説明

クロマトグラフ分析に使用されるデータ処理装置

【課題】
多数の試料を長時間にわたってクロマトグラフ装置に連続的に導入する場合でも、クロマトグラムの詳細な解析を可能にするとともに、分析全体にわたってデータの正当性を検証するのに必要な分析付帯状態を収集することのできるデータ処理装置を提供する。
【解決手段】
試料注入ごとの検出器出力を、サンプリング間隔T1にて収集および記録する第1のデータ収集部と、クロマトグラフ分析の開始から終了までの期間を通じて、分析付帯状態を示すモニタ出力および検出器出力を、サンプリング間隔T2にて収集および記録する第2のデータ収集部と、を備え、かつ、前記サンプリング間隔はT1<T2 であることを特徴とするデータ処理装置を提供する。第2のデータ収集部に、クロマトグラフ分析の全期間にわたって、さらに、分析履歴情報および/または任意コメントを収集および記録することは、分析結果の正当性を検証するのに有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クロマトグラフ分析に使用されるデータ処理装置に関する。とくに複数の試料を逐次注入するクロマトグラフ分析において好適に使用されるデータ処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
クロマトグラフ装置の自動化は、多数の試料をクロマトグラフ装置に連続的に導入するためのオートサンプラ、および多様なデータを収集しデータ処理するためのコンピュータによって、飛躍的な進歩を遂げている。クロマトグラフ分析が、工業製品および医薬品の品質管理や医療診断などに日常的に使用されるようになるにつれて、分析の信頼性が強く求められている。たとえば、連邦規則(米国FDAの21CFRpart11)は、医薬品開発の品質保証システムに対して、ユーザが行った電子記録の作成、修正、削除などの作業を自動的に記録する監査証跡機能を有していることを要求している。クロマトグラフ装置に関しても、データの改ざんを排除し、分析結果の正当性を保証するシステムの構築が求められている。
【0003】
たとえば、特許文献1は、連続分析の全てのクロマトグラムだけでなく、分析条件や分析実施中の操作ログなどの分析付帯情報を収集するデータ処理装置を開示している。そこでは、分析全体の記録を親ファイルとし、その中から任意の時間範囲で各分析に対する個別のクロマトグラムを子ファイルとして切り出すことができる。
【0004】
【特許文献1】特開2004−309252号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
複数の試料をクロマトグラフ装置に連続的に導入する分析を実施する場合、データの改ざんを排除し、分析結果の正当性を保証するためには、特許文献1に開示されているように、分析全体の記録すなわち全ての検出器出力だけでなく分析付帯情報を収集・記録することは、きわめて有効である。試料注入と次の試料注入の間に、ポンプ圧力の低下がなかったか、分析条件の変更などの外部操作を行っていないかなどが検証できるからである。しかしながら、クロマトグラフ装置を物質の精製や分取に使用する場合や、多数の分析試料を連続的に処理する場合、分析時間が非常に長くなる。コンピュータによるデータ処理を前提とするならば、長い分析時間にわたって、必要なすべてのデータを記録するためには、分析データのサンプリング間隔を荒くする必要があり、クロマトグラムの詳細な解析に差し支える。
【0006】
本発明は、このような多数の試料を長時間にわたってクロマトグラフ装置に連続的に導入する場合でも、クロマトグラムの詳細な解析を可能にするとともに、分析全体にわたってデータの正当性を検証するのに必要な分析付帯情報を収集することのできるデータ処理装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、詳細に解析する必要のある検出器出力と、分析付帯状態を示すモニタ出力のサンプリング間隔に差をつけてデータの収集および記録することに着目し、鋭意研究の結果、上記課題を解決するデータ処理装置を完成した。すなわち本発明は、分離カラムに試料を注入し、検出器により試料の検出を行なうクロマトグラフ分析に使用されるデータ処理装置であって、試料注入ごとの検出器出力を、サンプリング間隔T1にて収集および記録する第1のデータ収集部と、前記クロマトグラフ分析の開始から終了までの期間を通じて、分析付帯状態を示すモニタ出力および検出器出力を、サンプリング間隔T2にて収集および記録する第2のデータ収集部と、を備え、かつ、前記サンプリング間隔はT1<T2 であることを特徴としている。また本発明はこのようなデータ処理装置と、データ処理装置が記録した検出器出力、分析付帯状態を示すモニタ出力、分析履歴情報および任意コメントから選ばれる1以上の出力を表示するクロマトグラム表示部と、を備えたことを特徴としている。
【0008】
第1のデータ収集部に試料注入ごとの検出器出力を収集および記録する期間は、任意に設定できるが、試料注入開始から最後の溶出成分が溶出すると予想される時間までとするのが好適であり、試料注入量、流速または試料の種類などによる変動を考慮して設定する必要がある。
【0009】
本発明において収集および記録される検出器出力には、通常のクロマトグラフ分析に使用されるものであればよく、たとえば吸光光度検出器の出力や蛍光検出器の出力などがあげられる。また、検出器出力としては、クロマトグラムを構成する単一の指標に限定することなく、たとえば液体クロマトグラフで使用される紫外・可視吸光光度検出器の2波長検出信号を個別に、あるいは組み合わせて使用することも含まれる。
【0010】
クロマトグラフ分析の開始から終了までの期間とは、任意に指定する1以上の試料の測定を一連の分析とし、その一連の分析の開始から終了までの期間であり、試料数には左右されない。そのため、第2のデータ収集部には一連の分析全体にわたるデータを収集および記録でき、第1のデータ収集部に収集されていない期間である試料注入間のデータを参照することができる。
【0011】
分析付帯状態を示すモニタ出力とは、クロマトグラムを構成する検出器出力以外の経時的に変化しうる量的情報をモニタしたもので、クロマトグラフ分析の結果に関与するものをいう。分析付帯状態を示すモニタ出力の代表的な例として、たとえばグラジエント溶離の進行をモニタするための液体クロマトグラフ装置の溶離液の伝導度モニタ出力があげられる。そのほかに、送液ポンプの圧力モニタ出力、カラムオーブンの温度モニタ出力、検出器セルの温度モニタ出力、グラジエントモニタ用電気伝導度計の温度モニタ出力、流量モニタ出力、流路内の気泡の有無のモニタ出力などが例示できる。
【0012】
これらの分析付帯状態を示すモニタ出力を検出器出力と重ね合わせたクロマトグラムを表示することで、検出器出力だけでは発見しにくい異常も知ることができる。たとえば、試料注入時の圧力変動を確認することで、正確な注入動作が行われたかどうかをトレースすることができる。ピークが小さく、試料注入時の圧力が下がっていると、試料注入量が足りなかったと推測できる。また、グラジエント抽出を行なう場合、試料注入時の伝導度を確認することで、カラムが完全に初期化されているかどうかをトレースすることができる。したがって、初期に溶出するピークの形状が悪い、再現性が悪いなどの現象が現れた場合、試料注入時の伝導度を確認し、グラジエント条件が適切か否かを容易に判断することができる。
【0013】
本発明においては、クロマトグラフ分析の開始から終了までの期間を通じて、分析付帯状態を示すモニタ出力のほかに、検出器出力を、やはりサンプリング間隔T2にて収集および記録することを一つの特徴としている。すなわち、分析定量値を得るために詳細に解析すべき検出器出力はサンプリング間隔T1で収集し、他方、分析全体にわたってデータの正当性を検証するために、サンプリング間隔T2で分析付帯状態を収集および記録するとともに、検出器出力も収集および記録することでクロマトグラムの連続性を保持しつつ、分析付帯状態と検出器出力の時間的位置関係を記録するのである。このことにより、限られたメモリ資源の下で、長時間にわたる分析時間に対しても、クロマトグラムの詳細な解析を可能にするとともに、分析全体にわたる分析付帯状態を示すモニタ出力とあわせてクロマトグラムの連続性を保持することができる。
【0014】
サンプリング間隔T1およびT2は、T1<T2の関係以外に限定されず、分析目的に応じて自由に設定できる。一連の測定において、サンプリング間隔T1は試料注入量などに応じて試料注入ごとに異なってよいが、一定の設定値に固定してもよい。サンプリング間隔T2は分析付帯状態の種類により適宜設定する。たとえば、溶離液の伝導度をモニタするのは、分析全体にわたる検出器のモニタ出力と同じサンプリング間隔でよい。またたとえば、温度のモニタはサンプリング間隔を大きくしても差し支えない。
【0015】
T1、T2を一定値に設定する場合、たとえば、T1として100ms、T2として500ms程度が採用される。クロマトグラフ分析の開始から終了までの一連の測定において、サンプリング間隔T1は連続的に測定するトータルの分析時間や試料注入量、試料数、データ収集部のメモリ容量などに応じて設定する。サンプリング間隔T2は分析付帯状態の種類やトータルの分析時間により適宜設定する。
【0016】
試料を連続的に注入するクロマトグラフ分析においては、検出器出力および分析付帯状態のような経時的に変化しうる量的情報のほかに、試料注入や分取操作のような制御動作、分析条件やそれらの変更などの操作ログ、エラーのログなどの分析履歴情報を収集することが望ましい。連続収集したクロマトグラムと分析履歴情報を同一画面の中にモニタ・表示することは、分析結果を考察するために特に好適である。たとえば図2(a)のプログラムされたグラジエント信号の波形4を、実際のグラジエントモニタ信号の波形5と同一画面の中に表示することで、正確なグラジエントを行なえているかプログラムされたグラジエントと比較することが可能となる。
【0017】
クロマトグラフ装置にペンレコーダをつないでクロマトグラムを記録していた時代には、チャート紙に直接メモを記入することがよく行われた。電子記録・電子署名の要請とは対極に位置することであるが、突発的なできごとやアイデアを測定記録とともに残したいという状況は現在でもよくある。データの改ざんを排除するという本発明の課題の一つに対しても、任意のメモを残すということには厳重な注意を払わなければならない。本発明では、データの客観性を脅かす可能性を秘めた任意のコメントに対して、あえてこれを許可するシステムを構築し、本発明の特徴の一つとする。すなわち、任意コメントをたとえば連続収集中の検出器出力および分析付帯状態などをモニタ・表示する画面の中に、マウスとキーボードを用いて入力することを可能にする。その任意コメントは他の制御された操作ログなどとは明確に区別して記録され、書き込み時の時刻と書き換え不可の属性が付けられる。コメントを変更したいときは変更前の記録を残したままで、変更した時刻も書き込まれるようにしてもよい。
【0018】
任意コメントはクロマトグラフ分析の開始から終了までの一連のクロマトグラム中に書きこまれるため、任意コメントとして、コメントの内容および書きこまれたクロマトグラム中の位置情報が第2のデータ収集部に収集される。収集される任意コメントとして例えば、溶離液の継ぎ足しやカラムオーブン、その他のドアの開閉など操作者の行為をあげることができる。
【0019】
本発明のデータ処理装置は、第1のデータ収集部に収集した試料注入ごとの検出器出力のデータと、第2のデータ収集部に収集したクロマトグラフ分析の開始から終了までの一連の分析全体の検出器出力および分析付帯状態を示すモニタ出力などのデータとを、関連させて管理する。したがって、試料注入ごとの検出器出力と分析付帯状態を示すモニタ出力などは相互に対応づけられているため、両者は同一画面の中に表示可能で、試料注入ごとの検出器出力は分析付帯状態などを参照して詳細に解析できる。第1のデータ収集部に収集した試料注入ごとの検出器出力のデータと、第2のデータ収集部に収集したクロマトグラフ分析の開始から終了までの一連の分析全体の検出器出力および分析付帯状態を示すモニタ出力などのデータとを関連させるために、同一のデータベースのなかで管理することが例示できる。
【0020】
分析付帯状態を示すモニタ出力などとは、分析付帯状態を示すモニタ出力の他に、分析履歴情報や任意コメントを含むことが例示できる。
【0021】
本発明におけるデータ処理装置と、データ処理装置が記録した検出器出力、分析付帯状態を示すモニタ出力、分析履歴情報および任意コメントから選ばれる1以上の出力を表示するクロマトグラム表示部と、を備えたクロマトグラフ装置では、これらの出力の1以上を表示する以外に特に制限はない。たとえば検出器出力は第1のデータ収集部または第2のデータ収集部の何れかが収集および記録したもののみを表示するものであってもよいし、またたとえば、第2のデータ収集部が収集および記録した分析付帯状態を示すモニタ出力のみを表示するものであってもよいし、各種の出力を切り換えて表示するものであってもよい。さらには、任意に選択した2以上の出力をそれらの時間的位置関係をそろえて重ね合わせて表示することで、上記したように詳細な解析を可能とするクロマトグラフ装置を例示することもできる。特に第2のデータ収集部が収集および記録した検出器出力に分析付帯状態を示すモニタ出力を重ね合わせたクロマトグラムを表示することは、前記のとおり検出器出力だけでは発見しにくい異常を知る上で有効である。なお、2以上の出力を上記のように重ね合わせて表示する場合にも、任意に選択した出力の組み合わせを切り換えて表示するようにしてもよい。
【発明の効果】
【0022】
限られたメモリ資源の下で、長時間にわたる分析時間に対しても、クロマトグラムの詳細な解析を可能にするとともに、分析全体にわたる分析付帯状態のモニタおよびクロマトグラムの連続性を保持することができる。特に検出器やポンプの安定化などに時間がかかり、試料注入を行なっていない期間が長時間である分析の場合には、大幅なメモリの節約となる。さらにクロマトグラフィ分析の開始から終了までの一連の分析全体にわたって分析履歴情報および/または任意コメントを収集および記録することにより、データの改ざんを排除し、データの正当性を検証するのに有用なデータ処理装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明のさらなる理解のため、実施の形態を図面を用いて説明する。
【0024】
図1は本発明のデータ処理装置における特徴的なデータ収集部をめぐる情報の流れを例示したものである。ここで、第1のデータ収集部は試料注入ごとの検出器出力を、サンプリング間隔T1にて収集する。他方、第2のデータ収集部はクロマトグラフ分析の開始から終了までの一連の分析全体にわたって、検出器出力を収集および記録し、グラジエントモニタとしての伝導度計およびその付近に設置した温度センサおよび送液ポンプ付近の流路に設置した圧力センサの出力を、サンプリング間隔T2にて収集および記録する。第2のデータ収集部はさらに、クロマトグラフ分析の開始から終了までの一連の分析全体にわたって、試料注入や分取操作のような制御動作、分析条件の変更などの操作ログ、エラーのログなどの分析履歴情報、および任意コメントを収集および記録する。なお図1では、データ処理装置が通常備えているA/D変換器、演算部の詳細は省略した。
【0025】
図2は本発明のデータ処理装置によって処理されたデータをクロマトグラム表示部により表現したものである。図2(a)はクロマトグラフ分析の開始から終了までの一連の分析全体にわたる検出器出力2、分析付帯状態(実際のグラジエントモニタ信号の波形5)、分析履歴情報(試料注入の時期3、プログラムされたグラジエント信号の波形4およびエラーの表示6)および任意コメント7を時間的位置関係をそろえて同一画面の中に表示したクロマトグラムを示す。なお、エラーの表示6および任意コメント7は表示例の1つを示すものである(XXXはエラーの種類を示す)。
【0026】
図2(a)について、実際は0.5秒程度のサンプリング間隔で信号を取り込むのであるが、大きい時間スケールのチャートに表示すると連続量に見える。本発明のデータ処理装置を用いた実際の分析においては、このほかに、圧力や温度のモニタ出力の変化が表示される。
【0027】
図2(b)は第1のデータ収集部に記録された試料注入ごとの検出器出力1を模式的に示したものである。図2(b)は試料注入ごとの詳細な検出器出力であって、個々の検出器出力同士は互いに独立して記録されている。検出器出力同士の連続性は図2(a)のデータによって補われる。なお、図2(b)は3つの試料についての検出器出力1を表示したものであるが、1つの試料についての検出器出力だけを表示することもできるし、またたとえば、図2(a)で示したクロマトグラムとともに、その下部などに同時に表示することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明のデータ処理装置における特徴的なデータ収集部をめぐる情報の流れを例示した図である。
【図2】本発明のデータ処理装置によって処理されたデータをクロマトグラムに表現した図である。
【符号の説明】
【0029】
1 試料注入ごとの検出器出力
2 クロマトグラフ分析の開始から終了までの一連の分析全体にわたる検出器出力
3 試料注入の時期
4 プログラムされたグラジエント信号の波形
5 実際のグラジエントモニタ信号の波形
6 エラーの表示
7 任意コメント


【特許請求の範囲】
【請求項1】
分離カラムに試料を注入し、検出器により試料の検出を行なうクロマトグラフ分析に使用されるデータ処理装置であって、
試料注入ごとの検出器出力を、サンプリング間隔T1にて収集および記録する第1のデータ収集部と、
前記クロマトグラフ分析の開始から終了までの期間を通じて、分析付帯状態を示すモニタ出力および検出器出力を、サンプリング間隔T2にて収集および記録する第2のデータ収集部と、
を備え、かつ、
前記サンプリング間隔はT1<T2 であることを特徴とする前記データ処理装置。
【請求項2】
第2のデータ収集部は、さらに分析履歴情報を収集および記録する請求項1に記載のデータ処理装置。
【請求項3】
第2のデータ収集部は、さらに書き換え不可の任意コメントを、書き込み時の時刻とともに収集および記録する請求項1または2に記載のデータ処理装置。
【請求項4】
請求項1から3の何れかのデータ処理装置と、
データ処理装置が記録した検出器出力、分析付帯状態を示すモニタ出力、分析履歴情報および任意コメントから選ばれる1以上の出力を表示するクロマトグラム表示部と、
を備えたクロマトグラフ装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−201138(P2006−201138A)
【公開日】平成18年8月3日(2006.8.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−16009(P2005−16009)
【出願日】平成17年1月24日(2005.1.24)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)