説明

キノリノールの製造方法

【課題】 アミノフェノール類から、医薬、農薬、電子材料等の原料として有用なキノリノールを、高収率で、かつ工業的に有利に製造する方法を提供する。
【解決手段】 o−、m−又はp−アミノフェノールと0.9〜10モル倍のグリセリン又はアクロレインを、硫酸濃度が40〜65重量%の硫酸水溶液中、酸化剤として沃素又は沃素化合物の存在下、135〜180℃の温度、自生圧下又は加圧下で反応させて6−、7−又は8−キノリノールを製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医薬、農薬、電子材料等の原料として有用なキノリノール(ヒドロキシキノリン)の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スクラウプ反応によってアニリン化合物とグリセリン又はα,β−不飽和のアルデヒド又はケトンを、濃硫酸中、ニトロベンゼン化合物、五酸化砒素、酸化鉄(III)、ピクリン酸などの酸化剤の存在下で反応させてキノリン化合物を製造することは公知である(非特許文献1)。この方法によればキノリン化合物の収率は低く、また上記酸化剤を使用した場合には廃水負荷が大きくなるので、工業的実施には不適当であった。具体的にアミノフェノール類とグリセリンの反応にこの方法を応用してキノリノールを製造した例として、ニトロベンゼンを酸化剤として使用する方法が知られている(特許文献1)。しかしながらこの提案においても上記同様の欠点があり、工業的には魅力ある方法ではなかった。
【0003】
上記方法の改良として、酸化剤として沃素又は沃素化合物を使用する方法が提案されている(特許文献2)。この提案においては、アニリン化合物としてアミノフェノール類を使用してキノリノールを製造した具体例も示されている。すなわち濃硫酸と粉末状沃素を用い、o−アミノフェノールとグリセリンを、123〜135℃の条件で反応させて8−キノリノール(8−ヒドロキシキノリン)を得ている。しかしながらこの具体例では、8−キノリノールの収率は、未だ満足すべきものとはいえなかった。この提案の改良として、アニリン化合物としてアルキル基又はハロゲン原子で置換されていてもよいアニリンを使用してキノリン化合物を製造する場合には、グリセリン等の使用量を減じるために濃硫酸の代わりに硫酸濃度が70〜85重量%の硫酸を使用する方法が提案されている(特許文献3)。しかしながらこの方法をアミノフェノール類とグリセリンの反応に転用した場合には、高収率でキノリノールを製造することはできなかった。
【0004】
【非特許文献1】ワイズベルガー及びテイラー著「ヘテロサイクリック・コンパウンズ」32巻I100〜117頁
【特許文献1】独国特許第14976号明細書
【特許文献2】英国特許第549502号明細書
【特許文献3】特許第2569126号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで本発明者は、アミノフェノール類とグリセリン又はアクロレインの反応における上記のような問題点を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、反応中の硫酸濃度及び反応温度が収率に与える影響が大きく、硫酸濃度が高すぎる場合や反応温度が低い場合には高収率でキノリノールを得ることができないことを知った。そして後記するような条件を選択するときにキノリノールを収率よく製造できることを知った。したがって本発明の目的は、アミノフェノール類とアクロレイン又はグリセリンの反応によって、高収率でしかも工業的に有利にキノリノールを製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
すなわち、本発明によれば、アミノフェノール類とグリセリン又はアクロレインを、硫酸濃度が40〜65重量%の硫酸水溶液中、酸化剤として沃素又は沃素化合物の存在下、135〜180℃の温度で反応させることを特徴とするキノリノールの製造方法が提供される。この方法においては、自生圧下又は加圧下で反応させることが好ましい。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、医薬、農薬、電子材料等の原料として有用なキノリノールを収率よく製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明においては、アミノフェノール類とグリセリン又はアクロレインを反応させてキノリノールを製造する。原料としてグリセリンを使用する場合は、それが反応系中でアクロレインに変化してアミノフェノール類と反応するものと考えられる。原料として使用されるアミノフェノール類としては、o−アミノフェノール、m−アミノフェノール、p−アミノフェノールなどを例示することができる。
【0009】
上記アミノフェノール類と反応させるグリセリン又はアクロレインの使用量は、アミノフェノール類1モルに対し、0.9〜10モル、とくに1.0〜5モルの割合とするのが好ましい。すなわちその使用量が過少であるとアミノフェノール類の転化率を充分に高めることはできず、逆にその使用量が過多になると、収率向上に効果がないばかりか、それ由来のピッチ状重合物が生成し易くなってくる。
【0010】
本発明においては、硫酸濃度が40〜65重量%、好ましくは45〜60重量%の硫酸水溶液を使用することが重要である。すなわち使用する硫酸の濃度が高すぎると、反応の選択性が低下してピッチ状の重合物が生成し易くなるので好ましくなく、また硫酸濃度が低すぎると原料転化率を高めることができないので好ましくない。硫酸の使用量は、原料アミノフェノール類1モルに対し、2.5〜8モル、とくに3〜6モルの割合とするのが好ましい。すなわち硫酸の使用量が過少であると、原料転化率が低下する傾向となり、またその使用量が過多になると、釜効率が悪くなり経済的ではない。
【0011】
本発明においては、酸化剤として沃素又は沃素化合物が使用される。具体的には元素状沃素の他、沃化水素酸、金属沃化物、例えば沃化カルシウム、沃化ナトリウム、沃化カリウムなどの無機沃素化合物を例示することができる。沃素又は沃素化合物は、必要量以上に使用するのは経済的でないので、その使用量は触媒効果を充分発揮できる範囲内で選択すればよく、原料アミノフェノール類1モルに対して、0.001〜0.1モル、とくに0.005〜0.05モルの割合とするのが好ましい。
【0012】
本発明の反応は、40〜65重量%濃度の硫酸水溶液中に、アミノフェノール類と沃素又は沃素化合物を溶解させ、そこにグリセリン又はアクロレインを所定温度で作用させることによって行うことができる。グリセリン又はアクロレインは、最初にアミノフェノール類等とともに一緒に硫酸水溶液中に添加してもよいし、硫酸水溶液中にアミノフェノール類と沃素又は沃素化合物を溶解させた溶液を所定温度付近まで加熱したものに添加することもできる。後者の場合の添加時間は、0.1〜10時間程度である。
【0013】
本発明の反応は、135〜180℃、好ましくは140〜180℃の温度で行われる。反応温度がこれより低いとあまり反応は進行せず、また反応温度を高くしすぎると反応の選択性が低下する傾向となる。本発明においては40〜65重量%濃度の硫酸水溶液が使用されるので、常圧においては水が沸騰してこの温度に保つことはできないが、耐圧容器を用い、自生圧又は加圧条件下で反応させることによって上記反応温度を維持することができる。反応の進行とともに水および二酸化硫黄の生成に伴って次第に圧力が上昇してくるが、その圧力下で反応を行ってもよいし、反応温度を維持できる範囲内で圧力調整を行ってもよい。反応は、原料アミノフェノール類の大部分が消失するまで行うのが望ましく、通常、0.5〜24時間程度である。
【0014】
反応終了後は、反応混合物を水により希釈し、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニア等のアルカリを添加して中和すると、目的物であるキノリノールが結晶として析出してくるので、これを濾過等の手段により回収すれば、粗製品を得ることができる。この粗製品中には、少量の原料やピッチ状の重合物などが含まれることがあるため、高純度のキノリノールが必要な場合には、メタノール、エタノール、イソプロパノールなどの低級アルコールや酢酸エチル等の溶媒を用いて再結晶等の精製操作を加えることができる。
【実施例】
【0015】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は下記実施例に限定されるものではない。尚、実施例における分析は、下記条件の高速液体クロマトグラフィにより行った。
測定条件
カラム:Zorbax Extend−C18、長さ250mm、内径4.6mm
溶離液:A 20ミリモル/L−KHPOを燐酸でpH=3.0に調整
B メタノール
グラジェント条件 時間(分) 0 20 25 28 35
A(%) 80 20 20 80 80
B(%) 20 80 80 20 20
流量:1ml/分
オーブン温度:40℃
検出器:UV(254nm)
【0016】
[比較例1]
攪拌機、温度計、還流冷却器及び水留出管を備えた200mlガラス製フラスコに、80%硫酸55.1g(0.45モル)、p−アミノフェノール10.9g(0.1モル)及び沃素0.13g(0.001モル)を仕込み、130℃まで昇温した。この混合溶液中にグリセリン11.1g(0.12モル)を130〜135℃に維持しながら1時間かけて滴下し、その後139〜140℃で2時間保持し、その間温度を維持するように反応で生成する水を留去した。反応終了後、反応液を100℃まで冷却し、少量ずつ水82g中に添加した。次に30%水酸化ナトリウム水溶液でpH=7.1に調整すると、次第に粘性の高いピッチ状物が析出した。そのピッチ状物を分離して乾燥後、黒色の物質12.1gを得た。この黒色物質を高速液体クロマトグラフィを用いて分析したところ、6−キノリノール含有量は8.7重量%であり、収率は7.3モル%であった。
【0017】
[比較例2]
攪拌機、温度計、還流冷却器及び水留出管を備えた200mlガラス製フラスコに、60%硫酸73.5g(0.45モル)、p−アミノフェノール10.9g(0.1モル)及び沃素0.13g(0.001モル)を仕込み、124℃まで昇温した。この混合溶液中にグリセリン11.1g(0.12モル)を124〜128℃に維持しながら0.7時間かけて滴下し、その後128〜130℃で5時間保持し、その間温度を維持するように反応で生成する水を留去した。反応終了後、反応液を80℃まで冷却し、少量ずつ水82g中に添加した。次に30%水酸化ナトリウム水溶液でpH=7.3に調整すると、次第に白色結晶と粘性の高いピッチ状物が析出した。それらを濾過、乾燥して、結晶と黒色物質の混合物12.5gを得た。この混合物を均一に粉砕後、高速液体クロマトグラフィを用いて分析したところ、6−キノリノール含有量は43.8重量%であり、収率は37.8モル%であった。
【0018】
[実施例1]
攪拌機、温度計及び圧力計を備えた300mlガラス製オートクレーブ(耐圧硝子製TEM−V300)に、50%硫酸132.3g(0.67モル)、p−アミノフェノール16.4g(0.15モル)、沃素0.19g(0.0015モル)及びグリセリン16.6g(0.18モル)を仕込み、160℃まで昇温した。このときの圧力は0.22MPaであった。その後159〜160℃で8時間保持し、その間圧力は次第に上昇し、最終的には0.6MPaであった。反応終了後、反応液を70℃まで冷却し、常圧に戻した後、少量ずつ水123g中に添加した。次に30%水酸化ナトリウム水溶液でpH=7.1に調整すると、次第に白色結晶と少量の粘性の高いピッチ状物が析出した。それらを濾過、乾燥して、結晶と黒色物質の混合物27.5gを得た。この混合物を均一に粉砕後、高速液体クロマトグラフィを用いて分析したところ、6−キノリノール含有量は62.0重量%であり、収率は78.4モル%であった。
【0019】
[実施例2]
攪拌機、温度計及び圧力計を備えた300mlガラス製オートクレーブ(耐圧硝子製TEM−V300)に、50%硫酸132.3g(0.67モル)、p−アミノフェノール16.4g(0.15モル)、沃素0.19g(0.0015モル)及びグリセリン41.4g(0.45モル)を仕込み、150℃まで昇温した。このときの圧力は0.15MPaであった。その後149〜151℃で8時間保持し、その間圧力は次第に上昇し、最終的には0.4MPaであった。反応終了後、反応液を70℃まで冷却し、常圧に戻した後、少量ずつ水123g中に添加した。次に30%水酸化ナトリウム水溶液でpH=7.1に調整すると、次第に白色結晶と少量の粘性の高いピッチ状物が析出した。それらを濾過、乾燥して、結晶と黒色物質の混合物28.4gを得た。この混合物を均一に粉砕後、高速液体クロマトグラフィを用いて分析したところ、6−キノリノール含有量は63.3重量%であり、収率は82.4モル%であった。
【0020】
[実施例3]
攪拌機、温度計及び圧力計を備えた300mlガラス製オートクレーブ(耐圧硝子製TEM−V300)に、60%硫酸110.2g(0.67モル)、p−アミノフェノール16.4g(0.15モル)、沃素0.19g(0.0015モル)及びグリセリン41.4g(0.45モル)を仕込み、140℃まで昇温した。このときの圧力は0.1MPaであった。その後139〜140℃で8時間保持し、その間圧力は次第に上昇し、最終的には0.3MPaであった。反応終了後、反応液を70℃まで冷却し、常圧に戻した後、少量ずつ水123g中に添加した。次に30%水酸化ナトリウム水溶液でpH=7.0に調整すると、次第に白色結晶と粘性の高いピッチ状物が析出した。それらを濾過、乾燥して、結晶と黒色物質の混合物22.9gを得た。この混合物を均一に粉砕後、高速液体クロマトグラフィを用いて分析したところ、6−キノリノール含有量は64.1重量%であり、収率は67.6モル%であった。
【0021】
[実施例4]
攪拌機、温度計及び圧力計を備えた300mlガラス製オートクレーブ(耐圧硝子製TEM−V300)に、50%硫酸102.9g(0.53モル)、p−アミノフェノール16.4g(0.15モル)、沃素0.19g(0.0015モル)及びグリセリン27.6g(0.3モル)を仕込み、160℃まで昇温した。このときの圧力は0.2MPaであった。その後159〜161℃で8時間保持し、その間圧力は次第に上昇し、最終的には0.6MPaであった。反応終了後、反応液を70℃まで冷却し、常圧に戻した後、少量ずつ水123g中に添加した。次に30%水酸化ナトリウム水溶液でpH=7.4に調整すると、次第に白色結晶と粘性の高いピッチ状物が析出した。それらを濾過、乾燥して、結晶と黒色物質の混合物31.2gを得た。この混合物を均一に粉砕後、高速液体クロマトグラフィを用いて分析したところ、6−キノリノール含有量は50.7重量%であり、収率は72.6モル%であった。
【0022】
[実施例5]
攪拌機、温度計及び圧力計を備えた300mlガラス製オートクレーブ(耐圧硝子製TEM−V300)に、50%硫酸102.9g(0.53モル)、p−アミノフェノール16.4g(0.15モル)、沃素0.19g(0.0015モル)及びグリセリン27.6g(0.3モル)を仕込み、150℃まで昇温した。このときの圧力は0.15MPaであった。その後149〜151℃で8時間保持し、その間圧力は次第に上昇し、最終的には0.45MPaであった。反応終了後、反応液を70℃まで冷却し、常圧に戻した後、少量ずつ水123g中に添加した。次に30%水酸化ナトリウム水溶液でpH=7.1に調整すると、次第に白色結晶と粘性の高いピッチ状物が析出した。それらを濾過、乾燥して、結晶と黒色物質の混合物20.6gを得た。この混合物を均一に粉砕後、高速液体クロマトグラフィを用いて分析したところ、6−キノリノール含有量は72.4重量%であり、収率は68.4モル%であった。
【0023】
[実施例6]
攪拌機、温度計及び圧力計を備えた300mlガラス製オートクレーブ(耐圧硝子製TEM−V300)に、50%硫酸211.7g(1.08モル)、p−アミノフェノール26.2g(0.24モル)、沃素0.3g(0.0024モル)及びグリセリン26.5g(0.29モル)を仕込み、160℃まで昇温した。このときの圧力は0.25MPaであった。その後159〜162℃で8時間保持し、その間圧力は次第に上昇し、最終的には0.6MPaであった。反応終了後、反応液を70℃まで冷却し、常圧に戻した後、少量ずつ水196g中に添加した。次に30%水酸化ナトリウム水溶液でpH=7.0に調整すると、次第に白色結晶と少量の粘性の高いピッチ状物が析出した。それらを濾過、乾燥して、結晶と黒色物質の混合物60.0gを得た(収率77.9%)。
【0024】
次にこの混合物をメタノール260gに加熱溶解した後、30℃に冷却して不溶分を濾別し、メタノール溶液に活性炭4.4gを添加して25〜30℃で1時間攪拌した。次いで活性炭を除去し、メタノールを留去した残渣65gを氷冷して析出した結晶を濾過、乾燥後、薄い褐色の6−キノリノール結晶14.9gを得た。この結晶を、高速液体クロマトグラフィを用いて分析したところ、6−キノリノール含有量は98.5重量%であり、p−アミノフェノールからの収率は42.0モル%であった。
【0025】
以上の結果を、表1にまとめて示す。














【表1】

*:対p−アミノフェノール

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミノフェノール類とグリセリン又はアクロレインを、硫酸濃度が40〜65重量%の硫酸水溶液中、酸化剤として沃素又は沃素化合物の存在下、135〜180℃の温度で反応させることを特徴とするキノリノールの製造方法。
【請求項2】
反応を、自生圧下又は加圧下で行うことを特徴とする請求項1に記載のキノリノールの製造方法。