説明

シアニジウム類由来のアスコルビン酸ペルオキシダーゼタンパク質、その遺伝子及びこれらの用途

【課題】耐暑性及び酸化ストレス耐性などのストレス耐性に優れた形質転換(トランスジェニック)植物を作出するに有用な遺伝子を提供するとともに、該遺伝子を用いて形質転換した植物を提供する。
【解決手段】シアニディオシゾン(Cyanidioschyzon merolae)の遺伝子からの高温環境適合性に関与する、アスコルビン酸ペルオキシダーゼ活性を備えたタンパク質の遺伝子をコードする遺伝子。アスコルビン酸ペルオキシダーゼ活性を備えたタンパク質。該遺伝子を用いて植物を形質転換することにより、耐暑性、酸化ストレス耐性などに優れた形質転換植物が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高温(42℃)、強酸性(pH2.5)環境下に生息する単細胞光合成真核生物であるシアニディオシゾン(Cyanidioschyzon merolae)に由来するアスコルビン酸ペルオキシダーゼ活性を備えるタンパク質、その遺伝子及びこれらを使用した植物のストレス耐性(例えば、耐暑性、酸化ストレス耐性、塩耐性、金属イオン耐性、耐酸性)の改善に関する。
【背景技術】
【0002】
植物は、環境ストレスによって成長と生産性が制限されるので、地球の温暖化が懸念される現在、植物の耐暑性を改善することは、農業の生産性を向上させ、さらには食料危機などの問題を回避するためにも重要である。既に、植物の耐暑性及びその他のストレス耐性を改善した例は、幾つか報告されている。
【0003】
例えば、Lee等(非特許文献1)は、ヒートショック転写因子(HSF)の発現レベルを調節してヒートショックタンパク質(HSP)を過剰発現させることにより、耐暑性のシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)の作出に成功したことを報告している。
【0004】
耐暑性の植物を作出する別の方法としては、オスモライト(osmolyte)濃度を増加させることが挙げられる。Paleg等(非特許文献2)は、オスモライトであるベタインが或る種の酵素を熱による不活性化から保護することを報告している。Allakhverdiev等(非特許文献3)は、ベタインが、光合成機構の光化学系II複合体のような非常に複雑なタンパク質を熱による不活性化から保護する際に特に有効であることを報告している。そして、Alia等(非特許文献4)は、土壌細菌であるアルスロバクター・グロビフォルミス(Arthrobacter globiformis)由来のコリンオキシダーゼcodA遺伝子を過剰発現してグリシンベタインを過剰生産するシロイヌナズナ(A. thaliana)が高温耐性を示したことを報告している。
【0005】
植物の耐暑性を改善するさらに別の方法としては、細胞膜脂質の不飽和度を調節することが挙げられる。Murata等(非特許文献5)は、最初、セイヨウカボチャ(Cucurbita maxima)及びA. thaliana由来のグリセロール3−リン酸アシルトランスフェラーゼ遺伝子を過剰発現させて脂肪酸不飽和度を増加させることにより、低温耐性が向上したタバコ(Nicotiana tabacum)の形質転換植物の作出に成功したことを報告している。一方、Murakami等(非特許文献6及び特許文献5)は、葉緑体に局在するω−3デサチュラーゼ酵素をコードする遺伝子(3つの二重結合を含む脂質を合成するFad遺伝子)を欠損させて、不飽和脂肪酸のレベルを低下させることにより、タバコ(N. tabacum)の高温耐性形質転換植物の作出に成功したことを報告している。したがって、植物の細胞膜の脂質の不飽和度を増加させることにより低温耐性が高められる一方で、不飽和度を減少させることにより高温耐性が高められることが示唆されている。
【0006】
特開2001−346590号公報(特許文献1)は、オオムギ由来のペルオキシソーム結合型アスコルビン酸ペルオキシダーゼ(APX)遺伝子をA. thalianaに導入して形質転換することにより、耐暑性が改善されたことを報告している。
特開2002−281979号公報(特許文献2)は、パラコート耐性タバコカルスより分離されたペルオキシダーゼ遺伝子をN. tabacumに導入して形質転換することにより、耐高低温性などの耐ストレス性が改善されることを報告している。
特開2003−9692号公報(特許文献3)は、アスコルビン酸ペルオキシダーゼ(APX)遺伝子を単独で導入しても必ずしもストレス耐性は強化されないことを報告する一方で、サイトゾル型APX遺伝子を過剰発現プロモーターに連結してイネ(Oryza sativa)に導入して形質転換することにより、低温ストレス耐性が改善されたことを報告している。
特開2004−105136号公報(特許文献4)は、クラミドモナス(Chlamydomonas)由来の、アスコルビン酸ペルオキシダーゼ(APX)遺伝子をイネ(O. sativa)に導入することにより、低温脱色耐性が改善されたことを報告している。
【0007】
しかしながら、上記した従来の研究及び報告は何れも、内在性の遺伝子または普通の環境で生育する生物の遺伝子を外来遺伝子として用いたものに限られている。
一方、高温環境又は強酸性環境などの極限環境で生育する生物は、そのような環境への高い生育適合性を保証する遺伝子を備えているものと考えられ、そのゲノム解析を行うことにより、高温耐性などのストレス耐性が高められた形質転換植物の生産に利用できる遺伝子情報が得られる可能性がある。
【0008】
Ciniglia等(非特許文献7)は、イタリアの極限環境に生育する紅藻(Cyanidiales; Galdieria, Cyanidium, Cyanidioschyzon及び分類未確認のもの)の種、系統やクローンについて、生体生理学の観点から検討を行い、報告している。シアニディオシゾン(C. merolae)は、光合成真核生物にとっては極限環境である強酸性の温泉(pH 0.5-1, 45℃-55℃)に生息する。C. merolaeの全てのゲノム(核(16,546,747bp)、ミトコンドリア(32,211bp)及び色素体(149,987bp)の塩基配列は、既に決定されている(非特許文献8及び9)。また、廣岡等(非特許文献10)は、C. merolaeの高温耐性に重要な役割を果たす遺伝子を同定するためにEST解析を行ったところ、活性酸素消去系の酵素の中で葉緑体型アスコルビン酸ペルオキシダーゼ(chlAPX)高い発現を示したことを報告しているが、それをコードする遺伝子配列の詳細については何ら具体的に開示していない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Lee JH, Huebel A, Schoeffl F, “Derepression of the activity of genetically engineered heat shock factor causes constitutive synthesis of heat shock proteins and increased thermotolerance in transgenic Arabidopsis.”, Plant J., (1995) 18: 603-12.
【非特許文献2】Paleg LG, Douglas TJ, van Daal A, Keech DB, “Proline, betaine and other organic solutes protect enzymes against heat inactivation.”, Aust J Plant Physiol., (1981) 8: 107-114.
【非特許文献3】Allakhverdiev Sl, Feyziev YM, Ahmed A, Hayashi H, Aliev JA, Klimov VV, Murata N, Carpentier R, "Stabilization of oxygen evolution and primary electron transport reactions in photosystem II against heat stress with glycinebetaine and sucrose.", J. Photochem. Photobiol., (1996) 34: 149-157.
【非特許文献4】Alia, Hayashi H, Sakamoto A, Murata N, “Enhancement of the tolerance of Arabidopsis to high temperatures by genetic engineering of the synthesis of glycinebetaine.”, Plant J., (1998) 16: 155-61.
【非特許文献5】Murata N, Ishizaki-Nishizawa O, Higashi S, Hayashi H, Tasaka Y, Nishida I, “Genetically engineered alteration in the chilling sensitivity of plants.”, Nature, (1992) 356: 710-713.
【非特許文献6】Murakami Y, Tsuyama M, Kobayashi Y, Kodama H, Iba K, “Trienoic fatty acids and plant tolerance of high temperature.”, Science, (2000) 287: 476-479.
【非特許文献7】Ciniglia C, Yoon HS, Pollio A, Pinto G, Bhattacharya D, “Hidden biodiversity of the extremophilic Cyanidiales red algae.”, Mol Ecol., (2004) 13: 1827-38.
【非特許文献8】Matsuzaki M, Misumi O, Shin-I T, Maruyama S, Takahara M, Miyagishima SY, Mori T, Nishida K, Yagisawa F, Nishida K, Yoshida Y, Nishimura Y, Nakao S, Kobayashi T, Momoyama Y, Higashiyama T, Minoda A, Sano M, Nomoto H, Oishi K, Hayashi H, Ohta F, Nishizaka S Haga S, Miura S. Morishita T, Kabeya Y, Terasawa K, Suzuki Y, Ishii Y, Asakawa S, Takano H, Ohta N, Kuroiwa H, Tanaka K, Shimizu N, Sugano S, Sato N, Nozaki H, Ogasawara N, Kohara Y, Kuroiwa T, "Genome sequence of the ultrasmall unicellular red alga Cyanidioschyzon merolae 10D." Nature, (2004) 428: 653-657.
【非特許文献9】Nozaki H, Takano H, Misumi O, Terasawa K, Matsuzaki M, Maruyama S, Nishida K, Yagisawa F, Yoshida Y, Fujiwara T, Takio S, Tamura K, Chung S J, Nakamura S, Kuroiwa H, Tanaka K, Sato N and Kuroiwa T, “A 100%-complete sequence reveals unusually simple genomic features in the hot-spring red alga Cyanidioschyzon merolae.”, BMC Biol., (2007) 5: 28.
【非特許文献10】廣岡俊亮ら, 「Cyanidioschyzon merolaeのchlAPX遺伝子を導入したシロイヌナズナの機能解析」, 日本植物学会大会研究発表記録, (2007.09.06) Vol.71st, Page, 161.
【特許文献】
【0010】
【非特許文献1】特開2001−346590号公報
【非特許文献2】特開2002−281979号公報
【非特許文献3】特開2003−9692号公報
【非特許文献4】特開2004−105136号公報
【非特許文献5】特開2001−320993号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、C. merolaeの遺伝子から高温環境適合性に関与する遺伝子を探索し、探索した遺伝子の中から、耐暑性及び酸化ストレス耐性などのストレス耐性に優れた形質転換(トランスジェニック)植物を作出するに有用な遺伝子を提供するとともに、該遺伝子を用いて形質転換した植物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者等は、C. merolaeの高温環境適合性に関与すると思われるタンパク質のうち、配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列を含むアスコルビン酸ペルオキシダーゼ活性を備えたタンパク質が、植物の耐暑性及び酸化ストレス耐性を改善するために有用であること見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
したがって、本発明は、その一局面によれば、下記(a)または(b)のタンパク質を提供する。
(a)配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列を含み、アスコルビン酸ペルオキシダーゼ活性を備えたタンパク質。
(b)配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列の一部が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列を含み、アスコルビン酸ペルオキシダーゼ活性を備えたタンパク質。
【0014】
また、本発明は、他の局面によれば、上記(a)または(b)のタンパク質をコードする遺伝子、例えば、配列表の配列番号2に示される塩基配列からなる遺伝子を提供する。
【0015】
また、本発明は、さらに他の局面によれば、上記遺伝子を植物に導入することにより、植物にストレス耐性を付与する方法、および、上記遺伝子を含む形質転換植物を提供する。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、極限環境で生育するC. merolaeから植物中で発現可能なアスコルビン酸ペルオキシダーゼ活性を備えるタンパク質及びそれをコードする遺伝子が得られる。このC. merolaeに由来するタンパク質と植物のストレス耐性との関係は未だ不明な点も多いが、本発明によれば、該タンパク質をコードする遺伝子を植物に導入して形質転換して、該植物中で該遺伝子を発現させることにより、その耐暑性及び酸化ストレス耐性などを向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1A】35S:CmstAPXは、バイナリーベクターpPZP221に配列表の配列番号2のアスコルビン酸ペルオキシダーゼ(CmstAPX)遺伝子を挿入して構築した発現ベクター(下記実施例2)の模式図である。35S:CmstAPX-GFPは、バイナリーベクターpPZP221に上記アスコルビン酸ペルオキシダーゼ(CmstAPX)遺伝子及び合成緑色蛍光タンパク(sGFP)遺伝子を連結して挿入し、両者の融合タンパクを発現させるように構築した発現ベクター(下記実施例3)の模式図である。
【図1B】下記実施例2で、野生株及び形質転換株1〜3から抽出したDNAを、CaMV35Sに特異的な配列(SF)及びCmstAPXに特異的な配列(CR)をプライマーとして用いてPCR法で増幅した後、電気泳動した結果を示す0.6kb付近のバンドの写真である。図中、Wは野生株を示し、数字1〜3は形質転換株を示す。
【図1C】下記実施例2で、野生株及び形質転換株1〜3から抽出したRNAを、ランダムプライマーを用いて逆転写して合成したcDNAを、CaMV35Sプロモーターに特異的な配列(SF)及びCmstAPXに特異的な配列(CR)をプライマーとして用いてPCR法で増幅した後、電気泳動した結果を示す0.6kb付近のバンドの写真である。下段(対照)は、下記実施例2で、上段と同じcDNAを、AtGAPDHに特異的な配列をプライマーとして用いてPCR法で増幅した後、電気泳動した結果を示す0.3kb付近のバンドの写真である。図中、Wは野生株を示し、数字1〜3は形質転換株を示す。
【図1D】下記実施例2における可溶性アスコルビン酸ペルオキシダーゼ酵素活性(soluble APX activity)の測定結果を示すグラフである。図中、WTは野生株を示し、CmstAPX2は形質転換株2を示す。
【図2】aは、下記実施例3で得られたプロトプラストの葉緑体を緑色光で励起させた写真である。bは、下記実施例3で得られたCmstAPX-GFP融合タンパク質を青色光で励起させた写真である。cは、aとbを合成した写真である。dは、bの拡大像である。eは、dと葉緑体クロロフィルの自家蛍光を重ねた像である。fはCmstAPX-GFP融合タンパク質の局在が、グラナ以外のストロマ領域にあることを示す(矢印)写真である。
【図3】左欄は、下記実施例4において、円盤状の葉片をメチルビオロゲン(MV)を含まない溶液で処理した結果(対照)を示し、右欄は、下記実施例4において、0.4μMのメチルビオロゲン(MV)を含む溶液で処理した結果を示す。図中、WTは野生株を示し、CmstAPX2は形質転換株2を示す。
【図4】左欄は、下記実施例4において、メチルビオロゲン(MV)を含まない溶液で処理した円盤状葉片1枚当たりのクロロフィル(chlorophyll)含量(対照)を示し、右欄は、下記実施例4において、0.4μMのメチルビオロゲン(MV)を含む溶液で処理した円盤状葉片1枚当たりのクロロフィル(chlorophyll)含量を示す。図中、chlaはクロロフィルaを示し、chlbはクロロフィルbを示し、WTは野生株を示し、CmstAPX2は形質転換株2を示す。
【図5】上段は、下記実施例5において、A. thalianaの野生株及び形質転換株2のそれぞれを温度23℃で生育させた後の子葉を示す写真であり、下段は、温度33℃とした以外同様に生育させた後の子葉を示す写真である。図中、WTは野生株を示し、CmstAPX2は形質転換株2を示す。
【図6】下記実施例5において、A. thalianaの野生株及び形質転換株2のそれぞれを温度(Temperature)23℃〜33℃で生育させた後の子葉中のクロロフィル(chlorophyll)含量を示すグラフである。図中、WTは野生株を示し、CmstAPX2は形質転換株2を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明によれば、配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列を含むタンパク質(以下「タンパク質(a)」という)を発現する形質転換植物を作出することができる。該タンパク質(a)は、下記実施例2で確認されたように、アスコルビン酸ペルオキシダーゼ活性を備えたタンパク質である。遺伝子工学及びタンパク質工学の分野における当業者にとって、タンパク質(a)のアミノ酸配列の一部を欠失、置換または付加させた改質タンパク質であって、アスコルビン酸ペルオキシダーゼ活性を備えたものを得ることは容易である。したがって、タンパク質(a)のアミノ酸配列の一部が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列を含み、アスコルビン酸ペルオキシダーゼ活性を備えたタンパク質(以下「タンパク質(b)」という)も、本発明の形質転換植物を作出するために使用することができると考えられる。かかる改変は、通常、配列表の配列番号1に示すアミノ酸配列において20個以下、好ましくは10個以下、更に好ましくは5個以下のアミノ酸を削除、置換または付加することにより行われ、得られるタンパク質がアスコルビン酸ペルオキシダーゼ活性を備える限り、本発明のタンパク質(b)の範疇に含まれる。
【0019】
タンパク質(a)をコードする遺伝子としては、配列表の配列番号2に示される塩基配列からなるものが例示されるが、コドンの縮重に鑑みれば、これのみに限定されるものでないことは明らかであり、また、DNAだけでなくRNAも含まれる。また、上記改変タンパク質(b)は、例えば、配列表の配列番号2に示される遺伝子配列を遺伝子工学的手法によって改変し、適当な宿主中で発現させることにより得ることができる。
【0020】
本発明のタンパク質(a)または(b)をコードする遺伝子(以下、「本発明の遺伝子」という)を用いて植物を形質転換する方法としては、本技術分野における通常の方法を用いる事ができる。例えば、本発明の遺伝子を薬剤耐性遺伝子を備えたプラスミドベクターに組み込み、この組み換えプラスミドをアグロバクテリウム菌に導入した後、このアグロバクテリウム菌を目的とする植物に感染させて形質転換植物を作製し、薬剤耐性を示す形質転換植物を選抜する事により、形質転換を行うことができる。また、パーティクルガン法、電気穿孔法等の方法を用いて本発明の遺伝子を直接植物細胞に導入して形質転換を行うこともできる。
【0021】
本発明の遺伝子は、植物で過剰発現するように適当なプロモーター遺伝子に連結させて植物に導入することが好ましい。プロモーター遺伝子としては、植物に導入して使用する発現ベクターに用いられているものが使用できると考えられ、例えば、カリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーターなどが挙げられる。生殖細胞系列ではアクチンプロモーターなど、その他の組織・器官特異的なプロモーターの利用も考えられる。
【0022】
本発明で形質転換可能な植物としては、シロイヌナズナの他、イネ、オオムギ、コムギ、トマト、大豆、アルファルファ、トウモロコシ、サトウキビ、ジャガイモなどの穀類、野菜類が挙げられる。
【実施例】
【0023】
実施例1(EST解析)
Matsuzaki等(上記非特許文献8参照)の方法に従い、C. merolaeのEST解析を行った。その結果を表1に示す。
表1には、4479個の転写物のうち、活性酸素種(ROS)を除去する酵素をコードすると推定される転写物が掲載されており、そのうち、カタラーゼと、葉緑体型アスコルビン酸ペルオキシダーゼ(CmstAPX)の発現量が多いことが示されている。このアスコルビン酸ペルオキシダーゼ(CmstAPX)は、葉緑体の酸化・高温ストレス等によって誘発されるROSを除去する機能を有するものと考えられ、C. merolaeの極限環境耐性に重要な役割を担っているものと考えられる。したがって、以後、このアスコルビン酸ペルオキシダーゼ(CmstAPX)の遺伝子を解析することとした。解析の結果、このアスコルビン酸ペルオキシダーゼ(CmstAPX)は、配列表の配列番号1に示される376個のアミノ酸残基からなるタンパク質であり、該タンパク質をコードするDNA配列は配列表の配列番号2に示されるものであることがわかった。配列番号1のアミノ酸配列から、このアスコルビン酸ペルオキシダーゼ(CmstAPX)は、葉緑体のストロマに局在するものと推定した。
【0024】
【表1】

【0025】
実施例2(CmstAPX遺伝子を用いたA. thalianaの形質転換)
図1Aの35S:CmstAPXに示すように、ゲンタマイシン耐性(aaC1)遺伝子、カリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター(CaMV35S-Ω)及びNOSターミネーター(NOS3’)を含むバイナリーベクターpPZP221中に、配列表の配列番号2に示されるアスコルビン酸ペルオキシダーゼ(CmstAPX)をコードする遺伝子の全長を、上記プロモーター(CaMV35S-Ω)の制御下に位置するようにクローニングした。得られたベクターを、ヘルパープラスミドpMP90を含むアグロバクテリウム(Agrobacterium tumefaciens)を用いたフローラルディップ法によって、A. thalianaに導入した。形質転換したA. thalianaの種子をMS培地(1%寒天、1%スクロース、100μg/mlゲンタマイシン及び500μg/mlカルベニシリン含有)上に蒔き、3つの形質転換株1〜3を選択した。
【0026】
野生株及び形質転換株1〜3のそれぞれからDNAを抽出し、CaMV35Sに特異的な配列(SF)及びCmstAPXに特異的な配列(CR)をプライマーとして用いてPCR法により外来遺伝子を増幅させた。また、野生株及び形質転換株1〜3のそれぞれからRNAを抽出し、ランダムプライマーを用いて逆転写して合成したcDNAを、CaMV35Sプロモーターに特異的な配列(SF)及びCmstAPXに特異的な配列(CR)をプライマーとして用いたPCR法により増幅させた。増幅させたDNAを電気泳動して、0.6kb付近のバンドを観察した。これらの結果を図1B及び図1Cに示す。
【0027】
図1B及び図1Cから、CmstAPX遺伝子は、野生株では発現していなかったが、3つの形質転換株の全てで発現したことがわかる。また、形質転換株でCmstAPXタンパク質が発現していることは、抗CmstAPX血清を用いたイムノブロッティングによって確認した。
【0028】
図1B〜Cに示した形質転換株1〜3のうち、CmstAPX遺伝子の発現量が最も多いと考えられた形質転換株2を用い、可溶性アスコルビン酸ペルオキシダーゼ(APX)の酵素活性を測定した。
【0029】
酵素活性は、次の要領で測定した。植物の葉(50mg)を液体窒素中でホモジナイズし、250μlの抽出バッファー(50mMリン酸カリウム(pH7.0)、1mMアスコルビン酸(AsA)、1mM EDTA、20%(w/v)ソルビトール、2%(w/v)ポリビニルピロリドン及びプロテアーゼインヒビター含有)と混合した後、4℃で10分間15000×gで遠心分離した。上清を、上記抽出バッファーで平衡化しておいたマイクロスピン(Microspin)G-25カラム(GE Healthcare製)に通し、1mMアスコルビン酸(AsA)の存在下に290nm(ε=2.8mm-1cm-1)でアスコルビン酸(AsA)の酸化を追跡することによりAPXの酵素活性を測定した。反応は、0.5mM H2O2を添加することにより開始した。1ユニットは、25℃で毎分1μmolのアスコルビン酸(AsA)を酸化する酵素の量として定義した。タンパク量は、RC DC Protein Assay(BIO-RAD製)により、牛ガンマグロブリンを標準として用いて測定した。
【0030】
図1Dに酵素活性の測定結果を示す。図1Dから、形質転換株2は、野生株の8倍以上の可溶性アスコルビン酸ペルオキシダーゼ(APX)酵素活性を示すことがわかった。従来、A. thalianaのサイトゾル型アスコルビン酸ペルオキシダーゼ(APX)がN. tabacumの葉緑体中で野生株の3.8倍の可溶性アスコルビン酸ペルオキシダーゼ(APX)酵素活性を示したことが報告されている(Badawi GH, Kawano N, Yamauchi Y, Shimada E, Sasaki R, Kudo A, Tanaka K, “Over-expression of ascorbate peroxidase in tobacco chloroplasts enhances the tolerance to salt stress and water deficit.”, Physiol Plant., (2004) 121: 23 1-238)。上記本発明の酵素活性は、この従来の報告を大きく上回るものである。
【0031】
実施例3(CmstAPXの細胞内局在性)
図1Aの35S:CmstAPX-GFPに示すように、ゲンタマイシン耐性(aaC1)遺伝子、カリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター(CaMV35S-Ω)及びNOSターミネーター(NOS3’)を含むバイナリーベクターpPZP221中に、配列表の配列番号2に示されるアスコルビン酸ペルオキシダーゼ(CmstAPX)をコードする遺伝子の全長に続けて合成緑色蛍光タンパク(sGFP)をコードする遺伝子の全長を、上記CaMV35S-Ωプロモーターの制御下に位置するようにクローニングして、両者の融合タンパク(CmstAPX-GFP)を発現するベクターを構築した。得られたベクターを、実施例2と同様の方法で、A. thalianaに導入して形質転換株を選択した。
【0032】
得られた形質転換株のプロトプラストを3CCDデジタルカメラ(C7780(商品名)浜松ホトニクス社製)付きの蛍光顕微鏡(BX51(商品名)オリンパス社製)で観察した。その結果を図2に示す。
図2に示されるように、融合タンパク(CmstAPX-GFP)の蛍光シグナルが、葉緑体の周辺領域(図2の写真e中、矢印参照)と円盤状のグラナの周囲のストロマ(図2の写真e及びf中、矢印参照)に見られた。
【0033】
さらに、テクノビット(Technovit)法による免疫蛍光顕微鏡観察を行ったところ、アスコルビン酸ペルオキシダーゼ(CmstAPX)タンパクは、ストロマに局在することが明らかになっているルビスコ大サブユニット(rbcL)との共免疫標識により局在が一致することがわかった。これは、アミノ酸配列から推測されたと同様に、アスコルビン酸ペルオキシダーゼ(CmstAPX)タンパクが葉緑体のストロマ中に局在することを示すものである。
【0034】
実施例4(形質転換植物のパラコート耐性)
A. thalianaの野生株及び実施例2で得られた形質転換株2のそれぞれの種子を、培養土に播種して6週間生育させた後、ロゼット葉から直径4.5mmの円盤状の葉片をパンチして採取し、0μM(対照)または0.4μMのメチルビオロゲン(MV)を含む溶液中に浮かべて暗所で1時間放置して処理した後、100μmolm−2−1、23℃にて42時間光照射した。その後、葉片の色を目視で観察するとともに、クロロフィル含量をPorra等(Porra RJ, Thompson WA, and Kriedemann PE, “Determination of accurate extinction coefficients and simultaneous equations for assaying chlorophylls a and b extracted with four different solvents: verification of the concentration of chlorophyll standards by atomic absorption spectroscopy.”, Biochim. Biophys. Acta., (1989) 975: 384-394)の方法により測定した。結果を図3及び図4に示す。
【0035】
図3に示すように、0.4μMのMVで処理した場合、野生株の葉片は緑色が退色したのに対し、形質転換株2の葉片は緑色を維持していた。また、図4に示すように、0.4μMのMVで処理した場合、クロロフィルa及びbの含量は形質転換株2では減少しなかったのに対し、野生株では大幅に減少した。なお、形質転換株及び野生株の何れも、MV含有溶液中に暗所で保存した場合は、クロロフィル含量に変化はなかった。このことから、アスコルビン酸ペルオキシダーゼ(CmstAPX)は、A. thalianaで発現することにより、光合成の明反応由来のH2O2を除去して葉緑体の活性酸素種除去機能を強化し、MVにより誘発された活性酸素ストレスのような酸化ストレスに対する耐性を増強させていることが示唆された。
【0036】
実施例5(形質転換植物の高温耐性)
A. thalianaの野生株及び実施例2で得られた形質転換株2のそれぞれの種子を、90mmプラスチック製ペトリ皿中のMS培地(1%寒天、1%スクロース及び100μg/mlカルベニシリン含有)上に蒔き、温度を23、28、31または33℃に調節して7日間生育させた。その後、子葉の状態を目視で観察するとともに、クロロフィル含量をPorra等(前掲)の方法で測定した。結果を図5及び図6に示す。
【0037】
図5に示すように、23℃で生育させた場合は、野生株及び形質転換株2の何れも緑色の子葉の生育が認められたのに対し、33℃で生育させた場合は、野生株の子葉は黄色に退色して生育が停止したのに対し、形質転換株2の子葉は薄緑に退色したものの緑色を保っていた。また、図6に示すように、23及び28℃で生育させた場合は、野生株及び形質転換株2の間にクロロフィル含量の差異が見られなかったのに対し、31℃以上で生育させた場合は、野生株のクロロフィル含量が形質転換株2よりも大幅に低下した。これは、本発明のアスコルビン酸ペルオキシダーゼ(CmstAPX)遺伝子を用いて植物を形質転換することにより、植物の耐暑性を向上させることができることを示すものである。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明は、極限環境で生育するC. merolae由来のアスコルビン酸ペルオキシダーゼ遺伝子を用いて植物を形質転換することにより、耐暑性及び酸化ストレス耐性などのストレス耐性に優れた植物を提供するものであり、地球の温暖化が懸念される現在、農業の分野において、植物の生産性を向上させるために利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(a)または(b)のタンパク質。
(a)配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列を含み、アスコルビン酸ペルオキシダーゼ活性を備えたタンパク質。
(b)配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列の一部が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列を含み、アスコルビン酸ペルオキシダーゼ活性を備えたタンパク質。
【請求項2】
請求項1に記載のタンパク質をコードする遺伝子。
【請求項3】
配列表の配列番号2に示される塩基配列からなる、請求項2に記載の遺伝子。
【請求項4】
請求項2または3に記載の遺伝子を植物に導入することにより、植物にストレス耐性を付与する方法。
【請求項5】
請求項2または3に記載の遺伝子を含む形質転換植物。

【図1A】
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【図1B】
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【図1C】
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【図1D】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−207103(P2010−207103A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−53834(P2009−53834)
【出願日】平成21年3月6日(2009.3.6)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年9月25日 「日本植物学会第72回大会」において文書をもって発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構「イノベーション創出基礎的研究推進事業」、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの
【出願人】(300071579)学校法人立教学院 (42)
【Fターム(参考)】