説明

グラフェン膜の製造方法

【課題】コストの低い原料を用いて、簡便なプロセスにて、グラフェン膜を得ること。より好ましくは、高温に加熱する工程が必要とはされないグラフェン膜の製造方法を提供し、それによりグラフェンとしての性質が損なわれていないグラフェン膜を製造すること。
【解決手段】薄片状のグラファイトまたはグラフェンと、溶媒と、を含むペーストを用意するステップと、前記ペーストを基板に塗布して、前記薄片状のグラファイトまたはグラフェンを前記基板表面にしきつめるステップと、前記基板表面にしきつめられた前記薄片状のグラファイトまたはグラフェンを、不活性ガス雰囲気下、100気圧以上の加圧条件下で加熱するステップとを含む、グラフェン膜の製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グラフェン膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
グラフェンとは、ナノ炭素材料の一つであり、グラファイトをナノレベルに薄くした材料である。グラフェンの想定される用途は種々あるが、例えば透明導電膜(非特許文献1,2参照)や、薄膜トランジスタのチャネルとしての用途が想定されている。
【0003】
グラフェンの作製方法として、いくつかの方法が知られている。炭化シリコン(SiC)を1200℃以上の超高温で熱処理することで、表面をグラフェン化する方法は、基礎研究でよく用いられている(例えば、特許文献1)。その他には、高温(700℃以上)のNi基板にショウノウを吹き付けることで基板表面にグラフェンを作製する方法(例えば、特許文献2)、化学的修飾により層間に他物質を挿入することで層を剥離する方法(例えば、特許文献3)などがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−335522号公報
【特許文献2】特開2008−50228号公報
【特許文献3】特開2004−224579号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】グラフェン・イノベーション,第134ページ〜145ページ、上野啓司(日経BP社)
【非特許文献2】グラフェン・イノベーション,第179ページ〜185ページ、藤井健司(日経BP社)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来のグラフェン膜のいずれの製法も、大面積化、大量生産等の半導体デバイス作製に不可欠の要素をすべて満足することは難しい。その理由の一つは、原料コストが高いこと、プロセスが簡便でないこと、などがある。そこで本発明は、コストの低い原料を用いて、簡便なプロセスにて、グラフェン膜を得ることを目的とする。より好ましくは、本発明は、高温に加熱する工程が必要とはされないグラフェン膜の製造方法を提供し、それによりグラフェンとしての性質が損なわれていないグラフェン膜を製造することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
すなわち、本発明は以下に示すグラフェンの製造方法に関する。
[1]薄片状のグラファイトまたはグラフェンと、溶媒と、を含むペーストを用意するステップと;前記ペーストを基板に塗布して、前記薄片状のグラファイトまたはグラフェンを前記基板表面にしきつめるステップと;前記基板表面にしきつめられた前記薄片状のグラファイトまたはグラフェンを、不活性ガス雰囲気下、100気圧以上の加圧条件下で加熱するステップとを含む、グラフェン膜の製造方法。
[2]前記薄片状のグラファイトは、不活性ガス中で芳香族高分子フィルムを2200℃以上で熱処理して得たフィルム状グラファイトの粉砕処理物である、[1]に記載のグラフェン膜の製造方法。
[3]前記薄片状のグラフェンは、グラフェンフラワーの粉砕処理物である、[1]または[2]に記載のグラフェン膜の製造方法。
[4]前記不活性ガス雰囲気は、酸素濃度1000pppm以下の希ガス雰囲気である、[1]〜[3]のいずれかに記載のグラフェン膜の製造方法。
[5]前記加熱は、レーザー照射で行われる、[1]〜[4]のいずれかに記載のグラフェン膜の製造方法。
[6]前記加熱は、プラズマトーチ照射で行われる、[1]〜[4]のいずれかに記載のグラフェン膜の製造方法。
[7]前記加熱するステップにおいて、前記基板表面にしきつめられた前記薄片状のグラファイトまたはグラフェンの端部を選択的に加熱する、[1]〜[6]のいずれかに記載のグラフェン膜の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によって、低コストかつ簡便なプロセスのグラフェン膜の製造方法が提供される。しかも、本発明によって得られるグラフェン膜は、グラフェンとしての性質が損なわれていないので、種々の用途、例えばITOに代わる透明電極として、あるいはシリコンに代わる半導体膜として用いられうる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】炭素の位相図である。
【図2】基板にしきつめられた薄片状のグラファイトまたはグラフェンに、加圧条件下でレーザー照射する様子を示す図である。
【図3】基板にしきつめられた薄片状のグラファイトまたはグラフェンの様子を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明のグラフェン膜の製造方法は、薄片状のグラファイトまたはグラフェンと、溶媒と、を含むペーストを用意するステップ1と、前記ペーストを基板に塗布して、前記薄片状のグラファイトまたはグラフェンを前記基板表面にしきつめるステップ2と、前記基板表面にしきつめられた前記薄片状のグラファイトまたはグラフェンを、不活性ガス雰囲気下、100気圧以上の加圧条件下で加熱するステップ3と、を含む。
【0011】
ステップ1では、まず、薄片状のグラファイトまたはグラフェンを用意する。薄片状のグラファイトは、例えばフィルム状グラファイトを粉砕して得ればよく;薄片状のグラフェンは、例えばグラフェンフラワーを粉砕して得ることが好ましいが、特に限定されるわけではない。
【0012】
フィルム状グラファイトは、例えば特開2002−274825(JP 2002-274825A)に記載の手法に従って製造することができる。具体的には、フィルム状グラファイトは、芳香族高分子フィルムを、不活性ガス中で2200℃以上に熱処理して得られる。芳香族高分子フィルムの例には、ポリオキサジアゾール、ポリベンゾチアゾール、ポリベンゾビスチアゾール、ポリベンゾオキサゾール、ポリベンゾビスオキサゾール、ポリ(ピロメリットイミド)、ポリ(p-フェニレンイソフタルアミド)、ポリ(m-フェニレンベンゾイミタゾール)、ポリ(フェニレンベンゾビスイミタゾール)、ポリチアゾール、ポリパラフェニレンビニレンなどが含まれる。
【0013】
芳香族高分子フィルムは、熱処理してフィルム状グラファイトに変換されるが;熱処理は不活性ガス環境下にて行われる。不活性ガスとは、一般的にはアルゴン、ネオン、ヘリウムなどの希ガスである。熱処理温度は、2200℃以上であればよい。熱処理時間は、約1時間である。
【0014】
粉砕されるフィルム状グラファイトは、400μm以下の厚みを有することが好ましい。
【0015】
グラフェンフラワーとは、炭素原料から化学気相析出法によって3次元・同時多発的にグラフェンを成長させることで得られ、花弁状のグラフェンである。花弁のそれぞれが、数層のグラフェンを構成している。グラフェンフラワーは市販されており、例えば、株式会社インキュベーション・アライアンスから購入可能である。
【0016】
フィルム状グラファイトやグラフェンフラワーを粉砕する手段は特に限定されないが、二つの工程により行うことが好ましい。粉砕の第1工程では、ミルを用いて粉砕することが好ましい。ミルの例には、ジェットミル、フリーズミルなどが含まれる。第1工程の粉砕によって、最大平均径が約10μm、平均厚さが約0.1μmの鱗片状の粉体とすることが好ましい。得られた鱗片状の粉体は、アスペクト比(厚みに対する粒径の比率)50以上であることが好ましい。
【0017】
粉砕の第2工程では、第1工程で得られた鱗片状の粉体を、湿式微粒化する。湿式微粒化とは、水などの超高圧溶媒の衝突エネルギーを利用して、原料粉体同士の衝突によって、粉体を微粒化する手法である。湿式微粒化は、スターバーストと称される装置を用いて行うことができる。第2工程の粉砕によって、平均厚さが約10nmの薄片状の粉体とすることが好ましい。
【0018】
薄片状のグラファイトまたはグラフェンを、溶媒に配合してペーストを得る。溶媒は特に限定されないが、炭化水素系溶媒(ヘキサンなど)、芳香族系溶媒(トルエンなど)、アルコール系溶媒(エタノールなど)などが好ましく用いられる。ペーストには、界面活性剤が含まれていてもよい。薄片状のグラファイトまたはグラフェンを分散しやすくするためである。
【0019】
ペーストにおける薄片状のグラファイトまたはグラフェンの濃度は特に限定されず、グラファイトまたはグラフェンが均一分散できる程度の濃度にすればよい。
【0020】
ステップ2では、ペーストを基板に塗布する。ペーストを塗布する手段は特に限定されないが、スプレー塗布、ダイコートなどで行えばよい。基板へのペーストの塗布量は、グラファイトまたはグラフェンが基板上にしきつめられる程度に設定されればよい。基板に塗布されたペーストは乾燥されて、ペーストに含まれる溶媒を除去される。図3は、基板3に、グラファイトまたはグラフェン4がしきつめられた状態を示す模式図である。
【0021】
ステップ3では、基板表面にしきつめられた前記薄片状のグラファイトまたはグラフェンを加圧環境下で加熱する。加熱により、基板表面にしきつめられた前記薄片状のグラファイトまたはグラフェンの少なくとも一部を液状にする(溶融する)ことで、基板表面の薄片状のグラファイトまたはグラフェンを互いに連結させて薄膜化する。それにより、グラフェン膜を得る。
【0022】
具体的には、0.01GPa(100気圧)以上の圧力環境下で加熱を行う。図1は、炭素の相図(Phase Diagram)である(LHC Project Note 78/97を参照)。図1の 相図における横軸は温度であり、縦軸は圧力である。カーボンの相状態は、ダイアモンド、グラファイト、気体、液体の4つに大別される。そして、カーボンが液体になるには、環境圧力が0.01GPa(100気圧)以上である必要があることがわかる。
【0023】
加熱温度は、圧力との関係で設定されるべきである。前述の通り、加熱によって薄片状のグラファイトまたはグラフェンを溶融させる必要があるので、図1の位相図から、約450℃以上に加熱すればよいことがわかる。加熱温度の上限は特に限定されないが、得られるグラフェン膜の物性を損なわないようにするため、高すぎないことが好ましく、例えば1000℃以下であることが好ましく、800℃以下であることがより好ましく、600℃以下であることがさらに好ましい。
【0024】
加熱は、不活性ガスの環境下にて行うことが好ましい。不活性ガスとは、アルゴン、ネオン、ヘリウムなどの希ガスを意味する。特に、不活性ガスに含まれる酸素ガスの濃度を低減することが好ましく、酸素ガス濃度を1000pppm以下とすることが好ましい。酸素濃度が高いと、グラファイトまたはグラフェンが酸化して、CO,COなどに変化して揮発して失われるからである。
【0025】
加熱の手段は特に限定されないが、レーザー照射であったり、プラズマトーチ(熱プラズマ)照射などであったりする。照射は、バッチ照射であっても、スキャン照射であってもよい。照射するレーザーの種類は特に限定されない。
【0026】
図2には、基板にしきつめられた薄片状のグラファイトまたはグラフェンを加熱する様子が模式的に示される。薄片状のグラファイトまたはグラフェン4を表面にしきつめた基板3を、加圧室5の内部に配置する。加圧室5は密閉されており、内部圧力を100気圧以上にし、加圧室5の内部を不活性ガスで満たす。そして、加圧室5の一部は、レーザー光6に対して透明な窓7を有する。レーザー装置1から出射したレーザー光6は、ミラー2で反射され、窓7を通過して、薄片状のグラファイトまたはグラフェン4に照射される。レーザー光6が照射されたグラファイトまたはグラフェン4は溶融して、互いに連結してグラフェン膜となる。
【0027】
基板にしきつめられた薄片状のグラファイトまたはグラフェンを加熱すると、薄片状のグラファイトまたはグラフェンの縁が、内部よりも効率的に加熱される。縁からは熱が逃げにくいからである。縁が効率的に加熱されると、薄片状のグラファイトまたはグラフェン同士が連結しやすくなり、グラフェン膜が得られやすくなる。
【0028】
前述の通り、図3は、基板3に、薄片状のグラファイトまたはグラフェン4がしきつめられた状態を示す模式図である。図3において、楕円の実線は、薄片状のグラファイトまたはグラフェン4の粉体を示す。楕円の実線の内部にある直線状の実線は、グラファイト結晶を示す。薄片状のグラファイトまたはグラフェン4のそれぞれの端部(破線円で示された部分)を選択的に溶融することで、薄片状のグラファイトまたはグラフェン4同士が連結しやすくなる。その結果、グラフェン膜が形成される。
【0029】
このように、薄片状のグラファイトまたはグラフェンを、加圧条件下において加熱溶融させることで、加熱温度を過剰に高める必要がなくなり、グラフェンの性質が損なわれていないグラフェン薄膜を得ることができる。
【0030】
本発明で製造されるグラフェン膜は、純粋な意味での単層のグラフェン層であってもよいが、多層のグラフェン層であってもよい。多層とは、10層以下であることが好ましい。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明によれば、安価に得られるグラファイトまたはグラフェンの粉体を原料として、簡便なプロセスにてグラフェン膜を製造することができる。また、グラファイトまたはグラフェンを加熱するときに、加圧条件下で溶融させるので、グラフェンの性質を損なうことなく薄膜化させることができる。得られたグラフェン膜は、種々の用途に用いられるが、例えば透明伝導膜として、あるいは半導体膜として用いられる。
【符号の説明】
【0032】
1 レーザー装置
2 ミラー
3 基板
4 薄片状のグラファイトまたはグラフェン
5 加圧室
6 レーザー光
7 窓


【特許請求の範囲】
【請求項1】
薄片状のグラファイトまたはグラフェンと、溶媒と、を含むペーストを用意するステップと、
前記ペーストを基板に塗布して、前記薄片状のグラファイトまたはグラフェンを前記基板表面にしきつめるステップと、
前記基板表面にしきつめられた前記薄片状のグラファイトまたはグラフェンを、不活性ガス雰囲気下、100気圧以上の加圧条件下で加熱するステップと、
を含む、グラフェン膜の製造方法。
【請求項2】
前記薄片状のグラファイトは、不活性ガス中で芳香族高分子フィルムを2200℃以上で熱処理して得たフィルム状グラファイトの粉砕処理物である、請求項1に記載のグラフェン膜の製造方法。
【請求項3】
前記薄片状のグラフェンは、グラフェンフラワーの粉砕処理物である、請求項1に記載のグラフェン膜の製造方法。
【請求項4】
前記不活性ガス雰囲気は、酸素濃度1000pppm以下の希ガス雰囲気である、請求項1に記載のグラフェン膜の製造方法。
【請求項5】
前記加熱は、レーザー照射で行われる、請求項1に記載のグラフェン膜の製造方法。
【請求項6】
前記加熱は、プラズマトーチ照射で行われる、請求項1に記載のグラフェン膜の製造方法。
【請求項7】
前記加熱するステップにおいて、前記基板表面にしきつめられた前記薄片状のグラファイトまたはグラフェンの端部を選択的に加熱する、請求項1に記載のグラフェン膜の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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