サンプル分離吸着器具
【課題】サンプルを高精度に転写させることができるサンプル分離吸着器具を提供する。
【解決手段】本発明に係るサンプル分離吸着器具100は、分離媒体33に緩衝液を介して電流を流すことによって、分離媒体33中のサンプルを分離し、かつ、分離されたサンプルを分離媒体33からサンプル吸着用部材6へ吸着させるものである。サンプル分離吸着器具100は、第1電極41が配置される第1緩衝液槽1と、第2電極42が配置される第2緩衝液槽2と、サンプル吸着用部材6が配置されるサンプル吸着緩衝液槽3と、分離媒体33を格納するサンプル分離部31と、サンプル吸着用部材6を分離方向に垂直な方向に移動させる移動アーム52とを備える。第2緩衝液槽2の側部21には、第2開口36に対向する位置に貫通孔39が設けられており、サンプル吸着用部材6は、第2開口36と側部21との間に配置される。
【解決手段】本発明に係るサンプル分離吸着器具100は、分離媒体33に緩衝液を介して電流を流すことによって、分離媒体33中のサンプルを分離し、かつ、分離されたサンプルを分離媒体33からサンプル吸着用部材6へ吸着させるものである。サンプル分離吸着器具100は、第1電極41が配置される第1緩衝液槽1と、第2電極42が配置される第2緩衝液槽2と、サンプル吸着用部材6が配置されるサンプル吸着緩衝液槽3と、分離媒体33を格納するサンプル分離部31と、サンプル吸着用部材6を分離方向に垂直な方向に移動させる移動アーム52とを備える。第2緩衝液槽2の側部21には、第2開口36に対向する位置に貫通孔39が設けられており、サンプル吸着用部材6は、第2開口36と側部21との間に配置される。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は生物学的なサンプルを各成分に分離しかつ分離されたサンプルを順次吸着用部材へ吸着させるサンプル分離吸着器具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ヒトゲノムプロジェクトが終了した後、プロテオーム研究が盛んに行われている。「プロテオーム」とは、特定の細胞、器官、臓器の中で翻訳生産されているタンパク質全体が意図され、その研究としてはタンパク質のプロファイリングなどが挙げられる。
【0003】
タンパク質をプロファイリングする手法の1つとして最も用いられているものが、タンパク質の電気泳動、特に2次元電気泳動である。タンパク質は、電荷および分子量の独特の性質を有しているので、多数のタンパク質の混合物であるプロテオームから電荷のみまたは分子量のみに依存して個々のタンパク質を各成分に分離するよりも、両者を組み合わせることにより、より多くのタンパク質を高分解能にて分離することができる。
【0004】
電気泳動によってタンパク質は電荷および/または分子量によって分離されるが、このような物理的性質のみで分離したタンパク質について、その分離位置から生物学的性質を特定することは困難である。また、タンパク質は合成された後にリン酸化などの化学的修飾(翻訳後修飾)を受けることによりその機能が制御されることが知られている。電気泳動のみではこのような翻訳後修飾に関する情報を得ることは困難である。
【0005】
ウェスタンブロッティング法は電気泳動によって分離されたスラブゲル中のタンパク質を膜に転写する方法である(例えば、特許文献1などを参照のこと)。ウェスタンブロッティング法によりタンパク質が転写された膜上に特定の抗体をオーバーレイすれば、抗原抗体反応に基づいてタンパク質をある程度特定することが可能となる。また、翻訳後修飾の1つであるリン酸化について、タンパク質が転写された膜に抗リン酸化タンパク質抗体をオーバーレイすることにより、リン酸化の有無、およびリン酸化部位の相違を検出することが可能となる。
【0006】
このように、電気泳動法とウェスタンブロッティング法との組み合わせは、タンパク質の生化学的性質を特定する上で非常に有用な方法である(例えば、非特許文献1を参照のこと)。
【0007】
従来、電気泳動とウェスタンブロッティング法はそれぞれ独立した装置を用いて研究者の手作業によって行われている。例えば、電気泳動装置にて等電点電気泳動およびSDS−PAGEを行った後、ゲルを装置から取り出して転写装置に移し、転写膜をセットして転写(ブロッティング)を行い、転写膜に抗体またはプローブを手動でオーバーレイするのが一般的である。この操作に用いるゲルは非常に柔らかい材料で扱いにくいため、操作が煩雑になり、その作業には熟練を要する。
【0008】
そこで、これらの作業を自動化した技術が開発されている。例えば、特許文献2には、電気泳動からブロッティングまでの一連の操作を自動化するサンプル分離吸着器具が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平7−63763号公報(1995年3月10日公開)
【特許文献2】特開2007−292616号公報(2007年11月8日公開)
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】タンパク質実験ノート(下):分離同定から機能解析へ(羊土社、2005年、第38〜47項)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
一般的に、電気泳動を長時間連続して行うことにより、電極反応が緩衝液のpHを変化させ、緩衝溶液のpHが陰極側で塩基性に、陽極側で酸性に変化する。特に、チップサイズを小型にするため緩衝液量を少なくした場合には、pH変化が顕著に発生するという問題がある。
【0012】
電気泳動媒体の端面から転写膜へ分離分子を転写するブロッティング方式においては、高分子量サンプルを端面にまで電気泳動させるための時間を要するため、上述の目的で緩衝液量を少なくした場合には、pH変化が電気泳動と転写に影響をあたえるという問題がある。
【0013】
仮に、陽極側の緩衝液がpH4以下の酸性にまで変化すると、陽極側の緩衝液に面するゲルが変性を起こすため、良好なブロッティングが困難になってしまう。また、緩衝液中に著しいpH勾配が存在すると、電気浸透流が誘引されて、サンプルの転写パターンに悪影響を与えてしまう。
【0014】
サンプルの電気泳動分離及びブロッティングのさらなる高精度化のためには、緩衝液のpH変化等を考慮し、その影響を排除した高性能なサンプル分離吸着器具の実現が期待される。
【0015】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、サンプルを高精度に転写させることができるサンプル分離吸着器具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本研究に係るサンプル分離吸着器具は、上記の課題を解決するために、分離媒体に緩衝液を介して電流を流すことによって、上記分離媒体中のサンプルを分離し、かつ、分離されたサンプルを上記分離媒体からサンプル吸着用部材へ吸着させるサンプル分離吸着器具であって、第1電極が配置される第1緩衝液槽と、第2電極が配置される第2緩衝液槽と、上記第1緩衝液槽と上記第2緩衝液槽との間に配置される第3緩衝液槽と、上記第1緩衝液槽内に開口する第1開口および上記第3緩衝液槽内に開口する第2開口を有し、かつ、上記分離媒体を格納するサンプル分離部と、上記サンプル吸着用部材をサンプルの分離方向に垂直な方向に移動させる移動手段とを備え、上記第2緩衝液槽内と上記第3緩衝液槽内とを隔てる隔壁において上記第2開口に対向する部位には、上記第2緩衝液槽と上記第3緩衝液槽とを連通する、通電のための貫通孔が設けられており、上記サンプル吸着用部材は、上記第3緩衝液槽内における上記第2開口と上記貫通孔との間に配置されることを特徴としている。
【0017】
上記構成では、第1電極と第2電極とに電圧を印加すると、第2緩衝液槽内と第3緩衝液槽内とを隔てる隔壁に設けられた貫通孔ならびにサンプル分離部の第1開口および第2開口を介して、第1および第2緩衝液槽内の緩衝液と分離媒体とが電気的に接続される。このとき、分離媒体中のサンプルは第1開口から第2開口に向けて移動し、各成分の移動度に応じて分離される。
【0018】
分離されたサンプルは、サンプル分離部の第2開口から、当該第2開口に対向して設けられた上記貫通孔に向かって排出される。ここで、第2開口と上記貫通孔との間にはサンプル吸着用部材が配置されるため、第2開口を介して排出されたサンプルはサンプル吸着用部材に吸着(転写)される。すなわち、サンプル吸着は、サンプル吸着用部材の配置されたサンプル吸着緩衝液槽内で行なわれる。
【0019】
サンプル吸着時、サンプル吸着用部材は、移動手段によって、サンプルの分離方向に対して垂直な方向に移動する。このため、第2開口から排出されたサンプルは順次、サンプル吸着用部材に連続的に吸着される。
【0020】
上記構成によれば、本発明に係るサンプル分離吸着器具は、電極の配置された第1および第2緩衝液槽を利用して電気泳動を行い、電極が存在しないサンプル吸着緩衝液槽を利用してサンプル吸着を行う。このため、長時間の電圧印加によって第1緩衝液および第2緩衝液のpHが酸性または塩基性に変化したとしても、サンプル吸着用緩衝液槽内の第3緩衝液ではpH変化の影響が抑制される。
【0021】
したがって、本発明に係るサンプル分離吸着器具では、ゲルの変性を防止すことができ、また、サンプルの吸着に最適なpH環境下でサンプル吸着を行うことが可能となる。よって、サンプル吸着用部材に対するサンプル吸着を高精度に行うことができる。
【0022】
また、本研究に係るサンプル分離吸着器具において、
上記隔壁の上記部位には、上記貫通孔の開口上に、上記サンプル吸着用部材を上記第2開口に向けて押し当てる押当部が設けられていることが好ましい。
【0023】
上記構成によれば、押当部による押し当て力によって、サンプル吸着用部材が第2開口に密着する。これによって、第2開口から排出されたサンプルが第3緩衝液に拡散することを抑え、当該サンプルをサンプル吸着用部材に効率的に吸着することができる。
【0024】
また、上記構成によれば、貫通孔の開口上に設けられた押当部がサンプル吸着用部材を押し当てているため、貫通孔を介する緩衝液の流通が効果的に抑制される。すなわち、電極反応の影響を受けた第2緩衝液槽内の緩衝液が第3緩衝液内に流入することを抑制することができる。これによって、サンプル吸着用部材に対するサンプル吸着をより高精度に行うことができる。
【0025】
また、本研究に係るサンプル分離吸着器具において、
上記押当部は、貫通孔を有する弾力性素材、または、吸水時に膨張する素材から構成されることが好ましい。
【0026】
上記構成によれば、上記貫通孔を介する電気的接続を確保した押当部を好適に構成することができる。
【0027】
また、本研究に係るサンプル分離吸着器具において、
上記第2緩衝液槽は、脱着可能な槽として構成されており、上記貫通孔は上記第2緩衝液槽の側部に設けられていることが好ましい。
【0028】
上記構成によれば、本発明に係るサンプル分離吸着器具を簡易に構成することができる。
【0029】
また、本研究に係るサンプル分離吸着器具において、上記貫通孔には導電性媒体が充填されていてもよい。
【0030】
上記構成によれば、押当部を利用せずとも、導電性媒体自身の存在によって、貫通孔を介する緩衝液の流通を抑制することができる。また、押当部を用いずともサンプル分離部の第2開口とサンプル吸着用部材を密着させることが可能になる。
【発明の効果】
【0031】
本発明に係るサンプル分離吸着器具は、電極の配置された第1および第2緩衝液槽と、サンプル吸着用部材の配置されたサンプル吸着緩衝液槽とを備えるため、サンプル吸着を好適なpH条件下で行うことができ、サンプル吸着用部材に対するサンプル吸着を高精度に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の一実施形態に係るサンプル分離吸着器具の要部構成を示す断面図である。
【図2】(a)はサンプル分離部を概略的に示す断面図であり、(b)はその断面図である。
【図3】(a)は第2緩衝液槽を概略的に示す断面図であり、(b)はその断面図である。
【図4】(a)は第2緩衝液槽を概略的に示す断面図であり、(b)はその断面図である。
【図5】サンプル分離部と第2緩衝液槽との配置関係を示す断面図である。
【図6】本発明の一実施形態に係るサンプル分離吸着器具の要部構成を示す斜視図である。
【図7】本発明の一実施形態に係るサンプル分離吸着器具の要部構成を示す斜視図である。
【図8】本発明の一実施形態に係るサンプル分離吸着器具の要部構成を示す断面図である。
【図9】実施例1および2におけるサンプル分離部を示す断面図である。
【図10】実施例1および2におけるスペーサを示す断面図である。
【図11】実施例1に係るサンプル分離吸着器具を用いてサンプル吸着を行った結果を示す図である。
【図12】実施例2に係るサンプル分離吸着器具を用いてサンプル吸着を行った結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
本発明の一実施形態について、図面に基づいて説明すれば以下のとおりである。
【0034】
(サンプル分離吸着器具100の構成)
まず、本実施形態に係るサンプル分離吸着器具100の概略的な構成について、図1を参照して説明する。図1は、サンプル分離吸着器具100の構成を概略的に示す側面図である。
【0035】
なお、以下の説明では、サンプル分離吸着器具100において、図1に示す上下方向をZ軸方向とし、第1電極41および第2電極42に定義されるサンプルのSDS−PAGE方向(分離方向)をY軸方向とし、Y軸およびZ軸のいずれにも垂直な方向をX軸方向としている。
【0036】
図1に示すように、サンプル分離吸着器具100は、第1緩衝液槽1、第2緩衝液槽2、サンプル吸着緩衝液槽(第3緩衝液槽)3、分離媒体33を格納するサンプル分離部31、第1電極41、および第2電極42を備えている。また、サンプル分離吸着器具100は、吸着用部材(サンプル吸着用部材)6を移動させる移動機構(移動手段)を備えている。
【0037】
以下に、各部材について詳細に説明する。
【0038】
第1緩衝液槽1および第2緩衝液槽2は、第1緩衝液および第2緩衝液がそれぞれ充填される槽であり、その内側には第1電極41および第2電極42がそれぞれ配置される。第1緩衝液および第2緩衝液としては、特に限定されず、一般に電気泳動に用いられる組成の緩衝液から、用途または目的に応じて、適宜選択することができる。また、本実施形態において、第1電極41は電源(図示せず)の負極に接続され、第2電極42は正極に接続されている。
【0039】
また、第2緩衝液槽2は、収容容器10に対して脱着可能な槽として構成されることが好ましい。このような第2緩衝液槽2を収容容器10に取り付けることによって、第2緩衝液槽2と収容容器10とサンプル分離部31の間のスペースが、サンプル吸着緩衝液槽3として実現される。取り付けた第2緩衝液槽2のZ方向への動きを固定するために、収容容器10に設けられた上昇防止爪80が第2緩衝液槽2を抑えてもよい。また、後述にて詳細に説明するが、第2緩衝液槽2の側部21には、通電のための孔39が形成され、押当部38および親水性膜37が設けられる。
【0040】
サンプル吸着緩衝液槽3は、サンプル吸着用緩衝液が充填される槽である。サンプル吸着用緩衝液としては、サンプルが吸着されやすいpH条件に調整された緩衝液を用いることが好ましい。
【0041】
なお、図1において、第1緩衝液槽1およびサンプル吸着緩衝液槽3は、収容容器10に形成された隔壁やサンプル分離部31等を利用して実現されているが、本発明はこれに限られず、電気泳動を可能にする槽であればよい。
【0042】
サンプル分離部31は、第1緩衝液槽1とサンプル吸着緩衝液槽3との間に配置される。このとき、サンプル分離部31は、例えば図1に示すサンプル分離部置場8に載置されてもよい。載置されたサンプル分離部31は、Y方向への動きを固定するために、サンプル吸着緩衝液槽3と係合してもよく、Z方向への動きを固定するために、収容容器10に設けられた上昇防止爪80により抑えられもよい。
【0043】
また、サンプル分離部31は、Y軸方向の両端にそれぞれ開口を有している。具体的には、サンプル分離部31は、第1緩衝液槽1内に開口する第1開口35と、サンプル吸着緩衝液槽3内に開口する第2開口36とを有している。第1開口35および第2開口36の形状は、例えば、それぞれ長方形であってもよい。
【0044】
また、サンプル分離部31は、図4に示すように、その内部に分離媒体33を格納するように構成されている。サンプル分離部31に格納された分離媒体33は、第1開口35を介して第1緩衝液槽1内に面し、第2開口36を介して第2緩衝液槽2内に面する。
【0045】
図4(a)はサンプル分離部31を示す斜視図であり、図4(b)はその断面図である。図4(b)に示すように、サンプル分離部31は、2枚の絶縁板34と、それらの間に空間を確保するため設置されるスペーサ(図示しない)とから構成することができる。また、第1開口35側では、サンプルを分離媒体33に接触させるために、分離媒体33の上部が絶縁板34から露出していることが望ましい。なお、第2開口36には分離媒体33を保持するために親水性膜32が貼り付けられることが好ましい(図5参照)。
【0046】
分離媒体33は、電気泳動によってサンプルを分離するための媒体であり、一般に電気泳動法に用いられる媒体、例えば、ポリアクリルアミドゲルまたはアガロースゲル等を用いることができる。
【0047】
なお、本明細書中で使用される「サンプル」とは、「生物学的サンプル」またはその等価物が意図される。「生物学的サンプル」は供給源としての生物材料(たとえば、個体、体液、細胞株、組織培養物もしくは組織切片)から得られる、任意の調製物が意図される。生物学的サンプルとしては体液(たとえば血液、唾液、歯垢、血清、血漿、尿、滑液および髄液)および組織供給源が挙げられる。好ましい生物学的サンプルは被験体サンプルである。好ましい被験体サンプルは被験体から得た皮膚病変部、喀痰、咽頭粘液、鼻腔粘液、膿または分泌物である。本明細書で使用される場合、用語「組織サンプル」は組織供給源より得られた生物学的サンプルが意図される。哺乳動物から組織生検および体液を得るための方法は当該分野で周知である。本明細書中で使用される場合、用語「サンプル」としては、上記生物学的サンプルおよび上記組織サンプル以外に、上記生物学的サンプルおよび上記組織サンプルより抽出したたんぱく質サンプル、ゲノムDNAサンプルおよび・または総RNAサンプルも挙げられる。また、「サンプル成分」は「サンプル」を構成する種々の因子(成分)が意図される。
【0048】
吸着用部材6は、サンプルを吸着するための部材であり、図1に示すようにサンプル吸着緩衝液槽3内において第2開口36と孔39との間に配置される。また、吸着用部材6は、移動アーム61に固定され、後述する移動機構によってZ方向に移動する。
【0049】
吸着用部材6は、強度を確保できる材料からなることが好ましく、例えば、サンプルがタンパク質の場合にはPVDF(Polyvinylidene difluoride)膜等を用いることができる。なお、PVDF膜は予めメタノールなどを用いて親水化処理を行っておくことが好ましい。また、他にもナイロン、ニトロセルロースなどの、従来用いられている核酸またはタンパク質が結合しやすい膜を用いることができる。
【0050】
第1電極41は、第1緩衝液槽1内において第1開口35に対向して配置され、一方、第2電極42は、第2緩衝液槽2内において孔39に対向して配置される。
【0051】
また、第1電極41および第2電極42は、導電性のある素材から形成されればよいが、電極のイオン化を防ぐため、素材には白金を用いることが好ましい。また、第2電極42の形状は、第2開口36と同一または第2開口36よりも小さいことが好ましく、例えば線状であり得る。
【0052】
(サンプル分離吸着器具100の動作)
次に、サンプル分離吸着器具100におけるサンプル吸着までの流れについて、図1を参照して説明する。
【0053】
まず、収納容器10のサンプル分離部置場8にサンプル分離部31を設置し、第1緩衝液槽1に第1緩衝液を、サンプル吸着緩衝液槽3に第3緩衝液を充填する。移動アームに固定されたサンプル吸着用部材6を第3緩衝液中に浸けた状態で第2緩衝液槽を収納容器10に設置後、第2緩衝液を充填する。その後第1電極41および第2電極42を配置する。
【0054】
次にサンプルを分離媒体33に導入する。例えば、2次元電気泳動を行う場合には、予め1次元目の等電点電気泳動を行ったサンプル媒体50を用いる。サンプル導入の際には、アクリル等で作製した支持体51にサンプル媒体50を固定する。支持体51は移動アーム52によって移動し、サンプル媒体50をサンプル分離部31内の分離媒体33における第1開口35側の上部に載置する。また、等電点電気泳動等、1次元目の電気泳動を行わない場合には、分離媒体33に形成されたウェルにサンプルを導入すればよい。
【0055】
サンプル導入後、第1電極41と第2電極42との間に電圧を印加する。第1電極41と第2電極42とは、緩衝液および電極間に配置される各部材を介して電気的に接続される。これによって、分離媒体33内のサンプルがY方向に電気泳動し、各サンプル成分の間に生じる移動度の差に基づいて分離され、第2開口36から排出される。
【0056】
また、電気泳動の開始後、移動アーム61が吸着用部材6の引き上げを開始する。このため、第2開口から排出されたサンプルは、吸着用部材6に対して連続的に吸着される。
【0057】
吸着用部材6へのサンプル吸着は、電極が存在しないサンプル吸着緩衝液槽3内で行われるため、電極反応の影響を受けずに良好に行うことができる。
【0058】
サンプル吸着の終了後、吸着用部材6は回収され、染色や免疫反応等が行なわれる。その後、蛍光検出器などによって、サンプルの分離転写パターンが検出される。
【0059】
(第2緩衝液槽)
次に、第2緩衝液槽2の構成について詳細に説明する。
【0060】
図3(a)は第2緩衝液槽2を示す斜視図であり、図3(b)はその断面図である。図4(a)は押当部38および親水性膜37が設けられた第2緩衝液槽2を示す斜視図であり、図4(b)はその断面図である。
【0061】
図3(a)(b)に示すように、第2緩衝液槽2の側部(隔壁の一部)21には、槽の内外をY方向に通電させるための孔(貫通孔)39が形成されている。孔39の開口の形状は、例えば長方形に形成することができる。
【0062】
第2緩衝液槽2内に第2緩衝液が充填された際、孔39の内部は第2緩衝液により満たされる。孔39に緩衝液が満たされると、第1電極41と第2電極42との間に電圧を安定的に印加することが可能である。
【0063】
また、図4(a)(b)に示すように、第2緩衝液槽2の側部21には、孔39の開口上に、押当部38が設置されることが好ましい。また、押当部38上には親水性膜37が貼り合わせられることがさらに好ましい。押当部38としては、第1電極41と第2電極42との電気的接続を妨げず、かつ、吸着用部材6を第2開口36に押し当てることが可能な構成であることが好ましい。
【0064】
例えば、押当部38は、吸水時に膨張する素材や、貫通孔を有する弾力性素材等から構成することができる。押当部38として、具体的には、厚さや圧縮度合いの異なるろ紙や、ポリビニルアルコール、ビニロン、ポリ酢酸ビニル、およびポリウレタンなどが挙げられる。
【0065】
また、親水性膜37としては、例えば親水性PVDF膜などを用いることができる。
【0066】
図5は、第2緩衝液槽2とサンプル分離部31との好ましい配置関係を示す図である。
【0067】
図5に示すように、第2緩衝液槽2とサンプル分離部31とは吸着用部材6を挟むように配置される。このとき、第2緩衝液槽2の孔39は、サンプル分離部31の第2開口36と対向している。
【0068】
第2緩衝液槽2は、第2緩衝液槽2に設けられた押当部38が吸着用部材6を第2開口36に向けて押し当てるように構成される。例えば、押当部38がその素材の有する弾力性や膨張性を利用して吸着用部材6を押し当てるように、第2緩衝液槽2が収容容器10に固定されてもよい。この押し当ての力によって、吸着用部材6は、サンプル分離部31の第2開口36と密着し、また第2緩衝液槽2の側部21(より具体的には親水性膜37)に密着する。親水性膜37はこの密着性をさらに向上させる役割を果たし、加えて吸着用部材6がZ軸方向に移動する際の滑りを向上させる役割も果たす。
【0069】
ここで、第2開口36と吸着用部材6とが密着すると、第2開口36から排出されたサンプルが第3緩衝液に拡散することを抑えることができる。これによって、サンプルを吸着用部材6に効率的に吸着することができる。
【0070】
また、第2緩衝液槽2の側部21と吸着用部材6とが密着すると、穴39を介する緩衝液の流通が効果的に抑制される。すなわち、電極反応の影響を受けた第2緩衝液が、サンプル吸着緩衝液槽3内の緩衝液に流入することが抑制される。これによって、吸着用部材6に対するサンプル吸着をより高精度に行うことができる。
【0071】
なお、本発明では、緩衝液の代わりにゲルなどの導電媒体を孔39に満たすことも可能である。ただし、孔39にゲルなどの導電媒体を満たした場合、長時間の電圧印加による影響により電気的な接続が得られなくなった途端、電圧値が急上昇し吸着が停止してしまう。よって、長時間安定的に電圧を印加するためには、孔39に緩衝液を満たすことが好ましい。
【0072】
また、本発明は、第2緩衝液槽2の側部21に押当部38を設ける構成に限られない。例えば、押当部38の設けられる側部21は、第2緩衝液槽2の側壁であることに限られず、第2緩衝液槽2とサンプル吸着緩衝液槽3と隔てる隔壁であればよい。
【0073】
また、押当部38を設けずとも、第2緩衝液槽2とサンプル吸着緩衝液槽3との間の緩衝液の流通が、サンプル吸着用部材6と側部21が密着した状態で孔39を介するものに限られることによって本発明の効果を得ることができる。
【0074】
また、本実施形態に係るサンプル分離吸着器具100は、上述した各部材が予め取り付けた状態で提供されてもよく、あるいは、使用者が各部材を後から取り付ける構成で提供されてもよい。
【0075】
(吸着用部材6の移動機構)
次に、吸着用部材6を移動させる移動機構の一例について説明する。
【0076】
図6および図7は、サンプル分離吸着器具100の備える移動機構を示す斜視図である。また、図7では、図面を簡略化するために、移動アーム52および支持体51を省略して示している。
【0077】
駆動手段7を含むサンプル分離吸着器具100の全体は基盤9に固定されている。吸着用部材6は移動アーム61に固定されており、移動アーム61は駆動手段7によって駆動される。具体的には、移動アーム61は第1駆動手段71に連結されており、第1駆動手段71は基盤9の上に固定された第2駆動手段72に連結されている。これら第1駆動手段71および第2駆動手段72によって移動アーム61はY方向およびZ方向へ駆動される。これによって、吸着用部材6の移動を制御することができる。
【0078】
図8は、駆動手段7と電極(第1電極41および第2電極42)との間の制御を説明するためにサンプル分離吸着器具100を示す断面図である。
【0079】
図8に示すように、第1電極41および第2電極42は、配線112を介して、電源111の負極および正極にそれぞれ接続されている。また、電源111と第2電極42との間には電流計113が配置される。第1電極41と第2電極42との間に一定電流が流れるように、データ処理装置114によって電源111が制御される。
【0080】
また、図8に示すように、駆動手段7(第1駆動手段および第2駆動手段)は駆動手段制御部70により制御される。吸着用部材6を引き上げる時間になると、駆動手段制御部70は駆動手段7が駆動を開始するように制御する。さらに、データ処理装置114は、電流計113の測定する電流値に基づいて、駆動手段制御部70を制御してもよい。
【0081】
なお、図示していないが、移動アーム52についても上述した移動機構と同様な手段を用いて駆動することができ、これによってサンプルの導入を制御することができる。
【実施例】
【0082】
以下、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0083】
(実施例1)
実施例1では、本実施形態に係るサンプル分離吸着器具100を用いて、2次元電気泳動の2次元目の電気泳動とサンプル吸着とを行った。
【0084】
〔1次元目電気泳動(サンプル媒体50)〕
サンプル媒体50として、イモビラインによる固定化pH勾配等電点電気泳動用ゲルを1mm×60mmに切断して用いた。サンプル導入とゲル膨潤を行い、6000Vで1時間の電気泳動を行った。
【0085】
なお、サンプルとしては、蛍光マーカーで染色したマウス肝臓サンプルを用いた。
【0086】
〔サンプル分離部31〕
2枚の絶縁板34として、60mm×30mm×2mm厚と60mm×28mm×2mm厚であり、2枚とも0.5mmの段差を両端に有する石英ガラスを用いた。2枚の石英ガラスの外側には親水性PVDF膜をカプトンテープにより貼り付けた。このとき、親水性PVDF膜とガラス面との間に隙間ができないように注意し、カプトンテープは第2開口36を阻害しないようにした。この石英ガラスの両端は中央部より0.5mm突起しており、この突起部から分離媒体の厚さを規定した。
【0087】
上記のように作製したサンプル分離部31にポリアクリルアミドゲルを充填したものを、サンプル分離部置場8に設置し、上昇防止爪80で固定した。
【0088】
〔第1緩衝液槽1〕
70mm×70mm×深さ15mm(サンプル分離部置場8においては深さ8mm)の第1緩衝液槽1を収容容器10に設け、第1緩衝液を充填した。第1緩衝液には市販のMOPS/SDSバッファーを用いた。第1緩衝液槽1に配置する第1電極41としては白金線を用いた。第1電極41は電源111の負極に接続した。
【0089】
〔第2緩衝液槽2〕
70mm×70mm×深さ15mmの第2緩衝液槽2を用い、その槽の側部21(Z方向1mm厚)の外側には、押当部38を設置した。押当部38表面には親水性膜37を取り付けた。第2緩衝液槽2を収容容器10に嵌め込んで設置し、上昇防止爪80により固定した。第2緩衝液を第2緩衝液槽2に充填した。第2緩衝液には市販のMOPSバッファーを用いた。第2緩衝液槽2に配置する第2電極42としては白金線を用いた。このとき、第2電極42は電源111の正極に接続した。
【0090】
〔サンプル吸着緩衝液槽3〕
第2緩衝液槽2を収容容器10に設置することによって、第2緩衝液槽2、収容容器10、およびサンプル分離部31の間に出来たスペースを、サンプル吸着緩衝液槽3として用いた。サンプル吸着緩衝液槽3には、観察対象サンプルが吸着されやすいpH条件を有する第3緩衝液を満たした。第3緩衝液には、第2緩衝液と同様、市販のMOPSバッファーを用いた。
【0091】
〔吸着用部材6〕
吸着用部材6として、疎水性PVDFをメタノールにより親水化したものを用いた。吸着用部材6の上端側を移動アーム61に固定し、下端側をサンプル吸着緩衝液槽3内の第3緩衝液に浸漬させた。
【0092】
〔サンプル媒体50の分離媒体33への導入〕
サンプル分離部31の第1開口35において分離媒体33が露出している部分に、一次元目の電気泳動サンプルを含んだサンプル媒体50を、移動アーム52により上部から下ろして密着させた。
【0093】
〔二次元目電気泳動〕
サンプル媒体50と分離媒体33が密着した状態で、電流計113の値が25mAとなるように、第1電極41と第2電極42との間に一定電流を25分間流した。
【0094】
〔サンプル吸着〕
電流計113の値が40mAとなるように、第1電極41と第2電極42との間に一定電流を60分間流した。この時、第1駆動手段71によって吸着用部材6を上方へ引き上げた。この引き上げ速度については、駆動手段制御部70によって32μm/secから2μm/secへと段階的に減速させた。
【0095】
〔結果〕
サンプル吸着後、吸着用部材6を回収し、サンプルの検出を行った。その検出結果を図11に示す。図11に示すように、実施例1によれば、サンプル分離とサンプル吸着とを同一器具にて連続的に行いつつも、分解能の高いサンプル吸着パターンを得ることができた。
【0096】
(実施例2)
実施例2では、本実施形態に係るサンプル分離吸着器具100を用いて、SDS−PAGEとサンプル吸着とを行った。実施例2では、第1実施例と同様であるところの説明を割愛し、以下には相違点のみを説明する。
【0097】
〔サンプル分離部31〕
サンプル分離部31は実施例1と同様に作製した。サンプル分離部31の内部には、分離媒体33としてポリアクリルアミドゲルを充填した。ポリアクリルアミドゲルが重合する前に第1開口35の上部にコームを差し込み、一次元電気泳動サンプル投入用のウェルを作製した。作製したウェルに分子量可視マーカーサンプルを10μL流し込み、その後、アガロースゲルによってウェルに蓋をした。第2開口36の外側には親水性膜37を巻き付けた。
【0098】
なお、サンプルとしては、可視タンパク質マーカーを用いた。
【0099】
〔SDS‐PAGE〕
電流計113の値が25mAとなるように、第1電極41と第2電極42との間に一定電流を25分間流した。
【0100】
〔サンプル吸着〕
電流計113の値が40mAとなるように、第1電極41と第2電極42との間に一定電流を60分間流した。この時、第1駆動手段71によって、吸着用部材6を上方へ引き上げた。この引き上げ速度については、駆動手段制御部70によって32μm/secから2μm/secへと段階的に減速させた。
【0101】
〔結果〕
サンプル吸着後、吸着用部材6を回収し、サンプルの検出を行った。その検出結果を図12に示す。図12に示すように、実施例2によれば、サンプル分離とサンプル吸着とを同一器具にて連続的に行いつつも、分解能の高いサンプル吸着パターンを得ることができた。
【産業上の利用可能性】
【0102】
本発明は、現在盛んにおこなわれているプロテオーム研究をより発展させることができる。また、本発明に係るサンプル分離吸着器具および当該器具に用いる種々の部材を別々に作製および販売することにより市場を活性化することができる。
【符号の説明】
【0103】
1 第1緩衝液槽
2 第2緩衝液槽
3 サンプル吸着緩衝液槽(第3緩衝液槽)
6 吸着用部材(サンプル吸着用部材)
7 駆動手段
21 側部
31 サンプル分離部
33 分離媒体
35 第1開口
36 第2開口
38 押当部
41 第1電極
42 第2電極
61 移動アーム
100 サンプル分離吸着器具
【技術分野】
【0001】
本発明は生物学的なサンプルを各成分に分離しかつ分離されたサンプルを順次吸着用部材へ吸着させるサンプル分離吸着器具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ヒトゲノムプロジェクトが終了した後、プロテオーム研究が盛んに行われている。「プロテオーム」とは、特定の細胞、器官、臓器の中で翻訳生産されているタンパク質全体が意図され、その研究としてはタンパク質のプロファイリングなどが挙げられる。
【0003】
タンパク質をプロファイリングする手法の1つとして最も用いられているものが、タンパク質の電気泳動、特に2次元電気泳動である。タンパク質は、電荷および分子量の独特の性質を有しているので、多数のタンパク質の混合物であるプロテオームから電荷のみまたは分子量のみに依存して個々のタンパク質を各成分に分離するよりも、両者を組み合わせることにより、より多くのタンパク質を高分解能にて分離することができる。
【0004】
電気泳動によってタンパク質は電荷および/または分子量によって分離されるが、このような物理的性質のみで分離したタンパク質について、その分離位置から生物学的性質を特定することは困難である。また、タンパク質は合成された後にリン酸化などの化学的修飾(翻訳後修飾)を受けることによりその機能が制御されることが知られている。電気泳動のみではこのような翻訳後修飾に関する情報を得ることは困難である。
【0005】
ウェスタンブロッティング法は電気泳動によって分離されたスラブゲル中のタンパク質を膜に転写する方法である(例えば、特許文献1などを参照のこと)。ウェスタンブロッティング法によりタンパク質が転写された膜上に特定の抗体をオーバーレイすれば、抗原抗体反応に基づいてタンパク質をある程度特定することが可能となる。また、翻訳後修飾の1つであるリン酸化について、タンパク質が転写された膜に抗リン酸化タンパク質抗体をオーバーレイすることにより、リン酸化の有無、およびリン酸化部位の相違を検出することが可能となる。
【0006】
このように、電気泳動法とウェスタンブロッティング法との組み合わせは、タンパク質の生化学的性質を特定する上で非常に有用な方法である(例えば、非特許文献1を参照のこと)。
【0007】
従来、電気泳動とウェスタンブロッティング法はそれぞれ独立した装置を用いて研究者の手作業によって行われている。例えば、電気泳動装置にて等電点電気泳動およびSDS−PAGEを行った後、ゲルを装置から取り出して転写装置に移し、転写膜をセットして転写(ブロッティング)を行い、転写膜に抗体またはプローブを手動でオーバーレイするのが一般的である。この操作に用いるゲルは非常に柔らかい材料で扱いにくいため、操作が煩雑になり、その作業には熟練を要する。
【0008】
そこで、これらの作業を自動化した技術が開発されている。例えば、特許文献2には、電気泳動からブロッティングまでの一連の操作を自動化するサンプル分離吸着器具が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平7−63763号公報(1995年3月10日公開)
【特許文献2】特開2007−292616号公報(2007年11月8日公開)
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】タンパク質実験ノート(下):分離同定から機能解析へ(羊土社、2005年、第38〜47項)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
一般的に、電気泳動を長時間連続して行うことにより、電極反応が緩衝液のpHを変化させ、緩衝溶液のpHが陰極側で塩基性に、陽極側で酸性に変化する。特に、チップサイズを小型にするため緩衝液量を少なくした場合には、pH変化が顕著に発生するという問題がある。
【0012】
電気泳動媒体の端面から転写膜へ分離分子を転写するブロッティング方式においては、高分子量サンプルを端面にまで電気泳動させるための時間を要するため、上述の目的で緩衝液量を少なくした場合には、pH変化が電気泳動と転写に影響をあたえるという問題がある。
【0013】
仮に、陽極側の緩衝液がpH4以下の酸性にまで変化すると、陽極側の緩衝液に面するゲルが変性を起こすため、良好なブロッティングが困難になってしまう。また、緩衝液中に著しいpH勾配が存在すると、電気浸透流が誘引されて、サンプルの転写パターンに悪影響を与えてしまう。
【0014】
サンプルの電気泳動分離及びブロッティングのさらなる高精度化のためには、緩衝液のpH変化等を考慮し、その影響を排除した高性能なサンプル分離吸着器具の実現が期待される。
【0015】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、サンプルを高精度に転写させることができるサンプル分離吸着器具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本研究に係るサンプル分離吸着器具は、上記の課題を解決するために、分離媒体に緩衝液を介して電流を流すことによって、上記分離媒体中のサンプルを分離し、かつ、分離されたサンプルを上記分離媒体からサンプル吸着用部材へ吸着させるサンプル分離吸着器具であって、第1電極が配置される第1緩衝液槽と、第2電極が配置される第2緩衝液槽と、上記第1緩衝液槽と上記第2緩衝液槽との間に配置される第3緩衝液槽と、上記第1緩衝液槽内に開口する第1開口および上記第3緩衝液槽内に開口する第2開口を有し、かつ、上記分離媒体を格納するサンプル分離部と、上記サンプル吸着用部材をサンプルの分離方向に垂直な方向に移動させる移動手段とを備え、上記第2緩衝液槽内と上記第3緩衝液槽内とを隔てる隔壁において上記第2開口に対向する部位には、上記第2緩衝液槽と上記第3緩衝液槽とを連通する、通電のための貫通孔が設けられており、上記サンプル吸着用部材は、上記第3緩衝液槽内における上記第2開口と上記貫通孔との間に配置されることを特徴としている。
【0017】
上記構成では、第1電極と第2電極とに電圧を印加すると、第2緩衝液槽内と第3緩衝液槽内とを隔てる隔壁に設けられた貫通孔ならびにサンプル分離部の第1開口および第2開口を介して、第1および第2緩衝液槽内の緩衝液と分離媒体とが電気的に接続される。このとき、分離媒体中のサンプルは第1開口から第2開口に向けて移動し、各成分の移動度に応じて分離される。
【0018】
分離されたサンプルは、サンプル分離部の第2開口から、当該第2開口に対向して設けられた上記貫通孔に向かって排出される。ここで、第2開口と上記貫通孔との間にはサンプル吸着用部材が配置されるため、第2開口を介して排出されたサンプルはサンプル吸着用部材に吸着(転写)される。すなわち、サンプル吸着は、サンプル吸着用部材の配置されたサンプル吸着緩衝液槽内で行なわれる。
【0019】
サンプル吸着時、サンプル吸着用部材は、移動手段によって、サンプルの分離方向に対して垂直な方向に移動する。このため、第2開口から排出されたサンプルは順次、サンプル吸着用部材に連続的に吸着される。
【0020】
上記構成によれば、本発明に係るサンプル分離吸着器具は、電極の配置された第1および第2緩衝液槽を利用して電気泳動を行い、電極が存在しないサンプル吸着緩衝液槽を利用してサンプル吸着を行う。このため、長時間の電圧印加によって第1緩衝液および第2緩衝液のpHが酸性または塩基性に変化したとしても、サンプル吸着用緩衝液槽内の第3緩衝液ではpH変化の影響が抑制される。
【0021】
したがって、本発明に係るサンプル分離吸着器具では、ゲルの変性を防止すことができ、また、サンプルの吸着に最適なpH環境下でサンプル吸着を行うことが可能となる。よって、サンプル吸着用部材に対するサンプル吸着を高精度に行うことができる。
【0022】
また、本研究に係るサンプル分離吸着器具において、
上記隔壁の上記部位には、上記貫通孔の開口上に、上記サンプル吸着用部材を上記第2開口に向けて押し当てる押当部が設けられていることが好ましい。
【0023】
上記構成によれば、押当部による押し当て力によって、サンプル吸着用部材が第2開口に密着する。これによって、第2開口から排出されたサンプルが第3緩衝液に拡散することを抑え、当該サンプルをサンプル吸着用部材に効率的に吸着することができる。
【0024】
また、上記構成によれば、貫通孔の開口上に設けられた押当部がサンプル吸着用部材を押し当てているため、貫通孔を介する緩衝液の流通が効果的に抑制される。すなわち、電極反応の影響を受けた第2緩衝液槽内の緩衝液が第3緩衝液内に流入することを抑制することができる。これによって、サンプル吸着用部材に対するサンプル吸着をより高精度に行うことができる。
【0025】
また、本研究に係るサンプル分離吸着器具において、
上記押当部は、貫通孔を有する弾力性素材、または、吸水時に膨張する素材から構成されることが好ましい。
【0026】
上記構成によれば、上記貫通孔を介する電気的接続を確保した押当部を好適に構成することができる。
【0027】
また、本研究に係るサンプル分離吸着器具において、
上記第2緩衝液槽は、脱着可能な槽として構成されており、上記貫通孔は上記第2緩衝液槽の側部に設けられていることが好ましい。
【0028】
上記構成によれば、本発明に係るサンプル分離吸着器具を簡易に構成することができる。
【0029】
また、本研究に係るサンプル分離吸着器具において、上記貫通孔には導電性媒体が充填されていてもよい。
【0030】
上記構成によれば、押当部を利用せずとも、導電性媒体自身の存在によって、貫通孔を介する緩衝液の流通を抑制することができる。また、押当部を用いずともサンプル分離部の第2開口とサンプル吸着用部材を密着させることが可能になる。
【発明の効果】
【0031】
本発明に係るサンプル分離吸着器具は、電極の配置された第1および第2緩衝液槽と、サンプル吸着用部材の配置されたサンプル吸着緩衝液槽とを備えるため、サンプル吸着を好適なpH条件下で行うことができ、サンプル吸着用部材に対するサンプル吸着を高精度に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の一実施形態に係るサンプル分離吸着器具の要部構成を示す断面図である。
【図2】(a)はサンプル分離部を概略的に示す断面図であり、(b)はその断面図である。
【図3】(a)は第2緩衝液槽を概略的に示す断面図であり、(b)はその断面図である。
【図4】(a)は第2緩衝液槽を概略的に示す断面図であり、(b)はその断面図である。
【図5】サンプル分離部と第2緩衝液槽との配置関係を示す断面図である。
【図6】本発明の一実施形態に係るサンプル分離吸着器具の要部構成を示す斜視図である。
【図7】本発明の一実施形態に係るサンプル分離吸着器具の要部構成を示す斜視図である。
【図8】本発明の一実施形態に係るサンプル分離吸着器具の要部構成を示す断面図である。
【図9】実施例1および2におけるサンプル分離部を示す断面図である。
【図10】実施例1および2におけるスペーサを示す断面図である。
【図11】実施例1に係るサンプル分離吸着器具を用いてサンプル吸着を行った結果を示す図である。
【図12】実施例2に係るサンプル分離吸着器具を用いてサンプル吸着を行った結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
本発明の一実施形態について、図面に基づいて説明すれば以下のとおりである。
【0034】
(サンプル分離吸着器具100の構成)
まず、本実施形態に係るサンプル分離吸着器具100の概略的な構成について、図1を参照して説明する。図1は、サンプル分離吸着器具100の構成を概略的に示す側面図である。
【0035】
なお、以下の説明では、サンプル分離吸着器具100において、図1に示す上下方向をZ軸方向とし、第1電極41および第2電極42に定義されるサンプルのSDS−PAGE方向(分離方向)をY軸方向とし、Y軸およびZ軸のいずれにも垂直な方向をX軸方向としている。
【0036】
図1に示すように、サンプル分離吸着器具100は、第1緩衝液槽1、第2緩衝液槽2、サンプル吸着緩衝液槽(第3緩衝液槽)3、分離媒体33を格納するサンプル分離部31、第1電極41、および第2電極42を備えている。また、サンプル分離吸着器具100は、吸着用部材(サンプル吸着用部材)6を移動させる移動機構(移動手段)を備えている。
【0037】
以下に、各部材について詳細に説明する。
【0038】
第1緩衝液槽1および第2緩衝液槽2は、第1緩衝液および第2緩衝液がそれぞれ充填される槽であり、その内側には第1電極41および第2電極42がそれぞれ配置される。第1緩衝液および第2緩衝液としては、特に限定されず、一般に電気泳動に用いられる組成の緩衝液から、用途または目的に応じて、適宜選択することができる。また、本実施形態において、第1電極41は電源(図示せず)の負極に接続され、第2電極42は正極に接続されている。
【0039】
また、第2緩衝液槽2は、収容容器10に対して脱着可能な槽として構成されることが好ましい。このような第2緩衝液槽2を収容容器10に取り付けることによって、第2緩衝液槽2と収容容器10とサンプル分離部31の間のスペースが、サンプル吸着緩衝液槽3として実現される。取り付けた第2緩衝液槽2のZ方向への動きを固定するために、収容容器10に設けられた上昇防止爪80が第2緩衝液槽2を抑えてもよい。また、後述にて詳細に説明するが、第2緩衝液槽2の側部21には、通電のための孔39が形成され、押当部38および親水性膜37が設けられる。
【0040】
サンプル吸着緩衝液槽3は、サンプル吸着用緩衝液が充填される槽である。サンプル吸着用緩衝液としては、サンプルが吸着されやすいpH条件に調整された緩衝液を用いることが好ましい。
【0041】
なお、図1において、第1緩衝液槽1およびサンプル吸着緩衝液槽3は、収容容器10に形成された隔壁やサンプル分離部31等を利用して実現されているが、本発明はこれに限られず、電気泳動を可能にする槽であればよい。
【0042】
サンプル分離部31は、第1緩衝液槽1とサンプル吸着緩衝液槽3との間に配置される。このとき、サンプル分離部31は、例えば図1に示すサンプル分離部置場8に載置されてもよい。載置されたサンプル分離部31は、Y方向への動きを固定するために、サンプル吸着緩衝液槽3と係合してもよく、Z方向への動きを固定するために、収容容器10に設けられた上昇防止爪80により抑えられもよい。
【0043】
また、サンプル分離部31は、Y軸方向の両端にそれぞれ開口を有している。具体的には、サンプル分離部31は、第1緩衝液槽1内に開口する第1開口35と、サンプル吸着緩衝液槽3内に開口する第2開口36とを有している。第1開口35および第2開口36の形状は、例えば、それぞれ長方形であってもよい。
【0044】
また、サンプル分離部31は、図4に示すように、その内部に分離媒体33を格納するように構成されている。サンプル分離部31に格納された分離媒体33は、第1開口35を介して第1緩衝液槽1内に面し、第2開口36を介して第2緩衝液槽2内に面する。
【0045】
図4(a)はサンプル分離部31を示す斜視図であり、図4(b)はその断面図である。図4(b)に示すように、サンプル分離部31は、2枚の絶縁板34と、それらの間に空間を確保するため設置されるスペーサ(図示しない)とから構成することができる。また、第1開口35側では、サンプルを分離媒体33に接触させるために、分離媒体33の上部が絶縁板34から露出していることが望ましい。なお、第2開口36には分離媒体33を保持するために親水性膜32が貼り付けられることが好ましい(図5参照)。
【0046】
分離媒体33は、電気泳動によってサンプルを分離するための媒体であり、一般に電気泳動法に用いられる媒体、例えば、ポリアクリルアミドゲルまたはアガロースゲル等を用いることができる。
【0047】
なお、本明細書中で使用される「サンプル」とは、「生物学的サンプル」またはその等価物が意図される。「生物学的サンプル」は供給源としての生物材料(たとえば、個体、体液、細胞株、組織培養物もしくは組織切片)から得られる、任意の調製物が意図される。生物学的サンプルとしては体液(たとえば血液、唾液、歯垢、血清、血漿、尿、滑液および髄液)および組織供給源が挙げられる。好ましい生物学的サンプルは被験体サンプルである。好ましい被験体サンプルは被験体から得た皮膚病変部、喀痰、咽頭粘液、鼻腔粘液、膿または分泌物である。本明細書で使用される場合、用語「組織サンプル」は組織供給源より得られた生物学的サンプルが意図される。哺乳動物から組織生検および体液を得るための方法は当該分野で周知である。本明細書中で使用される場合、用語「サンプル」としては、上記生物学的サンプルおよび上記組織サンプル以外に、上記生物学的サンプルおよび上記組織サンプルより抽出したたんぱく質サンプル、ゲノムDNAサンプルおよび・または総RNAサンプルも挙げられる。また、「サンプル成分」は「サンプル」を構成する種々の因子(成分)が意図される。
【0048】
吸着用部材6は、サンプルを吸着するための部材であり、図1に示すようにサンプル吸着緩衝液槽3内において第2開口36と孔39との間に配置される。また、吸着用部材6は、移動アーム61に固定され、後述する移動機構によってZ方向に移動する。
【0049】
吸着用部材6は、強度を確保できる材料からなることが好ましく、例えば、サンプルがタンパク質の場合にはPVDF(Polyvinylidene difluoride)膜等を用いることができる。なお、PVDF膜は予めメタノールなどを用いて親水化処理を行っておくことが好ましい。また、他にもナイロン、ニトロセルロースなどの、従来用いられている核酸またはタンパク質が結合しやすい膜を用いることができる。
【0050】
第1電極41は、第1緩衝液槽1内において第1開口35に対向して配置され、一方、第2電極42は、第2緩衝液槽2内において孔39に対向して配置される。
【0051】
また、第1電極41および第2電極42は、導電性のある素材から形成されればよいが、電極のイオン化を防ぐため、素材には白金を用いることが好ましい。また、第2電極42の形状は、第2開口36と同一または第2開口36よりも小さいことが好ましく、例えば線状であり得る。
【0052】
(サンプル分離吸着器具100の動作)
次に、サンプル分離吸着器具100におけるサンプル吸着までの流れについて、図1を参照して説明する。
【0053】
まず、収納容器10のサンプル分離部置場8にサンプル分離部31を設置し、第1緩衝液槽1に第1緩衝液を、サンプル吸着緩衝液槽3に第3緩衝液を充填する。移動アームに固定されたサンプル吸着用部材6を第3緩衝液中に浸けた状態で第2緩衝液槽を収納容器10に設置後、第2緩衝液を充填する。その後第1電極41および第2電極42を配置する。
【0054】
次にサンプルを分離媒体33に導入する。例えば、2次元電気泳動を行う場合には、予め1次元目の等電点電気泳動を行ったサンプル媒体50を用いる。サンプル導入の際には、アクリル等で作製した支持体51にサンプル媒体50を固定する。支持体51は移動アーム52によって移動し、サンプル媒体50をサンプル分離部31内の分離媒体33における第1開口35側の上部に載置する。また、等電点電気泳動等、1次元目の電気泳動を行わない場合には、分離媒体33に形成されたウェルにサンプルを導入すればよい。
【0055】
サンプル導入後、第1電極41と第2電極42との間に電圧を印加する。第1電極41と第2電極42とは、緩衝液および電極間に配置される各部材を介して電気的に接続される。これによって、分離媒体33内のサンプルがY方向に電気泳動し、各サンプル成分の間に生じる移動度の差に基づいて分離され、第2開口36から排出される。
【0056】
また、電気泳動の開始後、移動アーム61が吸着用部材6の引き上げを開始する。このため、第2開口から排出されたサンプルは、吸着用部材6に対して連続的に吸着される。
【0057】
吸着用部材6へのサンプル吸着は、電極が存在しないサンプル吸着緩衝液槽3内で行われるため、電極反応の影響を受けずに良好に行うことができる。
【0058】
サンプル吸着の終了後、吸着用部材6は回収され、染色や免疫反応等が行なわれる。その後、蛍光検出器などによって、サンプルの分離転写パターンが検出される。
【0059】
(第2緩衝液槽)
次に、第2緩衝液槽2の構成について詳細に説明する。
【0060】
図3(a)は第2緩衝液槽2を示す斜視図であり、図3(b)はその断面図である。図4(a)は押当部38および親水性膜37が設けられた第2緩衝液槽2を示す斜視図であり、図4(b)はその断面図である。
【0061】
図3(a)(b)に示すように、第2緩衝液槽2の側部(隔壁の一部)21には、槽の内外をY方向に通電させるための孔(貫通孔)39が形成されている。孔39の開口の形状は、例えば長方形に形成することができる。
【0062】
第2緩衝液槽2内に第2緩衝液が充填された際、孔39の内部は第2緩衝液により満たされる。孔39に緩衝液が満たされると、第1電極41と第2電極42との間に電圧を安定的に印加することが可能である。
【0063】
また、図4(a)(b)に示すように、第2緩衝液槽2の側部21には、孔39の開口上に、押当部38が設置されることが好ましい。また、押当部38上には親水性膜37が貼り合わせられることがさらに好ましい。押当部38としては、第1電極41と第2電極42との電気的接続を妨げず、かつ、吸着用部材6を第2開口36に押し当てることが可能な構成であることが好ましい。
【0064】
例えば、押当部38は、吸水時に膨張する素材や、貫通孔を有する弾力性素材等から構成することができる。押当部38として、具体的には、厚さや圧縮度合いの異なるろ紙や、ポリビニルアルコール、ビニロン、ポリ酢酸ビニル、およびポリウレタンなどが挙げられる。
【0065】
また、親水性膜37としては、例えば親水性PVDF膜などを用いることができる。
【0066】
図5は、第2緩衝液槽2とサンプル分離部31との好ましい配置関係を示す図である。
【0067】
図5に示すように、第2緩衝液槽2とサンプル分離部31とは吸着用部材6を挟むように配置される。このとき、第2緩衝液槽2の孔39は、サンプル分離部31の第2開口36と対向している。
【0068】
第2緩衝液槽2は、第2緩衝液槽2に設けられた押当部38が吸着用部材6を第2開口36に向けて押し当てるように構成される。例えば、押当部38がその素材の有する弾力性や膨張性を利用して吸着用部材6を押し当てるように、第2緩衝液槽2が収容容器10に固定されてもよい。この押し当ての力によって、吸着用部材6は、サンプル分離部31の第2開口36と密着し、また第2緩衝液槽2の側部21(より具体的には親水性膜37)に密着する。親水性膜37はこの密着性をさらに向上させる役割を果たし、加えて吸着用部材6がZ軸方向に移動する際の滑りを向上させる役割も果たす。
【0069】
ここで、第2開口36と吸着用部材6とが密着すると、第2開口36から排出されたサンプルが第3緩衝液に拡散することを抑えることができる。これによって、サンプルを吸着用部材6に効率的に吸着することができる。
【0070】
また、第2緩衝液槽2の側部21と吸着用部材6とが密着すると、穴39を介する緩衝液の流通が効果的に抑制される。すなわち、電極反応の影響を受けた第2緩衝液が、サンプル吸着緩衝液槽3内の緩衝液に流入することが抑制される。これによって、吸着用部材6に対するサンプル吸着をより高精度に行うことができる。
【0071】
なお、本発明では、緩衝液の代わりにゲルなどの導電媒体を孔39に満たすことも可能である。ただし、孔39にゲルなどの導電媒体を満たした場合、長時間の電圧印加による影響により電気的な接続が得られなくなった途端、電圧値が急上昇し吸着が停止してしまう。よって、長時間安定的に電圧を印加するためには、孔39に緩衝液を満たすことが好ましい。
【0072】
また、本発明は、第2緩衝液槽2の側部21に押当部38を設ける構成に限られない。例えば、押当部38の設けられる側部21は、第2緩衝液槽2の側壁であることに限られず、第2緩衝液槽2とサンプル吸着緩衝液槽3と隔てる隔壁であればよい。
【0073】
また、押当部38を設けずとも、第2緩衝液槽2とサンプル吸着緩衝液槽3との間の緩衝液の流通が、サンプル吸着用部材6と側部21が密着した状態で孔39を介するものに限られることによって本発明の効果を得ることができる。
【0074】
また、本実施形態に係るサンプル分離吸着器具100は、上述した各部材が予め取り付けた状態で提供されてもよく、あるいは、使用者が各部材を後から取り付ける構成で提供されてもよい。
【0075】
(吸着用部材6の移動機構)
次に、吸着用部材6を移動させる移動機構の一例について説明する。
【0076】
図6および図7は、サンプル分離吸着器具100の備える移動機構を示す斜視図である。また、図7では、図面を簡略化するために、移動アーム52および支持体51を省略して示している。
【0077】
駆動手段7を含むサンプル分離吸着器具100の全体は基盤9に固定されている。吸着用部材6は移動アーム61に固定されており、移動アーム61は駆動手段7によって駆動される。具体的には、移動アーム61は第1駆動手段71に連結されており、第1駆動手段71は基盤9の上に固定された第2駆動手段72に連結されている。これら第1駆動手段71および第2駆動手段72によって移動アーム61はY方向およびZ方向へ駆動される。これによって、吸着用部材6の移動を制御することができる。
【0078】
図8は、駆動手段7と電極(第1電極41および第2電極42)との間の制御を説明するためにサンプル分離吸着器具100を示す断面図である。
【0079】
図8に示すように、第1電極41および第2電極42は、配線112を介して、電源111の負極および正極にそれぞれ接続されている。また、電源111と第2電極42との間には電流計113が配置される。第1電極41と第2電極42との間に一定電流が流れるように、データ処理装置114によって電源111が制御される。
【0080】
また、図8に示すように、駆動手段7(第1駆動手段および第2駆動手段)は駆動手段制御部70により制御される。吸着用部材6を引き上げる時間になると、駆動手段制御部70は駆動手段7が駆動を開始するように制御する。さらに、データ処理装置114は、電流計113の測定する電流値に基づいて、駆動手段制御部70を制御してもよい。
【0081】
なお、図示していないが、移動アーム52についても上述した移動機構と同様な手段を用いて駆動することができ、これによってサンプルの導入を制御することができる。
【実施例】
【0082】
以下、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0083】
(実施例1)
実施例1では、本実施形態に係るサンプル分離吸着器具100を用いて、2次元電気泳動の2次元目の電気泳動とサンプル吸着とを行った。
【0084】
〔1次元目電気泳動(サンプル媒体50)〕
サンプル媒体50として、イモビラインによる固定化pH勾配等電点電気泳動用ゲルを1mm×60mmに切断して用いた。サンプル導入とゲル膨潤を行い、6000Vで1時間の電気泳動を行った。
【0085】
なお、サンプルとしては、蛍光マーカーで染色したマウス肝臓サンプルを用いた。
【0086】
〔サンプル分離部31〕
2枚の絶縁板34として、60mm×30mm×2mm厚と60mm×28mm×2mm厚であり、2枚とも0.5mmの段差を両端に有する石英ガラスを用いた。2枚の石英ガラスの外側には親水性PVDF膜をカプトンテープにより貼り付けた。このとき、親水性PVDF膜とガラス面との間に隙間ができないように注意し、カプトンテープは第2開口36を阻害しないようにした。この石英ガラスの両端は中央部より0.5mm突起しており、この突起部から分離媒体の厚さを規定した。
【0087】
上記のように作製したサンプル分離部31にポリアクリルアミドゲルを充填したものを、サンプル分離部置場8に設置し、上昇防止爪80で固定した。
【0088】
〔第1緩衝液槽1〕
70mm×70mm×深さ15mm(サンプル分離部置場8においては深さ8mm)の第1緩衝液槽1を収容容器10に設け、第1緩衝液を充填した。第1緩衝液には市販のMOPS/SDSバッファーを用いた。第1緩衝液槽1に配置する第1電極41としては白金線を用いた。第1電極41は電源111の負極に接続した。
【0089】
〔第2緩衝液槽2〕
70mm×70mm×深さ15mmの第2緩衝液槽2を用い、その槽の側部21(Z方向1mm厚)の外側には、押当部38を設置した。押当部38表面には親水性膜37を取り付けた。第2緩衝液槽2を収容容器10に嵌め込んで設置し、上昇防止爪80により固定した。第2緩衝液を第2緩衝液槽2に充填した。第2緩衝液には市販のMOPSバッファーを用いた。第2緩衝液槽2に配置する第2電極42としては白金線を用いた。このとき、第2電極42は電源111の正極に接続した。
【0090】
〔サンプル吸着緩衝液槽3〕
第2緩衝液槽2を収容容器10に設置することによって、第2緩衝液槽2、収容容器10、およびサンプル分離部31の間に出来たスペースを、サンプル吸着緩衝液槽3として用いた。サンプル吸着緩衝液槽3には、観察対象サンプルが吸着されやすいpH条件を有する第3緩衝液を満たした。第3緩衝液には、第2緩衝液と同様、市販のMOPSバッファーを用いた。
【0091】
〔吸着用部材6〕
吸着用部材6として、疎水性PVDFをメタノールにより親水化したものを用いた。吸着用部材6の上端側を移動アーム61に固定し、下端側をサンプル吸着緩衝液槽3内の第3緩衝液に浸漬させた。
【0092】
〔サンプル媒体50の分離媒体33への導入〕
サンプル分離部31の第1開口35において分離媒体33が露出している部分に、一次元目の電気泳動サンプルを含んだサンプル媒体50を、移動アーム52により上部から下ろして密着させた。
【0093】
〔二次元目電気泳動〕
サンプル媒体50と分離媒体33が密着した状態で、電流計113の値が25mAとなるように、第1電極41と第2電極42との間に一定電流を25分間流した。
【0094】
〔サンプル吸着〕
電流計113の値が40mAとなるように、第1電極41と第2電極42との間に一定電流を60分間流した。この時、第1駆動手段71によって吸着用部材6を上方へ引き上げた。この引き上げ速度については、駆動手段制御部70によって32μm/secから2μm/secへと段階的に減速させた。
【0095】
〔結果〕
サンプル吸着後、吸着用部材6を回収し、サンプルの検出を行った。その検出結果を図11に示す。図11に示すように、実施例1によれば、サンプル分離とサンプル吸着とを同一器具にて連続的に行いつつも、分解能の高いサンプル吸着パターンを得ることができた。
【0096】
(実施例2)
実施例2では、本実施形態に係るサンプル分離吸着器具100を用いて、SDS−PAGEとサンプル吸着とを行った。実施例2では、第1実施例と同様であるところの説明を割愛し、以下には相違点のみを説明する。
【0097】
〔サンプル分離部31〕
サンプル分離部31は実施例1と同様に作製した。サンプル分離部31の内部には、分離媒体33としてポリアクリルアミドゲルを充填した。ポリアクリルアミドゲルが重合する前に第1開口35の上部にコームを差し込み、一次元電気泳動サンプル投入用のウェルを作製した。作製したウェルに分子量可視マーカーサンプルを10μL流し込み、その後、アガロースゲルによってウェルに蓋をした。第2開口36の外側には親水性膜37を巻き付けた。
【0098】
なお、サンプルとしては、可視タンパク質マーカーを用いた。
【0099】
〔SDS‐PAGE〕
電流計113の値が25mAとなるように、第1電極41と第2電極42との間に一定電流を25分間流した。
【0100】
〔サンプル吸着〕
電流計113の値が40mAとなるように、第1電極41と第2電極42との間に一定電流を60分間流した。この時、第1駆動手段71によって、吸着用部材6を上方へ引き上げた。この引き上げ速度については、駆動手段制御部70によって32μm/secから2μm/secへと段階的に減速させた。
【0101】
〔結果〕
サンプル吸着後、吸着用部材6を回収し、サンプルの検出を行った。その検出結果を図12に示す。図12に示すように、実施例2によれば、サンプル分離とサンプル吸着とを同一器具にて連続的に行いつつも、分解能の高いサンプル吸着パターンを得ることができた。
【産業上の利用可能性】
【0102】
本発明は、現在盛んにおこなわれているプロテオーム研究をより発展させることができる。また、本発明に係るサンプル分離吸着器具および当該器具に用いる種々の部材を別々に作製および販売することにより市場を活性化することができる。
【符号の説明】
【0103】
1 第1緩衝液槽
2 第2緩衝液槽
3 サンプル吸着緩衝液槽(第3緩衝液槽)
6 吸着用部材(サンプル吸着用部材)
7 駆動手段
21 側部
31 サンプル分離部
33 分離媒体
35 第1開口
36 第2開口
38 押当部
41 第1電極
42 第2電極
61 移動アーム
100 サンプル分離吸着器具
【特許請求の範囲】
【請求項1】
分離媒体に緩衝液を介して電流を流すことによって、上記分離媒体中のサンプルを分離し、かつ、分離されたサンプルを上記分離媒体からサンプル吸着用部材へ吸着させるサンプル分離吸着器具であって、
第1電極が配置される第1緩衝液槽と、
第2電極が配置される第2緩衝液槽と、
上記第1緩衝液槽と上記第2緩衝液槽との間に配置される第3緩衝液槽と、
上記第1緩衝液槽内に開口する第1開口および上記第3緩衝液槽内に開口する第2開口を有し、かつ、上記分離媒体を格納するサンプル分離部と、
上記サンプル吸着用部材をサンプルの分離方向に垂直な方向に移動させる移動手段とを備え、
上記第2緩衝液槽内と上記第3緩衝液槽内とを隔てる隔壁において上記第2開口に対向する部位には、通電のための貫通孔が設けられており、
上記サンプル吸着用部材は、上記第3緩衝液槽内における上記第2開口と上記貫通孔との間に配置されることを特徴とするサンプル分離吸着器具。
【請求項2】
上記隔壁における上記貫通孔の開口上には、上記サンプル吸着用部材を上記第2開口に向けて押し当てる押当部が設けられていることを特徴とする請求項1に記載のサンプル分離吸着器具。
【請求項3】
上記押当部は、貫通孔を有する弾力性素材、または、吸水時に膨張する素材から構成されることを特徴とする請求項2に記載のサンプル分離吸着器具。
【請求項4】
上記第2緩衝液槽は、脱着可能な槽として構成されており、上記貫通孔は上記第2緩衝液槽の側部に設けられていることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載のサンプル分離吸着器具。
【請求項5】
上記貫通孔には導電媒体が充填されていることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載のサンプル分離吸着器具。
【請求項1】
分離媒体に緩衝液を介して電流を流すことによって、上記分離媒体中のサンプルを分離し、かつ、分離されたサンプルを上記分離媒体からサンプル吸着用部材へ吸着させるサンプル分離吸着器具であって、
第1電極が配置される第1緩衝液槽と、
第2電極が配置される第2緩衝液槽と、
上記第1緩衝液槽と上記第2緩衝液槽との間に配置される第3緩衝液槽と、
上記第1緩衝液槽内に開口する第1開口および上記第3緩衝液槽内に開口する第2開口を有し、かつ、上記分離媒体を格納するサンプル分離部と、
上記サンプル吸着用部材をサンプルの分離方向に垂直な方向に移動させる移動手段とを備え、
上記第2緩衝液槽内と上記第3緩衝液槽内とを隔てる隔壁において上記第2開口に対向する部位には、通電のための貫通孔が設けられており、
上記サンプル吸着用部材は、上記第3緩衝液槽内における上記第2開口と上記貫通孔との間に配置されることを特徴とするサンプル分離吸着器具。
【請求項2】
上記隔壁における上記貫通孔の開口上には、上記サンプル吸着用部材を上記第2開口に向けて押し当てる押当部が設けられていることを特徴とする請求項1に記載のサンプル分離吸着器具。
【請求項3】
上記押当部は、貫通孔を有する弾力性素材、または、吸水時に膨張する素材から構成されることを特徴とする請求項2に記載のサンプル分離吸着器具。
【請求項4】
上記第2緩衝液槽は、脱着可能な槽として構成されており、上記貫通孔は上記第2緩衝液槽の側部に設けられていることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載のサンプル分離吸着器具。
【請求項5】
上記貫通孔には導電媒体が充填されていることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載のサンプル分離吸着器具。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2011−102721(P2011−102721A)
【公開日】平成23年5月26日(2011.5.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−256974(P2009−256974)
【出願日】平成21年11月10日(2009.11.10)
【出願人】(000005049)シャープ株式会社 (33,933)
【公開日】平成23年5月26日(2011.5.26)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年11月10日(2009.11.10)
【出願人】(000005049)シャープ株式会社 (33,933)
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