説明

ゲノムDNAの標的メチル化領域の脱メチル化法

ゲノムDNAに複数存在するメチル化領域のうち、他のメチル化領域には影響を与えることなく、特定のメチル化領域のみを脱メチル化できる脱メチル化法を提供することを目的とし、この目的を達成するために、生細胞のゲノムDNAのうち、センス鎖又はアンチセンス鎖のいずれか一方のDNA鎖に存在する標的メチル化領域の脱メチル化するために、(a)前記標的メチル化領域が存在するDNA鎖のうち、前記標的メチル化領域の一部又は全体を含む領域の塩基配列に相当する塩基配列からなるRNA、又は(b)前記標的メチル化領域が存在するDNA鎖のうち、前記標的メチル化領域の近傍領域を含む領域の塩基配列に相当する塩基配列からなるRNA、を前記生細胞中で人為的に生成させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、生細胞のゲノムDNAに存在する標的メチル化領域の脱メチル化法、該脱メチル化法に使用し得る組換えベクター、該組換えベクターを含む脱メチル化用キット、上記組換えベクターを導入した生細胞、該生細胞から単離した細胞核、上記生細胞を培養して作製された組織又は器官、上記細胞核を用いて作製されたクローン動物、上記生細胞を培養して組織又は器官を作製する方法、及び上記細胞核を用いたクローン動物の作製法に関する。
【背景技術】
哺乳動物の体を構成する様々な細胞が、免疫細胞等の一部の例外を除き、全て同じ遺伝子セットを有していることは、除核した未受精卵へ体細胞核を移植する核移植技術を用いたヒツジ、マウス、ウシ等のクローン動物の誕生により証明された。したがって、個々の細胞の違いは、発現する遺伝子セットと発現しない遺伝子セットの違いによって生じる。
遺伝子の発現には、ゲノムDNAのメチル化が関連していることが知られており、多くの場合、ゲノムDNAのメチル化は遺伝子発現を抑制する。例えば、ゲノムDNAのメチル化による転写抑制機構として、メチル化シトシンを認識して結合するメチルCpG結合タンパク質(MeCP2)が、遺伝子の制御領域に結合して転写因子の結合を抑制するサプレッサーとして機能することが報告されている(ナン(Nan)Xら,「セル(Cell)」,1999年,第88巻,p.471−481)。また、メチル化シトシンは、MeCP2及びSin3とともにヒストン脱アセチル化酵素との複合体を形成すること、並びに、ヒストン脱アセチル化酵素がMeCP2によりリクルートされ、メチル化ゲノム領域のクロマチン構造が凝縮し、不活性なヘテロクロマチンとして安定化されることが報告されている(ジョーンズ(Jones)PLら,「ネイチャー ジェネティックス(NATURE GENETICS)」,1998年,第19巻,p.187−191)。すなわち、シトシンメチル化とヒストンアセチル化によるクロマチン構造の変化が互いに独立した現象ではなく密接に連係しながらゲノム中の各座位の遺伝子発現を制御しているのである。
ゲノムDNAのメチル化量は、胚盤胞期に最低となり、その後、体細胞系列の細胞では分化に伴って増加すると考えられる(ジェニッシュ(Jaenisch)Rら,「トレンズ イン ジェネティックス(TRENDS IN GENETICS),1997年,第13巻,p.323−329)。そして、ゲノムDNAのメチル化パターンの形成は、細胞・組織特異的な遺伝子発現パターンを限定することを可能にしていると考えられる。したがって、ゲノムDNAのメチル化パターンに異常が生じると、細胞・組織は正常な機能・形質を保持することが困難となり、結果として様々な疾病を生じるおそれがある。すなわち、ゲノムDNAのメチル化パターンに異常が生じると、細胞の機能不全、機能停止、異常増殖、異常細胞死等が誘導され、組織の正常な機能に障害を来たし、個体レベルでは発生異常、癌及び生活習慣病を含む様々な疾病が生じるおそれがある。例えば、癌抑制因子のメチル化は癌の発生の原因となることが報告されているし(ジョーンズ(Jones)PAら,「ネイチャー ジェネティックス(NATURE GENETICS)」,2002年,第3巻,p.415−428)、ゲノムDNAのメチル化パターンの異常がクローン動物の発生異常や出生後の異常の原因となることが報告されている(シオタ(Shiota)kら,「ディファレンシエイション(Differentiation)」,2002年,第69巻,p.162−166)。
【発明の開示】
ゲノムDNAのメチル化は、主として、5’−CG−3’配列(CpG配列)を有するシトシンで生じる。哺乳動物のゲノムDNAには、CpG配列が密に存在するCpGアイランドが存在しており、CpGアイランドには、組織依存的にメチル化される領域(Tissue−dependently methylated region:T−DMR)が存在している。そして、T−DMRを有するCpGアイランドは、ゲノムDNAに複数存在している。
本来メチル化されていない領域がメチル化されることによってゲノムDNAのメチル化パターンに異常が生じた場合、その特定のメチル化領域を脱メチル化することによってゲノムDNAのメチル化パターンを正常化することができると考えられる。そして、ゲノムDNAのメチル化パターンを正常化できれば、ゲノムDNAのメチル化パターンの異常によって引き起こされる疾病の予防・治療、再生医療に有用な細胞、組織及び器官の作製、体細胞核移植によるクローン動物作製の効率化等が可能となると考えられる。
メチル化領域の脱メチル化には、例えば、脱メチル化作用を有する化合物を利用でき、そのような化合物として、例えば、5−アザシチジン、5−アザデオキシシチジン等が知られている。しかしながら、これらの化合物は、ゲノムDNA全域又は不特定領域を広範囲に脱メチル化してしまう。また、DNAメチル転移酵素の遺伝子を破壊して脱メチル化を図ることも考えられるが、この場合も、脱メチル化領域は広範に渡り、特定のメチル化領域のみを脱メチル化することは不可能である。
そこで、本発明は、ゲノムDNAに複数存在するメチル化領域のうち、他のメチル化領域には影響を与えることなく、特定のメチル化領域のみを脱メチル化できる脱メチル化法を提供することを目的とする。
また、本発明は、上記脱メチル化法に使用できる組換えベクター及び該組換えベクターを含む脱メチル化用キットを提供することを目的とする。
さらに、本発明は、上記組換えベクターを導入した生細胞、該生細胞から単離した細胞核、上記生細胞を培養して作製された組織又は器官、上記細胞核を用いて作製されたクローン動物、上記生細胞を培養して組織又は器官を作製する方法、及び上記細胞核を用いたクローン動物の作製法を提供することを目的とする。
上記目的を達成するために、本発明は、以下の脱メチル化法、組換えベクター、該組換えベクターを含む脱メチル化用キット、上記組換えベクターを導入した生細胞、該生細胞から単離した細胞核、上記生細胞を培養して作製された組織又は器官、上記細胞核を用いて作製されたクローン動物、上記生細胞を培養して組織又は器官を作製する方法、及び上記細胞核を用いたクローン動物の作製法を提供する。
(1)生細胞のゲノムDNAのうち、センス鎖又はアンチセンス鎖のいずれか一方のDNA鎖に存在する標的メチル化領域の脱メチル化法であって、以下のRNA(a)又は(b)を前記生細胞中で人為的に生成させる工程を含む前記脱メチル化法。
(a)前記標的メチル化領域が存在するDNA鎖のうち、前記標的メチル化領域の一部又は全体を含む領域の塩基配列に相当する塩基配列からなるRNA
(b)前記標的メチル化領域が存在するDNA鎖のうち、前記標的メチル化領域の近傍領域を含む領域の塩基配列に相当する塩基配列からなるRNA
(2)前記RNA(a)又は(b)を発現し得る組換えベクターを前記生細胞に導入する工程を含む前記(1)記載の脱メチル化法。
(3)前記(1)記載のRNA(a)又は(b)を発現し得る組換えベクター。
(4)生細胞のゲノムDNAのうち、センス鎖又はアンチセンス鎖のいずれか一方のDNA鎖に存在する標的メチル化領域を脱メチル化するための脱メチル化用キットであって、前記(3)記載の組換えベクターを含む前記脱メチル化用キット。
(5)前記(3)記載の組換えベクターを導入した生細胞。
(6)前記(5)記載の生細胞を培養して作製された組織又は器官。
(7)前記(5)記載の生細胞から単離された細胞核。
(8)前記(7)記載の細胞核を用いて作製されたクローン動物。
(9)生細胞を培養して組織又は器官を作製する方法であって、前記(1)記載のRNA(a)又は(b)を前記生細胞中で人為的に生成させ、前記生細胞のゲノムDNAのうち、センス鎖又はアンチセンス鎖のいずれか一方のDNA鎖に存在する標的メチル化領域を脱メチル化する工程を含む前記方法。
(10)除核した未受精卵に移植する細胞核として前記(7)記載の細胞核を用いるクローン動物の作製法。
【図面の簡単な説明】
図1は、ラット由来スフィンゴシンキナーゼ遺伝子におけるCpGアイランド、T−DMR及び翻訳開始点の存在位置、並びにRNA−A及びRNA−Bの対応位置を示す図である。
図2は、RNA−A又はRNA−BをNRK細胞中で人為的に生成させる前又は後における、代表的なCpGサイト(−3229、−3205、−3139、−3086、−3023)のメチル化状態(%)を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明において、「生細胞」とは、生物体から分離された状態で存在する生細胞を意味する。したがって、現に生物体を構成している生細胞は、本発明における「生細胞」には含まれない。
本発明において、生細胞が由来する生物種は特に限定されるものではなく、動物、植物、微生物等のいずれであってもよいが、動物であることが好ましく、哺乳動物であることがさらに好ましい。哺乳動物としては、例えば、ヒト、サル、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ウマ、ブタ、ウサギ、イヌ、ネコ、ラット、マウス、モルモット等が挙げられる。
本発明において、生細胞の種類は特に限定されるものではなく、例えば、体細胞、生殖細胞、幹細胞、又はこれらの培養細胞等が挙げられる。体細胞の具体例としては、脳、脊髄等の神経系組織;網膜細胞、嗅細胞等の感覚器;食道、胃、小腸、大腸等の消化器;肺、気管支等の呼吸器;精巣、卵巣、子宮、胎盤等の生殖器;腎臓、膀胱等の泌尿器;骨髄細胞、血球細胞等の造血器;骨格筋、平滑筋、心筋等の筋組織;骨芽細胞、破骨細胞等の骨組織;皮膚、毛根細胞等の皮膚組織等の各種組織・器官から分離された生細胞又はその培養細胞等が挙げられ、生殖細胞の具体例としては、卵、精子又はその培養細胞等が挙げられ、幹細胞の具体例としては、胚性幹細胞(ES細胞)、胚性生殖細胞(EG細胞)、栄養膜幹細胞(TS細胞)、骨髄幹細胞、神経幹細胞等が挙げられる。
本発明において、脱メチル化の標的となるメチル化領域は、生細胞のゲノムDNAのうち、センス鎖又はアンチセンス鎖のいずれか一方のDNA鎖に存在する特定のメチル化領域である。哺乳動物のゲノムDNAのセンス鎖及びアンチセンス鎖には、細胞・組織特異的にメチル化された領域(Tissue−dependently methylated region:T−DMR)が複数存在しており、細胞・組織特異的なメチル化パターンを形成しているが、例えば、これら複数のT−DMRのうち、センス鎖又はアンチセンス鎖のいずれか一方のDNA鎖に存在する特定のT−DMRが、本発明における標的メチル化領域となる。この際、いずれのT−DMRを脱メチル化の標的とするかは、脱メチル化の目的等に応じて適宜選択される。標的メチル化領域の塩基長は特に限定されるものではないが、通常1〜10000塩基長、好ましくは100〜2000塩基長である。
本発明において、標的メチル化領域を脱メチル化する際に、生細胞中で人為的に生成させるRNAは、以下のRNA(a)又は(b)である。なお、生細胞中で人為的に生成させるRNAは、以下のRNA(a)及び(b)の両者であってもよい。
(a)標的メチル化領域が存在するDNA鎖のうち、標的メチル化領域の一部又は全体を含む領域の塩基配列に相当する塩基配列からなるRNA
(b)標的メチル化領域が存在するDNA鎖のうち、標的メチル化領域の近傍領域を含む領域の塩基配列に相当する塩基配列からなるRNA
RNA(a)又は(b)の塩基長は特に限定されるものではなく、標的メチル化領域の塩基長等に応じて適宜調節し得るが、通常100〜5000塩基長、好ましくは100〜2000塩基長である。
RNA(a)又は(b)において、「標的メチル化領域が存在するDNA鎖」とは、生細胞のゲノムDNAのうち、センス鎖又はアンチセンス鎖のいずれか一方のDNA鎖を意味し、「標的メチル化領域が存在しないDNA鎖」とは、もう一方のDNA鎖を意味する。また、「相当する塩基配列」とは、DNAとRNAとが、チミン(T)がウラシル(U)である点を除き、同一の塩基配列からなることを意味する。
RNA(a)において、「標的メチル化領域が存在するDNA鎖のうち、標的メチル化領域の一部又は全体を含む領域」には、標的メチル化領域の一部又は全体からなる領域、標的メチル化領域の5’末端側又は3’末端側の領域(標的メチル化領域のうち5’末端側又は3’末端側に位置する領域)とその隣接領域とからなる領域、標的メチル化領域の全体とその5’末端側及び/又は3’末端側の隣接領域とからなる領域等が含まれる。また、「標的メチル化領域の一部」には、標的メチル化領域のいずれの部分も含まれ、その塩基長は特に限定されるものではなく、標的メチル化領域の塩基長等に応じて適宜調節し得るが、通常1〜1000塩基長、好ましくは1〜200塩基長である。
RNA(b)において、「標的メチル化領域が存在するDNA鎖のうち、標的メチル化領域の近傍領域を含む領域」には、標的メチル化領域の近傍領域からなる領域、標的メチル化領域の近傍領域とその5’末端側及び/又は3’末端側の隣接領域とからなる領域等が含まれる。また、「標的メチル化領域の近傍領域」とは、標的メチル化領域の5’末端側又は3’末端側に位置し、標的メチル化領域との距離が通常0〜1000塩基長、好ましくは0〜100塩基長である領域を意味する。ここで、「標的メチル化領域と近傍領域との距離」とは、標的メチル化領域の3’末端から近傍領域の5’末端までの距離、又は標的メチル化領域の5’末端から近傍領域の3’末端までの距離を意味し、標的メチル化領域との距離が0である領域は、標的メチル化領域の隣接領域を意味する。
RNA(a)又は(b)を生細胞中で人為的に生成させたときに、RNA(a)又は(b)が標的メチル化領域の脱メチル化を進行させる作用機序の詳細は不明であるが、RNA(a)又は(b)は生細胞中の核酸(例えば、標的メチル化領域が存在しないDNA鎖、mRNA等)にハイブリダイズすると考えられ、当該核酸に対して、RNA(a)又は(b)がハイブリダイズし得る領域と同一の領域にハイブリダイズし得るRNAは、RNA(a)又は(b)と同様に標的メチル化領域の脱メチル化を進行させ得ると考えられる。
RNA(a)がハイブリダイズし得る領域と同一の領域にハイブリダイズし得るRNAとしては、RNA(a)の塩基配列において1又は複数個の塩基が置換された塩基配列からなるRNAが挙げられる。RNA(a)の塩基配列において置換される塩基の個数は、通常1〜10個、好ましくは1〜5個である。
RNA(b)がハイブリダイズし得る領域と同一の領域にハイブリダイズし得るRNAとしては、RNA(b)の塩基配列において1又は複数個の塩基が置換された塩基配列からなるRNAが挙げられる。RNA(b)の塩基配列において置換される塩基の個数は、通常1〜10個、好ましくは1〜5個である。
本発明において、RNA(a)又は(b)を生細胞中で人為的に生成させる方法は特に限定されるものではない。例えば、RNA(a)又は(b)を発現し得る組換えベクターを生細胞に導入することにより、RNA(a)又は(b)を生細胞中で人為的に生成させることができる。
RNA(a)又は(b)を発現し得る組換えベクターの構成は特に限定されるものではないが、一般的には、RNA(a)又は(b)をコードするDNAとその上流に位置するプロモーターとを含む発現カセットを有する。発現カセットは、プロモーター以外の転写調節領域、例えば、ターミネーター、エンハンサー等を含むことができる。発現カセットの具体的な構造としては、例えば、RNA(a)又は(b)をコードするDNAの上流にプロモーターを有し、下流にターミネーターを有する構造が挙げられる。組換えベクターが有する発現カセットの数は特に限定されるものではなく、組換えベクターは1個の発現カセットを有していてもよいし、同一の又は異なる複数の発現カセットを有していてもよい。
RNA(a)をコードするDNAとしては、標的メチル化領域が存在するDNA鎖のうち、標的メチル化領域の一部又は全体を含む領域と相補的な塩基配列からなるDNAが挙げられる。また、RNA(b)をコードするDNAとしては、標的メチル化領域が存在するDNA鎖のうち、標的メチル化領域の近傍領域を含む領域と相補的な塩基配列からなるDNAが挙げられる。これらのDNAは、例えば、PCR、化学合成等の公知の方法により得ることができる。
組換えベクターを構築する際に使用するベクターの種類は、対象となる生細胞において自立複製が可能なものであれば特に限定されるものではなく、例えば、プラスミドベクター、ファージベクター、ウイルスベクター等を使用することができる。プラスミドベクターとしては、例えば、大腸菌由来のプラスミド(例えば、pRSET、pBR322、pBR325、pUC118、pUC119、pUC18、pUC19)、枯草菌由来のプラスミド(例えば、pUB110、pTP5)、酵母由来のプラスミド(例えば、YEp13、YEp24、YCp50)が挙げられ、ファージベクターとしては、例えば、λファージ(例えば、Charon4A、Charon21A、EMBL3、EMBL4、λgt10、λgt11、λZAP)が挙げられ、ウイルスベクターとしては、例えば、レトロウイルス、ワクシニアウイルス等の動物ウイルス、バキュロウイルス等の昆虫ウイルスが挙げられる。
組換えベクターの発現カセットに含まれるプロモーターの種類は、対象となる生細胞中で機能し得る限り特に限定されるものではない。対象となる生細胞が動物細胞である場合、プロモーターとしては、例えば、Rαプロモーター、SV40プロモーター、LTR(Long Terminal Repeat)プロモーター、CMVプロモーター、ヒトサイトメガロウイルスの初期遺伝子プロモーター、CAGプロモーター等を使用することができる。
対象となる生細胞への組換えベクターの導入方法は、対象となる生細胞へDNAを導入し得る限り特に限定されるものではなく、例えば、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、マイクロインジェクション法等を使用することができる。
RNA(a)又は(b)を発現し得る組換えベクターは、生細胞のゲノムDNAのうち、センス鎖又はアンチセンス鎖のいずれか一方のDNA鎖に存在する標的メチル化領域を脱メチル化するための脱メチル化用キットの構成要素として利用することができる。脱メチル化用キットは、RNA(a)又は(b)を発現し得る組換えベクターの他、生細胞に組換えベクターを導入するために必要な試薬や器具、組換えベクターを導入した生細胞を培養するために必要な試薬や器具等の任意の要素を含むことができる。
生細胞に組換えベクターを導入して、RNA(a)又は(b)を生細胞中で人為的に生成させることによって、標的メチル化領域を脱メチル化することができる。ここで、「標的メチル化領域の脱メチル化」とは、標的メチル化領域に存在するメチル化シトシンの脱メチル化を意味し、「標的メチル化領域の脱メチル化」には、標的メチル化領域の完全な脱メチル化及び低メチル化のいずれもが含まれる。また、脱メチル化の対象となるメチル化シトシンとしては、例えば、CpG配列に含まれるメチル化シトシン、CpApG配列に含まれるメチル化シトシン、CpTpG配列に含まれるメチル化シトシン、CpNpG配列(NはA,T,C又はG)に含まれるメチル化シトシン等が挙げられる。
標的メチル化領域が脱メチル化されたか否かは、例えば、RLGS法(Restriction Landmark Genomic Scanning法)、MS−PCR法、サザンブロッティング法、CpGアイランドマイクロアレイ法等を用いてメチル化パターンを作製することにより確認することができる。例えば、RLGS法においては、細胞からゲノムDNAを抽出し、メチル化感受性制限酵素(例えば、NotI、BssHII、SalI等)で切断してDNA断片を作製し、標識物質(例えば32P)で末端を標識した後、一次元電気泳動でDNA断片を分離する。さらに電気泳動後のDNA断片をメチル化感受性制限酵素とは異なる他の制限酵素で消化し、二次元電気泳動にかけ、オートラジオグラフィー等によりスポットを解析する。そして、細胞特有のスポットのパターンから、標的メチル化領域が脱メチル化されたか否かを確認する。この方法によれば、ゲノムDNAの数千箇所に渡る領域のメチル化状況及び脱メチル化状況を一度に解析することができる。
本発明によれば、生細胞のゲノムDNAに存在する複数のメチル化領域のうち、他のメチル化領域には影響を与えることなく、特定のメチル化領域のみを脱メチル化することができるので、生細胞のゲノムDNAにおけるメチル化パターンを所望のメチル化パターンに変化させることができる。ゲノムDNAのメチル化パターンの異常は、遺伝子発現やゲノム安定性に影響し、発生停止、発生異常、癌及び生活習慣病を含む様々な疾病等を生じさせる危険性があるが、メチル化パターンを正常なメチル化パターンに変化させることにより、それらを予防・治療することができる。
標的メチル化領域を脱メチル化してメチル化パターンを所望のメチル化パターンとした生細胞は、例えば、再生医療のための移植用細胞として有用であり、移植の際に高い安全性、移植効率等を期待することができる。また、標的メチル化領域を脱メチル化してメチル化パターンを所望のメチル化パターンとした生細胞から作製(再生)した組織又は器官も、再生医療のための移植用組織又は器官として有用である。組織又は器官の作製(再生)にあたっては、生細胞として幹細胞を用いることが好ましい。生細胞からの組織又は器官の作製(再生)は、生細胞の培養によって行うことができる。ここで、「培養」は、体外培養一般を意味し、組織構築から解放した細胞の水準で行う細胞培養、組織の水準で行う組織培養、器官の構築を保持したままで行う器官培養等が含まれる。培養に使用する培地としては、例えば、RPMI1640培地、EagleのMEM培地、DMEM培地、Ham F12培地、Ham F12K培地又はこれら培地に牛胎児血清等を添加した培地等を使用することができ、培養条件は、通常5%CO存在下、37℃である。
標的メチル化領域を脱メチル化してメチル化パターンを所望のメチル化パターンとした生細胞の細胞核は、クローン動物(非ヒトクローン動物)を作製する際に、除核した未受精卵に移植する細胞核として有用である。細胞核を提供する生細胞としては、通常、初期胚割球、初期胚由来培養細胞、胚性幹細胞、体細胞等が用いられる。他の細胞核を移植した卵を培養し、移植可能胚へ発生したものを仮親の子宮内に移植することにより、クローン動物を作製することができる。
【実施例】
ラット由来スフィンゴシンキナーゼ遺伝子(Imamura.Tら,Genomics 76:117−125(2001))の5’上流には、組織特異的にメチル化された領域(T−DMR)が存在する(図1参照)。このT−DMRは、ラット胎生期・成熟個体の脳では低メチル化状態であるが、成熟個体の他の組織(例えば、心臓)では高メチル化状態にある(Imamura.Tら,Genomics 76:117−125(2001))。同様に、ラットの線維芽細胞様細胞株であるNRK細胞でも高メチル化状態にある。
NRK細胞(RIKEN CELL BANK)を培養下、T−DMRの塩基配列を含むRNA−A、又はT−DMRの近傍領域の塩基配列を含むRNA−Bを当該細胞中で人為的に生成させた。NRK細胞は、DMEM培地に終濃度10%の牛胎児血清を添加した培地を用い、5%CO存在下、37℃で培養した。
RNA−Aの塩基配列を配列番号1に示し、RNA−Bの塩基配列を配列番号2に示す。RNA−Aは、T−DMRの一部に相当し、対応するゲノムDNAの領域は−3235〜−3023である(図1参照)。また、RNA−Bは、T−DMRの3’末端側の領域と当該領域の3’末端に隣接する領域とからなる領域に相当し、対応するゲノムDNAの領域は−3022〜−2096である(図1参照)。なお、各塩基の位置は、スフィンゴシンキナーゼ遺伝子の開始コドンのAを+1としたときの位置である。
RNA−A又はRNA−Bを発現する組換えベクターは、pRc/CMVベクター(invitrogen)のApaI、HindIII制限酵素認識部位に、PCRにより増幅したRNA−A又はRNA−Bの各塩基配列をコードする二本鎖DNAを挿入することにより構築した。PCRに使用したプライマーは、RNA−Aに関しては、5’−gggcccgcggccgcggacagaggagccattgtg−3’及び5’−aagcttcggggctggaacttctcacactctgcgggc−3’であり、RNA−Bに関しては、5’−gggcccagactcaaagaaaagcgagaccctgttcca−3’及び5’−aagcttacccacctctctccttgcatcgcttcttaa−3’である。
組換えベクターの細胞への導入は、リポフェクション法により行った。
T−DMRのメチル化パターンをRLGS(restriction landmark genomic scanning)により解析した。RLGSは、メチル化感受性の制限酵素と二次元電気泳動とを組み合わせることによって、CpGアイランド内でのメチル化状況をゲノムワイドに解析する方法であって、具体的には以下のように実施した。
NotIをメチル化感受性の制限酵素として用いてゲノムDNAを切断し、切断された箇所に放射性同位元素(32P)でラベルしたシトシン及びグアニンを取り込ませた。これにより、メチル化されていない箇所は標識され、メチル化されている箇所は切断されずに未標識の状態となる。これをさらにPvuIIで切断して平均鎖長を減じた後、ディスクゲルを用いて一次元目の電気泳動を行った。電気泳動後、ゲル内でさらにPstIによる切断を行い、スラブゲルを用いて二次元目の電気泳動を行った。電気泳動後のゲルを乾燥させてX線フィルムに感光させた。これにより、メチル化されていなかった部位のある遺伝子断片はスポットとして感光され、視覚化される。遺伝子断片のある部位がメチル化を受けていた場合、その部分のスポットは消失するのでメチル化を検出することができる。
RNA−A又はBをNRK細胞で人為的に生成させる前及び後のT−DMRのメチル化状態(%)を図2に示す。図2は、T−DMRの代表的なCpGサイト(−3229〜−3023)におけるシトシンのメチル化状態を示し、各CpGサイトにおけるシトシンの位置は、−3229、−3205、−3139、−3086及び−3023である。各シトシンのメチル化状態は、10個のNRK細胞のうち、所定位置のシトシンがメチル化されていたNRK細胞の割合(%)で示す。図2中、カラムC(白抜きの棒グラフ)は、RNA−A又はBをNRK細胞中で人為的に生成させる前のT−DMRのメチル化状態を示し、カラムA(斜線付きの棒グラフ)は、RNA−AをNRK細胞中で人為的に生成させた後のT−DMRのメチル化状態を示し、カラムB(黒抜きの棒グラフ)は、RNA−BをNRK細胞中で人為的に生成させた後のT−DMRのメチル化状態を示す。
図2に示すように、RNA−A又はRNA−Bを細胞中で人為的に生成させることにより、各CpGサイトにおけるシトシンのメチル化が低減(低メチル化)した。
【産業上の利用の可能性】
本発明によれば、生細胞のゲノムDNAに存在する複数のメチル化領域のうち、他のメチル化領域には影響を与えることなく、特定のメチル化領域のみを脱メチル化することができる脱メチル化法が提供される。本発明の脱メチル化法は、生細胞のゲノムDNAにおけるメチル化パターンを所望のメチル化パターンに変化させることができる。ゲノムDNAのメチル化パターンの異常を正常なメチル化パターンに変化させることにより、メチル化パターンの異常によって生じ得る発生停止、発生異常、癌及び生活習慣病を含む様々な疾病等を予防・治療することができる。また、標的メチル化領域を脱メチル化してメチル化パターンを所望のメチル化パターンとした生細胞は、例えば、再生医療のための移植用細胞として有用であり、移植の際に高い安全性、移植効率等を期待することができる。さらに、標的メチル化領域を脱メチル化してメチル化パターンを所望のメチル化パターンとした生細胞から作製(再生)した組織又は器官も、再生医療のための移植用組織又は器官として有用である。さらに、標的メチル化領域を脱メチル化してメチル化パターンを所望のメチル化パターンとした生細胞の細胞核は、クローン動物(非ヒトクローン動物)を作製する際に、除核した未受精卵に移植する細胞核として有用である。
【配列表】


【図1】

【図2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
生細胞のゲノムDNAのうち、センス鎖又はアンチセンス鎖のいずれか一方のDNA鎖に存在する標的メチル化領域の脱メチル化法であって、以下のRNA(a)又は(b)を前記生細胞中で人為的に生成させる工程を含む前記脱メチル化法。
(a)前記標的メチル化領域が存在するDNA鎖のうち、前記標的メチル化領域の一部又は全体を含む領域の塩基配列に相当する塩基配列からなるRNA
(b)前記標的メチル化領域が存在するDNA鎖のうち、前記標的メチル化領域の近傍領域を含む領域の塩基配列に相当する塩基配列からなるRNA
【請求項2】
前記RNA(a)又は(b)を発現し得る組換えベクターを前記生細胞に導入する工程を含む請求項1記載の脱メチル化法。
【請求項3】
請求項1記載のRNA(a)又は(b)を発現し得る組換えベクター。
【請求項4】
生細胞のゲノムDNAのうち、センス鎖又はアンチセンス鎖のいずれか一方のDNA鎖に存在する標的メチル化領域を脱メチル化するための脱メチル化用キットであって、請求項3記載の組換えベクターを含む前記脱メチル化用キット。
【請求項5】
請求項3記載の組換えベクターを導入した生細胞。
【請求項6】
請求項5記載の生細胞を培養して作製された組織又は器官。
【請求項7】
請求項5記載の生細胞から単離された細胞核。
【請求項8】
請求項7記載の細胞核を用いて作製されたクローン動物。
【請求項9】
生細胞を培養して組織又は器官を作製する方法であって、請求項1記載のRNA(a)又は(b)を前記生細胞中で人為的に生成させ、前記生細胞のゲノムDNAのうち、センス鎖又はアンチセンス鎖のいずれか一方のDNA鎖に存在する標的メチル化領域を脱メチル化する工程を含む前記方法。
【請求項10】
除核した未受精卵に移植する細胞核として請求項7記載の細胞核を用いるクローン動物の作製法。

【国際公開番号】WO2004/078971
【国際公開日】平成16年9月16日(2004.9.16)
【発行日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−503153(P2005−503153)
【国際出願番号】PCT/JP2004/002914
【国際出願日】平成16年3月5日(2004.3.5)
【出願人】(899000024)株式会社東京大学TLO (50)
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構 (827)
【Fターム(参考)】