説明

キノコの栽培方法およびキノコの生育障害を低減する方法

【課題】高湿度環境下においても、キノコ栽培施設内の除菌をすることができ、これにより病害を抑制し、高品質のキノコを生育させることができるキノコの栽培方法およびキノコの生育障害を低減する方法を提供する。
【解決手段】原基の形成を行なった後、原基の生育を行なう栽培工程を含むキノコの栽培方法において、当該栽培工程が実施される施設内に、栽培工程中の一定の期間、正イオンおよび負イオンを放出し、当該施設内の雑菌を除菌することを特徴とするキノコの栽培方法および正イオンおよび負イオンを放出することにより、シュードモナス属菌を除菌することを特徴とするキノコの生育障害を低減する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、正負イオンを用いたキノコの栽培方法およびキノコの生育障害を低減する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、シイタケ、エノキタケ、エリンギ等のキノコは、食卓に欠かすことのできない代表的な食材となっている。特に、生産者の側からみれば、近年のキノコ栽培の大型化、輸入キノコの増加に伴い、主要3品目であるシイタケ、エノキタケ、ブナシメジの価格低下が著しいことから、エリンギ、ハタケシメジ等の新品目への期待が高まっている。しかし、概してキノコは、害菌への抵抗力が弱く、栽培室の浄化が技術上の大きな課題となっている。
【0003】
たとえばキノコ栽培においては、生育の前期から中期にかけて発生する生育障害の被害を受ける事例が多く、キノコ栽培上の最大の課題となっている。特に、エリンギ栽培においては、この生育障害の1つである「立ち枯れ症状」を抑制することが急務となっている。ここで、「立ち枯れ症状」とは、生育の過程において、子実体が変色し、症状が軽度の場合には、着色、曲がり、菌傘の形成不全が起こり、重度の場合には、子実体の萎縮または腐敗を伴い、さらに重度の場合には枯死に至る症状をいう。あるいは、菌床の再生菌糸が変色し、子実体が形成されるに至らない場合も「立ち枯れ症状」とみなすことができる。
【0004】
ここで、キノコ栽培施設の浄化方法としては、薬剤散布により害菌を防除する方法がある。しかしながら、キノコ生育前の薬剤散布による浄化では、室内を完全に浄化できてもキノコ生育時の人の出入りなどにより雑菌の進入は否めない。また、キノコ生育中の薬剤使用は、食品衛生上、農薬取締法上の観点からできない。さらに、キノコ栽培室内の洗浄・浄化には、壁面のウレタン吹き付け等を行う必要があり、構造上容易に行えないのが現状であり、洗浄・浄化が困難な施設も多い。
【0005】
薬剤散布以外の害菌防除の方法として、たとえば特許文献1には、オゾンガスを用いた害菌防除の方法が記載されている。しかしながら、この方法によるとオゾンの殺菌作用によりキノコ栽培施設内の害菌を殺菌できるものの、オゾンガスは人体に影響があるため、オゾンガス発生は人のいない夜間に行い、オゾンガス濃度が0.1ppm以下になるまでキノコ栽培施設内に立ち入ることができない。つまり、殺菌中はキノコ栽培施設内に入れず、また、殺菌後もオゾン濃度が0.1ppm以下になるまでキノコ栽培施設内に入れなくなっており、作業時間に制限が生じる。また、キノコ栽培施設内を完全に殺菌できたとしても、殺菌後キノコ栽培施設内に人が出入りすることにより、雑菌が進入する可能性がある。
【0006】
また特許文献2には、施設園芸作物の病害を防除するために、空気中の浮遊菌を除去する手段として光触媒反応を利用した除菌装置を空気攪拌装置とともに園芸施設内に併設することが記載されている。しかしながら、空気を充分に光触媒に接触させるために、作物の周辺に均等に光触媒を配置する必要があり、農作業の自由度が制限されるとともに、作物の栽培面積が狭くなり、収穫量が減少してしまうという問題があった。また、園芸施設の規模が大きくなると、設備コストが増大してしまう。さらに、光触媒励起用の光源を絶えず点灯させておかねばならないため、ランニングコストもかさむという問題があった。
【0007】
また特許文献3には、菌茸の栽培、家畜の飼育若しくは魚介類の養殖施設内に、イオン発生装置から正負イオンを放出して施設内に存在する浮遊微生物を不活化することを特徴とする生産施設の除菌方法が記載されている。しかしながら、特許文献3には、たとえばキノコ栽培のいくつかの工程で必須である高湿度環境下において、正負イオンを放出し、除菌を達成する具体的手段については記載されていない。また、キノコ栽培において課題となっている立ち枯れ症状等の生育障害の低減についても記載されていない。
【特許文献1】特開2001−309724号公報
【特許文献2】特開2002−186364号公報
【特許文献3】特開2004−65614号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、キノコ栽培のいくつかの工程で必須である高湿度環境下においても、キノコ栽培施設内の除菌をすることができ、これにより病害を抑制し、高品質のキノコを生育させることができるキノコの栽培方法を提供することである。
【0009】
本発明の別の目的は、キノコ栽培において問題となる生育障害を低減する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは鋭意研究した結果、高湿度環境下においても十分な量の正イオンおよび負イオンを生成させることができるイオン発生器を用い、正イオンおよび負イオンをキノコ栽培施設内に放出して当該施設内の雑菌を除菌することにより、意外にも栽培対象であるキノコ自体には影響を与えることなく、病害が抑制され、高品質のキノコが得られることを見出した。
【0011】
また、本発明者らは、上記正負イオンを用いた除菌は、エリンギなどのキノコの生育障害の原因菌の1つであるシュードモナス属菌の除菌にも有効であり、正負イオンを放出することにより、栽培対象であるキノコ自体には影響を与えることなく、効果的にキノコの生育障害を低減できることを見出した。すなわち、本発明は以下のとおりである。
【0012】
本発明のキノコの栽培方法は、原基の形成を行なった後、原基の生育を行なう栽培工程を含むキノコの栽培方法において、当該栽培工程が実施される施設内に、栽培工程中の一定の期間、正イオンおよび負イオンを放出し、当該施設内の雑菌を除菌することを特徴とする。ここで、上記栽培工程が、原基の形成を行なう芽出し工程と原基の生育を行なう生育工程とを含む場合において、当該芽出し工程および/または生育工程が行なわれる施設内に、正イオンおよび負イオンを放出するようにしてもよい。また、上記栽培工程が、原基の形成を行なう芽出し工程と、原基を揃えるならし工程と、原基の生育を行なう生育工程とを含む場合において、当該ならし工程が行なわれる施設内に、正イオンおよび負イオンを放出するようにしてもよい。
【0013】
ここで、本発明のキノコの栽培方法においては、施設内の正イオンおよび負イオンの量が、それぞれ2000個/cm3以上となるように正イオンおよび負イオンを放出することが好ましい。
【0014】
本発明のキノコの栽培方法においては、上記施設内の相対湿度が、80〜100%の範囲内であってもよい。
【0015】
また本発明のキノコの栽培方法においては、上記雑菌がシュードモナス属菌であってもよい。この場合、本発明のキノコの栽培方法によれば、キノコの生育障害を効果的に低減させることができる。
【0016】
また本発明は、原基の形成を行なった後、原基の生育を行なう栽培工程が実施される施設内に、前記栽培工程中の一定の期間、正イオンおよび負イオンを放出することにより、シュードモナス属菌を除菌することを特徴とするキノコの生育障害を低減する方法を提供する。ここで、上記栽培工程が、原基の形成を行なう芽出し工程と原基の生育を行なう生育工程とを含む場合において、当該芽出し工程および/または生育工程が行なわれる施設内に、正イオンおよび負イオンを放出するようにしてもよい。また、上記栽培工程が、原基の形成を行なう芽出し工程と、原基を揃えるならし工程と、原基の生育を行なう生育工程とを含む場合において、当該ならし工程が行なわれる施設内に、正イオンおよび負イオンを放出するようにしてもよい。
【0017】
ここで、本発明のキノコの生育障害を低減する方法においては、施設内の正イオンおよび負イオンの量が、それぞれ2000個/cm3以上となるように正イオンおよび負イオンを放出することが好ましい。
【0018】
また本発明のキノコの生育障害を低減する方法においては、上記施設内の相対湿度が、80〜100%の範囲内であってもよい。
【発明の効果】
【0019】
本発明のキノコの栽培方法によれば、キノコ栽培施設内が高湿度環境下にある場合であっても、正負イオンの放出によりキノコ栽培施設内の除菌を行なうことができるようになるため、病害が抑制され、高品質のキノコを得ることができる。このような正負イオンの放出により、栽培対象であるキノコが影響を受けることはない。また、正負イオンは人体には無害であるため作業時間に制限がない。
【0020】
また、本発明のキノコの生育障害を低減する方法によれば、高湿度環境下にあるキノコ栽培施設内に存在するシュードモナス属菌を効果的に除菌することができ、キノコの生育障害を効果的に低減することができる。
【0021】
さらに、本発明のキノコの栽培方法およびキノコの生育障害を低減する方法は、既存のキノコ栽培施設に正負イオンを発生するイオン発生器を設置するだけで実施できるため、既存設備の大幅な改良等を要しない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
<キノコの栽培方法>
本発明のキノコの栽培方法は、原基の形成を行なった後、原基の生育を行なう栽培工程を含むキノコの栽培方法において、当該栽培工程が実施される施設内に、当該栽培工程中の一定の期間、正イオンおよび負イオンを放出し、当該施設内の雑菌を除菌することを特徴とする。
【0023】
このように、栽培工程が実施される施設に、正イオンおよび負イオンを放出することにより、当該施設内の雑菌を除菌することができる。これにより病害が抑制され、高品質のキノコを得ることができる。
【0024】
ここで、「雑菌」とは、栽培対象であるキノコ菌以外の菌を意味する。また、「除菌」とは、雑菌に積極的に働きかけて、その雑菌の活動を抑制あるいは停止させることを意味する。
【0025】
以下、本発明のキノコの栽培方法を、図1を参照しながら詳細に説明する。図1は、本発明のキノコの栽培方法の好ましい一例を概略的に示すフローチャートである。なお、図1および以下に示す本発明のキノコの栽培方法についての説明は、エリンギついてなされたものであるが、他のキノコについても図1と略同様の工程を有し、本発明のキノコの栽培方法がエリンギ以外のキノコにも適用できることは、当該技術の分野に属するものであれば明らかであろう。
【0026】
本発明のキノコの栽培方法においては、まず従来公知の方法により、培地調製を行なう(ステップ101)。具体的には、限定されないが、たとえばスギオガコ等のオガコとフスマ、コメヌカ、コーンコブ等の栄養材とを、当該分野において通常採用される組成比で混合する。ついで、含水率が60〜70%程度となるように水を添加し混合する。これらの混合は、従来公知の方法、たとえば培地攪拌用のミキサー等を用いて行なうことができる。
【0027】
続く工程において、従来公知の方法により、たとえばポリプロピレン製の栽培容器に培地を充填する(ステップ102)。充填量は、特に制限されるものではなく、当該分野において通常採用される量を、本発明においても採用することができる。たとえば栽培容器の容量が850mlである場合には充填する培地の量をたとえば530g程度とすることができる。
【0028】
続く工程において、栽培容器に蓋を施した後、従来公知の方法により、充填された培地の殺菌を行なう(ステップ103)。殺菌方法としては、高圧殺菌、常圧殺菌のいずれの方法でもよい。高圧殺菌の場合、殺菌処理は、通常高圧殺菌釜を用いて行なわれ、たとえば培地温度が約120℃に達した後、同温度をたとえば30分間程度保持することにより行なう。殺菌後の培地は、たとえば10〜30℃まで無菌的に冷却される。
【0029】
続く工程において、従来公知の方法により、培地にエリンギの種菌を接種する(ステップ104)。接種は、たとえば接種機を用いて行なうことができる。
【0030】
続く工程において、従来公知の方法により、接種したエリンギの種菌を培養し、引き続いて熟成を行なう(ステップ105)。この工程により、栽培容器内が菌糸で蔓延する。通常、培養は、たとえば21〜23℃程度、相対湿度60%程度の条件下で、25日間程度行なわれ、熟成は、同条件でさらに5〜10日間程度保持することにより行なわれる。
【0031】
続く工程において、従来公知の方法により、菌掻きを行なう(ステップ106)。ここで、「菌掻き」とは、菌糸の蔓延した菌床の表面をかき取ることをいう。このような菌掻き処理により原基の形成を促すことができる。菌掻き方法としては、たとえば「ぶっかき」を挙げることができる。「ぶっかき」とは、種菌とあわせ菌床形成面も掻き取る手法を意味する。なお、菌掻き時に、たとえば霧吹き等による注水処理を施してもよい。
【0032】
続く工程において、芽出しを行なう(ステップ107)。ここで、「芽出し」とは、原基が形成されることをいう。芽出しは、芽出し室と呼ばれる培養、菌掻きが行なわれる培養室とは異なる施設で行なわれることが通常である。芽出し室内の環境条件として、キノコ栽培において通常採用される条件を、本発明においても採用することができる。たとえば、芽出し室内の温度は15〜20℃程度であり、相対湿度は、80〜100%程度、より好ましくは95〜100%程度である。このように、通常芽出し室においては、非常に高い湿度環境が要求される。なお、芽出しは通常、子実体が2〜3cm程度に成長するまで行なわれる。当該芽出し工程の期間は、通常5〜15日間程度である。
【0033】
続く工程において、形成された原基を揃える、ならしを行なう(ステップ108)。ならし工程が行なわれる施設内の環境条件として、キノコ栽培において通常採用される条件を、本発明においても採用することができる。たとえば当該施設内の温度は16℃程度、相対湿度は95〜100%とすることができる。このように通常、ならし工程が行なわれる施設(以下、ならし室と称する)においては、非常に高い湿度環境が要求される。ならし工程の期間は、通常3日間程度である。ここで、ならし室は、上記芽出し室とは異なる施設であってもよく、芽出し室と同一の施設であってもよい。また、ならし室は、後述する生育工程(ステップ109)が行なわれる施設(以下、生育室と称する)と異なる施設であってもよく、同一の施設であってもよい。なお、当該ならし工程は、キノコ栽培において必須の工程ではなく、省略することもできる。
【0034】
続く工程において、原基の生育を行ない(ステップ109)、収穫する(ステップ110)。本明細書においては、上記原基の形成を行なう芽出し工程(ステップ107)から原基の生育を行なう当該生育工程(ステップ109)までを栽培工程と称する。ここで、本例においては、栽培工程はステップ107〜109までの3つの工程を含むが、これ以外の付加的な工程が栽培工程に含まれることがあってもよい。また、上述のように、ならし工程(ステップ108)は省略されてもよい。
【0035】
本発明において、原基の生育が行なわれる生育室内の環境条件として、キノコ栽培において通常採用される条件を採用することができる。たとえば、生育室内の温度は15〜20℃程度であり、相対湿度は、80〜100%程度、より好ましくは90〜95%程度である。このように、通常生育室においては、非常に高い湿度環境が要求される。当該生育工程の期間は、通常5〜10日間程度である。なお、芽出し室と生育室とは異なる施設であってもよく、同一の施設であってもよい。また、ならし室と生育室とは異なる施設であってもよく、同一の施設であってもよい。
【0036】
本発明のキノコの栽培方法においては、上記栽培工程が実施される施設内に、正イオンおよび負イオンを放出し、当該施設内の雑菌を除菌することを特徴とする。かかる正イオンおよび負イオンの放出により、栽培対象であるキノコ自体には悪影響を与えることなく、当該施設内の雑菌を除菌することができ、病害が抑制され、高品質のキノコを栽培することができる。
【0037】
栽培工程が実施される施設内に放出された正イオンおよび負イオンは、当該施設内に浮遊する様々な雑菌に作用し、その活動を抑制あるいは停止させる。当該施設内に浮遊する雑菌としては、たとえば生育障害の原因の1つであるシュードモナス属菌、クラドボトリウム属菌、ペニシリウム属菌などを挙げることができる。
【0038】
正イオンおよび負イオンの放出が行なわれる施設は、栽培工程が実施される施設、すなわち、芽出し室、ならし室、生育室のいずれか1種以上の施設である。少なくとも芽出し室、ならし室、生育室のいずれか1つ以上の施設内に正イオンおよび負イオンの放出を行なうことにより、十分な病害抑制効果、キノコの高品質化が認められるが、培養・熟成工程(ステップ105)、菌掻き工程(ステップ106)においても正イオンおよび負イオンの放出を行なうようにしてもよい。なお、上述のように、芽出し室、ならし室、生育室のうちの一部または全部が同一の施設であってもよい。
【0039】
正イオンおよび負イオンの放出が行なわれる期間は、栽培工程中の一定期間、すなわち、芽出し工程(ステップ107)、ならし工程(ステップ108)、生育工程(ステップ109)のいずれか1つ以上の工程中の一定期間である。栽培工程中の全期間ではなく、一部の期間に限定された正負イオンの放出であっても十分な病害抑制効果、キノコの高品質化が認められる。
【0040】
具体的には、正負イオンの放出は、芽出し工程(ステップ107)、ならし工程(ステップ108)、生育工程(ステップ109)のいずれか1つの工程でのみ行なってもよい。たとえば、ならし工程(ステップ108)においてのみ正負イオンを放出するようにしてもよい。あるいは、2つ以上の工程で正負イオンの放出を行なってもよい。たとえば、芽出し工程(ステップ107)および生育工程(ステップ109)において正負イオンを放出するようにしてもよい。ならし工程(ステップ108)が省略されている場合でも同様である。
【0041】
正負イオンの放出を開始および停止するタイミングは、特に限定されるものではない。たとえば、芽出し工程(ステップ107)においてのみ正負イオンを放出する場合、正負イオンの放出を開始するタイミングは、菌掻き工程(ステップ106)を終えた栽培容器を、芽出し室に移して芽出し工程を開始する前であってもよく、およそ同時であってもよく、芽出し工程を開始した後であってもよい。また、正負イオンの放出を停止するタイミングは、次工程のための施設に移す(次工程が同一施設で行なわれる場合は、芽出し工程終了時の)前であってもよく、およそ同時であってもよく、後であってもよい。芽出し工程(ステップ107)、ならし工程(ステップ108)、生育工程(ステップ109)のいずれか1つの工程でのみ正負イオンの放出を行なう場合は、当該工程中のできるだけ長い期間にわたって正負イオンの放出を行なうことが好ましく、当該工程中の全期間であることが特に好ましい。正負イオンの放出が極端に短い場合、キノコの品質が損なわれる虞がある。ならし工程(ステップ108)または生育工程(ステップ109)においてのみ正負イオンを放出する場合も、同様である。
【0042】
また、正負イオンの放出が、芽出し工程(ステップ107)、ならし工程(ステップ108)、生育工程(ステップ109)のいずれか2つ以上の工程で行なわれる場合も、正負イオンの放出を開始および停止するタイミングは、特に限定されるものではない。たとえば、芽出し工程(ステップ107)と生育工程(ステップ109)とが同一施設で行なわれ、芽出し工程(ステップ107)〜生育工程(ステップ109)にかけて正負イオンを放出する場合、正負イオンの放出を開始するタイミングは、菌掻き工程(ステップ106)を終えた栽培容器を、芽出し室に移して芽出し工程を開始する前であってもよく、およそ同時であってもよく、芽出し工程を開始した後であってもよい。また、正負イオンの放出を停止するタイミングは、生育工程の終了と同時でもよく、終了後であってもよい。また、生育工程の終了前に正負イオンの放出を止めてもよい。正負イオンの放出が、芽出し工程(ステップ107)、ならし工程(ステップ108)、生育工程(ステップ109)のいずれか2つ以上の工程で行なわれる場合であっても、正負イオンの放出が極端に短いとキノコの品質が損なわれる虞があるため、できるだけ長い期間にわたって正負イオンの放出が行なわれることが好ましい。
【0043】
また、正負イオンの放出は、芽出し工程(ステップ107)、ならし工程(ステップ108)、生育工程(ステップ109)のうちの2つ以上の工程にまたがるか否かに関わらず、栽培工程中のある一定期間連続的に行なうようにしてもよく、間欠的に行なうようにしてもよい。
【0044】
以上のように、本発明のキノコの栽培方法は、栽培工程中のある一定期間、正負イオンによる除菌環境下でキノコを栽培することを特徴としている。このように、栽培工程中の全期間ではなく、一部の期間のみの正負イオンの放出であっても、キノコの品質改善等の効果が認められる。
【0045】
(正イオンおよび負イオンの生成方法)
ここで、正イオンおよび負イオンの生成方法について説明する。正イオンおよび負イオンの生成には、放電機構により正負両イオンを発生する従来公知のイオン発生器が用いられる。ここでいう放電機構とは、たとえばセラミックの誘電体を放電電極と誘電電極で挟み込んだ構造を有し、当該放電電極−誘電電極間に高電圧を印加することによって、放電電極近傍でコロナ放電が起こり、これにより空気中の水分子や酸素分子を電離または解離して正負両イオンを生成するような機構をいう。このようにして生成した正イオンおよび負イオンは、それぞれH+(H2O)m(mは任意の自然数)、O2-(H2O)n(nは任意の自然数)を主体とするイオンである。これらH+(H2O)mおよびO2-(H2O)nは、施設内に浮遊する菌の表面に付着し、化学反応を起こして活性種であるH22および/または・OHを生成する。H22および・OHは、極めて強力な活性を示すため、これらの作用により菌を取り囲んでその活動を抑制または停止させることができる。ここで、・OHはラジカルのOHを示す。
【0046】
本発明においては、放電電極−誘電電極間に印加する電圧、すなわち印加電圧は高電圧であることが好ましい。上述のように、正負イオンを放出する栽培工程が実施される施設内は、相対湿度が80〜100%、より好ましくは90〜100%と高湿度環境下にある。このような高湿度環境下では印加電圧が低いと電極表面の放電部分に結露が生じ、放電が起こらなくなる虞がある。具体的には、電極の構造にもよるが、好ましい印加電圧は電極間のピークトゥーピーク(peak to peak)電圧として、少なくとも4kV以上である。相対湿度90%以上の高湿度環境下でも十分な正負イオンを発生させるためには、4.5kV程度以上であることが特に好ましい。
【0047】
ここで、表1に放電可能な印加電圧と相対湿度との関係を示す。また図2は、表1に示される放電可能な印加電圧を測定するために用いた概略装置図である。図2に示されるように、1m3のアクリルボックス201内に、セラミックの誘電体を放電電極と誘電電極で挟み込んだ構造を有し、当該放電電極と誘電電極間に交流電圧を印加することによってイオンを発生するイオン発生器202と、イオン発生器202のイオン発生部から90mm離れた位置に送風機203(DC8V)を設置し、イオン発生器202と送風機203を結ぶ直線上であって、風下側にイオン発生器202のイオン発生部から150mm離れた位置にイオン測定器204(アンデス電気(株)製 イオンカウンター)を設置した。なお、図2に示すように、イオン測定器204はアクリルボックス201の外側に設置されているが、イオンをカウントできるよう、アクリルボックス201には穴が設けられている。このような装置を用い、種々の相対湿度で、放電可能な印加電圧を測定した。放電可能な電圧とは、電圧を印加後、30秒以内にイオン測定器204によりカウントされたマイナスイオンが1万個/cm3を超える最低電圧を意味する。送風機203は、イオン発生器202のイオン発生部近傍における風速が4m/秒となるように稼動させた。
【0048】
【表1】

【0049】
表1からわかるように、上記構造を有するイオン発生器においては、相対湿度が80%の場合、少なくとも3.5kV程度、相対湿度が90%の場合、少なくとも4.5kV程度の印加電圧が必要であることがわかる。
【0050】
また、上記と同じ測定装置において、同様の構造を有するイオン発生器および送風機を用い、印加電圧が異なる場合における、正負イオン発生量(個/cm3)と相対湿度との関係を調べた。その結果を表2に示す。なお、表2に示す正負イオン量は、吹き出し口から10cmの距離における正負両イオンの平均値であり、送風機は、イオン発生器のイオン発生部近傍における風速が5m/秒になるように稼動させた。
【0051】
【表2】

【0052】
表2から明らかなように、印加電圧が電極間のピークトゥーピーク(peak to peak)電圧として3.5kVである場合には、相対湿度75%で正負イオン量が4割程度減少し、相対湿度80%以上では、正負イオンを発生していないことがわかる。なお、バックグラウンド、すなわちイオン発生器を稼動しない状態でも200〜500個/cm3程度のイオンが存在する。一方、印加電圧が電極間のピークトゥーピーク(peak to peak)電圧として5.3kVである場合には相対湿度が80%以上であっても100,000個/cm3以上の正負イオンを発生することがわかる。
【0053】
このような結果から、通常イオン発生器によく用いられる3.5kV程度の印加電圧では、高湿度環境を必要とするキノコ栽培施設においては、放電は起こらないことがわかる。また、キノコ栽培施設のような高湿度環境下で放電を可能とするためには印加電圧を高くする必要があることがわかる。
【0054】
(正負イオン放出によるキノコ栽培施設内の雑菌の除菌)
次に、栽培工程が実施される施設内に、正イオンおよび負イオンを放出し、当該施設内の雑菌を除菌する方法について具体的に説明する。
【0055】
本発明においては、上記したようなイオン発生器を、栽培工程が実施される施設内に設置し、稼動することにより、正イオンおよび負イオンを放出し、当該施設内の雑菌を除菌する。本発明のキノコの栽培方法によれば、イオン発生器を設置するだけでよく、既存設備の改修等を要しない。また、上述したように、芽出し工程(ステップ107)および生育工程(ステップ108)が行なわれる施設内は高湿度環境下にあるが、上述したように、印加電圧を高くすることによって、高湿度環境下であっても施設内の雑菌を効率よく除菌するのに十分な量の正負イオンを発生させることができる。
【0056】
ここで、栽培工程が実施される施設内における正イオンおよび負イオンの放出は、当該施設内の正イオンおよび負イオンの量が、それぞれ2,000個/cm3以上となるように行われることが好ましい。特に正負両イオン量が、それぞれ2,000個/cm3以上となるのが好ましいのは、当該施設の中でも、栽培されているキノコが置かれている部分である。2,000個/cm3未満である場合には、施設内の雑菌を十分に除菌できない虞がある。なお、高湿度環境下にある施設内のあらゆる箇所における正負イオン量を測定することは容易ではないため、本発明においては、好ましくはコンピュータを用いてイオン分布のシミュレーションを行い、施設内のイオン量(個/cm3)を算出する。
【0057】
コンピュータを用いたイオン分布のシミュレーションによる施設内のイオン量(個/cm3)の算出は、たとえば「STREAM」((株)ソフトウェアクレイドルのCFD解析ソフト)を用い、定常解析計算することにより行うことができる。
【0058】
イオン発生器の設置は、1つの施設内に1つでもよく、2つ以上でもよい。たとえば施設の空間体積が大きい場合等、1つのイオン発生器では上記の好ましいイオン環境、すなわち当該施設内の正負イオンのそれぞれの量が2,000個/cm3以上という環境が達成されない場合には、2つ以上のイオン発生器を設置することが好ましい。施設内におけるイオン発生器の設置場所は、特に限定されるものではない。たとえば、単に床に置くだけでもよく、側壁に取り付けてもよい。あるいは天井に設置してもよい。1つの施設内に2つ以上のイオン発生器を設置する場合であっても、イオン発生器間の位置関係は特に限定されない。
【0059】
イオン発生器の設置とともに、発生した正負イオンを施設内空間へ送出するための送風機を施設内に設置することが好ましい。1つの施設内における送風機の数は、1つでもよく、2つ以上でもよい。送風機は、イオン発生器の近くに設置することが好ましい。これにより、発生した正負イオンが効率的に施設内空間へ送出される。また、当該送風機に加えて、あるいは当該送風機の代わりに、施設内の空気を攪拌するためのファンを天井等に設置してもよい。
【0060】
<キノコの生育障害の低減方法>
本発明は、原基の形成を行なった後、原基の生育を行なう栽培工程が実施される施設内に、当該栽培工程中の一定の期間、正イオンおよび負イオンを放出することにより、シュードモナス属菌を除菌することを特徴とするキノコの生育障害を低減する方法を提供する。正イオンおよび負イオンは、シュードモナス属菌の活動を効果的に抑制あるいは停止させ、これによりキノコの生育障害を大幅に低減することができる。しかも栽培対象であるキノコ自体には悪影響を及ぼすことはなく、高品質のキノコを得ることができる。
【0061】
正イオンおよび負イオンの放出が行なわれる施設は、栽培工程が実施される施設、すなわち、芽出し室、ならし室、生育室のいずれか1種以上の施設である。少なくとも芽出し室、ならし室、生育室のいずれか1つ以上の施設内に正イオンおよび負イオンの放出を行なうことにより、十分な病害抑制効果、キノコの高品質化が認められるが、培養・熟成工程(ステップ105)、菌掻き工程(ステップ106)においても正イオンおよび負イオンの放出を行なうようにしてもよい。なお、上述のように、芽出し室、ならし室、生育室のうちの一部または全部が同一の施設であってもよい。
【0062】
正イオンおよび負イオンの放出が行なわれる期間は、栽培工程中の一定期間、すなわち、芽出し工程(ステップ107)、ならし工程(ステップ108)、生育工程(ステップ109)のいずれか1つ以上の工程中の一定期間である。栽培工程中の全期間ではなく、一部の期間に限定された正負イオンの放出であっても十分な病害抑制効果、キノコの高品質化が認められる。正負イオンの放出を開始および停止するタイミングは上述のとおりである。
【0063】
また、正負イオンの放出は、芽出し工程(ステップ107)、ならし工程(ステップ108)、生育工程(ステップ109)のうちの2つ以上の工程にまたがるか否かに関わらず、栽培工程中のある一定期間連続的に行なうようにしてもよく、間欠的に行なうようにしてもよい。
【0064】
このように、本発明のキノコの生育障害を低減する方法は、栽培工程中のある一定期間、正負イオンによる除菌環境下でキノコを栽培することを特徴としている。このように、栽培工程中の全期間ではなく、一部の期間のみの正負イオンの放出であっても、立ち枯れ症状等の生育障害を効果的に低減することができる。
【0065】
本発明のキノコの生育障害の低減方法において、正負イオンを生成させる方法については上述したとおりである。すなわち、正イオンおよび負イオンの生成には、放電機構により正負両イオンを発生する従来公知のイオン発生器が用いられる。正負イオンを放出する栽培工程が実施される施設内は、相対湿度が80〜100%、より好ましくは90〜100%と高湿度環境下にあるため、このような高湿度環境下においてもシュードモナス属菌を除菌するのに十分な正負イオンを生成すべく、少なくとも4kV以上、より好ましくは4.5kV以上の印加電圧を必要とする。
【0066】
また、本発明のキノコの生育障害の低減方法における、正負イオン放出により栽培工程が実施される施設内のシュードモナス属菌を除菌する方法も上述したとおりである。すなわち、上記したようなイオン発生器を、栽培工程が実施される施設内に設置し、稼動することにより、正イオンおよび負イオンを放出し、当該施設内の雑菌を除菌する。
【0067】
ここで、栽培工程が実施される施設内における正イオンおよび負イオンの放出は、当該施設内の正イオンおよび負イオンの量が、それぞれ2,000個/cm3以上となるように行われることが好ましい。2,000個/cm3以上とすることにより、当該施設内のシュードモナス属菌の除菌がより効果的になされ、キノコの生育障害をより効果的に低減することができる。なお、高湿度環境下にある施設内のあらゆる箇所における正負イオン量を測定することは容易ではないため、本発明においては、好ましくはコンピュータを用いてイオン分布のシミュレーションを行い、施設内のイオン量(個/cm3)を算出する。
【0068】
以下、実施例および比較例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0069】
<実施例1>
(シュードモナス属菌の除菌効果の確認)
あらかじめ帯電防止剤を含ませたガーゼで内部を清拭しておいた閉鎖処理箱(65cm×40cm×30cm)を用意し、その閉鎖処理箱内に、セラミックの誘電体を放電電極と誘電電極で挟み込んだ構造を有し、当該放電電極と誘電電極間に交流電圧を印加することによってイオンを発生するイオン発生器および送風機(風量0.184m3/min)を搭載したイオン送風装置を設置した。このイオン送風装置は、相対湿度40%の条件下で、吹き出し口から10cmの距離において約15万個/cm3のイオン量(正負イオン各々の量)を生成する能力を有する。さらに、風下側であって、イオン送風装置から45cm離れた位置に、送風方向に垂直となるように平板寒天培地(シュードモナス選択培地)を設置した。以上の前準備を行い、まず、処理試験を行なった。処理試験は、閉鎖処理箱内でシュードモナス属菌液(108個/mL)を箱散布し、閉鎖処理箱内のイオン送風装置(イオン発生器と送風機の両方)を10分間稼動させ、設置した平板寒天培地により、空中落下したシュードモナス属菌を採取した。次に、イオン送風装置のイオン発生器を稼動させず、送風機のみを稼動させたこと以外は、処理試験と同様の無処理試験を行なった。それぞれの試験で採取したシュードモナス属菌を22℃にて48時間培養した。同じ処理試験と無処理試験をトータル2回行った。培養後のシュードモナス属菌数を表3に示す。
【0070】
【表3】

【0071】
表3に示されるように、処理試験、すなわちイオン発生器を稼動させた場合には、空中落下したシュードモナス属菌が著しく減少していることがわかる。シュードモナス属菌の減少率は、無処理試験と比較して、1回目が94.8%、2回目が80%であり、除菌効果は非常に高い。
【0072】
<実施例2>
(正負イオンを用いたエリンギの栽培)
図1に示されるフローチャートに従い、まず通常用いられる手段により培地調製を行った(ステップ101)。具体的には、培地組成はYK−E改変とし(スギオガコ:290g、コーンコブミール:30g、コメヌカ:45g、フスマ:45g、粉ビート:30g、貝化石:4g、ニヨキデール:2g/1ビン(生重))、含水率は65%とした。次に、調製された培地を容量850mL、口径58mmのポリプロピレン製栽培容器に535g充填して(ステップ102)、16個の培地充填された栽培容器を得た。次に、通常用いられる手段により殺菌した後(ステップ103)、各栽培容器にエリンギ「長菌12号」の種菌を接種した(ステップ104)。続いて、培養室にて20日間培養した後、同室にて熟成を行った(ステップ105)。培養は、温度22℃、相対湿度70%の環境下で行い、熟成は、温度22℃、相対湿度70%の環境下で行った。次に、ぶっかき法により菌掻きを行った(ステップ106)。この際、霧吹きにて5回水を噴霧した。
【0073】
続いて、菌掻き処理を施した16個の栽培容器を、図3に示される2.0m×3.5m×2.7mの生育室に移し、当該生育室にて芽出し工程(ステップ107)および生育工程(ステップ109)を行った。具体的には以下のとおりである。
【0074】
図3は、本実施例において使用した生育室を概略的に示す斜視図である。生育室301は、2.0m(X方向)×3.5m(Y方向)×2.7m(Z方向)の大きさを有し、Y=0の位置にイオン発生器2台(図示せず)を搭載した送風機が2台設置されている(それぞれ送風機302、送風機303)。また、図示されていないが、X=0〜0.55mにかけて、およびX=1.55〜2.0mにかけて、高さ(Z方向)=0.41m、1.25m、1.7mの位置にそれぞれ、栽培容器を置くための棚が設けられている。送風機302および送風機303に搭載されているイオン発生器は、いずれもセラミックの誘電体を放電電極と誘電電極で挟み込んだ構造を有し、印加電圧5.3kV、相対湿度40%の条件下で、送風機吹き出し口から10cmの距離において約100,000個/cm3のイオン量(正負イオン各々の量)を生成する能力を有するものである。
【0075】
芽出し工程(ステップ107)においては、まず、室内温度16.5℃、相対湿度90〜95%に保たれた、上記のような構造の生育室301に、上記16個の菌掻き処理された栽培容器を移し、それとほぼ同時に送風機302および送風機303を稼動させた(4つのイオン発生器も連動して稼動)。イオン発生器への印加電圧は5.3〜5.7kVであった。送風機の風量は4m3/minとした。図示されていないが、送風機302および送風機303の正負イオン吹き出し口にはルーバーが取り付けられており、送風機303はX方向に正負イオンを吹き出し、送風機302はXZ斜め方向に正負イオンを吹き出すようにした。なお、16個の栽培容器は、生育室に設けられている棚にコンテナを置き、その中に配置した。次に、送風機302、送風機303を稼動した状態で13日間保持して芽出し工程を完了させた。
【0076】
続いて、生育室301内を温度16℃、相対湿度90〜95%とし、引き続き送風機302および送風機303を稼動させた状態で原基の生育を行なった(ステップ109)。また、生育工程中は、生育室301内の炭酸ガス濃度を1000ppmに保ち、1日に1時間、300Luxの照明をあてた。生育期間は、4.0日であった。正負イオンの放出は、生育工程の終了とほぼ同時にストップした。生育工程終了後、収穫を行った(ステップ110)。収量は、1栽培容器あたり平均124.5gであった。
【0077】
ここで、生育室301内の細菌の数について調査したところ、空中落下細菌数は、送風機302および送風機303の稼動直前で13個であったのが、生育工程(ステップ109)終了後には0個に減少していた。なお、調査方法は、次のとおりである。
【0078】
空中落下細菌数については、まずシャーレ培地(NA培地)を棚面(X=0.45m、Y=1.75m、Z=1.25mの位置)および床面(X=0.45m、Y=1.75m、Z=0mの位置)に1枚づつ設置し、15分開放することにより空中落下細菌を採取した。ついで、それぞれを25℃で48時間培養した後、発生コロニーをカウントし、これらを平均して空中落下細菌数とした。
【0079】
さらに、芽出し工程(ステップ107)および生育工程(ステップ109)中の生育室301内のイオン分布を、コンピュータを用いたシミュレーションにより算出した。図4は、生育室301内のイオン分布を示す等高線図であり、図4(a)は、X=0.45mにおけるYZ平面の等高線図、図4(b)は、X=1.55mにおけるYZ平面の等高線図である。図4(a)および(b)中の横線は、その位置に栽培容器を置くための棚が設けられていることを示す(それぞれ上から1.7m、1.25m、0.41m)。また、図4(a)および(b)中の各数値は、その位置での定常状態におけるイオン量(個/cm3)を示す。なお、当該シミュレーションは、「STREAM」((株)ソフトウェアクレイドルのCFD解析ソフト)を用い、2.0m×3.5m×2.7mを対象空間とし、送風機の風速を約4m/秒と約7m/秒とした入力境界条件で定常解析を行なった。
【0080】
図4より、送風機401、送風機402(図3の送風機302、送風機303に相当する)のごく近傍を除いては、正負両イオンの各々の量は、2000個/cm3以上であることがわかる。
【0081】
<実施例3>
菌掻き処理(ステップ106)を施した16個の栽培容器を図3に示される生育室301に移して芽出し工程(ステップ107)を開始する6日前から生育工程(ステップ109)終了時まで正負イオンを放出すること以外は、実施例2と同様にしてエリンギを栽培し、収穫した。なお、芽出し工程日数、生育工程日数およびエリンギの収量は表4のとおりである。
【0082】
ここで、生育室301内の細菌の数について調査したところ、空中落下細菌数は、芽出し工程(ステップ107)開始時5個であったのが、生育工程(ステップ109)終了後には0個に減少していた。
【0083】
<比較例1>
図3に示される生育室301において、イオン発生器を搭載した送風機302および送風機303を設置する代わりに酸化チタン光触媒式除菌装置(日本無機株式会社製 フレッシュロング(登録商標)PCE−101)を1台設置し、芽出し工程(ステップ107)の開始時にこれを稼動すること以外は実施例2と同様にしてエリンギを栽培し、収穫した。なお、芽出し工程日数、生育工程日数およびエリンギの収量は表4のとおりである。
【0084】
ここで、生育室301内の細菌の数について調査したところ、空中落下細菌数は、芽出し工程(ステップ107)開始時92個であったのが、生育工程(ステップ109)終了後には12個に減少していた。
【0085】
<比較例2>
図3に示される生育室301において、生育室301内の雑菌を除菌するための装置を何も設けないこと以外は実施例2と同様にしてエリンギを栽培し、収穫した。なお、芽出し工程日数、生育工程日数およびエリンギの収量は表4のとおりである。
【0086】
<実施例4>
接種した種菌がエリンギ「長菌15号」の種菌であること以外は実施例2と同様にしてエリンギを栽培し、収穫した。なお、芽出し工程日数、生育工程日数およびエリンギの収量は表4のとおりである。
【0087】
<実施例5>
接種した種菌がエリンギ「長菌15号」の種菌であること以外は実施例3と同様にしてエリンギを栽培し、収穫した。なお、芽出し工程日数、生育工程日数およびエリンギの収量は表4のとおりである。
【0088】
<比較例3>
接種した種菌がエリンギ「長菌15号」の種菌であること以外は比較例1と同様にしてエリンギを栽培し、収穫した。なお、芽出し工程日数、生育工程日数およびエリンギの収量は表4のとおりである。
【0089】
<比較例4>
接種した種菌がエリンギ「長菌15号」の種菌であること以外は比較例2と同様にしてエリンギを栽培し、収穫した。なお、芽出し工程日数、生育工程日数およびエリンギの収量は表4のとおりである。
【0090】
<実施例6>
接種した種菌が、株式会社かつらぎ産業 エリンギ「KE106号」の種菌であること以外は実施例2と同様にしてエリンギを栽培し、収穫した。なお、芽出し工程日数、生育工程日数およびエリンギの収量は表4のとおりである。
【0091】
<実施例7>
接種した種菌が、株式会社かつらぎ産業 エリンギ「KE106号」の種菌であること以外は実施例3と同様にしてエリンギを栽培し、収穫した。なお、芽出し工程日数、生育工程日数およびエリンギの収量は表4のとおりである。
【0092】
<比較例5>
接種した種菌が、株式会社かつらぎ産業 エリンギ「KE106号」の種菌であること以外は比較例1と同様にしてエリンギを栽培し、収穫した。なお、芽出し工程日数、生育工程日数およびエリンギの収量は表4のとおりである。
【0093】
<比較例6>
接種した種菌が、株式会社かつらぎ産業 エリンギ「KE106号」の種菌であること以外は比較例2と同様にしてエリンギを栽培し、収穫した。なお、芽出し工程日数、生育工程日数およびエリンギの収量は表4のとおりである。
【0094】
上記実施例2〜7および比較例1〜6で得られたエリンギの品質、立ち枯れ症状発生度および防除価を表4に示す。
【0095】
【表4】

【0096】
ここで、表4における「平均収量(g)」は、収穫された16株のエリンギの収量の平均値である。「収量比」は、施設内に除菌装置を設けない従来の栽培方法(比較例2、比較例4および比較例6)で得られたエリンギの平均収量を100としたときの平均収量である。エリンギの「品質」は、収量、菌傘の不整形や、菌柄のねじれ、ささくれ発生度、立ち枯れ症状の程度を目視で判断し、この平均を算出した値である。なお、以下のような基準で数値化している。
1:否=収量が100g未満で子実体の菌傘、菌柄に著しく奇形および病害虫の発生が見られる。
2:やや否=1と3の中間。
3:中=収量が100g以上で子実体の菌傘、菌柄に奇形および病害虫の発生が見られる。
4:やや良=3と5の中間。
5:良=収量が130g以上で子実体の菌傘、菌柄に奇形および病害虫がない。
【0097】
「立ち枯れ症状発生度」は、16株それぞれについて立ち枯れ症状の有無を調査し、その発生程度を6段階(発生程度の軽いものから順に0〜5)に分類して、以下の式(1)に当てはめることにより得られた数値である。
【0098】
立ち枯れ症状発生度={Σ(発生程度×発生株数)}/(調査した株数) (1)
なお、発生程度0〜5は、それぞれ以下のような症状をいい、目視で判断した。ここで、奇形とは菌柄(茎)の曲がりやささくれ立ち、傘の不整形のことをいう。
0:発生なし。
1:菌傘、菌柄の一部分に変色が見られる。
2:株の1/3程度に変色・奇形が見られる。
3:株の半分程度に変色・奇形が見られる。
4:株の2/3程度に変色・奇形が見られる。
5:株全体が変色・萎縮し、枯死にいたる。
【0099】
「防除価」(%)とは、施設内に除菌装置を設けない従来の栽培方法(比較例2、比較例4および比較例6)における立ち枯れ症状発生度に対して、どれだけ立ち枯れ症状発生度を減らすことができたかを数値化したものである。すなわち、「防除価」(%)は以下の式(2)で表される。
【0100】
防除価(%)=100−{(立ち枯れ症状発生度)/(比較例2、比較例4または比較例6における立ち枯れ症状発生度)}×100 (2)
表4に示されるように、いずれの品種においても本発明に従う栽培方法により、エリンギの品質は大きく向上した。また、長菌12号および長菌15号の場合には、光触媒式除菌装置を用いた栽培方法(比較例2、比較例4および比較例6)と比較しても本発明に従う栽培方法により、エリンギの品質が向上した。立ち枯れ症状発生度は、いずれの品種においても著しい低減効果が認められ、特に長菌12号および長菌15号においては、光触媒式除菌装置を用いた栽培方法(比較例2、比較例4および比較例6)よりも優れた低減効果が認められた。このことは、防除価の数値からも明らかである。
【0101】
以下の実施例および比較例では、実際の生産者施設においてエリンギの栽培を行い、正負イオンの放出による除菌効果、立ち枯れ症状低減効果を確認した。
【0102】
<実施例8>
32個の培地充填された栽培容器を得た後、通常用いられる手段により殺菌し、各栽培容器に社団法人長野県農村工学研究所 エリンギE−3号「エリンコ」の種菌を接種すること以外は実施例2と同様にしてステップ106(菌掻き工程)まで行った。次に、32個の栽培容器を、芽出し室に移し、芽出し工程を行なった(ステップ107)。次に、芽出しが行なわれた32個の栽培容器をならし室(7.2m×5.4m×2.7m)に移し、ならし工程を3日間行なった(ステップ108)。ならし室内の温度は16℃、相対湿度は95〜100%ととした。図5は、ならし室内の構造を示す上面図である。図5に示されるように、当該ならし室には、実施例2と同一の、イオン発生器を2つ搭載した送風機501および502の2台を図5に示される位置に設置した。なお、32個の栽培容器は、図5に示されるように、ならし室に設けられている高さ80cmの棚上であって、ならし室のほぼ中央に当たる位置503に配置した。ここで、ならし室内の正負イオン放出は、ならし工程開始1週間前から行い、ならし工程終了まで連続稼動とした。
【0103】
このように本実施例において、正負イオンの放出はならし工程のみとした。表5にならし室内の送風機稼動直前の空中落下菌数と浮遊菌数および送風機稼動1週間後、すなわちならし工程開始時の空中落下菌数と浮遊菌数を示す。
【0104】
【表5】

【0105】
表5に示されるように、糸状菌、細菌のいずれも1週間の送風機の稼動により、数の低下が認められた。なお、糸状菌数および細菌数の調査方法は、糸状菌の培養時間が72時間であること以外は実施例2と同じである。
【0106】
次に、ならし工程を終えた32個の栽培容器を生育室に移し生育工程を行なった(ステップ109)。生育室内の温度は16℃、相対湿度は90%とした。生育工程中、炭酸ガス濃度を1500〜2000ppmに制御し、1日に12時間、150Luxの照明をあてた。生育期間は、16日であった。生育工程終了後、収穫を行った(ステップ110)。収量は、1栽培容器あたり平均151.8gであった。
【0107】
<実施例9>
ならし室内の正負イオン放出が、ならし工程開始2週間前から行うこと以外は実施例8と同様にしてエリンギを栽培し、収穫した。表5に、ならし室内の送風機稼動2週間後の空中落下菌数と浮遊菌数を示す。
【0108】
<比較例7>
ならし室内の雑菌を除菌するための装置を何も設けないこと以外は実施例8と同様にしてエリンギを栽培し、収穫した。
【0109】
上記実施例8、9および比較例7で得られたエリンギの収量、品質、着色発生度、立ち枯れ症状発生度および防除価を表6に示す。なお、「着色発生度」は、甚:5〜微:1として目視で判断し、その平均を算出したものである。数値の基準は以下のとおりである。
0:発生なし。
1:菌傘茎の一部に着色。
2:菌傘茎の1/3に着色。
3:菌傘茎の1/2に着色。
4:菌傘茎の2/3に着色。
5:菌傘茎全体に着色。
【0110】
【表6】

【0111】
表6に示されるように、正負イオンの放出により、エリンギの品質が向上することがわかった。また、正負イオンの放出により、立ち枯れ症状および子実体の着色を大幅に低減できることがわかった。
【0112】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【図面の簡単な説明】
【0113】
【図1】本発明のキノコの栽培方法の好ましい一例を概略的に示すフローチャートである。
【図2】表1に示される放電可能な印加電圧を測定するために用いた概略装置図である。
【図3】実施例2において使用した生育室を概略的に示す斜視図である。
【図4】図3に示される生育室のイオン分布を示す等高線図であり、(a)は、X=0.45mにおけるYZ平面の等高線図、(b)は、X=1.55mにおけるYZ平面の等高線図である。
【図5】実施例8で使用した、ならし室内の構造を示す上面図である。
【符号の説明】
【0114】
201 アクリルボックス、202 イオン発生器、203 送風機、204 イオン測定器、301 生育室、302,303,401,402,501,502 送風機。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原基の形成を行なった後、原基の生育を行なう栽培工程を含むキノコの栽培方法において、
前記栽培工程が実施される施設内に、前記栽培工程中の一定の期間、正イオンおよび負イオンを放出し、前記施設内の雑菌を除菌することを特徴とするキノコの栽培方法。
【請求項2】
前記栽培工程は、原基の形成を行なう芽出し工程と原基の生育を行なう生育工程とを含み、前記芽出し工程および/または前記生育工程が行なわれる施設内に、正イオンおよび負イオンを放出することを特徴とする請求項1に記載のキノコの栽培方法。
【請求項3】
前記栽培工程は、原基の形成を行なう芽出し工程と、原基を揃えるならし工程と、原基の生育を行なう生育工程とを含み、前記ならし工程が行なわれる施設内に、正イオンおよび負イオンを放出することを特徴とする請求項1に記載のキノコの栽培方法。
【請求項4】
施設内の正イオンおよび負イオンの量が、それぞれ2000個/cm3以上となるように正イオンおよび負イオンを放出することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のキノコの栽培方法。
【請求項5】
施設内の相対湿度が、80〜100%の範囲内であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のキノコの栽培方法。
【請求項6】
前記雑菌がシュードモナス属菌であることを特徴とする請求項1〜5のいずかに記載のキノコの栽培方法。
【請求項7】
原基の形成を行なった後、原基の生育を行なう栽培工程が実施される施設内に、前記栽培工程中の一定の期間、正イオンおよび負イオンを放出することにより、シュードモナス属菌を除菌することを特徴とするキノコの生育障害を低減する方法。
【請求項8】
前記栽培工程は、原基の形成を行なう芽出し工程と原基の生育を行なう生育工程とを含み、前記芽出し工程および/または前記生育工程が行なわれる施設内に、正イオンおよび負イオンを放出することを特徴とする請求項7に記載のキノコの生育障害を低減する方法。
【請求項9】
前記栽培工程は、原基の形成を行なう芽出し工程と、原基を揃えるならし工程と、原基の生育を行なう生育工程とを含み、前記ならし工程が行なわれる施設内に、正イオンおよび負イオンを放出することを特徴とする請求項7に記載のキノコの生育障害を低減する方法。
【請求項10】
施設内の正イオンおよび負イオンの量が、それぞれ2000個/cm3以上となるように正イオンおよび負イオンを放出することを特徴とする請求項7〜9のいずれかに記載のキノコの生育障害を低減する方法。
【請求項11】
施設内の相対湿度が、80〜100%の範囲内であることを特徴とする請求項7〜10のいずれかに記載のキノコの生育障害を低減する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−11830(P2008−11830A)
【公開日】平成20年1月24日(2008.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−189255(P2006−189255)
【出願日】平成18年7月10日(2006.7.10)
【出願人】(000005049)シャープ株式会社 (33,933)
【出願人】(391001619)長野県 (64)
【Fターム(参考)】