シリコン融液の搬送部材及びシリコン融液の搬送方法
【課題】本発明は、半導体素子や太陽電池の原料として用いられる、高純度のシリコンの製造において、加熱設備を必要としない簡便なシリコン融液の搬送部材と移送方法を提供する。
【解決手段】シリコン融液の搬送部材を、熱容量が極めて小さい、アングルもしくは円筒形状部材で構成し、その周辺を熱容量の極めて小さい断熱材で保護し、搬送部材の熱容量の合計が、13000(J/Kg)以下となるように構成する。この搬送部材を用いて、流量50(Kg/min)以上で、かつ、流速0.1(m/sec)以上で、シリコン融液を搬送する。
【解決手段】シリコン融液の搬送部材を、熱容量が極めて小さい、アングルもしくは円筒形状部材で構成し、その周辺を熱容量の極めて小さい断熱材で保護し、搬送部材の熱容量の合計が、13000(J/Kg)以下となるように構成する。この搬送部材を用いて、流量50(Kg/min)以上で、かつ、流速0.1(m/sec)以上で、シリコン融液を搬送する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体素子や太陽電池等の原料として用いられる高純度のシリコンの製造において使用される、シリコン融液の搬送部材および搬送方法に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体素子や太陽電池等に用いられるシリコン原料の精製においては、従来、気相反応を用いたジーメンス法が広く用いられている。近年では、シリコン原料を溶融した後に、スラグ精錬や、電子ビーム溶解等の真空高温処理によって、融液中のボロンおよびリン等の半導体ドーパント成分を除去し、この前後に溶融シリコンを一方向凝固させることにより鉄等の金属成分を除去する工程等を組み合わせた、いわゆる冶金法が行われるようになっている。(特許文献1、非特許文献1参照)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特公平7−55813号公報
【特許文献2】特開2002−332512号公報
【特許文献3】特開2001−324281号公報
【特許文献4】特開平9−100630号公報
【特許文献5】特開平7−10923号公報
【特許文献6】特開2008−526512号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Solar Energy Materials and Solar Cells 92 (2008)418-424
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
冶金法によるシリコン原料の精製においては、ボロンの除去、リンの除去、金属成分の除去工程がある。これらは各々独立した工程であり、夫々独立した炉で処理される。これらの各工程では、原料シリコンが融液の状態で処理され、その量は100(Kg)を超える規模となっている。従って、各工程間では、原料シリコンを融液の状態のままで搬送することにより、作業効率を向上させることができる。
【0006】
しかしシリコンの融点は約1412(℃)であり、このような高融点の融液を搬送する際には、融液の凝固により搬送ができなくなる問題が深刻となる。一般に、シリコン以外の多くの冶金プロセスでは、特許文献2〜6等に示される方法により、高融点の原料融液を搬送する。厚い耐火物製の母材に、溝を掘り込んで融液の流通経路を構成し、その上側に厚い耐火物性の蓋をかぶせた構造の搬送部材を用いる。その流通経路部は、ガスバーナーや通電加熱によって融点に近い温度まで加熱される。たとえば、銅やアルミニウムはシリコンよりもはるかに融点が低い素材であるが、この様な搬送部材を用いて加熱保温する手段が用いられる。
【0007】
しかしながら、シリコンの融液をこのような手段で、各工程間を搬送しようとすると、次に示すようないくつかの問題がある。
【0008】
まず、第一は、シリコン融液の搬送部材への浸潤と反応の問題である。これは、シリコンの融液の粘性が著しく低く、かつ化学的活性が高いことによる。このため、搬送部材自体がシリコン融液の浸潤と化学反応によって痛められ、ひいてはシリコン融液が搬送部材を貫通することで、搬送部材から融液が漏れ出す恐れがある。また、これと同時に搬送部材に含まれる、ボロン、リン、重金属等の不純物がシリコン融液側に移動して、精製したシリコンの純度を損なう。
【0009】
第二は、真空プロセスに関する問題である。シリコン融液からリン等を蒸発除去する精製工程においては、高真空の中でシリコンを処理することになる。従って、この工程にシリコン融液を供給するには、シリコン融液の搬送部材を、真空炉の内部に設置し、真空ゲートバルブを通して出し入れすることも必要になる。
【0010】
また、多くの冶金プロセスで使用されているような搬送部材では、肉厚の断熱層や、加熱用ヒーターやバーナー等の付帯物を伴う。これらの付帯物を真空炉内に設置、出し入れ可能にすることは、設備的に非常に困難である。例えば、大型の部材を炉内に出し入れするためには、炉内の真空維持のため、ゲートバルブを通した大型の前室の設置が必要になり、操業上、その前室と炉内の圧力調整等の作業も煩雑になる。
【0011】
また、真空炉内では、バーナーによる加熱は使用できないが、搬送部材を通電加熱する場合には、電力系の配線が必要になり、これには真空放電等に対する対策も施さなくてはならない。この様な設備的な問題に加えて、耐熱性部材の多くは高温の真空中で気化蒸発するものが多く、搬送部材自体が蒸発して消耗が激しいばかりでなく、気化蒸発した部材からの成分が、炉内の真空度維持の大きな障害となる上に、その蒸発成分が精製したシリコンを汚染する問題がある。
【0012】
第三は、シリコン融液表面に発生する酸化皮膜の問題である。シリコン融液は、活性が高く酸素と反応しやすいため、融液が酸素源に触れるその表面に固体のSiO皮膜が生成し、その流動性が著しく低下する。このため、シリコン融液の温度を補償するために、バーナーで直接加熱することは好ましくない。また、この酸化を防止するためには、搬送部材自体をチャンバーで覆い不活性ガスでパージするか、真空の状態に置く等の対策が有効であるが、これにも大規模な設備が必要となる。
【0013】
上記の様な、数々の問題点から、太陽電池シリコン原料の冶金法による精製においては、原料シリコンの融液を、各工程間で融液のまま搬送することが、極めて困難で実現不可能であると考えられてきた。このため、従来技術では、冶金法の各工程で精製処理したシリコン融液は、一旦冷却して固体のシリコン塊とし、次の工程の炉にて改めて加熱溶解する方法を取らざるを得なかった。これでは、時間的にも、熱エネルギー的にも、機械エネルギー的にも、作業労力にしても、多分なコストが発生する。
【0014】
本発明は、上記の課題を克服するためになされたものであり、シリコン融液を凝固させずに一方から他方へ搬送することが可能なシリコン融液の搬送部材およびシリコン融液の搬送方法を提供することを目的とする。特に、冶金法によるシリコン原料の精製プロセスにおいて、不純物を除去精製する各工程間を、原料シリコンを融液の状態のままで効率よく搬送することが可能な、太陽電池製造用等の高純度シリコンを得るためのシリコン融液の搬送部材およびシリコン融液の搬送方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
発明者らは、上記課題を解決するために、冶金法によるシリコン原料の精製プロセスの条件を満たす設備で、シリコン融液を搬送する数々の試験を行った。図3は、シリコン溶液を搬送する試験機の斜視図である。
【0016】
同図を参照して、取鍋1には、前工程で処理されたシリコン融液2が収容されている。搬送部材3は、水平面に対して傾斜している。搬送部材3は、室温に置かれている。搬送部材3のうち、搬送部材上端4は取鍋1の融液排出口に位置しており、その搬送部材下端5は受皿6の上部に位置している。上述の構成において、取鍋1を傾動させると、取鍋1内の融液が搬送部材上端4から搬送部材3に流入する。搬送部材3に流入した融液は、搬送部材3に沿って流れて、受皿6に注がれる。
【0017】
枠材などに支持される搬送部材に含まれる搬送経路部の定義は下記の通りである。搬送部材が断熱材を有する場合には、搬送部材のうち断熱材以外の部分が搬送経路部に相当し、搬送部材が断熱材を有しない場合には、搬送部材の全てが搬送経路部に相当する。
【0018】
また、本発明が想定しているプロセスにおいては、融液の移送に関わる溶融装置の配置から、流通経路部は長くとも10(m)程度である。また、搬送経路部材のシリコン融液が流れる部分の幅は、搬送元と搬送先の装置との取り合いと、流れの安定性を考慮して、0.2(m)以下に制限される。また、搬送するシリコン融液の重量は、数10(Kg)以上であるが、この様な大量の融液を、ルツボや取鍋等を徐々に傾斜させて、搬送部材に一定の速度で制御しながら安定に注ぎこむことは容易ではない。このため、実際に移送するのに要する時間は、搬送重量が1000(Kg)の場合で1分から30分の範囲になる。
【0019】
しかし、30分程度の時間であれば、これは溶液の搬送に係る、前後のプロセス装置で同量のシリコン融液を精製処理するのに要する時間に比べて十分短く、実用上大きな問題はない。従って、想定される融液の搬送流量は約30(Kg/min)から1000(Kg/min)の範囲である。また、シリコン融液の動粘性は、3x10^-7(m2/sec)であり、水よりも数倍小さいため、搬送部材3をわずか数度傾斜させることにより、容易に流速を0.1(m/sec)以上に増速ことができる。
【0020】
従って、流れる融液の幅及び深さがそれぞれ、0.2(m)、0.2(m)である場合には、その断面積が4x10^-2(m2)であり、このときの流速が0.1(m/sec)と低速であっても、その流量は600(Kg/min)にもなる。従って、流通経路部上の融液が流れる部分の幅は実用上0.2(m)以下で十分である。
【0021】
この様な実際のプロセス条件を考慮して、実験を行った中で、発明者らは、融液搬送の多くの問題の根源が凝固による閉塞であり、この凝固閉塞のほとんどが20(Kg)程度の融液を流すまでの初期段階で起こり、ひとたび融液が凝固せず順調に流れ始めた場合には、問題なく搬送を完了できる事がほとんどであることに気がついた。
【0022】
また、搬送する融液の流量速度が速いほど、融液は滞りなく流れ、流量速度が50(Kg/min)未満、もしくは、流速が0.1(m/sec)未満であると、前記初期段階を過ぎた場合でも固化が起きやすく、搬送の継続が困難であることもわかった。
【0023】
この初期段階での凝固現象は、以下の様に搬送部材3に注がれた融液先頭部分での熱伝達の仕組みによるものと考えられる。すなわち、融液の先頭部分では、その底面が常に室温に近い低温の流通経路部に接して熱を奪われると同時に、後続の融液から熱が伝えられると考えられるが、このプロセスで想定されるような、幅よりも長さの長い流路においては、後者による入熱に比べて前者の抜熱の方が圧倒的に大きい。このため、融液の先頭部での熱収支は、搬送部材3への抜熱と、これに伴うシリコン融液の凝固による潜熱の発生とのバランスが主となるはずである。
【0024】
しかしながらシリコンは、凝固潜熱が極めて大きい物質であるため、先端部の凝固の進行は、搬送部材3での融液との接触面積や流速のような伝熱条件に律速されるのではなく、融液の持つある一定の凝固潜熱の量によるものと考えられる。従って、ここで、凝固閉塞の条件として実験的に判明した重量の閾値の20(Kg)分が、この一定の凝固潜熱に対応していると考えられる。
【0025】
これらの実験結果から、融液の搬送が可能な条件を明らかにするため、本発明者らは、シリコン融液の搬送工程を、2つの段階に分けて熱収支の観点から考察を行った。第1段階は、注湯開始から、融液の先端が搬送経路部材の下端に到達し、定常に流れだして、流通経路部が融液からの熱を吸収して温まり、熱的に定常状態になるまでの時間帯であり、これを“初期非定常段階”とする。
【0026】
第2段階は、流通経路部が熱的に定常になり融液が熱的にも流動的にも定常な状態で安定して流れている時間帯であり、これを“定常段階”とする。発明者らは、融液の凝固閉塞は前者の初期非定常段階で起こり、後者の定常段階では、起こらないと考えた。つまり、初期の20(Kg)を搬送するまでの時間帯が初期非定常段階であり、その後の融液の搬送が完了するまでの時間帯が、定常段階である。
【0027】
まず、定常段階での熱バランスについては、流れているシリコンの単位量に対して、融液表面からの輻射放熱と、搬送部材3への熱伝導による放熱の二つを考える。シリコンの単位重量あたりで考えると、搬送による融液表面からの輻射放熱量qrad(J/Kg)は、融液の流量をF(Kg/sec)、流速をV(m/sec)、搬送部材の長さL(m)、融液が搬送部材3を通過するのに要する時間をt(sec)、融液の幅をW(m)、融液が室温空間に対する実効輻射率をε、ステファン・ボルツマン定数をσ(W/m2/K4)、融液の温度をTm(K)、室温をT0(K)とすると、これは以下の式で見積もられる。
qrad = 〔εσ(Tm^4-T0^4)x W x t 〕 / 〔 F/V 〕 (式1)
ここで、流速がV=L/tであることを考慮すると、 (式1)は、以下のようになる。
qrad = 〔εσ(Tm^4-T0^4)x W x L〕 / F (式2)
ここで、変数値として、εを0.28、σは5.67x10E-8(W/m2/K4)、Tmは融液の温度で1773(K)=1500(℃)、T0は室温で300(K)=27(℃)、ρは2.53x10^3(Kg/m3)、を用いる。
【0028】
また、想定される融液の流量Fは50(Kg/min)=0.83(Kg/sec)、流速Vを0.1(m/sec)、Wを搬送経路のシリコン痕跡から求めた実験値の0.1(m)とする。qradはそれぞれ、以下の様になる。
qrad = 1.5x10^4 x L (J/Kg) (式3)
ここで、シリコンの凝固潜熱は1.6x10^6(J/Kg)であるから、たとえ、搬送経路部材の長さが10(m)であり、融液の幅が0.2(m)であったとしても、qradは3.0x10^5(J/Kg)で、凝固潜熱より十分小さい。
【0029】
尚、輻射放熱の影響が融液の表面だけに留まると、融液表面のみが固化する状況も考えられるが、溶融金属であるシリコンの熱伝導が67(W/Km)と大きい上に、流動によりその実質的な熱伝導度が大幅に増加するため、流れている融液内部の温度は一様となり、輻射放熱の影響は表面に留まらず融液全域に及ぶとみなせて、局部的な凝固は考えにくい。
【0030】
一方、搬送中に断熱材側への熱伝導による放熱qcnd(J/Kg)については、断熱材の熱伝導度K(W/Km)、断熱層の実質的な厚さをD(m)、断熱材の高温(融液)側の温度をTh、高温側の表面積が融液表面の3倍として仮定すると、次の式で表せる。
qcnd = 3x 〔 K/D x (Th-T0)〕x W x L / F (式4)
ここで、変数値として、Thをシリコンの融点1685K(1412℃)、T0は室温の300K、Kはアルミナーファイバー製断熱材の熱伝導度1.0(W/Km)、Dを60(mm)、その他はqradと同じ値とすると以下の(式5)のようになり、qcndはqradに比べて2桁小さいことがわかる。
qcnd = 1.9x10^2 x L (J/Kg) (式5).
【0031】
尚、断熱材側の部材が無い、もしくは、薄い場合には、流通経路部の外表面からの輻射放熱を無視できないが、その外表面は、融液面より広面積であるものの融液より低温なので、これによる放熱は融液表面からの輻射放熱の程度以下である。
【0032】
従って、定常段階でシリコン融液が流れる場合には、輻射による熱損失も、伝導による熱損失も、シリコンの凝固潜熱に比べて十分小さく、融液が搬送中に凝固する可能性は実用上十分小さいと考えられ、発明者らの実験事実と合致している。
【0033】
つぎに、初期非定常段階での熱バランスを考える。発明者らは、この時間帯を、シリコン融液20(Kg)を搬送するのに要する時間であると考えた。これは流量50(Kg/min)、流速0.1(m/min)の流量で搬送する場合には24秒となる。このとき、シリコン融液が搬送部材3を進む距離は2.5(m)である。この初期非定常段階での、シリコン融液の単位重量あたり融液面からの輻射によって放出される熱量qradは、定常状態の時と変わることがないから、これは先に示したように、凝固潜熱に比べて十分小さい。
【0034】
一方、シリコン融液から流通経路部へ伝導により吸収される熱量は、非定常であるので(式2)の単位重量あたりでの式では見積もることができない。しかし、簡易的には、部材が持つ熱容量と、部材がシリコン融液の通過により温度上昇する温度の積で見積もることができる。流通経路部となるような緻密な物質は、熱伝導度が大きく、かつ断熱によって外周からの熱輻射や熱伝導が十分小さいときには、最大で、室温から融液の凝固点に近い1685(K)まで加熱されると考えられる。従って、この段階で流通経路部が吸収しうる全熱量qab(J)は、次の様に表せる。
qab = C x 〔 Tm - T0 〕 (式6)
ここで、Cは流通経路部の熱容量(J/K)である。
【0035】
たとえば、流通経路部が、図2に示すような内半径70mm、外半径76mm、の半円断面の、比熱1800(J/K/Kg)密度1800(Kg/m3)の等方性黒鉛製の円筒であったとして、この上をシリコン融液が流れはじめて2.5mほど進んだ状態で、シリコンの熱を吸収するのに関与している円筒部材の熱容量Cは、以下の様に計算される。
C =(1800)x(1800)x( 0.076^2 - 0.070^2) x 2.5 = 11000 (J/K) (式7)
【0036】
したがって、C=11000(J/K)、Tm=1685(K)、T0=300(K)としてqabを計算すると、その値は、1.5Ex10^7(J/Kg)となる。これはシリコン20(Kg)の凝固潜熱3.6Ex10^7(J/Kg)の半分に相当する。従って、初期非定常段階においては、シリコン融液から奪われる熱のかなりの部分が流通経路部等への熱吸収で説明できることがわかった。
【0037】
上記の考察から、発明者らは、融液搬送での凝固閉塞の最たる原因は、注湯直後の初期非定常段階での流通経路部とそれに付帯する断熱材による熱吸収であると考えるに至り、これを防ぐ工夫をすることが、この課題の本質と考えた。従って、融液から流通経路部への熱吸収を防ぐ方法として、従来の様に搬送部材を加熱するまでもなく、搬送部材を構成する部材の低熱溶量化を図り、その熱容量をシリコン20(Kg)分の凝固潜熱よりさらに小さくすることが、この問題の解決手段として有効であるとの結論に至った。
【0038】
そこで、シリコン融液搬送部材単独で、当該搬送部材の熱容量を様々に変えて、シリコン融液を流す実験を行い、シリコン融液が凝固しない熱容量の条件を検討した結果、シリコン融液の熱容量が13000(J/K)以上であれば、シリコン融液が凝固しないことを見出した。
【0039】
その理由としては、シリコン融液20(Kg)分の凝固潜熱は3.6x10^7(J)であり、この3.6x10^7(J)を流通経路部の室温からの温度上昇幅1400(K)で除した値は26000(J/K)であることから、シリコン融液搬送部材の熱容量が26000(J/K)以上であれば、確実に凝固することが判る。しかし、実際には、シリコン融液搬送には様々な外乱要因が存在する。たとえば、融液の跳ねとびによる局所的な冷却、融液に混入した異物による流路抵抗の増大、混入した不純物成分による析出物の生成、酸化物の混入による融液表面や搬送経路部材界面での酸化凝固、注湯操作に伴う不意の注湯量の減速、等である。従って、シリコン融液搬送部材の熱容量がこれよりも低い場合でも、凝固するケースが存在する。13000(J/K)は実験的に求めた結果であるが、上記理論値の半分の値となっており、妥当な値であるものと考えられる。
【0040】
更に、搬送部材3として、シリコン融液流通部材だけではなく、当該流通部材の融液側とは反対側に断熱材も設けた場合において、シリコン融液を流す実験を行い、シリコン融液が凝固しない熱容量の条件を検討した結果、シリコン流通部材と断熱材を組み合わせた場合は、流通経路部の熱容量と断熱材における流通経路部から30(mm)以内にある部分の熱容量との合計が、13000(J/K)以上であれば、従来技術のように加熱保温手段を設けなくても、シリコン融液が凝固しないことを見出した。
【0041】
この様な視点から、改めてシリコン融液を搬送する部材の構成を考え直したところ、部材の低熱容量化には次のような3つの利点があることもわかってきた。
1)熱容量を小さくすることは、同時に搬送部材をコンパクトに作ることを意味しており、これは、搬送部材に付帯する設備を簡素にして、かつ、関連する設備との取り合いを容易にできる。
2)シリコンの流通経路部の素材として適切でないと考えられる様な素材、たとえば黒鉛の様にシリコンと反応性が低いものの熱伝導度が大きく、かつ、比熱が高い部材であったり、炭素繊維複合材の様に、単位重量あたりの価格が高い部材であったりしても、薄肉化によりそれが利用しやすくなる。
3) 流通経路部の熱容量が十分小さければ、部材を加熱する必要がなく、その設備が不要となる。
【0042】
上記の観点から、流通経路の素材として、発明者らが検討して最も適切であった部材は、炭素繊維強化炭素複合材(以降C/C材と記載)製の、流通経路部である。これらは、厚さ1mmから3mm程度の薄いシート状のC/Cの原素材を、型に嵌めて圧縮加熱して成型したもので、主として断熱材の補強材や、高温部材の点接触支持部材として使用されており、各炭素素材メーカーから販売されている。これら市販品の標準形状は、L字型やU字型、もしくは円筒の断面を持った、長さ1m程度のものであり、融液の搬送部材に加工するのに都合が良い形状をしている。
【0043】
また、これらは標準品の形状だけでなく、成型用の型次第で、断面形状が、V字、U字、円弧、楕円弧のような折線もしくは曲線、または、円、楕円、多角形等の閉じた線であり、その断面形状がシリコンの搬送方向に対して連続していることで、その全体形状が、流通経路部として使用可能なものを作成できる。また、この素材は、黒鉛やセラミクス製品のような焼結体と異なり、繊維体であるため、熱衝撃や機械衝撃によって破損する可能性が低く、耐久性が高い利点がある。
【0044】
以上のことから、発明者らが創作に至った太陽電池用のシリコン融液の搬送部材は、次のような特徴を持つものとなる。
(1)シリコン融液と直接接触する流通経路部を有する、前記シリコン融液を一方から他方へ流通させるシリコン融液の搬送部材であって、前記流通経路部の熱容量が13000(J/K)以下であることを特徴とするシリコン融液の搬送部材。
ここで融液の流通経路部を、炭素繊維複合材で構成すると、品質への汚染防止と部材の耐久化が図れるため好ましい。
【0045】
(2)(1)に記載のシリコン融液の搬送部材において、前記流通経路部は、前記シリコン融液と接触する面とは反対側の面が断熱材で覆われており、前記断熱材における流通経路部から30mm以内にある部分の熱容量と前記流通経路部の熱容量との合計が、13000(J/K)以下となるように構成されていることを特徴とする。この場合の断熱材の素材としては、ファイバー、積層薄膜もしくは発泡体製の熱容量の低いものを使用する。また、上記距離30(mm)の理由は、断熱材の流通経路部から離れている部分の温度は高温にならず、シリコン融液からの熱吸収は実質流通経路側から30(mm)以内にある部分に相当する量だと考えられるためである。さらに、融液の流通経路部を、炭素繊維複合材で構成することで、品質への汚染防止と部材の耐久化が図れる。
【0046】
(3)前記流通経路部は、シリコン融液の搬送方向に対して垂直方向の断面の形状がV字、U字、円弧、楕円弧のような折線もしくは曲線、または、円、楕円、多角形等の閉じた線であり、その断面形状がシリコンの搬送方向に対して連続していることで、その全体形状がアングル形状もしくは筒形状になるようにして構成された炭素繊維強化炭素複合体であることを特徴とするとする(1)又は(2)に記載の溶融シリコンの搬送部材。
【0047】
(4)前記流通経路部が、層構成部材をシリコン融液の搬送方向に対して垂直な方向に積層することにより構成されていることを特徴とする(1)〜(3)のいずれか1項に記載のシリコン融液の搬送部材。本発明で流通経路部として、炭素繊維強化複合材のように比較的シリコン融液を浸透しやすい素材を使用すれば、その長期の使用においては流通経路からシリコン融液が流通経路部の下面から染み出し、断熱材や、架台等を損傷する恐れがある。そのため、流通経路部を複層構造にすることにより、流通経路部の底部を多重に保護するかたちにして使用すると好ましい。それらの熱容量の合計が規定の値13000(J/K)以下であれば、問題なくシリコン融液を搬送することができる。ここで、「複層構造」とは、シリコンの搬送方向に対して直交する方向に独立した複数のシート状部材を積層した構造を意味しており、実施例4のようにC/C製L字アングル材10を積層した構造はもちろんのこと、実施例5のような二重円筒構造をも含む主旨である。
【0048】
(5)(1)〜(4)のいずれか1項に記載のシリコン融液の搬送部材を使用したシリコン融液の搬送方法であって、50(Kg/min)以上の流量で、かつ、0.1(m/sec)以上の速度で前記シリコン融液を搬送することを特徴とするシリコン融液の搬送方法。発明者らの実験では、本発明のシリコン融液の搬送部材を用いた場合でも、50(Kg/min)未満の搬送速度にした場合や、搬送速度を0.1(m/sec)とした場合では、シリコン融液が凝固する場合があることが判った。従って、本部材を用いて、シリコン融液を大量に搬送するにおいては、その流量速度が50(Kg/min)でかつ流速が0.1(m/sec)以上とすることが望ましい。
【発明の効果】
【0049】
本発明の搬送部材を使用することで、搬送設備を融点に近い高温に維持するための加熱装置を用いずに、シリコン融液を一方から他方へ凝固させずに搬送することが可能になる。例えば、冶金法による太陽電池用シリコン原料精製の各工程で処理した直後の融液状態の原料シリコンを、距離を隔てて設置される、次工程の処理設備に、溶融状態のままで搬送することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】比較例1の搬送部材の模式図
【図2】比較例1の搬送部材の断面図
【図3】比較例1の搬送部材による融液の搬送の模式図
【図4】本発明の実施例1の搬送部材の模式図
【図5】本発明の実施例1の搬送部材の断面図
【図6】本発明の実施例1の搬送部材による融液搬送の模式図
【図7】本発明の実施例2の搬送部材の模式図
【図8】本発明の実施例2の搬送部材の断面図
【図9】本発明の実施例2の搬送部材による融液搬送の模式図
【図10】本発明の実施例3の搬送部材の模式図
【図11】本発明の実施例3の搬送部材の断面図
【図12】本発明の実施例3の搬送部材による融液搬送の模式図
【図13】本発明の実施例4の搬送部材の模式図
【図14】本発明の実施例4の搬送部材の断面図
【図15】本発明の実施例4の搬送部材による融液搬送の模式図
【図16】本発明の実施例5の搬送部材の模式図
【図17】本発明の実施例5の搬送部材の断面図
【図18】本発明の実施例5の搬送部材による融液搬送の模式図
【発明を実施するための形態】
【0051】
本発明による溶融シリコンの搬送部材の形態は、シリコンに直接触れて融液を一方から他方へ流通させる流通経路部を内部に持つものであり、その流通経路部の熱容量が13000(J/K)以下であるものである。また、外部の部材に対する関係上、搬送部材を流通経路部のみで構成すると不都合な場合、たとえば、高温となる流通経路部と直接触れたり、流通経路部からの輻射熱によって、外部の部材に膨張による変形、蒸発、酸化等の化学反応等を及ぼす場合には、前記シリコン融液と接する面とは反対側の面を断熱材で覆うことができる。このときは前記断熱材における流通経路部から30(mm)以内にある部分の熱容量と前記流通経路部の熱容量との合計が、13000(J/K)以下となるように構成する。
【0052】
また、搬送経路部材を、シリコン融液の搬送方向に対して垂直断面の形状がV字、U字、円弧、楕円弧のような折線もしくは曲線、または、円、楕円、多角形等の閉じた線であり、その断面形状がシリコンの搬送方向に対して連続していることで、その全体形状がアングル形状もしくは筒形状になるようにして構成された炭素繊維強化炭素複合材製とすることにより、原料の汚染の防止と、部材の耐久性を高めることができる。
【0053】
さらに、流通経路部にシリコン融液が浸潤し、破損することを予防するために、そのアングル形状部材または筒形状部材を複数積層することも可能である。この搬送部材を、流通経路部単体で構成する場合には、その熱容量が13000(J/K)以下で、その流通経路部の外側を断熱材で覆う場合には、流通経路部から30mm以内にある部分の熱容量と前記流通経路部の熱容量の合計が、13000(J/K)以下となるように構成する。
【0054】
また、上記の記載の溶融シリコンの搬送部材を使用する場合において、50(Kg/min)以上の流量で、かつ、0.1(m/sec)以上の速度で融液を搬送することが有効である。搬送流量の制御については、搬送前の融液を蓄えているルツボもしくは取鍋を傾動させて、搬送部材に融液を注ぐ際に、その傾動速度を変更することで可能であり、ルツボもしくは取鍋から単位時間あたりに搬送部材に排出された溶融シリコンの量がそのまま融液の搬送速度となる。また、流速については、排出流量に応じて、搬送部材の水平面に対する傾斜角度および、搬送部材の上端部に対するルツボもしくは取鍋の排出先端部との高度差を変更することで調整可能である。
【0055】
これにより、冶金法によるシリコン原料の精製の各工程で処理される100(Kg)を超える大量のシリコン融液を、溶融状態のままで搬送することが可能となる。本発明の搬送部材は熱容量が小さいため、製鐵業や金属製造業で行われているような、搬送経路に加熱用バーナーや電熱ヒーターの様な加熱設備を設ける必要が無く、このため、真空容器のような設備的に制約の多い炉の内部にも容易に出し入れ可能である。
【0056】
また、本発明の搬送部材では、数メートルもの長距離を搬送しても、途中で融液が凝固して流路が堰き止められて融液が上流側に溢れることがない。さらに、融液の搬送完了後に流路に付着して残存するシリコン原料も少ないため、搬送による原料ロスも少ない。また、本発明の搬送部材の融液と接する流通経路部を、高純度化が可能な、炭素繊維強化炭素複合材製にすることにより、原料の汚染を極めて少なくすると同時に、部材の耐久性を高めることができる。
【0057】
また、この結果、本発明は安価な半導体素子および太陽電池製造用の高純度シリコンを市場に供給することで、太陽電池などの製品コストの引き下げに寄与することができる。
【実施例】
【0058】
以下、実施例と比較例を挙げて本発明のシリコン融液の搬送部材として具体的に説明するが、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0059】
(実施例1)
図4は、本発明の実施例1の溶融シリコンの搬送部材の概略図である。これは、辺幅100(mm)、肉厚2(mm)、長さ1.2(m)のL字型断面をしたC/C製のアングル材10を3つ継ぎ合わせて全長を3.4(m)の搬送部材11として構成したものである。図5はこの搬送部材の断面図であり、L字を45度傾けた状態で、その窪んだ部分をシリコン融液の搬送経路として使用する。この部材の熱容量の合計は、3600(J/K)であり、本発明の請求項1記載の条件13000(J/K)以下を満たしている。本実施例では、搬送部材11の全体が、特許請求の範囲に記載の「流通経路部」に相当する。
【0060】
図6に示すように、この搬送部材11を、高さの異なる二つの台座19を用いて支持し、水平面に対して3度傾斜させた状態で、取鍋1に入れた温度1500(℃)に保温したシリコン融液2を、この搬送部材11の上端4から200(Kg)注ぎ、この搬送部材下端5の下に設置した受皿6に流入させる実験を行った。ここで台座19は、その上部がC/C製のアングル材により稜となっており、台座19と搬送部材11の熱的接触が極めて小さくなるように工夫してある。
【0061】
この配置にて、取鍋1からシリコンの融液を搬送部材11に注いだところ、シリコンの融液は搬送部材11の上を流速0.20(m/sec)で滞りなく流れて、受皿6に流入した。このとき全融液の搬送に要した時間は120秒であり、平均の流量速度は100(Kg/min)であった。試験の後に搬送部材11の流通経路内に残って凝固していたシリコンを収集して、その重量を計測したところ280(g)であった。すなわち、取鍋1から注いだシリコン融液の99.9%を受皿6まで搬送することができた。
【0062】
また、これと同じ配置で、取鍋1の傾動速度を遅くして、シリコン融液200(Kg)を240秒で注いだ場合では、融液を注湯速度と同じ平均流量速度50(Kg/min)で滞りなく搬送でき、その搬送速度は0.16(m/sec)であった。試験の後に搬送部材11の流通経路内に残って凝固していたシリコンを収集して、その重量を計測したところ330(g)であった。すなわち、取鍋1から注いだシリコン融液の99.8%を受皿6まで搬送することができた。
【0063】
(実施例2)
図7は、本発明の実施例2の溶融シリコンの搬送部材である。これは、外径125(mm)、肉厚3.0(mm)、長さ1.2(m)のC/C製円筒材12を2本継ぎ合わせて、長さ2.4(m)の融液の流通経路として構成した搬送部材13である。なお、この搬送部材13の搬送方向の両端の上方側は、融液の受払いの妨げにならないように切り欠いてある。図8はこの部材の断面図であり、この円筒の内側部分をシリコン融液の搬送経路として使用する。本実施例では、搬送部材13の全体が、特許請求の範囲に記載の「流通経路部」に相当する。
【0064】
この搬送部材13の熱容量の合計は、5800(J/K)であり、本発明の請求項1に記載の条件13000(J/K)以下を満たしている。図9に示すように、この搬送部材13を二つの台座19を用いて支持し、水平面に対して3度傾斜させた状態で、取鍋1内の温度1500℃に保温されたシリコン融液2を、この搬送部材上端部4から200(kg)注ぎ、この搬送部材下端部5の下に設置した受皿6に流入させる実験を行った。この配置にて、取鍋1からシリコンの融液を搬送部材13に注いだところ、シリコンの融液は、搬送部材13の上を滞りなく流れて受皿6に流入した。このとき、融液の流量は50(Kg/min)で、速度は0.22(m/sec)であった。試験の後に搬送部材13の流通経路内に残って凝固していたシリコンを収集して、その重量を計測したところ300(g)であった。すなわち、注いだシリコン融液の99.8%を搬送することができた。
【0065】
(実施例3)
図10は、本発明の実施例3の溶融シリコンの搬送部材である。これは外径125(mm)、肉厚3(mm)、長さ2.0(m)のC/C製円筒部材14を、外形200(mm)、内径125(mm)、長さ1.6(m)の嵩密度160(Kg/m3)の円筒型カーボンファイバー成型断熱材15に収めた構造をしており、その断面は図11のようになる。この搬送部材16の流通経路部であるC/C製円筒部材14の熱容量は、4800(J/K)であり、断熱材15のC/C製円筒部材14に接する側から30(mm)の範囲にある部分の熱容量は6700(J/K)であり、その合計の熱容量は11500(J/K)である。したがって、本発明の請求項2に記載の条件が満たされている。図12に示すように、C/C製円筒部材14は、円筒型カーボンファイバー成型断熱材15よりも搬送方向の寸法が長く設定されている。
【0066】
図12に示すように、この搬送部材16を二つの台座19を用いて支持し、水平面に対して3度傾斜させた状態で、取鍋1に入れた温度1500(℃)に保温したシリコン融液2を、この搬送部材上端4から200(Kg)注ぎ、この搬送部材下端5の下に設置した受皿6に流入させる実験を行った。この配置にて、取鍋1からシリコンの融液を搬送部材16に注いだところ、シリコンの融液は、搬送部材16の上を滞りなく流れて受皿6に流入した。このとき、融液の流量は50(Kg/min)で、速度は0.22(m/sec)であった。
【0067】
試験の後に搬送部材16の流通経路内に残って凝固していたシリコンを収集して、その重量を計測したところ600(g)であった。すなわち、注いだシリコン融液の99.7%を搬送することができた。
【0068】
(実施例4)
図13は、本発明の実施例4の溶融シリコンの搬送部材である。これは、実施例1の辺幅100(mm)、肉厚2(mm)、長さ1.2(m)のC/C製L字アングル材10を3つ繋ぎ合わせて全長3.4(m)の流通経路部としたものを3段に重ねたたものである。図14は、この搬送部材の断面図を示し、一番上層のアングル材のL字の内側部分をシリコン融液の搬送経路として使用し、下部の2層は上層部の搬送部材の劣化や破損による溶融シリコンが外部へ流れ出すのを防ぐ役割を果たすものである。この3段に重ね合わせた部材の熱容量の合計は、11000(J/K)であり、本発明の請求項3に記載の条件を満たしている。
【0069】
図15に示すように、この搬送部材17を二つの台座19を用いて支持し、水平面に対して3度傾斜させた状態で、取鍋1に入れた温度1500(℃)に保温したシリコン融液2を、この搬送部材17の上端4から200(Kg)注ぎ、この搬送部材17の下端5の下に設置した受皿6に流入させる実験を行った。この配置にて、取鍋1からシリコンの融液を搬送部材17に注いだところ、シリコンの融液は搬送部材17の上を滞りなく流れて、受皿6に流入した。このとき、融液の流量は50(Kg/min)で、速度は0.20(m/sec)であった。
【0070】
試験の後に搬送部材17の流通経路内に残って凝固していたシリコンを収集して、その重量を計測したところ550(g)であった。すなわち、注いだシリコン融液の99.7%を搬送することができた。また、この実験を10回繰り返した後に、重ねた最上段のL字型アングル材10の下面から2段目のL字アングル材10にシリコンが浸み込んでいる部分が見られたが、融液を搬送する機能に影響はなく、注入したシリコンの98%以上を受皿に搬送することができた。
【0071】
(実施例5)
図16は、本発明の実施例5の溶融シリコンの搬送部材である。本実施例の搬送部材18は、内径の異なる二つの円筒を同心円上に配置した二重円筒構造である。内側の円筒は、実施例2の外径125(mm)、肉厚3.0(mm)、長さ1.2(m)のC/C製円筒材12を2本継ぎ合わせた、長さが2.4(m)の円筒構造である。外側の円筒は、外径119(mm)、肉厚3.0(mm)、長さ1.2(mm)のC/C製円筒を2本継ぎ合わせた、長さが2.4(m)の円筒構造である。図17は、この搬送部材の断面図を示し、内側の円筒の内側部分をシリコン融液の搬送経路として使用し、外側の円筒が、内側の搬送部材の劣化や破損により溶融シリコンが外部へ流れ出すのを防ぐ役割を果たす。この搬送部材18の熱容量は、内側の円筒の5500(J/K)と、外側の円筒の5800(J/K)を合計した11800(J/K)であり、本発明の請求項3に記載の条件を満たしている。なお、本実施例では、搬送部材18の全体が特許請求の範囲に記載の「流通経路部」に相当する。
【0072】
図18に示すように、この搬送部材18を二つの台座19を用いて支持し、水平面に対して3度傾斜させた状態で、取鍋1に入れた温度1500(℃)に保温したシリコン融液2を、この搬送部材18の上端4から200(Kg)注ぎ、この搬送部材下端5の下に設置した受皿6に流入させる実験を行った。この配置にて、取鍋1からシリコンの融液を搬送部材18に注いだところ、シリコンの融液は搬送部材18の上を滞りなく流れて、受皿6に流入した。このとき、融液の流量は50(Kg/min)で、速度は0.20(m/sec)であった。
【0073】
試験の後に搬送部材18の流通経路内に残って凝固していたシリコンを収集して、その重量を計測したところ450(g)であった。すなわち、注いだシリコン融液の99.7%を搬送することができた。また、この実験を10回繰り返した後に、内側の円筒の下側の面から外側の円筒の内面にシリコンが浸み込んでいる部分が見られたが、融液を搬送する機能に影響はなく、注入したシリコンの98%以上を受皿に搬送することができた。
【0074】
(参考例1)
本発明において搬送する融液の流量の影響をみるために、実施例1と同じL字型断面のC/C製アングル材で長さ3.4(m)の搬送部材を使用し、これを実施例1と同じく水平面に対して3度傾斜させた配置で、取鍋からシリコンの融液を、実施例1に記載の条件より少ない流量の40(Kg/min)で搬送部材に注いだ。その結果、シリコンの融液は搬送部材の上を、しばらくの間流速0.15(m/sec)で流れて受皿に入っていたが、徐々に凝固が進行し、凝固開始180秒後、流通経路が閉塞状態となったため、この時点で注湯を中止した。最終的に取鍋に搬送できたシリコンは95(Kg)に留まった.
【0075】
(参考例2)
更にまた、本発明において搬送する融液の流速の影響をみるために、実施例1と同じL字型断面のC/C製アングル材で長さ3.4(m)の搬送部材を使用して下記の実験を行った。具体的には、シリコンの融液を実施例1よりも遅くするために、この搬送部材を水平面に対して1度傾斜させた配置で、取鍋からシリコンの融液を、流量50(Kg/min)で搬送部材に注いだ。このとき、シリコンの融液は搬送部材の上を、しばらくの間流速0.08(m/sec)で流れて受皿に入っていたが、徐々に凝固が進行し、注湯開始150秒後に105(Kg)を搬送したところで、流通経路が閉塞状態となったため、この時点で注湯を中止した。最終的に取鍋に搬送できたシリコンは100(Kg)に留まった.
【0076】
(比較例1)
図1は、比較例1のシリコン融液の搬送部材である。流通経路部8は、二つの半円筒部材をこれらの端部にて互いに接続することにより構成した。半円筒部材は、その内径が70(mm)、その肉厚が6(mm)、その長さが1.25(m)であり、等方性黒鉛により構成した。接続方法には、印籠加工を用いた。流通経路部8の全長は、2.4(m)とした。流通経路部8は、アルミナ・ファイバーボード製断熱材7を充填した鉄製枠9内に収容した。アルミナ・ファイバーボード製断熱材7の嵩密度は、250(Kg/m3)に設定した。鉄製枠9の内寸については、その幅を300(mm)、その高さを150(mm)、その長さを2.4(mm)に設定した。
【0077】
この搬送部材3の断面形状を、図2に示した。この搬送部材3の熱容量は、融液の流通経路部8の部分が9800(J/K)であり、この流通経路部8の外周面から30(mm)以内にあるアルミナ・ファイバーボード製断熱材7の部分が4800(J/K)であり、その合計は14600(J/K)となる。この熱容量の合計は、本発明の請求項2で規定する基準量13000(J/K)を超えたものになっている。
【0078】
図3に示すように、この搬送部材3を、高さの異なる二つの台座19を利用して、水平面に対して角度3度傾斜させた状態で設置し、取鍋1に入れた温度1500℃に保温したシリコン融液2を、この搬送部材上端4からの200(Kg)注ぎ、この搬送部材下端5の下に設置した受皿6に流入させる実験を行った。取鍋1からシリコンの融液を搬送部材3に注ぎ始めて、搬送部材3の上を流れ出したシリコンの融液は、流速0.18(m/sec)で10秒、すなわち1.8(m)ほど流れた後に、その先端部分から凝固しはじめ、間もなくして固化した部分が融液の流れる半円断面を塞ぐ結果となった。これにより、後続する融液がその凝固部分で堰き止められ、流通経路部から溢れる状態となり、取鍋1からの融液の注入を中止せざるを得なかった。結局、取鍋1から注入したシリコンの融液はわずかに17(Kg)であり、この全てが搬送部材3の途中で凝固してしまい、受皿6には全く融液を搬送できなかった。
【符号の説明】
【0079】
1 取鍋
2 シリコン融液
3 搬送部材
4 搬送部材上端
5 搬送部材下端
6 受皿
7 アルミナ・ファイバーボード製断熱材
8 等方性黒鉛製部材
9 鉄製枠
10 C/C製L字アングル
11 実施例1の搬送部材
12 C/C製円筒部材
13 実施例2の搬送部材
14 C/C製円筒部材
15 円筒型カーボンファイバー成型断熱材
16 実施例3の搬送部材
17 実施例4の搬送部材
18 実施例5の搬送部材
19 台座
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体素子や太陽電池等の原料として用いられる高純度のシリコンの製造において使用される、シリコン融液の搬送部材および搬送方法に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体素子や太陽電池等に用いられるシリコン原料の精製においては、従来、気相反応を用いたジーメンス法が広く用いられている。近年では、シリコン原料を溶融した後に、スラグ精錬や、電子ビーム溶解等の真空高温処理によって、融液中のボロンおよびリン等の半導体ドーパント成分を除去し、この前後に溶融シリコンを一方向凝固させることにより鉄等の金属成分を除去する工程等を組み合わせた、いわゆる冶金法が行われるようになっている。(特許文献1、非特許文献1参照)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特公平7−55813号公報
【特許文献2】特開2002−332512号公報
【特許文献3】特開2001−324281号公報
【特許文献4】特開平9−100630号公報
【特許文献5】特開平7−10923号公報
【特許文献6】特開2008−526512号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Solar Energy Materials and Solar Cells 92 (2008)418-424
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
冶金法によるシリコン原料の精製においては、ボロンの除去、リンの除去、金属成分の除去工程がある。これらは各々独立した工程であり、夫々独立した炉で処理される。これらの各工程では、原料シリコンが融液の状態で処理され、その量は100(Kg)を超える規模となっている。従って、各工程間では、原料シリコンを融液の状態のままで搬送することにより、作業効率を向上させることができる。
【0006】
しかしシリコンの融点は約1412(℃)であり、このような高融点の融液を搬送する際には、融液の凝固により搬送ができなくなる問題が深刻となる。一般に、シリコン以外の多くの冶金プロセスでは、特許文献2〜6等に示される方法により、高融点の原料融液を搬送する。厚い耐火物製の母材に、溝を掘り込んで融液の流通経路を構成し、その上側に厚い耐火物性の蓋をかぶせた構造の搬送部材を用いる。その流通経路部は、ガスバーナーや通電加熱によって融点に近い温度まで加熱される。たとえば、銅やアルミニウムはシリコンよりもはるかに融点が低い素材であるが、この様な搬送部材を用いて加熱保温する手段が用いられる。
【0007】
しかしながら、シリコンの融液をこのような手段で、各工程間を搬送しようとすると、次に示すようないくつかの問題がある。
【0008】
まず、第一は、シリコン融液の搬送部材への浸潤と反応の問題である。これは、シリコンの融液の粘性が著しく低く、かつ化学的活性が高いことによる。このため、搬送部材自体がシリコン融液の浸潤と化学反応によって痛められ、ひいてはシリコン融液が搬送部材を貫通することで、搬送部材から融液が漏れ出す恐れがある。また、これと同時に搬送部材に含まれる、ボロン、リン、重金属等の不純物がシリコン融液側に移動して、精製したシリコンの純度を損なう。
【0009】
第二は、真空プロセスに関する問題である。シリコン融液からリン等を蒸発除去する精製工程においては、高真空の中でシリコンを処理することになる。従って、この工程にシリコン融液を供給するには、シリコン融液の搬送部材を、真空炉の内部に設置し、真空ゲートバルブを通して出し入れすることも必要になる。
【0010】
また、多くの冶金プロセスで使用されているような搬送部材では、肉厚の断熱層や、加熱用ヒーターやバーナー等の付帯物を伴う。これらの付帯物を真空炉内に設置、出し入れ可能にすることは、設備的に非常に困難である。例えば、大型の部材を炉内に出し入れするためには、炉内の真空維持のため、ゲートバルブを通した大型の前室の設置が必要になり、操業上、その前室と炉内の圧力調整等の作業も煩雑になる。
【0011】
また、真空炉内では、バーナーによる加熱は使用できないが、搬送部材を通電加熱する場合には、電力系の配線が必要になり、これには真空放電等に対する対策も施さなくてはならない。この様な設備的な問題に加えて、耐熱性部材の多くは高温の真空中で気化蒸発するものが多く、搬送部材自体が蒸発して消耗が激しいばかりでなく、気化蒸発した部材からの成分が、炉内の真空度維持の大きな障害となる上に、その蒸発成分が精製したシリコンを汚染する問題がある。
【0012】
第三は、シリコン融液表面に発生する酸化皮膜の問題である。シリコン融液は、活性が高く酸素と反応しやすいため、融液が酸素源に触れるその表面に固体のSiO皮膜が生成し、その流動性が著しく低下する。このため、シリコン融液の温度を補償するために、バーナーで直接加熱することは好ましくない。また、この酸化を防止するためには、搬送部材自体をチャンバーで覆い不活性ガスでパージするか、真空の状態に置く等の対策が有効であるが、これにも大規模な設備が必要となる。
【0013】
上記の様な、数々の問題点から、太陽電池シリコン原料の冶金法による精製においては、原料シリコンの融液を、各工程間で融液のまま搬送することが、極めて困難で実現不可能であると考えられてきた。このため、従来技術では、冶金法の各工程で精製処理したシリコン融液は、一旦冷却して固体のシリコン塊とし、次の工程の炉にて改めて加熱溶解する方法を取らざるを得なかった。これでは、時間的にも、熱エネルギー的にも、機械エネルギー的にも、作業労力にしても、多分なコストが発生する。
【0014】
本発明は、上記の課題を克服するためになされたものであり、シリコン融液を凝固させずに一方から他方へ搬送することが可能なシリコン融液の搬送部材およびシリコン融液の搬送方法を提供することを目的とする。特に、冶金法によるシリコン原料の精製プロセスにおいて、不純物を除去精製する各工程間を、原料シリコンを融液の状態のままで効率よく搬送することが可能な、太陽電池製造用等の高純度シリコンを得るためのシリコン融液の搬送部材およびシリコン融液の搬送方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
発明者らは、上記課題を解決するために、冶金法によるシリコン原料の精製プロセスの条件を満たす設備で、シリコン融液を搬送する数々の試験を行った。図3は、シリコン溶液を搬送する試験機の斜視図である。
【0016】
同図を参照して、取鍋1には、前工程で処理されたシリコン融液2が収容されている。搬送部材3は、水平面に対して傾斜している。搬送部材3は、室温に置かれている。搬送部材3のうち、搬送部材上端4は取鍋1の融液排出口に位置しており、その搬送部材下端5は受皿6の上部に位置している。上述の構成において、取鍋1を傾動させると、取鍋1内の融液が搬送部材上端4から搬送部材3に流入する。搬送部材3に流入した融液は、搬送部材3に沿って流れて、受皿6に注がれる。
【0017】
枠材などに支持される搬送部材に含まれる搬送経路部の定義は下記の通りである。搬送部材が断熱材を有する場合には、搬送部材のうち断熱材以外の部分が搬送経路部に相当し、搬送部材が断熱材を有しない場合には、搬送部材の全てが搬送経路部に相当する。
【0018】
また、本発明が想定しているプロセスにおいては、融液の移送に関わる溶融装置の配置から、流通経路部は長くとも10(m)程度である。また、搬送経路部材のシリコン融液が流れる部分の幅は、搬送元と搬送先の装置との取り合いと、流れの安定性を考慮して、0.2(m)以下に制限される。また、搬送するシリコン融液の重量は、数10(Kg)以上であるが、この様な大量の融液を、ルツボや取鍋等を徐々に傾斜させて、搬送部材に一定の速度で制御しながら安定に注ぎこむことは容易ではない。このため、実際に移送するのに要する時間は、搬送重量が1000(Kg)の場合で1分から30分の範囲になる。
【0019】
しかし、30分程度の時間であれば、これは溶液の搬送に係る、前後のプロセス装置で同量のシリコン融液を精製処理するのに要する時間に比べて十分短く、実用上大きな問題はない。従って、想定される融液の搬送流量は約30(Kg/min)から1000(Kg/min)の範囲である。また、シリコン融液の動粘性は、3x10^-7(m2/sec)であり、水よりも数倍小さいため、搬送部材3をわずか数度傾斜させることにより、容易に流速を0.1(m/sec)以上に増速ことができる。
【0020】
従って、流れる融液の幅及び深さがそれぞれ、0.2(m)、0.2(m)である場合には、その断面積が4x10^-2(m2)であり、このときの流速が0.1(m/sec)と低速であっても、その流量は600(Kg/min)にもなる。従って、流通経路部上の融液が流れる部分の幅は実用上0.2(m)以下で十分である。
【0021】
この様な実際のプロセス条件を考慮して、実験を行った中で、発明者らは、融液搬送の多くの問題の根源が凝固による閉塞であり、この凝固閉塞のほとんどが20(Kg)程度の融液を流すまでの初期段階で起こり、ひとたび融液が凝固せず順調に流れ始めた場合には、問題なく搬送を完了できる事がほとんどであることに気がついた。
【0022】
また、搬送する融液の流量速度が速いほど、融液は滞りなく流れ、流量速度が50(Kg/min)未満、もしくは、流速が0.1(m/sec)未満であると、前記初期段階を過ぎた場合でも固化が起きやすく、搬送の継続が困難であることもわかった。
【0023】
この初期段階での凝固現象は、以下の様に搬送部材3に注がれた融液先頭部分での熱伝達の仕組みによるものと考えられる。すなわち、融液の先頭部分では、その底面が常に室温に近い低温の流通経路部に接して熱を奪われると同時に、後続の融液から熱が伝えられると考えられるが、このプロセスで想定されるような、幅よりも長さの長い流路においては、後者による入熱に比べて前者の抜熱の方が圧倒的に大きい。このため、融液の先頭部での熱収支は、搬送部材3への抜熱と、これに伴うシリコン融液の凝固による潜熱の発生とのバランスが主となるはずである。
【0024】
しかしながらシリコンは、凝固潜熱が極めて大きい物質であるため、先端部の凝固の進行は、搬送部材3での融液との接触面積や流速のような伝熱条件に律速されるのではなく、融液の持つある一定の凝固潜熱の量によるものと考えられる。従って、ここで、凝固閉塞の条件として実験的に判明した重量の閾値の20(Kg)分が、この一定の凝固潜熱に対応していると考えられる。
【0025】
これらの実験結果から、融液の搬送が可能な条件を明らかにするため、本発明者らは、シリコン融液の搬送工程を、2つの段階に分けて熱収支の観点から考察を行った。第1段階は、注湯開始から、融液の先端が搬送経路部材の下端に到達し、定常に流れだして、流通経路部が融液からの熱を吸収して温まり、熱的に定常状態になるまでの時間帯であり、これを“初期非定常段階”とする。
【0026】
第2段階は、流通経路部が熱的に定常になり融液が熱的にも流動的にも定常な状態で安定して流れている時間帯であり、これを“定常段階”とする。発明者らは、融液の凝固閉塞は前者の初期非定常段階で起こり、後者の定常段階では、起こらないと考えた。つまり、初期の20(Kg)を搬送するまでの時間帯が初期非定常段階であり、その後の融液の搬送が完了するまでの時間帯が、定常段階である。
【0027】
まず、定常段階での熱バランスについては、流れているシリコンの単位量に対して、融液表面からの輻射放熱と、搬送部材3への熱伝導による放熱の二つを考える。シリコンの単位重量あたりで考えると、搬送による融液表面からの輻射放熱量qrad(J/Kg)は、融液の流量をF(Kg/sec)、流速をV(m/sec)、搬送部材の長さL(m)、融液が搬送部材3を通過するのに要する時間をt(sec)、融液の幅をW(m)、融液が室温空間に対する実効輻射率をε、ステファン・ボルツマン定数をσ(W/m2/K4)、融液の温度をTm(K)、室温をT0(K)とすると、これは以下の式で見積もられる。
qrad = 〔εσ(Tm^4-T0^4)x W x t 〕 / 〔 F/V 〕 (式1)
ここで、流速がV=L/tであることを考慮すると、 (式1)は、以下のようになる。
qrad = 〔εσ(Tm^4-T0^4)x W x L〕 / F (式2)
ここで、変数値として、εを0.28、σは5.67x10E-8(W/m2/K4)、Tmは融液の温度で1773(K)=1500(℃)、T0は室温で300(K)=27(℃)、ρは2.53x10^3(Kg/m3)、を用いる。
【0028】
また、想定される融液の流量Fは50(Kg/min)=0.83(Kg/sec)、流速Vを0.1(m/sec)、Wを搬送経路のシリコン痕跡から求めた実験値の0.1(m)とする。qradはそれぞれ、以下の様になる。
qrad = 1.5x10^4 x L (J/Kg) (式3)
ここで、シリコンの凝固潜熱は1.6x10^6(J/Kg)であるから、たとえ、搬送経路部材の長さが10(m)であり、融液の幅が0.2(m)であったとしても、qradは3.0x10^5(J/Kg)で、凝固潜熱より十分小さい。
【0029】
尚、輻射放熱の影響が融液の表面だけに留まると、融液表面のみが固化する状況も考えられるが、溶融金属であるシリコンの熱伝導が67(W/Km)と大きい上に、流動によりその実質的な熱伝導度が大幅に増加するため、流れている融液内部の温度は一様となり、輻射放熱の影響は表面に留まらず融液全域に及ぶとみなせて、局部的な凝固は考えにくい。
【0030】
一方、搬送中に断熱材側への熱伝導による放熱qcnd(J/Kg)については、断熱材の熱伝導度K(W/Km)、断熱層の実質的な厚さをD(m)、断熱材の高温(融液)側の温度をTh、高温側の表面積が融液表面の3倍として仮定すると、次の式で表せる。
qcnd = 3x 〔 K/D x (Th-T0)〕x W x L / F (式4)
ここで、変数値として、Thをシリコンの融点1685K(1412℃)、T0は室温の300K、Kはアルミナーファイバー製断熱材の熱伝導度1.0(W/Km)、Dを60(mm)、その他はqradと同じ値とすると以下の(式5)のようになり、qcndはqradに比べて2桁小さいことがわかる。
qcnd = 1.9x10^2 x L (J/Kg) (式5).
【0031】
尚、断熱材側の部材が無い、もしくは、薄い場合には、流通経路部の外表面からの輻射放熱を無視できないが、その外表面は、融液面より広面積であるものの融液より低温なので、これによる放熱は融液表面からの輻射放熱の程度以下である。
【0032】
従って、定常段階でシリコン融液が流れる場合には、輻射による熱損失も、伝導による熱損失も、シリコンの凝固潜熱に比べて十分小さく、融液が搬送中に凝固する可能性は実用上十分小さいと考えられ、発明者らの実験事実と合致している。
【0033】
つぎに、初期非定常段階での熱バランスを考える。発明者らは、この時間帯を、シリコン融液20(Kg)を搬送するのに要する時間であると考えた。これは流量50(Kg/min)、流速0.1(m/min)の流量で搬送する場合には24秒となる。このとき、シリコン融液が搬送部材3を進む距離は2.5(m)である。この初期非定常段階での、シリコン融液の単位重量あたり融液面からの輻射によって放出される熱量qradは、定常状態の時と変わることがないから、これは先に示したように、凝固潜熱に比べて十分小さい。
【0034】
一方、シリコン融液から流通経路部へ伝導により吸収される熱量は、非定常であるので(式2)の単位重量あたりでの式では見積もることができない。しかし、簡易的には、部材が持つ熱容量と、部材がシリコン融液の通過により温度上昇する温度の積で見積もることができる。流通経路部となるような緻密な物質は、熱伝導度が大きく、かつ断熱によって外周からの熱輻射や熱伝導が十分小さいときには、最大で、室温から融液の凝固点に近い1685(K)まで加熱されると考えられる。従って、この段階で流通経路部が吸収しうる全熱量qab(J)は、次の様に表せる。
qab = C x 〔 Tm - T0 〕 (式6)
ここで、Cは流通経路部の熱容量(J/K)である。
【0035】
たとえば、流通経路部が、図2に示すような内半径70mm、外半径76mm、の半円断面の、比熱1800(J/K/Kg)密度1800(Kg/m3)の等方性黒鉛製の円筒であったとして、この上をシリコン融液が流れはじめて2.5mほど進んだ状態で、シリコンの熱を吸収するのに関与している円筒部材の熱容量Cは、以下の様に計算される。
C =(1800)x(1800)x( 0.076^2 - 0.070^2) x 2.5 = 11000 (J/K) (式7)
【0036】
したがって、C=11000(J/K)、Tm=1685(K)、T0=300(K)としてqabを計算すると、その値は、1.5Ex10^7(J/Kg)となる。これはシリコン20(Kg)の凝固潜熱3.6Ex10^7(J/Kg)の半分に相当する。従って、初期非定常段階においては、シリコン融液から奪われる熱のかなりの部分が流通経路部等への熱吸収で説明できることがわかった。
【0037】
上記の考察から、発明者らは、融液搬送での凝固閉塞の最たる原因は、注湯直後の初期非定常段階での流通経路部とそれに付帯する断熱材による熱吸収であると考えるに至り、これを防ぐ工夫をすることが、この課題の本質と考えた。従って、融液から流通経路部への熱吸収を防ぐ方法として、従来の様に搬送部材を加熱するまでもなく、搬送部材を構成する部材の低熱溶量化を図り、その熱容量をシリコン20(Kg)分の凝固潜熱よりさらに小さくすることが、この問題の解決手段として有効であるとの結論に至った。
【0038】
そこで、シリコン融液搬送部材単独で、当該搬送部材の熱容量を様々に変えて、シリコン融液を流す実験を行い、シリコン融液が凝固しない熱容量の条件を検討した結果、シリコン融液の熱容量が13000(J/K)以上であれば、シリコン融液が凝固しないことを見出した。
【0039】
その理由としては、シリコン融液20(Kg)分の凝固潜熱は3.6x10^7(J)であり、この3.6x10^7(J)を流通経路部の室温からの温度上昇幅1400(K)で除した値は26000(J/K)であることから、シリコン融液搬送部材の熱容量が26000(J/K)以上であれば、確実に凝固することが判る。しかし、実際には、シリコン融液搬送には様々な外乱要因が存在する。たとえば、融液の跳ねとびによる局所的な冷却、融液に混入した異物による流路抵抗の増大、混入した不純物成分による析出物の生成、酸化物の混入による融液表面や搬送経路部材界面での酸化凝固、注湯操作に伴う不意の注湯量の減速、等である。従って、シリコン融液搬送部材の熱容量がこれよりも低い場合でも、凝固するケースが存在する。13000(J/K)は実験的に求めた結果であるが、上記理論値の半分の値となっており、妥当な値であるものと考えられる。
【0040】
更に、搬送部材3として、シリコン融液流通部材だけではなく、当該流通部材の融液側とは反対側に断熱材も設けた場合において、シリコン融液を流す実験を行い、シリコン融液が凝固しない熱容量の条件を検討した結果、シリコン流通部材と断熱材を組み合わせた場合は、流通経路部の熱容量と断熱材における流通経路部から30(mm)以内にある部分の熱容量との合計が、13000(J/K)以上であれば、従来技術のように加熱保温手段を設けなくても、シリコン融液が凝固しないことを見出した。
【0041】
この様な視点から、改めてシリコン融液を搬送する部材の構成を考え直したところ、部材の低熱容量化には次のような3つの利点があることもわかってきた。
1)熱容量を小さくすることは、同時に搬送部材をコンパクトに作ることを意味しており、これは、搬送部材に付帯する設備を簡素にして、かつ、関連する設備との取り合いを容易にできる。
2)シリコンの流通経路部の素材として適切でないと考えられる様な素材、たとえば黒鉛の様にシリコンと反応性が低いものの熱伝導度が大きく、かつ、比熱が高い部材であったり、炭素繊維複合材の様に、単位重量あたりの価格が高い部材であったりしても、薄肉化によりそれが利用しやすくなる。
3) 流通経路部の熱容量が十分小さければ、部材を加熱する必要がなく、その設備が不要となる。
【0042】
上記の観点から、流通経路の素材として、発明者らが検討して最も適切であった部材は、炭素繊維強化炭素複合材(以降C/C材と記載)製の、流通経路部である。これらは、厚さ1mmから3mm程度の薄いシート状のC/Cの原素材を、型に嵌めて圧縮加熱して成型したもので、主として断熱材の補強材や、高温部材の点接触支持部材として使用されており、各炭素素材メーカーから販売されている。これら市販品の標準形状は、L字型やU字型、もしくは円筒の断面を持った、長さ1m程度のものであり、融液の搬送部材に加工するのに都合が良い形状をしている。
【0043】
また、これらは標準品の形状だけでなく、成型用の型次第で、断面形状が、V字、U字、円弧、楕円弧のような折線もしくは曲線、または、円、楕円、多角形等の閉じた線であり、その断面形状がシリコンの搬送方向に対して連続していることで、その全体形状が、流通経路部として使用可能なものを作成できる。また、この素材は、黒鉛やセラミクス製品のような焼結体と異なり、繊維体であるため、熱衝撃や機械衝撃によって破損する可能性が低く、耐久性が高い利点がある。
【0044】
以上のことから、発明者らが創作に至った太陽電池用のシリコン融液の搬送部材は、次のような特徴を持つものとなる。
(1)シリコン融液と直接接触する流通経路部を有する、前記シリコン融液を一方から他方へ流通させるシリコン融液の搬送部材であって、前記流通経路部の熱容量が13000(J/K)以下であることを特徴とするシリコン融液の搬送部材。
ここで融液の流通経路部を、炭素繊維複合材で構成すると、品質への汚染防止と部材の耐久化が図れるため好ましい。
【0045】
(2)(1)に記載のシリコン融液の搬送部材において、前記流通経路部は、前記シリコン融液と接触する面とは反対側の面が断熱材で覆われており、前記断熱材における流通経路部から30mm以内にある部分の熱容量と前記流通経路部の熱容量との合計が、13000(J/K)以下となるように構成されていることを特徴とする。この場合の断熱材の素材としては、ファイバー、積層薄膜もしくは発泡体製の熱容量の低いものを使用する。また、上記距離30(mm)の理由は、断熱材の流通経路部から離れている部分の温度は高温にならず、シリコン融液からの熱吸収は実質流通経路側から30(mm)以内にある部分に相当する量だと考えられるためである。さらに、融液の流通経路部を、炭素繊維複合材で構成することで、品質への汚染防止と部材の耐久化が図れる。
【0046】
(3)前記流通経路部は、シリコン融液の搬送方向に対して垂直方向の断面の形状がV字、U字、円弧、楕円弧のような折線もしくは曲線、または、円、楕円、多角形等の閉じた線であり、その断面形状がシリコンの搬送方向に対して連続していることで、その全体形状がアングル形状もしくは筒形状になるようにして構成された炭素繊維強化炭素複合体であることを特徴とするとする(1)又は(2)に記載の溶融シリコンの搬送部材。
【0047】
(4)前記流通経路部が、層構成部材をシリコン融液の搬送方向に対して垂直な方向に積層することにより構成されていることを特徴とする(1)〜(3)のいずれか1項に記載のシリコン融液の搬送部材。本発明で流通経路部として、炭素繊維強化複合材のように比較的シリコン融液を浸透しやすい素材を使用すれば、その長期の使用においては流通経路からシリコン融液が流通経路部の下面から染み出し、断熱材や、架台等を損傷する恐れがある。そのため、流通経路部を複層構造にすることにより、流通経路部の底部を多重に保護するかたちにして使用すると好ましい。それらの熱容量の合計が規定の値13000(J/K)以下であれば、問題なくシリコン融液を搬送することができる。ここで、「複層構造」とは、シリコンの搬送方向に対して直交する方向に独立した複数のシート状部材を積層した構造を意味しており、実施例4のようにC/C製L字アングル材10を積層した構造はもちろんのこと、実施例5のような二重円筒構造をも含む主旨である。
【0048】
(5)(1)〜(4)のいずれか1項に記載のシリコン融液の搬送部材を使用したシリコン融液の搬送方法であって、50(Kg/min)以上の流量で、かつ、0.1(m/sec)以上の速度で前記シリコン融液を搬送することを特徴とするシリコン融液の搬送方法。発明者らの実験では、本発明のシリコン融液の搬送部材を用いた場合でも、50(Kg/min)未満の搬送速度にした場合や、搬送速度を0.1(m/sec)とした場合では、シリコン融液が凝固する場合があることが判った。従って、本部材を用いて、シリコン融液を大量に搬送するにおいては、その流量速度が50(Kg/min)でかつ流速が0.1(m/sec)以上とすることが望ましい。
【発明の効果】
【0049】
本発明の搬送部材を使用することで、搬送設備を融点に近い高温に維持するための加熱装置を用いずに、シリコン融液を一方から他方へ凝固させずに搬送することが可能になる。例えば、冶金法による太陽電池用シリコン原料精製の各工程で処理した直後の融液状態の原料シリコンを、距離を隔てて設置される、次工程の処理設備に、溶融状態のままで搬送することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】比較例1の搬送部材の模式図
【図2】比較例1の搬送部材の断面図
【図3】比較例1の搬送部材による融液の搬送の模式図
【図4】本発明の実施例1の搬送部材の模式図
【図5】本発明の実施例1の搬送部材の断面図
【図6】本発明の実施例1の搬送部材による融液搬送の模式図
【図7】本発明の実施例2の搬送部材の模式図
【図8】本発明の実施例2の搬送部材の断面図
【図9】本発明の実施例2の搬送部材による融液搬送の模式図
【図10】本発明の実施例3の搬送部材の模式図
【図11】本発明の実施例3の搬送部材の断面図
【図12】本発明の実施例3の搬送部材による融液搬送の模式図
【図13】本発明の実施例4の搬送部材の模式図
【図14】本発明の実施例4の搬送部材の断面図
【図15】本発明の実施例4の搬送部材による融液搬送の模式図
【図16】本発明の実施例5の搬送部材の模式図
【図17】本発明の実施例5の搬送部材の断面図
【図18】本発明の実施例5の搬送部材による融液搬送の模式図
【発明を実施するための形態】
【0051】
本発明による溶融シリコンの搬送部材の形態は、シリコンに直接触れて融液を一方から他方へ流通させる流通経路部を内部に持つものであり、その流通経路部の熱容量が13000(J/K)以下であるものである。また、外部の部材に対する関係上、搬送部材を流通経路部のみで構成すると不都合な場合、たとえば、高温となる流通経路部と直接触れたり、流通経路部からの輻射熱によって、外部の部材に膨張による変形、蒸発、酸化等の化学反応等を及ぼす場合には、前記シリコン融液と接する面とは反対側の面を断熱材で覆うことができる。このときは前記断熱材における流通経路部から30(mm)以内にある部分の熱容量と前記流通経路部の熱容量との合計が、13000(J/K)以下となるように構成する。
【0052】
また、搬送経路部材を、シリコン融液の搬送方向に対して垂直断面の形状がV字、U字、円弧、楕円弧のような折線もしくは曲線、または、円、楕円、多角形等の閉じた線であり、その断面形状がシリコンの搬送方向に対して連続していることで、その全体形状がアングル形状もしくは筒形状になるようにして構成された炭素繊維強化炭素複合材製とすることにより、原料の汚染の防止と、部材の耐久性を高めることができる。
【0053】
さらに、流通経路部にシリコン融液が浸潤し、破損することを予防するために、そのアングル形状部材または筒形状部材を複数積層することも可能である。この搬送部材を、流通経路部単体で構成する場合には、その熱容量が13000(J/K)以下で、その流通経路部の外側を断熱材で覆う場合には、流通経路部から30mm以内にある部分の熱容量と前記流通経路部の熱容量の合計が、13000(J/K)以下となるように構成する。
【0054】
また、上記の記載の溶融シリコンの搬送部材を使用する場合において、50(Kg/min)以上の流量で、かつ、0.1(m/sec)以上の速度で融液を搬送することが有効である。搬送流量の制御については、搬送前の融液を蓄えているルツボもしくは取鍋を傾動させて、搬送部材に融液を注ぐ際に、その傾動速度を変更することで可能であり、ルツボもしくは取鍋から単位時間あたりに搬送部材に排出された溶融シリコンの量がそのまま融液の搬送速度となる。また、流速については、排出流量に応じて、搬送部材の水平面に対する傾斜角度および、搬送部材の上端部に対するルツボもしくは取鍋の排出先端部との高度差を変更することで調整可能である。
【0055】
これにより、冶金法によるシリコン原料の精製の各工程で処理される100(Kg)を超える大量のシリコン融液を、溶融状態のままで搬送することが可能となる。本発明の搬送部材は熱容量が小さいため、製鐵業や金属製造業で行われているような、搬送経路に加熱用バーナーや電熱ヒーターの様な加熱設備を設ける必要が無く、このため、真空容器のような設備的に制約の多い炉の内部にも容易に出し入れ可能である。
【0056】
また、本発明の搬送部材では、数メートルもの長距離を搬送しても、途中で融液が凝固して流路が堰き止められて融液が上流側に溢れることがない。さらに、融液の搬送完了後に流路に付着して残存するシリコン原料も少ないため、搬送による原料ロスも少ない。また、本発明の搬送部材の融液と接する流通経路部を、高純度化が可能な、炭素繊維強化炭素複合材製にすることにより、原料の汚染を極めて少なくすると同時に、部材の耐久性を高めることができる。
【0057】
また、この結果、本発明は安価な半導体素子および太陽電池製造用の高純度シリコンを市場に供給することで、太陽電池などの製品コストの引き下げに寄与することができる。
【実施例】
【0058】
以下、実施例と比較例を挙げて本発明のシリコン融液の搬送部材として具体的に説明するが、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0059】
(実施例1)
図4は、本発明の実施例1の溶融シリコンの搬送部材の概略図である。これは、辺幅100(mm)、肉厚2(mm)、長さ1.2(m)のL字型断面をしたC/C製のアングル材10を3つ継ぎ合わせて全長を3.4(m)の搬送部材11として構成したものである。図5はこの搬送部材の断面図であり、L字を45度傾けた状態で、その窪んだ部分をシリコン融液の搬送経路として使用する。この部材の熱容量の合計は、3600(J/K)であり、本発明の請求項1記載の条件13000(J/K)以下を満たしている。本実施例では、搬送部材11の全体が、特許請求の範囲に記載の「流通経路部」に相当する。
【0060】
図6に示すように、この搬送部材11を、高さの異なる二つの台座19を用いて支持し、水平面に対して3度傾斜させた状態で、取鍋1に入れた温度1500(℃)に保温したシリコン融液2を、この搬送部材11の上端4から200(Kg)注ぎ、この搬送部材下端5の下に設置した受皿6に流入させる実験を行った。ここで台座19は、その上部がC/C製のアングル材により稜となっており、台座19と搬送部材11の熱的接触が極めて小さくなるように工夫してある。
【0061】
この配置にて、取鍋1からシリコンの融液を搬送部材11に注いだところ、シリコンの融液は搬送部材11の上を流速0.20(m/sec)で滞りなく流れて、受皿6に流入した。このとき全融液の搬送に要した時間は120秒であり、平均の流量速度は100(Kg/min)であった。試験の後に搬送部材11の流通経路内に残って凝固していたシリコンを収集して、その重量を計測したところ280(g)であった。すなわち、取鍋1から注いだシリコン融液の99.9%を受皿6まで搬送することができた。
【0062】
また、これと同じ配置で、取鍋1の傾動速度を遅くして、シリコン融液200(Kg)を240秒で注いだ場合では、融液を注湯速度と同じ平均流量速度50(Kg/min)で滞りなく搬送でき、その搬送速度は0.16(m/sec)であった。試験の後に搬送部材11の流通経路内に残って凝固していたシリコンを収集して、その重量を計測したところ330(g)であった。すなわち、取鍋1から注いだシリコン融液の99.8%を受皿6まで搬送することができた。
【0063】
(実施例2)
図7は、本発明の実施例2の溶融シリコンの搬送部材である。これは、外径125(mm)、肉厚3.0(mm)、長さ1.2(m)のC/C製円筒材12を2本継ぎ合わせて、長さ2.4(m)の融液の流通経路として構成した搬送部材13である。なお、この搬送部材13の搬送方向の両端の上方側は、融液の受払いの妨げにならないように切り欠いてある。図8はこの部材の断面図であり、この円筒の内側部分をシリコン融液の搬送経路として使用する。本実施例では、搬送部材13の全体が、特許請求の範囲に記載の「流通経路部」に相当する。
【0064】
この搬送部材13の熱容量の合計は、5800(J/K)であり、本発明の請求項1に記載の条件13000(J/K)以下を満たしている。図9に示すように、この搬送部材13を二つの台座19を用いて支持し、水平面に対して3度傾斜させた状態で、取鍋1内の温度1500℃に保温されたシリコン融液2を、この搬送部材上端部4から200(kg)注ぎ、この搬送部材下端部5の下に設置した受皿6に流入させる実験を行った。この配置にて、取鍋1からシリコンの融液を搬送部材13に注いだところ、シリコンの融液は、搬送部材13の上を滞りなく流れて受皿6に流入した。このとき、融液の流量は50(Kg/min)で、速度は0.22(m/sec)であった。試験の後に搬送部材13の流通経路内に残って凝固していたシリコンを収集して、その重量を計測したところ300(g)であった。すなわち、注いだシリコン融液の99.8%を搬送することができた。
【0065】
(実施例3)
図10は、本発明の実施例3の溶融シリコンの搬送部材である。これは外径125(mm)、肉厚3(mm)、長さ2.0(m)のC/C製円筒部材14を、外形200(mm)、内径125(mm)、長さ1.6(m)の嵩密度160(Kg/m3)の円筒型カーボンファイバー成型断熱材15に収めた構造をしており、その断面は図11のようになる。この搬送部材16の流通経路部であるC/C製円筒部材14の熱容量は、4800(J/K)であり、断熱材15のC/C製円筒部材14に接する側から30(mm)の範囲にある部分の熱容量は6700(J/K)であり、その合計の熱容量は11500(J/K)である。したがって、本発明の請求項2に記載の条件が満たされている。図12に示すように、C/C製円筒部材14は、円筒型カーボンファイバー成型断熱材15よりも搬送方向の寸法が長く設定されている。
【0066】
図12に示すように、この搬送部材16を二つの台座19を用いて支持し、水平面に対して3度傾斜させた状態で、取鍋1に入れた温度1500(℃)に保温したシリコン融液2を、この搬送部材上端4から200(Kg)注ぎ、この搬送部材下端5の下に設置した受皿6に流入させる実験を行った。この配置にて、取鍋1からシリコンの融液を搬送部材16に注いだところ、シリコンの融液は、搬送部材16の上を滞りなく流れて受皿6に流入した。このとき、融液の流量は50(Kg/min)で、速度は0.22(m/sec)であった。
【0067】
試験の後に搬送部材16の流通経路内に残って凝固していたシリコンを収集して、その重量を計測したところ600(g)であった。すなわち、注いだシリコン融液の99.7%を搬送することができた。
【0068】
(実施例4)
図13は、本発明の実施例4の溶融シリコンの搬送部材である。これは、実施例1の辺幅100(mm)、肉厚2(mm)、長さ1.2(m)のC/C製L字アングル材10を3つ繋ぎ合わせて全長3.4(m)の流通経路部としたものを3段に重ねたたものである。図14は、この搬送部材の断面図を示し、一番上層のアングル材のL字の内側部分をシリコン融液の搬送経路として使用し、下部の2層は上層部の搬送部材の劣化や破損による溶融シリコンが外部へ流れ出すのを防ぐ役割を果たすものである。この3段に重ね合わせた部材の熱容量の合計は、11000(J/K)であり、本発明の請求項3に記載の条件を満たしている。
【0069】
図15に示すように、この搬送部材17を二つの台座19を用いて支持し、水平面に対して3度傾斜させた状態で、取鍋1に入れた温度1500(℃)に保温したシリコン融液2を、この搬送部材17の上端4から200(Kg)注ぎ、この搬送部材17の下端5の下に設置した受皿6に流入させる実験を行った。この配置にて、取鍋1からシリコンの融液を搬送部材17に注いだところ、シリコンの融液は搬送部材17の上を滞りなく流れて、受皿6に流入した。このとき、融液の流量は50(Kg/min)で、速度は0.20(m/sec)であった。
【0070】
試験の後に搬送部材17の流通経路内に残って凝固していたシリコンを収集して、その重量を計測したところ550(g)であった。すなわち、注いだシリコン融液の99.7%を搬送することができた。また、この実験を10回繰り返した後に、重ねた最上段のL字型アングル材10の下面から2段目のL字アングル材10にシリコンが浸み込んでいる部分が見られたが、融液を搬送する機能に影響はなく、注入したシリコンの98%以上を受皿に搬送することができた。
【0071】
(実施例5)
図16は、本発明の実施例5の溶融シリコンの搬送部材である。本実施例の搬送部材18は、内径の異なる二つの円筒を同心円上に配置した二重円筒構造である。内側の円筒は、実施例2の外径125(mm)、肉厚3.0(mm)、長さ1.2(m)のC/C製円筒材12を2本継ぎ合わせた、長さが2.4(m)の円筒構造である。外側の円筒は、外径119(mm)、肉厚3.0(mm)、長さ1.2(mm)のC/C製円筒を2本継ぎ合わせた、長さが2.4(m)の円筒構造である。図17は、この搬送部材の断面図を示し、内側の円筒の内側部分をシリコン融液の搬送経路として使用し、外側の円筒が、内側の搬送部材の劣化や破損により溶融シリコンが外部へ流れ出すのを防ぐ役割を果たす。この搬送部材18の熱容量は、内側の円筒の5500(J/K)と、外側の円筒の5800(J/K)を合計した11800(J/K)であり、本発明の請求項3に記載の条件を満たしている。なお、本実施例では、搬送部材18の全体が特許請求の範囲に記載の「流通経路部」に相当する。
【0072】
図18に示すように、この搬送部材18を二つの台座19を用いて支持し、水平面に対して3度傾斜させた状態で、取鍋1に入れた温度1500(℃)に保温したシリコン融液2を、この搬送部材18の上端4から200(Kg)注ぎ、この搬送部材下端5の下に設置した受皿6に流入させる実験を行った。この配置にて、取鍋1からシリコンの融液を搬送部材18に注いだところ、シリコンの融液は搬送部材18の上を滞りなく流れて、受皿6に流入した。このとき、融液の流量は50(Kg/min)で、速度は0.20(m/sec)であった。
【0073】
試験の後に搬送部材18の流通経路内に残って凝固していたシリコンを収集して、その重量を計測したところ450(g)であった。すなわち、注いだシリコン融液の99.7%を搬送することができた。また、この実験を10回繰り返した後に、内側の円筒の下側の面から外側の円筒の内面にシリコンが浸み込んでいる部分が見られたが、融液を搬送する機能に影響はなく、注入したシリコンの98%以上を受皿に搬送することができた。
【0074】
(参考例1)
本発明において搬送する融液の流量の影響をみるために、実施例1と同じL字型断面のC/C製アングル材で長さ3.4(m)の搬送部材を使用し、これを実施例1と同じく水平面に対して3度傾斜させた配置で、取鍋からシリコンの融液を、実施例1に記載の条件より少ない流量の40(Kg/min)で搬送部材に注いだ。その結果、シリコンの融液は搬送部材の上を、しばらくの間流速0.15(m/sec)で流れて受皿に入っていたが、徐々に凝固が進行し、凝固開始180秒後、流通経路が閉塞状態となったため、この時点で注湯を中止した。最終的に取鍋に搬送できたシリコンは95(Kg)に留まった.
【0075】
(参考例2)
更にまた、本発明において搬送する融液の流速の影響をみるために、実施例1と同じL字型断面のC/C製アングル材で長さ3.4(m)の搬送部材を使用して下記の実験を行った。具体的には、シリコンの融液を実施例1よりも遅くするために、この搬送部材を水平面に対して1度傾斜させた配置で、取鍋からシリコンの融液を、流量50(Kg/min)で搬送部材に注いだ。このとき、シリコンの融液は搬送部材の上を、しばらくの間流速0.08(m/sec)で流れて受皿に入っていたが、徐々に凝固が進行し、注湯開始150秒後に105(Kg)を搬送したところで、流通経路が閉塞状態となったため、この時点で注湯を中止した。最終的に取鍋に搬送できたシリコンは100(Kg)に留まった.
【0076】
(比較例1)
図1は、比較例1のシリコン融液の搬送部材である。流通経路部8は、二つの半円筒部材をこれらの端部にて互いに接続することにより構成した。半円筒部材は、その内径が70(mm)、その肉厚が6(mm)、その長さが1.25(m)であり、等方性黒鉛により構成した。接続方法には、印籠加工を用いた。流通経路部8の全長は、2.4(m)とした。流通経路部8は、アルミナ・ファイバーボード製断熱材7を充填した鉄製枠9内に収容した。アルミナ・ファイバーボード製断熱材7の嵩密度は、250(Kg/m3)に設定した。鉄製枠9の内寸については、その幅を300(mm)、その高さを150(mm)、その長さを2.4(mm)に設定した。
【0077】
この搬送部材3の断面形状を、図2に示した。この搬送部材3の熱容量は、融液の流通経路部8の部分が9800(J/K)であり、この流通経路部8の外周面から30(mm)以内にあるアルミナ・ファイバーボード製断熱材7の部分が4800(J/K)であり、その合計は14600(J/K)となる。この熱容量の合計は、本発明の請求項2で規定する基準量13000(J/K)を超えたものになっている。
【0078】
図3に示すように、この搬送部材3を、高さの異なる二つの台座19を利用して、水平面に対して角度3度傾斜させた状態で設置し、取鍋1に入れた温度1500℃に保温したシリコン融液2を、この搬送部材上端4からの200(Kg)注ぎ、この搬送部材下端5の下に設置した受皿6に流入させる実験を行った。取鍋1からシリコンの融液を搬送部材3に注ぎ始めて、搬送部材3の上を流れ出したシリコンの融液は、流速0.18(m/sec)で10秒、すなわち1.8(m)ほど流れた後に、その先端部分から凝固しはじめ、間もなくして固化した部分が融液の流れる半円断面を塞ぐ結果となった。これにより、後続する融液がその凝固部分で堰き止められ、流通経路部から溢れる状態となり、取鍋1からの融液の注入を中止せざるを得なかった。結局、取鍋1から注入したシリコンの融液はわずかに17(Kg)であり、この全てが搬送部材3の途中で凝固してしまい、受皿6には全く融液を搬送できなかった。
【符号の説明】
【0079】
1 取鍋
2 シリコン融液
3 搬送部材
4 搬送部材上端
5 搬送部材下端
6 受皿
7 アルミナ・ファイバーボード製断熱材
8 等方性黒鉛製部材
9 鉄製枠
10 C/C製L字アングル
11 実施例1の搬送部材
12 C/C製円筒部材
13 実施例2の搬送部材
14 C/C製円筒部材
15 円筒型カーボンファイバー成型断熱材
16 実施例3の搬送部材
17 実施例4の搬送部材
18 実施例5の搬送部材
19 台座
【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリコン融液と直接接触する流通経路部を有し、前記シリコン融液を一方から他方へ流通させるシリコン融液の搬送部材であって、
前記流通経路部の熱容量が13000(J/K)以下であることを特徴とするシリコン融液の搬送部材。
【請求項2】
前記流通経路部は、前記シリコン融液と接触する面とは反対側の面が断熱材で覆われており、前記断熱材における流通経路部から30mm以内にある部分の熱容量と前記流通経路部の熱容量との合計が、13000(J/K)以下となるように構成されていることを特徴とする請求項1に記載のシリコン融液の搬送部材。
【請求項3】
前記流通経路部は、シリコン融液の搬送方向に対して垂直方向の断面の形状がV字、U字、円弧、楕円弧のような折線もしくは曲線、または、円、楕円、多角形等の閉じた線であり、その断面形状がシリコンの搬送方向に対して連続していることで、その全体形状がアングル形状もしくは筒形状になるようにして構成された炭素繊維強化炭素複合体であることを特徴とするとする請求項1又は2に記載の溶融シリコンの搬送部材。
【請求項4】
前記流通経路部は、層構成部材をシリコン融液の搬送方向に対して垂直な方向に積層することにより構成されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のシリコン融液の搬送部材。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のシリコン融液の搬送部材を使用したシリコン融液の搬送方法であって、50(Kg/min)以上の流量で、かつ、0.1(m/sec)以上の速度で前記シリコン融液を搬送することを特徴とするシリコン融液の搬送方法。
【請求項1】
シリコン融液と直接接触する流通経路部を有し、前記シリコン融液を一方から他方へ流通させるシリコン融液の搬送部材であって、
前記流通経路部の熱容量が13000(J/K)以下であることを特徴とするシリコン融液の搬送部材。
【請求項2】
前記流通経路部は、前記シリコン融液と接触する面とは反対側の面が断熱材で覆われており、前記断熱材における流通経路部から30mm以内にある部分の熱容量と前記流通経路部の熱容量との合計が、13000(J/K)以下となるように構成されていることを特徴とする請求項1に記載のシリコン融液の搬送部材。
【請求項3】
前記流通経路部は、シリコン融液の搬送方向に対して垂直方向の断面の形状がV字、U字、円弧、楕円弧のような折線もしくは曲線、または、円、楕円、多角形等の閉じた線であり、その断面形状がシリコンの搬送方向に対して連続していることで、その全体形状がアングル形状もしくは筒形状になるようにして構成された炭素繊維強化炭素複合体であることを特徴とするとする請求項1又は2に記載の溶融シリコンの搬送部材。
【請求項4】
前記流通経路部は、層構成部材をシリコン融液の搬送方向に対して垂直な方向に積層することにより構成されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のシリコン融液の搬送部材。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のシリコン融液の搬送部材を使用したシリコン融液の搬送方法であって、50(Kg/min)以上の流量で、かつ、0.1(m/sec)以上の速度で前記シリコン融液を搬送することを特徴とするシリコン融液の搬送方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
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【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【公開番号】特開2010−280552(P2010−280552A)
【公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−137312(P2009−137312)
【出願日】平成21年6月8日(2009.6.8)
【出願人】(306032316)新日鉄マテリアルズ株式会社 (196)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年6月8日(2009.6.8)
【出願人】(306032316)新日鉄マテリアルズ株式会社 (196)
【Fターム(参考)】
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