説明

クチナーゼの産生方法及び誘導物質含有培地

【課題】 クリプトコッカス属に属する酵母を培養し、得られた培養物からクチナーゼを分離及び精製する、より効率的なクチナーゼの産生方法、及び該方法に用いる誘導物質含有培地を提供する。
【解決手段】 誘導物質を含む培地でクリプトコッカス(Cryptococcus)属に属する酵母を培養し、得られた培養物よりクチナーゼを分離及び精製するクチナーゼの産生方法であって、前記誘導物質が、構成脂肪酸としてリノレン酸を含む油脂であることを特徴とするクチナーゼの産生方法、及び該誘導物質を含み、クリプトコッカス属に属する酵母を培養してクチナーゼを産生するために使用される誘導物質含有培地。クリプトコッカス属に属する酵母として、クリプトコッカス エスピー エス−2を好適に用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、誘導物質存在下で、クリプトコッカス(Cryptococcus)属に属する酵母を培養してクチナーゼを高効率に産生する方法及び該方法に用いる誘導物質含有培地に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境問題への意識の高まりとともに、エステル結合の加水分解反応、またはエステル合成反応やエステル交換反応などの有機合成反応等に酵素を利用する試みが盛んに行われている。
本発明者らは、これまでの研究の結果、クリプトコッカス属に属する酵母から、油脂分解能が高いだけでなく、弱酸性からアルカリ性までの広いpH領域で強い油脂分解活性を示し、さらに有機溶媒に安定である等の数多くの有用な性質を有する従来未知の新規クチナーゼを見出していた。該クチナーゼは、油脂分解に利用できることはもちろんのこと、試薬、医薬成分、特定保健用飲食品成分、洗剤、化粧品その他広範囲な用途に利用することができ、また、特に有機溶媒に安定であるという性質から、エステル交換反応やエステル合成反応にも利用できるものと期待されている(特許文献1参照)。
【0003】
上記の如きクリプトコッカス属に属する酵母が産生するクチナーゼは、特許文献1に記載されている通り、クリプトコッカス属に属する酵母を常法にしたがって培養し、得られた培養物から分離及び精製することにより取得することができる。この時、オリーブオイル、トリオレイン等の油脂を炭素源として用いることで、グルコース培地を用いた場合よりも多くのクチナーゼの産生が見られ、油脂を炭素源として用いることでクチナーゼの産生量を有意に高められる事が明らかとなっていた。
【特許文献1】特開2001−252072号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、用いる油脂によってクチナーゼの産生量は異なり、また、エステル合成反応やエステル交換反応等の有機合成反応等に工業的に用いるためには、生産性が低いという問題点を有しているため、より効率的なクチナーゼ産生方法の開発が強く望まれている。
【0005】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、上記したクチナーゼが有する数多くの有用性に鑑み、クリプトコッカス属に属する酵母を培養し、得られた培養物からクチナーゼを分離及び精製する、より効率的なクチナーゼの産生方法、及び該方法に用いる誘導物質含有培地を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは鋭意検討を重ねた結果、クリプトコッカス属に属する酵母を培養する際に、誘導物質として、リノレン酸を構成脂肪酸として含む油脂を培養液中に添加することにより、リノレン酸を構成脂肪酸として含まない油脂を添加した場合よりも、顕著にクチナーゼの産生量を高めることが可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明の第一の発明は、誘導物質を含む培地でクリプトコッカス(Cryptococcus)属に属する酵母を培養し、得られた培養物よりクチナーゼを分離及び精製するクチナーゼの産生方法であって、前記誘導物質が、構成脂肪酸としてリノレン酸を含む油脂であることを特徴とするクチナーゼの産生方法である。
また、本発明の第二の発明は、クリプトコッカス(Cryptococcus)属に属する酵母を培養してクチナーゼを産生するために使用される、誘導物質を含む培地であって、前記誘導物質が、構成脂肪酸としてリノレン酸を有効成分として含む油脂であることを特徴とする誘導物質含有培地である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、クリプトコッカス属に属する酵母の培養によるクチナーゼの産生の際に、リノレン酸を構成脂肪酸として含む油脂を誘導物質として用いることで、リノレン酸を構成脂肪酸として含まない油脂を誘導物質として用いた場合よりも、有意に高い産生量のクチナーゼを得ることができる。
また、クチナーゼは、油脂分解能が高いだけでなく有機溶媒に対して安定であるという性質を有しているため、薬品、飲食品、化粧品及び洗剤等の、従来リパーゼが用いられている用途に、リパーゼに代わって用いることが可能であり、さらに、有機溶媒存在下でのエステル交換反応やエステル合成反応等への利用も可能であるため、これらの分野に対して、高品質で安価クチナーゼを工業的スケールで提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明について、詳しく説明する。
本発明のクチナーゼの産生方法は、構成脂肪酸としてリノレン酸を含む油脂を誘導物質として、該誘導物質を含む培地でクリプトコッカス属に属する酵母を培養し、得られた培養物からクチナーゼを分離及び精製することを特徴とする。
【0010】
本発明で用いるクリプトコッカス属に属する酵母としては、例えば、クリプトコッカス エスピー エス−2(Cryptococcus sp S−2;FERM P−15155)、クリプトコッカス ネオフォルマンス(Cryptococcus neoformans)、クリプトコッカス アルビダス(Cryptococcus albidus)、クリプトコッカス ラクタチボラス(Cryptococcus lactativorus)、クリプトコッカス ラウレンチ(Cryptococcus laurentii)等を挙げることができ、なかでも、好ましいものとして、クリプトコッカス エスピー エス−2(Cryptococcus sp S−2;FERM P−15155、以下、クリプトコッカス エスピー エス−2と略記)を挙げることができる。
クリプトコッカス属に属する酵母の前培養法は、常法に従えば良く、例えば、クリプトコッカス エスピー エス−2を培養する場合は、YM培地(酵母エキス0.3質量%、麦芽エキス0.5質量%、ペプトン0.5質量%、グルコース1質量%)にて25℃、40時間前培養(5.4×10〜5.8×10個/ml)した菌体を、通常の本培養への接種菌とする。
【0011】
本培養の培地は、油脂を誘導物質として含み、該誘導物質が、構成脂肪酸としてリノレン酸を有効成分として含むものであるが、例えば、クリプトコッカス エスピー エス−2の場合、酵母エキス0.5質量%、KHPO1質量%、MgSO・7HO 0.1質量%、トリオレイン1質量%を基本培地とし、ここにリノレン酸を構成脂肪酸として含む誘導物質を加え、さらに必要に応じて、窒素源及び炭素源等を加えたものを一例として挙げることができる。
そして、本培養は、該酵素産生培地に、前培養した菌を1%(v/v)接種し、25℃、100rpmの振とう培養にて、クチナーゼの産生を行えばよい。
【0012】
培養液中に添加する前記誘導物質の量は特に限定されないが、培地中の濃度として0.05〜4質量%であることが好ましく、0.1〜2質量%であることがより好ましい。前記量は、例えば、構成脂肪酸としてリノレン酸を50%以上含むアマニ油を用いる場合に、クチナーゼの産生量を高める上で特に有効であるが、構成脂肪酸としてのリノレン酸含有量が低い油脂を誘導物質として用いる場合には、リノレン酸含有量に応じて油脂の添加量を適宜増やすことが好ましい。
【0013】
培養後、クチナーゼを培養物から分離及び精製する方法は常法に従えばよく、例えば、培養物を濃縮した後、クロマトグラフィー処理等の既知の精製方法を組み合わせて行えば良い。
【0014】
クリプトコッカス エスピー エス−2によるクチナーゼの産生においては、誘導物質を添加しなくてもクチナーゼは産生され、オリーブオイル、トリオレインなどの油脂を炭素源として用いることで、グルコース培地で培養した場合よりも、より多くのクチナーゼの産生が見られる事はすでに知られていたが、誘導物質として、リノレン酸を構成脂肪酸として含有する油脂を用いることで、クチナーゼの産生量をさらに高めることができる。
【0015】
本発明で用いる誘導物質である油脂は、その構成脂肪酸中のリノレン酸の割合が2%以上であることが好ましく、20%以上であることがより好ましく、50%以上であることが特に好ましい。一方、構成脂肪酸中のリノレン酸の割合の上限は本発明の効果を呈する限り特に限定されるものではない。
構成脂肪酸としてリノレン酸を含む油脂としては、特に限定されないが、例えば、アマニ油、エゴマ油、シソ油、フラックス油、月見草油、ボリジ油、ブラックカント油、大麻油及び大豆油等を挙げることができ、これらの群より選ばれる1種以上を用いることが好ましい。なかでも、アマニ油を用いることが特に好ましい。
これら油脂の構成脂肪酸としてリノレン酸の割合が高いものほど、誘導物質として好適である。また、構成脂肪酸としてリノレン酸を含まない油脂に、構成脂肪酸としてリノレン酸を含む油脂を組み合わせて用いることもできる。
【0016】
なお、リノレン酸そのものには、クチナーゼの産生量を高める明確な誘導効果が認められない。このため、クチナーゼの産生を高める誘導物質として、上述のリノレン酸とグリセリンがエステル結合した油脂のような、リノレン酸エステルを用いることが必須である。
【0017】
本発明において、誘導物質として用いる油脂の構成脂肪酸であるリノレン酸の種類としては、脂肪酸のメチル末端から数えて6番目の炭素に二重結合を持つn−6系のγ−リノレン酸と、3番目の炭素に二重結合を持つn−3系のα−リノレン酸等を好ましいものとして挙げることができる。
【0018】
誘導物質の添加時期は、酵母が生育している時期であれば特に限定されず、いずれの時期に添加してもクチナーゼの産生量を高める効果が得られる。例えば、本培養前の基本培地にあらかじめ誘導物質を添加してクチナーゼの産生を行っても良いし、酵母の生菌数が十分に増加する対数増殖期以降に、リノレン酸含有油脂を基本培地中に添加することでも、クチナーゼの産生量を高めることができる。
【0019】
このようにして得られたクチナーゼは、医薬、化粧品、飲食品、洗剤、試薬その他各種の用途に広範に利用できるだけでなく、各種の有機溶媒に対して安定であるという性質を有するため、有機溶媒存在下でのエステル交換反応やエステル合成反応等にも利用可能であって、新しい用途も期待することができる。
【実施例】
【0020】
以下、具体的実施例を挙げて、本発明についてさらに詳しく説明する。ただし、本発明は、以下の実施例に何ら限定されるものではない。なお、「%」は特に断りの無い限り質量%を表す。
【0021】
酵母エキス0.25%、ラクトース0.5%、KHPO1%、MgSO・7HO0.1%、トリオレイン0.5%を基本培地とし、前培養したクリプトコッカス エスピー エス−2を1%(v/v)接種して、25℃、100rpmで振とう培養を行った。培養45時間後に、構成脂肪酸として表1に示すような割合のα−リノレン酸及び/又はγ−リノレン酸を含む各油脂を誘導物質として、培地中の濃度として0.2%となるように培地に添加し、そのまま10日間培養を続け、クチナーゼの産生を行った。なお、表1には、培地中の濃度が0.2%の時の、各油脂の培地中における量(mg/L)もあわせて示した。
培養液中のクチナーゼの産生量は、高速液体クロマトグラフ(LaChrom Elite、株式会社日立ハイテクノロジー製)を用いて分析した。分離カラムとしてPhenyl−5PW(東ソー株式会社製)を用い、溶離液として2M硫酸アンモニウム水溶液と50%エチレングリコール水溶液を用いてグラジエント分析を行い、分離されたクチナーゼをUV検出器により280nmの波長で検出を行った。
【0022】
【表1】

【0023】
結果を図1に示した。なお、図1中のクチナーゼ濃度とは、得られた培養液中のクチナーゼの濃度を示す。
分析の結果、構成脂肪酸としてリノレン酸を最も多く含有するアマニ油を誘導物質に用いた場合に、最も多くのクチナーゼが得られることが確認された。
さらに、誘導物質として用いた油脂における構成脂肪酸中のリノレン酸の比率を横軸に、得られた培養液中のクチナーゼの濃度を縦軸にプロットしたものを図2に示した。構成脂肪酸中のリノレン酸の比率が高い油脂ほど、クチナーゼの産生量が高いことが判った。
【0024】
以上のように、本発明の誘導物質含有培地を用いるクチナーゼの産生方法によれば、クチナーゼを効率よく工業的スケールで得ることができる。このようにして得られるクチナーゼは、産生効率が高く、製造に際して特殊な設備等を必要としないため、安価で高品質なものである。
【産業上の利用可能性】
【0025】
クチナーゼは、有機溶媒存在下でのエステル交換反応やエステル合成反応等の触媒として有用であり、また、薬品、飲食品、化粧品及び洗剤等の従来リパーゼが用いられている用途にもリパーゼの代わりに用いることができるなど、広範な用途を有しており、これら各産業界に、安価で高品質なクチナーゼを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の実施例における誘導物質の種類とクチナーゼの産生量との関係を示すグラフである。
【図2】本発明の実施例における構成脂肪酸中のリノレン酸比率とクチナーゼの産生量との関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
誘導物質を含む培地でクリプトコッカス(Cryptococcus)属に属する酵母を培養し、得られた培養物よりクチナーゼを分離及び精製するクチナーゼの産生方法であって、
前記誘導物質が、構成脂肪酸としてリノレン酸を含む油脂であることを特徴とするクチナーゼの産生方法。
【請求項2】
前記誘導物質が、構成脂肪酸中のリノレン酸の割合が2%以上の油脂である請求項1に記載のクチナーゼの産生方法。
【請求項3】
前記誘導物質が、アマニ油、エゴマ油、シソ油、フラックス油、月見草油、ボリジ油、ブラックカント油、大麻油および大豆油からなる群より選ばれる1種以上である請求項1又は2に記載のクチナーゼの産生方法。
【請求項4】
前記誘導物質が、アマニ油である請求項1又は2に記載のクチナーゼの産生方法。
【請求項5】
前記誘導物質を、培地に対して0.05〜4質量%用いる請求項1〜4のいずれか一項に記載のクチナーゼの産生方法。
【請求項6】
前記クリプトコッカス(Cryptococcus)属に属する酵母が、クリプトコッカス エスピー エス−2(Cryptococcus sp S−2)である請求項1〜5のいずれか一項に記載のクチナーゼの産生方法。
【請求項7】
クリプトコッカス(Cryptococcus)属に属する酵母を培養してクチナーゼを産生するために使用される、誘導物質を含む培地であって、
前記誘導物質が、構成脂肪酸としてリノレン酸を有効成分として含む油脂であることを特徴とする誘導物質含有培地。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−97415(P2007−97415A)
【公開日】平成19年4月19日(2007.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−287695(P2005−287695)
【出願日】平成17年9月30日(2005.9.30)
【出願人】(000002886)大日本インキ化学工業株式会社 (2,597)
【出願人】(301025634)独立行政法人酒類総合研究所 (55)
【Fターム(参考)】