説明

シアン化合物の濃度を測定する方法

【課題】JIS−K0102法における、排水中のシアン化合物の濃度を測定する際に添加する試薬に影響されることなく、正確なシアン化合物の濃度を測定できるようにする。
【解決手段】試料を長時間保存するための水酸化ナトリウムを添加した後に、それによって生じた酸化マンガンを還元するための還元剤を適量添加する。さらに、EDTA溶液とN−S結合を有する化合物との反応を消失させるため、EDTA溶液を加える前に亜硝酸塩を適量加える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マンガンイオン及びN−S結合を有する化合物が存在する試料中のシアン化合物の濃度を測定するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
シアン化合物は、水中のシアン化物イオン及び、シアノ錯体などの総称で、メッキ工場、金属精錬、写真工業等の工場排水や都市ガス製造工場などの排水に含まれている。シアン化合物はきわめて高い毒性を持ち、人体への影響も早く、その摂取量によっては数秒ないし数分で中毒症状があらわれ、頭痛、めまい、意識障害、麻痺等を起こす。シアンは労働安全衛生法において特定化学物質に、毒物および劇物取締法において毒物に指定されており、環境省の述べている排水基準値は、1mg/L以下である。
【0003】
排水中のシアン化合物の濃度を測定する方法については、工場排水試験方法JIS−K0102が規定されている。この方法は、試料である排水にリン酸を加えてpHを2以下にし、それからEDTA(エチレンジアミン四酢酸二ナトリウム)溶液を加えて加熱蒸留し、発生したシアン化水素を水酸化ナトリウム溶液によって捕集する。次に、捕集した試料を、ピリジン−ピラゾロン吸光光度法、4−ピリジンカルボン酸−ピラゾロン吸光光度法、又はイオン電極法によりシアン化合物の吸光度を測定し、シアン化合物の濃度を求める。
【0004】
また、シアン化合物は変化しやすいので、試験は試料採取後直ちに行うことが望ましいが、直ちに行えない場合には、試料1Lにつき水酸化ナトリウムを4〜5粒添加して保存し、できるだけ早く試験する。
【非特許文献1】JIS−K0102
【非特許文献2】「シアン化合物を使用していない事業所からのシアン検出事例とシアンの分析方法(その2)−シアン化水素の生成における有機化合物及び窒素化合物の影響−」 野々村真、環境と測定技術vol.17(1990)No.2
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、試料によっては、試料自体にシアン化合物が含まれていないにもかかわらず、JIS−K0102法によってシアンが検出されてしまうという事が起こることを本願発明者らは見つけ出した。これは、試料中のシアン化合物以外の成分が原因と考えられる。この試料中のシアン化合物以外の成分と、シアン化合物の濃度を測定する操作において加えられる試薬とが反応して、シアン化合物を生成すると思われる。このため、試料中に実際に存在するシアン化合物の正確な測定が行われないという事態が発生する恐れがある。
【0006】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、JIS−K0102法における、排水中のシアン化合物の濃度を測定する際に添加する試薬に影響されることなく、正確なシアン化合物の濃度を測定できるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的を達成するために、本願の請求項1の発明は、試料中のシアン化合物の濃度を測定する方法であって、前記試料に亜硝酸塩を加える工程Aと、前記試料にEDTAを加える工程Bと、前記試料を蒸留して留出液を得る工程と、前記留出液中のシアン化合物による吸光度を測定する工程と、前記吸光度から前記試料中のシアン化合物の濃度を求める工程とを含むこととした。
【0008】
この構成によれば、工程Aにおいて亜硝酸塩を加えることで、N−S結合を有する化合物が分解されるので、試料中にN−S結合を有する化合物が含まれていたとしても、後に工程Dで加えるEDTAとN−S結合を有する化合物との反応によりシアン化合物が生成するのを未然に防ぐことができる。
【0009】
本願請求項2の発明は、試料中のシアン化合物の濃度を測定する方法であって、前記試料に水酸化ナトリウムを加える工程Cと、前記試料に還元剤を加える工程Dと、前記試料にEDTAを加える工程Bと、前記試料を蒸留して留出液を得る工程と、前記留出液中のシアン化合物による吸光度を測定する工程と、前記吸光度から前記試料中のシアン化合物の濃度を求める工程とを含むこととした。
【0010】
この構成によれば、試料を長時間保存およびpH調整するために水酸化ナトリウムを加え、続いて還元剤を加える。これらのことによって、試料の長時間保存が可能となるとともに、試料中にマンガンイオンが含まれていたとしても、水酸化ナトリウムを加えることによって生じた酸化マンガンを消失させ、後に加えるEDTAの酸化剤として酸化マンガンが働くことを未然に防ぐことができる。
【0011】
本願請求項3の発明は、請求項2において、前記工程Bの後に、前記試料に亜硝酸塩を加える工程Cをさらに含むこととした。
【0012】
この構成によれば、試料を長時間保存するために水酸化ナトリウムを加え、続いて還元剤を加える。これらのことによって、試料の長時間保存が可能となるとともに、試料中にマンガンイオンが含まれていたとしても、水酸化ナトリウムを加えることによって生じた酸化マンガンを消失させ、後に加えるEDTAの酸化剤として酸化マンガンが働くことを未然に防ぐことができる。さらに、続く工程で亜硝酸塩を加えることで、N−S結合を有する化合物は分解されるので、試料中にN−S結合を有する化合物が含まれていたとしても、後に加えるEDTAとN−S結合を有する化合物との反応によりシアン化合物が生成するのを未然に防ぐことができる。
【0013】
本願請求項4の発明は、請求項1または3において、前記亜硝酸塩は、0.1mmol/L以上5.2mmol/L以下加えることとした。
【0014】
この構成によれば、亜硝酸塩を前記範囲加えることで、シアン化合物の誤検出濃度を環境省の述べている排水基準値である1mg/L以下に抑えることができる。
【0015】
本願請求項5の発明は、請求項2または3において、前記還元剤は、チオ硫酸ナトリウムであることとした。
【0016】
この構成によれば、チオ硫酸ナトリウムが、試料に水酸化ナトリウムを加えることによって生じた、酸化マンガンに対する還元剤として働く。
【0017】
本願請求項6の発明は、請求項5において、前記チオ硫酸ナトリウムは、1mmol/L以上10mmol/L以下加えることとした。
【0018】
この構成によれば、チオ硫酸ナトリウムを前記範囲加えることで、シアン化合物の誤検出濃度を環境省の述べている排水基準値である1mg/L以下に抑えることができる。
【0019】
本願請求項7の発明は、請求項1から6のいずれか一つにおいて、前記試料は、排煙脱硫装置から排出された排煙脱硫排水であることとした。
【0020】
この構成によれば、試料は排煙脱硫装置から排出された排煙脱硫排水であるので、排ガス中のNOやSOに起因するNOとHSOとが反応し、N−S結合を有する化合物が生成するが、本発明では試料中にN−S結合を有する化合物が含まれていたとしても、その影響を受けることなく、シアン化合物の濃度を測定することができる。
【発明の効果】
【0021】
請求項1の発明によれば、EDTAを加える前に亜硝酸塩を加えることとしている。そうすることで、亜硝酸塩によって、試料中に含有しているN−S結合を有する化合物が分解されるので、試料中にN−S結合を有する化合物が含まれていたとしても、後に加えるEDTAとN−S結合を有する化合物との反応によりシアン化合物が生成するのを未然に防ぐことができる。このことによって、シアン化合物の生成は妨げられ、試料中のシアン化合物の誤検出に対してN−S結合を有する化合物が与える影響を防ぐことができる。
【0022】
請求項2の発明によれば、試料を長時間保存するための水酸化ナトリウムを加えた後に、還元剤を加えることとしている。試料に水酸化ナトリウムを加えることにより、試料中に含有しているマンガンイオンと水酸化ナトリウム、そして試料中に溶存する酸素とが反応して酸化マンガンを生じる。ここで、還元剤を加えることによって生成した酸化マンガンは消失する。このことによって、EDTAの酸化剤として働き、シアン化合物を生成させる一つの要因である酸化マンガンとEDTAとの反応を未然に防ぐことができる。このことによって、試料の長時間保存が可能となるとともに、試料中のシアン化合物の誤検出に対してマンガンイオンが与える影響を防ぐことができる。
【0023】
請求項3の発明によれば、試料に亜硝酸塩を加える工程Cを追加することで、シアン化合物の誤検出に対して、マンガンイオンに加えN−S結合を有する化合物が与える影響についても防ぐことができる。
【0024】
請求項4の発明によれば、亜硝酸塩を0.1mmol/L以上5.2mmol/L以下加えることで、シアン化合物の誤検出濃度を環境省の述べている排水基準値である1mg/L以下に抑えることができる。
【0025】
請求項5の発明によれば、チオ硫酸ナトリウムが、試料に水酸化ナトリウムを加えることによって生じた酸化マンガンに対する還元剤として働き、酸化剤である酸化マンガンを消失させる。このチオ硫酸ナトリウムの働きによって、試料を長時間保存するために加える水酸化ナトリウムによる悪影響を防ぐことができる。
【0026】
請求項6の発明によれば、チオ硫酸ナトリウムを1mmol/L以上10mmol/L以下加えることで、シアン化合物の誤検出濃度を環境省の述べている排水基準値である1mg/L以下に抑えることができる。
【0027】
請求項7の発明によれば、試料は排煙脱硫装置から排出された排煙脱硫排水であるので、排ガス中のNOやSOに起因するNOとHSOとが反応し、N−S結合を有する化合物が生成するが、本発明では、試料中にN−S結合を有する化合物が含まれていたとしても、その影響を受けることはなく、試料中に本来含まれているシアン化合物の濃度を測定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下、本発明の実施形態を説明する前に、シアン化合物が誤検出を生じる原因を解明することとした。
【0029】
本願発明者は、排水処理をするために、排水中のシアン化合物の濃度を測定するまでの過程でシアン化合物を全く使用していない、すなわち排水中にシアン化合物が全くないにもかかわらず、試料によっては、シアン化合物が検出されてしまうことを発見した。本願発明者らは、排煙脱硫排水中のシアン化合物濃度を正確に測定しようとした過程において鋭意検討した結果、この問題の原因として、次の2つのことを想到するに至った。
【0030】
1つ目は、試料中に含まれるマンガンイオンと試料を長時間保存するために加える水酸化ナトリウムとの影響である。
【0031】
前記非特許文献1では、試料の保存方法として水酸化ナトリウムを添加することとしているが、この処理を行うと、排水中に金属であるマンガンイオンが含まれている場合、水酸化ナトリウムと試料中の溶存酸素とによって酸化マンガンが生成する。この酸化マンガンがEDTAの酸化剤として働くことでEDTAからのシアン化合物生成を助長し、このことが、シアン化合物の誤検出に繋がっているとともに、その濃度を著しく高めていると考えた。
【0032】
2つ目は、試料中に含まれているN−S結合を有する化合物により、シアン化合物が誤検出されるのではないかということである。
【0033】
排煙脱硫装置から排出された排水では、排気ガス中のNOやSOに起因するNOとHSOとが反応し、N−S結合を有する化合物が生成される。この排水中のN−S結合を有する化合物と濃度測定における操作で添加するEDTAが、操作中に反応してシアン化合物を生成する場合があり、このために排水中に実際に溶存しているシアン化合物の量よりも多く検出されてしまう。そのため、正確な濃度測定が行われず、誤検出が起こっていると考えた。
【0034】
以下、前記2つの見解について、図面に基づいて詳細に説明する。
【0035】
まず、シアン化合物の誤検出の原因と考えられる前記2つの考察について確証を得るために、以下の試験を行い、その問題に対する解決法を見出すこととした。
【0036】
なお、この試験におけるシアン化合物濃度の測定方法は、JIS−K0102法で、この方法は次に示す工程を含んでいる。
【0037】
その工程とは、試料に水酸化ナトリウムを添加する工程Aと、試料にEDTAを添加する工程Bと、試料を蒸留して、留出液を得る工程と、留出液中のシアン化合物による吸光度を測定する工程と、吸光度から試料中のシアン化合物の濃度を求める工程とである。
【0038】
また、ここで用いられる試料は、排煙脱硫装置から排出される排煙脱硫排水であり、吸光度の測定には、4−ピリジンカルボン酸−ピラゾロン吸光光度法を用いた。
【0039】
−水酸化ナトリウムがシアン化合物の誤検出に及ぼす影響の確認−
まず、マンガンイオンと水酸化ナトリウムがシアン化合物の誤検出に影響を及ぼしていることを確認した。
【0040】
図1は、JIS−K0102法と、JIS−K0102法から工程Aを除いた方法と、それぞれの場合において検出したシアン化合物の濃度の比較を示している。JIS−K0102法では、試料を長時間保存するために水酸化ナトリウムを、試料1リットルにつき4〜5粒(5粒加えると約0.5g/L)加えることとしている。しかし、JIS−K0102法では、検出したシアン化合物の濃度が、JIS−K0102法から工程Aを除いた方法に比べて数倍高くなることが確認された。
【0041】
このことにより、工程Aにおいて加えられる水酸化ナトリウムが、シアン化合物を誤検出させる原因の一つであると確認された。
【0042】
そこで、水酸化ナトリウムがシアン化合物の誤検出濃度に及ぼす影響について以下の2つの実験を実施した。
【0043】
まず1つ目に、工程Aにおける水酸化ナトリウムの添加量と試料の放置時間とがシアン化合物の誤検出濃度に対して及ぼす影響についての試験を実施した。
【0044】
図2は前記試験の結果を示している。この結果、水酸化ナトリウムの添加量が多いほど、又、試料の放置時間が長くなるほど、シアン化合物の誤検出濃度は高くなることがわかった。但し、放置時間の影響は、水酸化ナトリウムの添加後5分でシアン化合物の誤検出濃度の50%以上が増加しているため、水酸化ナトリウムの添加によって生じるシアン化合物の誤検出の原因となる成分の生成反応は、比較的早いと考えられる。
【0045】
2つ目に、工程Aを行った試料は、その工程によって沈殿物が生成することから、工程Aで生成された沈殿物がシアン化合物の誤検出に対して影響を及ぼしているかを検証するために、工程Aを行った試料を沈殿物とろ液とに分離して、それぞれをJIS−K0102法にてシアン化合物の検出濃度を求めた。
【0046】
さらに、工程Aを行った試料のSS(Suspended Solid:水中に懸濁する浮遊物質)濃度を測定し、ろ液と沈殿物との混合比を変化させたサンプルを調整してシアン化合物の濃度を求めた。
【0047】
図3は前記試験の結果を示している。この結果によると、ろ過した沈殿物自体にシアン化合物は含まれていないが、沈殿物の存在によってシアン化合物の誤検出濃度が高くなることが確認された。又、図4に示すように、沈殿物の濃度、すなわちSS濃度が高くなるほどシアン化合物の誤検出濃度が増大することが確認された。このことは、工程Aで生成した沈殿物に、JIS−K0102法においてシアン化合物を誤検出させる成分が含まれていることを示唆している。
【0048】
−水酸化ナトリウムと反応してシアン化合物の誤検出濃度を上げる物質の特定−
前記試験の結果から、工程Aで生じた沈殿物が存在することにより、シアン化合物の誤検出濃度が高くなることから、前記沈殿物中のどの成分がシアン化合物の誤検出にかかわっているかを調べた。
【0049】
そこで、前記沈殿物の成分分析を行い、シアン化合物の誤検出の原因となっている成分の特定をした。
【0050】
前記成分分析の結果は。図5に示す。
【0051】
又、シアンの生成について、非特許文献2に次のことが記載告されている。
【0052】
酸化剤が存在することによって、N−S結合を有する化合物の加水分解生成物であるヒドロキシルアミン(NHOH)のシアン検出率が著しく増大する。このヒドロキシルアミンと酸化物が発生する活性酸素とが反応してNOを生成し、このNOがJIS−K0102法で添加するEDTAと反応してシアンを生成する。
【0053】
図5と非特許文献2の記載より、工程Aで生成した沈殿物の中で、活性酸素を生成する可能性のある酸化物は、MnOOH又はMnOxで示す酸化マンガンである。脱硫排水中に含まれるマンガンイオンが水酸化ナトリウムの添加でMn(OH)を生成して、脱硫排水中の溶存酸素により酸化され、酸化マンガンを生成すると考えられた。
【0054】
図6に、酸化マンガン(MnOOH)、硫酸マンガン(マンガンイオン:Mn2+)及び酸化鉄(Fe)の添加試験によるJIS−K0102法によるシアンの誤検出の影響試験結果を示す。この結果によると、微量の酸化マンガンで著しいシアンの誤検出を生じることが確認された。又、マンガンイオン、酸化鉄では、シアン化合物は殆ど検出されないことがわかった。
【0055】
以上の結果から、試料である排煙脱硫排水に水酸化ナトリウムを添加することによって、試料中のマンガンイオンが、水酸化ナトリウムと試料中の溶存酸素とによってMnOOHを生成し、このMnOOHがJIS−K0102法のシアン分析で添加するEDTAの酸化剤として働き、シアンの生成を助長する。このことが、シアンを全く使用していないにも関わらず、排煙脱硫排水からシアンが検出されるという誤検出を生じた原因の一つとして確認された。
【0056】
−マンガンイオンを含有する試料と水酸化ナトリウムが引き起こす問題の解決法−
そこで、マンガンイオンを含有する試料に、水酸化ナトリウムを加えた場合のシアン化合物の濃度を測定する方法について考察する。
【0057】
前記試験の結果より、MnOOHがEDTAの酸化剤として働くことでシアン化合物の生成を助長すると考えられることから、工程Aを行った試料に、還元剤であるチオ硫酸ナトリウムを添加して酸化マンガンを消失させることによって、工程Aを行わない場合のシアン化合物の検出濃度と同等となるかという試験を実施した。
【0058】
この結果は図7に示している。この結果によると、還元剤であるチオ硫酸ナトリウムを添加することで、JIS−K0102法におけるシアン化合物の検出濃度は添加しない試料に比べて著しく低下した。この数値は、工程Aを行っていない試料とほぼ同等の数値であり、還元剤の添加によって工程Aの悪影響を防止できることが確認された。
【0059】
又、還元剤として添加するチオ硫酸ナトリウムの添加幅は、1mmol/L以上10mmol/L以下である。その理由として、JIS法においてシアン化合物が約1mg/Lの濃度で存在すると誤検出する場合は、チオ硫酸ナトリウムを1mmol/L添加すればシアン化合物の誤検出濃度は約0.1mg/Lとなり、JIS法においてシアン化合物が約10mg/Lの濃度で存在すると誤検出する場合は、チオ硫酸ナトリウムを10mmol/L添加すればシアン化合物の誤検出濃度は約0.1mg/Lとなって、チオ硫酸ナトリウムをこの範囲加えることで、試料中にマンガンイオンがあったとしても、JIS−K0102法におけるシアン化合物の誤検出濃度を、環境省の述べている排水基準値である1mg/L以下に抑えることができるからである。
【0060】
このように工程Aを行っていない場合のシアン化合物の検出濃度とほぼ同等の数値を得ることができる。
【0061】
−N−S結合を有する化合物がシアン化合物の誤検出に及ぼす影響の確認−
次に、排水中に溶存するN−S結合を有する化合物が、シアン化合物の誤検出に影響を及ぼしていることを確認した。
【0062】
排煙脱硫装置の吸収液中では、排ガス中のNOxやSOxに起因するNOとHSOとが反応し、N−S結合を有する化合物(以下、N−S化合物とする)が生成する。このN−S化合物とJIS−K0102法の蒸留操作時に添加するEDTA(エチレンジアミン四酢酸二ナトリウム)とが反応し、シアン化合物を生成していると考えられる。
【0063】
このことから、まず、JIS−K0102法のシアン化合物の分析における妨害物質の影響を確かめ、前記妨害物質の主要因がN−S化合物であることを立証するために以下の3つの試験を実施した。
【0064】
1つ目に、JIS−K0102法におけるシアン化合物検出の原因を特定するため、(1)〜(3)においてシアン化合物の検出濃度を測定した。
(1)JIS−K0102法によるシアン化合物の分析
(2)JIS−K0102法で亜硝酸ナトリウム(NaNO)を添加する亜硝酸塩添加法
(3)JIS−K0102法でEDTAを添加しないEDTA無添加法
なお、試料には排煙脱硫排水、一般排水を用い、亜硝酸塩には亜硝酸ナトリウムを用いた。
【0065】
図8に上記試験の結果を示している。この結果によると、(3)では、EDTAを添加する(1)に比べて、シアン化合物検出濃度が低下した。
【0066】
又、(2)では、亜硝酸ナトリウムの濃度を4段階に変化させてシアン化合物検出濃度をそれぞれの場合で測定した。その結果、亜硝酸ナトリウムを1.0mmol/L添加することによって、排煙脱硫排水、一般排水ともにシアンの検出濃度が著しく低下した。
【0067】
2つ目に、N−S化合物が妨害物質の主要因であることを亜硝酸塩添加試験で立証した。
【0068】
図8で用いた排煙脱硫排水試料Aに亜硝酸ナトリウムを添加して、JIS−K0102法における蒸留操作前にN−S化合物濃度を測定し、さらに操作を続けてシアン化合物の検出濃度を測定した。
【0069】
図9と、図10にその結果を示す。この結果によると、亜硝酸ナトリウムを1mmol/L添加すると、N−S化合物が0mmol/Lとなり、JIS−K0102法においてシアン化合物も検出されないことから、N−S化合物がシアン化合物検出の主要因であることを立証した。
【0070】
3つ目に、N−S化合物の濃度とシアン化合物検出濃度との関係についての試験を実施した。
【0071】
図11にその結果を示す。N−S化合物には、ヒドロキシルアミン・三硫酸イオン標準液を用いて、JIS−K0102法でシアン化合物の検出濃度を測定し、N−S化合物濃度との関係を示した。この結果によると、排煙脱硫排水から検出されるシアン化合物濃度(0.4〜1.2mg/L)に対応するN−S化合物濃度の範囲内で実際にN−S化合物が検出されていることから、シアン化合物検出の主要因はN−S化合物であることを確証した。
【0072】
以上のことから、JIS−K0102法におけるシアン化合物検出の主要因がN−S化合物によることが立証され、さらにN−S化合物と、JIS−K0102法において蒸留操作時に添加するEDTAとが反応してシアン化合物を生成していることが立証された。
すなわち、シアン化合物の誤検出にN−S化合物が影響を及ぼしているということが確認された。
【0073】
−N−S結合を有する化合物が引き起こす問題の解決法−
前記試験1つ目と2つ目の結果より、工程Cの前に、亜硝酸塩(この試験では亜硝酸ナトリウム)を添加することによって、誤検出されたシアン化合物の濃度は低くなる。このことから、亜硝酸塩を添加することによってN−S化合物による悪影響を防止できることが判明した。又、亜硝酸塩の添加幅は、0.1mmol/L以上5.2mmol/L以下である。その理由として、前記(1)の試験において、シアン化合物の誤検出濃度が、(1)の試験で用いた試料全てのシアン化合物の誤検出濃度の最小値以下になるように亜硝酸塩を添加すれば、どの試料に対しても亜硝酸塩の効果が発揮され、なおかつ環境省の述べる排水基準値である1mg/L以下をクリアできると考えたからである。よって、(1)の試験で、シアン化合物の誤検出濃度が最も高かった試料のグラフである図10と、(1)の試験結果でシアン化合物の誤検出濃度の最小値である0.81mg/Lとから、亜硝酸塩の添加幅は、前記0.1mmol/L以上5.2mmol/L以下となった。
【0074】
又、N−S化合物濃度が0.2〜0.4mmol/Lの範囲において、亜硝酸塩を1mmol/L添加したときに、シアン化合物の誤検出濃度に対する効果が最も発揮され、誤検出されたシアン化合物の濃度は最も低くなる。
【0075】
以下、実施形態について詳細に説明する。
【0076】
《実施形態1》
1)試料50mlを蒸留フラスコ500ml1にとり、水を加えて約250mlとする。沸騰石(粒径2〜3mm)約10個を入れる。指示薬としてフェノールフタレイン溶液を(5g/L)1滴加える。
【0077】
2)アルカリ性の場合には、溶液の赤い色が消えるまでリン酸を滴加する。
【0078】
3)蒸留フラスコ1を図12のように接続し、受器8にはメスシリンダー(有栓形)100mlを用い、これに水酸化ナトリウム溶液20mlを入れ、図12のように接続する。
【0079】
4)注入漏斗4から蒸留フラスコ1に、亜硝酸ナトリウムを1mmol/L加える。
【0080】
5)次にリン酸10mlを加える。
【0081】
6)次にEDTA溶液10mlを加え少量の水で注入漏斗4を洗い、洗液を蒸留フラスコ1に加える。
【0082】
7)数分(約2〜5分)間放置した後、蒸留フラスコ1を加熱し、留出速度2〜3ml/minで受器8の液量が約90mlになるまで蒸留する。
【0083】
8)冷却器6と逆流止め7を取り外し、冷却器6の内管及び逆流止め7の内外を少量の水で洗い、洗液も受器8に加えた後、更に水を100mlの標線まで加える。
【0084】
9)得られた溶液から10mlを全量フラスコ50mlにとる。
【0085】
10)指示薬としてフェノールフタレイン溶液(5g/L)1滴を加え、静かに振り混ぜながら溶液の赤い色が消えるまで酢酸(1+8)を滴加して中和した後、リン酸塩緩衝液(pH7.2)10mlを加える。
【0086】
11)これにクロラミンT溶液(10g/L)0.5mlを加え、約25℃水浴中に約5分間放置する。
【0087】
12)4−ピリジンカルボン酸−ピラゾロン溶液10mlを加え、更に水を標線まで加え、密栓して静かに振り混ぜた後、約25℃の水浴中で焼く30分間放置する。
【0088】
13)この一部を吸収セルに移し、波長638nm付近の吸光度を測定する。
【0089】
14)空試験として水10mlを全量フラスコ50mlにとり、リン酸塩緩衝液(pH7.2)10mlを加えた後、12)〜14)の操作を行って、吸光度を測定し、試料について得た吸光度を補正する。
【0090】
15)検量線からシアン化物イオンの量を求め、シアン化物イオンの濃度(mgCN/L)を算出する。
【0091】
この方法の結果は、図8に示してあるように、5)で亜硝酸ナトリウムを1mmol/L添加することによって、シアン化合物の検出濃度は0.1以下に抑えられた。又、亜硝酸塩を加えない(1)の試験に比べて、シアン化合物の誤検出濃度が著しく低下した。
【0092】
《実施形態2》
1)試料1Lにつき、水酸化ナトリウム溶液(200g/L)を加えてpHを約12に調節する。
【0093】
2)チオ硫酸ナトリウムを5mmol/L加える。
【0094】
3)試料50mlを蒸留フラスコ500ml1にとり、水を加えて約250mlとする。沸騰石(粒径2〜3mm)約10個を入れる。指示薬としてフェノールフタレイン溶液を(5g/L)1滴加える。
【0095】
4)アルカリ性の場合には、溶液の赤い色が消えるまでリン酸を滴加する。
【0096】
5)次に、アミド硫酸アンモニウム溶液(100g/L)1mlを加える。
【0097】
6)蒸留フラスコ1を図12のように接続し、受器8にはメスシリンダー(有栓形)100mlを用い、これに水酸化ナトリウム溶液20mlを入れ、図12のように接続する。
【0098】
7)注入漏斗4から、蒸留フラスコ1にリン酸10mlを加える。
【0099】
8)次にEDTA溶液10mlを加え少量の水で注入漏斗4を洗い、洗液を蒸留フラスコ1に加える。
【0100】
9)数分(約2〜5分)間放置した後、蒸留フラスコ1を加熱し、留出速度2〜3ml/minで受器の液量が約90mlになるまで蒸留する。
【0101】
10)冷却器6と逆流止め7を取り外し、冷却器6の内管及び逆流止め7の内外を少量の水で洗い、洗液も受器8に加えた後、更に水を100mlの標線まで加える。
【0102】
11)得られた溶液から10mlを全量フラスコ50mlにとる。
【0103】
12)指示薬としてフェノールフタレイン溶液(5g/L)1滴を加え、静かに振り混ぜながら溶液の赤い色が消えるまで酢酸(1+8)を滴加して中和した後、リン酸塩緩衝液(pH7.2)10mlを加える。
【0104】
13)これにクロラミンT溶液(10g/L)0.5mlを加え、約25℃水浴中に約5分間放置する。
【0105】
14)4−ピリジンカルボン酸−ピラゾロン溶液10mlを加え、更に水を標線まで加え、密栓して静かに振り混ぜた後、約25℃の水浴中で焼く30分間放置する。
【0106】
15)この一部を吸収セルに移し、波長638nm付近の吸光度を測定する。
【0107】
16)空試験として水10mlを全量フラスコ50mlにとり、リン酸塩緩衝液(pH7.2)10mlを加えた後、13)〜15)の操作を行って、吸光度を測定し、試料について得た吸光度を補正する。
【0108】
17)検量線からシアン化物イオンの量を求め、シアン化物イオンの濃度(mgCN/L)を算出する。
【0109】
この方法の結果は図7に示してある。図7でいう工程Aは、実施形態2の1)である。試料にチオ硫酸ナトリウムを加えることによって、加えないものより、シアン化合物の検出濃度が著しく低下した。
【0110】
《実施形態3》
実施形態3は、前記実施形態2の7)注入漏斗4から、蒸留フラスコ1にリン酸10mlを加える前に、注入漏斗4から、蒸留フラスコ1に亜硝酸ナトリウムを1mmol/L加える。という工程を追加した形態である。
【0111】
この方法は実施形態1と実施形態2を合わせた方法であるので、実施形態1、2と同等もしくはそれ以上に、シアン化合物の誤検出濃度の上昇を防止する働きを持つと思われる。
【0112】
以上のことから、JIS−K0102法におけるシアン化合物の誤検出濃度には、主要因として試料中のN−S化合物とEDTAとの反応がある。さらに、試料の長時間保存のために加える水酸化ナトリウムと試料中のマンガンイオンが反応して生成される酸化マンガンが、N−S化合物とEDTAとの反応を助長することで、さらにシアン化合物の誤検出濃度を高めていることがわかった。
【0113】
そこで、本願発明は、従来のJIS−K0102法に、還元剤を1mmol/L以上10mmol/L以下、亜硝酸塩を0.1mmol/L以上5.2mmol/L以下それぞれ添加することによって、シアン化合物の誤検出を防止するという方法を見出した。とりわけ、還元剤を5mmol/L、亜硝酸塩を1mmol/Lそれぞれ添加すると、シアン化合物の誤検出をほぼ完全に防止することができる。
【0114】
又、本願発明の利点として、従来のJIS−K0102法を大幅に変更したり、複雑な試薬を用いたりするのではなく、還元剤と亜硝酸塩、この2種類の試薬を前記の量、還元剤は水酸化ナトリウムを加えた後に、亜硝酸塩はEDTAを加える前にそれぞれ添加するだけで、多大な効果を得ることができるという点がある。
【0115】
さらに、試料に水酸化ナトリウムを加えない場合は、亜硝酸塩の添加だけでシアン化合物の誤検出濃度を環境省の述べる排水基準値である1mg/L以下に抑えることができるので、非常に簡単にかつ迅速に、試料中に本来含まれているシアン化合物の濃度を測定することができる。
【0116】
なお、本実施形態では、還元剤にチオ硫酸ナトリウムを、亜硝酸塩として亜硝酸ナトリウムを、試料として、排煙脱硫装置から排出された排煙脱硫排水を用いたが、還元剤、亜硝酸塩、試料ともこの限りではない。
【0117】
又、本実施形態では、還元剤であるチオ硫酸ナトリウムを5mmol/L、亜硝酸塩として亜硝酸ナトリウムを1mmol/L添加するとしているが、添加量はそれぞれこの限りではない。チオ硫酸ナトリウムでは1mmol/L以上10mmol/L以下、亜硝酸塩では0.1mmol/L以上5mmol/L以下の添加幅であればよい。
【0118】
又、シアン化合物の濃度測定には、4−ピリジンカルボン酸−ピラゾロン吸光光度法を、蒸留装置には図12に示す装置を用いているが、シアン化合物の濃度測定に用いる吸光光度法、蒸留装置においてもこの限りではない。
【産業上の利用可能性】
【0119】
以上説明したように、本発明は、マンガンイオン、及びN−S結合を有する化合物を含有する試料のシアン化合物の濃度を測定する方法等において有用である。
【図面の簡単な説明】
【0120】
【図1】水酸化ナトリウム添加(工程A)の有無によるJIS−K0102法のシアンの検出濃度比較
【図2】水酸化ナトリウム(NaOH)添加量と放置時間とがシアン化合物の検出濃度に及ぼす影響を示す表とグラフである。
【図3】水酸化ナトリウム添加(工程A)で生成する沈殿物の影響を示す表である。
【図4】水酸化ナトリウム添加によって生成する沈殿物濃度の影響を示すグラフである。
【図5】水酸化ナトリウム添加によって生成する沈殿物の蛍光X線分析結果を示す表である。
【図6】酸化物の影響確認結果を示す表である。(表中のasの意味は、〜としての意味である)
【図7】水酸化ナトリウム添加(工程A)有り試料にチオ硫酸ナトリウムを添加した場合の効果確認を示す表である。
【図8】各種条件によるシアンの検出濃度測定結果を示す表である。
【図9】亜硝酸塩の添加量とシアンの検出濃度及びN−S化合物濃度の関係を示す表である。
【図10】亜硝酸塩の添加量とシアンの検出濃度及びN−S化合物濃度の関係を示すグラフである。
【図11】N−S化合物濃度とシアン化合物濃度の関係を示すグラフである。
【図12】蒸留装置の図である。
【符号の説明】
【0121】
1 蒸留フラスコ500ml
2 連結導入管
3 すり合わせコック
4 注入漏斗
5 トラップ球(キルダール形)
6 リービッヒ冷却器300mm
7 逆流止め(約50ml)
8 受器[メスシリンダー(有栓形)250ml(又は100ml)]
9 共通すり合わせ
10 共通球面すり合わせ
11 押さえばね

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中のシアン化合物の濃度を測定する方法であって、
前記試料に亜硝酸塩を加える工程Aと、
前記試料にEDTAを加える工程Bと、
前記試料を蒸留して留出液を得る工程と、
前記留出液中のシアン化合物による吸光度を測定する工程と、
前記吸光度から前記試料中のシアン化合物の濃度を求める工程と
を含むことを特徴とするシアン化合物の濃度を測定する方法。
【請求項2】
試料中のシアン化合物の濃度を測定する方法であって、
前記試料に水酸化ナトリウムを加える工程Cと、
前記試料に還元剤を加える工程Dと、
前記試料にEDTAを加える工程Bと、
前記試料を蒸留して留出液を得る工程と、
前記留出液中のシアン化合物による吸光度を測定する工程と、
前記吸光度から前記試料中のシアン化合物の濃度を求める工程と
を含むことを特徴とするシアン化合物の濃度を測定する方法。
【請求項3】
請求項2に記載のシアン化合物の濃度を測定する方法において、
前記工程Dの後に、前記試料に亜硝酸塩を加える工程Aをさらに含むことを特徴とするシアン化合物の濃度を測定する方法。
【請求項4】
請求項1または3に記載のシアン化合物の濃度を測定する方法において、
前記亜硝酸塩は、0.1mmol/L以上5.2mmol/L以下加えることを特徴とするシアン化合物の濃度を測定する方法。
【請求項5】
請求項2または3に記載のシアン化合物の濃度を測定する方法において、
前記還元剤は、チオ硫酸ナトリウムであることを特徴とするシアン化合物の濃度を測定する方法。
【請求項6】
請求項5に記載のシアン化合物の濃度を測定する方法において、
前記チオ硫酸ナトリウムは、1mmol/L以上10mmol/L以下加えることを特徴とするシアン化合物の濃度を測定する方法。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか一つに記載のシアン化合物の濃度を測定する方法において、
前記試料は、排煙脱硫装置から排出された排煙脱硫排水であることを特徴とするシアン化合物の濃度を測定する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2009−244191(P2009−244191A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−93146(P2008−93146)
【出願日】平成20年3月31日(2008.3.31)
【出願人】(000211307)中国電力株式会社 (6,505)
【Fターム(参考)】