説明

ケミカルヒートポンプ

【課題】100〜300℃程度の温熱で脱水吸熱反応を起こし、かつ、水蒸気暴露により水酸化発熱反応を起こすことにより蓄熱することが可能である新規な水蒸気収脱着型蓄熱材を用いたケミカルヒートポンプを提供すること。
【解決手段】本発明によるケミカルヒートポンプは、マグネシウムと、ニッケル、コバルト、銅およびアルミニウムからなる群から選ばれた少なくとも1種の金属成分との複合酸化物による水酸化発熱反応と、該複合酸化物に対応する複合水酸化物の脱水吸熱反応とを組み合わせたことを特徴とする。また本発明によると、上記ケミカルヒートポンプにおいて、マグネシウムと金属成分との複合組成比率を変化させることにより可蓄熱温度を変化させる方法が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蓄熱材として新規な化合物を利用したケミカルヒートポンプに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、化石燃料の使用削減(二酸化炭素排出規制)が求められており、各プロセスの省エネルギー化に加え、排熱の利用を進める必要がある。例えば、自動車ガソリンエンジンの場合、燃料がもつエネルギーのうち走行に利用されるのは約20%で、残る約80%は排気熱として大気中へ放出されている。このような排気熱を貯蔵し、排気ガスの元の温度に近い100〜300℃で利用できる技術があれば、エネルギー回収、エネルギー再利用の点で非常に有効である。排気ガス源としては、ガソリンエンジンの他に、ガスエンジン、ディーゼルエンジン、各種燃料電池等もある。また、工場、ごみ焼却場等からは多くの熱エネルギーが未利用のまま排出されており、100〜300℃程度の比較的質の高い熱も少なくない。排熱利用の手段としては、水を利用した100℃以下の温水蓄熱が知られている。しかし、温水蓄熱には、(1)放熱損失があるため長時間の蓄熱が不可能である、(2)水顕熱量が小さいため大量の水が必要であり、蓄熱設備のコンパクト化が困難である、(3)出力温度が利用量に応じて非定常で、次第に降下する、等の問題がある。したがって、このような排熱の民生利用を進めるためには、より効率の高い蓄熱技術を開発する必要がある。
【0003】
効率の高い蓄熱技術として化学蓄熱法が挙げられる。化学蓄熱法は、物質の吸着、水和等の化学変化を伴うため、材料自体(水、溶融塩等)の潜熱や顕熱による蓄熱法に比べて単位質量当たりの蓄熱量が高くなる。化学蓄熱法としては、大気中水蒸気の収脱着による方法、金属塩へのアンモニア吸収(アンミン錯体生成反応)、アルコール等の有機物の収脱着反応等が提案されているが、環境への負荷や装置の簡便性を考慮すると、水蒸気収脱着法が最も有利である。水蒸気収脱着法に用いられる蓄熱材としては、酸化マグネシウム、ゼオライト等の金属酸化物が知られている(特許文献1)。
【0004】
【特許文献1】特開平6−213529号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
酸化マグネシウムやゼオライトは、100〜300℃の低温域では有効な蓄熱材として機能しない。これは、酸化マグネシウムの水酸化物やゼオライトの水収着物が、上記低温域では脱水反応を起こさないためである。このような低温域で脱水反応を起こす金属水酸化物がないわけではない。例えば、Ni(OH)は約230℃で脱水反応を起こしNiOになる。しかし、蓄熱材として機能するためには水蒸気暴露により水酸化発熱反応を起こして再度Ni(OH)に戻ることが必要であるが、NiOは110℃程度でも水酸化反応を起こさないため、単独では蓄熱材として用いることができない。したがって、本発明は、100〜300℃程度の温熱で脱水吸熱反応を起こし、かつ、水蒸気暴露により水酸化発熱反応を起こすことにより蓄熱することが可能である新規な水蒸気収脱着型蓄熱材を用いたケミカルヒートポンプを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明によると、マグネシウムと、ニッケル、コバルト、銅およびアルミニウムからなる群から選ばれた少なくとも1種の金属成分との複合酸化物による水酸化発熱反応と、該複合酸化物に対応する複合水酸化物の脱水吸熱反応とを組み合わせたことを特徴とするケミカルヒートポンプが提供される。また本発明によると、上記ケミカルヒートポンプにおいて、マグネシウムと金属成分との複合組成比率を変化させることにより可蓄熱温度を変化させる方法が提供される。
【発明の効果】
【0007】
本発明によるケミカルヒートポンプは、100〜300℃程度の排熱を有効に蓄熱することができる。また、本発明によるケミカルヒートポンプは、可蓄熱温度を100〜300℃の範囲で任意に設定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明において、複合金属酸化物(もしくは単体金属酸化物)と水との結合・反応は、水の複合金属酸化物(もしくは単体金属酸化物)への吸着、吸収と、化学的な水和、水酸化とが複合して起こる収着的な現象である。したがって、本発明において「水酸化」とは、複合金属酸化物(もしくは単体金属酸化物)への水の吸着、吸収と、化学的な水和、水酸化とが複合して起こる収着的な結合・反応現象をいうものとする。
【0009】
本発明は、特許文献1に記載されているような酸化マグネシウム/水系のケミカルヒートポンプをベースにするものである。酸化マグネシウム/水系のケミカルヒートポンプは、以下のような可逆的な化学反応を利用したものである。
MgO+HO⇔Mg(OH) ΔH=−81.0kJ/モル
上式中、右方向への反応は酸化マグネシウムの水酸化発熱反応である。反対に、左方向への反応は水酸化マグネシウムの脱水吸熱反応である。すなわちヒートポンプは、水酸化マグネシウムの脱水によって熱エネルギーを蓄えることができ、そして蓄えられた熱エネルギーを酸化マグネシウムの水酸化によって熱出力することができる。
【0010】
図1に、従来の酸化マグネシウム/水系のケミカルヒートポンプの作動概念図を示す。(a)蓄熱モードでは、水酸化マグネシウムが外部からの余剰熱等の熱エネルギーを吸収して脱水を起こし、発生した水蒸気が配管を通り水の容器に入り、そこで凝縮液化する。(b)熱出力モードでは、液体状態の水が熱吸収により蒸発して水蒸気になり、その水蒸気が配管を通り酸化マグネシウムの容器に入り、そこで酸化マグネシウムと水酸化発熱反応を起こす。従来の酸化マグネシウム/水系のケミカルヒートポンプでは、水酸化マグネシウムの脱水反応温度域が300〜400℃の範囲にあるため、300℃未満では蓄熱モードが有効に作動しない。300℃未満(約230℃)で脱水反応を起こす金属水酸化物の例として水酸化ニッケルがある。しかし、対応する酸化ニッケルが110℃程度でも水酸化反応を起こさないため、熱出力モードが有効に作動しない。水酸化マグネシウムと水酸化ニッケルを物理的に混合することが考えられるが、300℃未満では水酸化ニッケルのみが脱水反応を起こし、しかも対応する酸化ニッケルは熱出力モードで作動しないため、ケミカルヒートポンプとして機能しない。通常、複合材料は、各成分の個別の物性/化学反応性を併せ持つことになる。
【0011】
本発明者らは、まったく意外なことに、マグネシウムと、ニッケル、コバルト、銅、アルミニウム等の金属成分との複合酸化物が、それぞれ対応する複合水酸化物との間で、複合組成比率に応じて変化する物性/化学反応性を示すことを見出した。特に、マグネシウムと、ニッケル、コバルト、銅またはアルミニウムとを含む複合水酸化物が、複合組成比率に応じて変化する300℃未満の脱水吸熱温度を示すことを見出した。
【0012】
本発明によるマグネシウムと、ニッケル、コバルト、銅、アルミニウム等の金属成分との複合酸化物に対応する各複合水酸化物は、例えば次の手順で調製することができる。所期の複合組合せに対応する各金属塩、例えば硝酸マグネシウムと硝酸ニッケル、を用意する。各硝酸塩を含む混合硝酸塩水溶液を調製する。その際、各硝酸塩の濃度比を変えることにより所期の複合酸化物・水酸化物の金属組成を制御することができる。混合硝酸塩水溶液とは別に、アルカリ水溶液、例えば水酸化ナトリウム水溶液を用意する。次いで、アルカリ水溶液を撹拌しながら、これに混合硝酸塩水溶液を滴下することにより、複合水酸化物を析出させる。その後、必要に応じて析出粒子を成長させるため、混合溶液を撹拌しながら適宜加熱する(例、60℃、1時間)。析出または成長完了後、分離回収して得た析出物を蒸留水で洗浄することによりアルカリ分を除去し、その後空気中で加熱乾燥することにより(例、110℃、一晩)、粉末状の複合水酸化物を得る。実用の蓄熱材としては、複合水酸化物粉末を適当な粒径(例、2mm)のペレット状の造粒物にすると便利である。別法として、本発明の複合水酸化物を、対応する複数の金属アルコキシドのアルコールその他の有機溶媒溶液を加水分解処理することによって調製することもできる。
【0013】
上述のようにして得られた複合水酸化物の脱水分解挙動について、具体例を挙げて説明する。この脱水分解挙動が、本発明によるケミカルヒートポンプの蓄熱性能を左右する。マグネシウムとニッケルを組み合わせた複合水酸化物{MgxNi1-x(OH)2}の場合、脱水分解温度が、水酸化マグネシウム{Mg(OH)2}(x=1)の値から水酸化ニッケル{Ni(OH)2}(x=0)の値にかけて連続的に低下する。脱水分解温度がMg(OH)2の値より低下することは、より低温(低質)の排熱を利用することができる点で望ましい。また、脱水分解温度が組成比(x値)に応じて変化するので、蓄熱が可能となる温度(可蓄熱温度)を用途に応じて任意に設定することができる。MgxNi1-x(OH)2の熱分解曲線を図2に示す。また、図2の熱分解曲線から得た脱水分解温度と、複合水酸化物中のマグネシウム組成比(x)との関係を、図3に示す。ここで脱水分解温度は、対象試料の温度を上昇させた際の脱水による反応率変化に着目し、単位時間当たりの反応率変化Δx(モル%)/Δt(分)が1%/分以上を記録した時点を脱水開始点とみなし、その際の温度を脱水分解温度と定義する。図3からわかるように、MgxNi1-x(OH)2系では、脱水分解温度が、{Mg(OH)2}(x=1)の約330℃から{Ni(OH)2}(x=0)の約230℃まで、組成比xに応じて単調に変化する。
【0014】
マグネシウムとコバルトを組み合わせた複合水酸化物{MgxCo1-x(OH)2}の場合、脱水分解温度が、水酸化マグネシウム{Mg(OH)2}(x=1)の値から水酸化コバルト{Co(OH)2}(x=0)の値にかけて連続的に変化する。上述したニッケルの場合と同様に、脱水分解温度がMg(OH)2の値より低下することは、より低温(低質)の排熱を利用することができる点で望ましい。コバルトの場合も、脱水分解温度が組成比(x値)に応じて変化するので、可蓄熱温度を用途に応じて任意に設定することができる。但し、コバルトの場合には、後述する表1に示したように、Co(OH)2が脱水分解温度の最低値とはならず、Mg(OH)2とCo(OH)2の間(0<x<1)に極小値が存在する。
【0015】
マグネシウムと銅を組み合わせた複合水酸化物{MgxCu1-x(OH)2}の場合、脱水分解温度が、水酸化マグネシウム{Mg(OH)2}(x=1)の値から水酸化銅{Cu(OH)2}(x=0)の値にかけて連続的に変化する。上述したニッケルやコバルトの場合と同様に、脱水分解温度がMg(OH)2の値より低下することは、より低温(低質)の排熱を利用することができる点で望ましい。銅の場合も、脱水分解温度が組成比(x値)に応じて単調に変化するので、可蓄熱温度を用途に応じて任意に設定することができる。但し、銅の場合には、図4の熱分解曲線が示すように、脱水分解が二段階で進む。
【0016】
マグネシウムとアルミニウムを組み合わせた複合水酸化物{MgxAly(OH)2x+3y}の場合、脱水分解温度が、水酸化マグネシウム{Mg(OH)2}(x=1、y=0)の値から水酸化アルミニウム{Al(OH)3}(x=0、y=1)の値にかけて連続的に変化する。上述したニッケル、コバルト及び銅の場合と同様に、脱水分解温度がMg(OH)2の値より低下することは、より低温(低質)の排熱を利用することができる点で望ましい。アルミニウムの場合も、脱水分解温度が組成比(x及びy値)に応じて変化するので、可蓄熱温度を用途に応じて任意に設定することができる。但し、アルミニウムの場合には、後述する表1に示したように、Al(OH)3が脱水分解温度の最低値とはならず、Mg(OH)2とAl(OH)3の間(0<x<1、0<y<1)に極小値が存在する。
【0017】
本発明によると、複合金属水酸化物の脱水分解により対応する複合金属酸化物に蓄えられた熱を、当該複合金属酸化物の水酸化反応によって取り出すこと(熱出力操作)ができる。以下、複合金属酸化物の水酸化挙動について、具体例を挙げて説明する。この水酸化挙動が、本発明によるケミカルヒートポンプの熱出力性能を左右する。複合金属酸化物の水酸化挙動を測定するためには、図5に示したような熱天秤測定装置を用いると便利である。熱天秤測定装置は、水蒸気供給部と反応器部を含む。微定量ポンプから蒸気発生器へ水を送り込み、水蒸気を発生させる。反応器内にはセル(例、直径5mm、高さ5mmの白金製円筒容器)が2個設置され、それぞれ試料及び参照試料(例、アルミナ粉体)が入れられる。セルは支柱で支えられ、支柱の先端部(セル側)は熱電対を兼ね、周囲にはヒーターが設置されている。水酸化の際にはコックを切り替え、反応器上部から水蒸気とキャリアガス(例、アルゴン)を流れ込ませる。但し、水蒸気がそのまま測定部に流れ込むと故障の原因となるので、反応器下部からパージガス(例、アルゴン)を常時流し続ける。
【0018】
熱天秤測定装置で測定されたデータを評価するため、下式で定義される反応率χを採用する。反応率は、脱水又は水酸化がどの程度進行したかを示す定量値である。完全に水酸化した状態を100%とし、反対に、完全に脱水した状態を0%とする。
【0019】
【数1】

【0020】
上式中、MH2Oは水の分子量を表し、Mhydoxideは各水酸化物の分子量を表し、mH2Oは反応により変化した水の質量を表し、そしてmhydroxideは各水酸化物の質量を表す。反応率χが減少する方向が脱水吸熱反応であり、蓄熱操作に相当する。反応率χの減少量が大きい(脱水反応量が多い)ほど、単位量あたりの蓄熱量が多いことを意味する。反対に、反応率χが増加する方向は水酸化発熱反応であり、熱出力操作に相当する。
【0021】
図5に示した熱天秤測定装置を用い、従来の材料の脱水分解・水酸化挙動を測定した例を図6に示す。図6(a)はMg(OH)/MgO系の脱水分解・水酸化挙動を示し、図6(b)はNi(OH)/NiO系の脱水分解・水酸化挙動を示す。Mg(OH)/MgO系は、図6(a)に示したように、脱水操作温度(T)350℃の高温で脱水分解反応が進行し、反応率が減少する。次いで、温度を水酸化反応温度(T)110℃に設定した後、水蒸気供給を開始する(図中二重線矢印)と、水酸化反応が起こり、反応率が上昇する。反応率の上昇が鈍化し水酸化が飽和したところで、水蒸気供給を停止する(図中点線矢印)と、吸着的・物理的に酸化物と結合していた水が放出されることにより、第1段の反応率減少が起こる。その後、温度を再び脱水操作温度へ昇温することにより、化学的に酸化物と結合していた残りの水分が脱水反応として放出される。このように、脱水分解反応と水酸化反応を組み合わせることによりMg(OH)/MgO系はケミカルヒートポンプとして採用することができるが、脱水操作温度が約350℃と高いため、本発明の目的である100〜300℃程度の低質排熱の蓄熱には適さない。一方、Ni(OH)/NiO系の場合、図6(b)に示したようにNiOの水酸化(熱出力)が起こらないため、ケミカルヒートポンプの蓄熱材料になり得ない。図中「T」は水蒸気飽和温度(℃)を表し、水蒸気圧力に対応する。例えば、T=80℃は水蒸気圧力P=47kPaに、T=85℃は水蒸気圧力P=57kPaに、それぞれ相当する。
【0022】
本発明による材料の一種であるマグネシウムとニッケルを組み合わせた複合水酸化物{Mg0.75Ni0.25(OH)2}の脱水分解・水酸化挙動を測定した例を図7に示す。図7に示したように、脱水操作温度(T)300℃で脱水分解反応が進行し、反応率が減少する。次いで、温度を水酸化反応温度(T)110℃に設定した後、水蒸気供給を開始すると、水酸化反応が起こり、反応率が上昇する。反応率の上昇が鈍化し水酸化が飽和したところで、水蒸気供給を停止すると、吸着的・物理的に酸化物と結合していた水が放出されることにより、第1段の反応率減少が起こる。その後、温度を再び脱水操作温度へ昇温することにより、化学的に酸化物と結合していた残りの水分が脱水反応として放出される。このように、脱水分解反応と水酸化反応を組み合わせることによりマグネシウムとニッケルを組み合わせた複合水酸化物はケミカルヒートポンプの蓄熱材料として採用することができ、しかも300℃での脱水操作が可能であるため、従来のMg(OH)/MgO系よりも低質排熱の蓄熱が可能となる。
【0023】
本発明による材料の一種であるマグネシウムとニッケルを別の組成比で組み合わせた複合水酸化物{Mg0.5Ni0.5(OH)2}の脱水分解・水酸化挙動を連続して繰り返し測定した例を図8に示す。図8に示したように、脱水操作温度(T)280℃で脱水分解反応が進行し、反応率が減少する。次いで、温度を水酸化反応温度(T)110℃に設定した後、水蒸気供給を開始すると、水酸化反応が起こり、反応率が上昇する。反応率の上昇が鈍化し水酸化が飽和したところで、水蒸気供給を停止すると、吸着的・物理的に酸化物と結合していた水が放出されることにより、第1段の反応率減少が起こる。その後、温度を再び脱水操作温度へ昇温することにより、化学的に酸化物と結合していた残りの水分が脱水反応として放出され、反応率が減少する。再び、温度を水酸化反応温度(T)110℃に設定した後、水蒸気供給を開始すると、水酸化反応が起こり、反応率が上昇する。反応率の上昇が鈍化し水酸化が飽和したところで、水蒸気供給を停止すると、吸着的・物理的に酸化物と結合していた水が放出されることにより、第1段の反応率減少が起こる。その後、温度を再び脱水操作温度へ昇温することにより、化学的に酸化物と結合していた残りの水分が脱水反応として放出される。このように、脱水分解反応と水酸化反応を組み合わせることによりマグネシウムとニッケルを組み合わせた複合水酸化物はケミカルヒートポンプの蓄熱材料として採用することができ、しかも280℃において繰り返し脱水操作が可能であるため、Mg0.75Ni0.25(OH)2系よりもさらに低質の排熱を蓄熱することが可能となる。
【0024】
本発明によるケミカルヒートポンプのための蓄熱材は、100〜300℃程度の熱源、例えば工場排熱等の未利用熱によって蓄熱材を加熱脱水することにより蓄熱することができる。脱水された蓄熱材は、乾燥状態に保つことにより容易に蓄熱状態を維持することができ、またその蓄熱状態を維持しながら所望の場所へ持ち運ぶことができる。熱出力する場合には、所定圧力の水蒸気と接触させることにより水酸化反応熱(水蒸気収着熱)を熱エネルギーとして取り出すことができる。また、気密封鎖空間内の一方で水蒸気収着を行わせ、他方では水を蒸発させることにより冷熱を発生させることもできる。このような蓄熱・蓄冷システム自体については、当業者であればこれを容易に理解し、実施することが可能である。
【実施例】
【0025】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
蓄熱材の調製
マグネシウム/ニッケル複合型蓄熱材{Mg0.5Ni0.5(OH)2}を以下のように調製した。2L容のビーカー内で、硝酸マグネシウム六水和物(25.5g;0.01モル)と硝酸ニッケル六水和物(28.9g;0.01モル)を水500mLに溶解することにより前駆体水溶液(溶液A)を得た。また、溶液Aとは別に、1モル/Lの水酸化ナトリウム水溶液1L(溶液B)を調製した。次いで、常温で溶液Bをマグネチックスターラーで撹拌しながら、これに溶液Aを約10分かけてピペットで滴下することにより、沈殿物を生成させた。溶液Aの滴下が完了した後、ビーカーに時計皿で蓋をして沈殿物を含む混合液を60℃に加熱し、さらに1時間撹拌を続けた。その後、撹拌と加熱を止め、上澄み液を廃棄し、得られた沈殿物を蒸留水で複数回洗浄した。吸引濾過により回収した沈殿物を空気中110℃で一晩以上乾燥させ、蓄熱材試料Mg0.5Ni0.5(OH)2を15g得た。さらに、上記手順において、溶液Aを調製する際に溶解する硝酸マグネシウムと硝酸ニッケルのモル比を変更することにより、下記表1に示したようなマグネシウムとニッケルの複合組成比が異なる蓄熱材を調製した。
【0026】
硝酸ニッケル六水和物の代わりに硝酸コバルト六水和物、硝酸銅三水和物又は硝酸アルミニウム九水和物を用いて、上記手順を実施することにより、下記表1に示したようなマグネシウム/コバルト複合型蓄熱材、マグネシウム/銅複合型蓄熱材及びマグネシウム/アルミニウム複合型蓄熱材をそれぞれ調製した。
【0027】
蓄熱材の評価
図5に示したような熱天秤測定装置(ULVAC理工製:TGD9600)を用い、各種蓄熱材の性能を評価した。熱天秤測定装置を用いた水酸化実験を、アルゴン(Ar)雰囲気中、脱水反応→水蒸気供給で水酸化開始→水酸化反応→水蒸気供給停止→脱水反応という一連の工程を実施することにより行った。脱水工程後の水蒸気供給時の反応率を基準値とし、水蒸気供給を停止した時の反応率と基準値との差を全水酸化反応率Δxとし、水蒸気供給を停止した後の水蒸気離脱後の飽和反応率と、その後脱水操作温度まで温度上昇し低下した反応率との差を化学水酸化反応率Δxとする。ここで、Δx−Δxは、吸着・吸収・凝縮による物理的に材料に保持された水量に相当する。下記表1の「質量基準蓄熱量Qmass」は、MgxNi1-xO系を例にすると、下式で表される。
【0028】
【数2】

【0029】
上式中、ΔHMgOは酸化マグネシウム水酸化熱(kJ/モル)を表し、ΔHNiOは酸化ニッケル水酸化熱(kJ/モル)を表し、ΔHH2Oは水の凝縮熱(kJ/モル)を表し、xはMgOとNiOの複合モル比(0<x<1)を表し、Δxは化学水酸化反応率を表し、Δxは全水酸化反応率を表し、MMg(OH)2は水酸化マグネシウムの分子量(kg/モル)を表し、MNi(OH)2は水酸化ニッケルの分子量(kg/モル)を表す。
【0030】
反応試料を電子天秤で計量し、熱天秤測定装置の反応器内の白金製セルに載せた。反応器内にArパージガスを100mL/分で流しながら、まず120℃で試料の物理吸着水を乾燥除去した。次いで、下記表1に記載の所定の脱水温度Tdまで昇温して脱水吸熱させた。その後、下記表1に記載の所定の水和反応温度Thまで冷却し、バルブ切り替えにより水蒸気を供給し、水酸化反応を開始させた。水酸化反応は、水蒸気の飽和蒸気温度が85℃(水蒸気分圧57.8kPa)になるように、Arキャリアガス量を35mL/分とし、水供給量を33μL/分とした。
各種蓄熱材の複合金属組成と、測定された性能を下記の表1に示す。
【0031】
【表1】

【0032】
表1からわかるように、マグネシウムと、ニッケル、コバルト、銅またはアルミニウムとの複合酸化物と、該複合酸化物に対応する複合水酸化物とを組み合わせたケミカルヒートポンプは、100〜300℃程度の排熱を有効に蓄熱することができる。また、上記ケミカルヒートポンプにおいて、マグネシウムと他金属成分との複合組成比率を変化させることにより、可蓄熱温度を100〜300℃の範囲で任意に設定することができる。水和反応温度110℃における質量基準蓄熱量Qmassを見ると、本発明による蓄熱材は73〜611kJ/kgを示し、水顕熱蓄熱の場合(90〜70℃、ΔT=20℃)の蓄熱量83kJ/kgを有意に上回り、単位質量あたり最大で水蓄熱の約7倍の蓄熱量が期待できることがわかる。
【0033】
MgxNi1-xO系では、110℃から200℃の高温まで反応活性が確認され、200℃の高温出力でも水蓄熱と同等の蓄熱が可能であった。MgxCo1-xO系においても、110℃から150℃の温度域で反応活性が確認され、150℃の高温出力であっても水蓄熱より大きな蓄熱量のあることが示された。このように150℃、200℃といった高温での熱出力が可能であることから、本発明によるケミカルヒートポンプは、エンジンや燃料電池等から排出される排気ガスの熱を有効利用するのに適している。例えば、排気ガスの熱は、自動車の暖機運転の短縮、搭乗者空間のアメニティーの向上、燃費の改善、排気ガス触媒の活性向上による排気ガスの低害化等に活用することができる。特に、エンジンの場合、運転による負荷が一定でなく排気出力も不安定であることから、排気熱の直接利用は必然的に非効率・不便を伴う。本発明のような化学蓄熱系によると、排気熱を一旦化学的に蓄熱し、熱需要に応じて熱出力することで、より理想的な排気熱利用が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】従来の酸化マグネシウム/水系のケミカルヒートポンプの作動概念図である。
【図2】本発明による蓄熱材MgxNi1-x(OH)2の熱分解曲線を示すグラフである。
【図3】図2の熱分解曲線から得た脱水分解温度と、複合水酸化物中のマグネシウム組成比(x)との関係を示すグラフである。
【図4】本発明による蓄熱材MgxCu1-x(OH)2の熱分解曲線を示すグラフである。
【図5】熱天秤測定装置を示す概略図である。
【図6】従来の蓄熱材であって、(a)Mg(OH)/MgO系および(b)Ni(OH)/MgO系の脱水分解・水酸化挙動を示すグラフである。
【図7】本発明による蓄熱材{Mg0.75Ni0.25(OH)2}の脱水分解・水酸化挙動を示すグラフである。
【図8】本発明による蓄熱材{Mg0.5Ni0.5(OH)2}の脱水分解・水酸化繰り返し挙動を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マグネシウムと、ニッケル、コバルト、銅およびアルミニウムからなる群から選ばれた少なくとも1種の金属成分との複合酸化物による水酸化発熱反応と、該複合酸化物に対応する複合水酸化物の脱水吸熱反応とを組み合わせたことを特徴とするケミカルヒートポンプ。
【請求項2】
蓄熱温度が300℃未満である、請求項1に記載のケミカルヒートポンプ。
【請求項3】
蓄熱温度が250℃未満である、請求項1に記載のケミカルヒートポンプ。
【請求項4】
金属成分がニッケルである、請求項1に記載のケミカルヒートポンプ。
【請求項5】
金属成分がコバルトである、請求項1に記載のケミカルヒートポンプ。
【請求項6】
金属成分が銅である、請求項1に記載のケミカルヒートポンプ。
【請求項7】
金属成分がアルミニウムである、請求項1に記載のケミカルヒートポンプ。
【請求項8】
マグネシウムと、ニッケル、コバルト、銅およびアルミニウムからなる群から選ばれた少なくとも1種の金属成分との複合酸化物による水酸化発熱反応と、該複合酸化物に対応する複合水酸化物の脱水吸熱反応とを組み合わせたケミカルヒートポンプにおいて、該マグネシウムと該金属成分との複合組成比率を変化させることにより可蓄熱温度を変化させる方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−309561(P2007−309561A)
【公開日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−137678(P2006−137678)
【出願日】平成18年5月17日(2006.5.17)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】