説明

キノン系化合物を有効成分とする肝癌の発癌予防剤

本発明の目的は、安全かつ有効な肝癌、とりわけ、C型肝炎ウイルス性肝硬変由来の肝癌の発癌を予防する薬剤の提供することである。本発明は、メナテトレノンを有効成分とする肝癌の発癌予防剤を提供し、かかる予防剤を投与することにより、肝癌の発癌の予防に対して有効である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キノン系化合物を有効成分とする肝癌の発癌予防剤に係り、より詳細には、本発明は、メナテトレノンを有効成分とする肝癌の発癌予防剤に関する。
【背景技術】
【0002】
わが国における肝癌患者の約9割は、肝炎ウイルスに起因しており、とりわけ、C型肝炎ウイルスに起因するものが約7割と顕著である(たとえば、非特許文献1参照)。C型肝炎ウイルス性肝硬変患者の5年間の累積発癌率は27%、10年間で52.4%そして15年間で70.6%である(たとえば、非特許文献2参照)。
【0003】
ウイルス性慢性肝疾患から肝癌への発症を予防する治療方法として、肝炎ウイルスの駆除を目的としたインターフェロン療法が知られている(たとえば、非特許文献3参照)。しかしながら、インターフェロンは間質性肺炎、うつ、糖尿病等の副作用の問題があることが知られている。(たとえば、非特許文献4参照)
【0004】
一方、ビタミンKは、ビタミンK依存性タンパクのN末端にあるグルタミン酸残基をカルボキシ化させるγ−グルタミルカルボキシラーゼの補酵素である。ビタミンK依存タンパクとして血液凝固II因子(プロトロンビン)、VII、IXやX等が挙げられる。ビタミンKファミリーは天然体のK1、K2や合成体のK3から構成される。とりわけ、ビタミンK2(一般名「メナテトレノン」という。)は骨粗鬆症の治療薬として販売されている。
【0005】
他方、メナテトレノンは白血病細胞の分化誘導作用を示すことが知られている(たとえば、特許文献1参照)。しかしながら、上記文献では、In Vitroでの効果しか記載されていないため、臨床での肝細胞の発癌予防の効果は示されていない。
【0006】
また、メナテトレノンの側鎖部にはゲラニルゲラニオールがあるが、それが強く腫瘍細胞のアポトーシスを誘導することも知られている(たとえば、非特許文献5参照)。しかしながら、上記文献の記載からは、同様に臨床における正常肝細胞の癌化を予防することを示唆していない。
【0007】
さらに、近年、メナテトレノンが肝癌治療後の患者における肝癌の再発を抑制し、生存率を高めることが知られている(たとえば、非特許文献6、7参照)。しかしながら、前記文献は一度癌を発症した患者を対象としたものであり、癌が未発症である肝硬変の患者に対して、発癌予防の効果は示されていない。
【非特許文献1】肝臓、41巻、p799−811、2000年
【非特許文献2】肝臓、35巻、p772−773、1994年
【非特許文献3】Nishiguchi N et al. Lancet 346, 1051-1055, 1995
【非特許文献4】肝胆膵、32巻、p101−127、1996年
【非特許文献5】Ohizumi H, Masuda Y, Nakajo S, Sakai I, Ohsawa S and Nakaya; Geranylgeraniol is a potent inducer of apoptosis in tumor cells. J. Biochem. 1995;117:11-13
【非特許文献6】肝臓、43巻、suppl.(1)、A64、2002年
【非特許文献7】第38回日本肝癌研究会抄録集、p135、2002年
【特許文献1】特開平6−305955号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
以上に説明したように、安全かつ有効な肝癌の発癌を予防する薬剤というのは、未だに提供されていないのが現状であり、かかる薬剤が要望されている。したがって、本発明の目的は、安全かつ有効な肝癌の発癌を予防する薬剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記事情に鑑み、鋭意努力した結果、メナテトレノンが肝癌の発癌に対し予防効果があることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、第一の態様では、本発明は、1)メナテトレノンを有効成分とする、肝癌の発癌予防剤;2)メナテトレノンを有効成分とする、慢性肝疾患由来の発癌予防剤;3)メナテトレノンを有効成分とする、肝硬変由来の肝癌の発癌予防剤;4)メナテトレノンを有効成分とする、肝炎ウイルス性肝硬変由来の肝癌の発癌予防剤;5)メナテトレノンを有効成分とする、C型肝炎ウイルス性肝硬変由来の肝癌の発癌予防剤等、を提供する。
【0011】
また、第二の態様では、本発明は、6)メナテトレノンを投与する工程を含む、肝癌の発癌予防方法;7)メナテトレノンを投与する工程を含む、慢性肝疾患由来の発癌予防方法;8)メナテトレノンを投与する工程を含む、肝硬変由来の肝癌の発癌予防方法;9)メナテトレノンを投与する工程を含む、肝炎ウイルス性肝硬変由来の肝癌の発癌予防方法;10)メナテトレノンを有効成分とする、C型肝炎ウイルス性肝硬変由来の肝癌の発癌予防方法等を提供する。
【0012】
さらに、第三の態様では、本発明は、11)肝癌の発癌予防剤の製造のための、メナテトレノンの使用;12)慢性肝疾患由来の発癌予防剤の製造のための、メナテトレノンの使用;13)肝硬変由来の肝癌の発癌予防剤の製造のための、メナテトレノンの使用;14)肝炎ウイルス性肝硬変由来の肝癌の発癌予防剤の製造のための、メナテトレノンの使用;15)C型肝炎ウイルス性肝硬変由来の肝癌の発癌予防剤の製造のための、メナテトレノンの使用等、を提供する。
【0013】
本発明でいう「肝癌」とは、主として肝細胞癌をいう。また、本発明でいう「慢性肝疾患」とは、肝炎や肝硬変をいう。さらに、本発明でいう「肝硬変」とは、犬山分類でF4に分類される病態のものをいう。さらにまた、本発明でいう「肝炎ウイルス性肝硬変」とは、主としてB型肝炎ウイルスやC型肝炎ウイルスに由来する肝硬変をいう。くわえて、本発明でいう「発癌」とは、これまでに癌を発症していない患者から初めて癌細胞が検出されることをいう。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係るメナテトレノンを含有する発癌予防剤によれば、肝硬変患者、特に、C型肝炎ウイルス由来の肝硬変患者における肝癌の発癌予防に関して、非常に優れた効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下の実施形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明をこの実施形態にのみ限定する趣旨ではない。本発明は、その要旨を逸脱しない限り、さまざまな形態で実施することができる。
【0016】
本発明で使用するメナテトレノンとは、化学名2−メチル−3−テトラプレニル−1,4−ナフトキノンである。構造式は以下のとおりである。
【化1】



【0017】
メナテトレノンは黄色の結晶又は油状の物質で、におい又は味はなく、光により分解しやすい。また、水にはほとんど溶けない。
【0018】
本発明において用いるメナテトレノンは、自体公知の方法で製造することができ、代表的な例として、特開昭49−55650号公報に開示される方法によれば容易に製造することができる他、合成メーカーから容易に入手することもできる。
【0019】
本発明に用いるメナテトレノンは、無水物であってもよいし、水和物を形成してもよい。また、メナテトレノンには結晶多形が存在することもあるが、いずれかの結晶形が単一であってもよいし、結晶形混合物であってもよい。さらに、本発明に、かかるメナテトレノンが生体内で分解されて生じる代謝物も本発明の特許請求の範囲に包含される。
【0020】
本発明に係る医薬は、メナテトレノンをそのまま用いてもよいし、または、自体公知の薬学的に許容できる担体等(例:賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味矯臭剤、安定化剤、乳化剤、吸収促進剤、界面活性剤、pH調整剤、防腐剤、抗酸化剤等)、一般に医薬品製剤の原料として用いられる成分を配合して慣用される方法により製剤化してもよい。また、必要に応じて、ビタミン類、アミノ酸等の成分を配合してもよい。製剤化の剤形としては、錠剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤、坐剤、注射剤、軟膏剤、パップ剤等が挙げられる。
【0021】
また、本発明においては、メナテトレノンの投与形態は特に限定されないが、経口的に投与することが好ましい。メナテトレノンのカプセル剤は商品名ケイツーカプセル(エーザイ株式会社製)、グラケーカプセル(エーザイ株式会社製)として、またシロップ剤は商品名ケイツーシロップ(エーザイ株式会社製)として、注射剤は商品名ケイツーN注(エーザイ株式会社製)として入手することができる。
【0022】
本発明に係るメナテトレノンを含有する薬剤の好ましい投与量としては、通例、10−200mg/日であり、更に好ましくは30−135mg/日である。
【0023】
以下に本発明の試験例を挙げるが、これらは例示的なものであり、本発明はこれらの試験例に限定されるものではない。当業者は、以下に示す試験例のみならず、本発明に係る特許請求の範囲に様々な変更を加えて実施することが可能であり、かかる変更も本願特許請求の範囲に包含される。
【0024】
試験例1
(方法)
ウイルス型肝硬変の女性患者50人を対象に一次試験を行った。
肝硬変の診断は、超音波ガイド下で行われた腹腔鏡検査や針生検により得られた肝組織の病理学的検査に基づいて行われた。
腹部ダイナミックCTや腹部超音波検査の結果により肝癌の存在が示唆された場合には、さらに肝生検を行って癌の鑑別を行った。
患者の半数を無作為に投与群と非投与群に分け、投与群の患者にメナテトレノン(商品名:「グラケー」、エーザイ株式会社製:以下、単に「VK2」という。)を一日あたり45mg経口投与した。
長期試験は、一次試験の後に同意した21人の投与群の患者と19人の非投与群の患者により行われた。各群ともB型肝炎ウイルスの患者が一人ずつ含まれ、それ以外は全員C型肝炎ウイルスの患者であった。
非投与群の患者4人と投与群の患者3人は、C型肝炎ウイルス感染治療のため、事前にインターフェロン(IFN)−αの治療を受けていたが、いずれの患者も持続した反応を示していなかった。エントリー段階での精密検査により病変を示さなかったにもかかわらず、初期の非投与群の患者3人が試験中に肝癌を有していることが見出された。
臨床試験はヘルシンキ宣言に基づき、大阪市立大学の倫理委員会の承認の上で行われた。
統計分析はSASソフトウェア(バージョン8.12)を用いた。χ2テストにより各群の均一性を評価した。累積発症率はKaplan−Meier法によりプロットした。群間の相違の統計的意義はlog rankテストで評価した。単変量解析や多変量解析のためにCox’s regressionテストが用いられた。解析の結果、両群とも年齢、Child−Pugh分類およびその他の臨床的発見に関して相違は見られなかった(表1参照)。
【0025】
【表1】

【0026】
(結果)
図1で示すように、7年間の追跡による試験の結果、非投与群では、累積的に肝癌を発症する患者が増えていき、結果的に患者19人中9人が肝癌を発症する一方で、メナテトレノン投与群では患者21人中2人が肝癌を発症しただけである。このように、投与群における肝癌患者の累積発症率は非投与群に比してかなり小さい。
単変量解析によると、肝癌に進展する投与群対非投与群のオッズ比は0.195(0.042〜0.913)であった(表2参照)。
【0027】
【表2】

【0028】
年齢、アラニンアミノトランスフェラーゼ活性(ALT)、血漿アルブミン、全ビリルビン、血小板数、α−フェトプロテイン(AFP)及びIFN―αによる治療歴で補正をした多変量解析によると、肝癌に進展する投与群対非投与群のオッズ比は0.126(0.016〜0.992)であった(表3参照)。
【0029】
【表3】


Adjusted for age and all over variables in this table.

なお、表2および表3中の「CI」とは、Confidential Intervalの略であり、「信頼区間」を意味する。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明に係るメナテトレノンを含有する発癌予防剤によれば、肝硬変患者、特に、C型肝炎ウイルス由来の肝硬変患者における肝癌の発癌予防に関して、非常に優れた効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】肝癌の累積発症率のグラフである。図中におけるHCCとは、hepatocellular carcinomaの略であり、肝細胞癌を意味する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
メナテトレノンを有効成分とする、肝癌の発癌予防剤。
【請求項2】
メナテトレノンを有効成分とする、慢性肝疾患由来の発癌予防剤。
【請求項3】
メナテトレノンを有効成分とする肝硬変由来の肝癌の発癌予防剤。
【請求項4】
メナテトレノンを有効成分とする、肝炎ウイルス性肝硬変由来の肝癌の発癌予防剤。
【請求項5】
メナテトレノンを有効成分とする、C型肝炎ウイルス性肝硬変由来の肝癌の発癌予防剤。
【請求項6】
メナテトレノンを投与する工程を含む、肝癌の発癌予防方法。
【請求項7】
メナテトレノンを投与する工程を含む、慢性肝疾患由来の発癌予防方法。
【請求項8】
メナテトレノンを投与する工程を含む、肝硬変由来の肝癌の発癌予防方法。
【請求項9】
メナテトレノンを投与する工程を含む、肝炎ウイルス性肝硬変由来の肝癌の発癌予防方法。
【請求項10】
メナテトレノンを有効成分とする、C型肝炎ウイルス性肝硬変由来の肝癌の発癌予防方法。
【請求項11】
肝癌の発癌予防剤の製造のための、メナテトレノンの使用。
【請求項12】
慢性肝疾患由来の発癌予防剤の製造のための、メナテトレノンの使用。
【請求項13】
肝硬変由来の肝癌の発癌予防剤の製造のための、メナテトレノンの使用。
【請求項14】
肝炎ウイルス性肝硬変由来の肝癌の発癌予防剤の製造のための、メナテトレノンの使用。
【請求項15】
C型肝炎ウイルス性肝硬変由来の肝癌の発癌予防剤の製造のための、メナテトレノンの使用。


【図1】
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【国際公開番号】WO2005/065671
【国際公開日】平成17年7月21日(2005.7.21)
【発行日】平成19年7月26日(2007.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−516825(P2005−516825)
【国際出願番号】PCT/JP2004/018643
【国際出願日】平成16年12月14日(2004.12.14)
【出願人】(506137147)エーザイ・アール・アンド・ディー・マネジメント株式会社 (215)
【出願人】(801000061)財団法人大阪産業振興機構 (168)
【Fターム(参考)】