説明

サンプル分離吸着器具

【課題】分解能の高いサンプル吸着パターンを得ることができるサンプル分離吸着器具を提供する。
【解決手段】本発明に係るサンプル分離吸着器具100では、サンプル分離部31の第1開口35から第2開口36に向かう方向へ電気力線が生じている。サンプル分離部31に格納された分離媒体33中のサンプルは、上記電気力線に沿って、第2開口36に向かって泳動分離し、第2開口36から排出されて吸着用部材6へ吸着する。サンプル分離吸着器具100は、第1スリット構造体46と第2スリット構造体30とからなる電気力線収束構造を備えている。上記電気力線は第1スリット構造体46と第2スリット構造体30との間において収束されるため、吸着用部材6へのサンプル吸着は広がりを抑制される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は生物学的なサンプルを分離しかつ分離されたサンプルを順次吸着用部材へ吸着させるサンプル分離吸着器具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ヒトゲノムプロジェクトが終了した後、プロテオーム研究が盛んに行われている。「プロテオーム」とは、特定の細胞、器官、および臓器の中で翻訳生産されているタンパク質全体が意図され、その研究としてはタンパク質のプロファイリングなどが挙げられる。
【0003】
タンパク質をプロファイリングする手法の1つとして最も用いられているものが、タンパク質の電気泳動、特に2次元電気泳動である。タンパク質は、電荷および分子量の独特の性質を有しているので、多数のタンパク質の混合物であるプロテオームから電荷のみまたは分子量のみに依存して個々のタンパク質を各成分に分離するよりも、両者を組み合わせることにより、より多くのタンパク質を高分解能にて分離することができる。
【0004】
電気泳動によってタンパク質は電荷および/または分子量によって分離されるが、このような物理的性質のみで分離したタンパク質について、その分離位置から生物学的性質を特定することは困難である。また、タンパク質は合成された後にリン酸化などの化学的修飾(翻訳後修飾)を受けることによりその機能が制御されることが知られている。電気泳動のみではこのような翻訳後修飾に関する情報を得ることは困難である。
【0005】
ウェスタンブロッティング法は電気泳動によって分離されたスラブゲル中のタンパク質を膜に転写する方法である(例えば、特許文献1などを参照のこと)。ウェスタンブロッティング法によりタンパク質が転写された膜上に特定の抗体をオーバーレイすれば、抗原抗体反応に基づいてタンパク質をある程度特定することが可能となる。また、翻訳後修飾の1つであるリン酸化について、タンパク質が転写された膜に抗リン酸化タンパク質抗体をオーバーレイすることにより、リン酸化の有無、およびリン酸化部位の相違を検出することが可能となる。
【0006】
このように、電気泳動法とウェスタンブロッティング法との組み合わせは、タンパク質の生化学的性質を特定する上で非常に有用な方法である(例えば、非特許文献1を参照のこと)。
【0007】
従来、電気泳動とウェスタンブロッティング法はそれぞれ独立した装置を用いて研究者の手作業によって行われている。例えば、電気泳動装置にて等電点電気泳動およびSDS−PAGEを行った後、ゲルを装置から取り出して転写装置に移し、転写膜をセットして転写(ブロッティング)を行い、転写膜に抗体またはプローブを手動でオーバーレイするのが一般的である。この操作に用いるゲルは非常に柔らかい材料で扱いにくいため、操作が煩雑になり、その作業には熟練を要する。
【0008】
そこで、これらの作業を自動化した技術が開発されている。例えば、特許文献2には、電気泳動からブロッティングまでの一連の操作を自動化するサンプル分離吸着器具が開示されている。
【0009】
特許文献2に記載のサンプル分離吸着装置では、第1電極と第2電極との間に電圧が印加されると、サンプル分離部における分離媒体(ゲル)にてサンプルが分離される。分離されたサンプルはサンプル分離部の開口から排出され、第1電極から第2電極に向かって
生じる電気力線に沿って移動し、サンプル吸着用部材(転写膜)へ吸着(転写)される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平7−63763号公報(1995年3月10日公開)
【特許文献2】特開2007−292616号公報(2007年11月8日公開)
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】タンパク質実験ノート(下):分離同定から機能解析へ(羊土社、2005年、第38〜47項)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
電気泳動および転写を連続的に行うにあたり、電気泳動に用いた電極対を利用して、電気泳動媒体の端面から転写膜へ分離分子を転写するブロッティング方式を用いることができる。しかしながら、このようなブロッティング方式において、上記電極対による電気力線は、電気泳動媒体の端面から第2電極に向かって広がりを有する。このため、電気泳動媒体の端面から排出された分離分子は、上記電気力線に応じて広がりながら転写膜へ転写されてしまう。これによって、転写膜における転写パターンが不明瞭になってしまうという問題がある。
【0013】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、分解能の高いサンプル吸着パターンを得ることができるサンプル分離吸着器具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明に係るサンプル分離吸着器具は、上記の課題を解決するために、分離媒体に緩衝液を介して電流を流すことによって、上記分離媒体中のサンプルを分離し、かつ、分離されたサンプルを上記分離媒体からサンプル吸着用部材へ吸着させるサンプル分離吸着器具であって、第1電極と、第2電極と、上記第1電極に対向する側に開口する第1開口および上記第2電極に対向する側に開口する第2開口を有し、かつ、上記分離媒体を格納するサンプル分離部と、上記サンプル吸着用部材において上記第2開口と対向する部位を上記サンプルの分離方向における前後から間に挟む位置に、スリットを形成する第1および第2絶縁性部材からなる電気力線収束構造と、上記スリットに対する上記サンプル吸着用部材の相対位置を、上記分離方向に略垂直な方向に移動させる移動手段とを備えることを特徴としている。
【0015】
上記構成では、第1電極と第2電極とに電圧が印加されると、緩衝液を介して分離媒体に電流が流れる。このとき、分離媒体中のサンプルは第1開口から第2開口に向けて移動し、各成分の移動度に応じて分離される。分離されたサンプルはサンプル分離部の第2開口から排出される。第2開口から排出されたサンプルは、順次、第1電極から第2電極に向かって生じる電気力線に沿って、サンプル吸着用部材へ到達する。このとき移動手段はサンプル吸着用部材をサンプルの分離方向に対して略垂直な方向に移動させる。このため、第2開口から排出されたサンプルは、サンプル吸着用部材に連続的に吸着される。
【0016】
ここで、本発明に係るサンプル分離吸着器具は、サンプル吸着用部材において上記第2開口と対向する部位を間に挟む位置にスリットを有する第1および第2のスリット構造体からなる電気力線収束構造を備えている。第1および第2のスリット構造体におけるスリットは絶縁性材料により形成されている。よって、第1電極と第2電極との間に生じる電気力線は、第1および第2のスリット構造体のスリットを通過する際に収束する。このため、第1のスリット構造体と第2のスリット構造体との間、すなわち、サンプル吸着用部
材の配置された領域では、上記電気力線の広がりが抑制される。
【0017】
なお上記移動手段は、サンプル吸着用部材が固定された状態で、サンプル分離部と2つのスリット構造体を移動させるものであってもよい。
【0018】
上記構成によれば、サンプル吸着用部材に対するサンプル吸着の広がりを抑制することができ、分解能の高いサンプル吸着パターンを得ることができる。
【0019】
また、本発明に係るサンプル分離吸着器具において、上記第1絶縁性部材は、上記サンプル分離部の上記第2開口に配置されるか、または、上記第2開口を上記スリットとして形成するように上記サンプル分離部の一部として構成されており、上記第2絶縁性部材は、上記サンプル吸着用部材と第2電極との間に配置されていることが好ましい。
【0020】
上記構成によれば、第2開口において第1の構造体を通過したサンプルが、広がりを抑制された電気力線に沿って吸着用部材へ到達する。したがって、より分解能の高いサンプル吸着パターンを得ることができる。
【0021】
また、本発明に係るサンプル分離吸着器具において、上記第2絶縁性部材には、上記サンプル吸着用部材を上記第2開口に向けて押し当てる、緩衝液が透過可能な弾性材が設けられていることが好ましい。
【0022】
上記構成によれば、サンプル吸着用部材を第2開口側へ密着させることによって、第2開口から排出されるサンプルが緩衝液中に拡散することを防止することができる。よって、より分解能の高いサンプル吸着パターンを得ることができる。
【0023】
また、本発明に係るサンプル分離吸着器具において、上記第1絶縁性部材において上記サンプル吸着用部材に対向する側の面、および、上記第2絶縁性部材または上記弾性材において上記サンプル吸着用部材に対向する側の面には、親水性膜が設けられていることが好ましい。
【0024】
上記構成によれば、第1および第2絶縁性部材に挟まれたサンプル吸着用部材は、その表面と裏面の各々が、親水性膜という同一素材により挟まれる。このため、サンプル吸着用部材が上下方向に対して引き上げられる時に、その表面と裏面とで同一の摩擦力を受けることになり、引き上げの際に生じる摩擦力の違いによるサンプル吸着パターンの乱れを防ぐことができる。
【0025】
また、第1絶縁性部材(または第2開口)のサンプル吸着用部材側に親水性膜を設けることによって、サンプル吸着用部材を第1絶縁性部材(または第2開口)により確実に密着させることもできる。
【0026】
また、本発明に係るサンプル分離吸着器具において、上記第1絶縁性部材は、親水性膜の表面に、上記スリットになる領域を残して、絶縁性材料を塗布または貼り付けることによって、上記スリットを形成することが好ましい。
【0027】
また、本発明に係るサンプル分離吸着器具において、上記第2絶縁性部材は、弾性材または親水性膜の表面に、上記スリットになる領域を残して、絶縁性材料を塗布または貼り付けることによって、上記スリットを形成することが好ましい。
【0028】
上記構成によれば、上記第1絶縁性部材および上記第2絶縁性部材の各々におけるスリットを好適に形成することができる。
【0029】
また、本発明に係るサンプル分離吸着器具において、上記第2絶縁性部材が形成する上記スリットに対向する位置に貫通孔を有し、かつ上記第2絶縁性部材を支持するスリットブロックをさらに備えることが好ましい。
【0030】
上記構成によれば、弾性材による押し当ての際、サンプル吸着用部材をより均一に押し当てることができる。よって、より分解能の高いサンプル吸着パターンを得ることができる。
【0031】
また、本発明に係るサンプル分離吸着器具は、上記第1電極が配置される第1緩衝液槽と、上記第2電極が配置される第2緩衝液槽とをさらに備え、上記スリットブロックにおける貫通孔には、上記第2緩衝液槽内に充填される緩衝液が満たされることが好ましい。
【0032】
上記構成によれば、スリットブロックの貫通孔内には電荷が常に供給されるため、サンプル分離吸着過程における電圧値を安定に保つことができる。よって、長時間のサンプル分離吸着であっても安定的に行うことができる。
【0033】
また、本発明に係るサンプル分離吸着器具において、上記弾性材は、貫通孔を有する弾力性素材、または、吸水時に膨張する素材から構成されてもよい。
【発明の効果】
【0034】
本発明に係るサンプル分離吸着器具は、分離媒体に緩衝液を介して電流を流すことによって、上記分離媒体中のサンプルを分離し、かつ、分離されたサンプルを上記分離媒体からサンプル吸着用部材へ吸着させるサンプル分離吸着器具であって、第1電極と、第2電極と、上記第1電極に対向する側に開口する第1開口および上記第2電極に対向する側に開口する第2開口を有し、かつ、上記分離媒体を格納するサンプル分離部と、上記サンプル吸着用部材において上記第2開口と対向する部位を上記サンプルの分離方向における前後から間に挟む位置に、絶縁性材料により形成されたスリットを有する第1および第2スリット構造体からなる電気力線収束構造と、上記スリットに対する上記サンプル吸着用部材の相対位置を、上記分離方向に略垂直な方向に移動させる移動手段とを備えているため、分解能の高いサンプル吸着パターンを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の一実施形態に係るサンプル分離吸着器具の要部構成を示す断面図である。
【図2】上記サンプル分離吸着器具を概略的に示す断面図である。
【図3】上記サンプル分離吸着器具におけるサンプル分離部および第1スリット構造体を示す断面図である。
【図4】(a)(b)は上記サンプル分離吸着器具におけるスリット構造体の例を示す断面図である。
【図5】(a)(b)は上記サンプル分離吸着器具におけるスリット構造体の他の例を示す断面図である。
【図6】上記サンプル分離吸着器具の要部構成の他の一例を示す断面図である。
【図7】(a)は上記サンプル分離部の他の例を示す側面図であり、(b)はその断面図である。
【図8】上記サンプル分離吸着器具の要部構成の他の一例を示す断面図である。
【図9】(a)は上記サンプル分離吸着器具におけるスリットブロックを示す斜視図であり、(b)はその断面図である。
【図10】(a)(b)上記スリットブロックに設置された上記スリット構造体を示す断面図である。
【図11】上記サンプル分離吸着器具の要部構成のさらに他の一例を示す断面図である。
【図12】上記スリットブロックの他の例を示す斜視図である。
【図13】上記スリット構造体の他の例を示す図である。
【図14】上記サンプル分離吸着器具の要部構成を示す斜視図である。
【図15】上記サンプル分離吸着器具の要部構成を示す斜視図である。
【図16】上記サンプル分離吸着器具の要部構成を示す断面図である。
【図17】(a)は実施例1および2におけるサンプル分離部を示す断面図であり、(b)はサンプル分離部を第1開口側から第2開口側へ向かって示す断面図である。
【図18】上記サンプル分離吸着器具における電気力線のシミュレーションモデルを示す図である。
【図19】上記サンプル分離吸着器具における電気力線の第1のシミュレーション結果の一例を示す図である。
【図20】上記サンプル分離吸着器具における電気力線の第1のシミュレーション結果を示すグラフである。
【図21】上記サンプル分離吸着器具における電気力線の第2のシミュレーションモデルを示す図である。
【図22】上記サンプル分離吸着器具における電気力線の第1のシミュレーション結果の一例を示す図である。
【図23】上記サンプル分離吸着器具における電気力線の第2のシミュレーション結果を示すグラフである。
【図24】(a)は比較例におけるサンプルの泳動軌跡を示す図であり、(b)はその拡大図である。
【図25】(a)は実施例におけるサンプルの泳動軌跡を示す図であり、(b)はその拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
本発明の一実施形態について、図面に基づいて説明すれば以下のとおりである。
【0037】
(サンプル分離吸着器具100の構成)
まず、本実施形態に係るサンプル分離吸着器具100の概略的な構成について、図1および図2を参照して説明する。図1は、サンプル分離吸着器具100におけるサンプル吸着の場を拡大して示す図である。図2はサンプル分離吸着器具100の構成を示す断面図である。
【0038】
なお、以下の説明では、サンプル分離吸着器具100において、図2に示す上下方向(垂直方向)をZ軸方向とし、第1電極41および第2電極42に定義されるサンプルのSDS−PAGE方向をY軸方向とし、Y軸およびZ軸のいずれにも垂直な方向をX軸方向としている。
【0039】
図1および図2に示すように、サンプル分離吸着器具100は、第1電極41が配置される第1緩衝液槽1、第2電極42が配置される第2緩衝液槽2、第1スリット構造体46、第2スリット構造体30、および分離媒体33を格納するサンプル分離部31を備えている。また、サンプル分離吸着器具100は、吸着用部材(サンプル吸着用部材)6を移動させる移動機構(例えば移動アーム61)を備えている。
【0040】
以下に、主要な各部材について詳細に説明する。
【0041】
第1緩衝液槽1および第2緩衝液槽2は、第1緩衝液および第2緩衝液がそれぞれ充填される槽であり、その内側には第1電極41および第2電極42がそれぞれ配置される。
第1緩衝液および第2緩衝液としては、特に限定されず、一般に電気泳動に用いられる組成の緩衝液から、用途または目的に応じて、適宜選択することができる。また、本実施形態において、第1電極41は電源(図示せず)の負極に接続され、第2電極42は正極に接続されている。
【0042】
第1電極41は、第1緩衝液槽1内において第1開口35に対向して配置され、一方、第2電極42は、第2緩衝液槽2内において第2開口36に対向して配置される。これら電極の配置を確保するために、第1電極41および第2電極42は、第1緩衝液槽1内に設置された第1電極固定部411および第2緩衝液槽2内に設置された第2電極固定部412によって、それぞれ固定されることが好ましい。
【0043】
また、第1電極41および第2電極42は、導電性のある素材から形成されればよいが、電極のイオン化を防ぐため、素材には白金を用いることが好ましい。また、第2電極42の形状は、第2開口36と同一または第2開口36よりも小さいことが好ましく、例えば線状であり得る。
【0044】
サンプル分離部31は、第1緩衝液槽1と第2緩衝液槽2との間に配置される。例えばサンプル分離部31は、図2に示すような分離部置場8に載置されてもよい。載置されたサンプル分離部31は、Y軸方向への動きを固定するために、第2緩衝液槽2または分離部置場8との嵌め合いまたは留めによって固定されてもよい。また、サンプル分離部31は、Z軸方向への動きを固定するために、第2緩衝液槽2または分離部置場8に設けられた上昇防止爪80によって抑えられてもよい。
【0045】
また、サンプル分離部31は、Y軸方向における両端のそれぞれに開口を有している。具体的にサンプル分離部31は、第1電極41に対向して開口する第1開口35と、第2電極42に対向して開口する第2開口36とを有している。第1開口35および第2開口36の形状は、例えば、それぞれ長方形としてもよい。
【0046】
サンプル分離部31は、その内部に分離媒体33を格納する。本実施形態では、サンプル分離部31に格納された分離媒体33は、第1開口35を介して第1緩衝液槽1内に面し、第2開口36を介して第2緩衝液槽2内に面する。また、サンプル分離部31は、2枚の絶縁板34と、それらの間に空間を確保するため設置されるスペーサ(図示しない)とから構成され得る。サンプル分離部31の第1開口35側では、サンプルを分離媒体33の露出部分に接触させることができるように、上側の絶縁板34が欠けていることが望ましい。
【0047】
分離媒体33は、電気泳動によってサンプルを分離するための媒体であり、一般に電気泳動法に用いられる媒体、例えば、ポリアクリルアミドゲルまたはアガロースゲル等を用いることができる。
【0048】
なお、本明細書中で使用される「サンプル」とは、「生物学的サンプル」またはその等価物が意図される。「生物学的サンプル」は供給源としての生物材料(たとえば、個体、体液、細胞株、組織培養物もしくは組織切片)から得られる、任意の調製物が意図される。生物学的サンプルとしては体液(たとえば血液、唾液、歯垢、血清、血漿、尿、滑液および髄液)および組織供給源が挙げられる。好ましい生物学的サンプルは被験体サンプルである。好ましい被験体サンプルは被験体から得た皮膚病変部、喀痰、咽頭粘液、鼻腔粘液、膿または分泌物である。本明細書で使用される場合、用語「組織サンプル」は組織供給源より得られた生物学的サンプルが意図される。哺乳動物から組織生検および体液を得るための方法は当該分野で周知である。本明細書中で使用される場合、用語「サンプル」としては、上記生物学的サンプルおよび上記組織サンプル以外に、上記生物学的サンプル
および上記組織サンプルより抽出したたんぱく質サンプル、ゲノムDNAサンプルおよび・または総RNAサンプルも挙げられる。また、「サンプル成分」は「サンプル」を構成する種々の因子(成分)が意図される。
【0049】
第1スリット構造体46は、サンプル分離部31の第2開口36に設けられている。図3は、第1スリット構造体46が設けられたサンプル分離部31を示す図である。図1および図3に示すように、第1スリット構造体46は、絶縁部(第1絶縁性部材)44を備え、この絶縁部44は、第2開口36と対向する位置にスリット45を形成している。絶縁部44が形成するスリット45は、Z軸方向におけるスリット幅を有している。このスリット45には、緩衝液が透過可能な弾性材(例えばゲル)が満たされていることが好ましい。
【0050】
第2スリット構造体30は、第2緩衝液槽2内において、吸着用部材6と第2電極42との間に配置される。第2スリット構造体30は絶縁部(第2絶縁性部材)32を備え、この絶縁部32は第2開口36に対応する位置にスリット29を形成している。絶縁部32が形成するスリット29は、Z軸方向におけるスリット幅を有している。
【0051】
本実施形態では、第2開口36に設置する絶縁部44が形成するスリット45を第1スリット、絶縁部32が形成するスリット29を第2スリットという。本実施形態に係る電気力線収束構造は、第1スリットを形成する絶縁部44と、第2スリットを形成する絶縁部32とから構成される。
後述にて詳細に説明するが、このような電気力線収束構造では、第1スリットと第2スリットとがセットで配置されることによって、電気力線の広がりを収束することができる。
【0052】
吸着用部材6は、サンプルを吸着するための部材である。本実施形態における吸着用部材6は、図2に示すように第2緩衝液槽2内において第1スリット構造体46と第2スリット構造体30との間に配置される。また、吸着用部材6は移動アーム61に固定され、後述する移動機構(移動手段)によってサンプルの分離方向に対して略垂直な方向に移動する。
【0053】
吸着用部材6は、強度を確保できる材料からなることが好ましく、例えば、サンプルがタンパク質の場合にはPVDF(Polyvinylidene difluoride)膜等を用いることができる。なお、PVDF膜は予めメタノールなどを用いて親水化処理を行っておくことが好ましい。また、他にもナイロン、ニトロセルロースなどの、従来用いられている核酸またはタンパク質が結合しやすい膜を用いることができる。
【0054】
(サンプルの分離および吸着)
次に、サンプル分離吸着器具100におけるサンプルの分離および吸着の流れについて、図1および図2を参照して説明する。
【0055】
まず、サンプル分離部置場8にサンプル分離部31を設置し、第1緩衝液槽1に第1緩衝液を、第2緩衝液槽2に第2緩衝液を充填する。移動アームに固定されたサンプル吸着用部材6を第2緩衝液中に浸けた後、第1電極41および第2電極42を配置する。
【0056】
2次元電気泳動を行う場合には、予め1次元目の等電点電気泳動を行ったサンプル媒体50を用いる。サンプル導入の際には、サンプル媒体50を支持体51に固定し、移動アーム52によって移動し、第1開口35の上部における分離媒体33に載置する。また、SDS−PAGE等、1次元目の電気泳動を行わない場合には、分離媒体33に形成したウェルにサンプルを導入すればよい。
【0057】
サンプル導入後、第1電極41と第2電極42との間に電圧を印加すると、分離媒体33には緩衝液を介して電流が流れる。これによって、分離媒体33中のサンプルが第1開口35から第2開口36に向かってY軸方向に電気泳動し、各サンプル成分の間に生じる移動度の差に基づいて分離される。分離されたサンプルは、さらにY軸方向に電気泳動し、順次、第2開口36に設置されたスリット45(第1スリット)を通り抜けて排出される。また、電気泳動の開始後、移動アーム61が吸着用部材6の引き上げを開始する。このため、第2開口36に設置された第1スリットを通り抜けて排出されたサンプルは、吸着用部材6に対して連続的に吸着される。
【0058】
ここで、第2開口36に設置された第1スリットと、第2スリット構造体30のスリット29(第2スリット)との間では、第1電極41と第2電極42との間に生じる電気力線がZ軸方向への広がりを収束される。このため、サンプル吸着用部材6における電気力線の広がりが抑制される。
【0059】
第2開口36に設置された第1スリットを通り抜けて排出されたサンプルは、第1および第2スリットにより広がりを抑制された電気力線に沿って吸着用部材6へ到達する。したがって、第2開口36に設置された第1スリットを通り抜けて排出されたサンプルは、拡散を抑制されて高精度に吸着用部材6に吸着される。
【0060】
(第1スリット構造体46および第2スリット構造体30)
次に、第1スリット構造体46および第2スリット構造体30の構成について詳細に説明する。
【0061】
上述したように、第1スリット構造体46は絶縁部44を備え、この絶縁部44がスリット45(第1スリット)を形成している。また、第2スリット構造体30は絶縁部32を備え、この絶縁部32がスリット29(第2スリット)を形成している。
【0062】
また、第2スリット構造体30は、弾性材38を備えることができる。弾性材38は、吸水時に膨張する素材または貫通孔をもつ弾力性素材など、緩衝液が透過可能な弾力性素材から構成される。吸水時に膨張する素材または貫通孔をもつ弾力性素材としては、厚さや圧縮度合いの異なるろ紙や、ポリビニルアルコール、ビニロン、ポリ酢酸ビニル、またはポリウレタンなどを用いることができる。弾性材38は、例えば、図4(a)(b)に示すように、絶縁部32におけるスリット開口を有する表面のうち、どちらの表面に設けられてもよい。なお、図1に示す第2スリット構造体30は、図4(a)に示す第2スリット構造体30を用いたものである。
【0063】
第2スリット構造体30が弾性材38を備える場合、弾性材38の弾力性によって、サンプル吸着用部材6がサンプル分離部31の第2開口36側に押し当てられ、各部材を互いに密着させることができる。これによって、第2開口36から排出されたサンプルが第2緩衝液中に拡散することを抑制することができ、より高精度な転写パターンを得ることができる。
【0064】
弾性材38を備える第2スリット構造体30は、以下に示す方法によって作製することができる。
【0065】
例えば、弾性材38を構成する弾力性素材の片側の表面に対して、スリットとなる領域を残して、絶縁性素材を塗布してもよい。このとき塗布された絶縁性素材が絶縁部32を構成する。上記絶縁性素材としては、フェノール樹脂、またはエポキシ樹脂などを用いることができる。
【0066】
あるいは、弾性材38を構成する弾力性素材の片側の表面に対して、スリットとなる領域を残して、絶縁性膜を貼り付けてもよい。このとき貼り付けられた絶縁性膜が絶縁部32を構成する。上記絶縁性膜としては、ポリエチレンやポリプロピレン、塩化ビニル、ポリメタクリル酸メチル、またはポリビニルアルコールなどを用いることができる。
【0067】
あるいは、弾性材38を構成する弾力性素材として多孔質材料を用い、この表面または内側に、スリットとなる領域を残して上記絶縁性素材を導入してもよい。
【0068】
また、第1スリット構造体46および第2スリット構造体30の各々は、親水性膜を備えることが好ましい。親水性膜としては、例えば親水性PVDF膜を用いることができる。
【0069】
上記親水性膜は、第1スリット構造体46および第2スリット構造体30の各々において、サンプル吸着用部材6に面する側に設けられることが好ましい。例えば、弾性材38を備える第2スリット構造体30には、親水性膜37が図5(a)(b)に示すように設けられる。これによって、サンプル吸着用部材6の引き上げ時、その表面と裏面とに受ける摩擦力が同一になるため、サンプル吸着パターンの乱れを防止することができる。また、親水性膜は吸着用部材6に密着するため、吸着用部材6からサンプル分離部31の第2開口36までの各部材をより確実に密着させることができる。
【0070】
親水性膜を備える第1スリット構造体46は、親水性膜に対してスリットとなる領域を残して、絶縁性素材を塗布することによって作製することができる。あるいは、親水性膜に対してスリットとなる領域を残して、絶縁性膜を貼り付けることによって作製することができる。このとき塗布された絶縁性素材または貼り付けられた絶縁性膜が、絶縁部44を構成する。
【0071】
また、弾性材38および親水性膜37を備える第2スリット構造体30は、以下に示す方法によって、作製することができる。
【0072】
例えば、まず上述したように、弾性材38を構成する弾力性素材の片側の表面に対して、スリットとなる領域を残して、絶縁性素材を塗布、または絶縁性膜を貼り付ける。あるいは、弾性材38を構成する多孔質材料の表面または内側に、スリットとなる領域を残して絶縁性素材を導入する。このとき貼り付けられた絶縁性膜または塗布された絶縁性素材が絶縁部32を構成する。その後、構成された絶縁部32または弾性材38に親水性膜37を貼り付ける。これによって、弾性材38および親水性膜37を備える第2スリット構造体30が作製される。
【0073】
あるいは、まず親水性膜37の片側の表面に対して、スリットとなる領域を残して、絶縁性素材を塗布、または絶縁性膜を貼り付ける。このとき貼り付けられた絶縁性膜または塗布された絶縁性素材が絶縁部32を構成する。その後、構成された絶縁部32に、弾性材38を構成する弾力性素材を貼り付ける。これによって、弾性材38および親水性膜37を備える第2スリット構造体30が作製される。
【0074】
なお、絶縁性素材および絶縁性膜については、それぞれ上述した材料と同様の材料を用いることができる。
【0075】
(第1スリットの他の例)
電気力線収束構造における第1スリットの変形例について、図6から図8を参照して以下に説明する。
【0076】
上述の説明では、電気力線収束構造における第1スリットが、第1スリット構造体46の絶縁部44が形成するスリット45として構成されているが、本発明はこれに限られない。
【0077】
例えば、図6に示すように、第1スリット構造体46を配置する代わりに、サンプル分離部31が、第2開口36を第1スリットとして形成してもよい。このとき、サンプル分離部31の一部は、第1絶縁性部材を構成する。図6は、本変形例に係るサンプル吸着の場を示す図である。
【0078】
本変形例において、電気力線収束構造は、第1スリットを形成するサンプル分離部31と、第2スリットを形成する絶縁部32とから構成される。
【0079】
また、図7(a)は、第1スリットを形成するサンプル分離部31を示す側面図であり、(b)はその断面図である。図7に示すように、第2開口36は、第1スリットとして、例えばテーパー状(先細形状)に形成されることが好ましい。
【0080】
また、図8は、図6に示す構成において親水性膜を配置した場合における、サンプル吸着の場を示す図である。本変形例においても、図8に示すように、サンプル分離部31の第2開口36(第1スリット)には親水性膜43が設けられ、絶縁部32の形成するスリット29(第2スリット)には親水性膜37が設けられることが好ましい。
【0081】
このように構成された電気力線収束構造よれば、第2開口36(第1スリット)とスリット29(第2スリット)との間、すなわち、吸着用部材6が配置される領域において、電気力線の広がりを収束することができる。これによって、吸着用部材6に吸着されるサンプルの拡散を抑制することができる。
【0082】
なお、本変形例における先細形状の第2開口36に対して、第1スリット構造体46が設けられていてもよい(例えば図13参照)。
【0083】
(スリットブロック40)
次にスリットブロック40について説明する。
【0084】
第2スリット構造体30は、図9(a)(b)に示すようなスリットブロック40に保持されることが好ましい。すなわち、スリットブロック40は、第2スリット構造体30を保持する構成を有する。例えば、スリットブロック40は、第2緩衝液槽2に嵌め合いまたは留めによって固定される。また、スリットブロック40のZ軸方向への移動を防止するために、第2緩衝液槽2に設定された上昇防止爪80がスリットブロック40を押さえてもよい(例えば図2参照)。
【0085】
図10(a)(b)は、それぞれ、第2スリット構造体30が設けられたスリットブロック40を示す断面図である。図10(a)(b)に示すように、スリットブロック40には、Y軸方向に貫通するスリット39が設けられている。スリット39内は第2緩衝液で満たされることが好ましい。これによって、スリット39内には電荷が常に供給される状態になるため、サンプル分離吸着過程における電圧値を安定的に保つことが可能である。
【0086】
図11は、サンプル分離吸着器具100におけるサンプル吸着の場を拡大して示す図である。スリットブロック40が第2スリット構造体30を保持することによって、弾性材38は吸着用部材6を第2開口36に向けて好適に押し当てることができる。なお、図11は、第1スリットを形成するサンプル分離部31を用いた場合について示している。
【0087】
また、スリットブロック40は、図9(a)(b)に示す構成に限られず、例えば、図12に示すように、吸着用部材6を保持するための心棒62を備えていてもよい。膜状のサンプル吸着用部材6を用いる場合、吸着用部材6を心棒62に巻き付けてロール状に収納しておくことによって、実験者の操作を簡略化することができる。
【0088】
(吸着用部材6またはサンプル分離部31および2つのスリット構造体の移動機構)
次に、吸着用部材6を移動させる移動機構の一例について説明する。
【0089】
図14および図15は、サンプル分離吸着器具100の備える移動機構を示す斜視図である。なお、図14および図15では、図面を簡略化するために、第1電極固定部411と第2電極固定部412を省略して示している。また、図15では、図面を簡略化するために、移動アーム52および支持体51を省略して示している。
【0090】
図14および図15に示すように、駆動手段7を含むサンプル分離吸着器具100の全体は基盤9に固定されている。ここで、吸着用部材6は移動アーム61に固定されている。例えば移動アーム61はサンプル吸着用部材固定治具を備え、サンプル吸着用部材固定治具によって吸着用部材6を固定してもよい。
【0091】
移動アーム61は駆動手段7によって駆動される。具体的には、移動アーム61は第1駆動手段71に連結されており、第1駆動手段71は基盤9の上に固定された第2駆動手段72に連結されている。これら第1駆動手段71および第2駆動手段72によって移動アーム61はY軸方向およびZ軸方向へ駆動される。これによって、吸着用部材6の移動を制御することができる。
【0092】
なお、本発明は吸着用部材6を移動することに限定されず、吸着用部材6を固定しておき、上記駆動手段をサンプル分離部と2つのスリットの移動に利用してもよい。
【0093】
図16は、サンプル分離吸着器具100を示す断面図である。図16に示すように、第1電極41および第2電極42は、配線112を介して、電源111の負極および正極にそれぞれ接続されている。
【0094】
また、電源111と第2電極42との間には電流計113が配置される。第1電極41と第2電極42との間に一定電流が流れるように、データ処理装置114によって電源111が制御される。なお、電流計113は、第1電極41と電源111の間に配置されてもよい。
【0095】
また、図16に示すように、駆動手段7(第1駆動手段および第2駆動手段)は駆動手段制御部70によって制御される。駆動手段制御部70は、駆動手段7によるサンプル吸着用部材6の引き上げ速度を時間に沿って段階的に変速させてもよい。また、データ処理装置114は、電流計113の測定する電流値に基づいて、駆動手段制御部70を制御してもよい。
【0096】
なお、図示していないが、移動アーム52についても上述した移動機構と同様な手段を用いて駆動することができ、これによってサンプルの導入を制御することができる。
【0097】
(その他の構成例)
なお、電気力線収束構造体については、以下のようにも表現することができる。
【0098】
上記サンプル吸着用部材と上記第1電極との間に配置され、上記サンプル吸着用部材に
おいて上記第2開口に対向する表面から上記第2開口に至るまでのいずれかの位置に、第1スリットを形成する第1絶縁性部材と、上記サンプル吸着用部材と上記第2電極との間に配置され、かつ上記第1スリットに対向する位置に第2スリットを形成する第2絶縁性部材とを含んで構成される電気力線収束構造体。
【実施例】
【0099】
以下、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0100】
(実施例1)
実施例1では、本実施形態に係るサンプル分離吸着器具100を用いて、2次元電気泳動の2次元目の電気泳動とサンプル吸着とを行った。
【0101】
〔1次元目電気泳動(サンプル媒体50)〕
イモビラインによる固定化pH勾配等電点電気泳動用ゲルを1mm×60mmに切断して用いた。サンプル導入とゲル膨潤を行い、6000Vで1時間の電気泳動を行ったものをサンプル媒体50とした。
【0102】
なお、サンプルとしては、蛍光色素で染色されたマウス肝臓サンプルを用いた。
【0103】
〔サンプル分離部31〕
2枚の絶縁板34として、60mm×30mm×2mm厚と60mm×28mm×2mm厚を有する石英ガラスを用いた。2枚の石英ガラスは、図16に示すように、第1開口35が1000μmの幅を有し、第2開口36が100μmのテーパー状になるように配置した。
2枚の石英ガラスの外側には親水性PVDF膜をカプトンテープにより貼り付けた。このとき、親水性PVDF膜とガラス面との間に隙間ができないように注意し、カプトンテープは第2開口36を阻害しないようにした。
【0104】
この石英ガラスの両端は中央部より0.5 mm突起しており、この突起部により分離媒体の厚さを規定した。
【0105】
上記のように作製したサンプル分離部31にポリアクリルアミドゲルを充填したものを、サンプル分離部置場8に設置し、上昇防止爪80で固定した。
【0106】
〔第1スリット構造体46〕
親水性膜の表面にスリットとなる領域(60mm×1mm)を残して絶縁性素材を塗布して作製したスリット構造体46をサンプル分離部31の第2開口36に一致するように密着させて貼り付けた。
【0107】
〔第2スリット構造体30〕
弾性材38として、乾燥時厚さ2.5mmのろ紙、または微細孔を有するポリウレタンを用い、親水性膜37として親水性PVDF膜を用いた。親水性膜37を貼り付けた弾性材38を絶縁部32のスリット表面に設けて、第2スリット構造体30を作製した。第2スリット構造体30の大きさは60mm×10mm×10mm、スリット幅は1mmとした。
【0108】
上記のように作製した第2スリット構造体30を、第2緩衝液槽2に嵌め込んで設置し、上昇防止爪80により固定した。この際、親水性膜37の表面がサンプル吸着用部材6側になるように、また、弾性材38がサンプル吸着用部材6をサンプル分離部31の第2
開口36に密着させるように、第2スリット構造体30を配置した。
【0109】
〔第1緩衝液槽1〕
70mm×70mm×深さ15mm(サンプル分離部置場8においては深さ8mm)の第1緩衝液槽1を設け、第1緩衝液を充填した。第1緩衝液には市販のMOPS/SDSバッファーを用いた。第1緩衝液槽1に配置する第1電極41としては白金線を用いた。第1電極41は電源111の負極に接続した。
【0110】
〔第2緩衝液槽2〕
70mm×70mm×深さ15mmの第2緩衝液槽2を設け、第2緩衝液を充填した。第2緩衝液には市販のMOPSバッファーを用いた。第2緩衝液槽2に配置する第2電極42としては白金線を用いた。このとき、第2電極42は電源111の正極に接続した。
【0111】
〔吸着用部材6〕
吸着用部材6として、疎水性PVDFをメタノールにより親水化したものを用いた。吸着用部材6を第2緩衝液槽2内の第2緩衝液に浸漬させた状態で、その上端側を移動アーム61に固定した。
【0112】
〔サンプル媒体50の分離媒体33への導入〕
サンプル分離部31の第1開口35において分離媒体33が露出している部分に、一次元目の電気泳動サンプルを含んだサンプル媒体50を、移動アーム52により上部から下ろして密着させた。
【0113】
〔二次元目電気泳動〕
サンプル媒体50と分離媒体33が密着した状態で、電流計113の値が25mAとなるように、第1電極41と第2電極42との間に一定電流を25分間流した。
【0114】
〔サンプル吸着〕
電流計113の値が40mAとなるように、第1電極41と第2電極42との間に一定電流を60分間流した。この時、第1駆動手段71によって吸着用部材6を上方へ引き上げた。この引き上げ速度については、駆動手段制御部70によって32μm/secから2μm/secへと段階的に減速させた。
【0115】
〔結果〕
サンプル吸着後、吸着用部材6を回収し、サンプルの検出を行った。その結果、実施例1によれば、サンプル分離とサンプル吸着とを同一器具にて連続的に行いつつも、分解能の高いサンプル吸着パターンを得ることができた。また、その再現性の良さも確認された。
【0116】
(実施例2)
実施例2では、本実施形態に係るサンプル分離吸着器具100を用いて、SDS−PAGEとサンプル吸着とを行った。実施例2では、第1実施例と同様であるところの説明を割愛し、以下には相違点のみを説明する。
【0117】
〔サンプル分離部31〕
サンプル分離部31の内部には、分離媒体33としてポリアクリルアミドゲルを充填した。ポリアクリルアミドゲルが重合する前に第1開口35の上部にコームを差し込み、一次元電気泳動サンプル投入用のウェルを作製した。作製したウェルに分子量可視マーカーサンプルを10μL流し込み、アガロースゲルによってウェルに蓋をした。第2開口36の外側には親水性膜43を巻き付けた。
【0118】
〔SDS‐PAGE〕
電流計113の値が25mAとなるように、第1電極41と第2電極42との間に一定電流を25分間流した。
【0119】
〔サンプル吸着〕
電流計113の値が40mAとなるように、第1電極41と第2電極42との間に一定電流を60分間流した。この時、第1駆動手段71によって、吸着用部材6を上方へ引き上げた。この引き上げ速度については、駆動手段制御部70によって32μm/secから2μm/secへと段階的に減速させた。
【0120】
〔結果〕
サンプル吸着後、吸着用部材6を回収し、サンプルの検出を行った。その結果、実施例2によれば、サンプル分離とサンプル吸着とを同一器具にて連続的に行いつつも、分解能の高いサンプル吸着パターンを得ることができた。また、その再現性の良さも確認された。
【0121】
(電気力線のシミュレーション)
以下に、第1電極41から第2電極42に向かって生じる電気力線の挙動についてのシミュレーションを行った結果を説明する。
【0122】
まず、図18に示す構成を有するサンプル分離吸着器具100を用いた第1のシミュレーションについて説明する。図18は、サンプル分離吸着器具100の要部構成を示す断面図である。図18では、サンプル分離部31および絶縁部32の各々には親水性膜43または37が設けられており、吸着用部材6は第2開口36に密着している。
【0123】
第1のシミュレーションでは、スリット29のZ軸方向の幅を2000μmから100μmにかけて段階的に変更し、それぞれにおける電気力線の挙動についてシミュレーションを行った。なお、第2開口36のZ軸方向の幅を100μmとし、印加電圧を実際の印加電圧に近い200Vとした。
【0124】
第1のシミュレーションの結果について、その一例を図19に示す。図19は、スリット29の幅を300μmにして行ったシミュレーション結果を示している。
【0125】
また、第1のシミュレーションの結果に基づき、電気力線が、第2開口36側に面する吸着用部材6の表面から、スリット29側に面する吸着用部材6の裏面に達するまでの間に、どの程度の広がりを示すかについて計算した。その結果を図20に示す。図20は、電気力線の広がりの程度(%)を縦軸とし、スリット29の幅(μm)を横軸とするグラフである。
【0126】
図20を参照すると、スリット29の幅を狭めるに従って、吸着用部材6における電気力線の広がりが絞られることが分かる。スリット幅200μm付近で最少となることがわかる。
【0127】
次に、図21に示す構成を有するサンプル分離吸着器具100を用いた第2のシミュレーションについて説明する。図21は、サンプル分離吸着器具100の要部構成を示す断面図である。図21において、サンプル分離部31には親水性膜43が設けられており、吸着用部材6は第2開口36に密着している。
【0128】
第2のシミュレーションでは、スリット29のZ軸方向の幅を2000μmから200
μmにかけて段階的に変更し、それぞれにおける電気力線の挙動についてシミュレーションを行った。なお、第2開口36のZ軸方向の幅を100μmとし、印加電圧を実際の印加電圧に近い200Vとした。
【0129】
第2のシミュレーションの結果について、その一例を図22に示す。図22は、スリット29の幅を200μmにして行ったシミュレーション結果を示している。
【0130】
また、第2のシミュレーションの結果に基づき、電気力線が吸着用部材6の表面から裏面に達するまでの間にどの程度の広がりを示すかについて計算した。その結果を図23に示す。図23は、電気力線の広がりの程度(%)を縦軸とし、スリット29の幅(μm)を横軸とするグラフである。
【0131】
図23を参照すると、第1のシミュレーションと同様、第2のシミュレーションにおいても、スリット29の幅を狭めるに従って、吸着用部材6における電気力線の広がりが絞られることが分かる。
【0132】
以上の第1および第2のシミュレーション結果によれば、第2開口36のZ軸方向の幅が100μmのとき、スリット29のZ軸方向の幅が100μmから1000μmの間であれば、電気力線を有効に収束することができると分かる。したがって、第2開口のZ軸方向の幅を1としたとき、スリット29のZ軸方向の幅は1〜10の範囲にあることが好ましい。
【0133】
なお、第1および第2のシミュレーション結果において、スリット29のZ軸方向の幅が1000μmよりも大きい場合には、電気力線が有効に収束されず、また、スリット29のZ軸方向の幅が100μmよりも小さい場合には、電気力線がスリットの周囲に拡散し易くなってしまう。
【0134】
(サンプルの泳動軌跡)
以下に、サンプルの泳動軌跡についてのシミュレーションを行った結果を説明する。本シミュレーションでは、比較例として第1スリット構造体46のみが配置された構成を用い、実施例として第1スリット構造体46および第2スリット構造体30が配置された構成を用いた。
【0135】
また、本シミュレーションでは、5つのタンパク質を1次元目電気泳動したサンプル媒体50を分離媒体33へ導入し、二次元目電気泳動およびサンプル吸着を行った。その結果を図24および図25に示す。
【0136】
図24(a)は、比較例におけるサンプルの泳動軌跡を示す図であり、図24(b)はその拡大図である。一方、図25(a)は、実施例におけるサンプルの泳動軌跡を示す図であり、図25(b)はその拡大図である。
【0137】
なお、図24および図25に示す5本の線は、5つのタンパク質の泳動軌跡を現している。
【0138】
図24および図25を比較すると、2つのスリット構造体を設けることによって、サンプルの収束が実現していることが分かる。すなわち、2つのスリット構造体を備える電気力線収束構造によれば、サンプルは高精度に吸着用部材6に吸着されることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0139】
本発明は、現在盛んにおこなわれているプロテオーム研究をより発展させることができ
る。また、本発明に係るサンプル分離吸着器具及び当該器具に用いる種々の部材を別々に作製および販売することにより市場を活性化することができる。
【符号の説明】
【0140】
1 第1緩衝液槽
2 第2緩衝液槽
6 吸着用部材
29 スリット
30 第2スリット構造体
31 サンプル分離部
32 絶縁部
33 分離媒体
35 第1開口
36 第2開口
37 親水性膜
38 弾性材
39 スリット
40 スリットブロック
41 第1電極
42 第2電極
44 絶縁部
45 スリット
46 第1スリット構造体
61 移動アーム
100 サンプル分離吸着器具

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分離媒体に緩衝液を介して電流を流すことによって、上記分離媒体中のサンプルを分離し、かつ、分離されたサンプルを上記分離媒体からサンプル吸着用部材へ吸着させるサンプル分離吸着器具であって、
第1電極と、
第2電極と、
上記第1電極に対向する側に開口する第1開口および上記第2電極に対向する側に開口する第2開口を有し、かつ、上記分離媒体を格納するサンプル分離部と、
上記サンプル吸着用部材において上記第2開口と対向する部位を上記サンプルの分離方向における前後から間に挟む位置に、スリットを形成する第1および第2絶縁性部材からなる電気力線収束構造と、
上記スリットに対する上記サンプル吸着用部材の相対位置を、上記分離方向に略垂直な方向に移動させる移動手段とを備えることを特徴とするサンプル分離吸着器具。
【請求項2】
上記第1絶縁性部材は、上記サンプル分離部の上記第2開口に配置されるか、または、上記第2開口を上記スリットとして形成するように上記サンプル分離部の一部として構成されており、
上記第2絶縁性部材は、上記サンプル吸着用部材と第2電極との間に配置されていることを特徴とする請求項1に記載のサンプル分離吸着器具。
【請求項3】
上記第2絶縁性部材には、上記サンプル吸着用部材を上記第2開口に向けて押し当てる、緩衝液が透過可能な弾性材が設けられていることを特徴とする請求項2に記載のサンプル分離吸着器具。
【請求項4】
上記第1絶縁性部材において上記サンプル吸着用部材に対向する側の面、および、上記第2絶縁性部材または上記弾性材において上記サンプル吸着用部材に対向する側の面には、親水性膜が設けられていることを特徴とする請求項3に記載のサンプル分離吸着器具。
【請求項5】
上記第1絶縁性部材は、親水性膜の表面に、上記スリットになる領域を残して、絶縁性材料を塗布または貼り付けることによって、上記スリットを形成することを特徴とする請求項4に記載のサンプル分離吸着器具。
【請求項6】
上記第2絶縁性部材は、弾性材または親水性膜の表面に、上記スリットになる領域を残して、絶縁性材料を塗布または貼り付けることによって、上記スリットを形成することを特徴とする請求項3から5のいずれか1項に記載のサンプル分離吸着器具。
【請求項7】
上記第2絶縁性部材が形成する上記スリットに対向する位置に貫通孔を有し、かつ上記第2絶縁性部材を支持するスリットブロックをさらに備えることを特徴とする請求項2から6のいずれか1項に記載のサンプル分離吸着器具。
【請求項8】
上記第1電極が配置される第1緩衝液槽と、
上記第2電極が配置される第2緩衝液槽とをさらに備え、
上記スリットブロックにおける貫通孔には、上記第2緩衝液槽内に充填される緩衝液が満たされることを特徴とする請求項7に記載のサンプル分離吸着器具。
【請求項9】
上記弾性材は、貫通孔を有する弾力性素材、または、吸水時に膨張する素材から構成されることを特徴とする請求項3から6のいずれか1項に記載のサンプル分離吸着器具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【公開番号】特開2011−145137(P2011−145137A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−5251(P2010−5251)
【出願日】平成22年1月13日(2010.1.13)
【出願人】(000005049)シャープ株式会社 (33,933)