説明

コンニャクグルコマンナンを主成分とした培地支持体とその利用法

【課題】従来の寒天あるいはゲランガムを主成分とする培地支持体は、培養物の種類によって、成長、増殖、分化を阻害してしまうという問題があった。
【解決手段】これまで培地支持体としては利用されていなかったコンニャクグルコマンナンが培養物の成長等に阻害効果をもたらさないことを見いだし、コンニャクグルコマンナンを主成分とした培地支持体を開発した。この新規培地支持体を用いることにより、より広範囲の植物、微生物、植物組織を培養することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンニャクグルコマンナンを主成分とする培地支持体を用いた固形培地の作製方法と利用法に関する。
【背景技術】
【0002】
植物あるいは菌類を用いたバイオテクノロジーでは、まず対象となる細胞、組織を無菌的に培養する必要がある。培養により特定の微生物を単離して増殖させること、あるいは栽培が困難な植物を効率よく増殖させることが可能となり、有用物質を高効率で生産させることができる。
【0003】
このような培養では一般に培地と呼ばれる培養液を使用する。培地の成分は各種栄養素、増殖制御物質、無機塩類などである。培地は使用目的に応じて液体の状態または固化剤によって固化した状態で用いられ、後者は固形培地と呼ばれる。
【0004】
固形培地に用いられる固化剤は培地支持体と総称され、対象となる細胞・組織の種類、培地成分やpHに応じて数種類の多糖類が一般的に用いられている。培地支持体として最も頻繁に用いられているのは、紅藻類由来の寒天あるいはこれを精製したアガロース、又は微生物由来のゲランガムである。
【0005】
培地支持体の種類が培養物の増殖、分化、成長に対して顕著な影響を示すことは以前より知られていた。例えば植物の組織培養において、不定器官の分化を誘導する際には、寒天を培地支持体とすると誘導率が低く、ゲルランガムを用いると寒天の約2倍の不定器官が形成される(非特許文献1参照)。
【0006】
この傾向は植物種、組織・細胞の種類によって逆転する場合もあるため、あらかじめ培養する対象に適した培地支持体を検討する必要がある。また、数週間から数ヶ月程度の比較的長期間の培養を行う際には、寒天は非結合水を多く含むため、離水が多く保水力が弱いこと(非特許文献2参照)および培養物の成長と培地の乾燥によりひび割れが生じること、ゲランガムでは培地中の2価カチオンによって架橋されてゲル化するため、培地中の有効カチオン濃度の低下と培養物にカチオンが吸収されることによるゾル化が起こることが問題となっていた(非特許文献3参照)。
【非特許文献1】谷本靜史、原田宏(1991)「図解セミナー植物組織・細胞培養際入門4 培地の固化剤・培地のpH」秀潤社、植物細胞工学 3(3)P235−239
【非特許文献2】埋橋祐二(1997)「寒天ゲルの特性と食品への応用」(株)サイエンスフォーラム、ゲルテクノロジー pp332−337
【非特許文献3】下村講一郎(1997)「植物におけるゲルの利用」(株)サイエンスフォーラム、ゲルテクノロジー pp162−170
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
以上に述べた従来の寒天あるいはゲランガムを主成分とした培地支持体は、広範囲の培養物に適合しておらず、培養対象を限定してしまうものであった。
【0008】
本発明は、このような従来の培地支持体が有していた問題を解決しようとするものであり、広範囲の培養物に対してその成長・増殖・分化を阻害しない培地支持体を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は上記課題を解決するため鋭意研究を重ねた結果、里芋科の植物であるコンニャク、学名Amorphophallus rivieri var. konjac
由来の多糖類コンニャクグルコマンナンを培地支持体の主成分として用いることで、課題解決が可能であることを見出した。
【0010】
コンニャクグルコマンナンは酸性から中性の溶液中では、ゲル化せず粘性の高いゾルの状態で存在する。従って寒天やゲランガムとは異なり、単独で用いた場合には、通常用いられる酸性から中性の培地を固化させることはできない。
【0011】
このため、コンニャクグルコマンナンは培地支持体としては不適切であると考えられていた。しかしながら、発明者が検討を重ねた結果、寒天、アガロースまたはゲランガムとコンニャクグルコマンナンとを適切な比率で混合することにより、十分な強度を持つ固形培地を形成可能な培地支持体として用いることが可能となった。
【0012】
この新規培地支持体は、コンニャクグルコマンナンを配合することにより、寒天、アガロースまたはゲランガムの培地に対する相対的な添加量を減少させており、これらの多糖類を単独で用いた場合に見られる培養物の成長・分化・増殖の阻害作用がほとんど見られない。
【0013】
また、前述のように、コンニャクグルコマンナンは通常用いられる培地中では強固なゲルを形成しないため、培養物の成長に合わせて柔軟に変形して培養物を適度に保持することができることに加え、長期の培養により培地が乾燥しても、ひび割れは生じない。さらに、寒天以上に光を透過するため、培養物の根の成長など、培地中における培養物の成長・分化・増殖の状態を確認することができる。このように本発明の培地支持体は従来の培地支持体の持つ問題点を解決するものである。
【0014】
本発明の培地支持体は、従来の培地支持体と同様の方法により使用できる。すなわち、培地支持体単独あるいは栄養分などの培地成分と混合された液体、粉末、顆粒、シロップ状の培養用組成物の状態で提供し、これを適切な濃度になるように水などで希釈後、オートクレーブなどで加熱滅菌し、その後冷却して固化させることで固形培地を得ることができる。
【発明の効果】
【0015】
コンニャクグルコマンナンにより、培地支持体を得ることができる。またコンニャクグルコマンナンを利用した微生物・植物の増殖・成長・分化促進作用を有する微生物・植物培養用組成物を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明について詳細に説明する。本発明の培地支持体の原料として用いられるコンニャク芋とはおでん等に用いられるコンニャクの原料となる里芋科のAmorphophallus rivieri var. konjacである。コンニャク芋の品種として在来種 (赤茎、白ヅル、平玉、和玉、大玉種など)、支那種 、備中種 (青茎、黒ヅル、長玉、石玉など)があり、育成品種として、はるなくろ(こんにゃく農林1号) 、あかぎおおだま(こんにゃく農林2号) 、みょうぎゆたか(こんにゃく農林3号) 、みやままさり(こんにゃく農林4号)が知られているが、本発明にはいずれの品種のコンニャク芋も使用できる。また、上記の品種のうちの1種類または複数を組み合わせて使用する。使用できる部位は、球茎と生子である。また、栽培または天然のコンニャクを適宜組み合わせて用いることができる。
【0017】
コンニャク芋からコンニャクの原料となる精粉と副産物となる飛粉が生まれるが、本研究では、精粉をコンニャクグルコマンナンとして使用することができる。また、精粉をエタノールなどの有機溶媒あるいは弱酸、弱アルカリ溶液、界面活性剤などで洗浄して夾雑物を除去し、コンニャクグルコマンナンの純度を高めたものもコンニャクグルコマンナンとして使用することができる。
【0018】
本発明の培地支持体は、上記のコンニャクグルコマンナンを0.05から96%、好ましくは0.09から84%、より好ましくは50から84%含有する。コンニャクグルコマンナンの含有量が0.05%未満では培養物の増殖、成長、分化に対する促進作用が認められない。また、コンニャクグルコマンナン含有量を84%より多くすると、培地支持体のゲル化は認められない。コンニャクグルコマンナンとともに培地支持体を形成する成分としては、寒天、ゲランガムなど常温でゲル化する多糖類であればよく、好ましくは寒天あるいはアガロースが適している。
【0019】
次に、本発明の培地支持体を配合してなる微生物・植物培養用組成物および植物栽培用組成物について説明する。本発明の培地支持体を配合してなる製剤は、これをそのまま、あるいは慣用の培地用栄養成分、増殖調整剤、無機塩類とともに微生物・植物培養用組成物となし、微生物あるいは植物の培養に用いることができる。これらの組成物の剤形としては特に制限されるものではなく、必要に応じて適宜に選択すればよいが、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、細粒剤、散剤等の固形剤があげられる。この種の製剤には本発明の培地支持体の他に、界面活性剤、流動性促進剤等を適宜に使用することができる。上記の培地支持体を含有する微生物・植物培養用組成物は水溶性栄養成分を含む水溶液と培地支持体を含む固形剤に分割された状態、あるいは懸濁液としても供給してもよい。
【0020】
本発明の培地支持体は、培地中の終濃度が0.01〜3%になるように液体の培地あるいは水に懸濁した後、加熱により融解させ、その後冷却することでゲルを形成させて用いることができる。本発明の培地支持体は、微生物・植物の増殖・成長・分化の誘導をねらいとして利用するものであれば、それを使用する上で何ら制限を受けることなく適用される。
【0021】
次に、本発明を実施例、比較例にてさらに詳しく説明する。
【0022】
<実験例1>
固形培地の調製例:ムラシゲ・スクーグ培地用混合塩類(日本製薬株式会社製)1.96gを、ショ糖(和光純薬工業株式会社製)12g、ムラシゲ&スクーグビタミン溶液(シグマアルドリッチ株式会社製)0.4mLとともに水280mLに加えて攪拌し、溶解後水酸化ナトリウム(和光純薬工業株式会社製)水溶液を用いてpHを5.6に調整し、水を加えて体積を400mLに合わせてムラシゲ・スクーグ培地を調整した。
【0023】
これを100mLずつ4個のガラスビーカーに分注し、処理区A、B、C、Dとした。各処理区の培地をマグネチックスターラーを用いて攪拌しながら処理区Aには植物培養用寒天(和光純薬工業製)0.2gを、処理区Bには同0.5gを、処理区Cには植物培地用ゲランガム(和光純薬工業製)を0.1g、処理区Dには同0.2g添加し、加熱して完全に融解させた。さらにグルコマンナンとして、各処理区に和光純薬工業製グルコマンナンを1gずつ添加し、そのまま沸騰寸前まで加熱して融解させた。各処理区の培地を植物組織培養用試験管(旭テクノグラス株式会社製、直径20mm、長さ150mm)に10mLずつ分注し、同試験管用プラスチックキャップ(旭テクノグラス社製)をかぶせ、120℃、20分間オートクレーブ処理した。試験管ミキサーにより軽く攪拌した後、室温で冷却し、固化させた。
【0024】
<実験例2>
実験例1と同様にムラシゲ・スクーグ培地を調整し、2,4−ジクロロフェノキシ酢酸(和光純薬工業株式会社製)を0.5mg/Lの濃度になるように添加した。この液体培地100mLを200mL容のガラス製三角フラスコに分注し、植物培地用寒天(和光純薬工業株式会社製)0.5g、グルコマンナン(同社製)1gを添加してアルミフォイルで蓋をした後、120℃、20分間オートクレーブ処理した。軽く攪拌した後、プラスチック製滅菌シャーレ(ニプロ株式会社製、直径90mm、高さ15mm)に20mLずつ分注し、室温で固化させた。
【0025】
<実施例1>植物シュートの成長促進作用の検討
培養物の調整:コマツナ「味彩」(株式会社トーホク交配製)種子を水、エタノール、1%次亜塩素酸溶液で順次洗浄して滅菌し、0.8%の植物培地用寒天(和光純薬工業株式会社製)、0.5%ショ糖(同社製)からなる素寒天培地に播種し、25℃、連続光下で5日間培養した。滅菌したメスを用いて茎頂から1cmの長さの切片を切り出し、実験例1の固形培地に垂直に植え付け、25℃、連続光下で2週間培養した後、植物体の新鮮重量を測定した。結果を表1に示す。
【0026】
<比較例1>実験例1と同様の手順で200mLのムラシゲ・スクーグ培地を調整し、2個のガラスビーカーに分注した後、各々に1gの植物培地用寒天(和光純薬工業株式会社製)または植物培地用ゲランガム0.2gを添加し、融解させた後に植物組織培養用試験管(旭テクノグラス株式会社製、直径20mm、長さ150mm)に10mLずつ分注し、同試験管用プラスチックキャップ(旭テクノグラス社製)をかぶせ、120℃、20分間オートクレーブ処理した。試験管ミキサーにより軽く攪拌した後、室温で冷却し、固化させた。この固形培地に実施例1と同様にダイコンの切片を植え付け、25℃、連続光下で2週間培養した後、植物体の新鮮重量を測定した。結果を表1に示す。
【0027】
<実施例2>植物細胞の増殖促進作用の検討
植物切片の調整:ニンジン「時なし五寸人参紅彩」(株式会社トーホク交配製)種子を実施例1のダイコン種子と同様に滅菌、播種した。25℃、連続光下で1週間培養した後、茎頂から1cmを切り落とし、残った胚軸を1cmの長さに切って切片を調整した。
カルス誘導用培地の調整:実験例2と同様に調整したムラシゲ・スクーグ培地に0.5mg/mLの濃度になるように2,4−ジクロロフェノキシ酢酸を添加した。この培地100mLに植物培地用寒天(和光純薬工業株式会社製)0.8gを添加し、オートクレーブ後にプラスチック製滅菌シャーレに分注し、室温で固化させた。
カルス形成の誘導:上記の手順で調整した固形培地に、ニンジン切片を水平に植え付け、25℃、連続光下で4週間培養した。
【0028】
カルスの調整:0.5mg/mLの2,4−ジクロロフェノキシ酢酸を含むムラシゲ・スクーグ培地30mlを100mLのフラスコに分注し、アルミフォイルで蓋をした後にオートクレーブ処理し、室温まで冷却した。上記の手順で培養した切片上に形成された未分化の細胞(カルス)約100μLをとり、この培地に移し、70rpm、25℃、暗所で2週間培養した。
【0029】
グルコマンナン培地への植え付け:上記の手順で増殖させたニンジンカルス1mLを実験例2で調整した固形培地に植え付け、25℃、暗所で1ヶ月間培養した。カルスを回収し、新鮮重量を測定した。結果を表2に示す。
【0030】
<比較例2>
実験例2と同様の手順で調整した2,4−D含有ムラシゲ・スクーグ培地100mLに1gの植物培地用寒天を添加してオートクレーブし、プラスチック製滅菌シャーレに分注した。この培地に実施例2と同様の手順で調整したニンジンカルス1mLを植え付け、25℃、暗所で1ヶ月間培養した。カルスを回収し、新鮮重量を測定した。結果を表2に示す。
【0031】
【表1】

【0032】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンニャクグルコマンナンを主成分とすることを特徴とする培地支持体。
【請求項2】
コンニャクグルコマンナンの原料が里芋科のAmorphophallus rivieri var. konjacである請求項1記載の培地支持体。
【請求項3】
コンニャクグルコマンナンを0.05から96%重量含有することを特徴とする請求項1〜2記載の培地支持体
【請求項4】
植物の不定器官の誘導あるいは培養物の成長、分化を促進する作用を持つ請求項1〜請求項3記載の培地支持体。
【請求項5】
請求項1〜請求項4に記載の培地支持体を有効成分として配合してなる微生物・植物培養用組成物。

【公開番号】特開2006−271281(P2006−271281A)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−96721(P2005−96721)
【出願日】平成17年3月30日(2005.3.30)
【出願人】(591032703)群馬県 (144)
【Fターム(参考)】