説明

ガラス電極及びその応答ガラス

【課題】耐久性、応答性、耐アルカリ性、低アルカリ誤差等の諸性質に優れ、かつ、失透も起こりにくい応答ガラスを提供する。
【解決手段】その成分組成として、少なくともLa2及びMe2(MeはLa以外のランタノイド)を含み、その他にLa2及びMe2の合計量よりも少量のY又はScを含むようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はpH応答性のガラス電極に関し、特にその応答ガラスの組成に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えばpH電極等に用いられるSiO系、LiO系の応答ガラスでは、アルカリ誤差、酸誤差が小さいこと、応答性がよいこと、化学的耐久性がよいこと等の諸性質が要求される(この他に、電位勾配が理論値に近いこと、電気抵抗が少ないこと、機械的強度が大きいこと、加工が容易であること等も要求性質として挙げられる)。
【0003】
これら諸性質の向上を図るために、3価金属であるLaを少量ガラス組成に含有させて、アルカリ誤差を惹起させにくくしたものが知られている(非特許文献1)。
【0004】
La及び他のランタノイド(Nd、Gd、Er、Yb等)は、3価であり、酸素4配位により形成される1価アニオンの静電力が小さくなるため、アルカリ金属に応答しにくい、すなわちアルカリ誤差を惹起させにくく(低アルカリ誤差)、またアルカリへの溶解度が低い。その効果は、イオン半径の大きさ(La>Nd>Gd>Er>Yb)に比例し、最もイオン半径が大きいLaが、最も耐アルカリ性に優れ、低アルカリ誤差の性質を持つ。
【0005】
しかしながら、Laを添加しても、Laはイオン半径が大きいことから、比較的電子親和力が弱く、酸素との結合力が弱いため、得られた応答ガラスの化学的耐久性や応答性は、実用的には未だ不充分である。また、Laは水和層の引き締め力が比較的弱く、水和層が厚くなるため、応答性向上にも限界がある。
【0006】
そこで、本発明者は、Laに加えて、Laよりもイオン半径が小さい3族金属あるYやScを並存させることにより、応答ガラスの耐酸性や耐水性又は応答性を、他の諸性質(特に低アルカリ誤差)を劣化させることなく、向上させることを達成した(特許文献1)。
【非特許文献1】新版pHの理論と測定法(丸善株式会社、著者 吉村壽人等)
【特許文献1】国際特許公報2008/029895号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、Laは他のランタノイドよりガラスへの溶融度が低く、このためLaを含有するガラスは、その融液を冷却固化する際に、ガラス中に結晶が析出して失透しやすく、失透したガラスは物理的性質が変化し軟化しにくくなるので、作業性や加工性が低下するという問題を有する。特に、破損しにくくするために厚みのある応答ガラス(以下、タフ応答ガラスともいう。)に成形した場合は、冷却に時間がかかるので、失透しやすい。
【0008】
このように失透したタフ応答ガラスを、支持ガラス管と接合させようとすると、接合部が融着しなくなり、支持管との接合ができなくなるという問題が生じる。
【0009】
そこで本発明は、耐久性、応答性、耐アルカリ性、低アルカリ誤差等の諸性質に優れ、かつ、失透も起こりにくい応答ガラスを提供すべく図ったものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、鋭意検討の結果、Laの一部を、Laよりもイオン半径が小さくガラスへの溶融度が高く、かつ、YやScよりもイオン半径が大きいために耐アルカリ性に優れ、低アルカリ誤差の性質を持つ他のランタノイドに置き換えた上で、YやScと並存させることにより、応答ガラスとしての優れた諸性質を維持したまま、前記のような失透を防ぐことができることを見出し、この知見に基づき本発明を完成させた。
【0011】
すなわち、本発明に係るpH応答性ガラス電極は、その応答ガラスの成分組成として、少なくともLa2及びMe2(MeはLa以外のランタノイド)を含み、その他にLa2及びMe2の合計量よりも少量のY又はScを含むことを特徴とするものである。なお、ここで「少量」とは、モル換算して比較した場合をいうものである。
【0012】
かかる本発明によれば、応答ガラスの耐久性、応答性、耐アルカリ性、低アルカリ誤差等の諸性質に優れ、かつ、失透も起こりにくい応答ガラスを得ることができる。
【0013】
応答性向上の理由としては、YやScは、電子親和力が強いことから酸素との結合力が強く、少量でも水和ゲル層を引き締めてその厚みを薄くするので、プロトンの拡散通過時間が短縮されて、応答性向上を大きく促進させるからであると考えられる。そしてこの応答性向上により、例えば従来どおり測定対象液に浸々させて一定時間後に自動校正した場合に、そのときの出力電圧は従来品に比べより安定した状態にあるので、自動校正を再現性よくかつ正確に行うことができ、結果として測定時の再現性や感度が向上することになる。
【0014】
化学的耐久性向上の理由としては、YやScは、La及び他のランタノイドに比べ、イオン半径が小さく電子親和力が強いため、少量でもガラスの網目構造内に充填されると、他のカチオン(Li+、H+等)を電気的に反発してそれらが水和ゲル層を通過することを抑制し、化学的耐久性を大きく向上させるからであると考えられる。
【0015】
耐アルカリ性に優れている理由としては、YやScに比べてLa及び他のランタノイドがアルカリへの溶解度が低いからであると考えられる。
【0016】
低アルカリ誤差を担保できる理由としては、La及び他のランタノイドに加えて、モル比においてそれより少量のYまたはScを応答ガラスに含有させるようにしているので、アルカリ誤差においてLa及び他のランタノイドの影響が支配的になり、Y、Scのアルカリ誤差に及ぼす悪影響を抑制できるからであると考えられる。
【0017】
前記作用効果を特に顕著に発揮させるためには、Y又はScのLa2及びMe2の合計量に対するモル比が1/2〜1/30であることが好ましい。応答ガラス全体に対する分量で言えば、La2及びMe2が合わせて4〜6mol%含まれていることが好ましく、Y又はScが0.1mol%以上含まれていることが好ましい。また、前記応答ガラスの表面に形成される水和層の厚みを基準にして言えば、応答ガラスを水に浸々させて安定状態となった状態において、水和層の厚みが60nm以下となるような、Y又はScの含有量であることが好ましい。
【0018】
前記Meとしては特に限定されず、La以外のランタノイドであればよく、例えば、Nd、Gd、Er、Yb等が挙げられるが、なかでもNdが好ましい。MeとしてLaの次にイオン半径が大きいNdを用いると、耐アルカリ性に優れ、かつ、アルカリ誤差が惹起されにくい応答ガラスを得ることができる。
【0019】
前記応答ガラスは、リチウム系ガラスが好ましい。
【0020】
本発明に係るpH応答性ガラス電極の用途としては特に限定されないが、例えば、非水溶媒用の電極として好適に用いることができる。従来のpHガラス電極は、非水溶媒中で水和層が形成されにくく、応答が遅かったため、石油製品の中和価試験方法等に用いた場合は中和点を測定することが困難であったが、本発明に係るpH応答性ガラス電極は水和層が薄く応答速度が速いので、非水溶媒用の電極として用いて、石油製品の中和価試験方法等に供した場合、中和価の迅速かつ精度の高い測定を可能とする。
【0021】
本発明に係る中和価試験方法は、本発明に係るpH応答性ガラス電極を使用する方法であれば特に限定されず、例えば、JIS K 2501に規格化されている電位差滴定法に準拠する方法等が挙げられる。
【0022】
本発明に係るpH応答性ガラス電極の用途としては、他に、アルカリ性環境下においても諸性質が維持されることから、耐アルカリ用電極としてアルカリ性溶液のpHを測定する場合等に好適に用いることができる。
【発明の効果】
【0023】
このような構成の本発明によれば、耐久性、応答性、耐アルカリ性、低アルカリ誤差等の諸性質に優れ、かつ、失透も起こりにくい応答ガラスを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下に本発明の一実施形態について説明する。
【0025】
この実施形態に係るpH応答性ガラス電極1は、例えば図1に示すように、内部電極2、比較電極3を一体に有する複合型のものである。この図1において符号4は支持ガラス管、符号5は応答ガラス、符号6は液絡部を示している。また、支持ガラス管4内部には一定濃度の塩化カリウム溶液が充填してあり、内部電極2及び比較電極3がその塩化カリウム溶液に浸されるように構成している。
【0026】
しかしてこの応答ガラス5は、底面51から側面52にいたるまで、SiOを主成分(50〜70mol%)、LiOを副成分(10〜30mol%)とし、その他に種々の修飾金属(あわせて約10mol%)を含むものである。そして、この実施形態では、修飾金属として少なくともLa2及びMe2(MeはLa以外のランタノイド)を含み、その他にLa2及びMe2の合計量よりも少量のY又はScを含むように構成している。
【0027】
MeとはLa以外のランタノイド(Nd、Gd、Er、Yb、Ce等)であればよいが、好ましくは、Ndである。また応答ガラス全体に占めるLa2及びMe2の合計の含有量は、4〜6mol%程度が好ましく、電気抵抗の上昇を考慮するとその上限は約10mol%と考えられる。
【0028】
又はScの、La2及びMe2の合計に対する含有量は、これが多すぎるとアルカリ誤差が実用範囲(例えばJIS規格)を超えてしまうし、少なすぎると応答特性を発揮できないことから、その範囲が定まる。応答特性を決めるパラメータとしては、水に浸したときに形成される表面水和層の厚みが挙げられる。前述したように、水和層が薄いほうが、プロトンの水和層通過時間が短縮されて、応答性が向上すると考えられるからである。Y又はScの含有下限値は、その水和層の厚みが約60nm以下となるように定めるのが非常に好ましい。Y又はScの、La2及びMe2の合計に対する含有量(モル比)で言えば、約1/30〜1/2であることが好ましく、より好ましくは約1/6〜約1/3がよい。
【0029】
なお、Y又はScを含有させるとは、Yのみを含有させてもよいし、Scのみを含有させてもよいし、Y及びScを混合して(この場合は2つのモル総量としてMeの約1/30〜1/2程度になればよい)含有させてもよいという意味である。
【0030】
又はScの含有量としては、約0.1mol%以上であることが好ましく、性能面からだけ言えばその上限に特に制限はない。ただし、費用等の観点から約5mol%以下であることが好ましい。
【0031】
また、応答ガラス5がYを含んでいて、MeがNdである場合は、Yの含有量が0.5〜5.5mol%、La2の含有量が0.5〜5.5mol%、Nd2の含有量が0.5〜4mol%であって、Y、La2及びNd2の合計量が6〜8mol%であることが好ましい。この範囲を逸脱すると、応答ガラス5の耐久性、感度、応答性、耐アルカリ性、低アルカリ誤差等の諸性質が劣化し、実用に供することができなくなる場合がある。なお、応答ガラス5が厚みのある管状(タフ応答ガラス)である場合は、支持ガラス管4との溶融接合時に失透することを防ぐために、La2の含有量を4mol%以下に抑えることが好ましい。
【実施例】
【0032】
以下に実施例を掲げて本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に限定されないのは言うまでもない。
【0033】
<応答ガラスの作製>
下記の表1に記載の組成で、La2、Me2、及び、Y又はScを含有する各種リチウムシリケートガラスからなる応答ガラスを作製した。なお、いずれのガラスにも微量成分としてCsO、BaO及びTaを添加した。
【0034】
【表1】

【0035】
<耐アルカリ性試験>
得られた応答ガラスのうち、実施例1、3及び4(それぞれ3サンプルずつ)並びに比較例1を備えたpH応答性ガラス電極と、Me2(MeはLa以外のランタノイド)、Y及びScを含まない応答ガラスを備えたpH応答性ガラス電極(従来他社製品)とを、0.1Mの水酸化ナトリウム水溶液に5週間浸漬し、その前後の、感度(%)、アルカリ誤差(mV)、及び、水道水90%応答(s)について調べた。結果は下記表2に示した。
【0036】
【表2】

【0037】
得られた結果より、感度に関しては、LaとLa以外のランタノイドとを併用しても高い感度が維持され、また、0.1Mの水酸化ナトリウム水溶液に5週間浸漬した後も、感度はほとんど低下しないことが明らかとなった。なお、ここで、感度とは、ネルンスト応答における理論値を100%として表した値である。
【0038】
また、アルカリ誤差に関しては、LaとLa以外のランタノイドとを併用しても充分実用に耐えうる性能が維持されることが明らかとなった。なかでも、La以外のランタノイドとしてNdが用いられた実施例1はアルカリ誤差が小さく優れていた。
【0039】
更に、水道水90%応答に関しては、LaとLa以外のランタノイドとを併用した場合は極めて応答速度が速くなり、0.1Mの水酸化ナトリウム水溶液に5週間浸漬した後も、優れた応答性が維持されることが明らかとなった。
【0040】
<中和価試験>
得られた応答ガラスのうち実施例1のものを備えたpH応答性ガラス電極(比較電極との複合型)を用いて、エンジンオイルの中和価滴定(酸価)を4回行なった。なお、比較として、Me2(MeはLa以外のランタノイド)、Y及びScを含まない応答ガラスを備えた従来他社製品のpH応答性ガラス電極(比較電極との複合型)用いて、同様にエンジンオイルの中和価滴定を行なった。
【0041】
中和価滴定は、ガラス電極として比較電極との複合型を用いたこと、及び、0.1mol/L水酸化カリウム溶液を1分間に0.1molずつ滴定したこと以外は、JIS K 2501に規定の中和価試験方法のうち電位差滴定法(酸価)に準拠して行い、試料のはかり採り量は5.0±0.5gとした。結果は、図2(滴定曲線)及び図3(変曲点検出)に示した。
【0042】
得られた結果より、従来他社製品に比べて実施例1の方が、応答速度が速いことより、滴定曲線のS字カーブが明瞭に確認され、その変曲点である中和点が検出しやすいことが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明の一実施形態に係るpH応答性ガラス電極の全体構造図。
【図2】実施例において行なわれた中和価試験の結果(滴定曲線)を示すグラフである。
【図3】実施例において行なわれた中和価試験の結果(変曲点検出)を示すグラフである。
【符号の説明】
【0044】
1 ・・・ガラス電極
5 ・・・応答ガラス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
pH応答性ガラス電極に用いられる応答ガラスであって、その成分組成として、少なくともLa2及びMe2(MeはLa以外のランタノイド)を含み、その他にLa2及びMe2の合計量よりも少量のY又はScを含むことを特徴とする応答ガラス。
【請求項2】
請求項1記載の応答ガラスを備えていることを特徴とするpH応答性ガラス電極。
【請求項3】
前記応答ガラスにおいて、Y又はScのLa2及びMe2の合計量に対するモル比が1/2〜1/30である請求項2記載のpH応答性ガラス電極。
【請求項4】
前記応答ガラスにおいて、La2及びMe2が合わせて4〜6mol%含まれている請求項2又は3記載のpH応答性ガラス電極。
【請求項5】
前記応答ガラスにおいて、Y又はScが0.1mol%以上含まれている請求項2乃至4のいずれか記載のpH応答性ガラス電極。
【請求項6】
前記MeがNdである請求項2乃至5のいずれか記載のpH応答性ガラス電極。
【請求項7】
前記応答ガラスがリチウム系ガラスで構成されている請求項2乃至6のいずれか記載のpH応答性ガラス電極。
【請求項8】
非水溶媒用電極である請求項2乃至7のいずれか記載のpH応答性ガラス電極。
【請求項9】
耐アルカリ用電極である請求項2乃至7のいずれか記載のpH応答性ガラス電極。
【請求項10】
請求項2乃至7のいずれか記載のpH応答性ガラス電極を用いる中和価試験方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−288117(P2009−288117A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−141899(P2008−141899)
【出願日】平成20年5月30日(2008.5.30)
【出願人】(000155023)株式会社堀場製作所 (638)