説明

ケラチンフィルムを用いた毛髪損傷度測定方法

【課題】測定値のばらつきが改善され、簡便な紫外線毛髪損傷度の測定方法を提供する。
【解決手段】毛髪を蛋白質変性剤及び還元剤により溶解させた毛髪ケラチン蛋白質溶液と、展開用溶液とを接触させ、乾燥させた後に得られるケラチンフィルムを用いた、紫外線による毛髪損傷度の測定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ケラチンフィルムを用いた毛髪損傷度測定方法、特にその診断能の改善に関する。
【背景技術】
【0002】
毛髪を損傷させる要因として、紫外線照射、大気中の埃、ドライヤーの熱、コーミングによる摩擦、過度の洗髪、パーマ、染色・染毛剤の使用等が挙げられる。近年、種々の要因によって引き起こされる毛髪の損傷に関する研究が盛んに行われており、その損傷度を測定することが求められている。これらの中でも紫外線照射による毛髪損傷度測定方法として、従来より、様々な方法が提案されている。具体的には、毛髪タンパク質のアミノ基に蛍光色素化合物を結合させ、染色した毛髪を紫外線暴露させた後、蛍光放出の減少度を測定する方法(例えば、非特許文献1を参照)、引っ張り強度により、毛髪の損傷限界を測定し、酸化との相関を確認する方法(例えば、非特許文献2を参照)等が挙げられる。しかしながら、前者の方法は、蛍光色素を用いるため、感度は高いものの、毛髪の損傷を定量化できるものではなく、また後者の方法は、髪質により引っ張り強度に差があるため、酸化との相関が一定でなく、結果のばらつきが懸念され、いずれの測定方法も課題が残るものであった。
【0003】
一方、毛髪内部の官能基の一つであるカルボニル基に着目すると、日光暴露前後で変化が見られることがClaude Dubief、L’Oreal、Clichyらの研究により明らかとなり(Cosmetics&Toiletries Vol.107, October, 1992)、この知見を利用し、カルボニル基の定量を蛍光色素を用いて測定する方法が提案されている(例えば、非特許文献3を参照)。この方法によると、ブリーチ処理を施した毛髪サンプル紫外線照射させた後、蛍光色素化合物であるFliorescein-5-thiosemicarbazideで処理してカルボニル基に結合させ、PBS洗浄(リン酸緩衝液pH7.5)を行った後、蛍光輝度を測定し紫外線照射前後の差を毛髪損傷度として数値化することができる。しかしながら、この測定方法によっても、毛髪そのものを用いることに起因する毛髪の個体差やPBS洗浄の条件により測定値がばらつく傾向があった。また、化粧品の毛髪への紫外線による毛髪損傷防止効果を測定する際にも、紫外線吸収剤配合化粧品の毛髪への均一塗布が難しく、効果を測定する際には多くの測定サンプルを平均化することが必須で時間と手間がかかっていた。
【0004】
また、前記の方法に代わる高感度測定方法として、毛髪から毛髪蛋白質を抽出し、それを解析することにより毛髪損傷度を測定する方法が研究されている。毛髪の70〜80%は蛋白質から成るが、その蛋白質は、特性や構造の異なる数種類のものが複雑に絡み合い不溶性のケラチンを形成して強固な繊維状態で存在している。そのため、毛髪蛋白質の分離採取法は様々に研究されているものの、抽出効率、解析を妨害する物質の混入等に関し、課題が残るものであった。
【0005】
前述の問題を解決するものとして、既に本発明者等は、効率性が良く、ありのままに近い状態で解析に適したケラチン蛋白質の抽出法に関し報告している(例えば、特許文献1を参照)。すなわち、還元剤共存下で特定の尿素系の化合物で毛髪を処理し、毛髪コルテックス部位を構成するミクロフィブリンと細胞間充物質あるマトリックスのケラチン蛋白質を溶出させて採取し、この溶出後の残渣から形状を維持したキューティクル部位を採取するものである。さらに本発明者等は、この方法をさらに改良して採取したケラチン蛋白質から構成されたフィルム、ゲル等の成形品の製造方法をも提供している(例えば、特許文献2を参照)。
【0006】
【特許文献1】特開2002−114798号公報
【特許文献2】特開2002−332357号公報
【非特許文献1】Journal Cosmetic Chemistry, 40, 287-296(1989)
【非特許文献2】Cosmetics&Toiletries Vol.105, December, 1990
【非特許文献3】日本薬学会第125年会要旨集,30-0975,W112-07
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、毛髪ケラチンフィルムを用いて、毛髪損傷度を測定する方法に関する報告は未だなされていない。さらにこれまでの毛髪損傷度を測定する方法は、煩雑な操作が伴ううえに、前述のように測定値にばらつきがあった。本発明の目的は、測定値のばらつきが改善され、簡便な紫外線毛髪損傷度の測定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を達成するため、本発明者等は、前記ケラチンフィルムを用いた、紫外線による毛髪損傷度を測定する方法について鋭意研究を重ねた結果、個体差を無くした均一ケラチンフィルムを用いることにより、測定値のばらつきが改善され、紫外線による毛髪損傷度との相関に優れた測定方法を見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、毛髪を蛋白質変性剤および還元剤により溶解させた毛髪ケラチン蛋白質溶液と、展開用溶液とを接触させ、乾燥させた後に得られるケラチンフィルムを用いた、紫外線による毛髪損傷度の測定方法を提供するものである。
【0009】
前記測定方法において、前記蛋白質変性剤が尿素およびチオ尿素であることが好適である。
また、前記測定方法において、前記展開用溶液が過塩素酸溶液、グアニジン塩酸溶液、酢酸溶液、酢酸緩衝液から選択される1種または2種以上であることが好適である。
【0010】
前記還元剤が2−メルカプトエタノール、ジチオスレイトール、チオグリコール酸から選択される1種または2種以上であることが好適である。
前記測定方法において、前記ケラチンフィルムが、前記毛髪ケラチンタンパク質溶液へ展開用溶液を混合し、該混合溶液を水中に注入することにより得られることが好適である。
また、前記測定方法において、前記ケラチンフィルムが、前記毛髪ケラチン蛋白質溶液を展開用溶液中に注入することにより得られることが好適である。
さらに、前記測定方法において、前記ケラチンフィルムが、展開用溶液を前記毛髪ケラチンタンパク質溶液中に注入することにより得られることが好適である。
また、前記測定方法において、前記展開用溶液が酢酸溶液であることが好適である。
また、前記測定方法において、前記展開用溶液が酢酸溶液又は酢酸緩衝液であることが好適である。
【0011】
前記毛髪損傷度の測定方法において、下記工程を備えることを特徴とする。
(I)ケラチンフィルムに紫外線を照射する。
(II)紫外線照射後のケラチンフィルムを染色し、その後洗浄する。
(III)洗浄後のケラチンフィルムを乾燥させた後、蛍光輝度または蛍光強度を測定する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、測定値のばらつきがなく、紫外線による毛髪損傷との相関性に優れた毛髪損傷度の測定が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の好適な実施形態について説明する。
本発明にかかる毛髪損傷度の測定方法は、特に日光紫外線および、それに類似する人工的なUV照射による毛髪への損傷度を測定するために用いられる。ただし、毛髪損傷の要因はこれに限定されず、毛髪状態の変化を測定する手段として利用することも可能である。
また、本発明において、「毛髪」は、ヒトの毛髪以外に、動物の体毛、羽毛を含むものとする。またケラチン蛋白質を含む爪や皮膚等にも本発明にかかる測定方法を適用することも可能である。
まず最初に、本発明にかかる、紫外線による毛髪損傷度の測定方法に用いるケラチンフィルムについて説明する。
【0014】
ケラチンフィルムの調製
毛髪から、それを構成するケラチン蛋白質群を抽出するために、蛋白質変性剤を用いる。蛋白質変性剤としては、尿素系の化合物が好ましく、例えば、尿素、チオ尿素、およびこれらの誘導体等が挙げられる。これらの尿素系蛋白質変性剤の1種または2種以上を混合して用いることが好ましい。より好ましくは、尿素とチオ尿素を混合して用いることである。尿素とチオ尿素を混合して用いる場合には、混合質量比が5:1〜1:2であることが好ましい。チオ尿素の混合比が前記範囲より少ないと蛋白質の変性作用が劣る場合があり、また前記範囲を超えると、ケラチン蛋白質群の抽出率が低下する傾向がある。
【0015】
前記蛋白質変性剤は、毛髪サンプル処理液中の濃度が30〜70質量%であることが好ましい。30質量%未満であると、ケラチン蛋白質群の抽出率が低下する傾向があり、また、70質量%を超えて用いても増量による抽出率の向上の効果は認められず、さらに毛髪サンプル処理液の粘性が高くなり作業性が悪くなる場合がある。ここで、「毛髪サンプル処理液」とは、毛髪サンプルと蛋白質変性剤からなる毛髪ケラチン蛋白質溶解液、および後述する還元剤等を含み、ケラチン蛋白質群を抽出する製造過程の混合溶液を意味する。
前述のように蛋白質変性剤を用いることにより、温和な条件で効率よくケラチン蛋白質群を毛髪から溶解させて抽出することが可能となる。
【0016】
また、本発明に用いるケラチンフィルムを調製するにあたり、前記蛋白質変性剤と共に還元剤を併用する。還元剤としては、例えば2−メルカプトエタノール、ジチオスレイトール、チオグリコール酸等のチオアルコール類が挙げられる。これらの1種または2種以上を組合せて用いることができる。
還元剤を前記蛋白質変性剤と併用することにより、ケラチン蛋白質群の抽出率をさらに向上させることができる。これは、強固なケラチン繊維構造を蛋白質変性剤が変性させ、続いて還元剤がケラチン蛋白質間の強固なS−S結合を効率良く解離させ、さらに毛髪サンプル処理液中での再結合が起こりにくくするためと考えられる。
【0017】
前記還元剤を蛋白質変性剤と併用する場合、毛髪サンプル処理液中0.5〜40質量%の濃度で含有させることが好ましく、より好ましくは1〜20質量%である。ただし、用いる還元剤の毛髪サンプル処理液中における溶解性により適宜決定されることが好ましい。
還元剤の濃度が0.5質量%未満であると、ケラチン蛋白質間の強固なS−S結合の還元切断が十分に行われない傾向があり、また、40質量%の濃度を超えて使用すると毛髪処理液中でのケラチン蛋白質群の溶解性が悪くなる場合がある。
【0018】
毛髪ケラチン蛋白質溶液を得るための処理時間は、処理温度にも左右されるが、1〜4日間であることが好ましい。また、処理温度は、20〜60℃であることが好ましい。20℃未満であると反応の進行が遅くなり効率が悪く、60℃を超えると、毛髪サンプル処理液がアルカリ性を呈しているため、ペプチド結合の切断や置換基変換、架橋等の副反応を伴う場合がある。
また、毛髪サンプルと毛髪サンプル処理液の比は、1〜100mg毛髪サンプル/ml毛髪サンプル処理液であることが好ましい。
毛髪サンプル処理液は、ケラチン蛋白質が十分に抽出された後、ろ過により末抽出毛髪を除き、毛髪ケラチン蛋白質溶液を得ることができる。
【0019】
蛋白質変性剤と還元剤とを併用して毛髪サンプルを処理し、ろ過した後に得られる毛髪ケラチン蛋白質溶液の固体化またはゲル化のため、展開用溶液を接触させる。この固体化またはゲル化により、本発明にかかる紫外線による毛髪損傷度の測定方法に用いるのに適した形態であるフィルムとして成形される。
展開用溶液としては、例えば、トリクロロ酢酸、グアニジン塩酸、過塩素酸、およびそれらの誘導体等の変性剤と、水、生理食塩水、低級アルコール等の溶媒を混合して得られる変性剤溶液、塩酸、硫酸、酢酸、リン酸およびそれらの塩等の酸性物質からなる酸性溶液が挙げられる。これらの1種または2種以上を用いることができる。本発明で用いるケラチンフィルムの調製においては、展開用溶液として過塩素酸溶液、グアニジン塩酸溶液、酢酸溶液、酢酸緩衝液から選択される1種または2種以上であることが好ましい。特に好ましくは、酢酸溶液または酢酸緩衝液(pH4.0)である。
【0020】
前記展開用溶液として用いる前記変性剤溶液の濃度は、10〜60質量%であることが好ましい。また、前記展開用溶液として用いる酸性溶液の濃度は、10〜500mMであることが好ましい。
前記展開用溶液は、前記毛髪ケラチン蛋白質溶液のイオン強度を下げる作用を有し、これにより、毛髪サンプル処理液中の蛋白質変性剤、還元剤の溶解性の低下を招く。その結果、ケラチン蛋白質群の溶解性が低下、それに伴いケラチン蛋白質間のS−S結合が解離して−SH状態であったものが、再びS−S結合が再形成されて、短時間にケラチン蛋白質の固体化が進行することになる。
【0021】
本発明で用いるケラチンフィルムの調製する場合、Post-cast法またはPre-cast法を適用することができる。
Post-cast法としては、シャーレ等の容器に予め前記展開用溶媒を満たしておき、これに毛髪ケラチン蛋白質溶液をキャストする方法(フォワード法)、または毛髪ケラチン蛋白質溶液を予め添加したシャーレ等の容器に、展開用溶液をキャストする方法(リバース法)が挙げられる。
Pre-cast法とは、予め毛髪ケラチン蛋白質に展開用溶媒を混合し、水を張ったシャーレ等の容器へ前記混合溶液をキャストする方法である。
本発明においては、前記Post-cast法及びPre-cast法のいずれの適用によっても、本発明にかかる紫外線による毛髪損傷度の測定方法に適した均一性に優れたケラチンフィルムを調製することができる。
特に、Pre-cast法に用いる展開用溶媒としては酢酸溶液が好適に使用され得る。Post-cast法においては、酢酸緩衝液が展開用溶媒として好適である。
また、還元剤としては、2−メルカプトエタノールがPost-cast法での使用に適し、ジチオスレイトールがPre-cast法での使用に適している。
展開用溶液は、毛髪ケラチン蛋白質溶液に対し10倍〜10000倍の質量比で用いることが好ましい。前記範囲内で展開用溶液を毛髪ケラチン蛋白質溶液に接触させることにより、適度な薄さを呈する薄膜を調製することができる。
【0022】
シャーレ内に形成された薄膜状の毛髪ケラチン蛋白質成形品を前記展開用溶媒で洗浄する。洗浄の回数は特に限定されないが、1〜5回程度であることが好ましい。洗浄後、溶液を取り除き、シャーレ上の毛髪ケラチン蛋白質成形品を乾燥させ、ケラチンフィルムを得ることができる。乾燥の方法は特に限定されないが、埃がつかない室温下で静置することにより乾燥を行うことなどが挙げられる。
【0023】
ケラチンフィルムの調製に用いる毛髪サンプルは、油分が多く含まれているものもあり、処理前に予め脱脂しておいてもよい。脱脂の方法としては、例えばクロロホルムとメタノールの混合溶媒での処理等が挙げられるが、その他の慣用の方法を用いてもよく特に限定されない。
【0024】
紫外線による毛髪損傷度の測定方法
本発明にかかる紫外線による毛髪損傷度の測定には、前述のケラチンフィルムを測定検体として用いる。測定方法は下記(I)〜(III)の工程を備える。
(I)ケラチンフィルムに紫外線を照射する。
(II)紫外線照射後のケラチンフィルムを染色し、その後洗浄する。
(III)洗浄後のケラチンフィルムを乾燥させた後、蛍光輝度または蛍光強度を測定する。
以下、各工程について詳述する。
【0025】
第(I)工程において、測定対象となる毛髪を用いて調製したケラチンフィルムの表面半分をアルミホイル等の紫外線を透過しないもので覆い、紫外線照射を行う。このときの紫外線照射時間は特に限定されないが、日常生活での頭髪の紫外線曝露と頭髪のライフサイクルを勘案して1日〜2年間を、実験系での照射時間に換算して行う。この際、ケラチンフィルムはシャーレ等の容器に固定されていることが好ましいが、これに限定されるものではない。ケラチンフィルムの表面半分は紫外線照射を受け、もう半分は紫外線照射を受けないものとなる。
【0026】
第(II)工程において、紫外線照射後のケラチンフィルムを蛍光色素化合物により染色を行う。蛍光色素化合物として、Fluorescein-5-thiosemicarbazide(以下、5−FTSCと記す)が挙げられ、本発明においては好ましく該化合物を用いる。その他にもヒドラジン基を有するダンシルヒドラジンも使用できる。
5−FTSCの化学構造式を以下に示す。
【化1】

該化合物のヒドラジン基が、毛髪ケラチン蛋白質が有するカルボニル基(アルデヒド)と反応することにより、5−FTSCが毛髪ケラチンタンパク質に結合される。毛髪ケラチン蛋白質が有するカルボニル基は、紫外線照射により増加することが既に知られている(Cosmetics&Toiletries Vol.107, October, 1992)。従って、紫外線照射されたケラチンフィルム部分と、紫外線未照射のケラチンフィルム部分とでは、5−FTSCとの結合割合に相違が生じる。その結果、後の工程における蛍光輝度の測定において数値に差が現れ、毛髪損傷度を確認することが可能となる。
【0027】
染色の為に、まず染色液を調製する。5−FTSCをジメチルスルホキシド溶液に溶解させ、5mMの5−FTSC溶液を調整する。次に水酸化ナトリウムを用いてpH5.5に調整した0.1MのMES(2-Morpholino ethanesulfonic acid,monohydrate)に、先に調整した5mMの5−FTSC溶液を溶解させ、20μMの5−FTSC/0.1M MES−NA(pH5.5)染色液を調整する。染色方法は20μMの5−FTSC/0.1M MES−NA(pH5.5)染色液を、ケラチンフィルムを含むシャーレ上に注ぎ、室温で15分間静置するというものである。染色が十分になされた後、染色液の除去のために、洗浄操作を行う。シャーレから染色液を廃棄した後、初めに2×SSC−0.1%SDS溶液を注ぎ、室温で5分間静置する。洗浄液を換えて再度繰り返す。次に0.2×SSC−0.1%SDS溶液を注ぎ50℃で20分間静置する。洗浄液を換えて再度繰り返す。その後蒸留水を注ぎ室温で2分間静置する。蒸留水を変えて全部で6回繰り返す。)上記染色液の調整、染色、洗浄の工程はすべて遮光下において行われることが好ましい。
【0028】
第(III)工程において、前工程で洗浄したケラチンフィルムを乾燥させる。乾燥の方法は特に限定されないが、例えば、デシケーター内に置いて減圧乾燥すること等が挙げられる。
ケラチンフィルムを十分に乾燥させた後、蛍光輝度を測定する。測定装置としては、例えば落射蛍光顕微鏡や実体蛍光顕微鏡等が用いられる。490nmの励起光を対象物体に照射すると、蛍光物質より520nmの蛍光が発せられこれを画像で取り込む。この画像を画像解析ソフトにて処理して、蛍光色素の発色に関するピクセル単位の輝度のヒストグラムから平均輝度を得る。毛髪損傷度は、照射毛髪の輝度から未照射毛髪の輝度を差し引いたものとして数値化することができる。または、蛍光分光光度計により蛍光強度を測定し、同様に毛髪損傷度を表すこともできる。
【0029】
図1に蛍光輝度の結果を例示する。用いたケラチンフィルムの調製方法は以下のとおりである。
(ケラチンフィルムの調製1)
15才女性の毛髪600mgを、尿素30質量%、チオ尿素20質量%、ジチオスレイトール5質量%、25mMトリス−塩酸緩衝液(pH8.5)8mlを含む混合液に浸漬して毛髪サンプル処理液とし、これを50℃にて4日間保持して、毛髪ケラチン蛋白質溶解液を得た。この溶解液からろ過により末抽出毛髪を取り除き、毛髪ケラチン蛋白質溶液とした。この蛋白質溶液3.5mgへ、100mM酢酸水溶液6mlを添加、混合し、この混合溶液を水を満たしたシャーレ(直径35mm)へ静かにキャストした。固体化した後、蒸留水を含む展開用溶液を数回交換して、ゲル中の溶液を蒸留水に置換した。最後に蒸留水を除き、シリカゲルを含む箱内で十分に乾燥し、目的のケラチンフィルムを得た。
【0030】
得られたケラチンフィルムを用いて、以下の実験方法に従い蛍光輝度を測定した。
(実験方法)
(I)ケラチンフィルムに人工太陽(Solar simulator,15mW/cm2:290〜390nm)を10分〜4時間照射する。その際フィルムの表面半分には光が当たらないようにアルミホイルで遮蔽する。
(II)紫外線照射後のケラチンフィルムを染色する。5−FTSCをジメチルスルホキシド溶液に溶解させ、5mMの5−FTSC溶液を調製する。次に水酸化ナトリウムを用いてpH5.5に調整した0.1MのMES(2-Morpholino ethanesulfonic acid,monohydrate)に、先に調製した5mMの5−FTSC溶液を溶解させ、20μMの5−FTSC/0.1M MES−NA(pH5.5)染色液を調製する。染色方法は20μMの5−FTSC/0.1M MES−NA(pH5.5)染色液を、ケラチンフィルムを含むシャーレ上に注ぎ、室温で15分間静置するというものである。染色が十分になされた後、染色液の除去のために、洗浄操作を行う。シャーレから染色液を廃棄した後、初めに2×SSC−0.1%SDS溶液を注ぎ、室温で5分間静置する。洗浄液を換えて再度繰り返す。次に0.2×SSC−0.1%SDS溶液を注ぎ50℃で20分間静置する。洗浄液を換えて再度繰り返す。その後蒸留水を注ぎ室温で2分間静置する。蒸留水を変えて全部で6回繰り返す。)上記染色液の調製、染色、洗浄の工程はすべて遮光下において行う。
(III)洗浄後のケラチンフィルムをデシケーター内で乾燥させた後、実体蛍光顕微鏡にて蛍光画像を取得後、蛍光輝度を測定する。
【実施例】
【0031】
以下、実施例及び比較例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
まず最初に、測定に用いるフィルムとしての適性について製膜性、耐久性及び耐水性、染色性、膜の不透明性について評価した。評価方法および評価基準は以下のとおりである。
【0032】
(1)製膜性
(評価方法)
フィルムが薄く均一に調製されたかを目視で判定する。
(評価基準)
○:薄く均一なフィルムがシャーレ全体に広がっている
△:シャーレ全体に広がらず、フィルムが偏って広がっている
×:フィルム状に広がらず、固まっている
【0033】
(2)膜の不透明性
(評価方法)
フィルムに透明性がないかどうかを目視で判定する。
(評価基準)
○:フィルムに透明性がない(不透明である)。
△:フィルムが半透明である。
×:フィルムが透明である。
【0034】
(3)耐久性
(評価方法)
光照射・染色・洗浄中にフィルムに亀裂が生じたり、孔があいたりしないかを目視で判定する。
(評価基準)
○:フィルムに亀裂や孔が全く見られない。
△:微細な亀裂や孔が見られる。
×:フィルム全体に亀裂や孔が見られる。
【0035】
(4)耐水性
(評価方法)
染色・洗浄中にフィルムがシャーレから剥がれたり、めくれたりしていないかを目視で判定する。
(評価基準)
○:フィルムがシャーレから剥がれたり、めくれたりしていない。
△:フィルムの外側が少しめくれている。
×:フィルムがシャーレから剥がれてしまっている。
【0036】
(5)染色性
(評価方法)
実体蛍光顕微鏡で取得した蛍光画像において、照射時間の増加に伴って蛍光輝度が増加しているかを確認する。
(評価基準)
◎:照射時間の増加に伴って、蛍光輝度が明らかに増加している。
○:照射時間の増加に伴って、蛍光輝度が増加している。
△:照射時間の増加に伴って、蛍光輝度が微増している。
×:照射時間の増加に伴って、蛍光輝度に変化が見られない。
【0037】
下記表1に示す構成により得た各種ケラチンフィルムを、上記評価項目にしたがって評価した。評価結果を表1に示す。
なお、表1における各種ケラチンフィルムは下記の調製法により調製した。
(ケラチンフィルム調製方法1:Pre-cast)
毛髪サンプル600mgを、尿素及びチオ尿素、還元剤、25mMトリス−塩酸緩衝液(pH8.5)8mlを含む混合液に浸漬して毛髪サンプル処理液とし、これを50℃にて4日間保持して、毛髪ケラチン蛋白質溶解液を得た。この溶解液からろ過により末抽出毛髪を取り除き、毛髪ケラチン蛋白質溶液とした。この蛋白質溶液3.5mgへ、展開用溶媒6mlを添加、混合し、この混合溶液を蒸留水を満たしたシャーレ(直径35mm)へ静かにキャストした。固体化した後、蒸留水を含む展開用溶液を数回交換して、ゲル中の溶液を蒸留水に置換した。最後に蒸留水を除き、シリカゲルを含む箱内で十分に乾燥し、目的のケラチンフィルムを得た。
【0038】
(ケラチンフィルム調製方法2:Post-cast)
毛髪サンプル600mgを、尿素及びチオ尿素、還元剤、25mMトリス−塩酸緩衝液(pH8.5)8mlを含む混合液に浸漬して毛髪サンプル処理液とし、これを50℃にて4日間保持して、毛髪ケラチン蛋白質溶解液を得た。この溶解液からろ過により末抽出毛髪を取り除き、毛髪ケラチン蛋白質溶液とした。この蛋白質溶液3.5mgを、展開用溶媒6mlを満たしたシャーレ(直径35mm)へ静かにキャストした。固体化した後、蒸留水を含む展開用溶液を数回交換して、ゲル中の溶液を蒸留水に置換した。最後に蒸留水を除き、シリカゲルを含む箱内で十分に乾燥し、目的のケラチンフィルムを得た。
【表1】

*1:還元剤a;2−メルカプトエタノール、b;ジチオスレイトール
*2:GHA;グアニジン塩酸溶液、PCA;過塩素酸溶液
【0039】
上記表1の結果から明らかなように、ケラチンフィルムの調製時に還元剤を加えない場合や(比較例1)、蛋白質変性剤が尿素のみの場合(比較例2)には、若干製膜性と耐久性が劣り、これが耐水性と染色性に影響を与える傾向が見られた。また、比較例のサンプルにおいては、フィルムが透明であった。ケラチンフィルム透明であると、毛髪損傷度の測定において、UV照射による毛髪蛋白質の変化を不均一にすると考えられる。
したがって、本発明の測定方法においては、蛋白質変性剤として尿素及びチオ尿素を配合し、さらに還元剤により毛髪のケラチン蛋白質を溶解・抽出することが好ましい。
【0040】
さらに、本発明にかかるケラチンフィルムの各調製法について、より適した還元剤及び展開用溶媒を検討した。評価は上記した膜の不透明性により、ケラチンフィルムの調製方法についても上記試験に準じて行なった。結果を下記表2に示す。
【0041】
【表2】

*1:還元剤a;2−メルカプトエタノール、b;ジチオスレイトール
【0042】
上記結果より、ケラチンフィルムの作製において、展開用溶媒の種類により膜の不透明性に変化が認められた。すなわち、実施例5,6及び試験例1,2との比較から、Post-cast法には展開溶媒として酢酸緩衝液が適し、Pre-cast法においては酢酸溶液が適することが認められる。
また、実施例5,6及び試験例3,4との比較から、2−メルカプトエタノールを還元剤とした場合はPost-cast法の適用が好ましく、ジチオスレイトールには、Pre-cast法が適していることが認められる。
したがって、還元剤によっても毛髪損傷度の測定方法に用いるためのケラチンフィルムの適性が異なることが認められた。
【0043】
続いて、外観形状の異なるヒトの毛髪や損傷した毛髪、さらにヒトの毛髪以外に動物体毛にもケラチンフィルムを用いた紫外線による毛髪損傷度の測定方法が適用できるかどうかを調べるための検討を実施した。用いた毛髪サンプルは、ヒト女性の直毛、癖毛、パーマ処理を施した毛髪及び羊毛を選択した。各毛髪サンプルを用い、以下のように各ケラチンフィルムを調製した。
(各種ケラチンフィルムの調製)
各毛髪サンプル600mgを、尿素30質量%、チオ尿素20質量%、2−メルカプトエタノール5質量%、25mMトリス−塩酸緩衝液(pH8.5)8mlを含む溶液に浸漬して毛髪サンプル処理液とし、これを50℃にて4日間保持して、毛髪ケラチン蛋白質溶解液を得た。この溶解液からろ過により末抽出毛髪を取り除き、毛髪ケラチン蛋白質溶液とした。この蛋白質溶液3.5mgを、100mM酢酸緩衝液(pH4.0)6mlを満たしたシャーレに静かにキャストした。固体化した後、蒸留水を含む展開用溶液を数回交換して、ゲル中の溶液を蒸留水に置換した。最後に蒸留水を除き、シリカゲルを含む箱内で十分に乾燥し、各種ケラチンフィルムを得た。
【0044】
次いで、得られた各種ケラチンフィルムを用いて、紫外線による毛髪損傷度の測定を下記の蛍光輝度の測定により実施した。実験方法は以下のとおりである。
(蛍光輝度の測定実験方法)
(I)ケラチンフィルムに人工太陽(Solar simulator,15mW/cm2:290〜390nm)を10分〜4時間照射する。その際フィルムの表面半分には光が当たらないようにアルミホイルで遮蔽する。
(II)紫外線照射後のケラチンフィルムを染色する。5−FTSCをジメチルスルホキシド溶液に溶解させ、5mMの5−FTSC溶液を調製する。次に水酸化ナトリウムを用いてpH5.5に調整した0.1MのMES(2-Morpholino ethanesulfonic acid,monohydrate)に、先に調製した5mMの5−FTSC溶液を溶解させ、20μMの5−FTSC/0.1M MES−NA(pH5.5)染色液を調製する。染色方法は20μMの5−FTSC/0.1M MES−NA(pH5.5)染色液を、ケラチンフィルムを含むシャーレ上に注ぎ、室温で15分間静置するというものである。染色が十分になされた後、染色液の除去のために、洗浄操作を行う。シャーレから染色液を廃棄した後、初めに2×SSC−0.1%SDS溶液を注ぎ、室温で5分間静置する。洗浄液を換えて再度繰り返す。次に0.2×SSC−0.1%SDS溶液を注ぎ50℃で20分間静置する。洗浄液を換えて再度繰り返す。その後蒸留水を注ぎ室温で2分間静置する。蒸留水を変えて全部で6回繰り返す。)上記染色液の調製、染色、洗浄の工程はすべて遮光下において行う。
(III)洗浄後のケラチンフィルムをデシケーター内で乾燥させた後、実体蛍光顕微鏡にて蛍光画像を取得後、蛍光輝度を測定する。
【0045】
【表3】

【0046】
上記表2の結果から明らかなように、ケラチンフィルムの調製に用いる毛髪は由来・外観・処理の有無に関わらず、いずれの毛髪・動物体毛からもケラチンフィルムを調整することができ、紫外線による毛髪損傷度の測定方法が適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】紫外線による毛髪損傷を受けた毛髪サンプルから調製したケラチンフィルムの蛍光輝度の測定結果を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
毛髪を蛋白質変性剤および還元剤により溶解させた毛髪ケラチン蛋白質溶液と、展開用溶液とを接触させ、乾燥させた後に得られるケラチンフィルムを用いた、紫外線による毛髪損傷度の測定方法。
【請求項2】
請求項1に記載の毛髪損傷度の測定方法において、前記蛋白質変性剤が尿素およびチオ尿素であることを特徴とする紫外線による毛髪損傷度の測定方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の毛髪損傷度の測定方法において、前記展開用溶液が過塩素酸溶液、グアニジン塩酸溶液、酢酸溶液、酢酸緩衝液から選択される1種または2種以上であることを特徴とする紫外線による毛髪損傷度の測定方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の毛髪損傷度の測定方法において、前記還元剤が2−メルカプトエタノール、ジチオスレイトール、チオグリコール酸から選択される1種または2種以上であることを特徴とする紫外線による毛髪損傷度の測定方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の毛髪損傷度の測定方法において、前記ケラチンフィルムが、前記毛髪ケラチンタンパク質溶液へ展開用溶液を混合し、該混合溶液を水中に注入することにより得られることを特徴とする紫外線による毛髪損傷度の測定方法。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれかに記載の毛髪損傷度の測定方法において、前記ケラチンフィルムが、前記毛髪ケラチン蛋白質溶液を展開用溶液中に注入することにより得られることを特徴とする紫外線による毛髪損傷度の測定方法。
【請求項7】
請求項1〜4のいずれかに記載の毛髪損傷度の測定方法において、前記ケラチンフィルムが、展開用溶液を前記毛髪ケラチンタンパク質溶液中に注入することにより得られることを特徴とする紫外線による毛髪損傷度の測定方法。
【請求項8】
請求項5に記載の毛髪損傷度の測定方法において、前記展開用溶液が酢酸溶液であることを特徴とする紫外線による毛髪損傷度の測定方法。
【請求項9】
請求項6または7に記載の毛髪損傷度の測定方法において、前記展開用溶液が酢酸溶液又は酢酸緩衝液であることを特徴とする紫外線による毛髪損傷度の測定方法。
【請求項10】
下記工程を備えることを特徴とする、請求項1に記載の毛髪損傷度測定方法。
(I)ケラチンフィルムに紫外線を照射する。
(II)紫外線照射後のケラチンフィルムを染色し、その後洗浄する。
(III)洗浄後のケラチンフィルムを乾燥させた後、蛍光輝度または蛍光強度を測定する。


【図1】
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【公開番号】特開2008−180709(P2008−180709A)
【公開日】平成20年8月7日(2008.8.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−340992(P2007−340992)
【出願日】平成19年12月28日(2007.12.28)
【出願人】(000001959)株式会社資生堂 (1,748)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】