説明

シヌクレインの吸着材および吸着除去システム

【課題】パーキンソン病を始めとする種々のシヌクレイノパチーにおける神経変性の病因物質と考えられているシヌクレインを、体液などシヌクレインを含む液体から選択的に吸着し取り除くことが可能なシヌクレイン吸着材および吸着除去システムの提供。
【解決手段】シヌクレインを含む液体を親水性のある多孔質水不溶性担体にシヌクレインに親和性の高いリガンドを固定化してなる吸着材を用いて処理することで、体液などを含む液体からシヌクレインを除去することが可能なシヌクレイン吸着除去システム。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シヌクレインの吸着材、および、シヌクレインの吸着材を用いた吸着除去システム、および液体よりシヌクレインを吸着除去する方法に関する。
【0002】
本発明によるシヌクレインの吸着材を用いてシヌクレインが含まれる体液などの液体を処理することで、液体を清浄化することが可能である。また本発明は、シヌクレインの体内での蓄積が関連すると考えられる様々な疾患の治療もしくは予防法として期待できるシヌクレイン吸着除去システムに関する。
【背景技術】
【0003】
シヌクレインは、α−、β−、およびγ−シヌクレインを含むシナプス前の神経細胞小蛋白質のファミリーであり、主にシナプス可塑性や神経分化、およびドーパミン合成の調整を行っていると考えられている。シヌクレインファミリーのα−、β−、およびγ−シヌクレインは、それぞれ、140、134、127のアミノ酸から成り、分子量約14kDaである。β−、およびγ−シヌクレインは、α- シヌクレインに対する非アミロイド形成性の相同体と考えられており、α- シヌクレインに対しβ−、γ−シヌクレインはそれぞれ、約90%、80%の相同性がある。シヌクレインは、最近では、細胞ストレス状態に対して神経細胞を保護するという研究結果も得られているが、その生理的機能についてはまだ全解明には至っていない(非特許文献1)。
【0004】
シヌクレイン、特に、α- シヌクレインが、主に中枢神経系の神経細胞やグリア細胞に異常に蓄積し、臨床的に何らかの神経症状を生じる疾患あるいは状態はシヌクレイノパチーと総称され、パーキンソン病、レビー小体性認知症(DLB)(または、びまん性レビー小体病)、多系統萎縮症(MSA)などが含まれる。シヌクレイノパチーでは、脳脊髄液中のシヌクレインおよびシヌクレインオリゴマー濃度が健常人より高いことが示されている。
【0005】
特に、パーキンソン病は、中枢神経系の進行性障害であって、自発運動の減少、歩行困難、体位不安定、筋強剛、および振戦(震え)などを特徴としている。パーキンソン病は、中脳黒質にあるドーパミンを含む色素含有神経の変性が原因で、この変性により線条体でのドーパミン濃度が低下することが知られている。パーキンソン病は、病理学的には、主に黒質内のレビー小体の存在によって特徴付けられ、その主要な成分が、α−シヌクレインからなるフィラメントであることが分かっている。早発性家族性パーキンソン病患者がα−シヌクレインの2個の主要な変異を有することから、このレビー小体がパーキンソン病および関連疾患における神経変性に寄与すると考えられている。現在では、シヌクレインの蓄積は、迷走神経背側核や嗅球に最初に起こり、その後、脳幹では延髄から中脳へと上行性に進行し、大脳皮質では側頭葉、前頭前野へ広がっていくと考えられている。
【0006】
一方、レビー小体性認知症(DLB)は、アルツハイマー病の患者においても随伴する場合があることが報告されているが、アルツハイマー病においては、大脳皮質にアミロイドβ(40〜43のアミノ酸からなるペプチド)の凝集(老人斑)が起こることによる認知症が重要な病態であり、脳脊髄液中もしくは血液中のアミロイドβ濃度の変動が健常人より見られるが、シヌクレインおよびシヌクレインオリゴマー濃度の上昇は見られないことも確認されている(非特許文献2)。
【0007】
現在、パーキンソン病を含むシヌクレイノパチーの治療は、ドーパミンの前駆体分子であるL−ドーパの投与が標準的である。L−ドーパは、血液−脳関門を通過して脳内でドーパミンに変わる。しかし、この薬はドーパミン欠乏による症状は緩和するが、パーキンソン病の特徴である進行性の神経変性をくい止めることはできない。パーキンソン病の進行を妨げるためには、神経細胞の脱落を引き起こす仕組みを解明する必要があり、現在のところ根本的な治療法および治療薬は存在せず、国内においては、症例数が少なく、生活面への長期にわたる支障がある疾患として、難病(特定疾患)として指定されている。
【0008】
また、神経細胞上に蓄積する前に体液中に遊離して存在するシヌクレインを吸着除去により取り除く手段も存在しなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】J.Biol.Chem.2002、277、11465−11472
【非特許文献2】Neurology、2010;75:1766−1772)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記従来技術の課題に対し本発明が解決しようとする課題は、パーキンソン病を始めとする種々のシヌクレイノパチーにおける神経変性の病因物質と考えられているシヌクレインを、体液などシヌクレインを含む液体から選択的に取り除くことが可能な吸着材と、前記吸着材から構成されるシヌクレインの吸着除去システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、これらの課題を鑑み鋭意検討した結果、シヌクレインを含む液体からシヌクレインを除去することが可能な吸着材および吸着除去システムを提供するに至った。すなわち本発明は、水不溶性かつ高親水性を有する多孔質担体にアルキル基を有するリガンドを固定化してなるシヌクレインの吸着材に関する。また本発明は、前記多孔質担体を構成する構成成分の量が、単位体積あたり50〜120mg/mL−湿潤担体であることを特徴とするシヌクレインの吸着材に関する。
【0012】
また本発明は、前記アルキル基を有するリガンドがセチルアミンであり、水不溶性かつ高親水性を有する多孔質担体への固定化量が20〜100nmol/mL−湿潤担体であることを特徴とするシヌクレインの吸着材に関する。
【0013】
本発明はまた、前記シヌクレイン吸着材とシヌクレインを含む液体とを接触させることを特徴とするシヌクレインの吸着除去方法を提供する。
【0014】
本発明はまた、前記シヌクレインの吸着材を液の入口および出口を有する容器内に充填してなるシヌクレインの吸着除去カラムに関する。
【0015】
また本発明は、前記シヌクレインの吸着除去カラムを含む、シヌクレインの吸着除去システムを提供する。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、パーキンソン病を始めとする種々のシヌクレイノパチーの神経変性の病因と考えられるシヌクレインを、体液などシヌクレインを含む液体から除去することが可能となる。
【0017】
本発明を用いることにより、シヌクレインの体内での蓄積が関連すると考えられる様々な疾患の治療もしくは予防が期待できる。
【0018】
また本発明によれば、シヌクレインが含まれる可能性のある体液などの液体を本発明で処理することで、液体を清浄化することが可能である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明によって吸着除去されるシヌクレインは、一般的にシヌクレインファミリーもしくはシヌクレイン様物質と呼ばれているものである。シヌクレインファミリーとは、シナプス前の神経細胞小蛋白質のファミリーであり、α−、β−、およびγ−シヌクレインが現在同定されている。また、何らかの機構で過剰にリン酸化を受けた異常リン酸化シヌクレインと呼ばれるものも存在する。シヌクレインは、また、体内もしくは体外で、その検出や他分子との結合能力を高めるなどを目的としてある種の官能基によって修飾されたり、あるいは、遺伝子などの変異により異常なシヌクレインが産生される場合もあり、これらを総称してシヌクレイン様物質と呼ぶ。本発明によって吸着除去されるシヌクレインは、上述のシヌクレインのうちの少なくとも一種以上であるが、当業者の一般的な常識に照らしてシヌクレインファミリーもしくはシヌクレイン様物質と呼ぶことが可能なものであれば、前記記載の種々のシヌクレインに限られるものではない。
【0020】
本発明における担体は、常温常圧で固体であり、水に対する溶解度が極めて小さい水不溶性材料からなる。担体の形状の例としては、例えば、粒状、板状、繊維状、および中空糸状、不織布状などが挙げられるが、これらのみに限定されず、その大きさも特に限定されない。
【0021】
また、本発明における担体は、高親水性を有する担体であり、例えば、架橋ポリビニルアルコール、架橋ポリアクリレート、架橋ポリアクリルアミド、架橋ポリスチレンなどの合成高分子担体や二種以上からなる合成重合体担体や、結晶性セルロース、架橋セルロース、架橋アガロース、架橋デキストリンなどの多糖類からなる有機担体、さらには、これらの組み合わせによって得られる有機―有機、有機―無機などの複合担体などが代表として挙げられる。高親水性を有していれば、特に制限なく用いることが可能であるが、より好ましくは、非特異吸着が比較的少なくシヌクレインの吸着選択性が良好であればなお良い。
【0022】
さらに、本発明における担体は、適当な大きさの細孔を多数有する多孔質構造を有する担体であり、高分子網目状のような三次元構造を有する担体、担体中に空いた孔のうち少なくとも一部が貫通しているようなモノリス担体なども挙げられるが、特にこれらに限定されるものではない。
【0023】
本発明における多孔質担体を構成する構成成分の量は、単位体積あたり、50〜120mg/mL−湿潤担体である。なお前記「mg/ml−湿潤担体」とは、湿潤状態の多孔質担体1mlに含まれる構成成分量(mg)を表したものである。前記構成成分の量が120mg/mL−湿潤担体以上となると、シヌクレインの吸着性能が維持されない。一方、本発明の必須要件であるシヌクレイン吸着材とシヌクレインを含む体液などの液体とを接触させ清浄化された液体を得るための一つの様態として、カラムを用いる場合には、本発明における担体は通液による圧力に耐える強度を維持していなければならない事から、50mg/mL−湿潤担体以上である必要がある。それ以下であれば、通液の際に生じる圧力に絶えず担体が破壊される可能性が高い。好ましくは、60〜120mg/mL−湿潤担体、より好ましくは、70〜110mg/mL−湿潤担体であれば、なお良好なシヌクレインの吸着性能が維持され、且つ、血液など粘度の高い血液でも通過させることが可能である。
【0024】
本発明において、多孔質担体に固定化するアルキル基を有するリガンドとしては、エチルアミン、ブチルアミン、オクチルアミン、ドデシルアミン、セチルアミン、ベヘニルアミンなどが挙げられるが、特に、オクチルアミン、ドデシルアミン、セチルアミン、ベヘニルアミンなどアルキル基が長いほうが好ましく、さらに好ましくは、セチルアミンやベヘニルアミンなどが挙げられる。これらの中でも、セチルアミンを用いた場合には、シヌクレインの吸着除去システムとして、要求される必要充分量を吸着することが可能である。
【0025】
本発明において、担体に固定化するリガンドの量に制約はないが、セチルアミンを用いる場合においては、その固定化量は、20〜100nmol/mL−湿潤担体であることが好ましい。吸着量の観点から、固定化されるセチルアミン量は多ければ多いほどよいものの、通常の固定化方法では、固定化されるリガンド量には限度もあるため、セチルアミンの固定化量として好ましくは、30〜100nmol/mL−湿潤担体、さらに好ましくは、40〜100nmol/mL−湿潤担体であればなおよい。
【0026】
本発明を用いて処理が可能な液体とは、脳脊髄液、血液、血漿、血清、腹水、リンパ液、関節内液、骨髄液、および、これらから得られた分画成分、ならびに、そのほか生体由来の液性成分などシヌクレインを含む体液などの液体を指すが、シヌクレインを含む液体であれば、特に限定されず、水もしくは緩衝液などでも良い。
【0027】
本発明におけるシヌクレインを吸着除去する方法について、好ましい形態としては、シヌクレイン吸着材とシヌクレインを含む体液などの液体とを接触させることによる液体からシヌクレインを吸着除去する方法が用いられる。より具体的には、例えば、一つの容器内に、シヌクレイン吸着材と液体とを入れて一定時間静置もしくは振とうなどを実施し、その後シヌクレイン吸着材と液体とを分離する方法が挙げられる。
【0028】
あるいは、液の入口および出口を有する容器内に吸着材を充填したカラムにより吸着除去システムを構築し、前記システムの入口から液体を流入させシヌクレイン吸着材と接触させた後システムの出口から流出させる方法が挙げられる。前記カラムには、一種以上の吸着材を充填しても良いし、前記システムは、複数のカラムから構成しても良い。また前記カラムの他に、より効果的にシヌクレインを吸着除去させるための器具が組み込まれていても良い。例えば、液体を流動させるためのポンプなどを配置してもよいし、透析膜や2種のシヌクレイン吸着材からなる1本以上のシヌクレイン吸着除去カラムが並列もしくは直列に組み込まれていても良い。
【実施例】
【0029】
以下、本発明の詳細を具体的な実施例を用いて詳細に説明するが、本発明の使用形態は以下の実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
【0030】
市販の酢酸セルロースをジメチルスルホキシドとプロピレングリコールの混合溶剤に溶解した。特開昭63−117039号公報に記載された方法(振動法)によりこの溶液を液滴化し凝固させて、酢酸セルロースの球形のヒドロゲル粒子を得た。 次いで、水酸化ナトリウム水溶液を用いて加水分解反応を行ない、水不溶性かつ高親水性を有する多孔質担体Aを得た。前記多孔質担体A1Lに対し0.4Nの水酸化ナトリウム水溶液中でエピクロルヒドリン108gを反応させ、次いで、アルコール水溶液中でセチルアミン8gを固定化反応させ、シヌクレイン吸着材(平均粒子径460μm、単位体積あたりの担体構成成分量100mg/mL−湿潤担体、リガンド固定量:25nmol/mL−湿潤担体)を得た。
【0031】
なお、単位体積あたりの担体を構成する構成成分の量は、担体5mLを測りとり、80℃で減圧乾燥24時間した後の乾燥重量を測定することにより得られた。また、リガンド固定化量は、セチルアミンのアミノ基の中和滴定により測定することにより得られた。具体的には、担体2mLを測りとり、グラスフィルターなどを用いて水分を除去した後、0.01N塩酸を添加する。攪拌しながら、0.01N水酸化ナトリウムを滴下していきpHの変曲点の滴下量から算出した。
【0032】
得られたシヌクレイン吸着材0.2mLに対し、α−シヌクレイン(リコンビナント Human Alpha−Synuclein(1−140)、Acris Antibodies社製)の濃度が約50ng/mLとなるように調整した市販のヘパリン抗凝固血漿1.6mLを添加し、37℃で2時間振盪し、上澄み液のα−シヌクレイン濃度を市販のELISA(Human Alpha−Synuclein ELISA Kit、invitrogen社製)にて測定した。シヌクレインの吸着量は、216ng/mL−湿潤担体であった。
(比較例1)
【0033】
市販の酢酸セルロースをジメチルスルホキシドとプロピレングリコールの混合溶剤に溶解した。特開昭63−117039号公報に記載された方法(振動法)によりこの溶液を液滴化し凝固させて、酢酸セルロースの球形のヒドロゲル粒子を得た。 次いで、水酸化ナトリウム水溶液を用いて加水分解反応を行ない、水不溶性かつ高親水性を有する多孔質担体Bを得た。前記る多孔質担体B1Lに対し0.4Nの水酸化ナトリウム水溶液中でエピクロルヒドリン108gを反応させ、次いで、アルコール水溶液中でセチルアミン8gを固定化反応させ、セチルアミン固定化セルロース担体(平均粒子径460μm、単位体積あたりの担体構成成分量145mg/mL−湿潤担体、リガンド固定量:45nmol/mL−湿潤担体)を得た。
【0034】
得られたセチルアミン固定化セルロース担体0.2mLに対し、α−シヌクレイン(リコンビナント Human Alpha−Synuclein(1−140)、Acris Antibodies社製)の濃度が約50ng/mLとなるように調整した市販のヘパリン抗凝固血漿1.6mLを添加し、37℃で2時間振盪し、上澄み液のα−シヌクレイン濃度を市販のELISA(Human Alpha−Synuclein ELISA Kit、invitrogen社製)にて測定した。シヌクレインの吸着量は、150ng/mL−湿潤担体であった。
(比較例2)
【0035】
実施例1で得たリガンドを固定化する前の多孔質担体Aを使用して、担体0.2mLに対し、α−シヌクレイン(リコンビナント Human Alpha−Synuclein(1−140)、Acris Antibodies社製)の濃度が約50ng/mLとなるように調整した市販のヘパリン抗凝固血漿1.6mLを添加し、37℃で2時間振盪し、上澄み液のα−シヌクレイン濃度を市販のELISA(Human Alpha−Synuclein ELISA Kit、invitrogen社製)にて測定した。シヌクレインの吸着量は、0ng/mL−湿潤担体であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水不溶性かつ高親水性を有する多孔質担体にアルキル基を有するリガンドを固定化してなるシヌクレインの吸着材。
【請求項2】
前記水不溶性かつ高親水性を有する多孔質担体を構成する構成成分の量が、単位体積あたり、50〜120mg/mL−湿潤担体であることを特徴とする請求項1記載のシヌクレインの吸着材。
【請求項3】
前記アルキル基を有するリガンドがセチルアミンであり、前記水不溶性かつ高親水性を有する多孔質担体への固定化量が20〜100nmol/mL−湿潤担体であることを特徴とする請求項1〜2記載のシヌクレインの吸着材。
【請求項4】
請求項1〜3に記載のシヌクレイン吸着材とシヌクレインを含む液体とを接触させることを特徴とするシヌクレインの吸着除去方法。
【請求項5】
請求項1〜4に記載のシヌクレイン吸着材を液の入口および出口を有する容器内に充填してなるシヌクレインの吸着除去カラム。
【請求項6】
請求項5に記載のシヌクレインの吸着除去カラムを含む、シヌクレインの吸着除去システム。

【公開番号】特開2012−193112(P2012−193112A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−55994(P2011−55994)
【出願日】平成23年3月14日(2011.3.14)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【Fターム(参考)】