説明

ガス導管内の物性変化推定プログラム、物性変化推定装置、及び物性変化推定方法

【課題】ガスの輸送導管を成分の異なる複数種類のガス輸送に使用する場合における導管内の物性変化推定プログラムであって、ガスの混合比が変化した場合の導管下流側における濃度変化を、低コストでかつ適確に把握することのできる物性変化推定プログラム等を提供する。
【解決手段】ガス導管内を流れる互いに種類の異なるガスの混合比を変更させた場合における、ガスの物性変化挙動を推定する処理をコンピュータに実行させる物性変化推定プログラムが、推定開始後の各時刻において、推定処理の対象範囲を所定長さで分割した第一分割領域毎に、混合比に基づいて、ガスの流速を求めるステップと、前記第一分割領域を更に分割した第二分割領域毎に、流速に基づいて混合比を求めるステップとを、前記コンピュータに実行させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスの輸送導管を成分の異なる複数種類のガス輸送に使用する場合における、導管内の物性変化推定プログラム等に関し、特に、ガスの混合比が変化した場合の導管下流側における濃度変化を、低コストでかつ適確に把握することのできる物性変化推定プログラム等に関する。
【背景技術】
【0002】
都市ガスは、地域に張り巡らせたガス導管網を経由して、ガス製造工場等のガス供給元からガスを使用するガス消費設備等へ供給される。また、供給する都市ガスは、複数の地域から産出され組成のバラツキがある天然ガスに、LPG、ブタン、プロパンなどを混合して熱量が一定になるように調整がなされる。しかし、ガスの輸送導管の有効活用や、ガス輸送導管を持たない事業者への公平な参入機会の創出などの要請から、複数の地域から産出した天然ガスをそのままガス導管網に導入するなど、熱量がそれぞれ異なる複数種類のガスがガス導管網に導入されることもある。
【0003】
また、今後は、益々エネルギーの多様化の要請が高まり、ガス導管網をこれまで以上に性状の異なる異種ガスの輸送に使用することが考えられる。さらに、ガス供給の新規参入者等のガス輸送を代行する託送に、ガス導管網が利用される頻度が多くなることが予想され、これによってもガス導管網において、性状のかなり異なるガスの輸送を行なう機会が増えると考えられる。
【0004】
このような状況では、ガス導管内を流れるガスの性状が変化する機会が増え、そのような場合には、供給されるガスを消費する設備等においては、ガスの性状が大きく変化する場合があり、その変化挙動を適確に把握しなければ設備の運転に支障をきたしたり、危険が生じてしまう場合もある。
【0005】
そこで、下記特許文献1では、輸送するガスの置換、混合比の変更による導管内の物性変化挙動を所定の拡散方程式を用いて求めることについて提案がなされている。
【0006】
また、下記特許文献2には、上記拡散方程式における拡散定数を、導管内のガス流れが属する各領域毎に定められた所定の関係式によって決定される技術が開示されている。
【0007】
また、下記非特許文献1では、配管破断事故後に生じる自然循環の特性を調べるための、2成分気体の拡散と自然循環に関する研究について示され、下記非特許文献2には、ガスパイプラインの非定常流解析シミュレーションについて示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2006−336795号公報
【特許文献2】特開2008−240864号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】武田哲明、菱田誠、「2成分気体の拡散と自然循環に関する研究」、日本機械学会論文集、1989年8月、55巻、516号、p.2795−2799
【非特許文献2】山根総一郎、佐藤律夫、「ガスパイプライン異種ガス対応非定常流解析シミュレータの開発」、JFE技報、2006年11月、No.14、p.60−64
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上記特許文献1、2に記載の方法は、導管内の流速、導管の内径等の仕様が一定である場合、推定開始時の異種ガスの界面が単純な形状をしている場合に適用可能であり、適用範囲が限られるという課題があった。
【0011】
また、上記非特許文献1に記載の方法は、対象範囲が層流であり導管内の流れが乱流である場合には対応できず、また、管の長さが短い場合を対象としているので、対象が上述したガスの輸送導管(網)のように長い場合には、解析のための手法が計算負荷の面で向いていない。
【0012】
また、上記非特許文献2に記載の方法では、気体の移流のみによる効果が反映され、気体の拡散が考慮されていないので、推定結果の精度に課題がある。
【0013】
そこで、本発明の目的は、ガスの輸送導管を成分の異なる複数種類のガス輸送に使用する場合における導管内の物性変化推定プログラムであって、ガスの混合比が変化した場合の導管下流側における濃度変化を、低コストでかつ適確に把握することのできると共に、様々な条件下における実際のケースに使用可能な物性変化推定プログラム、等を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記の目的を達成するために、本発明の一つの側面は、ガス導管内を流れる互いに種類の異なるガスの混合比を変更させた場合における、前記ガス導管内を流れるガスの物性変化挙動を推定する処理をコンピュータに実行させる物性変化推定プログラムが、前記推定開始後の各時刻において、前記推定処理の対象範囲を所定長さで分割した第一分割領域毎に、前記混合比に基づいて、前記ガスの流速を求める流速決定ステップと、前記第一分割領域を更に分割した第二分割領域毎に、前記流速に基づいて前記混合比を求める(すなわち、界面が存在する領域については界面形状を求める)混合比決定ステップとを、前記コンピュータに実行させる、ことである。
【0015】
更に、上記の発明において、その好ましい態様は、前記混合比決定ステップは、前記混合比が変化する部分である界面が存在する領域について実行される、ことを特徴とする。
【0016】
また、上記の発明において、好ましい態様は、更に、少なくとも、前記第二分割領域毎の前記ガス導管の仕様と、前記推定開始時における前記ガス導管の各位置における前記混合比と、前記ガス導管の最上流における前記ガスの流速及び圧力を取得するステップを、前記コンピュータに実行させ、前記流速決定ステップと前記混合比決定ステップにおいて、当該取得された情報が用いられる、ことを特徴とする。
【0017】
更に、上記の発明において、一つの態様は、前記ガス導管の最上流におけるガスの流速及び圧力は、時間を変数とする関数として取得される、ことを特徴とする。
【0018】
更にまた、上記の発明において、好ましい態様は、前記流速決定ステップは、運動方程式に基づいて実行され、前記第混合比決定は、移流拡散方程式に基づいて実行される、ことを特徴とする。
【0019】
更に、上記の発明において、その好ましい態様は、前記流速決定ステップは、モル密度保存式に基づいて実行される、ことを特徴とする。
【0020】
上記の目的を達成するために、本発明の別の側面は、ガス導管内を流れる互いに種類の異なるガスの混合比を変更させた場合における、前記ガス導管内を流れるガスの物性変化挙動を推定する物性変化推定装置が、前記推定のための条件を受け付ける入力部と、前記推定のためのデータを格納する格納部と、前記入力部が受け付ける条件と前記格納部が格納するデータに基づいて、前記推定開始後の各時刻において、前記推定の対象範囲を所定長さで分割した第一分割領域毎に、前記混合比に基づいて、前記ガスの流速を求め、前記第一分割領域を更に分割した第二分割領域毎に、前記流速に基づいて前記混合比を求める推定処理部と、を有する、ことである。
【0021】
上記の目的を達成するために、本発明の更に別の側面は、ガス導管内を流れる互いに種類の異なるガスの混合比を変更させた場合における、前記ガス導管内を流れるガスの物性変化挙動を推定する物性変化推定装置における物性変化推定方法において、前記物性変化推定装置は、前記推定のための条件を受け付ける入力部と、前記推定のためのデータを格納する格納部と、推定処理部とを備え、前記推定開始後の各時刻において、前記入力部が受け付ける条件と前記格納部が格納するデータに基づいて、前記推定処理部が、前記推定の対象範囲を所定長さで分割した第一分割領域毎に、前時刻で求めた前記混合比に基づいて、前記ガスの流速を求める工程と、前記推定処理部が、前記第一分割領域を更に分割した第二分割領域毎に、前記求めた流速に基づいて前記混合比を求める工程を有する、ことである。
【0022】
本発明の更なる目的及び、特徴は、以下に説明する発明の実施の形態から明らかになる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明を適用したガス導管内の物性変化推定プログラム等の対象となるガス導管網を例示した図である。
【図2】本実施の形態例に係る手法を説明するための図である。
【図3】図2に示した場合における、混合比の変更後の濃度変化挙動を例示した図である。
【図4】本実施の形態例に係る物性変化推定装置の構成図である。
【図5】本物性変化推定装置10による処理の流れを例示したフローチャートである。
【図6】本推定計算で用いるメッシュを説明するための図である。
【図7】初期の界面形状C(x)について説明するための図である。
【図8】本物性変化推定装置10による推定計算の結果の一例を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態例を説明する。しかしながら、かかる実施の形態例が、本発明の技術的範囲を限定するものではない。なお、図において、同一又は類似のものには同一の参照番号又は参照記号を付して説明する。
【0025】
図1は、本発明を適用したガス導管内の物性変化推定プログラム等の対象となるガス導管網を例示した図である。本発明を適用した物性変化推定プログラム等の実施の形態例は、図1に示すガス導管網1のような複数種類のガス輸送に用いられるガス導管網において、輸送するガスの置換、混合比の変更を行なった際の、導管内の物性変化の挙動を、導管をサイズの異なる2種類のメッシュに分割して数値解析し、従来法よりも柔軟でかつ適確な推定を、効率良く実行しようとするものである。
【0026】
まず、図1に例示した推定の対象となる設備について説明する。図1に示すガス供給元2は、ガス導管網1内に設置されるガス製造工場(2a、2c)、または、ガス導管網1外のガス製造工場やその他のガス供給源(2b)であり、当該ガス導管網1について複数存在する。また、ガス消費設備3は、前記ガス供給元2から供給されるガスを使用する燃焼装置等の設備とその設置箇所を表しており、これも当該ガス導管網1に複数存在する(図1の例では、3a〜3e)。
【0027】
これらガス供給元2から送られるガスは、ガス導管網1を経由して各ガス消費設備3へ供給されるが、各ガス供給元2から送られるガスの性状及び量、各ガス消費設備3におけるガス消費量などにより、ガス導管網1内の各所において輸送されるガスの性状及び量は変化する。例えば、図1において、点線で囲われた部分イに着目すると、ガス導管網1のAで示す部分では、ガス供給元2aからのガス(ガスa)とガス供給元2bからのガス(ガスaとは種類(性状)の異なるガスb)の両方が流れる構造となっている。従って、当該ガス導管1の使用方法によって、Aの部分を流れるガスの性状及び量は変化することになる。
【0028】
例えば、通常はAの部分をガス供給元2aからのガスaのみの輸送に使用しているが、時々、ガス供給元2bからのガスbの託送に用いるという場合が考えられる。この場合、基本的にはガスaとガスbを混合して輸送するが、何らかの理由によってその混合比を変更する場合や、輸送されるガスをガスaからガスbに置換する場合や、ガスbの成分が変化する場合等も考えられる。
【0029】
このような、ガス導管1のAの部分に流される2種類のガスの混合比の変更は、当該2種類のガスが合流する図1のBで示す地点で発生することになるが、Aの部分に流されるガスを使用する例えばガス消費設備3aの地点(図1のC)においては、前記ガスの混合比の変更後、供給されるガスの性状が時間の経過とともに変化していくことになる。本実施の形態例に係る物性変化推定プログラム等では、このように、種類の異なるガスの混合比を変更した場合に、その下流におけるガス導管1内のガスの性状変化を推定しようとするものである。
【0030】
図2は、本実施の形態例に係る手法を説明するための図である。図2に示すのは、2種理の異なるガスa、bをそれぞれ輸送する二つの導管が合流し、合流後のガス導管1がガス消費設備3aにつながっている場合、すなわち、図1のイ部分に示した場合の例である。本実施の形態例に係る物性変化推定は、2種類のガスが合流する地点でそれらガスの混合比を変更させた際に、合流後のガス導管1内における各ガスの濃度変化を求めるものであり、より具体的には、合流後のガス導管1内に流すガスa+ガスbの中のガスbの濃度C(以下、ガスbの濃度とは合流後のガス導管1内におけるガスa+ガスbの中のガスbの濃度を指す)をαからβに変更した場合に、混合発生点(ガス導管1の軸方向の距離をxとするとx=0の地点、前記合流地点)から下流に任意の地点の、濃度の変更から任意の時間経過後における、ガスbの濃度Cを求めるものである。例えば、この手法により、混合したガスを使用するガス消費設備3aにおける(図2の消費点(x=Lの地点)における)ガス性状の時間的変化を求めることができる。具体的な推定手法については後述するが、当該推定では、上記距離x及び経過時間tの関数であるガス流速u(x,t)及びガス圧力P(x,t)を求めるステップと上記濃度Cを求めるステップが交互に実行される。
【0031】
図3は、図2に示した場合における、混合比の変更後の濃度変化挙動を例示した図である。図3の(a)の左側は、前記混合発生点(x=0)で、ガスbの濃度Cをαからβに変更した直後(t=t)における、混合発生点前後のガスbの濃度Cを表している。この濃度変更後、時間の経過とともに混合ガスはガス導管1内を下流に移動していくが、その間にガスの拡散現象により、混合比が変更された前後の混合ガス間の境目(以下、界面と呼ぶ)はぼやけたものになっていく。すなわち、当該界面はガス導管1の軸方向にある幅を有するようになる。従って、ガスbの濃度変更後、ある時間(Δt)経過後には、前記界面部分は混合発生点からΔxだけ下流に移動し、その前後におけるガスbの濃度は、例えば、図3の(a)の右側に示すような状態となる。図に示されるように、図3の(a)の左側においてロで示される部分(界面)は、前記拡散現象に伴い傾斜をもつようになる。
【0032】
図3の(b)は、図2における消費点(x=L)におけるガスbの濃度の時間的変化を例示している。図に示すように、前記界面部分の通過に伴い、消費点ではガスbの濃度がある時間をかけてαからβに変化していくと考えられる。この濃度変化の挙動を適確に捉えることは、ガス消費設備3にとって重要なことである。なお、図3の例では、混合発生点における濃度変化が瞬時にαからβに変化するという、界面の形状が単純なケースであるが、後述するように本推定方法では、初期時の界面形状がより複雑なケースであっても対応可能である。
【0033】
本実施の形態例に係る物性変化推定プログラム等は、このようなガス混合比の変更後の挙動を、すなわち、ガス導管内の任意位置、任意時間での濃度Cを、ガス導管を分割したメッシュ毎の数値計算により、適確に把握しようとするものである。
【0034】
なお、ガス濃度が100%、すなわち、そのガスだけの状態、の場合の濃度Cを1で表すものとすると、前記ガスbの濃度変更において、αが0、βが1である場合には、ガスaからガスbへ置換することを意味することになる。ここでは、かかる置換も含めてガスの混合比の変更と称することとする。
【0035】
なお、本発明におけるガス(例えば、ガスa、ガスb)とは、単成分で構成されているガス及び複数成分で構成されているガスのいずれをも意味しており、本実施の形態例におけるガスa、bについては、単成分又は複数成分のどちらであっても良い。さらに、ガスbが複数成分で構成されている場合で、ガスb中の成分変化により、ガスbからガスb’へ変化する場合には、そのガスbを構成している単成分毎に、ガスaとの合流後のガスa+ガスb’中の当該単成分毎に濃度の変化を本物性変化推定方法にて推定し、かかるのちにその成分毎の濃度から物性を求めることで、ガスbからガスb’への変化に対しての、合流後のガス導管内のガス物性変化を推定できる。
【0036】
図4は、本実施の形態例に係る物性変化推定装置の構成図である。図4に示す物性変化推定装置10が、本実施の形態例に係る物性変化推定装置であり、具体的には、パーソナルコンピューターなどのコンピュータシステムで構成することができる。入力部11は、前述した混合比の変更後の挙動を推定するために必要な各種推定条件の入力を行なうための部分である。
【0037】
例えば、混合させるガスa、b、初期状態での界面の形状、すなわち、ガス導管の各位置xにおける濃度C(x)、及び、x=0におけるガス流速u及びガス圧力Pなどが当該入力部11から物性変化推定装置10に入力される。なお、この入力部11は、当該装置の操作者が入力操作を行なうためのキーボード、マウス、ディスプレイ等、及び前記入力操作を促すための画面表示や入力されたデータの取得の処理を記述したプログラム、当該プログラムに従って処理を実行する制御装置(CPU)等で構成される。
【0038】
次に、推定処理部12は、前記入力部11から入力された推定条件等に基づいて、混合比の変更後のガス導管1内におけるガス濃度変化を推定する部分である。推定処理の具体的な内容については後述するが、当該推定処理部12が実行する数値解析の手法に大きな特徴を有している。なお、当該推定処理部12は、処理内容を記述したプログラム、当該プログラムに従って処理を実行する制御装置(CPU)等で構成される。
【0039】
データ格納部13は、前記推定処理部12が処理を実行するために必要な各種データを格納するデータ記憶手段であり、推定処理の度に操作者によって入力部11から入力しなくてはならないデータ以外のデータを格納する。例えば、本物性変化推定装置10が処理の対象とするガス導管網1の各所における導管の寸法(内径、長さ等)、輸送する各ガスの物性値(動粘度係数又は静粘度係数、等)などが予め格納される。なお、当該データ格納部13は、HDD等で構成される。
【0040】
また、出力部14は、前記推定処理部12が行なった推定処理の結果を出力する部分であり、ガス導管1の所定の箇所又は所定の時間におけるガス濃度変化の推定結果を、表形式やグラフ形式で出力する。なお、この出力部14は、ディスプレイ、プリンタへの出力インターフェース等、及び前記ディスプレイへの画面表示や前記プリンタへの出力の処理を記述したプログラム、当該プログラムに従って処理を実行する制御装置(CPU)等で構成され、前記推定結果は、画面表示や紙等への印刷という形で出力される。
【0041】
本物性変化推定装置10は、以上説明したような構成を有し、以下に示すような内容で処理を実行する。図5は、本物性変化推定装置10による処理の流れを例示したフローチャートである。
【0042】
当該装置を用いてガス導管1内のガス混合比を変更させた場合のその後の挙動を推定しようとする操作者は、まず、前述した入力部11を用いて推定処理に必要な各種の条件を入力する(ステップS1)。なお、前述のとおり、本物性変化推定装置10では、図2に示した状態を前提とした推定処理を行なうものとする。
【0043】
この推定条件の入力では、ガス導管1で輸送されるガスa、bの種類、混合比変更前後のガスbの濃度(α、β)及び初期状態における界面の形状(C(x))、初期位置(x=0)における混合ガスのガス流速u及びガス圧力P、ガス導管1の位置(ガス導管1を特定する情報)、ガス導管1内を流れるガスの温度等が入力され、ガスの濃度変化挙動を把握したい特定の位置(例えば、図2の消費点等)がある場合にはその位置を特定する情報を入力する。なお、データ格納部13に、ガス導管網1の各所における導管の寸法及び物性値、各ガスの物性値などが格納されていない場合には、これらのうち必要なデータについては操作者によって入力される。また、本推定処理における数値計算では、後述するように、ガス導管1をメッシュに分割してメッシュ毎に逐次計算を行っていくが、当該メッシュのサイズを変更可能とする場合には、操作者がメッシュサイズも合わせて入力する。
【0044】
次に、推定処理部12は、当該推定処理を行うために必要な各種データを前記データ格納部13から取得する(ステップS2)。具体的には、推定対象とするガス導管1について、その長さL、各部の内径D、及び内壁の摩擦係数λ、また、ガスa及びガスbの気体分子量Ma、Mb、普遍気体定数R、ガスの静粘度係数μ等のデータを取得する。なお、ガス導管1の各部(各メッシュ)の内径D及び摩擦係数λは、下記推定計算の過程で必要な際に取得するようにしてもよい。
【0045】
次に、推定処理部12は、以上入力されたデータと取得したデータを用いて、推定計算を実行する(ステップS3)。まず、当該推定計算で用いる式について説明する。当該推定計算では、以下に示す7つの式を用いて、各時間t及び各位置xにおけるガス濃度Cを求める。
【0046】
【数1】

【0047】
【数2】

【0048】
【数3】

【0049】
なお、上式においてKは、実験から以下のように与えられる。
K=A3uDR−0.125 (4−1)
(分子量の式)
M=Ma+(Mb−Ma)C (5)
(気体定数の式)
R=R/M (6)
(モル密度と密度の関係式)
X=ρ/M (7)
なお、上記(1)−(7)式において、各記号が表わすものは以下の通りである。
t:時間 [s]
x:流れ方向の座標(位置) [m]
u:ガス流速 [m/s]
P:ガス圧力 [Pa]
ρ:ガスの密度 [kg/m
λ:ガス導管内壁の摩擦係数 [‐]
D:ガス導管の内径 [m]
X:ガスbのモル密度 [mol/m
R:気体定数 [J/(kg・K)]
θ:ガスの温度 [K]
C:ガスbの濃度 [‐]
K:軸方向(流れ方向)の拡散係数 [m/s]
:レイノズル数 [‐]
M:ガス分子量 [kg/mol]
Ma:ガスaの分子量 [kg/mol]
Mb:ガスbの分子量 [kg/mol]
:普遍気体定数 8.134[J/(kg・K)]
A3:比例定数(例えば、2.59)
なお、レイノズル数Rは、上述したガスの静粘度係数μ、ガス導管の内径D、及びガスの密度ρから求めることができる。
【0050】
以上の式において、時間t及び位置xに対して未知数である変数は、C、M、P、u、ρ、R、Xの7つであり、推定処理部12は、この7つの未知数を上記7つの式((1)−(7)式)を解くことによって求める。すなわち、推定計算を実行する。
【0051】
なお、上記(2)式において、一般的な質量保存側に係る式を用いずに、モル密度保存式を用いたことが本装置の一つの特徴である。一般的な質量保存側に係る式を用いた場合、ガス密度が用いられることになるが、この密度の変化の要因としては、ガス圧力の変化に起因するものと、ガス成分(濃度)の変化に起因するものの二つが存在する。ここで対象としている混合ガスは、上述の通り、界面付近で濃度が大きく変化するので、上記ガス成分(濃度)の変化に起因する密度の変化が大きく、一般的な質量保存側に係る式を用いた場合、数値解析で用いる差分法において発散が生じてしまう可能性が高い。そこで、本装置では、このような発散を防止するため、モル密度保存式を用いている。
【0052】
次に、推定処理部12が行う上記7つの式を用いた推定計算の具体的な内容について説明する。当該推定計算はいわゆる数値解析によって行うが、その際に用いるメッシュ(解析対象を分割したもの)について、まず、説明する。
【0053】
図6は、本推定計算で用いるメッシュを説明するための図である。図6において、ガス導管1の長さLの部分(x=0からx=Lの部分)が推定対象を表している。そして、図中の矢印がガスの流れ方向を示しており、従って、推定対象において左側が上流となる。
【0054】
当該推定対象をn個に等分割した各領域(第一分割領域)が、本実施の形態例における1種類目のメッシュ(以下、粗メッシュと呼ぶ)であり、図中のE〜En−1がそれに相当する。かかる粗メッシュは、ガス流速u及びガス圧力Pを求める際に用いるものであり、例えば、推定対象の長さLが10km程度である場合に、これに限定されるものではないが、一つの粗メッシュの長さを100m程度とすることができる。図6に示す例では、ある時間tにおいて、最上流の粗メッシュEに対して、その左端のガス流速u及びガス圧力Pを用いて計算がなされ、Eの右端のガス流速u及びガス圧力Pが求められる。以下、同様に下流に向かって各粗メッシュに対して計算がなされる。
【0055】
次に、上述した一つの粗メッシュをさらにk個に等分割した各領域(第二分割領域)が、本実施の形態例における2種類目のメッシュ(以下、細メッシュと呼ぶ)であり、図中のei,0〜ei,k−1がそれに相当する。かかる細メッシュは、ガスbの濃度Cを求める際に、すなわち界面形状を求める際に、用いるものであり、例えば、一つの粗メッシュの長さが100m程度である場合に、これに限定されるものではないが、一つの細メッシュの長さを1〜10m程度とすることができる。推定計算では、ある時間tにおいて、各細メッシュについて、それぞれ、ガスbの濃度C(図中のCi,0〜Ci,k−1)が求められることになる。なお、後述するが、この細メッシュを用いた計算は全ての粗メッシュについて行う必要はなく、界面が存在する粗メッシュ及びその近傍について行われる。また、当該細メッシュ毎に、前述したガス導管1の各仕様が格納されていることが望ましい。
【0056】
このように、本推定方法では、2種類のメッシュを使用して計算を行う。これは、気体の特性に基づくものであり、ガス成分が変化する前記界面付近においても、ガスの流速u及び圧力Pは大きな変化をしない一方、ガス濃度Cは急激に変化するので、前者については、比較的大きなメッシュでの計算でも精度上問題がなく、後者については、精度良く状態を把握するために細かいメッシュでの計算が必要となる。
【0057】
以下、具体的な計算手順について説明する。図5に戻って、まず、初期時におけるガス濃度Cを決定する。(ステップS3−1)。図7は、初期の界面形状C(x)について説明するための図である。通常の推定においては、ガス混合地点からのガス混合時点以降を対象とするので、当該初期時においては、通常、界面が粗メッシュEに存在する。従って、上記界面が存在する箇所でのガス濃度Cの決定は、図7に例示するように、入力され界面の形状C(x)(図中の曲線)に従って、各細メッシュのC値を決定する。図7の例では、e0,0、e0,1等の細メッシュについて、対応するC0,0、C0,1等の値が、図中のプロット点×のように決定される。
【0058】
そして、上記界面が存在する箇所については、上記各細メッシュのCの値から、対応する粗メッシュの濃度Cを決定する。具体的には、それらの平均値から粗メッシュの値を求める。また、界面が存在しない箇所については、界面の下流側ではCの値がαであり、その上流側ではβであるので、粗メッシュ単位でそのように決定する。
【0059】
次に、時間変数tをtに設定後(ステップS3−2)、初期位置(x=0)における圧力P及び流速uを、前記入力値に従って設定する(ステップS3−3)。そして、この時点におけるガス流速u及びガス圧力Pを算出する(ステップS3−4)。ここで、前述した(5)式において、上記決定された濃度CによりCの値が既知となるので、Mの値が決定され、そのMの値により、上記(6)式からRの値が求められる。この時点で未知数は、u、P、X、ρの4つであり、それらの関係式が上記(1)−(3)及び(7)式として4つ与えられるので、これらの関係式を用いて上記4つの未知数の値が決定される。
【0060】
具体的には、スタガート格子差分法などを用いて各粗メッシュ毎に数値計算を行って求める。図6に示した例では、前述のようにu、Pの値が与えられているので、Eについて数値計算を行いu、Pの値等を算出する。以下、同様に、下流方向に計算を行って、u、P〜u、Pの値を求める。
【0061】
次に、時間変数tをt+Δtとし(ステップS3−5)、次の時間(Δt経過後)におけるガス濃度界面の中心位置を計算する(ステップS3−6)。ガス濃度界面の中心位置x界面は、前時刻における界面の中心位置x前界面と界面が存在した粗メッシュの流速u界面が存在する粗メッシュから、x界面=x前界面+Δt×u界面が存在する粗メッシュとして計算される。
【0062】
その結果から、界面が推定対象の最下流の位置を通過したかを判断し(ステップS3−7)、通過していない場合には(ステップS3−7のNo)、この時刻におけるガス濃度Cと圧力P及び流速uの算出を行う。
【0063】
具体的には、まず、上記界面の中心位置近傍の細メッシュについて濃度Cの値を算出する。すなわち、界面形状を求める(ステップS3−8)。ここでは、前時刻におけるガス流速uが求められているので、その値を前述した(4)及び(4−1)式に代入してCの値を求めることができる。ここでも、具体的にはスタガート格子差分法などを用いて各細メッシュ毎に数値計算を行って求める。その後、上記ステップS3−1と同様にして、粗メッシュ毎のガス濃度Cを決定する(ステップS3−9)。
【0064】
次に、処理が前記ステップS3−4に戻って、上述の通り、この時刻における圧力P及び流速uが求められる。
【0065】
以降、上記ステップS3−7において、界面が推定対象の最下流の位置を通過していると判断されるまで、同様の処理が繰り返される。そして、界面が通過していると判断された場合には(ステップS3−7のYes)、推定計算(S3)を終了し、推定結果の出力を行う(ステップS4)。
【0066】
このように、本推定計算では、各時間(各時刻)において、前時刻で求められた粗メッシュ毎のガス流速uを用いて界面近傍について細メッシュ毎にガス濃度Cを求め(すなわち、界面形状を求め)、その求められた濃度Cに基づいて粗メッシュ毎に流速uを求める。そして、当該処理を時間経過に従って順次繰り返して実行することにより、任意の時刻t、任意の位置xでのガス濃度Cを求めることができる。なお、上記説明では、各時刻において先に濃度Cを求めその後に流速uを求めたが、前時刻における濃度Cを用いて先に流速uを求め、その後に濃度Cを求めるようにしてもよい。
【0067】
推定結果の出力では、用途に応じて様々な形式での出力が可能であるが、例えば、ガス消費設備3の位置での、界面の通過時における濃度Cの時間変化をグラフ形式で出力する、ことが可能である。
【0068】
図8は、本物性変化推定装置10による推定計算の結果の一例を示した図である。図8に示す例は、一つの粗メッシュにおける各時間での界面(におけるCの値)をプロットしたものである。実線は界面が当該メッシュに入ってから10秒後の状態を示しており、点線は、20秒後の状態を示している。10秒後の状態と20秒後の状態を比較すると、後者では界面の傾斜がなだらかになり、x方向に拡散現象が起こっていることがわかる。また、30秒後では、当該領域に界面がなくなり、界面が通過していることがわかる。
【0069】
なお、上述の説明では、初期位置(x=0)における混合ガスのガス流速u及びガス圧力Pを推定条件として入力したが、これらの初期値を時間tによって変化する変数u(t)及びP(t)として与えるようにしてもよい。この場合には、各時間tにおけるu及びPをu(t)及びP(t)によって得られる値とすることにより、上述の場合と同様に計算を行うことができる。従って、この場合には、図5に示した処理手順において、ステップS3−9の後に、処理がステップS3−3に移行することになる。
【0070】
また、図2等においては、x=0を混合発生点、x=Lを消費点として、これらの間を推定対象としたが、これに限定されることはなく、本推定計算は任意の領域に適用することができる。
【0071】
なお、本物性変化推定装置10は、スタンドアローンのシステムとしたが、ネットワークを介して、操作者による入力や結果の出力が行なわれるようにしてもよい。また、ガス導管網1の各所で測定されるガス流速などのリアルタイムデータを推定の入力値として用いるべく、それら測定装置等と通信可能にして用いてもよい。
【0072】
以上説明したように、本実施の形態例に係る物性変化推定装置10では、推定対象範囲をメッシュに分割して数値計算するのでメッシュ毎にガス導管1の仕様を設定可能であり、また、初期時の界面形状をC(x)で与えられるので複雑な界面形状の場合にも対応可能である。さらに、上述のように、初期位置のガス流速u及びガス圧力Pを時間tの関数として与えることもできる。従って、本装置10により、従来の装置よりも適用範囲が広くなって、実際に存在する様々なケースのシミュレーションを適確に行うことが可能となる。
【0073】
また、上記(4−1)式ではガス導管1内の流れが乱流である場合の式を採用しており、流れが層流である場合に限らず適用することができる。
【0074】
また、前述の通り、連続性を担保する関係式としてモル密度保存式を用い、数値計算上の不具合を防止している。
【0075】
また、本物性変化推定装置10では、推定対象を粗メッシュと細メッシュに分割し、気体の特性に基づいて、細メッシュ毎の計算が必要な場合のみ細メッシュでの計算を実行する。従って、ガス導管網のように推定対象が長い場合に解析上の負荷を大幅に軽減することが可能である。
【0076】
このように、本物性変化推定装置10によって、ガスの物性が変化した場合の挙動を、適確にかつ低コストで把握することが可能となり、ガス供給の信頼性をより向上させることができる。
【0077】
本発明の保護範囲は、上記の実施の形態に限定されず、特許請求の範囲に記載された発明とその均等物に及ぶものである。
【符号の説明】
【0078】
1 ガス導管(網)
2 ガス供給元
3 ガス消費設備
10 物性変化推定装置
11 入力部
12 推定処理部
13 データ格納部
14 出力部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガス導管内を流れる互いに種類の異なるガスの混合比を変更させた場合における、前記ガス導管内を流れるガスの物性変化挙動を推定する処理をコンピュータに実行させる物性変化推定プログラムであって、
前記推定開始後の各時刻において、
前記推定処理の対象範囲を所定長さで分割した第一分割領域毎に、前記混合比に基づいて、前記ガスの流速を求める流速決定ステップと、
前記第一分割領域を更に分割した第二分割領域毎に、前記流速に基づいて前記混合比を求める混合比決定ステップとを、
前記コンピュータに実行させる
ことを特徴とする物性変化推定プログラム。
【請求項2】
請求項1において、
前記混合比決定ステップは、前記混合比が変化する部分である界面が存在する領域について実行される
ことを特徴とする物性変化推定プログラム。
【請求項3】
請求項1あるいは請求項2において、更に、
少なくとも、前記第二分割領域毎の前記ガス導管の仕様と、前記推定開始時における前記ガス導管の各位置における前記混合比と、前記ガス導管の最上流における前記ガスの流速及び圧力を取得するステップを、前記コンピュータに実行させ、
前記流速決定ステップと前記混合比決定ステップにおいて、当該取得された情報が用いられる
ことを特徴とする物性変化推定プログラム。
【請求項4】
請求項3において、
前記ガス導管の最上流におけるガスの流速及び圧力は、時間を変数とする関数として取得される
ことを特徴とする物性変化推定プログラム。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4のいずれかにおいて、
前記流速決定ステップは、運動方程式に基づいて実行され、
前記混合比決定ステップは、移流拡散方程式に基づいて実行される
ことを特徴とする物性変化推定プログラム。
【請求項6】
請求項1乃至請求項5のいずれかにおいて、
前記流速決定ステップは、モル密度保存式に基づいて実行される
ことを特徴とする物性変化推定プログラム。
【請求項7】
ガス導管内を流れる互いに種類の異なるガスの混合比を変更させた場合における、前記ガス導管内を流れるガスの物性変化挙動を推定する物性変化推定装置であって、
前記推定のための条件を受け付ける入力部と、
前記推定のためのデータを格納する格納部と、
前記入力部が受け付ける条件と前記格納部が格納するデータに基づいて、前記推定開始後の各時刻において、
前記推定の対象範囲を所定長さで分割した第一分割領域毎に、前記混合比に基づいて、前記ガスの流速を求め、
前記第一分割領域を更に分割した第二分割領域毎に、前記流速に基づいて前記混合比を求める
推定処理部と、を有する
ことを特徴とする物性変化推定装置。
【請求項8】
ガス導管内を流れる互いに種類の異なるガスの混合比を変更させた場合における、前記ガス導管内を流れるガスの物性変化挙動を推定する物性変化推定装置における物性変化推定方法であって、
前記物性変化推定装置は、前記推定のための条件を受け付ける入力部と、前記推定のためのデータを格納する格納部と、推定処理部とを備え、
前記推定開始後の各時刻において、
前記入力部が受け付ける条件と前記格納部が格納するデータに基づいて、
前記推定処理部が、前記推定の対象範囲を所定長さで分割した第一分割領域毎に、前時刻で求めた前記混合比に基づいて、前記ガスの流速を求める工程と、
前記推定処理部が、前記第一分割領域を更に分割した第二分割領域毎に、前記求めた流速に基づいて前記混合比を求める工程を有する
ことを特徴とする物性変化推定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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