説明

グルタチオン高生産酵母及びその利用

【課題】グルタチオン高生産性の変異酵母菌体、及び該酵母菌体を用いた酵母エキスの製造方法を提供する。
【解決手段】(a)グルタチオンの生産阻害に関与する少なくとも1種の遺伝子によってコードされるタンパク質の機能が抑制されている、(b)グルタチオンの生産に関与する少なくとも1種の遺伝子によってコードされるタンパク質の機能が強化されている、又は(a)及び(b)の両特徴を有する変異酵母菌体、及び該酵母菌体を用いた酵母エキスの製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗酸化物質であるグルタチオンの菌体内での生産量が高められた変異酵母菌体、及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
グルタチオンはγ−グルタミル−L−システイニルグリシンといい、グリシン、L−グルタミン酸、L−システインの3つのアミノ酸から構成されるトリペプチドであり、酵母や動物の肝臓などに広く存在する。医薬品の解毒剤として、各種の中毒、慢性肝臓疾患、抗癌剤の副作用や放射線療法による障害の防止に利用されている。また眼科用剤として、白内障や角膜損傷の治療に利用されている(非特許文献1)。グルタチオンは、カドミウム等の有害物質、活性酸素等の反応性酸素誘導体、及び放射線による酸化損傷に対する細胞の保護剤として働き、細胞内の酸化還元バランスを保つ重要な役割を果たしている。
【0003】
近年の健康志向の観点から、健康機能性食品が注目されているが、食品分野においてもこれらの生理活性に基づき、グルタチオン高含有食品が脚光を浴びつつある。
【0004】
システインなどの含硫アミノ酸、及びγ−グルタミル−L−システインなどのペプチドは、食品の風味改善などを目的として用いられている。システインの製法について種々の方法が知られているが、現在主に使用されているのはタンパク質分解法、半合成法である。システインを食品の風味改善に用いることを目的に、システイン含量の高い天然食品素材が求められている。しかし、システインは細胞毒性を示し、システインそのものの細胞内高含有化は困難であるため、γ−グルタミル−L−システインの高含有化が報告されている。γ−グルタミル−L−システインを含む酵母エキスを加熱、または酵素処理することで、システインを高含有する食品素材を得ることが可能である(特許文献1)。
【0005】
同様に、グルタチオンを食品の風味改善などの目的に使用することもできると考えられており、既に、グルタチオンはコク味を付与することも報告されている(非特許文献2)。グルタチオンの工業的製造方法としては、酵母から抽出する方法が一般的であり、そのためにはグルタチオン高含有酵母の取得が必要条件となる。
【0006】
従来知られているグルタチオン高含有酵母の製造方法としては、培地にシステイン等のアミノ酸を添加する方法(特許文献2)、亜鉛イオンを制限する方法(特許文献3)、通常よりも低い培養温度で培養する方法(特許文献4)などが挙げられる。また、突然変異処理により、エチオニン・亜硫酸塩耐性株(特許文献5)、ポリエン系抗生物質耐性株を取得する方法(特許文献6)などが挙げられる。
【0007】
グルタチオンは細胞内酵素のγ−グルタミルシステインシンターゼ及びグルタチオンシンターゼの以下の連鎖作用により生合成される(図1参照)。
【0008】
[数1]
(1) L−グルタミン酸+L−システイン+ATP⇔γ−グルタミル−L−システイン+ADP+Pi
(2) γ−グルタミル−L−システイン+グリシン+ATP⇔グルタチオン+ADP+Pi
【0009】
当該反応を触媒する酵素の合成は酵素暗号遺伝子によりなされる。γ−グルタミルシステインシンターゼの酵素暗号遺伝子はGSH1であり、グルタチオンシンターゼの酵素暗号遺伝子はGSH2である。酵母サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae;本明細書中、パン酵母とも称する)の細胞内においてGSH1遺伝子を使用することにより、グルタチオン生産量が30%程度増加することが報告されている(特許文献7)。また、大腸菌、酵母キャンディダ・ユティリス(Candida utilis;本明細書中、トルラ酵母とも称する)内においてGSH2の使用、及びGSH1、GSH2両遺伝子の併用により、グルタチオン量が増加することが報告されている(特許文献8、9)。GSH1、GSH2以外にはMET25遺伝子の発現量を増大させると菌体内グルタチオン含有量が上昇することが報告されており、MET25遺伝子の発現量を増大方法については変異型MET4遺伝子(非特許文献3、特許文献10)、変異型MET30遺伝子(非特許文献4)を利用する方法等が報告されている。
【0010】
近年、市販のサッカロマイセス・セレビシエ酵母の遺伝子破壊株コレクションを利用して、免疫抑制剤に耐性となる遺伝子のスクリーニングなどがなされている(非特許文献5)。細胞外へのグルタチオンの分泌についても、酵母遺伝子破壊株コレクションを用いた解析から、高分泌、低分泌となる変異株が報告されている(非特許文献6)。しかしながら、細胞内のグルタチオン量の増減については報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】国際公開第00/30474号パンフレット(WO 00/30474)
【特許文献2】特開昭53-94089号公報
【特許文献3】特開2000-279164号公報
【特許文献4】特開昭60-156379号公報
【特許文献5】特開昭59-151894号公報
【特許文献6】特開2003-284547号公報
【特許文献7】特開昭61-52299号公報
【特許文献8】特開2005-73638公報
【特許文献9】特開昭64-51098公報
【特許文献10】特開平10-33161公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】錦織ら、「蛋白質核酸酵素」、 VOL.33, p.1625〜1631, 1988
【非特許文献2】Y.Ueda et al., 「Biosci. Biotech. Biochem.」, VOL.61, p.1977〜1980, 1997
【非特許文献3】F. Omura、et al., 「FEBS Letters」、VOL.387, p.179〜183, 1996
【非特許文献4】D. Thomas et al., 「Mol. Cell. Biol.」, Vol.15, p.6526〜6534, 1995
【非特許文献5】C. Desmoucelles et al., 「J. Biol. Chem.」, Vol.277, p.27036〜27044, 2002
【非特許文献6】G. Perrone et al., 「Mol. Biol. Cell」, Vol.16、 p.218〜230, 2005
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
そこで本発明は、上記の技術背景の下に、酵母細胞内のグルタチオン含有量に関連する新たな遺伝子を同定し、細胞内でのグルタチオン高生産のために該遺伝子が改変されている酵母、及び該酵母を利用したグルタチオン含有素材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決するため、出芽酵母サッカロマイセス・セレビシエの非必須遺伝子破壊株コレクションを利用して、細胞内のグルタチオン含量を全株について測定し、細胞内総グルタチオン(酸化型グルタチオンと還元型グルタチオンの総和)含量が野生株に比べて10%以上変化する変異株をスクリーニングした。その結果、サッカロマイセス・セレビシエの特定の遺伝子破壊株において、野生株に比べてグルタチオン含量が有意に増加又は減少していることを見出した。
【0015】
また、グルタチオン高生産の遺伝子破壊株において、上記知見からグルタチオンの高生産に関与するGSH1遺伝子を過剰発現させたところ、グルタチオン生産に関して相乗的な増加が確認された。
【0016】
さらに、キャンディダ・ユティリスにおいても、同様の遺伝子の過剰発現によるグルタチオン高生産の検討を行なったところ、サッカロマイセス・セレビシエと同様の結果が得られた。このことは、酵母一般でこれらの遺伝子がグルタチオンの生産に関与していることを示唆している。
【0017】
本発明では、第1に、グルタチオン高生産性の変異酵母菌体を提供する。この変異酵母菌体は、(a)グルタチオンの生産阻害に関与する少なくとも1種の遺伝子によってコードされるタンパク質の機能が抑制されている、(b)グルタチオンの生産に関与する少なくとも1種の遺伝子によってコードされるタンパク質の機能が強化されている、又は(a)及び(b)の両特徴を有している。
【0018】
本発明に係る変異酵母菌体において、グルタチオンの生産阻害に関与する遺伝子として、これに限定されるものではないが、例えばRTS1、PEP12、DDC1、UBP6、CST6、Y1H1、CHC1、MAL31、及びPET123などを挙げることができる。またグルタチオンの生産に関与する遺伝子として、これに限定されるものではないが、例えばSTR4、及びGSH1などを挙げることができる。
【0019】
本発明に係る酵母は、好ましくは、サッカロマイセス・セレビシエ又はキャンディダ・ユティリスである。
【0020】
本発明はまた、グルタチオンの高生産に関与する遺伝子によってコードされるタンパク質の機能が抑制又は強化されている、グルタチオン高生産性の変異酵母菌体に関する。
【0021】
上記グルタチオンの高生産に関与する遺伝子として、これに限定されるものではないが、例えばDEF1などを挙げることができる。
本発明はさらに、本発明に係る変異酵母菌体から酵母エキスを製造する方法に関する。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、菌体内グルタチオン含有量の高い変異酵母菌体が提供される。また、本発明に係る変異酵母菌体を用いることで、健康機能性に優れ、また風味がよく、品質の高い食品素材(例えば酵母エキス)を製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】図1は、パン酵母細胞内の含硫アミノ酸・グルタチオン代謝経路と各酵素をコードする遺伝子を示した図である。大枠の四角は酵母の細胞を表す。
【図2】図2は、パン酵母BY4742由来の遺伝子破壊株の細胞内グルタチオン含量を示すグラフである。縦軸は、菌体OD600=1当たりの細胞内グルタチオン含量について野生株(Control)に対する相対量を示し、横軸は破壊された遺伝子を示している。黒色バーは、野生株(Control)に比較して2割以上グルタチオン濃度が増加した破壊株の結果を示す。
【図3】図3は、パン酵母BY4741由来の遺伝子破壊株の細胞内グルタチオン含量を示すグラフである。縦軸は、菌体OD600=1当たりの細胞内グルタチオン含量について野生株(Control)に対する相対量を示し、横軸は破壊された遺伝子を示している。黒色バーは、野生株(Control)に比較して2割以上グルタチオン濃度が増加した破壊株の結果を示す。
【図4】図4は、パン酵母SYT001由来の遺伝子破壊株の細胞内グルタチオン含量を示すグラフである。縦軸は、菌体OD600=1当たりの細胞内グルタチオン含量について野生株(Control)に対する相対量を示し、横軸は破壊された遺伝子を示している。黒色バーは、野生株(Control)に比較して2割以上グルタチオン濃度が増加した破壊株の結果を示す。
【図5】図5は、パン酵母DBY7286にGSH1遺伝子を過剰発現させたときの細胞内グルタチオン含量を示すグラフである。縦軸は、菌体OD600=1当たりの細胞内グルタチオン含量を示す。
【図6】図6は、パン酵母DBY7286にGSH2遺伝子を過剰発現させたときの細胞内グルタチオン含量を示すグラフである。縦軸は、菌体OD600=1当たりの細胞内グルタチオン含量を示す。
【図7】図7は、パン酵母DBY7286にSTR1遺伝子を過剰発現させたときの細胞内グルタチオン含量を示すグラフである。縦軸は、菌体OD600=1当たりの細胞内グルタチオン含量を示す。
【図8】図8は、パン酵母DBY7286にSTR2遺伝子を過剰発現させたときの細胞内グルタチオン含量を示すグラフである。縦軸は、菌体OD600=1当たりの細胞内グルタチオン含量を示す。
【図9】図9は、パン酵母DBY7286にSTR3遺伝子を過剰発現させたときの細胞内グルタチオン含量を示すグラフである。縦軸は、菌体OD600=1当たりの細胞内グルタチオン含量を示す。
【図10】図10は、パン酵母DBY7286にSTR4遺伝子を過剰発現させたときの細胞内グルタチオン含量を示すグラフである。縦軸は、菌体OD600=1当たりの細胞内グルタチオン含量を示す。
【図11】図11は、パン酵母BY4742由来のdef1、ubp6遺伝子破壊株にそれぞれGSH1遺伝子を過剰発現させたときの細胞内グルタチオン含量を示すグラフである。縦軸は、菌体OD600=1当たりの細胞内グルタチオン含量を示し、横軸は、形質転換体の種類を示す。
【図12】図12は、パン酵母BY4742由来のrts1遺伝子破壊株にそれぞれGSH1遺伝子を過剰発現させたときの細胞内グルタチオン含量を示すグラフである。縦軸は、菌体OD600=1当たりの細胞内グルタチオン含量を示し、横軸は、形質転換体の種類を示す。
【図13】図13は、パン酵母BY4742由来のpep12遺伝子破壊株にGSH1遺伝子を過剰発現させたときの細胞内グルタチオン含量を示すグラフである。縦軸は、菌体OD600=1当たりの細胞内グルタチオン含量を示し、横軸は、形質転換体の種類を示す。
【図14】図14は、パン酵母DBY7286にDDC1、DEF1、PEP12、UBP6遺伝子をそれぞれ過剰発現させたときの細胞内グルタチオン含量を示すグラフである。縦軸は、菌体OD600=1当たりの細胞内グルタチオン含量を示し、横軸は、過剰発現させた遺伝子を示す。
【図15】図15は、トルラ酵母NBRC0988株にCuGSH1、CuDEF1、CuSTR4、CuPEP12、CuUBP6遺伝子をそれぞれ過剰発現させたときの細胞内グルタチオン含量を示すグラフである。縦軸は、菌体OD600=1当たりの細胞内グルタチオン含量を示し、横軸は、過剰発現させた遺伝子を示す。
【図16】図16は、トルラ酵母NBRC0988株にCuGSH1、CuDEF1、CuSTR4、CuPEP12、CuUBP6遺伝子をそれぞれ過剰発現させたときの細胞内グルタチオン含量を示すグラフである。縦軸は、乾燥酵母菌体1gあたりのグルタチオン含量を示し、横軸は、過剰発現させた遺伝子を示す。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明は、グルタチオン高生産性の変異酵母菌体(以下、単に本発明の酵母菌体という)に関する。本発明の酵母菌体は、特定のタンパク質の機能が抑制されている、又は強化されている。これにより、本発明の酵母菌体は、野生型の酵母菌体と比較して、菌体内にグルタチオンを高生産するという特徴がある。具体的に本発明の酵母菌体は、野生型の酵母菌体と同条件で同程度まで増殖させたとき、グルタチオンの含量が野生型と比較して有意差をもって多いという特徴がある。これは例えば、YPD培地(酵母エキス1%、ペプトン2%、グルコース2%)を入れた試験管に植菌して、30℃、120rpmで72時間培養し、菌体を遠心分離後、水に懸濁して熱抽出し、抽出液を希釈後にグルタチオン測定キット(OxisResearch社製BIOXYTECH GSH/GSSH-412)を用いて総グルタチオン含量(酸化型グルタチオンと還元型グルタチオンの総和)を測定し、親株・コントロール株との比較を行うことによって、確認することができる。
【0025】
本明細書において、タンパク質の機能が抑制されるとは、当該タンパク質をコードする遺伝子をゲノムから欠損させること、当該タンパク質をコードする遺伝子の発現を阻害すること、当該タンパク質の活性を低下させることを含む意味である。
【0026】
より詳細に、特定のタンパク質をコードする遺伝子を欠損させる方法としては、特に限定されないが、相同組換えにより目的の遺伝子を別の遺伝子に置換する方法(例えば特開2002-209574号、参照)、トランスポゾンを用いて目的の遺伝子を破壊する方法(例えば特開2005-328769号参照)、栄養要求性を解除する選択マーカーを利用した目的遺伝子の破壊方法(例えば再表01/014522号参照)などを挙げることができる。また、当該遺伝子を欠損させる場合には、当該遺伝子の全長を欠損させても良いし、部分的に欠損させてもよい。また、酵素活性ドメイン、制御ドメインへの点突然変異の導入により機能を欠損させてもよい。
【0027】
また、特定のタンパク質をコードする遺伝子の発現を阻害する方法としては、特に限定されないが、当該遺伝子の発現を制御しているプロモーターを欠損させる方法、当該遺伝子の発現を制御しているプロモーターを発現誘導型プロモーターに置換する方法、当該遺伝子の発現を制御しているプロモーターに突然変異を導入する方法、RNA干渉を利用して当該遺伝子の転写産物を分解する方法、及びアンチセンスRNAを利用して当該遺伝子の翻訳を阻害する方法を挙げることができる。
【0028】
さらに、特定のタンパク質の活性を低下させる方法としては、当該タンパク質に特異的に結合して当該タンパク質の活性を抑制する機能を有する物質を作用させる方法を挙げることができる。当該物質としては、当該タンパク質の機能を阻害できる抗体や阻害物質を挙げることができる。
【0029】
本明細書において、タンパク質の機能の強化は、当該タンパク質をコードする遺伝子を過剰発現させること、点突然変異の導入等により当該タンパク質を安定化させること、タンパク質の細胞内局在を変えることを含む意味である。
【0030】
タンパク質をコードする遺伝子を過剰発現する方法は当業者に周知であり、例えば、多コピー数の当該遺伝子をプラスミドに組込んで酵母菌体に導入すること、酵母ゲノムに当該遺伝子を組込んでコピー数を増加させること、当該遺伝子のものより強力なプロモーターの制御下に配置すること、当該遺伝子の発現を制御しているプロモーターに突然変異を導入すること等によって行うことができる。
【0031】
点突然変異の導入等により当該タンパク質を安定化させるには、当該タンパク質がタンパク質分解酵素に耐性となる変異を導入すること、当該タンパク質のmRNAが安定化する変異を導入すること等により行うことができる。
【0032】
タンパク質の細胞内局在を変えると、タンパク質の機能が強化され、より効率的に当該タンパク質が反応を触媒できるようになる。タンパク質の細胞内局在の変更は、点突然変異の導入、細胞小器官ターゲッティング配列の付加により行うことができる。
【0033】
本発明の酵母菌体は、(a)グルタチオンの生産阻害に関与する少なくとも1種の遺伝子によってコードされるタンパク質の機能が抑制されている、(b)グルタチオンの生産に関与する少なくとも1種の遺伝子によってコードされるタンパク質の機能が強化されている、又は(a)及び(b)の両特徴を有している。
【0034】
本発明において、グルタチオン高生産のためにその機能を抑制又は強化することができるタンパク質を下記表1及び2に記述する。
【0035】
【表1】

【0036】
【表2】

【0037】
あるいは、本発明の酵母菌体は、上記タンパク質の機能の抑制及び/又は強化に加えて、又は単独で、グルタチオン高生産に関与する遺伝子によってコードされる下記表3に記載のタンパク質の機能が抑制又は強化されている。
【0038】
【表3】

【0039】
本発明において、その機能が抑制及び強化されるタンパク質は、上記表中に記述された配列番号によって特定されるアミノ酸配列からなるタンパク質に限定されず、その変異体をも包含する。本明細書で使用する「変異体」は、配列番号により特定されるアミノ酸配列からなるタンパク質の突然変異体、及びパン酵母又はトルラ酵母以外の他の酵母に由来する各タンパク質コード遺伝子のホモログによってコードされるタンパク質を包含する。
【0040】
具体的に、本発明でいうタンパク質の変異体は、対象とするタンパク質のアミノ酸配列において、1個〜複数個のアミノ酸の置換、付加、欠失若しくは挿入を含み、かつ当該アミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質、又は対象とするタンパク質のアミノ酸配列に対して70%以上の同一性、好ましくは80%以上の同一性、より好ましくは90%以上の同一性、最も好ましくは95%以上の同一性を有し、かつ当該アミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質をいう。ここで、置換、欠失、付加又は挿入するアミノ酸は、対象とするタンパク質のアミノ酸配列の長さに応じて、例えば1〜50個、より好ましくは1〜25個、より好ましくは1〜10個、より好ましくは1〜5個であることができる。また同一性の値は、複数のアミノ酸配列間の同一性を演算するソフトウェア(例えば、FASTA、DNASYS、BLAST)を用いてデフォルトの設定で算出した値を意味する。
【0041】
また本明細書で使用する「同等の機能」とは、対象とするタンパク質に対して、変異体タンパク質がもつ機能的特性の種類が実質的に同一であること、及び変異体タンパク質がもつ機能的特性の程度が実質的に同一であることをいう。なお、対象タンパク質に対して変異体タンパク質と同等の機能を有するか否かは、対象タンパク質が有している機能的特性に応じて、当業者に公知の手法によって決定することができる。各タンパク質が有している機能的特性と、該機能特性の判定手法を下記表4に列記する。
【0042】
【表4】

【0043】
本発明の酵母菌体において、その機能が抑制されていることが特に好ましいタンパク質は、DEF1遺伝子、PEP12遺伝子又はUBP6遺伝子によってコードされるタンパク質である。
【0044】
また本発明の酵母菌体において、その機能が強化されていることが特に好ましいタンパク質は、DEF1遺伝子、GSH1遺伝子、又はSTR4遺伝子によってコードされるタンパク質である。DEF1については、それが関与する遺伝子の転写を増減させてもグルタチオン含量が高まることから、グルタチオンによる細胞内ホメオスタシスの制御に関与していると考えられる。よって、DEF1の機能は強化しても抑制してもよい。
【0045】
本発明の酵母菌体は、次の(a)及び(b)の両特徴を有していることが最も好ましい:(a) PEP12遺伝子によってコードされるタンパク質の機能が抑制されている;(b) GSH1遺伝子によってコードされるタンパク質の機能が強化されている。
【0046】
本発明は、如何なる酵母にも適用することができる。すなわち、本発明は、野生型の酵母菌体が上述したタンパク質を有している限り如何なる酵母にも適用することができる。例えば、これに限定されるものではないが、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、サッカロマイセス・パストリアヌス(Saccharomyces pastorianus)、サッカロマイセス・ルーキシ(Saccharomyces rouxii)、サッカロマイセス・カールスバーゲンシス(Saccharomyces carlsbergensis)、シゾサッカロマイセス・ポンベ(Shizosaccharomyces pombe)、キャンディダ・ユティリス(Candida utilis)、キャンディダ・トロピカリス(Candida tropicalis)、キャンディダ・リポリティカ(Candida lipolytica)、キャンディダ・フレーベリ(Candida flaveri)、キャンディダ・ボイジニィ(Candida boidinii)、ロドトルラ・ミニュータ(Rhodotrura minuta)等に対して本発明を適用することができる。本発明は、特に、サッカロマイセス・セレビシエ又はキャンディダ・ユティリスに適用することが好ましい。
【0047】
本発明の酵母菌体は、常法に従って培養することができる。例えば、培地として、酵母が資化し得る炭素源、窒素源、無機塩類等を含有し、形質転換体の培養を効率的に行える培地を用いればよい。具体的に、YPD培地、YPG培地、YPDG培地、YPAD培地、グルコース合成最小培地(SD)、ヨウ素添加最小培地(DMM)、Hartwellの完全培地(HC)、GAL発酵試験培地、又は胞子形成培地などを用いることができる。
【0048】
本発明の酵母菌体は、上記の通り、野生型の酵母に比べて菌体内グルタチオン含有量が高いため、本発明の酵母株を用いて製造される酵母エキスは、健康機能性に優れ、風味がよく、品質に優れている。したがって本発明は、本発明の酵母菌体を用いた、グルタチオン高含有酵母エキスの製造方法をさらに提供する。
【0049】
本発明の酵母エキスの製造は、当業者に公知の手法を用いて行えばよい。一般的には、糖源としてグルコースを利用し、発酵槽に通気しながら連続的に培養を行う培養工程、遠心分離により集菌し加熱処理を行い、引き続き酵素処理を行うエキス抽出工程、清澄、濃縮、粉末化する工程からなる。酵母エキスの製法については、例えば特開2004-229540等を参照されたい。
【0050】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明は以下の実施例により限定されるものではない。
【実施例】
【0051】
パン酵母サッカロマイセス・セレビシエにおいてグルタチオンの生合成、分解に関与する遺伝子はGSH1、GSH2、DUG1、DUG2、DUG3等、既にいくつか報告されている。これらの遺伝子以外に新たにグルタチオン合成に関与する遺伝子を同定し、それを破壊、過剰発現等することにより、新たなグルタチオン生合成、分解の制御因子を同定することを目的として以下の実験を行った。
【0052】
[実施例1] グルタチオン生合成に関与する遺伝子の同定
Open Biosystems社より購入した、実験室酵母MATα一倍体非必須遺伝子破壊株コレクション(BY4742由来)のグリセロールストックされたプレートより、200mg/LのG418を含んだ150μLのYPD培地(酵母エキス1%、ペプトン2%、グルコース2%)に96穴の剣山を用いて接種し、30℃にて1日間培養した。その培養液をそれぞれYPD 0.6mLに植菌し、30℃で3日間好気攪拌培養した。培養液の菌体濃度として600nmにおける吸光度(OD600)を測定した後、培養液を遠心分離(3000rpm x 5分)し、菌体画分を得、滅菌水0.5mLに懸濁した。さらにこの懸濁液を遠心分離(3000rpm x 5分)し、上清を捨て、菌体画分を滅菌水1mLに懸濁した。これらの懸濁液を70℃にて10分間加熱し、懸濁液を遠心分離(3000rpm x 5分)し、上清を回収することで細胞内のグルタチオンを抽出した。抽出液を100倍から10000倍に希釈し、グルタチオン測定キット(OxisResearch社製BIOXYTECH GSH/GSSH-412)のマニュアルに従い、反応を行い、マイクロプレートリーダーにて1分間ごとに412nmにおける吸光度(OD412)を測定し、1分間当たりの変化量(Δ412/分)を算出し、菌体濃度(OD600)で除することにより、酸化型グルタチオンと還元型グルタチオンの総量のグルタチオン含量を半定量化した。そして、野生株に比べて2割以上変化がある遺伝子破壊株をグルタチオン生合成に関与する遺伝子候補を含む菌株としてピックアップした(野生株を1としたときのグルタチオン含有量の相対値を図2に示す)。次に、Invitrogen社より購入した実験室酵母MATa一倍体非必須遺伝子破壊株コレクション(BY4741由来)のグリセロールストックされたプレートより、候補として挙げられた遺伝子破壊株を同様に植菌、培養し、グルタチオン濃度を測定し、野生株に比べて2割以上変化がある遺伝子破壊株をピックアップし(野生株を1としたときのグルタチオン含有量の相対値を図3に示す)、グルタチオン生合成、分解に関与する遺伝子の候補の絞込みを行った。
【0053】
更なる絞込みのために、栄養要求性マーカーの入っていない実験室酵母一倍体SYT001(S. Yoshida et al., 「Appl. Environ.Microbiol.」Vol.74, p.2787〜2796, 2008)で候補として挙げられた遺伝子の破壊を行い、親株であるSYT001に比べて2割以上変化がある遺伝子をグルタチオン生合成に関与する遺伝子の候補としてRTS1、PEP12、DDC1、DEF1、UBP6、CST6、YIH1、CHC1を同定した(野生株を1としたときのグルタチオン含有量の相対値を図4に示す)。
【0054】
[実施例2] 遺伝子過剰発現による細胞内グルタチオンへの影響
以上の知見に基づき、破壊により2割以上細胞内グルタチオン量が減少した遺伝子STR4、GSH1、GSH2の過剰発現株を作製した。その際、同時に図1にあるSTR1、STR2、STR3についても評価した。
【0055】
プラスミドベクターpYES-G418GP(S. Yoshida et al., 「Appl. Environ. Microbiol.」 Vol.74, p.2787〜2796, 2008)中のGAPプロモーターの下流にこれらの遺伝子の全長を挿入することで、これらの遺伝子の過剰発現用プラスミドを構築した。そして、ura3マーカーを持つDBY7286株へこれらプラスミドを導入し、細胞内グルタチオン濃度への影響を調査することにした。形質転換体の選抜は、ウラシルが入っていないSD寒天培地(Yeast Nitrogen Base without amino acids 0.67%、グルコース2%、寒天2%)を用いて行い、30℃で3日間培養して生えてきたコロニーを新しいSD寒天培地に植菌した。菌体を6mLのSD+カザミノ培地(Yeast Nitrogen Base without amino acids0.67%、グルコース2%、カザミノ酸2%)に懸濁し、30℃で24時間培養した。培養液の菌体濃度として600nmにおける吸光度(OD600)を測定した後、培養液を遠心分離(3000rpm x 5分)し、菌体画分を得、滅菌水1mLに懸濁した。これらの懸濁液を70℃にて10分間加熱し、懸濁液を遠心分離(3000rpm x 5分)し、上清を回収することで細胞内のグルタチオンを抽出した。抽出液を100倍から10000倍に希釈し、グルタチオン測定キット(OxisResearch社製BIOXYTECH GSH/GSSH-412)のマニュアルに従い、反応を行い、マイクロプレートリーダーにて1分間ごとに412nmにおける吸光度(OD412)を測定し、1分間当たりの変化量(Δ412/分)を算出し、菌体濃度(OD600)で除することにより、総グルタチオン含量を定量化した。その結果、2つの遺伝子GSH1、STR4のみが過剰発現により、細胞内グルタチオン量を増加させ、STR2については過剰発現させることにより細胞内グルタチオン量が減少することを見出した(結果を図5から図10に示す)。
【0056】
[実施例3] 遺伝子破壊と遺伝子過剰発現によるグルタチオン生産量への相乗効果
以上の遺伝子破壊株と過剰発現株の知見に基づき、グルタチオン合成において、パン酵母においてubp6、pep12、def1、rts1破壊株にGSH1遺伝子を過剰発現させることにより、コントロールの親株に比較して細胞内グルタチオン含量が増加している酵母を育種することができると考え、仮説の実証を含めて、下記に示す実験を行った。即ち、[実施例1]で得られた遺伝子破壊株に、[実施例2]で得られた遺伝子を過剰発現させることにより、細胞内グルタチオン含量が相乗的に増加するかどうかを検証した。[実施例1]で得られたBY4742のバックグランドのubp6、pep12、def1、rts1破壊株にそれぞれGSH1遺伝子を過剰発現させた株を作製した。形質転換体の選抜は、ウラシルが入っていないアミノ酸含有SD寒天培地(Yeast Nitrogen Base without amino acids 0.67%、グルコース2%、寒天2%、ロイシン30mg/L、ヒスチジン20mg/L、リジン30mg/L、トリプトファン20mg/L)を用いて行い、30℃で3日間培養して生えてきたコロニーを新しいアミノ酸含有SD寒天培地に植菌した。菌体を6mLのアミノ酸含有SD+カザミノ培地(Yeast Nitrogen Base without amino acids 0.67%、グルコース2%、カザミノ酸2%、ロイシン30mg/L、ヒスチジン20mg/L、リジン30mg/L、トリプトファン20mg/L)に懸濁し、30℃で24時間培養した。培養液の菌体濃度として600nmにおける吸光度(OD600)を測定した後、培養液を遠心分離(3000rpm x 5分)し、菌体画分を得、滅菌水1mLに懸濁した。これらの懸濁液を70℃にて10分間加熱し、懸濁液を遠心分離(3000rpm x 5分)し、上清を回収することで細胞内のグルタチオンを抽出した。抽出液を100倍から10000倍に希釈し、グルタチオン測定キット(OxisResearch社製BIOXYTECH GSH/GSSH-412)のマニュアルに従い、反応を行い、マイクロプレートリーダーにて1分間ごとに412nmにおける吸光度(OD412)を測定し、1分間当たりの変化量(Δ412/分)を算出し、菌体濃度(OD600)で除することにより、総グルタチオン含量を定量化した。その結果、3つの遺伝子破壊株ubp6、pep12、def1においてGSH1遺伝子を過剰発現させることにより、細胞内グルタチオン量をそれぞれコントロールの親株にベクターを持たせた株に比べて、1.8倍、4.6倍、1.9倍にそれぞれ増加させることに成功した(結果を図11から図13に示す)。また遺伝子破壊株rts1におけるGSH1遺伝子の過剰発現による結果も、その親株に比較して細胞内グルタチオン量を顕著に増加させることを示している。
【0057】
[実施例4] グルタチオン生合成に関与する遺伝子の過剰発現による効果
[実施例1]で用いたPEP12、DDC1、DEF1、UBP6遺伝子を過剰発現する酵母を用い、これらの遺伝子の過剰発現が細胞内グルタチオン量に及ぼす影響を調査した。即ち、ura3マーカーを持つDBY7286株へこれらプラスミドを導入し、細胞内グルタチオン濃度への影響を調査することにした。形質転換体の選抜は、ウラシルが入っていないSD寒天培地(Yeast Nitrogen Base without amino acids 0.67%、グルコース2%、寒天2%)を用いて行い、30℃で3日間培養して生えてきたコロニーを新しいSD寒天培地に植菌した。菌体を6mLのYPD+G418培地(酵母エキス1%、ペプトン2%、グルコース2%、G418 200mg/L)に懸濁し、30℃で24時間培養した。培養液の菌体濃度として600nmにおける吸光度(OD600)を測定した後、培養液を遠心分離(3000rpm x 5分)し、菌体画分を得、滅菌水1mLに懸濁した。これらの懸濁液を70℃にて10分間加熱し、懸濁液を遠心分離(3000rpm x 5分)し、上清を回収することで細胞内のグルタチオンを抽出した。抽出液を100倍から10000倍に希釈し、グルタチオン測定キット(OxisResearch社製BIOXYTECH GSH/GSSH-412)のマニュアルに従い、反応を行い、マイクロプレートリーダーにて1分間ごとに412nmにおける吸光度(OD412)を測定し、1分間当たりの変化量(Δ412/分)を算出し、菌体濃度(OD600)で除することにより、総グルタチオン含量を定量化した。その結果、1つの遺伝子DEF1のみが過剰発現により、細胞内グルタチオン量を増加させことを見出した(結果を図14に示す)。
【0058】
以上の結果、DEF1遺伝子については、遺伝子の破壊、及び過剰発現により細胞内グルタチオン含量が増加することが明らかとなった。
【0059】
[実施例5] トルラ酵母キャンディダ・ユティリスにおけるグルタチオン生合成に関与する遺伝子の過剰発現による効果
本発明の実施例で記載されているのはキャンディダ・ユティリスNBRC0988株に存在するものである。キャンディダ・ユティリスの他の株、例えばNBRC0626株、NBRC0639株、NBRC1086株等を用いる場合には、仮に当該遺伝子配列と相違していても同等の機能、すなわち活性を有するもの(他株配列)が存在していればそのまま使用することができる。当該他株配列は、当業者であれば公知の方法により確認することができる。
【0060】
上記に示すように、サッカロマイセス・セレビシエにおいてGSH1、DEF1、およびSTR4遺伝子を過剰発現させることにより、菌体のグルタチオン含量が高まることが示された。また、DEF1、PEP12、UBP6遺伝子については遺伝子を欠損させることによって、菌体のグルタチオン含量が高まることが明らかになった。そこで、アメリカ食品医薬局(Food and Drug Administration、DA)よりも食用酵母としての安全性が認められているトルラ酵母キャンディダ・ユティリスにおいて、当該酵母が持つ上述の5種の遺伝子との相同性が高い遺伝子の過剰発現株を構築した。
【0061】
GSH1、DEF1、STR4、UBP6およびPEP12遺伝子のORF(Open Reading Frame)を増幅したDNA断片用いて、当該同業者において公知の方法で構築したキャンディダ・ユティリスゲノムDNAライブラリーから、各々の遺伝子と高い相同性を持つ遺伝子のクローニングを試みた。その結果、取得した新規なORFをCuGSH1遺伝子(配列番号25)、CuDEF1遺伝子(配列番号27)、CuSTR4遺伝子(配列番号29)、CuPEP12遺伝子(配列番号31)およびCuUBP6遺伝子(配列番号33)と命名した。なお、CuGSH1遺伝子については、既に文書にて公知のヌクレオチド配列(上記特許文献8参照)と同一であることがわかった。
【0062】
これらの遺伝子をGAP(Glyceraldehyde‐3‐phosphate dehydrogenase)遺伝子プロモーターの下流およびPGK(3‐phosphoglycerate kinase)遺伝子ターミネーターの上流に連結した後、キャンディダ・ユティリス・NBRC0988株のCuURA3(Orotidine‐5’‐phosphate decarboxylase)(GenBank: E11619.1)遺伝子座に組込んだ(特開2003-144185号公報参照)。また、GAPプロモーターとPGKターミネーターの間に何も挿入しないDNA断片を組込んだ株も、各遺伝子の高発現がもたらす効果を調べるための対照として構築した(陰性対照株)。なお、当該プラスミドにはハイグロマイシンB耐性遺伝子も搭載されているため、陽性クローンは600mg/LのハイグロマイシンBが添加されたYPD寒天培地にて選抜した。
【0063】
得られた組換え株の細胞内グルタチオン含有量を調べた。まず、YPD寒天培地にて1〜3日間30℃にて培養した菌体を、4mLのYPD液体培地にて18〜30時間30℃にて好気的な条件で振とう培養した(130rpm)。この菌体の一部を500mL坂口フラスコに入れた200mLのSD+カザミノ培地(Yeast Nitrogen Base without amino acids 0.67%、グルコース2%、カザミノ酸2%)に600nmにおける吸光度(OD600)を0.1〜0.3になるように懸濁した後、46時間25℃で好気的に振とう培養した(130rpm)。得られた菌体のグルタチオン含有量を先に記載した方法で定量した。また、乾燥菌体重量を測定することにより、OD600あたりのグルタチオン含量(図15)に加え、乾燥菌体重量あたりのグルタチオン含量(グルタチオン1moleあたり307.33gとした)も算出した(図16)。結果は少なくとも3回の独立試行により求めたものである。
【0064】
その結果、期待通りにCuGSH1遺伝子、CuDEF1遺伝子、およびCuSTR4遺伝子の過剰発現株は、陰性対照株よりもグルタチオン含量が有意に高かった。一方、パン酵母においては完全欠損によりグルタチオン含量上昇効果をもたらすことが知られる遺伝子のホモログであるCuUBP6遺伝子とCuPEP12遺伝子では、上述の3遺伝子に比べると、大きな変化は見られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明によれば、細胞内グルタチオン含量の高い酵母が提供される。これにより、低コストでグルタチオン高含有な酵母エキスをつくることが可能となる。したがって、本発明は調味料をはじめとする食品、医薬品、その他の製造に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
RTS1、PEP12、DDC1、DEF1、UBP6、CST6、及びY1H1からなる群より選択される少なくとも1種の遺伝子によってコードされるタンパク質の機能が抑制されている、グルタチオン高生産性の変異酵母菌体。
【請求項2】
以下に記載する少なくとも1種のタンパク質の機能が抑制されている、請求項1記載の変異酵母菌体:
配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号2に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号2に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質;
配列番号4に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号4に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号4に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質;
配列番号6に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号6に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号6に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質;
配列番号8に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号8に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号8に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質;
配列番号10に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号10に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号10に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質;
配列番号12に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号12に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号12に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質;
配列番号14に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号14に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号14に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質。
【請求項3】
以下に記載する少なくとも1種のタンパク質の機能がさらに抑制されている、請求項2記載の変異酵母菌体:
配列番号16に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号16に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号16に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質;
配列番号18に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号18に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号18に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質;
配列番号20に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号20に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号20に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質。
【請求項4】
以下に記載する少なくとも1種のタンパク質の機能が抑制されている、請求項1記載の変異酵母菌体:
配列番号28に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号28に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号28に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質;
配列番号32に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号32に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号32に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質;
配列番号34に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号34に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号34に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質。
【請求項5】
STR4及びDEF1からなる群より選択される1種の遺伝子によってコードされるタンパク質の機能が強化されている、グルタチオン高生産性の変異酵母菌体。
【請求項6】
以下に記載する少なくとも1種のタンパク質の機能が強化されている、請求項5記載の変異酵母菌体:
配列番号8に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号8に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号8に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質;
配列番号24に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号24に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号24に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質。
【請求項7】
以下に記載する少なくとも1種のタンパク質の機能が強化されている、請求項5記載の変異酵母菌体:
配列番号28に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号28に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号28に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質;
配列番号30に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号30に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号30に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質。
【請求項8】
DEF1遺伝子によってコードされるタンパク質の機能が抑制又は強化されている、グルタチオン高生産性の変異酵母菌体。
【請求項9】
前記タンパク質は、配列番号8に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号8に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号8に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質である、請求項8記載の変異酵母菌体。
【請求項10】
前記タンパク質は、配列番号28に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号28に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号28に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質である、請求項8記載の変異酵母菌体。
【請求項11】
(a)RTS1、PEP12、DDC1、UBP6、CST6、及びY1H1からなる群より選択される少なくとも1種の遺伝子によってコードされるタンパク質の機能が抑制されている、及び(b)GSH1及びSTR4からなる群より選択される少なくとも1種のタンパク質の機能が強化されている、グルタチオン高生産性の変異酵母菌体。
【請求項12】
以下に記載する少なくとも1種のタンパク質の機能が抑制されている、請求項11記載の変異酵母菌体:
配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号2に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号2に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質;
配列番号4に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号4に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号4に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質;
配列番号6に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号6に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号6に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質;
配列番号10に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号10に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号10に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質;
配列番号12に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号12に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号12に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質;
配列番号14に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号14に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号14に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質。
【請求項13】
以下に記載する少なくとも1種のタンパク質の機能が強化されている、請求項11記載の変異酵母菌体:
配列番号22に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号22に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号22に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質;
配列番号24に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号24に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号24に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質。
【請求項14】
以下に記載する少なくとも1種のタンパク質の機能が抑制されている、請求項11記載の変異酵母菌体:
配列番号32に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号32に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号32に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質;
配列番号34に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号34に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号34に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質。
【請求項15】
以下に記載する少なくとも1種のタンパク質の機能が強化されている、請求項11記載の変異酵母菌体:
配列番号26に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号26に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号26に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質;
配列番号30に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号30に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号30に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質。
【請求項16】
さらに、DEF1遺伝子によってコードされるタンパク質の機能が抑制又は強化されている、請求項11記載の変異酵母菌体。
【請求項17】
前記タンパク質は、配列番号8に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号8に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号8に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質である、請求項16記載の変異酵母菌体。
【請求項18】
前記タンパク質は、配列番号28に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、又は配列番号28に示すアミノ酸配列と少なくとも90%のアミノ酸同一性を有しかつ配列番号28に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の機能を有するタンパク質である、請求項16記載の変異酵母菌体。
【請求項19】
請求項1〜18のいずれか1項記載の変異酵母菌体から酵母エキスを抽出することを含む、グルタチオン高含有酵母エキスの製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図16】
image rotate


【公開番号】特開2011−103789(P2011−103789A)
【公開日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−260130(P2009−260130)
【出願日】平成21年11月13日(2009.11.13)
【出願人】(000253503)キリンホールディングス株式会社 (247)
【出願人】(505144588)キリン協和フーズ株式会社 (50)
【Fターム(参考)】