説明

グラフト挿入装置

【課題】虹彩等の損傷のリスクや患者への負担を軽減させることができるグラフト挿入装置を提供する。
【解決手段】内側に載置されたグラフトを、外側からOリング50による収縮力が与えられたときに中空円筒状となってその内面により保持する載置部21及び先端部22と、Oリングを拡げた状態で支持する小径円筒部25と、小径円筒部による支持を解除してOリングの収縮力が載置部の外側に付与されるようにする操作レバー23等と、中空円筒状となったグラフト保持部を貫通してグラフトをグラフト保持部の先端から押し出すためのロッド部61とによりグラフト挿入装置を構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、角膜内被層状移植手術において、角膜内被細胞層の移植片であるグラフトを前房に挿入するためのグラフト挿入装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、新たな角膜移植手術として角膜内皮細胞層状移植手術(DSEK)が知られている。この手術は、角膜内皮細胞層のグラフト(移植片)を、角膜と虹彩との間の空間である前房に挿入し、角膜の裏側に貼り付けることにより行われる。グラフトの挿入は従来、次のようにして行われている。
【0003】
まず、図4(a)に示すような金属製器具81に、予めドナー角膜を薄く切断して用意した角膜内皮細胞層のグラフト82を載せる。次に、図4(b)に示すような患者の眼球90の角膜91に対し、前房92に通じる角膜創93を、目頭側、目尻側、及び中央の3個所における白目と黒目との境界部分にメスによって形成する。なお、図示していない中央の角膜創は、眼圧を保つための粘弾性物質を注入するために用いられる。
【0004】
次に、図4(b)に示すように、目頭側の角膜創93から、金属製器具81の先端を挿入する。なお、図中の94は虹彩、95は水晶体である。次に、図4(c)に示すように目尻側の角膜創93からピンセット83を挿入し、目頭側に位置する金属製器具81に載っているグラフト82をピンセット83により摘んでピンセット83をゆっくり引き抜くことにより、グラフト82を前房92内へゆっくり引き入れる。このようにして、グラフト82を前房92内に挿入することができる。
【0005】
なお、これに関連する技術として、特許文献1には、眼球に形成した比較的小さな切開創を通して眼球内に変形可能な眼内レンズを配置するための手術用の器具が開示されている。また、グラフトを眼内に配置する方法としては、上述図4の方法の他に、金属製器具を使わない方法もある。すなわち、グラフトを眼球の上に配置し、ピンセットを用いて眼内に引き入れる方法や、糸を用いてグラフトを眼内に引き入れる方法がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3687973号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上述図4の従来技術によれば、角膜創93を3箇所に設けるようにしているため、虹彩94が角膜創93から逸脱するリスクが少なからず存在する。また、角膜創93は4.5〜5mm程度の切れ目であり、金属器具81等の挿入が容易ではなく、金属製器具81等によって白目及び角膜の外側部分を容易に傷つけるおそれがある。
【0008】
また、両手で同時に金属製器具81及びピンセット83を操作する必要があるため、金属製器具81及びピンセット83を安定させるのは容易でなく、眼内の虹彩94等に損傷を与えるおそれがある。さらに、グラフト82を挿入するための角膜創93を2つ作る必要があるため、患者に与える負担が大きい。
【0009】
また、ピンセット83を挿入してグラフト82を引き込む際には、ピンセット83によって虹彩94等に損傷を与えるおそれがある。また、グラフト82が破損しないように、慎重に引き入れる必要がある。さらに、ピンセット83で摘んだ部分のグラフト82の細胞が死滅するおそれもある。また、上述の金属製器具を用いずにグラフトを眼内に引き入れる方法においても、同様の問題が生じるおそれがある。
【0010】
一方、特許文献1には、眼内レンズ60を眼内に植え込む器具として、眼内レンズ60を畳み込んで収納するマイクロカートリッジ12と、このマイクロカートリッジ12が装着されるホルダ13とを備えた構成が開示されている(公報第8頁第6行目から第8行目、第9頁第10行目から第26行目、第1図、及び第16図等参照。符号はいずれも特許文献1に記載のものを引用。)。
【0011】
しかしながら、特許文献1に開示された装置では、まず眼内レンズ60をマイクロカートリッジ12に装着した後、これをホルダ13に装着しなければならない。従って、ホルダ13からマイクロカートリッジ12が離れている状態では、マイクロカートリッジ12を紛失してしまうおそれがある。
【0012】
また、マイクロカートリッジ12は、術者の操作によってマイクロカートリッジ12内に眼内レンズ60を収納しなければならないため、術者が操作しやすいように翼状の延長部78,76が設けられている。当該延長部78,76は、眼内レンズ60をマイクロカートリッジ12に収納する際には操作しやすいという利点があるが、マイクロカートリッジ12をホルダ13に装着し、眼内レンズ60を患者の眼内に植え込む際には、延長部78,76がホルダ13から突出するため、手技の邪魔となり、術者の視野も遮られるという不都合がある。
【0013】
本発明の目的は、かかる従来技術の問題点に鑑み、虹彩等の損傷のリスクや患者への負担を軽減させることができる角膜内皮挿入装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するため、本発明は、角膜内被細胞層の移植片であるグラフトを患者の眼球の前房に挿入するグラフト挿入装置において、筒状のハウジングと、前記ハウジングの先端部から突出し、表面に前記グラフトを載置可能な可撓性を有する板状の載置部材と、前記載置部材の表面を内側にして円筒状に変形させる変形手段と、前記ハウジングの内部を軸方向に移動自在であり、円筒状に変形された前記載置部材の内部に挿通されて前記グラフトを前記載置部材の先端から押し出し可能な棒状部材とを備えていることを特徴とする。
【0015】
本発明によれば、角膜内皮細胞層のグラフトを、角膜創を経て前房内へ挿入する際、中空円筒状となってグラフトを保持している載置部材の先端を、1つの角膜創を経て前房内へ挿入し、棒状部材により該グラフトを押し出すだけで、グラフトを前房内へ挿入することができる。したがって、グラフト挿入用の角膜創を2箇所必要とする従来の挿入法に比べて、グラフト挿入用の角膜創は1つでよいため、虹彩が角膜創を経て逸脱するリスクを軽減するとともに、患者の負担を軽減することができる。
【0016】
また、グラフトの挿入に際し、棒状部材によりグラフトを前房内に押し出すことができるため、従来のようにピンセットを用いてグラフトを前房内へ引き入れる必要がないので、前房へのピンセットの挿入及びグラフトの引き込み時に虹彩等を損傷したり、グラフトを破損したりするリスクを軽減することができる。
【0017】
また、グラフトを引き入れるための極度に慎重な操作も不要となる。また、ピンセットにより摘んだグラフト部分の細胞を死滅させるリスクも回避することができる。また、グラフトを前房内へ挿入する際に、グラフト保持部の先端のみを前房内に挿入し、グラフトを棒状部材により押し入れることができるので、虹彩等にグラフト保持部が当たる可能性を軽減することができる。
【0018】
さらに、本発明では、グラフトを載置する載置部材は筒状のハウジングと一体であるため、特許文献1に記載の器具のように、挿入対象を保持する部材(特許文献1ではマイクロカートリッジ)を紛失するおそれがなく、手技も容易となる。
【0019】
また、本発明のグラフト挿入装置においては、前記変形手段が、収縮力により前記載置部材を円筒状に変形させる円弧状又は環状の収縮部材と、前記収縮部材の収縮を抑止した状態で保持する収縮抑止部材と、前記収縮抑止部材の抑止を解除して前記収縮部材を収縮させて前記載置部材を変形させる抑止解除部材とを備えた構成としてもよい。
【0020】
当該構成によれば、グラフトを載置した載置部材を変形させる際に、特許文献1のように術者の手によることなく、抑止解除部材により収縮部材の収縮の抑止を解除するだけでよいので、手技が容易となる。
【0021】
また、本発明のグラフト挿入装置においては、前記収縮抑止部材が、前記ハウジングの内部に装着されると共に前記載置部材の外側を覆う筒状に形成され、その外周面に前記収縮部材が装着され、前記抑止解除部材は、前記筒状の収縮抑止部材の外周面に装着された前記収縮部材を移動させて前記収縮抑止部材から離脱させ、前記載置部材の外側に前記収縮部材を移動させる構成としてもよい。
【0022】
当該構成によれば、収縮抑止部材がハウジング内に装着されるため、装置全体を小型化することができる。
【0023】
また、本発明のグラフト挿入装置においては、前記載置部材は、後方に向けて幅が狭まる傾斜縁部を有し、前記変形手段は、前記載置部材の傾斜縁部と接して摺動することにより該載置部材を円筒状に変形させる摺動部材と、前記円筒状に変形させる摺動が生じる方向に移動し得るように前記載置部材又は摺動部材を案内する案内手段と、前記案内手段による案内方向に前記載置部材又は摺動部材を移動させるための操作片とを備え、前記摺動部材は、前記円筒状に変形させる摺動がなされるように前記載置部材の傾斜縁部と接触する貫通孔を備え、前記傾斜縁部は、前記載置部材が基端側から前記貫通孔との摺動が進行してゆくとき、該載置部材の形状が徐々に円筒状に変化してゆくように、基端側から徐々に幅が拡がってゆく形状を有しており、前記案内手段による案内方向は、前記載置部材が基端側から前記貫通孔に挿入される方向である構成としてもよい。
【0024】
当該構成によれば、摺動部材との摺動により載置部材を円筒状に変形させるようにしたため、摺動に伴って変形が徐々に行われるようにして、グラフトを、比較的時間をかけて緩やかに丸めることができる。また、載置部材の傾斜縁部と摺動部材の貫通孔との作用によって、載置部材を円筒状に変形させることができるので、簡便な構成によりグラフト挿入装置を構成することができる。
【0025】
また、本発明のグラフト挿入装置においては、前記載置部材は、軸方向に向けて延びる切り込みが裏面に形成されていることが好ましい。当該構成により、載置部材が収縮部材に収縮される際に、円滑に中空円筒状に変形される。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の第1の実施形態に係るグラフト挿入装置の平面図、並びにそのA−A線断面図及びB−B線断面図である。
【図2】図1の装置におけるグラフト保持部の機能をより詳細に示す側面図及び正面図である。
【図3】図1の装置のグラフトの挿入を行うときの様子を示す断面図である。
【図4】角膜内皮細胞層のグラフトを患者の前房に挿入する従来の方法を示す図である。
【図5】本発明の第2の実施形態に係るグラフト挿入装置の異なる各状態における断面図である。
【図6】図5のグラフト挿入装置におけるグラフト保持部及びキャップ部の異なる各状態における断面図及び正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、図面を用いて本発明の実施形態について説明する。図1(a)は本発明の第1の実施形態に係るペン型のグラフト挿入装置の平面図であり、同図(b)は同図(a)のA−A線断面図、同図(c)は同図(a)のB−B線断面図である。このグラフト挿入装置は、角膜内皮細胞層の移植手術に際して角膜内皮細胞層のグラフト(移植片)を患者の眼球の前房に挿入するために用いられる。
【0028】
同図(a)に示すように、このグラフト挿入装置は、先端が開口し、後端が閉じているほぼ円筒形状のハウジング10、及びハウジング10の先端側において、ハウジング10に対し、軸方向に摺動可能に取り付けられたグラフト保持部20を備える。グラフト保持部20は、移植される角膜内皮細胞層のグラフト30が載置される板状の載置部21(載置部材)、載置部21の先端側に隣接する先端部22、及びグラフト保持部20の後端部分に固定され、ハウジング10の両側から突出する2つの操作レバー23を備える。
【0029】
ハウジング10には、2つの操作レバー23をハウジング10の軸方向に案内する2つのスリット状の案内開口11が設けられている。図1の状態においては、各操作レバー23は案内開口11の先端側に位置している。この状態において、操作レバー23を案内開口11の後端側端部まで引くことによって、グラフト保持部20を案内開口11の長さに対応する距離L1だけ、ハウジング10内に引き入れることができるようになっている。
【0030】
同図(b)に示すように、載置部21は円筒の側面を縦に切断して開いた板状の形態を有する。先端部22も同様の形態を有し、その後端が載置部21の先端に接続している。載置部21及び先端部22には、該円筒の軸に平行で断面がV字形状を有する2本のV字溝27が外側に設けられている。載置部21及び先端部22は、可撓性を有するポリプロピレン等により構成されており、V字溝27が設けられた部分はヒンジとして作用する。
【0031】
同図(c)に示すように、ハウジング10は先端側の端部が開口した中空円筒状の形態を有しており、先端側において、ハウジング10と同軸上に、ハウジング10の内径よりも若干小さな内径を有するワッシャ40が固定されている。また、ワッシャ40の装置先端側に隣接させてゴム製のOリング50(収縮部材)が同軸上に配置されている。ハウジング10にはまた、グラフト保持部20により保持されるグラフト30を押し出すための押出し部材60(棒状部材)が設けられている。押出し部材60の先端側は細長いロッド部61となっており、ロッド部61のゴムで構成された先端部がグラフト30に接触し、グラフト30を直接押し出すようになっている。
【0032】
グラフト保持部20は後端側において、円筒状の大径円筒部24、及び大径円筒部24の先端側端面に固定された小径円筒部25を備える。小径円筒部25は大径円筒部24よりも小さな外径を有し、大径円筒部24と同軸上に位置する。小径円筒部25の先端側端面上に載置部21の基端が固定されている。大径円筒部24はハウジング10内を軸方向に摺動可能となっており、大径円筒部24の側面に上述の操作レバー23が設けられている。これにより、グラフト保持部20は、案内開口11の長さに対応する距離L1だけ、軸方向に摺動可能となっている。
【0033】
小径円筒部25はワッシャ40の内径と同程度の径を有し、先端部がワッシャ40内を通過し、ワッシャ40よりも装置先端側に位置する。そして、Oリング50を、その弾性力に抗して拡げた状態で、先端部の側面上に支持している。したがって、この状態で操作レバー23を案内開口11の後端側に移動すると、小径円筒部25は装置後端方向に移動するにも拘らず、Oリング50はワッシャ40により移動が阻止されたままである。従って、Oリング50は小径円筒部25による支持を失って収縮し、載置部21に対し、外側から収縮力を付与することになる。
【0034】
載置部21及び先端部22は、載置部21に対してOリング50の収縮力が付与されると、V字溝27によるヒンジ機能及び素材の可撓性に基づいて円筒状の形態に変化するようになっている。円筒状の形態に変化したとき、円筒の中心軸は、大径円筒部22及び小径円筒部23の軸と同一ライン上に位置する。
【0035】
図2はグラフト保持部20の機能をより詳細に示す。同図(a)は操作レバー23が、図1のように、案内開口11の先端側に位置する場合のグラフト保持部20部分の状態を示す側面図であり、同図(b)はその装置先端側から見た正面図である。同図(c)は操作レバー23が、案内開口11の後端側に移動された場合のグラフト保持部20部分の状態を示す側面図であり、同図(d)はその装置先端側から見た正面図である。
【0036】
同図(a)の状態においては、Oリング50は小径円筒部25により、拡げられた状態で支持されている。このとき、同図(b)のように、載置部21及び先端部22は、開いた状態にある。同図(c)のように、操作レバー23が案内開口11の後端側に移動された状態においては、小径円筒部25により支持されていたOリング50はその支持を失って収縮している。このとき、同図(d)のように、載置部21及び先端部22は閉じて円筒状の形態に変化している。
【0037】
この状態においては、同図(c)のように、先端部22の先端は斜めにカットされた形状を有する。すなわち、円筒状に閉じた部分のラインと、その円筒の軸とを含む平面に垂直で、かつその軸に対して時計回りに角度αを成す面により切断した形状を有する。角度αは30〜60°程度である。
【0038】
大径円筒部24及び小径円筒部25の中心軸上には、同図(b)に示すように、貫通孔26が設けられている。貫通孔26は、同図(d)のように、載置部21及び先端部22が円筒状の形態に変化したとき、円筒の内面が形成する孔と一体化し、先端部22の先端において開口する長い貫通孔を形成する。この長い貫通孔はロッド部61(図1(c))の径とほぼ同等の径を有し、貫通孔内をロッド部61が移動可能となっている。
【0039】
図1に戻り、押し出し部60は、ハウジング10の内壁に沿って軸方向に摺動可能な円筒状の摺動部62、及び摺動部62をその摺動方向に移動させるための操作部63を備える。ロッド部61は、基端側が摺動部62の先端側端面上に固定されており、先端側は大径円筒部24及び小径円筒部25の貫通孔26により摺動可能に支持されている。
【0040】
ハウジング10には、摺動部62の摺動範囲に対応する長さを有するスリット状の案内開口12が後端側に設けられている。操作部63は摺動部62の後端部に固定され、案内開口12を経てハウジング10の外部に突出している。したがって、操作部63を案内開口12の後端から先端に移動させることにより、案内開口12の長さに対応する距離L2だけ、押し出し部60を装置先端方向に移動させることができるようになっている。
【0041】
本実施形態においては、本発明における変形手段が、収縮抑止部材と収縮解除部材により構成されている。また、本発明における収縮抑止部材は小径円筒部25、収縮解除部材はワッシャ40、Oリング50、操作レバー23、案内開口11により構成されている。
【0042】
この構成において、角膜内被細胞層を移植するに際しては、まず、図1(a)及び(b)のように、載置部21が上方に向くようにハウジング10を支持し、予めドナー角膜をスライスして得られたグラフト30を載置部21上に載せる。このとき、グラフト30には表と裏があるので、表側の表面を保護するために、裏側を下にして載せる。またこのとき、グラフト30が載置部21の両側より内側に位置するようにして、はみ出すことがないように載せる必要がある。
【0043】
次に、操作レバー23を案内開口11の基端側まで移動させる。これにより、グラフト保持部20は装置後端方向へ距離L1だけ移動する。このとき、上述のように、Oリング50は小径円筒部25による支持を失い、自身の弾性力により収縮し、載置部21及び先端部22を円筒状に変化させる。
【0044】
図3(a)及び(b)はこのときの様子を示す。図3(a)及び(b)は図1(c)及び(b)と同様の部分の断面図である。図3(a)のように、グラフト保持部20は、図1(c)の場合の位置よりも距離L1だけ装置後端側に位置し、図3(b)のように、Oリング50により、載置部21及び先端部22が円筒状に変化している。このとき、グラフト30は、円筒状になった載置部21の内面に沿って丸められ、図3(b)の断面部分においては、上方に開いた「C」の字の形状となっている。次に、グラフト30の表側の表面を患者の眼球側に向けるために、グラフト挿入装置を軸の周りに180°回転させる。そして、グラフト30を患者の眼内に挿入するための操作を行う。
【0045】
図3(c)はこの操作の様子を示す。ただし、グラフト挿入装置は図3(a)の状態から軸方向に180°回転した状態の断面図により示されている。この状態では、操作部63はハウジング10の上側に位置しており、グラフト30の挿入操作がしやすくなっている。グラフト30を眼内に挿入する際には、図3(c)に示すように、まず、患者の眼球70に予め形成されている角膜創71から、角膜72及び虹彩73間の前房74内に、先端部22をゆっくり挿入する。
【0046】
次に、一方の手で、操作部63を、案内開口12に沿って先端方向にスライドさせる。このとき、他方の手で、案内開口12よりも先端側のハウジング10を保持することにより、先端部22を安定して固定させることができる。
【0047】
これにより、ロッド部61が、大径円筒部24及び小径円筒部25の貫通孔並びに円筒状に変化した載置部21及び先端部22の内面を移動し、ロッド部61の先端が、先端部22の先端から突出する。このとき、グラフト30は、ロッド部61先端のゴム部64により、先端部22の先端から押し出されて拡がり、角膜72裏側の前房74内に配置される。次に、グラフト30が完全に押し出されたことを確認し、ゆっくりと先端部22を角膜創から引き抜く。これにより、グラフト30の挿入が完了する。
【0048】
本実施形態によれば、角膜内皮細胞層のグラフトを丸めて押し出す機構を有するペン型の装置としてグラフト挿入装置を構成するようにしたため、片手の操作により1つの角膜創のみを介してグラフトを挿入することができる。したがって、グラフト挿入用の角膜創が2つ必要である従来の挿入法に比べて、グラフト挿入用の角膜創は1つでよいため、虹彩が角膜創を経て逸脱するリスクを軽減するとともに、患者の負担を軽減することができる。
【0049】
また、グラフト挿入装置のみを用いて片手でグラフトの挿入を行うことができるので、従来のように両手でそれぞれ金属製器具及びピンセットの2つの器具を同時に操作する場合に比べ、安定した挿入操作を行うことができる。したがって、虹彩等を損傷するリスクを軽減することができる。
【0050】
また、先端部22の先端を斜めにカットした形状とするようにしたため、その先端により、4.5〜5mmの切れ目である角膜層を徐々に押し開きながら、その先端を容易に前房に挿入することができる。したがって、グラフトの挿入に際し、白目や角膜の外側を誤って傷つけるのを極力防止することができる。
【0051】
また、グラフトの挿入に際し、ロッド部61によりグラフトを前房内に押し出すようにしたため、従来のようにピンセットを用いてグラフトを前房内へ引き入れる必要がないので、前房へのピンセットの挿入及びグラフトの引き込み時に虹彩等を損傷したり、グラフトを破損したりするリスクを軽減することができる。また、グラフトを引き入れるための極度に慎重な操作も不要となる。また、ピンセットにより摘んだグラフト部分の細胞を死滅させるリスクも回避することができる。
【0052】
また、グラフトを前房内へ挿入する際に、先端部22の先端のみを前房内に挿入し、グラフトをロッド部61により押し入れるようにしているので、虹彩等に先端部22が当たる可能性を軽減することができる。その際、ロッド部61の先端にはゴム部64が設けられているので、グラフトを保護することができる。
【0053】
また、載置部21及び先端部22が円筒状に閉じることによりグラフト30が丸められるので、グラフト30を載置部21上に載置した後は、グラフト30に触れる必要なく、グラフト30を丸めることができる。
【0054】
また、操作レバー23がハウジング10の両端から突出した形態を採用したため、操作レバー23を確実に案内開口11の基端側まで引くことができるので、グラフト30を丸めて保持する操作を確実に行うことができる。
【0055】
また、操作部63がハウジング10の後端側に位置するので、一方の手で操作部63を操作しながら、他方の手でハウジング10の前端側を保持することにより、前房内に挿入された先端部22の位置を安定させながら、前房内にグラフト30を押し出すことができる。
【0056】
また、ロッド部61の先端にはゴム部64が設けられているので、操作部63によりグラフト30を前房内に押し出す際に、円筒状となった載置部21及び先端部22の内側とロッド部61との間に隙間が生じるのをゴム部64により回避することができる。これにより、グラフト30が載置部21及び先端部22の内側とロッド部61との間に巻き込まれるのを防止することができる。
【0057】
図5(a)〜(c)は本発明の第2の実施形態に係るグラフト挿入装置の各状態における断面図である。同図(a)はグラフトを装置の載置部に載置するときの状態、同図(b)はグラフトが載置された載置部を円筒状に変形させることによりグラフトを丸めて保持している状態、同図(c)は保持しているグラフトを患者の眼球の前房に挿入しているときの状態を示している。
【0058】
このグラフト挿入装置は、載置部を円筒状に変形させる変形手段が異なる以外は、第1実施形態の場合とほぼ同様の構成を備える。また、グラフトを患者の眼球の前房に挿入する操作も、第1実施形態の場合と同様にして行うことができる。
【0059】
すなわち、このグラフト挿入装置は、図5に示すように、先端が開口し、後端が閉じているほぼ円筒形状のハウジング100、ハウジング100に対し、先端側において、ハウジング100の軸方向に摺動可能に取り付けられたグラフト保持部200、及びグラフト保持部200により保持されるグラフトを押し出すための押出し部材600(棒状部材)を備える。
【0060】
ハウジング100は第1実施形態における案内開口11と同様の図示していない先端側の案内開口、第1実施形態における案内開口12と同様の基端側の案内開口120、及び上述の載置部を円筒状に変形させる変形手段の一部を構成するキャップ部110を備える。キャップ部110はハウジング100の先端部において同軸上に固定され、該先端部と同様の外径及び内径を有する両端が開いた円筒状の形態を有する。
【0061】
キャップ部110は、その軸方向の中ほどにおいて、内壁面から半径方向内側に向かって伸びた円環状の絞り部111を備える。絞り部111における装置基端側の面は軸方向に垂直となっており、装置先端側の面は、先端側ほど径が大きくなるような円錐面となっている。
【0062】
グラフト保持部200は、移植される角膜内皮細胞層のグラフトが載置される板状の載置部210(載置部材)、載置部210の先端側に隣接する先端部220、載置部210の基端が固定された基部230、及び基部230の側面において互に反対方向に突出するように設けられた2つの操作レバー240を備える。操作レバー240は、図示していない先端側の案内開口に沿って装置基端方向に移動させることにより、グラフト保持部200を図5(a)の位置から同図(b)の位置に移動させるために操作される。
【0063】
図6はグラフト保持部200及びキャップ部110の機能を詳細に示す。同図(a)は操作レバー240が、図示していない先端側案内開口の先端に位置する場合のグラフト保持部200及びキャップ部110部分の断面図であり、同図(b)は該部分を装置先端側から見た正面図である。同図(c)は操作レバー240が、該案内開口の後端に位置する場合のグラフト保持部200及びキャップ部110部分の状態を示す断面図であり、同図(d)は該部分を装置先端側から見た正面図である。
【0064】
これらの図に示すように、載置部210は、上述図1の載置部21の場合と同様に、円筒の側面を円筒軸に平行な縦の切断ラインに沿って切断して開いた板状の形態を有し、円筒軸に平行で断面がV字形状を有する2本のV字溝270が外側に設けられている。載置部210は、可撓性を有するポリプロピレン等により構成されており、V字溝270が設けられた部分はヒンジとして作用する。
【0065】
ただし、載置部210の基端部分は、同図(c)及び(d)のように載置部210が閉じて円筒状となっている状態において、斜めに切断されたような形状を有する楕円開口部211(傾斜縁部)となっている。つまり切り口は楕円形となる。楕円の長軸を含む楕円に垂直な面は、操作レバー240の突出方向に垂直となっておりかつ、上述の円筒側面の切断ライン及び円筒軸を含む面に一致する。
【0066】
また、楕円の長軸の装置先端側端部は、該円筒側面の切断ラインの装置基端側端部に一致する。絞り部111の内径は、円筒状となったときの載置部210の外径にほぼ一致する。すなわち、載置部210は、基端側から絞り部111の内縁との摺動が進行してゆくとき、載置部210の形状が徐々に円筒状に変化してゆくように、基端部が徐々に幅が拡がってゆく形状を有している。
【0067】
また、同図(c)及び(d)の状態において、先端部220の先端は、第1実施形態における先端部22の場合と同様に、角度αを成す面により切断した形状を有する(図2(c))。ただし先端部220は、第1実施形態における先端部22よりも薄い可撓性の材料で構成されおり、したがってV字溝は形成されていない。このため、図6(c)及び(d)の状態において、良好に円筒状となるように、先端部分のみ、丸くなるような形状記憶がなされている。
【0068】
同図(b)に示すように、基部230の中心軸上には貫通孔260が設けられている。貫通孔260は、同図(d)のように、載置部210及び先端部220が円筒状の形態に変化したとき、円筒の内面が形成する孔と一体化し、先端部220の先端において開口する長い貫通孔を形成する。この長い貫通孔はロッド部610(図5)の径とほぼ同等の径を有し、貫通孔内をロッド部610が移動可能となっている。
【0069】
押し出し部600は、第1実施形態における押し出し部60と同様のものであり、ハウジング100の内壁に沿って軸方向に摺動可能な円筒状の摺動部620、及び摺動部620をその摺動方向に移動させるための操作部630を備える。ロッド部610は、基端側が摺動部620の先端側端面上に固定されており、先端側は基部230の貫通孔260により摺動可能に支持されておいる。ロッド部610の先端は、第1実施形態におけるゴム部64と同様のゴム部640となっている。
【0070】
押し出し部600は、第1実施形態における押し出し部60と同様に、操作部630を案内開口120に沿って移動させることにより、案内開口120の長さに対応する距離だけ、押し出し部600を装置先端方向に移動させることができるようになっている。
【0071】
本実施形態においては、本発明における変形手段が、摺動部材と、案内手段と、操作片とにより構成されている。また、本発明における摺動部材及び貫通孔は絞り部111により構成され、案内手段はハウジング100、基部230、及び図示していない先端側案内開口により構成され、操作片は操作レバー240により構成され、載置部の傾斜縁部は楕円開口部211により構成されている。
【0072】
角膜内被細胞層の移植に際しては、第1実施形態の場合と同様にして、グラフトの挿入を行うことができる。すなわち、第1実施形態の場合と同様にして、グラフトを載置部210上に載置し、操作レバー240を案内開口の基端まで引いてグラフトをグラフト保持部200により保持する。
【0073】
その際、グラフト保持部200によるグラフトの保持がなされるとき、操作レバー240が案内開口に沿って引かれ、図6(a)及び(b)(図5(a))の状態にある楕円開口部211が絞り部111に引き込まれてゆく。
【0074】
このとき、絞り部111における装置先端側の面は、先端側ほど径が大きくなるような円錐面となっているので、楕円開口部211は容易に絞り部111の内縁の内側に引き込まれてゆく。また、楕円開口部211は徐々に幅が拡がってゆく形状を有しているので、絞り部111の内縁との摺動が進行してゆくのに伴い、絞り部111の内縁に接触する楕円開口部211の部分が、順次絞り部111の内縁から載置部210が閉じる方向の力を受け、その力が順次増大してゆく。
【0075】
これに伴い、載置部210は閉じてゆく。そして、楕円開口部211のすべてが絞り部111を通過したとき、載置部210の少なくとも基端側はほぼ円筒状となる。さらに、操作レバー240が案内開口の端部まで引かれると、載置部210全体が円筒状になり、グラフトは丸められ、載置部210によるグラフトの保持が完了する。
【0076】
この後、第1実施形態の場合と同様にして、グラフト挿入装置を180°回転させ、前房内に先端部220をゆっくり挿入し、操作部630を案内開口120の先端まで移動させてグラフトを前房内に押し出し、そして、先端部220を角膜創から引き抜くことにより、グラフトの挿入が完了する。
【0077】
本実施形態によっても、第1実施形態の場合と同様の効果を得ることができる。その際に、絞り部111の内縁と、楕円開口部211との間の相互作用によて、次第に載置部210が円筒状となるので、グラフトを時間的に比較的緩やかに丸めることができる。
【0078】
なお、本発明は、上述実施形態に限定されることなく適宜変形して実施することができる。たとえば、上述においては、ロッド部61の先端にはゴム製のゴム部64を設けるようにしているが、ゴム部64の代わりに、他の弾性部材、たとえば熱可塑性エラストマによりロッド部61の先端部を構成するようにしてもよい。
【0079】
また、前記実施形態においては、収縮部材としてOリング50を例にして説明したが、これに限らず、金属製或いは合成樹脂製のCリングとしてもよい。また、Oリング50は小径円筒部25により支持し、小径円筒部25を移動させることにより支持を解除するようにしているが、この代わりに、Oリング50を例えばハウジングに固定された部材上において支持し、Oリング50を移動させることにより支持を解除するようにしてもよい。
【0080】
また、第2実施形態においては、絞り部111に対して載置部210を移動させるようにしているが、この代わりに、載置部210に対して絞り部111を移動させるようにしてもよい。
【符号の説明】
【0081】
10,100…ハウジング、11…案内開口、12,120…案内開口、20,200…グラフト保持部、21,210…載置部、22,220…先端部、23,240…操作レバー、24…大径円筒部、25…小径円筒部、27,270…V字溝、30…グラフト、40…ワッシャ、50…Oリング、60,600…押出し部、61,610…ロッド部、62…摺動部、63…操作部、64…ゴム部,211…楕円開口部、230…基部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
角膜内被細胞層の移植片であるグラフトを患者の眼球の前房に挿入するグラフト挿入装置において、
筒状のハウジングと、
前記ハウジングの先端部から突出し、表面に前記グラフトを載置可能な可撓性を有する板状の載置部材と、
前記載置部材の表面を内側にして円筒状に変形させる変形手段と、
前記ハウジングの内部を軸方向に移動自在であり、円筒状に変形された前記載置部材の内部に挿通されて前記グラフトを前記載置部材の先端から押し出し可能な棒状部材とを備えていることを特徴とするグラフト挿入装置。
【請求項2】
請求項1に記載のグラフト挿入装置であって、
前記変形手段は、収縮力により前記載置部材を円筒状に変形させる円弧状又は環状の収縮部材と、前記収縮部材の収縮を抑止した状態で保持する収縮抑止部材と、前記収縮抑止部材の抑止を解除して前記収縮部材を収縮させて前記載置部材を変形させる抑止解除部材とを備えていることを特徴とするグラフト挿入装置。
【請求項3】
請求項2に記載のグラフト挿入装置であって、
前記収縮抑止部材は、前記ハウジングの内部に装着されると共に前記載置部材の外側を覆う筒状に形成され、その外周面に前記収縮部材が装着され、
前記抑止解除部材は、前記筒状の収縮抑止部材の外周面に装着された前記収縮部材を移動させて前記収縮抑止部材から離脱させ、前記載置部材の外側に前記収縮部材を移動させることを特徴とするグラフト挿入装置。
【請求項4】
請求項1に記載のグラフト挿入装置であって、
前記載置部材は、後方に向けて幅が狭まる傾斜縁部を有し、
前記変形手段は、
前記載置部材の傾斜縁部と接して摺動することにより該載置部材を円筒状に変形させる摺動部材と、
前記円筒状に変形させる摺動が生じる方向に移動し得るように前記載置部材又は摺動部材を案内する案内手段と、
前記案内手段による案内方向に前記載置部材又は摺動部材を移動させるための操作片とを備え、
前記摺動部材は、前記円筒状に変形させる摺動がなされるように前記載置部材の傾斜縁部と接触する貫通孔を備え、
前記傾斜縁部は、前記載置部材が基端側から前記貫通孔との摺動が進行してゆくとき、該載置部材の形状が徐々に円筒状に変化してゆくように、基端側から徐々に幅が拡がってゆく形状を有しており、
前記案内手段による案内方向は、前記載置部材が基端側から前記貫通孔に挿入される方向であることを特徴とする。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか1項に記載のグラフト挿入装置であって、
前記載置部材は、軸方向に向けて延びる切り込みが裏面に形成されていることを特徴とするグラフト挿入装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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