説明

ゲル化剤及びゲル

【課題】
室温下に液状である有機物質をゲル化するためのゲル化剤及び該ゲル化剤によりゲル化した有機物質を得る目的とする。
【解決手段】
下記一般式(1)で表わされる化合物
【化1】



(但し、nは2〜18の整数)
及び上記一般式(1)で表わされるゲル化剤2重量%以上、好ましくは2〜10重量%と残部が室温下に液状である有機物質よりなるゲル。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は有機化合物をゲル化又は増粘するためのゲル化剤及び該ゲル化剤を用いたゲルに関する。
【背景技術】
【0002】
従来各種産業分野において、ゲル化剤は液体状物質を固化、すなわちゼリー状に固める目的、又は増粘する目的でゲル化剤が用いられている。例えば接着剤、塗料、印刷インキ、化粧品等の流動性の制御、チクソトロピー性の付与、海上への石油類の流出対策、家庭等における食用油の処分、その他食品製造業、医療分野等において使用されている。これらのゲル化剤としては、水分を固化させるもの、例えばコラーゲン、ゼラチン、寒天、アガー(カラギーナン)、ペクチン等があり、また有機物、特に炭化水素、アルコール類、ケトン類、エステル類その他の有機溶剤及びそれらを主として含む溶液等を固化させるゲル化剤がある。
【0003】
これらのうち、有機溶液を固化させるためのゲル化剤としては、低分子量又は高分子量の有機化合物があり、高分子ゲル化剤としては、親油性を有する高分子ポリマーの絡み合った分子中に油類を取り込み膨潤はするが、固体状を保つものとして例えばポリビニルアルコール/ポリエチレン/各種エラストマーや、尿素樹脂、ポリオレフィン不織布などが知られている。また低分子量ゲル化剤としては、例えばアミノ基、イミド基、尿素基など水素結合性官能基を分子内に有する低分子量有機化合物群が知られている。
【0004】
これらの低分子量ゲル化剤は、溶媒に混入して、加熱溶解させ、冷却すると、水素結合のような非共有結合を生じ、会合して、三次元網目構造を形成し、その中に溶媒分子を取り込み、ゲル化する。しかし、再び加熱すると、非共有結合は、切れて、ゲルは溶液状のゾルに戻る。
【0005】
本発明者らは、以上の如き低分子量ゲル化剤のうち、比較的少量の使用で多種多様な有機液体をゲル化することができ、しかも比較的高温下でもゲルの状態を保つことが可能なゲル化剤として、含フッ素系ゲル化剤を提供した(特許文献1〜3)。
【0006】
これらのゲル化剤の一般的使用方法は、ゲル化すべき有機液体にゲル化剤を加え、これを加熱して均一な液体混合物のゾルとし、目的とする容器に注入し、これを放冷又は冷却してゲルを形成させるものであった。
【0007】
しかるに、ゲル化しようとする有機液体又は、該液体中に溶解している物質が熱により変質する場合や、注入する鋳型となる容器がゲル化剤を含む有機液体ゾルの温度に十分に耐えられない場合等では、従来のゲル化手法は使用することができなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007−191661号公報
【特許文献2】特開2007−191627号公報
【特許文献3】特開2007−191626号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は室温又はそれ以下の温度下にゲル→ゾルの転移を生ぜしめることが可能なゲル化剤を提供することを目的とする。
【0010】
勿論、本発明のゲル化剤を用いた場合であっても、加熱によりゲルをゾルに転移させることは可能であり、従来の使用方法も採用可能なゲル化剤である。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の第1の態様は、下記一般式(1)で表わされる化合物よりなるゲル化剤を提供するにある。
【0012】
【化1】


(但し、nは2〜18の整数)
本発明の別の態様は前記一般式(1)で表わされる化合物と、室温下に液状の有機物質を含むゲルを提供する。
【0013】
更に本発明の別の態様は、一般式(1)で表わされる化合物を分散した室温下に液状の有機物質に紫外線を照射することにより均質なゾルを得た後、放置することによりゲルとすることを特徴とするゲルの製造方法をも提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明のゲル化剤は、室温(25℃)で液状である極めて多くの有機物質をゲル化し得る。一般に従来知られている低分子量ゲル化剤と同様に加熱により、ゾルとなり、冷却するとゲルとすることができるのは勿論であるが、本発明のゲル化剤を用いたゲルは、これに紫外線を照射することにより、何等熱を加えることなく、ゾルとすることができる。そして、紫外線照射を中止し、放置することにより、再びゲル化するのである。かかるゾル−ゲル転移機能を利用して、熱を加えることなく、ゾルとして鋳型に注入し、その後ゲル化させることが可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】は、本発明のゲル化剤におけるゾル−ゲル転移温度とゲル化剤濃度の関係を示すグラフである。
【図2】は、本発明のゲル化剤における一例のIRスペクトル図である。
【図3】は、本発明のゲル化剤における図2と同じ化合物のNMRスペクトル図である。
【図4】は、本発明のゲル化剤の別の例のIRスペクトル図である。
【図5】は、本発明のゲル化剤における図4と同じ化合物のNMRスペクトル図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の最大の特徴は、下記一般式で表わされる化合物よりなるゲル化剤である。
【0017】
【化2】




ここで、nは2〜18の整数、好ましくは4〜18の整数であり、nが1の場合は、ゲル化能がほとんど見られず、4以上で優れたゲル化能を示す。
【0018】
また、C2n+1で示される基は分枝を有してもよいアルキル基であり、炭素数は長い程一般にゲル化能は高いが、あまりに長い場合はゲル化させる有機液体の種類によっては、染まない場合があり、更に合成上も難しい場合もあるので、一般に炭素数は18以下とするのがよい。
【0019】
また本発明の化合物中の芳香族基はアルキル基やハロゲン原子等の置換基を有してもよい。
【0020】
本発明のゲル化剤は、比較的少量の使用、例えば2重量%(ゲル全体を100%とした場合)程度の使用で室温液状の有機物質をゲル化することができる。しかも、ゲル化剤の使用量を増加させることにより一般にゾル−ゲル転移温度を高くすることができ、一般に10重量%以上でほぼ一定となる。
【0021】
本発明のゲル化剤は極めて多種類の室温下に液状である有機物質をゲル化させることができる。
【0022】
ここで、有機物質とは単一の有機化合物、有機化合物の混合物ばかりでなく、有機化合物に無機物やイオン又は、有機金属化合物等が溶解又は分散した室温下に液状の有機化合物等の混合物をも含む総称である。
【0023】
これらの有機物質の代表例としては、ヘキサン、へプタン、ベンゼン、トルエン、キシレン、石油等の炭化水素類、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール(2−プロパノール)、オクタノール等のアルコール類、エチルエーテル、プロピルエーテル、プロピレンオキサイド、テトラヒドロフラン等のエーテル類、ジメチルケトン、ジエチルケトン、メチルエチルケトン等のケトン類、蟻酸、酢酸、フェノール類の有機酸類、ジメチルアセトアニリド、ジメチルホルムアミド等のアミド類、プロピレンカーボネート、メチルエチルカーボネート等のカーボネート類、アセトニドリル等のニトリル類、γ−ブチロラクトン、γ−バレロラクトン等のラクトン類、ジアルキルイミダゾリウム、トリアルキルイミダゾリウム等のイミダゾリウム類、テトラアルキルアンモニウム等アンモニウム類、アルキルピリジニウム、ジアルキルピリジニウム等のピリジニウム類(これら、イオン性の有機液体は、種々のカウンターイオンを含むことができる)、大豆油、オリーブ油、椿油、菜種油、ゴマ油等の油脂類、及びその廃油類、更にはこれらの室温化に液状の有機物に固体物質やガス等が溶解又は分散したものなどである。
【0024】
本発明のゲル化剤は従来公知の低分子量ゲル化剤と同様に室温下に液状の有様物中に加え、これを加熱して均一なゾルとした後、冷却してゲルを得ることもできるが、更にゲルは、紫外線(ピーク波長が400nm以下の電磁波)、特にUVA(400〜315nm)にピークを有する紫外線により効率よく、ゾル化することができる。
【0025】
かかる機能を生ずる理由は、本発明におけるクマリン基と芳香族基がアゾ基を介して結合していることに由来するものと思われる。
【0026】
すなわち、これらの化合物は、一般にエネルギーレベルの低いトランス型の構造をとり安定化しているが、これに紫外線を照射することにより、活性化され、シス型構造となる。他方、室温下に液状である有機物をゲル化させるためには、或る程度の直線状の分子長が必要であり、これらが水素結合や、配位結合その他の分子間インタラクションにより、緩やかな結合作用を有し、該分子間に液状の有機物質を包含することが必要である。本発明のゲル化剤にあっては、芳香族基にエーテル結合を介して比較的長いアルキル鎖(少なくとも炭素数2以上)が結合しており、前記アゾ基がトランス型となっている場合は、ほぼ直線状にゲル化に必要な長さを示すが、紫外線の照射により、シス型となった場合には分子は縮まった型となり、液状の有機物質は、自由度を増し、ゾル化するものと思われる。
【0027】
そして、紫外線照射を停止し、放置するか又は熱を加えることにより、前記アゾ基は再び安定なトランス型に戻るのである。但し、熱を加える場合、逆にトランス型として分子間に形成させる分子間インタラクションも切断され、所謂ゾル−ゲル転移温度を越えることにより、ゲル化剤はトランス型でありながらも、ゾルの状態となるが、これを冷却するとゲルとなるのである。
【0028】
本発明は、前記一般式(1)で示す化合物よりなるゲル化剤に最大の特徴があり、その製法は何等限定されないが、これらを合成する一例を次のスキームに示す。

【0029】
【化3】

以上の如き方法により合成することができる。
【0030】
かくして得られた本発明のゲル化剤は、通常2重量%以上室温下に液状の有機物質中に混合することによってゲルを得ることができる。ゲル化の方法は従来知られている手段、例えば、単に混合し攪拌するだけでなく、好ましくは加熱下に行い、これを冷却することで達成される。
【0031】
更に一旦ゲル化した有機物質に対して、紫外線を照射することによってゾルとし、これを鋳型となる容器に注入し、これを放置又はゲル化を促進するため加熱してトランス型とした後、冷却するなどによって再びゲル化させることができる。
【0032】
以下に実施例を示すが、本発明のゲル化剤又は該ゲル化剤を用いたゲルはこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0033】
【化4】



300mLのナスフラスコにConc.HNO34.5mLとConc.HSO34.5mLの混合溶液を氷浴で冷却し、クマリン15.0gを溶液の温度が20℃を超えないように除々に加えた。全部加え終えたら氷浴を外し、室温で1時間攪拌した。反応物を水200mLに注ぎ、析出している固体を濾取し、トルエンで再結晶を行った。その結果、淡黄色の固体化合物(a)を得た。

目的物:13.1g
融点:188−189℃ <文献値 193−196℃>
収率:66%
IR(KBr)
νN−O=1350,1530cm−1
νC=O=1700cm−1

H NMR(DMSO−d6)
δ=6.69(1H,d,J=8.9Hz),7.62(1H,d,J=8.9Hz),8.23(1H,d,J=9.9Hz),8.41(1H,dd,J=9.9,2.6Hz),8.73(1H,d,J=2.6Hz)ppm


【0034】
【化5】




300mLのナスフラスコに化合物(a)5.02gをエタノール100mL、トルエン100mLの混合溶液に溶かして水素添加を行った。反応後、Pd/Cを濾取し、ろ液をエバポレーターで濃縮し析出した固体をトルエンで再結晶を行った。その結果、黄色固体化合物(b)を得た。

目的物:1.97g
融点:160−162℃ <文献値 145−147℃>

収率:78%

IR(KBr)
νC=O=1700cm−1
νN−H=3360,3470cm−1

H NMR(DMSO)
δ=5.24(2H,s),6.33(1H,d,J=9.6Hz),6.72(1H,d,J=2.6Hz),6.83(1H,dd,J=8.6,2.6Hz),7.09(1H,d,J=8.6Hz),7.87(1H,d,J=9.6Hz)ppm


【0035】
【化6】




300mLのナスフラスコに5℃氷冷下で12NHCl2.7mL、水14.4mLの水溶液を作り、それに化合物(b)を1.97g加え、NaNO1.13gを加えて20分間攪拌し、フェノール1.93g、NaOH0.96g、水14.7mLの混合溶液を加え攪拌し、析出した固体をトルエンで再結晶を行い、化合物(c)を得た。

目的物:2.69g
融点:250℃以上
収率:84%

IR(KBr)
νC=O=1680cm−1
νO−H=3200cm−1

H NMR(DMSO)
δ=4.24(1H,s)6.55(1H,d,J=9.6Hz),6.77(2H,d,J=8.9Hz),7.51(1H,d,J=8.9Hz),7.73(2H,d,J=8.9Hz),8.02(1H,dd,J=8.9,2.3Hz),8.15(1H,d,J=2.3Hz),8.20(1H,d,J=9.6Hz)ppm

【0036】
【化7】




300mLのナスフラスコに化合物(c)2.03gを3−Pentanone150mLに溶解し、1−ブロモオクタン1.66g,炭酸カリウム1.07g加えて15時間還流を行った。得られた固体をトルエンで再結晶を行った後、カラムクロマトグラフィーで精製した。充填剤としてシリカゲル、展開溶媒としてクロロホルムをそれぞれ使用した。その結果、本発明の化合物(I)1.40gを得た。

目的物:1.40g
融点:136−138℃ (新規物質であり文献値なし)
収率:44%

IR(KBr)
νC=O=1720cm−1
νC−H=3070cm−1
赤外吸収スペクトル図を図2に示す。

H NMR(CDCl3
δ=0.89(3H,t,J=6.6Hz),1.27−1.58(10H,m),1.83(2H,q,J=6.6Hz),4.05(2H,q,J=6.6Hz),6.49(1H,d,J=9.6Hz),7.01(2H,d,J=8.9Hz),7.43(1H,d,J=8.6Hz),7.81(1H,d,J=9.6Hz),7.91(2H,d,J=8.9Hz),8.00(1H,d,J=2.3Hz),8.10(1H,dd,J=8.9,2.3Hz)ppm
NMRスペクトル図を図3に示す。


【0037】
【化8】





300mLのナスフラスコに化合物(c)3.00gを3−Pentanone 150mLに溶解し、1−ブロモヘキサン1.99g、炭酸カリウム1.57g加えて15時間還流を行った。得られた固体をトルエンで再結晶を行った後、カラムクロマトグラフィーで精製した。充填剤としてシリカゲル、展開溶媒としてクロロホルムをそれぞれ使用した。その結果、本発明の化合物(II)1.00gを得た。

目的物:1.00g
融点:140−143℃ (新規化合物であり、文献値なし)
収率:43%

IR(KBr)
νC=O=1730cm−1
νN−H=2940cm−1

赤外吸収スペクトル図を図4に示す。


H NMR(CDCl
δ=0.92(3H,t,J=6.9Hz),1.33−1.57(6H,m),1.83(2H,quin.,J=6,6Hz),4.03(2H,q,J=6.6Hz),6.52(1H,d,J=9.5Hz),7.02 (2H,d,J=8.9Hz),7.46(1H,d,J=8.6Hz),7.80(1H,d,J=9.5Hz),7.92(2H,d,J=8.9Hz),8.00(1H,d,J=2.3Hz),8.09(1H,dd,J=8.6、2.3Hz)ppm

NMRスペクトル図を図5に示す。

【0038】
<ゲル化試験>
10mmφのサンプル管に化合物(I)0.0039gをGBL(γ−butyrolactone) 0.0695gに加熱溶解して5.3重量%のゲルを作成した。これに18.4W、366nmの紫外線を2cmの距離から12時間室温で照射した。このゲルは一部がゾルに転移した。室温に放置すると再びゲルになった。このゲルを室温で一晩放置したが、ゲルのままでゾルにはならなかった。

【0039】
<比較例>
比較例として、6−(4−メトキシ−フェニルアゾ)−クロメン−2−オン「英文名;6-(4-Methoxy-phenylazo)-chromen-2-one」(下記化合物(III):CAS No.372156−87−1)をエタノール、トルエン、1−オクタノール、PC(propylene carbonate)に対して5wt%になるように調整し、加熱溶解したところ、エタノール、トルエン、1−オクタノールにおいてはいずれも溶解せず、GBLにおいては5.3重量%程度溶けたが、ゲル化しなかった。

【化9】






【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表わされる化合物よりなるゲル化剤
【化1】


(但し、nは2〜18の整数)
【請求項2】
前記一般式(1)で表わされる化合物2重量%以上を含む室温下に液体である有機物質のゲル。
【請求項3】
前記一般式(1)で表わされる化合物2〜10重量%と室温下に液体である有機物質98〜90重量%よりなる請求項2記載のゲル。
【請求項4】
室温下に一般式(1)で表わされる化合物を分散した室温下に液状の有機物質に紫外線を照射することにより均質ゾルを得た後、放置することにより、ゲルとすることを特徴とする請求項2又は3記載のゲルの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−17384(P2012−17384A)
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−154717(P2010−154717)
【出願日】平成22年7月7日(2010.7.7)
【出願人】(304020177)国立大学法人山口大学 (579)
【Fターム(参考)】