製作所製 GCMS-QP2010シリーズ
・カラム:米国レステック(Restek)社製 Rtx-5MS(30m×0.25mm I.D.,df=0.25μm)、
・GC試料注入:スプリットレス(気化室温度:250℃、サンプリング時間:1分)、高圧注入法
・キャリアガス:ヘリウム
・キャリアガス制御モード:線速度一定モード(基準平均線速度:47cm/s)
・カラムオーブン温度:50℃、1分保持→25℃/分で125℃まで昇温→10℃/分で300℃まで昇温→300℃、10分保持
・GC/MSインタフェイス温度:250℃
・質量(m/z)走査範囲:m/z50−460
【0024】
上記のように元々の(つまり未使用品の)カラム長は30mであるが、このカラムを30mから1mずつ切除して短くしていったときの、各カラム長における各成分の保持指標を実測により求めた。その結果を図5に示す。この結果によれば、カラム長30mにおける保持指標RI(L=30)とカラム長26mにおける保持指標RI(L=26)との差異(ずれ)は成分によって異なり、最小で0、最大で7であって、平均は2.9である。
【0025】
一方、カラム長が30mである状態で、キャリアガスの平均線速度を基準平均線速度である47cm/sから変化させたときの保持指標の変化を実測した。図5中に下線を引いた、1、19、26、29、及び46の番号がふられた5種類の成分について、平均線速度の変化と基準平均線速度(47cm/s)における保持指標(基準保持指標)からの保持指標の変化の比率(変化率)との関係の実測結果を図4に示す。この変化率は上記(3)式の左辺に相当するパラメータである。
【0026】
図4で明らかなように、同じ平均線速度の変化量に対する保持指標の変化率は成分によって異なる。この例の5種類の成分の中では、キノメチオネート(Chinomethionat)が最大の変化率を示す一方、ジクロルボス(Dichorvos)は殆ど保持指標が変化しないと言える。また、成分に依らず、保持指標の変化率は平均線速度の変化に対してほぼ直線的であるとみなすことができることも分かる。このことから、平均線速度と保持指標変化率との直線的な関係を示す傾きをAとして、上記の(3)式の関係が成り立つことが分かる。この(3)式で得られる平均線速度Vxが基準保持指標RIsを得るために必要な平均線速度である。
【0027】
図4において、最も大きな保持指標変化率を与える成分であるキノメチオネートについて、特に平均線速度の変化と保持指標変化率との関係の直線性が高い範囲に含まれる、37cm/sと47cm/sの2点に対する保持指標の変化から(2)式のAを求め、これを(3)式に適用すると次の(4)式が得られる。
(RIs−RIx)/RIs=−0.05×(Vx−Vs) …(4)
この(4)式が、キノメチオネートを用い保持指標ずれを補償するための平均線速度を算出する演算式である。
【0028】
図5中に示されているように、基準平均線速度の下でカラム長30mで得られているキノメチオネートの保持指標、つまり基準保持指標は2136であり、それと同じ平均線速度でカラム長26mで得られる同成分の保持指標は2130である。そこで、RIs=2136、RIx=2130、Vs=47cm/sとして、これらを(4)式に代入して平均線速度Vxを求めると、41.4cm/sと求まる。これが、カラム長が26mであるときに基準保持指標を取得するのに必要な平均線速度である。
【0029】
上記手法が適切であることを確認するために、カラム長を26mに短縮したキャピラリカラムを利用し、キャリアガスの平均線速度を40、41、42、43、44cm/sにそれぞれ設定してGC/MS分析を実行し、各成分の保持指標を求めた結果が図6である。図6中に示す□が基準保持指標からの保持指標のずれである。例えば、41cm/sの平均線速度をみると、図中に下線を引いて示したように、キノメチオネートにおける保持指標のずれは0となっており、上記のように算出された41.4cm/sという平均線速度が保持指標のずれを補償するのに最適な(又は最適に近い)値であることが確認できる。
【0030】
ここで注目すべきことは、41cm/sの平均線速度において、キノメチオネート以外の成分の保持指標のずれもほぼ0(最大でも1又は−1)になっていることである。上述した平均線速度41.4cm/sという値はキノメチオネートの測定結果から導いた値であるが、この値は他の成分の保持指標ずれを補償するためにも有効であると言える。これは、キノメチオネート以外の他の成分においても、直線の傾きを示すAの値は異なるものの、(2)式、(3)式のような直線的な関係が成り立っているためである。したがって、或る1つの成分の測定結果を用いて保持指標のずれを補償するべく求めた平均線速度の値を用いてキャリアガスの線速度一定制御を行いつつGC分析を実行することで、他の成分の保持指標のずれも同時に補償することが可能である。これにより、多成分一斉分析法に本発明を適用して、多成分のそれぞれの保持指標のずれをそれぞれ適切に補償する(基準保持指標からのずれを小さくする)ことができる。
【0031】
もちろん、或る1つの成分の測定結果のみを用いて保持指標のずれを補償するための平均線速度を求めるのではなく、複数の成分の測定結果を用いることで、多成分の保持指標のずれを補償するためにより適切な平均線速度を得ることができる。但し、適切な定数Aを求めるためには、平均線速度の変化に対する保持指標変化率ができるだけ大きな成分を用い、且つ、上述したように、平均線速度と保持指標変化率との関係の直線性が高い範囲を選んで定数Aを決めるようにするとよい。
【0032】
具体的には、図2のフローチャートに示す手順で、カラム長の変化等に伴う保持指標のずれを補償するような分析を行うことができる。
基準保持指標が既知である(又は既に測定済みである)少なくとも1つの成分を用い、基準保持指標取得時と同一のカラム条件、昇温条件の下で、キャリアガスの平均線速度を基準平均線速度から変化させたときの保持指標の変化を実測する(ステップS1)。そして、この実測結果を用い、図4に示したような平均線速度の変化と基準保持指標に対する保持指標の変化率との関係を求め、(2)式を用いて傾きを示す定数Aを算出する。この定数Aを保持指標ずれを補償する情報として記憶しておく(ステップS2)。
【0033】
なお、ステップS1、S2の作業(図2中のaの範囲)は、必ずしもユーザ側で行う必要はなく、例えばGC装置を製造するメーカ側において行うことが可能な作業である。その場合、定数Aが内部に予め記録された装置がユーザに提供(販売)されることになる。或いは、制御ソフトウエアへの追加プログラム等の形式で、あとからユーザに提供することも可能である。
【0034】
また、或る1つの成分の測定結果から定数Aを決定するのではなく、適切な複数の成分の測定結果を利用して定数Aを決めるようにしてもよい。
【0035】
例えばカラムの一部切除やカラム交換などの作業が行われ、保持指標が基準保持指標からずれた可能性がある場合にはステップS3〜S7を実行する。即ち、基準保持指標取得時と同一の昇温条件、基準平均線速度の下で、定数Aを算出する際に使用された成分のGC分析を実行し、取得されたデータに基づいて保持指標を求める(ステップS3)。ここで得られた保持指標がその成分の基準保持指標と一致していれば(ステップS4でYes)、上記作業に伴う保持指標のずれはないか無視できる程度であるから、基準平均線速度をキャリアガス線速度一定制御の制御目標値に設定する(ステップS7)。
【0036】
これに対し、得られた保持指標がその成分の基準保持指標と一致しない場合(ステップS4でNo)、つまり、保持指標にずれが生じている場合には、その成分の基準保持指標、その時点での実測結果に基づく保持指標、基準平均線速度、及び、上記のように記憶してある定数A、を(3)式に適用し、平均線速度Vxを算出する(ステップS5)。そして、基準平均線速度ではなく、算出した平均線速度Vxをキャリアガス線速度一定制御の制御目標値に設定する(ステップS6)。
【0037】
そして、ステップS6、S7のいずれの場合にも、未知試料等の試料に対するGC分析を実行する際には、基準保持指標取得時と同一の昇温条件でキャリアガス線速度一定制御を行い、データを収集する(ステップS8)。そして、そのデータに基づいて作成されるクロマトグラムに現れる各ピークの保持指標を計算し、様々な成分の基準保持指標との比較により定性分析を行う(ステップS9)。カラムの一部切除やカラム交換などの作業により保持指標がずれた場合でも、キャリアガスの平均線速度が調整されることでそのずれが補償されるので、基準保持指標を利用して精度の高い定性が可能となる。
【0038】
次に、上記のような保持指標ずれの補償を行う機能を有するGC装置の一実施例について、添付図面を参照して説明する。図1は本実施例によるGC/MSの要部の構成図である。
【0039】
図1において、カラムオーブン11内に設置されたキャピラリカラム10の入口には試料気化室1が設けられ、キャピラリカラム10の出口には図示しないインタフェイスを介して質量分析計12が検出器として接続されている。例えば無極性や微極性のカラムを用いるのが好ましく、通常のGC装置の場合には、質量分析計の代わりに別の、例えばFIDなどの検出器を用いればよい。試料気化室1には、フロー制御部3が設けられたキャリアガス流路2と、抵抗管(又はニードルバルブなど)5が設けられたパージ流路4と、制御バルブ8が設けられたスプリット流路7とが接続されている。パージ流路4上で試料気化室1と抵抗管5との間には、試料気化室1内のガス圧を検出する圧力センサ6が接続されている。
【0040】
分析制御部25の制御の下にフロー制御部3により所定流量に制御されたキャリアガス(例えばヘリウム)がキャリアガス流路2から試料気化室1に送られ、そのごく一部は、試料気化室1を密封するためのセプタムから出る不所望のガスを伴ってパージ流路4を経て排出される。スプリット分析の場合には制御バルブ8は開放され、試料気化室1に供給されるキャリアガスは設定されたスプリット比で分割されて一部がキャピラリカラム10に送られる。一方、スプリットレス分析の場合には制御バルブ8は閉鎖され、パージ排気を除いて試料気化室1に供給されるキャリアガスはキャピラリカラム10に送られる。
【0041】
所定のタイミングでインジェクタ9より試料気化室1内に少量の液体試料が注入されると、液体試料は短時間で気化してキャリアガス流に乗ってキャピラリカラム10内に送り込まれる。キャピラリカラム10はカラムオーブン11により一定温度に維持されたり(恒温分析の場合)、或いは所定の昇温プログラムに従って昇温制御されたり(昇温分析の場合)する。キャピラリカラム10を通過する間に液体試料に含まれる各種化合物はカラム10の長手方向に分離され、時間的にずれてカラム10から流出して質量分析計12により検出される。
【0042】
質量分析計12の検出信号はデータ処理部20に送られ、ここでクロマトグラム(トータルイオンクロマトグラム、マスクロマトグラム)やマススペクトルが作成され、さらに所定のデータ処理が実行されることで定性分析や定量分析が遂行される。データ処理部20は、本実施例に特徴的な機能ブロックとして、ずれ補償用パラメータ算出部21、パラメータ記憶部22、線速度算出部23、化合物ライブラリ24などを含む。化合物ライブラリ24には、様々な化合物について定性分析に必要な情報として、構造式、マススペクトル、基準保持指標などが収録されている。分析制御部25は各部の動作を制御することで、GC/MS分析動作を達成する。分析制御部25やデータ処理部20の機能の多くは、例えばパーソナルコンピュータ上で所定の制御・処理プログラムを動作させることにより具現化される。
【0043】
このGC/MSにおいて保持指標ずれの補償を行う際の動作を説明する。保持指標ずれの補償を行うために必要なパラメータである定数Aを算出する際には、分析制御部25は、化合物ライブラリ24に収録されている特定の成分が含まれる試料に対して、ステップS1で説明したようなGC/MS分析を実行するように各部を制御する。ずれ補償用パラメータ算出部21はこの分析により収集されたデータに基づいて、平均線速度の変化と保持指標変化率との直線的な関係を示す定数Aを算出し、この定数Aをパラメータ記憶部22に記憶する。なお、上述したように、製造メーカ側において定数Aを求める作業を行う場合には、データ処理部20にずれ補償用パラメータ算出部21の機能は不要であり、予め算出された定数Aが格納されたパラメータ記憶部22を備えればよい。
【0044】
キャピラリカラム10の入口端の切除やキャピラリカラム10の交換などの作業が行われた後に、ユーザが図示しない操作部から所定の操作を実行すると、分析制御部25は、化合物ライブラリ24に収録されている上記特定の成分が含まれる試料に対して、ステップS3で説明したようなGC/MS分析を実行するように各部を制御する。線速度算出部23はこの分析により収集されたデータに基づいて、上記ステップS4〜S7の処理を実行し、特定成分の保持指標がずれている場合に、このずれを補償し得るような平均線速度を計算する。即ち、或るカラム条件(例えばカラム長)で基準保持指標が得られるような平均線速度が自動的に算出される。
【0045】
化合物ライブラリ24に収録されている基準保持指標を用いた定性分析を行うために保持指標ずれの補償を実際に行う場合には、分析制御部25は線速度算出部23において上記のように計算された平均線速度を制御目標値に設定してキャリアガスの線速度一定制御を行うようにフロー制御部3を制御する。また、カラムオーブン11の昇温プログラムを基準保持指標決定時と同一に設定する。このような条件の下で、例えば多数の農薬成分が含まれる可能性がある未知試料をGC/MS分析しデータを収集し、データ処理部20はそのデータに基づいてクロマトグラムに現れる各ピークの保持指標を算出して化合物ライブラリ24に収録されている基準保持指標と比較することで定性分析を行う。各成分の保持指標は基準保持指標とほぼ同じになるから、未知試料に含まれる成分は高い精度で同定され、成分の含有の有無を高い信頼性をもって調べることが可能となる。
【0046】
なお、上記実施例は本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨に沿った範囲で適宜変形や修正を行うことができることは明らかである。
【符号の説明】
【0047】
1…試料気化室
2…キャリアガス流路
3…フロー制御部
4…パージ流路
5…抵抗管
6…圧力センサ
7…スプリット流路
8…制御バルブ
9…インジェクタ
10…キャピラリカラム
11…カラムオーブン
12…質量分析計
20…データ処理部
21…補償用パラメータ算出部
22…パラメータ記憶部
23…線速度算出部
24…化合物ライブラリ
25…分析制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キャピラリカラムに流すキャリアガスの平均線速度を制御目標値に保つように線速度一定のキャリアガス制御を行うことが可能なガスクロマトグラフ装置を用いたガスクロマトグラフ分析方法であって、
a)平均線速度を基準値から変化させたときの基準保持指標からの保持指標の変化の比率とその平均線速度の変化量との直線的な関係を示すパラメータを、ずれ補償情報として、少なくとも1つの化合物について取得するずれ補償情報取得ステップと、
b)平均線速度を基準値に設定して前記化合物についてガスクロマトグラフ分析を実行して得られる保持指標が基準保持指標からずれている場合に、その基準保持指標に対する保持指標のずれの比率を求め、該比率と前記ずれ補償情報とを用い、基準保持指標を得るための平均線速度を算出する線速度演算ステップと、
c)前記線速度演算ステップで算出された平均線速度を制御目標値に設定して線速度一定のキャリアガス制御を行いつつガスクロマトグラフ分析を実行する分析実行ステップと、
を有することを特徴とするガスクロマトグラフ分析方法。
【請求項2】
キャピラリカラムに流すキャリアガスの平均線速度を制御目標値に保つように線速度一定のキャリアガス制御を行うことが可能なガスクロマトグラフ装置であって、
a)平均線速度を基準値から変化させたときの基準保持指標からの保持指標の変化の比率とその平均線速度の変化量との直線的な関係を示すパラメータを、ずれ補償情報として、少なくとも1つの化合物について記憶しておくずれ補償情報記憶手段と、
b)平均線速度を基準値に設定して前記化合物についてガスクロマトグラフ分析を実行して得られる保持指標が基準保持指標からずれている場合に、その基準保持指標に対する保持指標のずれの比率を求め、該比率と前記ずれ補償情報記憶手段に記憶されている情報とを用い、基準保持指標を得るための平均線速度を算出する線速度演算手段と、
c)ガスクロマトグラフ分析を実行する際に、前記線速度演算手段で算出された平均線速度を制御目標値に設定して線速度一定のキャリアガス制御を行う制御手段と、
を備えることを特徴とするガスクロマトグラフ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−185090(P2012−185090A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−49427(P2011−49427)
【出願日】平成23年3月7日(2011.3.7)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)