説明

ゲル型電気培養装置

【課題】電気培養により増殖させ得る微生物を単離することのできる電気培養装置を得る。
【解決手段】本発明のゲル型電気培養装置1は、微生物培養用のゲル培地2と、ゲル培地2の内部またはゲル培地2の表面のうちの培養面2aに対向する対向面2bに配置された作用電極9と、ゲル培地2の内部またはゲル培地2の表面に配置された対電極10と、ゲル培地2の内部またはゲル培地2の表面であって作用電極9と対電極10との間に電圧を印加したときに電気力線7が形成され得る位置に配置された参照電極11と、作用電極9と対電極10と参照電極11とを結線して作用電極9の電位を3電極方式で制御する定電位設定装置12と、ゲル培地2に含ませた酸化還元物質3と、ゲル培地2の少なくとも参照電極11の周囲に含ませた参照電極11の構成元素に対応する陰イオン4とを有し、作用電極9の電位を制御することにより、作用電極9からゲル培地2の培養面2aの作用電極と対向している部分2cまでを電位制御領域Xとして電位制御可能とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゲル型電気培養装置に関する。さらに詳述すると、本発明は、電気培養により増殖が促進され得る微生物を1種類以上含む微生物群からの微生物の単離に用いて好適なゲル型電気培養装置に関する。
【背景技術】
【0002】
現在様々な分野で利用されている微生物は自然界に存在する全微生物の1%に満たないと言われている。そこで、残り99%の膨大な微生物資源を有効利用するため、新しい概念に基づく微生物の培養技術が各種提案されている。
【0003】
例えば、本件出願人は、新しい概念に基づく微生物の培養技術として電気を利用した培養方法を特許文献1において提案している。具体的には、培養対象微生物を培養液中で培養する際に、培養液中に浸した電極に電位を与えることによって、培養液の酸化還元電位を培養対象微生物の至適範囲に制御しながら培養を行うようにしている。この培養方法を利用することで、複数種の微生物を含む微生物群や試料中に存在するある特定の微生物のみを培養対象微生物として選択的に増殖させることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−54646号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の培養方法では、培養対象微生物を選択的に増殖させることはできるものの、これを単離(純粋培養)することが困難であった。
【0006】
即ち、特許文献1に記載の培養方法では、培養対象微生物を選択的に増殖させることはできるものの、培養液中には培養対象微生物以外の微生物が懸濁している場合がある。このような場合には、培養液に培養対象微生物と共にそれ以外の複数種の微生物が懸濁していることになり、培養対象微生物のみを単離することは困難であった。
【0007】
また、培養対象微生物の酸化還元電位の至適範囲と培養対象微生物以外の微生物の酸化還元電位の至適範囲が重複している場合がある。このうような場合にも、培養液に培養対象微生物と共にそれ以外の複数種の微生物が懸濁していることになり、培養対象微生物のみを単離することは困難であった。
【0008】
そこで、本発明は、電気培養により増殖させ得る微生物を単離することのできる電気培養装置を提供することを目的とする。
【0009】
また、本発明は、電気培養により増殖させ得る微生物を単離する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
かかる課題を解決するため、本願発明者等は、微生物の単離を行う場合に一般的に用いられるゲル培地に着目して鋭意検討を行った。その結果、本願発明者等は、ゲル培地の特定の領域のみの電位を制御し得る構成を知見し、本願発明を完成するに至った。
【0011】
即ち、請求項1に記載のゲル型電気培養装置は、微生物培養用のゲル培地と、ゲル培地の内部またはゲル培地の表面のうちの培養面に対向する対向面に配置された作用電極と、ゲル培地の内部またはゲル培地の表面に配置された対電極と、ゲル培地の内部またはゲル培地の表面であって作用電極と対電極との間に電圧を印加したときに電気力線が形成され得る位置に配置された参照電極と、作用電極と対電極と参照電極とを結線して作用電極の電位を3電極方式で制御する定電位設定装置と、ゲル培地に含ませた酸化還元物質と、ゲル培地の少なくとも参照電極の周囲に含ませた参照電極の構成元素に対応する陰イオンとを有し、作用電極の電位を制御することにより、作用電極からゲル培地の培養面の作用電極と対向している部分までを電位制御領域として電位制御可能としている。
【0012】
ここで、請求項1に記載のゲル型電気培養装置において、請求項2に記載のように、ゲル培地の対向面を支持する支持体がさらに備えられていることが好ましい。
【0013】
また、請求項2に記載のゲル型電気培養装置において、請求項3に記載のように、支持体のゲル培地の対向面との接触面に作用電極と対電極と参照電極が並べて接着されて、作用電極と対電極と参照電極がゲル培地の対向面に配置されていることが好ましい。
【0014】
さらに、請求項3に記載のゲル型電気培養装置において、請求項4に記載のように、作用電極を透明電極とし、支持体を透明材料からなるものとすることが好ましい。
【0015】
また、請求項1に記載のゲル型電気培養装置において、請求項5に記載のように、対電極が炭素電極であることが好ましい。また、請求項6に記載のように、酸化還元物質は鉄イオン錯体であることが好ましい。
【0016】
さらに、請求項1〜6のいずれか1つに記載のゲル型電気培養装置において、請求項7に記載のように、作用電極を複数配置すると共に定電位設定装置を多チャンネル式として複数の作用電極の電位を独立に制御可能とすることにより、独立した複数の電位制御領域を形成可能とすることが好ましい。
【0017】
次に、請求項8に記載の微生物の単離方法は、請求項1〜7のいずれか1つに記載のゲル型電気培養装置を用い、電気培養により増殖が可能な微生物を複数種含む微生物群または微生物群を含む試料をゲル培地の培養面の作用電極と対向している部分に塗抹し、作用電極の電位を制御しながら培養を行って微生物のコロニーを発生させるようにしている。
【発明の効果】
【0018】
請求項1に記載の発明によれば、作用電極の電位を制御することにより、作用電極からゲル培地の培養面の作用電極と対向している部分までを電位制御領域として電位制御可能としているので、ゲル培地の培養面の作用電極と対向している部分に電気培養により増殖させ得る微生物を塗抹等することで、この微生物を増殖させて同一種類の微生物からなるコロニーを形成させることができる。したがって、電気培養により増殖させ得る微生物を単離することが可能となる。
【0019】
請求項2に記載の発明によれば、柔らかいゲル培地を支持体で支持できるので、ゲル培地を安定に保持して、取り扱いやすいものとすることができる。
【0020】
請求項3に記載の発明によれば、支持体に各電極が接着されているので、各電極を極めて安定に保持することができ、さらに取り扱いやすいものとすることができる。
【0021】
請求項4に記載の発明によれば、ゲル培地の培養面の作用電極と対向している部分において発生するコロニーを、ゲル培地の培養面だけでなく、支持体の裏面(ゲル培地と接触していない面)からも目視で観察することが可能となる。
【0022】
請求項5に記載の発明によれば、作用電極の電位制御に伴い、対電極の電位がプラス側またはマイナス側に大きくなった場合でも、対電極自体の溶出や対電極からのガス発生等が殆ど起こらず、微生物の生育に悪影響を及ぼすことなく、長期に亘り安定して作用電極の電位を制御し続けることができる。
【0023】
請求項6に記載の発明によれば、ゲル培地の電位制御領域における電位制御時の酸化還元物質起因のpH変化を、リン酸緩衝液などのpH調整剤を用いることなく抑えることができる。したがって、pHの影響を除外して培養を行うことができる。
【0024】
請求項7に記載の発明によれば、独立した複数の電位制御領域を形成可能としているので、複数種の微生物を同時に塗抹等し、これら複数の電位制御領域の電位をそれぞれ異なる値に制御して、複数種の微生物のコロニーの発生状況を様々な電位について同時に観察することが可能となる。
【0025】
請求項8に記載の発明によれば、電気培養により増殖させ得る微生物のコロニーを発生させることができるので、この微生物を単離することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明のゲル型電気培養装置の実施の形態の一例を示す図である。
【図2】本発明のゲル型電気培養装置の電位制御領域を示す斜視図である。
【図3】本発明のゲル型電気培養装置の電位制御領域を示す断面図である。
【図4】参照電極の配置位置の概念を示す図である。
【図5】本発明のゲル型電気培養装置の実施の形態の一例であって、支持体を備えた場合の構成を示す図である。
【図6】本発明のゲル型電気培養装置における各電極の配置の仕方の一例について示す図である。
【図7】本発明のゲル型電気培養装置における各電極の配置の仕方の他の例について示す図である。
【図8】本発明のゲル型電気培養装置の作製手順の一例を示す図である。
【図9】多チャンネル式の定電位設定装置により複数の作用電極の電位を同時に制御することの可能な本発明のゲル型電気培養装置の概念を示す図である。
【図10】図9に示すゲル型電気培養装置により形成される複数の電位制御領域を示す図である。
【図11】酸化還元物質としてメチルビオロゲンを用いた第一実験結果を示す写真である。
【図12】酸化還元物質としてメチルビオロゲンを用いた第二実験結果を示す写真である。
【図13】酸化還元物質の違いによるゲル培地の電位制御領域のpH変動を示す図である。
【図14】実施例3において、作用電極を各種設定電位とした場合の培養試験結果(コロニー密度)を示す図である。
【図15】実施例3において、作用電極の設定電位を+0.6Vとした場合の培養試験結果を示す写真である。
【図16】実施例3において、作用電極の設定電位を−0.6Vとした場合の培養試験結果を示す写真である。
【図17】実施例4において、作用電極の設定電位を+0.6Vとした場合の培養試験結果を示す写真である。
【図18】実施例4において、作用電極の設定電位を−0.6Vとした場合の培養試験結果を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明を実施するための形態について、図面に基づいて詳細に説明する。
【0028】
図1に本発明のゲル型電気培養装置の実施形態の一例を示す。図1に示すゲル型電気培養装置1は、微生物培養用のゲル培地2と、ゲル培地2の表面のうちの培養面2aに対向する対向面2bに配置された作用電極9と、ゲル培地2の表面に配置された対電極10と、ゲル培地2の表面であって作用電極9と対電極10との間に電圧を印加したときに電気力線7が形成され得る位置に配置された参照電極11と、作用電極9と対電極10と参照電極11とを結線して作用電極9の電位を3電極方式で制御する定電位設定装置12と、ゲル培地2に含ませた酸化還元物質3と、ゲル培地2の少なくとも参照電極11の周囲に含ませた参照電極11の構成元素に対応する陰イオン4とを有している。尚、図1において、符号9aは作用電極9と定電位設定装置12とを結ぶリード線であり、符号10aは対電極10と定電位設定装置12とを結ぶリード線であり、符号11aは参照電極9と定電位設定装置12とを結ぶリード線である。また、符号20は作用電極9にリード線9aを、対電極10にリード線10aを、参照電極11にリード線11aをそれぞれ固定するための導電性ペースト(例えば銀ペースト等)である。以降の説明では、ゲル培地2の培養面2aに対向する対向面2bを単にゲル培地2の対向面2bと呼ぶこともある。
【0029】
本発明のゲル型電気培養装置1では、作用電極9と対電極10と参照電極11とを定電位設定装置12に結線して、作用電極9の電位を3電極方式で制御するようにしている。したがって、作用電極9の電位を厳密に設定電位に制御することができる。詳細には、定電位設定装置(ポテンシオスタット)12により、作用電極9と参照電極11との間の電位差を測定し、この電位差が設定電位に達するように作用電極9と対電極10との間に電流を流し、基準となる参照電極11には一切電流が流れないようにしている。尚、3電極方式による電位制御については、例えば、電気化学測定法(上)、技報動出版株式会社、第1版15刷、2004年6月発行の6〜9ページにその詳細が記載されている。
【0030】
そして、本発明のゲル型電気培養装置1では、作用電極9の電位を厳密に制御することで、図2及び図3に示すように、作用電極9からゲル培地2の培養面2aの作用電極9と対向している部分2cまでを電位制御領域Xとして電位制御可能としている。したがって、ゲル培地2の培養面2aの作用電極9と対向している部分2cに塗抹等された微生物の培養環境の電位を制御して、電気培養により増殖が促進され得る微生物のコロニーを発生させることができる。以降の説明では、ゲル培地2の培養面2aの作用電極9と対向している部分2cを電位制御表面2cと呼ぶこともある。尚、図2と図3では、ゲル培地2と作用電極9以外の構成については省略している。また、電位制御領域Xには電位制御表面2cも含まれている。
【0031】
以下、本発明のゲル型電気培養装置1の構成についてさらに詳細に説明する。
【0032】
<作用電極、対電極及び参照電極の配置>
図1に示すゲル型電気培養装置1では、作用電極9と対電極10と参照電極11は、ゲル培地2の対向面2bに接触して配置されている。各電極のゲル培地2への固定方法としては、例えばゲル培地2を固める際に各電極をその表面に接触させておいて、ゲル培地2が固まる際に各電極をゲル培地2の表面に固定する方法が挙げられるがこの方法に限定されるものではない。例えば接着剤等により各電極をゲル培地2の表面に貼り付けるようにしてもよい。
【0033】
また、作用電極9と対電極10と参照電極11の配置位置は、ゲル培地2の対向面2bには限定されない。即ち、作用電極9は、ゲル培地2の対向面2bではなく、ゲル培地2の内部に配置(内包)するようにしてもよい。この場合には、作用電極9をゲル培地2の内部に固定することができる。また、対電極10と参照電極11についても、電位制御領域Xの電位制御性が完全に失われることのない位置、例えば電位制御表面2cを完全に覆ったり、作用電極9から電位制御表面2cまでの間を完全に遮って電位制御表面2cにおける電位制御を不可能とすることのない位置にゲル培地2の内部に配置(内包)するようにしてもよいし、ゲル培地2の表面に配置するようにしてもよい。
【0034】
尚、図1に示すゲル型電気培養装置1では、参照電極11が作用電極9と対電極10との間に配置されているが、参照電極11の配置位置はこれに限定されず、例えば、図4に示すように、作用電極9と対電極10の間に電圧を印加したときに電気力線7が生じ得る位置に配置すればよい。
【0035】
<支持体を備えた構成>
本発明のゲル型電気培養装置1においては、図5に示すように、ゲル培地2の対向面2bを支持する支持体6がさらに備えられていることが好ましい。この場合には、柔らかいゲル培地2を支持体6上に安定に保持して、ゲル型電気培養装置1を取り扱い易いものとすることができる。
【0036】
支持体6としては、例えば、各種材質の板状部材等を適宜用いることができるが、作用電極9、対電極10及び参照電極11のうちのいずれか2つあるいは3つ全てをゲル培地2の対向面2bに配置する場合には、非導電性の材質からなる板状部材を用いて各電極間の導通を防ぐことが好ましい。ここで、支持体6として、図5に示すように、シャーレ(ペトリ皿)を用いることが好ましい。この場合には、ゲル培地2の対向面2bだけでなく、側面も支持体6に支持されるので、柔らかいゲル培地2をより取り扱い易いものとすることができる。また、シャーレを重ねたり、立てたり、反転させたりしても培養することができるので、複数のシャーレを用いて同時に培養を行う場合にも、広いスペースを必要とすることなく実施することができる。
【0037】
また、支持体6によりゲル培地2の対向面2bが支持される場合には、支持体6のゲル培地2との接触面に作用電極9と対電極10と参照電極11を並べて接着することにより、作用電極9と対電極10と参照電極11をゲル培地2の対向面2bに接触させることが好ましい。この場合には、柔らかいゲル培地2を安定に保持する支持体6の上記効果に加えて、各電極を支持体6に安定に固定して、ゲル型電気培養装置1をさらに取り扱い易いものとすることができる。
【0038】
ここで、支持体6のゲル培地2との接触面への各電極の配置例としては、例えば、図6や図7に示すような配置が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0039】
<ゲル培地の構成>
本発明のゲル型電気培養装置1のゲル培地2としては、培養対象微生物に適したゲル培地2を適宜用いることができる。例えば、LB培地、NB培地等の各種寒天培地、ゲランガム、シリカゲル等のゲル培地を用いることができるが、これらに限定されるものではない。
【0040】
本発明のゲル型電気培養装置1において、ゲル培地2には酸化還元物質3を含ませるようにしている。酸化還元物質3をゲル培地に含ませることで、作用電極9の電位を制御したときに、電位制御領域Xにおける酸化還元物質3の酸化体と還元体の比が一定に制御され、電位制御領域Xの電位制御性が確保される。したがって、培養液の酸化還元電位を制御する電気培養方法(特開2008−54656号公報参照)により増殖し得る微生物を増殖させてこの微生物のコロニーを発生させることができる。
【0041】
酸化還元物質3としては、作用電極9の電位を制御することにより、電位制御領域Xにおいて酸化還元反応を生じ得る物質であって、培養対象微生物に対して毒性を呈することのない物質を適宜用いることができる。例えば、鉄イオン、フェロシアン化カリウム、アントラキノンジスルホン酸ナトリウムなどのキノン化合物、ビオロゲン、ビオロゲン誘導体(メチルビオロゲン、エチルビオロゲン、ベンジルビオロゲンなど)を用いることができるが、これらに限定されるものではない。尚、鉄イオンを用いる場合、ゲル培地2中で安定に存在させるためにはキレート剤に配位させて鉄イオン錯体とすることが好ましい。キレート剤としては、鉄イオン錯体を配位しうるものであれば任意のキレート剤を用いることができるが、例えば、ジエチレントリアミンペンタ酢酸(DTPA)、エチレンジアミンテトラ酢酸(EDTA)、テトラエチレントリアミン(TET)、エチレンジアミン(EDA)、ジエチレントリアミン(DETA)、クエン酸、シュウ酸、クラウンエーテル、ニトリロテトラ酢酸、エデト酸二ナトリウム、エデト酸ナトリウム、エデト酸三ナトリウム、ペニシラミン、ペンテテートカルシウム三ナトリウム、ペンテト酸、スクシメルおよびエデト酸トリエンチンを挙げることができ、エチレンジアミンテトラ酢酸(EDTA)を用いることが好適である。
【0042】
ここで、酸化還元物質3として、鉄イオン錯体を用いることが好ましい。鉄イオン錯体は、酸化還元反応に伴う電位制御領域XのpH変化が生じないので、培養対象微生物の培養の際にpH変化の影響を排除しながら培養を行うことができる。但し、酸化還元物質3は鉄イオン錯体に限定されるものではない。例えば、メチルビオロゲンやアントラキノンジスルホン酸ナトリウムなどのキノン化合物を用いると電位制御領域XのpH変化が生じるが、培養対象微生物によっては、培養環境のpH変化に影響されることなく培養可能な場合もある。また、pHを酸性側やアルカリ性側に敢えて偏らせて培養対象微生物に好ましい環境を形成したい場合もある。さらには、pHに対する微生物の生育への影響を観察したい場合もある。このような場合には、電位制御領域XのpH変化が生じ得る酸化還元物質3を用いる利点がある。尚、ビオロゲンやビオロゲン誘導体、アントラキノンジスルホン酸ナトリウムなどのキノン化合物を酸化還元物質3として使用する場合であっても、ゲル培地2中にリン酸緩衝液などのpH緩衝剤を共存させることで、ゲル培地2のpH変動を抑えることが可能である。
【0043】
尚、酸化還元物質3のゲル培地2中の含有量は、電位制御領域Xの電位制御性を確保できる量であれば特に限定されるものではないが、概ね0.1mM〜100mM、好適には 2mMである。
【0044】
ここで、上記とは別の目的で酸化還元物質3を添加するようにしてもよい。即ち、培養液に添加された酸化還元物質を還元する微生物を培養する際に、還元された酸化還元物質を作用電極の電位を制御して酸化して再生しながら培養を行う電気培養方法も知られている(特開2006−55134号公報)。この電気培養方法で増殖させ得る微生物についても、本発明のゲル型電気培養装置1で培養してコロニーを発生させ得る。この場合には、酸化還元物質3として、培養対象微生物により還元され得る物質、例えば六価クロム、銀、銅、水銀、ヨウ素、亜ヒ酸、マンガン、ニッケル、亜セレン酸、硝酸、鉄を用いることができる。特に硝酸を用いた場合には、硝酸呼吸能を有する微生物によって硝酸が亜硝酸に還元されるが、作用電極9の電位を制御してこれを硝酸に酸化して再生することで、微生物全般に対して毒性を呈する亜硝酸の影響を排除しながら培養を行うことができる。また、逆に、培養液に添加された酸化還元物質を酸化する微生物を培養する際に、酸化された酸化還元物質を作用電極の電位を制御して還元して再生しながら培養を行う電気培養方法で増殖させ得る微生物についても、本発明のゲル型電気培養装置1で培養してコロニーを発生させ得る
【0045】
また、本発明のゲル型電気培養装置1のゲル培地2には、参照電極11の構成元素に対応する陰イオン4が含まれている。陰イオン4は、ゲル培地2の全体に含まれていてもよいが、少なくとも参照電極11の周囲に含まれていれば、参照電極11を機能させて作用電極9の電位を厳密に制御することができる。
【0046】
参照電極11の構成元素に対応する陰イオン4としては、例えば、参照電極11をAg/AgClとしたときにはCl、Ag/AgBrとしたときにはBr、Ag/AgIとしたときにはI、Hg/HgClとしたときにはCl、Hg/HgOとしたときにはOH、Hg/HgSOとしたときにはSO2−等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0047】
尚、陰イオン4は、上記陰イオンを含む塩をゲル培地2に添加することで、ゲル培地2に含ませることができる。陰イオン4のゲル培地2中の含有量は、参照電極11を機能させ得る量であれば特に限定されるものではないが、概ね1mM〜1M、好適には10mMである。
【0048】
尚、参照電極11の構成元素に対応する陰イオン4が、ゲル培地2に元々含まれている場合には、陰イオン4を敢えて添加しなくともよい。例えば、LB培地にはNaClが含まれているので、Ag/AgCl電極やHg/HgCl電極を用いる場合には、陰イオンとしてClを別途添加せずとも、参照電極11を機能させることができる。
【0049】
<作用電極、対電極及び参照電極の材質>
本発明のゲル型電気培養装置1の対電極10としては、作用電極9における酸化還元反応に対して電子の授受を補完する反応を進行させることが可能な材質、つまり、作用電極9において酸化反応が生じる際に還元反応を進行させることが可能な材質、または作用電極9において還元反応が生じる際に酸化反応を進行させることが可能な材質とすればよい。具体的には、例えば、ステンレス鋼電極、白金電極、炭素電極等が挙げられるが、炭素電極が好適である。この場合には、電極自体のゲル培地2への溶出や電極からのガス発生によるゲル培地2への悪影響等を防いで、長期に亘り作用電極9の電位を制御し易い。
【0050】
本発明のゲル型電気培養装置1の作用電極9としては、対電極10と同様、ステンレス鋼電極、白金電極、炭素電極等が挙げられるが、炭素電極が好適である。
【0051】
ここで、作用電極9として、透明電極を用いることが好適である。例えば、図1に示すゲル型電気培養装置1の作用電極9として透明電極を使用すれば、ゲル培地2の電位制御表面2cにおけるコロニーの発生状況を、ゲル培地2の対向面2bから目視で観察することが可能になる。また、図5に示すゲル型電気培養装置1の作用電極9として透明電極を使用し、支持体6を透明材料からなるものとすれば、ゲル培地2の電位制御表面2cにおけるコロニーの発生状況を、支持体6の裏側(ゲル培地2の対向面と接触していない面)から目視で観察することが可能になる。特に支持体6としてシャーレを用いた場合、シャーレは一般的には透明であることから、作用電極6を透明電極とするだけで、シャーレを反転させた場合にも、ゲル培地2の電位制御表面2cにおけるコロニーの発生状況を目視で観察することができる。
【0052】
透明電極としては、公知あるいは新規の材質のものを適宜用いることができる。例えば、ガラス電極やITO(Indium Tin Oxide)電極等を用いることができるが、これらに限定されるものではない。
【0053】
参照電極としては、例えば、Ag/AgCl電極、Ag/AgBr電極、Ag/AgI電極、Hg/HgCl電極、Hg/HgO電極、Hg/HgSO電極等が挙げられ、銀表面がAgCl処理されたAg/AgCl電極が好適であるが、これに限定されるものではない。
【0054】
<本発明のゲル型電気培養装置の作製方法>
【0055】
以下に、図5に示すゲル型電気培養装置1の作製方法の一例を説明する。
【0056】
まず、作用電極9、対電極10、参照電極11にそれぞれリード線9a、10a、11aを、例えば銀ペースト等の導電性ペースト40を用いて取り付ける。ここで、ゲルに接触する導電性ペースト40及びリード線9a、10a、11aのむき出し部分が電極として作用するのを防ぐために、これらを絶縁性接着剤等の絶縁性素材、例えばエポキシ系接着剤で絶縁被覆することが好ましい。
【0057】
参照電極11としてAg/AgCl電極を用いる場合には、例えばAgリボンをAgCl処理してAg/AgCl電極を作製する。
【0058】
次に、リード線が取り付けられた各電極をシャーレ6の底面に並べて接着し、各電極をシャーレ6に固定する。
【0059】
次に、各電極が固定されたシャーレ6を滅菌処理する。滅菌処理法としては、例えばHプラズマ低温滅菌等の低温プラズマ滅菌処理やエチレンオキサイドガス等を用いたガス滅菌処理が挙げられるが、これらに限定されるものではない。尚、H22プラズマ低温滅菌あるいはエチレンオキサイドガス等のガス滅菌は、ガス透過性のある素材で各電極が固定されたシャーレ6を梱包してから実施することが好適である。
【0060】
次に、滅菌処理したシャーレ6に寒天等を無菌的に流し込んで固める。これにより、シャーレ6内にゲル培地2が形成される。
【0061】
以上の工程により、本発明のゲル型電気培養装置1のユニットが完成する。そして、このユニットのリード線9a、10a、11aを定電位設定装置12に結線することで、3電極方式による作用電極9の電位制御が可能となり、これにより、ゲル培地2に電位制御領域Xが形成される。
【0062】
尚、上記作製方法は、あくまでも一例であり、この方法には限定されない。例えば、リード線が取り付けられた各電極をシャーレ6の底面に接着することなく低温滅菌処理し、無菌的に寒天等を流し込んだ型に各電極を差し込んでゲル培地2に各電極を内包させるようにしてもよい。
【0063】
<微生物の単離方法>
【0064】
本発明のゲル型電気培養装置1を用いた微生物の単離方法について説明する。
【0065】
電気培養により増殖させ得る微生物を含む微生物群、またはこの微生物群を含む試料を、本発明のゲル型電気培養装置1のゲル培地2の電位制御表面2cに塗抹等して添加する。その後、作用電極9の電位を所望の電位に制御して電位制御表面2cを含む電位制御領域Xの電位を制御する。これにより、電気培養により増殖させ得る微生物が電位制御表面上で増殖しながらコロニーを形成する。このコロニーは同一種の微生物の塊であることから、これを採取することで、微生物を単離することができる。
【0066】
上述の形態は本発明の好適な形態の一例ではあるがこれに限定されるものではなく本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。
【0067】
例えば、上述の実施形態では、作用電極9を1つとしていたが、図9に示すように、作用電極9を複数設けて、多チャンネル式の定電位設定装置12により、複数の作用電極9の電位をそれぞれ異なる電位に制御するようにしてもよい。この場合には、図10に示すように複数の独立した電位制御表面2c、2c、2c、2c、2c、2cを含む電位制御領域X、X、X、X、X、Xが形成される。したがって、それぞれの電位制御領域の電位を異なる値に制御して、様々な電位によるコロニーの発生状態を目視で同時に確認することができ、非常に便利であると共に、微生物群や微生物群を含む試料から同時に複数のコロニーを得て、複数種の微生物を同時に単離することも可能となる。
【実施例】
【0068】
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明はこれら実施例に限られるものではない。
【0069】
(実施例1)
作用電極9の電位を制御することによるゲル培地2の電位の制御性について検討した。
【0070】
シャーレ(購入元:Iwaki、商品名:Code1020−100)6を2つ準備し、図6及び図7と同じように各電極を設置・固定して各電極に導電性ペースト20(購入元:藤倉化成(株)、商品名:ドータイトD−550)を用いてリード線9a、10a、11aを接続し、導電性ペースト20とリード線9a、10a、11aのむき出し部分が電極として作用しないように、エポキシ樹脂接着剤(ニチバン(株)、アラルダイド)で絶縁被覆した。各電極を固定したシャーレ6は、ステラッド滅菌ロール(W75mm×L150m)により梱包した後、プラズマ低温滅菌装置(STERRAD 50:ジョンソン・エンド・ジョンソン(株))によりプラズマ滅菌処理(滅菌条件:45℃、約480torrのHガス雰囲気(減圧)にて、4分間のプラズマ滅菌を2回実施)した。寒天溶液に陰イオン4としてNaClを10mM、酸化還元物質3としてメチルビオロゲンを5mM添加してオートクレーブ滅菌処理(滅菌条件:120℃、15分)した後、クリーンベンチ内でこれを各シャーレに分注して固化させた。そして、各電極に接続されたリード線を定電位設定装置12(ポテンシオスタット、購入元:(株)東方技研、商品名:Model PS−08)に接続した。
【0071】
作用電極9には、ガラス電極(購入元:村中医療器(株)、ITOコートスライドガラス、特注品)を用いた。対電極10にはステンレス鋼製のメッシュ状電極(購入元:(株)ニラコ、商品名:SUS316金網;(788150))を用いた。参照電極11にはAgリボン(購入元:(株)ニラコ、商品名:銀リボン(400325))をAgCl処理した銀・塩化銀電極(自作)を用いた。尚、AgCl処理は、3Mの塩化鉄(III)水溶液にAgリボンを10秒間浸漬することにより行った。
【0072】
作用電極9の電位を銀・塩化銀電極電位基準で−0.8Vに設定した。この電位は、メチルビオロゲンが、還元体となって青色を呈する電位である。
【0073】
通電開始前と通電開始後1時間の写真をそれぞれ図11及び図12に示す。尚、作用電極9が透明電極であることから、図11と図12では作用電極9が存在している領域を点線にて示してある。通電開始後1時間で、図11及び図12のいずれの作用電極9においても、作用電極9からゲル培地2の電位制御表面2cまでの領域において、メチルビオロゲンが還元体となって青色を呈していることが確認でき、作用電極9からゲル培地2の電位制御表面2cまでの領域を電位制御領域Xとして電位制御可能であることが明らかとなった。
【0074】
1時間通電した後、さらに作用電極9の電位を銀・塩化銀電極電位基準で−0.6Vに設定し、24時間維持した。実験中はシャーレ6に蓋をして密閉状態とした。その結果、ステンレス鋼が溶解・拡散し、参照電極11付近で析出した。この結果から、ステンレス鋼については、作用電極9の電位をマイナス側に大きくし過ぎると、対電極10側でそれを補完する酸化反応が強く生じてしまい、微生物の生育に悪影響を及ぼす場合があることが考えられた。
【0075】
上記と同様の実験を、対電極10の材質を替えて実験した。具体的には、対電極10を白金電極(購入元:(株)ニラコ、商品名:Pt金網、180mesh(PT−358080))または炭素電極(購入元:フジビジネス(株)、商品名:IG−11)として同様の実験を行った。
【0076】
その結果、対電極10を白金電極とした場合には、塩素ガスが発生して作用電極9付近で次亜塩素酸となり、黄色に変色することが確認された。この結果から、白金電極については、作用電極9の電位をマイナス側に大きくし過ぎると、対電極10側でそれを補完する酸化反応が強く生じてしまい、微生物の生育に悪影響を及ぼす場合があることが考えられた。その一方で、対電極10を炭素電極とした場合には、24時間経過後も電位制御が問題なく行われることが確認された。
【0077】
以上の結果から、対電極10としては、炭素電極を用いることが好適ではあるが、白金電極やステンレス鋼製の電極についても、作用電極9の電位をマイナス側に大きい値に制御しない限り、十分に使用可能であると考えられた。
【0078】
(実施例2)
酸化還元物質3について検討した。
【0079】
まず、実施例1で炭素電極を対電極10として用いた場合、通電開始前の電位制御領域のpHは7であったのに対し、通電開始24時間経過後にはpHが11付近まで上昇した(図13の◆)。これに対し、酸化還元物質3をFe(III)−EDTAとして同様の実験を行ったところ、通電開始前の電位制御領域のpHは7であったのに対し、通電開始24時間経過後にはpHが8付近までしか上昇しなかった(図13の■)。
【0080】
メチルビオロゲンなどのビオロゲン誘導体やアントラキノンジスルホン酸ナトリウムなどのキノン化合物は、酸化還元反応に伴ってプロトンが放出されたり消費されたりする。このような物質を酸化還元物質3とし、作用電極9の電位を制御すると、pHの変動が生じやすいものと考えられる。一方、Fe(III)−EDTAのように、酸化還元物質に伴ってプロトンが放出されたり消費されたりすることのない物質を酸化還元物質3とし、作用電極9の電位を制御すると、pHの変動が生じ難いものと考えられる。以上の結果から、微生物の生育に対するpH変動の影響を排除する上では、酸化還元反応に伴うプロトンの出入りの無い物質、例えば鉄イオン錯体を用いることが好適であることが明らかとなった。但し、微生物によっては、至適pHが酸性側やアルカリ性側に偏っている場合もあるので、このような場合には、酸化還元反応に伴いプロトンが出入りし得る物質を酸化還元物質3として用いればよいことも明らかとなった。さらには、電位制御領域の電位と共にpHを制御して微生物の生育に対する影響を観察したい場合もあるので、そのような場合にも、酸化還元反応に伴いプロトンが出入りし得る物質を酸化還元物質3として用いればよいことが明らかとなった。
【0081】
また、実施例1で炭素電極を対電極10として用いた場合について、寒天溶液に0.1Mのリン酸緩衝液(pH=7)を混合し、酸化還元物質3としてメチルビオロゲンまたはアントラキノンジスルホン酸ナトリウム(アントラキノン−2,6−ジスルホン酸ナトリウム)を2mM添加してゲルのpH変動について検討した結果、作用電極9の設定電位を銀・塩化銀電極電位基準で−0.8V〜+0.8V(−0.8V、−0.6V、−0.4V、+0.4V、+0.6V、+0.8V)として24時間通電しても、pHの変動が生じないことが確認できた。この結果から、ゲル内にリン酸緩衝液などのpH緩衝剤を共存させることで、ゲルのpHを変動させ得る酸化還元物質を、ゲルのpHを変動させることなく使用できることが明らかとなった。
【0082】
(実施例3)
大腸菌(E.coli)を培養対象微生物として、培養試験を行った。
【0083】
ゲル型電気培養装置1は、酸化還元物質3をFe(III)−EDTAとし、ゲル培地2をLB培地(1%Bacto Tripton、0.5%酵母エキス、1%NaCl)とした以外は実施例1と同様のものを用いた。対電極10は炭素電極とした。また、各電極の配置については図6と同様とした。尚、陰イオン4については、LB培地に含まれているNaClのClを利用した。また、寒天は、20g/Lとして0.1Mのリン酸緩衝液に含ませ、Fe(III)−EDTAの濃度を2mMとして、無菌状態でシャーレ6に流し込んで固め、ゲル培地2とした。
【0084】
大腸菌を約350個/cmの密度で植菌した後、37℃の嫌気条件(窒素)で、作用電極9の設定電位を銀・塩化銀電極電位基準で+0.8V、+0.6V、−0.6V、−0.8Vに設定しながら、3日間培養を行った。コロニー密度を計測した結果を図14に示す。尚、図14の各項目の左側が電位制御表面2cの周辺のコロニー密度であり、右側が電位制御表面2c上のコロニー密度である。図14に示される結果から、+0.8V、+0.6V、−0.6V、−0.8Vの順で、電位制御表面2c上のコロニー密度が減少する傾向が見られた。この結果から、作用電極9の電位を制御することにより、電位制御表面2c上でのコロニーの発生状態をコントロールできることが明らかとなった。
【0085】
次に、作用電極9の設定電位を銀・塩化銀電極電位基準で+0.6V、−0.6Vとして同様の条件で6日間培養した際のゲル型電気培養装置の写真を図15と図16に示す。図15が作用電極9の設定電位を+0.6Vで培養した際の写真であり、図16が作用電極9の設定電位を−0.6Vで培養した際の写真である。尚、作用電極9が透明電極であることから、図15と図16では作用電極9が存在している領域を点線にて示してある。図15と図16に示されるように、作用電極9の設定電位を+0.6Vとした場合の方が、−0.6Vとした場合よりも電位制御表面2c上のコロニー密度が増加する傾向が見られた。この結果からも、作用電極9の電位を制御することにより、電位制御表面2c上でのコロニーの発生状態をコントロールできることが示された。
【0086】
(実施例4)
偏性嫌気性菌であり、アセトン・ブタノール発酵(ABE発酵)を行うクロストリジウム属細菌(Clostridium saccharoperbutylacetonicum)を培養対象微生物として、培養試験を行った。
【0087】
ゲル型電気培養装置1は、酸化還元物質3をFe(III)−EDTAとし、ゲル培地2をTGA培地(1%Bacto Tripton、0.5%NaCl、0.2%グルコース)とした以外は実施例1と同様のものを用いた。作用電極9及び対電極10は炭素電極とした。また、各電極の配置については図6と同様とした。尚、陰イオン4についてはTGA培地に含まれているNaClのClを利用した。また、寒天は、20g/Lとして0.1Mのリン酸緩衝液に含ませ、Fe(III)−EDTAの濃度を2mMとして、無菌状態でシャーレ6に流し込んで固め、ゲル培地2とした。
【0088】
Clostridium saccharoperbutylacetonicumをシャーレ(直径9cm)当たり1×10cellsの密度で植菌(シャーレ1枚当たり1×10cells/mLを0.1mL植菌)した後、37℃の嫌気条件(窒素)で、作用電極9の設定電位を銀・塩化銀電極電位基準で+0.6V、−0.6Vに設定しながら、5日間培養を行った。
【0089】
上記の条件で培養した際のゲル型電気培養装置の写真を図17と図18に示す。図17が作用電極9の設定電位を+0.6Vで培養した際の写真であり、図18が作用電極9の設定電位を−0.6Vで培養した際の写真である。図中の点線は、作用電極9が存在している領域を示している。図17と図18に示されるように、作用電極9の設定電位を+0.6Vとした場合の方が、−0.6Vとした場合よりも電位制御表面2c上のコロニー密度が増加する傾向が見られた。また、同様の培養試験を2回行った結果、作用電極9の設定電位を−0.6Vで培養した際の電位制御表面2c上のコロニー数の平均値は5個であったのに対し、作用電極9の設定電位を+0.6Vで培養した際の電位制御表面2c上のコロニー数の平均値は21個となり、+0.6Vで培養した場合の方が、電位制御表面2c上のコロニー数が圧倒的に増加していた。以上、実施例4の結果からも、作用電極9の電位を制御することにより、電位制御表面2c上でのコロニーの発生状態をコントロールできることが示された。
【符号の説明】
【0090】
1 ゲル型電気培養装置
2 ゲル培地
2a ゲル培地の培養面
2b ゲル培地の培養面に対向する対向面
2c ゲル培地の培養面の作用電極と対向している部分
3 酸化還元物質
4 陰イオン
6 支持体
7 電気力線
9 作用電極
10 対電極
11 参照電極
12 定電位設定装置
X 電位制御領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物培養用のゲル培地と、
前記ゲル培地の内部または前記ゲル培地の表面のうちの培養面に対向する対向面に配置された作用電極と、
前記ゲル培地の内部または前記ゲル培地の表面に配置された対電極と、
前記ゲル培地の内部または前記ゲル培地の表面であって前記作用電極と前記対電極との間に電圧を印加したときに電気力線が形成され得る位置に配置された参照電極と、
前記作用電極と前記対電極と前記参照電極とを結線して前記作用電極の電位を3電極方式で制御する定電位設定装置と、
前記ゲル培地に含ませた酸化還元物質と、
前記ゲル培地の少なくとも前記参照電極の周囲に含ませた前記参照電極の構成元素に対応する陰イオンとを有し、
前記作用電極の電位を制御することにより、前記作用電極から前記ゲル培地の培養面の前記作用電極と対向している部分までを電位制御領域として電位制御可能としたことを特徴とするゲル型電気培養装置。
【請求項2】
前記ゲル培地の対向面を支持する支持体がさらに備えられている請求項1に記載のゲル型電気培養装置。
【請求項3】
前記支持体の前記ゲル培地の対向面との接触面に前記作用電極と前記対電極と前記参照電極が並べて接着されて、前記作用電極と前記対電極と前記参照電極が前記ゲル培地の対向面に配置されている請求項2に記載のゲル型電気培養装置。
【請求項4】
前記作用電極を透明電極とし、前記支持体を透明材料からなるものとしている請求項3に記載のゲル型電気培養装置。
【請求項5】
前記対電極が炭素電極である請求項1に記載のゲル型電気培養装置。
【請求項6】
前記酸化還元物質が鉄イオン錯体である請求項1に記載のゲル型電気培養装置。
【請求項7】
前記作用電極を複数配置すると共に前記定電位設定装置を多チャンネル式として前記複数の作用電極の電位を独立に制御可能とすることにより、独立した複数の前記電位制御領域を形成可能としている請求項1〜6のいずれか一つに記載のゲル型電気培養装置。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1つに記載のゲル型電気培養装置を用い、電気培養により増殖が可能な微生物を複数種含む微生物群または前記微生物群を含む試料をゲル培地の培養面の作用電極と対向している部分に塗抹し、前記作用電極の電位を制御しながら培養を行って前記微生物のコロニーを発生させることを特徴とする微生物の単離方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図9】
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【図10】
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【図13】
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【図8】
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【図11】
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【図12】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2011−188845(P2011−188845A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−192163(P2010−192163)
【出願日】平成22年8月30日(2010.8.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年3月5日 社団法人 日本農芸化学会発行の「大会講演要旨集2010年度(平成22年度)[東京]」に発表
【出願人】(000173809)財団法人電力中央研究所 (1,040)
【Fターム(参考)】